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INTERVIEW

Vol.125 TAKURO WEBインタビュー

今回から、メンバー4人それぞれのインタビューをお届けする。その第1弾はTAKUROである。
この取材は10月某日、翌月に控えたアリーナツアーに向けてのフォトセッションの合間に行われた。都内のスタジオで撮られたその写真の数々はツアーのヴィジュアルやパンフレットに使われて、来場するファンの目に触れていくはずだ。また、撮影当日は衣裳に関するミーティングも設けられるなど、バンドとスタッフがツアーに向かって進んでいることが感じられる空間となっていた。
さて、このインタビューでTAKUROは、アリーナツアーとニューアルバム『旅する理由を待ちながら』についてはもちろん、現在の彼個人の考えや思い、さらにGLAYというバンドのあり方など、さまざまな話をしてくれた。とくにこのバンドの舵をどう切っていくかという話からはリーダーとしての責任感と苦悩がうかがえるし、一方で、彼に信頼を寄せるメンバーたちとの良好な関係性も垣間見える。さらにTAKUROがこうして30年以上活動を続けながらも、ソングライターとして、そしてミュージシャンとしての純粋さを大切にしている事実も、あらためてわかった。 『旅する理由を待ちながら』には、ここで触れたほかにも素敵な曲がたくさんある。人を愛することの歌、恋の歌、それにひとりひとりの心の内側の深いところにまで降りてくるような曲も。このアルバムに集約された現在のGLAYの世界に、どうか裸の気持ちで接してほしい。

2026.10.28

今度のツアーでのGLAYはどんな方向性を目指しているんですか?
TAKURO

メリハリは考えました。GLAYは30周年からの流れでポップな部分とかキャッチーな部分を打ち出して、わりと間口を広げたので、今回は……真逆とは言わないけど、違った一面にフォーカスしていこうと。そういうことは最初から決めていましたね。それがあるから(30周年の関連では)どこまでもフレンドリーなGLAYを引き受けようと思っていたというか。

なるほど。その上で、今度のツアーはどんなイメージでいこうと思っているんですか?
TAKURO

硬質なもの。低体温というか……クールとは言わないけど、内なる炎のようなものですね。花道が四方八方に伸びた、身近で触れるコミュニケーションが東京ドームや京セラ(ドーム)、あるいはこの間の幕張(メッセ)だとしたら、もうちょっと音楽寄りというか。コンセプトをちゃんと立てて、それに沿ったGLAYの音楽で勝負する姿を見せる、ということです。そのイメージは30周年の途中ぐらいからありました。たとえばメッセージ性が強いものだったり、「楽しきゃいいよね」だけじゃない部分を掘り起こしたいなと。もし錆びついていた部分があれば今一度磨いて、バンドが元々持っている性質みたいなものが偏らないようにしないとな、と。

硬質とは、そういうことなんですね。
TAKURO

そうですね。ライブ中のMCでメンバーがワチャワチャふざけているのがGLAYの最大の魅力だとしても、それだけじゃねえぞ、っていう(笑)。まあ俺から言わせれば、ステージのあの感じは、普段(のメンバー同士)とはまた違ったところがありますから、そこは誤解のないようにしてもらいたいとは思いますけど。で、今回ひとつあるのは、あらためて自己紹介的なものをしたいなということです。

GLAYがどんなバンドかを再提示しよう、ということですか?
TAKURO

はい。皆さんに「GLAYは日本人だったら誰でも知っている」みたいなことをよく言われたりするけど、僕自身は決してそうは思ってなくて。やっぱりいつだって新しい人たちが会場に来てくれるから、その人たちに対してパブリックイメージとはちょっと違ったGLAYの自己紹介をあらためて、何年かに1回はする必要があるんじゃないかと思っています。

じゃあこの数年とは違った、引き締まっているような感覚があるわけですね。
TAKURO

そうですね。それは活動全般において、です。音楽的には、とくに新機軸を出したわけでも、今になって若返ろうと思ったわけでも、何でもない。ただ、広がりすぎたGLAYのパブリックイメージみたいなものをなぞらえないように……自分コピーをしないようにするというか。自分たちも常にGLAYを楽しむために、そうする必要がある時期だなと感じています。知らず知らずのうちに生ぬるいところに浸かって、それを良しとしないようにするのは、GLAYを新鮮にやるためにはいつだって必要じゃないかなと。

