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INTERVIEW

Vol.122 TAKURO WEBインタビュー

2026年第1回目となるWEBインタビューは、TAKUROが登場。1月27日(火)にKアリーナ横浜で開催される『LAWSON 50th Anniversary presents GLAY Special LIVE』を目前に控え、連日リハーサルが行われている都内スタジオを訪ね、取材に応じてもらった。デビュー30周年イヤーをドームツアー『GLAY 30th Anniversary GLAY EXPO 2024-2025 GRAND FINALE』をもって華々しく完走して以来、各メンバーのソロ活動はあれど、GLAYとしては約7カ月ぶりにステージに立つ。新曲も披露する事が、TAKUROの強い希望で決まった内容だという。その意図とは?

2026.1.23

『LAWSON 50th Anniversary presents GLAY Special LIVE』が目前に迫ってきました。GLAYとしてのライブは京セラドーム公演(2025年6月8日)以来7カ月ぶりですが、現在リハーサルのフィーリングはいかがですか?
TAKURO

シンプルにバンドが楽しい、GLAYが楽しい、という感じです。演奏も楽しいし、休憩中に皆のことをキャッチアップするのも楽しいし。というのも、去年の後半ほとんど俺は日本にいなかったから、メンバーには数カ月に一度仕事で会うぐらいだったので。レコーディングとか撮影とかではなく、ただ4人が集まってリハーサルの合間にダラダラと会話して、実にのんびりしている。そこにホッとしています。いきなりヘビーな話なんだけど、30周年を終えて、間違いなく俺はGLAYを見失ったんだよね。

それは穏やかではないですね。
TAKURO

ある意味「やりきった」というのと同じ意味で、“その時のGLAY”に興味を失ったんだと思う。1か月半は何もせず、本当に遊んでばかりいました。東京ドームにあれほど多くの人が集まってくれて、YUKIとのセッション(2025年5月31日)、HYDEくんとのセッション(同年6月1日)ができたのも夢ならば、小田和正さんと「悲願」で、JAY(ENHYPEN)と「whodunit」でコラボレーションできたのも夢だったし、京セラドームでまたライブをすることも夢だったし。

京セラドーム公演は、四半世紀ぶりでしたね。
TAKURO

そう、様々な夢が叶った30周年だったんです。その何年か前から、メガ、マスに向かってGLAYの背中を押し上げに押し上げた結果、素晴らしいたくさんの新しい出会いがあって、ファンの皆の熱量も大いに感じたし、その人たちが支えてくれているGLAYなんだ、というのももちろん把握しつつ。でも、ファイナルの京セラまで辿り着いた時、次の目標を見失ってしまったんです。MCでも少し言ったかもしれないけれど、「これだけ夢を叶えてしまって、この後どうするんだろう?」という不安が的中した形でした。“それまでのGLAY”に全く興味を持てなくなった期間がけっこう長くて、半年ぐらいは続いたかな。

燃え尽き症候群のようになっていた、とは伺っていましたが、「見失った」という言葉で表現されるのは初めてで、衝撃を受けています。
TAKURO

よく家族には「今、こんな気持ちなんだよね」なんて相談はしていたんだけどね。だからと言って、別にGLAYを止めようとも終わらせようとも思うわけじゃないんだけれども、自分のことを「何とかしなきゃいけないな」って。他のメンバーは、例えばJIROがソロ活動(※LITEのJunIzawaと結成したツインベースバンド、CONTRASTZ)をしていたり、TERUはアートを中心としたプロジェクトに取り組んでいたり、HISASHIは何をやっているのか全然情報が入って来なかったんだけど、ちょこちょこテレビに出たりしているのをLAで聞いていて。そんな中、俺の心の根っこにあったのは、「4人でワイワイやっている、あの楽しい感じだけは信じられる」というか。それだけは心の中から逃げない、どかないという感覚だったんです。

“GLAYの4人でいること”は揺るぎなかったんですね。ご家族には相談されたとのことですが、「GLAYを見失った」心境について、メンバーの皆さんにはお話しされなかったのでしょうか?
TAKURO

会わなかったから、言えなかったですね。電話して伝えるようなことでもなかったし。相変わらずHISASHIとは、真夜中にしょうもない写真を送り合うなどのやり取りをしてはいたけれども、そのこと自体は別に話さなかったし。時が来たら“ちゃんとやる自分”もいるのは分かっていたから。ソロプロジェクトをしているJIROに、アートのイベントで日本中を駆け回っているTERUに、「こんな話をしたとて」というのもあったしね。マスとかメガに押し上げた“30 周年のGLAY”に関しては全く振り返らないんけど、そことは全く別の、音楽に関してはとっても創作意欲が湧いて。心の内では密かにそういう気持ちがありながらも、曲をつくっている時だけは純粋だったし、その感覚だけは信じられた。本当に誰に聴かせるでもない、「3人にだけ刺さればいい」っていう気持ちで、8月の中旬ぐらいから、JIROとHISASHIには「こんな感じの曲やりたいな」と言ってデモテープを送っていましたね。

