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2001
-
レギュラーTV番組「GLAY GLOBAL COMMUNICATION」放送開始
2001.04.11
FNS系で初のレギュラーTV番組「GLAY GLOBAL COMMUNICATION」放送開始(~6.27)
GLAYのほかレギュラーとして、恵俊彰氏と西山喜久恵アナウンサー(フジテレビ)が出演INFORMATION
番組内容は以下
#1 PV企画会議編 01/04/11放送
シングルカップリング曲『 GOODMORNING N.Y.C. 』のプロモーションビデオ企画会議。
#2 PV撮影&完成編 01/04/18放送
『 GOODMORNING N.Y.C. 』 TELVIS & PINK SALMONSによるプロモーションビデオ・オンエア
#3 2001.4.25緊急記者会見リポート 1 01/04/25放送
東京→札幌と大移動を果たした4月25日の記者会見模様をリポート
#4 GLAY SPECIAL LIVE IN SAPPORO 01/05/02放送
4/25に札幌道庁前で行われたゲリラライブの模様をリポート
#5 GLAY WORLD REPORT 01/05/09放送
CANADA QUEBECで行われた「GLOBAL COMMUNICATIO」PV撮影とニューヨークでのレコーディングの模様をリポート
#6 ソロ企画始動 HISASHI&JIRO GLOBAL COLLABORATION 01/05/16放送
HISASHI &JIROソロ企画編。JIROはイラストレーターのGEN氏とコラボしてベースのペインティング、HISASHIはASHIMOの開発者との対談を実施。
#7 TERU & TAKUROアジア訪問その1 01/05/23放送
台湾&香港編
#8 TERU & TAKUROアジア訪問その2 01/05/30放送
タイ&韓国編
#9 TERU & TAKURO GLOBAL COLLABORATION 01/06/06放送
TAKUROはスタイリストの小川恭平氏とGLAY EXPOのCM制作。TERUはキャンディストリッパーの板橋ヨシエ氏とTシャツつくり。
#10 ASIA TALK SESSION Vol.1 01/06/13放送
ニコラス・ツェー(香港)とDOME(タイ)のスタジオライブ
#11 ASIA TALK SESSION Vol.2 01/06/20放送
の人気ロック・バンド「五月天(メイデイ)」(台湾)と、「紫雨林(ジャウリム)」(韓国)のスタジオライブ
#12(最終回) SPECIAL LIVE 01/06/27放送 -
旧北海道庁前赤レンガ前でゲリラライブを開催。
2001.04.25
札幌での記者会見終了後、旧北海道庁前赤レンガ前でゲリラライブを開催。
7月4日発売の新曲「STAY TUNE」のミュージックビデオの撮影と、レギュラーテレビ番組「GLAY GLOBAL COMMUNICATION」の撮影を兼ねていた。REVIEW
7月4日に発売されるニューシングル『STAY TUNED』のプロモーションビデオ撮影が、札幌の旧北海道庁前にて行なわれました。
前ページで書いた通り、この日は撮影前に“GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION”の記者会見が行なわれたため、東京での会見が終わるとすぐに札幌へと向かうメンバー。もちろん着替えている時間などないので、衣装もメイクもそのままだ。会見場となるホテルへとバスで移動するのだが、実はメンバーはもともとワゴン車で移動する予定が、なぜかドアが開かないというハプニングが起こり、急遽スタッフと共にバス移動となったのだ。