そうですか。ただ、生ぬるいところに浸かったGLAYなんて、今までいなかったと思いますけど。傍から見ている限りでは。
TAKURO

うーん……いや、音楽的な停滞はやっぱりあったと思います。それは後になってから気づくことというか……その時は一生懸命やっているつもりなんだけどね。新天地を目指すべき時に見切りを付けず、ちょっと居心地がいいからそこの場に滞在を伸ばした、そういう時期はある。まあメンバーそれぞれに訊いたら、「それはそれで必要な時期だった」という話になるかもしれないですけどね。満足感とか達成感って、常にそれらを連れて来るんです。信じ合える仲間たちと、とんでもないことをやったな!っていう、ものを作る喜び、達成した喜びみたいなものって、その炎が消えなければ消えないほど、知らない間に自分をずっと焦がしてしまうんですよ。そんな火なんて早く消しちゃって、また次なるGLAYを見つけに行かなきゃいけない。去年なんかは、そこに長らく浸っていた反省はあります。

ああ、TAKUROさん、そのことについては明かしていましたね。「俺はGLAYを見失っていた」と(Vol.122 TAKURO WEBインタビュー 

https://www.glay.co.jp/feature/interview_vol122

)。つまり気持ち的に、追いつかなかったような時期があったわけですか。
TAKURO

うん。今あれを言葉にするなら、どう言うべきなんだろうな……。いろんな選択肢がある中で、決断をいつものようにできなかった。プライベートのことでもいろいろ変化もありましたしね。このままベテランバンドのひとつとして、過去の財産で進むこともできただろうし。

そうですよ。そうしているバンドは多いはずだし、それはそれで、決して悪いことじゃないと思いますけど。
TAKURO

実際、それは瞬間瞬間では何度かやってみたんですけど、全然いいことでしたよ。たとえば『HOWEVER』の演奏をひたすら磨いていくことで、70歳になった時に最高の演奏ができるかもしれない、という可能性を考えるとかね。『Winter,again』だって、詞も曲もひとつも直すところはないけど、演奏に関してはやはりそこを磨いていく、とか。だから新作というより、たとえばツアーを中心に活動を続けて、過去の曲をひたすら昇華させていく手もあるな、と。カードがたくさんあった分、どのカードを切るかということに、ずっと悩んでいたのが去年のドーム明けとかでしたかね。

なるほど。2025年の6月以降の、しばらくの間は。
TAKURO

うん。そんなふうに数ある方向性の中で、どれが次なるGLAYに一番必要なものかという判断がつかない時期もあったし。それを考えるのが難しくて……ちょっとGLAYに背を向けたというか。GLAYのど真ん中にいすぎたせいで、ものが見えなくなっているかもしれないということで、1回、GLAYの外に出てみようと思った時もありました。あの感じは初めてかもしれないですね、ほんとに。頭の中にあるGLAYを追い出してみないとわかんないことがあるかもしれない、と。

ええ。そんなTAKUROさんもいるんだ?と、ちょっと驚きました。
TAKURO

もちろん僕はGLAYの一員として、バンドを作った者としての責任でもって、走り続けていたけど。言ってみれば僕自身、何かひとつのことを30何年もやったことがないし、それは自分にとっての初めての境地でもあるわけで。それに20周年と30周年って、景色がまるで違ったんです。GLAYで活動するのは、ものすごく重厚かつ俊敏なものに……ほんと、イージス艦に乗っているような気持ちなんです。移り変わりの早い業界の中で、作戦を立てて、それを5年後まで考えて、どの人が味方なのか見極めて、みたいな……そうでない時間を持ったのはデビューしてから、そうそうない。それが去年だった気がします。あの時は(戻ってくるまでに)時間がかかりましたね。

そうなんですね。ただ、その期間に、新しい曲たちを作り始めて。
TAKURO

うん、メロディー集め、言葉集めみたいなのが好きなんでしょうね。それが癒しというか、リハビリになって、自分の純度が増すというか。去年の夏はそのデモをメンバーに送って、遊びに付き合ってもらいました。そういう意味では弱っていたんだと思いますよ。そこでメンバーがとても協力的でね。𠮟咤激励のやり方は3人それぞれ違うけど、リハビリに付き合ってもらいましたね。

で、ライブでも早々に、新曲たちをどんどんやっていましたよね。
TAKURO

はい、そこからシフトチェンジしてね。たとえばここ30年のローリング・ストーンズのように……前の新曲からどれぐらい経ったっけ?みたいな時だってあるわけじゃないですか。ただ、彼らの生き方ももちろん素晴らしいと思うから、これは難しい選択かもなぁ、と。

ええ。ストーンズは今年ニューアルバムを出したけど、新作というか、新曲を何年も出さない時期も長くありますからね。で、GLAYの今回のアルバムは2年ぶりで、間に30周年のさまざまなことがあったと思うと、インターバルとしては長くないですよね。すべて新曲ですし。
TAKURO