音楽は止まっていなかったんですね。アルバム『Back To The Pops』制作時の、怒涛のデモ千本ノックと似たような感じだったんですか?
TAKURO

『Back To The Pops』の時のデモとは全く違って、もっとガラクタというか、本当に何も意識せずに生まれてきたものでした。GLAYのお陰で人として成長して、視野が拡大し過ぎた結果、悩みも付いてくるし、選択肢も増えていって。培った経験や勘でGLAYを突き動かすんだけど、そういう自分にうんざりしていたんだと思う。目の前にあるただのガラクタみたいなメロディを皆でガチャガチャやって遊ぶような、そんなGLAYに戻したいな……というか、「これからはそんなGLAYがいいな」と思って。それはローソンさんの50周年記念のスペシャルライブに繋がるんですけどね。

スペシャルライブのセットリストは、なんと、新曲を披露する事がTAKUROさんの強いご意向だったそうですね?
TAKURO

そうですね。3月からのホールツアー(『HIGHCOMMUNICATIONS TOUR 2026 “GLAY-complete BEST”』)は先に決まっていて、東京ドームや京セラドームに全国からたくさん集まって来てくれたから、GLAYが皆の街に行く時は「皆がよく知っている、馴染みのある思い出の曲をたくさんやろう」というのはマナーだと思っていたし、そうしたかったんです。でも、ローソンさんのスペシャルライブに関しては、ちゃんと“自分たちのGLAY”“俺の知ってるGLAY”であり、そして“誰も知らないGLAY”をやりたかった。

そのためには、新曲を盛り込む必要があった、と。
TAKURO

誰も一緒に歌えないし、その曲にまつわる思い出も無くて、「ライブハウスにフラッと入ったらGLAYがいた」みたいな、初めて聴いてそこでジャッジされるような、あの感じ。30年やってきてベテランとか言われるGLAYではなくて、どんな関係者が来ようが、どんな古株のファンが来ようが、新しいファンが来ようが、「何だ? この曲初めて聴くぞ?」となって、好きだとか嫌いだとか良いとか悪いとか、どこか不安にさせるようなあの頃のGLAY……いや、それともまた違った新しいGLAYなのかもしれない。

またゼロから挑戦したい、出会い直したい、という感覚でしょうかね?
TAKURO

そうですね。そのことにだけは積極的だったし、興味を持てるなって。去年の夏ぐらいからもうその意向をメンバーには相談していて、とにかく2026年の一発目は、ファンの皆が不安になるような、驚きのあるライブにしたいと思っていました。それは最終的には曲をつくり上げるうえでの励みになったし、エネルギーにもなったしね。「こんな曲を聴かせたらファンの皆はびっくりするだろうな」とか「お客さんに刺さるだろうな」とか。
また、“今後のGLAY”に対して、俺には大いなる期待とか興味が未だにあって、まだ模索中なんですけど。スタジオでのリハーサルが始まる前に、「一日目からちゃんと弾けるようになろう」と言い合って、皆でデータのやり取りをしている段階で、メンバーのことを「本当に信頼できる人たちだな」「誠実だな、いい仲間だな」と思ったしね。自分が無くさなかったもの、見失わなかった人たちがちゃんとしていて、救われた感はありました。

それを確認できた状態で、リハーサルに臨むことができたんですね。TAKUROさんでも心が揺らぐこともあるんだなと、ちょっとホッとする部分もあります。
TAKURO

「あ、こんなに“GLAY最大のファンだ”と言っている俺でも、そんなふうになるんだ」って、自分自身、心境の変化が実に味わい深いというか、興味深いし。バンドとしてのトラブルはほぼ無いので、「リーダーが迷うとどんなGLAYになるんだろう?」「この船はどこ行くの?」というのを客観的に見るのも面白いなと思うし。どんな難破船になろうとも、「まぁいいじゃん、別にどこでも。この4人なら大丈夫だ」という自信はあるので。