さて、今回のプロモーションビデオは“旧北海道庁前にステージを組み、そこでライブをしている様子を撮影する”というものなのだが、どこにも正式に発表していないため、どれだけの人が集まるかを心配していたメンバー。しかし、どうやって情報をGETしたのか、お昼にはすでに約1,000人の人が集まっているという知らせを聞き、かなり楽しみになってきた様子。そして記者会見を終え、スーツからライブの衣装に着替えたメンバーはますます、ドキドキワクワクしながらホテルで出番を待つ。もうすぐ5月だというのに北海道の夜はまだまだ寒く、気温は5度。そこで、カイロを懐に入れたり、指を温めたりと防寒対策もバッチリしたところで、いざ出陣! メンバーが到着すると、待ってましたとばかりに大きな歓声が上がり、「ケガ人が出ると夏のEXPOが中止になってしまいます。ヨコに揺れるよりはタテにジャンプしてほしいな」という注意事項をTERUが伝えた後、まずはこの日発売されたばかりの『GLOBAL COMMUNICATION』を演奏すると、曲の途中で着ていた皮ジャンを脱ぎ、半袖のTシャツ姿になるTERU。熱くて脱いだのかと思いきや、実は皮ジャンの皮が堅くて、腕が上がらなかったとのこと(笑)。そして2曲目は、この時はまだタイトルが決まっていなかったため、『夏男HISASHI』と仮タイトルで紹介された(笑)今回のシングル『STAY TUNED』、さらにカップリングの『Super Ball425』と続き、ラストは『誘惑』でライブが終了。「GLAY EXPOでぜひ会いましょう!」という言葉を残し、大満足!といった表情で車に乗り込むメンバー。約20分という短い時間だったのだが、なんと合計約8,000人が集まったというこのプロモーションビデオ撮影。集まっていた人にどうやってこの撮影のことを知ったのかを聞いてみると、「友達から聞いた」「インターネットで誰かの書き込みを見た」などがほとんどで、噂でこんなに人が集まるなんてホントGLAYってすごいなぁとつくづく感じるFCなのだった。
HAPPY SWING会報Vol.21 -
東京・札幌にて『GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION』記者会見
2001.04.25
「GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION」の開催を発表する記者会見を、東京と札幌で開催。REVIEW
4月25日、東京。小雨の降る肌寒い日だというのに、会場となったホテルには雑誌・TV・ラジオの取材陣が詰めかけ超!満員。まずは、この日のためにスタッフが3日間徹夜で作成したというEXPOイメージビデオが流れ、続いて拍手の中をHISASHI、TERU、TAKURO、JIROの順でメンバーが登場。
本日の司会進行役であるフジテレビ・軽部アナウンサーが次々とメンバーに質問を…。
シングル&イベントタイトルに『GLOBAL COMMUNICATION』と付けたのは、
TAKURO「GLAYの21世紀の活動、及び自分の生き方自体を現わした言葉。今年からの活動全てを受け止められる言葉として決めた。最初は、企業の名前みたいで大きすぎるかなと思ったけど(笑)」
という理由だったこと、そして“EXPO”という言葉には、
HISASHI「筑波の科学万博に行った時、未来っていうのをそこに感じた。“EXPO”っていう言葉に影響を受けて、99年の時も“EXPO”の言葉にこだわった。(GLAY EXPOでは)遠出して途中を楽しんだり、小さな冒険みたいに、少しだけ努力して楽しむという夏休みの一日を過ごしてほしい。ファン同士が集まってコミュニケーションするという小さなとこから始めたい」
という気持ちが込められていることなどが話される。
また、東京・北海道・福岡の3会場に対して、
TAKURO「東京は新しくできたばかりの会場で、コンサートで使うのは(GLAYが)初なので光栄です。2daysということでメンバーの気合いも入っている。九州はテーマ通りにアジアの玄関口なので、アジアのアーティストと一緒にイベントを行なうという地理的条件が一致し、市の方も協力してくれるということで楽しみ。そして北海道は、生まれた場所であり、広大な空の下、デビューからの夢を実現させたい。99年の感動を、北海道の方でも味わいたい」
JIRO「北海道は僕らの地元で、今後も変わらず盛り上げていきたい。東京は、10年ぐらい住んでいて刺激的だし、これからもそういう刺激を吸収していきたい。九州はGLAYのライブとは切っても切り放せない。そんな熱狂的なファンの人に引っ張られた感が強い」
という想いも披露された。
さて、今回のEXPOのオフィシャルロゴはTERUがデザインしたもので、この記者会見でも、
TERU「全国からみんなに集まってほしい。全国から気持ちが届いている…その気持ちの象徴がハートで、中央部分の丸は太陽をイメージしてデザインしました。太陽というのは、福岡はオールナイトイベントになるので、みんなで朝日を見ようという気持ちを込めた。赤・青・黄・緑という4色はアジアの国旗で使われている色をインターネットで調べて決めました」