だから、そういった心持ち……心模様とはまた別に、ここで1回止まると立ち上がるのは難しいぞ、という危機感を持っていました。それを去年の春には(メンバーやスタッフたちに)言ってたかな。だから今年の1月、Kアリーナでのローソンのライブ(LAWSON 50th Anniversary presents GLAY Special LIVE)を全部新曲にしたいと思ったのは、自分の中の何かしらのSOS……アラートに対して、素直に従った結果だと思います。

その新曲の数々から出来上がった今度のアルバムなんですね。
TAKURO

これはほかのインタビューでも言ったけど……『FREEDOM ONLY』から『Back To The Pops』と出してきましたけど、今度の『旅する理由を待ちながら』は、自分の純粋な音楽家としての魂みたいなものが出ていると思います。すごい素直で、まんま自分を表していて、俺はすごく好きですね。それにHISASHIが書いた『汚れた英雄』やJIROの『旅する理由を待ちながら』を聴いた時には、「俺もべつに頑張らなくてもいいのか」みたいに感じられたんですね。『汚れた英雄』はHISASHIの中で静かに燃えていた本能だったりするから、それにフォーカスするのは俺にとっても自然なことでした。高校時代、ギターを始めた頃の自分たちのエネルギーみたいなもの。もうメジャーもインディーズも関係なく、カッコいいと感じた、あの初期衝動……パンクですよね。

そうですね。『汚れた英雄』には、80年代のニューウェイヴを突き抜けた後のパンク、そしてミクスチャーの時代の香りがします。
TAKURO

うん。で、そのスピリットが過去から来たものだとしたら、JIROの『旅する理由を待ちながら』という曲はまっすぐ未来を向いていたんですね。じゃあ俺の仕事としては、その狭間をうまく言葉として捉えることだな、と思った。それで……ロベール・ドアノーという俺の好きな写真家がいるんですね。戦前生まれで、戦後80年代ぐらいまで活躍したのかな。その人の写真がずっと好きで、いつも眺めるんです。で、ドアノーには「パリ市庁舎の前のキス」という代表作があるんですけど、その写真を見ていて、『旅する理由を待ちながら』の歌詞がもう全部見えてきたんですよ。彼は変わり続けるパリをずっと撮り続けた人で、その市民や街への温かい視点や見方は変わらないんです。その感じは、今の自分と近いなぁと思いながら、この歌詞を書きました。

なるほど。だからこの曲では、市庁舎だとか街角の描写がされているんですね。
TAKURO

はい。それに、TERUも『NEVER SAY NEVER AGAIN』を書いてくれましたしね。彼らのおかげで、「俺は次なる方向性が見えるまでは、しばらく好きなことをやろう」みたいに思えたし。

うん、このアルバムを聴いて、「そうそう、TAKUROさん、フォーク好きだったよな」と、すごく思いました。
TAKURO

そう! GLAYだからとか、ロックバンドだからとか、30周年だからとか、50歳過ぎてるからとか、俺にとっては一切関係ない話で。もう聴きたい歌を、聴きたい音を、ずっと……ね。まるでどこかの河原で、自分の好きな形の石を探す、みたいな。それを去年の夏から秋にかけて、ずっとロスでやっていたことで。楽しかったですね。

で、アルバムのタイトルは、最初にアナウンスされたものから変わりましたよね。当初は『EXOFIRE』と聞いていました。
TAKURO

そう。今話したことが理由で、決断が以前より遅くなっていましたね。なので「『EXOFIRE』でいいんじゃない?」と思って進んだけど、「ああ、やっぱり違う。今の自分たちは『旅する理由を待ちながら』なんだな」と。それは、先にツアータイトルを“EXOFIRE”に決めていたので、そこに引っ張られた感じもありました。

『EXOFIRE』という曲名は造語ですけど、どういうところから付けた名称なんですか?
TAKURO

これは「外からの炎」という意味なんですけど、一番はロゴとして「こんなTシャツがあったらいいなぁ」ということですね(笑)。だから意味とか云々よりも、文字面、響き。GLAYがこの過去3年間で持っていなかった、ある種硬質なもの。そういったイメージから意味をいろいろ取り出して、自分で作った造語なんです。