この先、無理に「行くぞ!」というモードに切り替えるのではなく、本番に向かっていかれる感じでしょうか?
TAKURO

今話したような気持ちで、今を生きる。そういうグラデーションって「何かいいな」と思っています。デビューの時みたいに全員が「よし、天下を獲ってやらぁ! 俺たちの存在を世界に知らしめるぜ!」という感じではなく、ちゃんと年相応に枯れた自分を認めることが、俺のGLAYに身を寄せる理由というか。ブロードウェイのオーディションみたいに、演出家の期待に毎回100%応えなければ「あなた明日から来なくていいわ」と言われるような場所ではない、こういった人間の拠りどころになるからこそGLAYは面白いな、と思っているので。新しいライブに対する意気込みはもちろんありますし、やる気もあるし、当然ベストを尽くすだけなんですが。皆が望むベストの尽くし方と、俺がベストを尽くした新曲たちの方向は一致しているのかどうなのか、それはやってみなきゃ分からない、という感じですね。

11月のインタビュー時には、誰も聴いたことのない新曲が複数演奏するライブにしたい、というプランについて「メンバーに交渉中」とおっしゃっていました。どんなやり取りがあったんでしょうか? 
TAKURO

俺の心の内はさておき、ローソンさんは僕らの近所の台所として50周年を迎える企業で、どの時代にもお世話になったお店だし、そこをお祝いする気持ちがやっぱり強くて。だけど、30周年を終えて32年目のGLAYが、ビアガーデンの人を楽しませるだけのバンドというのも嫌なんですよね。そこにはやっぱり“今”の気持ちとか、バンドの“これから”のあるべき姿とかがあるべきで、一番には「今こういうことを考えております」という曲たちを並べたいな、というのがあったんです。JIROには、誕生日(※10月17日)を祝うために日本に来たタイミングでいろいろ話す機会があったので、相談したし、その辺は汲み取ってくれた気もします。

いつものようにJIROさんがセットリストを取りまとめされて。新曲以外も、レア曲がたっぷり含まれているようですね。
TAKURO

「新曲やります」というのが先に決まっていたから、JIROが(既存曲も)それと色合いを合わせたのかもしれませんね。新曲の前後には歴史ある曲たちが並ぶんだけれども、それはGLAYのある種の優しさ、という感じかな。

今回披露なさる新曲たちは、30周年イヤーが終わってから生み出された曲たちばかりなんですか
TAKURO

生み出したか、(デモ状態だったものを)まとめた曲たちですね。

楽しみです。具体的に歌詞やメロディ、アレンジは“これまでにない感じ”になっているんでしょうか? 
TAKURO

それは俺には分からないですね。「40歳と今と何が違うんですか?」と訊かれたら、変わったとも言えるし、変わってないとも言えるし。

意図的に「これまでと違うことをやってみよう」というよりは、心に浮かんだままを曲にしていった、という感じですか?
TAKURO

「こんな歌を歌ってくれるバンドがいたらいいな」という、その想いに対して忠実につくろうとした点では意図的だったかもしれないですね。流行りとか、今までのGLAYの歴史とかを考慮せずに。もちろん、つくっている人が同じなので近い部分はあるにしても、「俺が好きなギタリストはこんなリフを弾くね」というのをお願いしてHISASHIにつくってもらったりして。“GLAYらしい”とか“GLAYらしくない”というのは一切考えなかった。今までの30年はさておき、GLAYをつくるもっと前、もしくはつくった時の衝動に忠実というか。そこは音楽的ではなく、心持ちの話で。世の中に対する想いとか、将来の不安とか、友人や彼女(※過去の話です)の心が分からなくて、自分の至らなさを感じたり、もしくは相手とすれ違ったり……そういう歌をつくりたい、と思っていたのかな。

心そのものに純粋に向き合う、というニュアンスでしょうか。『Back To The Pops』の時も、TAKUROさんは“30年目のデビューアルバム”と表現されていて、初期衝動に忠実なピュアな作品でした。ロックバンドの作法として社会的なメッセージを歌うというよりは、パーソナルで微細な心の動きにフォーカスされていて。今回のターンで生まれている新曲たちは、それともまた違いますか?
TAKURO

『Back To The Pops』の時は、それでもまだ“世の中との繋がり”を意識しながらだったんだけど、今回はそれもあまり無くて。もっと、デビュー前にライブハウスでやっていた時のような、GLAYのそんな時代がとっても懐かしくてね。去年の後半、「それはもう1年前にやりました」「これは半年前にやりました」ということばかりで、自分にやれることがもう無いと感じて、どれもこれも興味が持てなくて。30周年で東京ドームをやったからといって、来年(2026年)また東京ドームやるってことにも興味を持てないし、そこに対するモチベーションも無いですから。それぐらい壮大な物語でもって30周年を終えちゃって、漫画雑誌の連載でもあるまいし、「人気があるから、このまま同じ路線を行ってください」という愚だけは犯さないように、という想いもあったので。身の回りにあるもので、自分が興味を持てるものを1個ずつ拾い集めて音楽をつくる、みたいなのが一番楽しいし、自分の生き方に一番沿っていたな、と気付いたんです。別にGLAYのリーダーだから、GLAYのメンバーだからと言って、いつも自信満々の顔をする必要もないし、もう十分だと思ったしね。それよりもGLAYを取り戻すこと、自分の人生を取り戻すことが大切だった。