軽部アナ「ハートが4つというのは、4人のメンバーの意味?」
TERU「いや…それはバランスが良かったので(笑)。ハートはメンバーのハートじゃなくて、集まってくれるみんなのハートですね」
と、彼らしい答えを聞かせてくれた。
最後にファンへのメッセージ & 意気込みを聞かれ、
TAKURO「バンドを楽しむということが最優先。と同時に、EXPOをやるっていうのは“できないかもしれない”という不安を抱えながらのいわゆるチャレンジ精神でもある。そういう姿を自分でも滑稽だと思いますが、それが自分の生き方なので」
TERU「2年前、幕張が発表された時、誰もが無理なんじゃないかなと思ったんですけど、成立させようという気持ちだけで成立させてしまった。みんなで手を合わせて、そこに向かって行動すれば可能になるんだというのを見てほしい」
HISASHI「伝えたいというより感じてほしい。やっぱり“野外ででっかい音、気持ちいいよね”って感じてほしい。メンバーの半分が今年30才になる…そんな中で、どんどん攻めの姿勢で髪を立ててライブやります!」
JIRO「大勢のライブだからこそ感じられる一体感、感動を感じてほしい。10ヶ月振りのライブなので、みんなに負けないよう僕も髪を立ててライブやります(笑)。2001年、今までやってきたことを尊重しつつリセットする気持ちで…真っ白な気持ちでライブに向かいたい」
という言葉で、この記者会見は締めくくられたが、この後、東京ではラジオのみの記者会見も行なわれた。ここではぐっとラフな雰囲気で、
ニッポン放送・荘口アナ「前回のEXPOの時、メンバーの皆さんが徹夜して作ったビデオを流していたりとか“手作り感”満載でしたが、今回“無理かな”と思いながらも、できたらやってみたいことを教えて下さい」
JIRO「僕らがEXPOやった99年に、LUNA SEAが10万人ライブやりましたよね。あの時メンバーがヘリでカッコ良く登場したんですよ。あれをやってみたいな。夢だよね、あれは(笑)。でも、あのぐらいのドキドキ感は与えたい」
TAKURO「やはり99年の反省から一つ学びたいと思ったんですが、あの時隅田川の花火大会が同じ日にあって、それが180万人と聞きまして…。やはりそれには勝てないなと(笑)。なので、北海道でやる時は裏で花火大会をやってほしいですね」
TERU「2年前のEXPOでは、EXPO館にお客さんが入ってるところをその場で見れなかったんですね。でもファンの子と一緒になって“あ、これいいね”“いいでしょ”とか言いながら見てみたいものですね」
荘口アナ「それは絶対無理じゃないですか(笑)?」
HISASHI「今、飛行機の操縦を勉強してるんです。機械オタクなんで。それが間に合ったらブルーインパルスの華麗なるアーチを…」
荘口アナ「何を言ってるんですか!?」
HISASHI「無理でいいんですよね? アーチを描いてみたいですね…空のキャンバスに(クールに)」
荘口アナ「言い方はどうでもいいんです(笑)」
という、実現されるかどうかはさておき、息の合った(?)やり取りも飛び出した。
この東京での会見を終えると、メンバーはそのまま北海道に飛び、北海道知事と共に記者会見をするという超ハードスケジュール。さらに夜には、旧北海道庁でPV撮影まで行なった。 -
22nd SINGLE「GLOBAL COMMUNICATION」リリース
2001.04.25
収録曲
01. GLOBAL COMMUNICATION
02. GOOD MORNING N.Y.C
03. GLOBAL COMMUNICATION(Let's 耳コピ Version)REVIEW
英国ポップの代表格、ブラーを手掛けてきたジョン・スミスをエンジニアに据え、ニューヨークで制作されたというこの作品が連想させるのは、曇りのない、光に満ちた未来だ。ただし無闇に楽天的なんじゃなく、闇すらもまばゆい色で塗りつぶしてしまおうとでもいうかのような強い意志だ、おっと、危うく書き忘れるところだったか、カッブリングの「GOOD MORNING NY.C.」も、彼らの“今”がいかに自由で、想像力にも創造欲にも制限を持たない状況にあるかを物語ってくれる、突き抜けまくりのチューン。そしてCD工クストラ仕様の本作には、彼らの今年の活動にかかわる重大なメッセージが収められていたりもする。