それは最初の話につながりますね。しかしアルバムのタイトルは、この言葉から『旅する理由を待ちながら』に変えたと。
TAKURO

みんなでジャケットを考えていたんですよ。で、ザ・ジャムの『サウンド・アフェクツ』というアルバムがあって……25枚の写真みたいなデザインになっていて、そのひとつひとつが70年代当時のイギリスを象徴しているような写真で、今回はそういうものにしたいな、と。何せこの2、3年、ほんとに激動だったのもあって……それはさっき言ったような自分のプライベートにせよ、GLAYの30周年を無事終えられたことにせよ。TERUの10年来の夢であるヴェネツィアもありましたよね。そういうGLAYの生身が伝わるジャケットにできないかな?と思っていたんです。で、幕張のイベントの映像の打ち合わせをした時にJIROからの提案で、メンバーが撮ったヴェネツィアの写真を出したんですね。みんな写真は素人だから、当然あまり構図も良くないし、俺なんていまだにiPhone(の世代)が13とか14なので……。

(笑)古いですね。
TAKURO

古いの。画質も良くない。だからプロの人の写真か、あるいはJIROが撮った写真で全部構成したほうがいいんじゃないの?とも思ったけど、でもヘタなり素人なり適当なりの良さが、それらの写真にはあったんですよね。たとえばHISASHIとTERUがヴェネツィアでボートに乗っている時に誰かが何気なく撮った1枚なんて、その場にいたその人のそのカメラじゃなきゃ撮れないってことなんです。きれいにメイクして衣裳を着たTERUとHISASHIがプロのカメラマンに撮ってもらっても、あの雰囲気は出ない。JIROがそういうことを言ってくれて、今のGLAYはこれだな!と思った。で、メンバーに「とにかくこのアルバムを作る上でピンと来たもの、インスピレーションを得たもの、一緒に伴走したもの、何でもいいから写真ちょうだい」と言って、集めて。JIROに「うまいことやって」とぶん投げて。それで出来上がったのがこのジャケットなんです。

そうだったんですね。そうなると、当初のタイトルから変わるのは当然ですね。
TAKURO

そうそう。だからジャケットが出来上がる過程を見ていて、これは『EXOFIRE』ではないなと。GLAYのこの30年の旅路はそんなものでもないし、今の自分が次なる一手を考えているこの時間というものもだいぶ大きいな、と思いましたしね。

はい。くしくも、さっき「GLAYの旅路」と言われましたが、やはり旅をしている感覚は強いですか? このバンドをやっていて。
TAKURO

うん。とくにこの10年……僕はもう、ロサンゼルスに引っ越してから10年なんです。だから日本でGLAYの仕事をする時は、ある意味単身赴任というか、スーツケース持って日本に来ているわけです。気分は、旅中なんですよ。それは、家に帰れば暖かな家庭が待っているという感じでは、決してない。この10年は、とくにGLAYをやればやるほど、旅人度が上がるというか。それはメンタルに影響しているんじゃないですかね。バンドの活動歴が長くなっている側面もあるにせよ、ね。だからGLAYでの活動を思うと、旅が2乗になった気がする。まあ人生も旅だと言うなら、3乗ですよね(笑)。普通にただ生きているだけでも旅なら、ロックバンドは旅だらけだし。そこでさらに家庭から離れたら、より、旅ですね。

そうですか。ずっと続いているバンドの場合、そこが自分のホームだったり居場所だったりという感覚もあるんじゃないかと思うんですけど、それは違います?
TAKURO

うーん、俺が思うに、メンバーは、GLAYをホームだとか、一生の仕事とか、そういう捉え方ではないんじゃないかな。ちゃんと距離があるというか、わきまえてる。大人というか、クールというか。依存してないと思います。

そうですか。思えば、最初のほうの話で、GLAYをイージス艦にたとえた表現がありましたね。
TAKURO

そう。だから任務のために航行していて、任務が終わればそれぞれの場所に帰る、そんなイメージです。たとえばHISASHIと組んでもう40何年ですけど、彼がGLAYにベッタリという印象はないですもんね。たぶん何をやっても、音楽家として成功するんじゃないかな。俺からすると、自分がGLAYに何かしらの力を提供することで、何か運命を切り開けたり、誰かの勇気になったりすることがわかっていて、それに自覚的になった。なんとなく、そんな感じですね。

バンド自体とメンバー個々とは、いい距離が保たれているんですね。ただ、先ほど素直に書いたという話があったように、今回のアルバムでそのバンドが唄っている曲たちはとても人間くさいと思うんです。激しさ、荒々しさも、せつなさも、繊細さも……心の中の闇の部分も表現されていて、そうしたものがにじみ出ていて。そこがすごく好きです。
TAKURO