華やかな30周年イヤーをリーダーとして文字通り先導し、真ん中で盛大に祝われながら、TAKUROさんは孤独だったのかもしれませんね。
TAKURO

東京ドーム、京セラドームにいた人たち、今でも応援してくれているファンの人たち一人一人がもはや(呼称として)「GLAY」でいいと思ったし、その後「やっぱり違う。GLAYじゃなくてBuddyだ」とかいろいろ言っていたけれど(笑)、そう思ったこと自体は本心です。でも、パーティーのゲストが増え過ぎて、主催者である自分が誰をもてなしていいのか、もう分からなくなってしまっていた、というのはある。俺がもてなすべきはこの3人であったはずなのに、というホストの悩みがあって、「一回パーティーを閉じたいんだけど」って。そんな感じだったと思う。

ホストであるTAKUROさんが、疎外感や寂しさを感じてしまった、と?
TAKURO

勝手に盛り上がってくれていて、でも、それは本来喜ぶべきことだし本意でもあったんだけどね。もう自分がやる必要がないぐらいちゃんと成熟した、という証だし。でも、そこに何となく寂しさを感じてしまって。3人を誘って連れ出して、「小さなバーでちょっと飲まない?」という気になった、というのが一番しっくり来るかもしれないな。

でも、これだけ濃密な30周年イヤーを成功裏に完走なさって、一旦先が見えなくなるのは至極当然だとも思うのです。普通のバンドであれば2、3年一切動きがなくても全く不思議ではありませんから。
TAKURO

そうかもしれませんね。けれどもまぁ、最初に言ったように、バンドをやること自体というか、メンバーの皆とワイワイ飲んだり食べたりするのは楽しいので。日本に帰ってくれば相変わらずTERUに週3日食事に誘ってもらうし。ハッピーエンドで終わった京セラドームに自分の中で個人的な違和感を抱いて、もちろん良かったし自分の夢も乗っけて皆で駆け抜けたんだけれども、自分で主催したパーティーにしては自分のキャパシティを超えていたんだな、と去年の夏は思って。だから何にもしたくなくなっていたんでしょうね。自分たちもお客さんも初めて聴く新曲をつくって、またゼロから生まれる物語を繋いでいきたいな、と。とはいえ、そうもいかないんだけどね。本当は全部新曲というのが俺の希望だったんだけど。

それほどまでだったんですね! 新曲が複数という事で十分チャレンジングだと思います。
TAKURO

一応自分で言い出したから、15曲はすぐにつくったんですけども。JIROの曲もHISASHIの曲も出てきたので加えて、元々入れていた俺の曲を減らして。あと6曲ぐらい待機しているんですが、次のGLAYのアルバムは、そういった去年の心境の変化が大いに影響している曲ばかりになりそうです。今回、詞を書く時、今の心持ちにいちばん近いのがJIROの曲だったんですよ。とにかく新鮮で面白くて、俺なんかにはつくれない世界があって、「こういうのやりたかったな」という曲だったから、「今の自分の想いをこの曲に託してみよう」と。実は、それを次のアルバムタイトルにしたいと思ってるんだよね。

おぉ!
TAKURO

「旅する理由を待ちながら」。(仮タイトル)まさに2026年の自分の気持ちだなって。JIROはソロを経て、The Beatlesの中期から後期にめちゃくちゃいい曲を書きまくったジョージ・ハリスンみたいな、素晴らしい作曲家だなぁと。HISASHIのつくった曲ももちろんいいし、ライブを楽しみにしていてほしいですね。

TERUさんの現在の歌については、どのようにお感じですか?
TAKURO

めちゃくちゃ素晴らしいですよ。やっぱり『LIVE at HOME vol.9 in TOKYO GARDEN THEATER』を経て、歌心、歌力がまた更にパワーアップした感じですね。

2026年は、4人の新しい旅がまた始まっていくんですね。
TAKURO

3月からはホールツアーも始まるし、今年のGLAYは旅が多くなりそうですね。

取材・文/大前多恵

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