まさに元気の出るクスリともいうべきこのシンクルが、日本の春に夏さながらの熱風を巻き起こす。ちなみにこのクスリ、副作用は“笑顔”だけなのでご安心を。
(HMV press)MEMBER'S COMMENT
◆カップリング 『GOODMORNING N.Y.C.』について
TERU:サウンドを聴いた瞬間に、「あ、コレはエルビスだな」と、俺は直感で感じたんで、エンジニアの方に「ボーカルのサウンドを、ニューヨークの音にしてくれ」と。で、一言笑い声っというか「あ″ぁーー」という声を出したら、それがエルビスに似ていたんで、じゃぁこの路線で行こう、ということで。その勢いで作った、と言うか、勢いで歌った、っていう感じですね。GLAYには全くない肌触りだったので、コレはカップリングで発表して見てはどうか?と…。」
HISASHI「3つの要素があって、最初はHEAVY GAUGEツアーのVJセッションというコーナーで、毎回バンドのセッションにVJを絡めてそれで色んな紹介なんかをしてきたんですけれども、そん時に生まれたリフなんですね。で、そのHEAVY GAUGEツアーのテンションを、ニューヨークに持っていきつつ、ニューヨークのスタジオの雰囲気や、一発録りの空気感なんかをレコーディングできて、しかもGLAYが持ってる変なユーモアセンスとか、そういう内輪ウケみたいなところでの楽しみっていうこの3つから出来てますね。」
TAKURO「この曲の歌詞なんかは、もう1行も特に意味なんかないですけど、要するにGLAYをもうずぅっと10年以上やってますけども、今でもこういう曲で盛り上がれることの素晴らしさとというか、なんかそういうものがにじみ出てて、そういう意味で盛り上がったと思うんですけどね。スタジオ入って、HISASHIがリフを弾いてみんなが合わせて、こんな簡単な3コードのロックンロールナンバーなんかを演奏するとみんな、悪ノリしちゃってっていう…。なんかそういうことがGLAYにとって非常に重要であり、かつ、どこにも負けない要素なんではないかな、と。」
JIRO「ただ単に実験の段階の曲だったんですよね。その中の1曲で「ロックンロールな曲にしよう」っていうことで、じゃぁ俺が知ってるロックンロールってものを最大限で表現していこうか!て思った曲ですね。ああいう遊びの部類に関しては、僕レコーディング行ってなくて(苦笑)、自分のパートがニューヨークで終わってしまって、それ以降の作業っていうのは、ギターダビングとかボーカルダビングとの作業は日本でやったんですよ。で、そん時ちょっと自分の個人的な仕事(『キャラメルパビリオン』の編集)とかあって、そっちのほうに忙しくてね(苦笑)。「後はじゃぁまた明日な」っていうことで完成したのを聞いて、ビックリした!っていう感じなんですけども。実は詞もさっき見ました(苦笑)」
(GLAYレギュラーテレビ番組「GLAY GLOBAL COMMUNICATION」より) -
TAKURO,TERU参加「ZERO LANDMINE」リリース
2001.04.25
「地雷ZEROキャンペーン」ソング
1. ZERO LANDMINE
2. ZERO LANDMINE(Piano Vocal version)
3. ZERO LANDMINE(Piano Cello version)
4. ZERO LANDMINE(Short version)
5. ZERO LANDMINE(Piano version)
6. ZERO LANDMINE(THE TRACK)
週間最高順位1位(オリコン)INFORMATION
おもな参加アーティスト
UA 、大貫妙子 、坂本龍一 、桜井和寿、佐野元春、SUGIZO、高橋幸宏 、TAKURO (GLAY)、CHARA、
DJ KRUSH 、TERU (GLAY) 、DREAMS COME TRUE 、細野晴臣、山塚アイ (BOREDOMS)、
アート・リンゼイ 、クラフトワーク、スティーヴ・ジャンセン、シンディ・ローパー 、デヴィッド・シルヴィアン 、ブライアン・イーノ 、ヤドランカREVIEW