そうですね。いや……だから、日々のニュースを見ていて、人の心がめくれるじゃないですか。昭和の頃、平成の頃に比べると、心がめくれた人の何かしらを目にすることが多い。だから今のアーティストの人たちは大変ですよね。前は、自分の皮膚を切り裂いて血を流せば、それでひとつの表現だった。でも今は、アーティストでなくても「いや、俺たちもそうなんだよ」と言っている人たちがたくさんいるからね。心に何か大きなキズを持って、血を流しながら、それでも生きて、踏ん張っている人たちが。で、そんな人たちの人生が、誰かに勇気を与えているわけだから。

そうですね、とくにネット、さらにSNSなどの発達で、そういうものに触れることが多くなりました。
TAKURO

だから芸術家、アーティストが、前のような表現のままで誰かに勇気を与えられるかというと、もう全然違う段階に入っちゃってる。そんな中でGLAYがGLAYであろうとするならば、今まで以上に自分の闇と向き合わないとなんですよ。それが実在してもしなくても、とにかく覗きに行かなきゃいけなくなっちゃった。その理由は2つあります。そんな時代なんだと思うし、それからGLAY自体がそういった域に入ったんだと思う。でも、良かったですよ。今はその闇を覗いても、歳をとったことで、それに耐えうるだけの強さを自分が持てていたんです。20代でこれを覗いたらもう音楽をやめるか、世捨て人になるか……ぐらいのものでした。本来なら見なくていいようなものですからね。

ええ。そういう意味では、やはりスレスレのところで歌ができているんですね。
TAKURO

でも、これはもうあらゆる表現者がこれから背負うことじゃないですか。それこそライターさんもそうですよね? 同じようなことをAIができちゃうわけだから、じゃあ、どうやって文章で人間を表現するのか? そこで他人のことなんてわかるわけないから、自分に向き合うしかないですよね。

はい。そう思います。
TAKURO

自分という人間をとことん理解して、自分しか書けない文章を書くことでしか、もう戦えないわけです。俺たちは。そこに対して、自分はとてもワクワクしているんですよ。でも日本人というか……やっぱり日本は、外圧によってしか変わらないのかもしれない(笑)。自分から変わって、自分の心の中を覗こうとする人なんか、たぶんあんまりいないんですよ。開国だってそうでしたよね。ペリーが来て、「開港してくれ」と言われて、しゃあないから開国してみたら、わりといい国になったぞ、みたいな。明治、大正、昭和とね。

そうですね、浦賀にペリーの黒船がやって来たからこそ、日本の近代からの発展があったと。
TAKURO

そうそう。やって来たからこそ、ね。

そうですね。あの、それとは別の視点ですけど、話を聞いていると、TAKUROさんには何事もポジティヴに捉えようという姿勢もある気がします。
TAKURO

ポジティヴに……? そう? ……そうですね。うん。

苦境というか、自分が置かれているのがしんどい状況でも、決して悲観的に見るだけではないというか。
TAKURO

ああ、でもそれはたぶん一個人というより、外交官TAKUROとしてのマナーですね。

外交官? そのマナーですか?
TAKURO

TAKUROという人をこの世に存在させるためのもうひとりのTAKUROは、そうやって戦場だの地獄だのを見なきゃいけないんです。で、それを見てメソメソしてもいいし、思い悩んでもいいんだけど。たとえば家族の前にいたら、そこでメソメソするよりは、ちゃんと前を向いて、引っ張るなりして、自分の役割を果たしていかないと……やっぱり楽しくないですもんね。楽しい楽しくないで言ったら。そういう意味では、とても前向きに振る舞えるんじゃないですかね。

前向きに振る舞える、ですか。
TAKURO

はい。そうじゃないと、もったいないじゃないですか。

そういう立場でもあるから、ということですね。でも歌の中には、泣いているTAKUROさんの姿もちゃんと見えていますから。
TAKURO

そうですね、まあ……うん。正直でありたい。あと、正気でやりたい。この2つは、いつも思っています。

正気、ですか。昔のロックのような、狂気なんかではなくて?
TAKURO

……一文にもなりません。狂気だなんて(笑)! 俺、今日の夜、SUGIZOさん(LUNA SEA, X JAPAN)に会うんですけど、SUGIZOさんとは「“狂っていこうぜ”とか、そういうことはやめましょうね」という話をしています。「仲良くしようぜ」「元気でいよう」でいいじゃない、と思いますね(笑)。

はい、今の時代はそれでいいと思います。わかりました。では、ライブに行く皆さん! 前向きなTAKUROさんの姿を確かめてください。
TAKURO

はい、よろしくお願いします。ありがとうございました!

取材・文/青木優

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