地雷問題に関心を持った坂本龍一が、TBS開局50周年の地雷根絶キャンペーンの一環としてこの曲を作る。このCDの売上金はすべて地雷撤去などの資金となった。坂本の主旨に共感した国内外のアーティストや演奏家が集結し、N.M.L.(NO MORE LANDMINE)というユニットを結成した。同曲は、前半部が未だに地雷が埋まっている国々の内の数カ国の民族音楽、後半部がメインの歌唱部分として構成されており、約20分の大作に仕上がっている。全編英語詞であり、詞は坂本の長年の友人である元・ジャパンのデヴィッド・シルヴィアンが担当した。デヴィットに歌詞制作を依頼する際に坂本は、「子供にも歌える様なシンプルな歌詞を書いて欲しい」と注文したと言う。坂本は出来上がった歌詞を見て「普段のデヴィットの書く難解な歌詞からは想像出来ない程のシンプルな歌詞が出来上がった」と歌詞カードで書いている。また、これとは別に作家の村上龍によって翻訳された日本語詞も作られており、そのタイトルは「地雷のない世界」である。三省堂の高校用英語教科書『CROWN ENGLISH SERIES』にこの音楽の内容が掲載された。国内ではエイズなどのチャリティーが行われることは毎年12月のAct Against AIDSをはじめとして多いが、地雷のような「人間を殺すためではなく傷つけるための兵器」に対するチャリティーが行われることは現在においても比較的珍しいといえる。なお、タイトルなどで記載されている「LANDMINE」とは地雷の意味である。タイトルにもある様にジャケット写真には実際に埋設されていた様々な地雷が使われており、チャリティーの趣旨をよく表している。MEMBER'S COMMENT
TERU
地雷ゼロキャンペーンに参加させて頂けて頂いたことでこれからの自分に大切なものを見つけることができたような気がします。
今回、坂本龍一さんが中心となり世界の音楽を愛するアーティストが集まり作り上げた曲(ZERO LANDMINE)に触れてくれる人たちからその周りの人たちへと、この地雷撤去への関心が広がってくれる事を願っています。一人一人の力を重ね合わせ、愛情を持って行動する事により、一つでも多く地雷が撤去される事を信じ、明るい未来に一歩でも近づけるよう、これからも地雷ゼロキャンペーンに力を注いで行きたいと思います。
TAKURO
今回このキャンペーンに参加することで「人が作り出した悲劇」についてあらためて考えさせられました。筑紫さんも言っていましたが、人がまいた種はやはり人でないと刈り取れないというこの真実をいつも心に留めて、自分たちも微力ながら、この地雷ZEROキャンペーンはずっと続けていきたいと思います。
僕たちGLAY(もしくは個人的に)は地雷ZEROになるまで積極的に参加していきたいと思います。21世紀、最初の祈りを、これからも……… -
「地雷ZEROキャンペーン」特別番組(TAKURO・TERU参加)
2001.04.30
TBS50周年特別企画「地雷ZERO 21世紀最初の祈り」にTAKURO・TERU参加。
総合司会 筑紫哲也 菅野美穂
出演 坂本龍一、国内外アーティストINFORMATION
2001年4月30日(月)21:00~23:24
JNN系列 28局ネットで放映
・スタジオ展開と取材VTR、
・世界各地との中継で構成
・中継地点:ニューヨーク・モザンビークほか
TBS50周年特別企画「地雷ZERO 21世紀最初の祈り」REVIEW
ZERO LANDMINEフルバージョンは番組の最後で、テレビで一度だけ演奏された。前半部分は地雷ZEROのドキュメントからの映像(ダイアナ元皇太子妃の朗読部分には彼女が登場)、後半の合唱部分ではスタジオに集まったアーティストたちの演奏が放映された。参加アーティストの中には当日、来日を果たせなかった者もいたものの中継で共演を果たしている。 -
TERU、TAKUROが台湾・香港・バンコク・韓国にてアジアプロモーション開始記者会見
2001.05.09
5.9 TAKURO・TERU、台湾で記者会見
5.10 TAKURO・TERU、香港で記者会見
5.12 TAKURO・TERU、バンコクで記者会見
5.14 TAKURO・TERU、ソウルで記者会見 夜、ホテルでTAKURO号泣
5.15 福岡で記者会見(JIRO、HISASHI合流)REVIEW
GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION”福岡公演にスペシャルゲストとして出演するアーティスト達に会うため、5月8日から14日までのわずか1週間の間に、なんと台湾・香港・タイ・韓国のアジア各国を回ってきたTERUとTAKURO。それぞれの地で、2人がどんなに実のある時間を過ごしてきたかは、別紙を後でじ~っくりと読んでもらうことにして、ここでは最後に訪れた韓国での2日間を追っかけてみました。
5月13日
タイからやってくるTERUとTAKUROを出迎えるため、GLAYと書かれたボードを掲げたり、みんなで『HOWEVER』を歌ったり、GLAYコールをしたりと、一目だけでも会いた~いという気持ちから集まったものすごい数のファンと、それに負けないくらいたくさんの警備員がズラリ…。そして、2人が出てきた瞬間、キャー・という声とフラッシュによる熱烈な歓迎を受けるも、そこに警備員が押し掛けてパニック状態。あっと言う間の出来事だった。
無事空港を抜け出し、車でホテルへと移動するTERUとTAKURO。しかし、チェックインする間もなく、すぐに韓国のアーティスト紫雨林(ジャウリム)のメンバーと打ち合わせをする。といっても堅苦しいものではなく、まずはお互いに自己紹介をした後、日本語が話せるスタッフに通訳をしてもらいながら会話をしていくのだが、紫雨林のメンバーは“すみません”“お疲れ様”など日本語も上手で、すぐに打ち解けた様子。さらに、ホテル内のBARに移動して飲みながら交流を深めることになった6人は、朝の5時まで飲んでいたらしい。
5月14日
記者会見当日。メイクを終え、スーツでビシッとキメたTERUとTAKUROは控え室へ。13時から行なわれる記者会見に向けて、紫雨林のメンバー、司会者、通訳、そしてスタッフと30分ほど打ち合わせをした後、ホテルのラウンジにて紫雨林のメンバーと一緒にコーヒーを飲む2人。昨夜のBARですっかり仲良くなったようだ。
控え室では“アンニョンハセヨ(こんにちは)”“カンムサハムニダ(どうもありがとう)”といった挨拶の言葉を紫雨林のメンバーに教えてもらい、紙に書いて覚えるTERU。出番までに何度も紙を見直している。そしていよいよ記者会見開始。メンバーの挨拶、コンサートの正式発表など通訳を交えながら進行し、最後は…。 ちなみに、TERUの第一声が「アンニョンハセヨ」だったのは言うまでもありません(笑)。
記者会見が終わると、すぐに部屋を変えて地元のテレビ局やインターネット放送の撮影に入るTERUとTAKURO。紫雨林のメンバーと一緒に約1時間30分ほど撮影を行ない、メイクを落とし、衣装を着替えて仁川空港へ。そこから飛行機に乗り55分、福岡に到着した2人は宿泊先でHISASHIとJIROに合流し、翌日に行なわれる福岡での記者発表に備えて、ゆっくりと体を休めるのであった。お疲れ様でした。
HAPPY SWING会報VOL.21 -
GLAY PHONE(au by KDDI)発売に伴いキャンペーンCFがO.A.され、メンバーも出演
2001.05.10
-
福岡にて『GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION』記者会見
2001.05.15
-
HISASHI出演のLAWSON CMのOA開始
2001.05.18
GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATIONのチケットの一般販売はLAWSONチケット限定で発売。
出演はHISASHIとガレッジセール。REVIEW
HISASHIが出演する「LAWSON」のCM、皆さんは観ることができましたか? 実はコレ、全部で5回しかTV放送されていないという、超貴重映像だったんです! そして、その撮影が行なわれたのは都内某スタジオ。事前に「LAWSON」の店内で撮影すると聞いていたのに、なぜ??と思いながらもスタジオに行ってみると、そこには雑誌や食品、日用雑貨などの商品がズラリと棚に並び、コピ-機やお馴染みのロッピーまで置いてある、まさしく「LAWSON」ができているではないですか!! というわけで、今回共演するガレッジセールの川ちゃんとゴリさん、監督、スタッフと控え室で打ち合わせをした後、準備をして撮影開始。まずは、お客さん役のHISASHIが買い物カゴを持ってレジに行くと、店員役のゴリさんが袋詰めをしながら「GLAYの新曲いいっすよねー、ライブ行くんっすか?」と本人だとは知らずに話しかけるシーンから始まったのだが、なぜかHISASHIはフルメイク、フル衣装、フル装備…(笑)。そして同じシーンを何回か繰り返した後、「もうちょっとノリノリのバージョンをお願いします」と監督に言われ、「GLAYの新曲いいっすよねー」と言った瞬間、TERUのキメのポーズをマネして手をバッと広げるゴリさん(笑)。すると、同じく店員役の川ちゃんから「ちゃんと働け!」というアドリブのツッコミが入る(さすが!)。さらにノリノリで「ライブ行くんっすか?」と続け、またまたTERUのマネ…と、これには一同大爆笑。次に、本物のHISASHIだと気付いた2人が「失礼しました!」と頭を下げるシーンでは、「この後どーなるんだろー、この3人…」と自分達の行く末を心配するHISASHI(笑)。そして、これもバージョン違いを撮ることになり、監督から「肩揉んだり、靴磨いたり、アドリブでお願いします」と言われ、ゴリさんは肩を揉み、川ちゃんは割り箸をドバッとサービス(笑)。また、2人がHISASHIだと気付くシーンでは、まるで化け物でも見たかのような表情に、その場にいた全員が「すごい!」と大絶賛。しかし、この時の「あーーーーーっ!!」という声と表情に吹き出してしまうHISASHIは、「あーどうしよー、笑うなー」とツボにハマってしまった様子。でもなんとか笑いをこらえて無事にこのシーンを終え、ここでガレッジセールのお2人は撮影終了。残るはHISASHIのみの撮影となり、レジにカゴを置くシーン、夕食を挟んだ後に、腰に付けたキーチェーンを振り回しながら歩くシーンと続く。ラストにはコインを親指で弾いてキャッチするシーンがあり、セッティング中にその練習をしておいてほしいと監督からコインを渡されたHISASHI。監督や他のスタッフは上手にキャッチできるのに、HISASHIはなかなかうまくできず、自主練を始める。やがて、軽く弾くとうまく飛ぶことに気付いたHISASHIはコツを掴んだらしく、「コレだ!」とかなり満足そう。そして、入り口から店内に入る足下の撮影が終わると、いよいよ問題のコイン投げのシーンに入るのだが…さすがはHISASHI。練習の成果バッチリで、ほとんど失敗はなく撮影終了となった。残念ながら、実際のCMには通常バージョンしか使われなかったのだが、それでもかなり面白いCMになったことは、観た人なら知っているはず!
HAPPY SWING会報VOL.21 -
レギュラー番組最終回用公開録音ライブ(渋谷AX)
2001.06.23
GLAY初のレギュラーTV番組「GLAY GLOBAL COMMUNICATION」の公開録音をSHIBUYA-AXで実施INFORMATION
【SET LIST】
01. SUPER BALL 425
02. FATSOUNDS
03. More than Love
04. ひとひらの自由
05. COME ON!!
06. STAY TUNED
07. MERMAID
08. BUCK-UP
09. サバイバル
10. GROBAL COMMUNICATION -
23rd SINGLE「STAY TUNED」リリース
2001.07.04
収録曲
01. STAY TUNED
02. BACK-UP
03. Super Ball 425
04. STAY TUNED (Guts!耳コピVersion)INFORMATION
雑誌広告REVIEW
前作『GLOBAL COMMUNICATION』から2か月半、GLAYが早くもニュー・マキシ・シングル『STAY TUNED』をリリースする。
まずタイトル曲は、オープニングからタイトなビートとメロディアスなギターフレーズがたたみかけられるアッパーな作りが特徴。前作『GLOBAL COMMUNICATION』で暖められたエンジンを、早くもフルスロットルさせたかのようなビート感を耳にすれば、ものの10秒としないうちに、体がウズウズしてくるのだ。
そんな“いてもたってもいられない”感覚に強くシンクロするのが、まさにオンタイムな“夏”をシチュエーンョンに展開する“愛”の歌詞だ。
様々なイベントが繰り広げられる夏という季節の中で、誰もか一番胸を熱くする“出会い”“今年こそはと期待を胸に泣き濡れた日々を蹴飛ばして”という積極的な気持ちでつかんだ出会いは、若さゆえの興味心と恋に恋に恋する未成熟な憧れを乗り越え、いつかは“COMEN DARLIN' KISS ME DEEP AGAIN”という情熱的な“愛”にたどり着く。そうすれば“汚れた世さえ楽園になる”と思えるし、“何もかも今始まる”という、とてつもなくポジティブな意志を持つことができる。『GLOBAL COMMUNICATION』の、世界規模での人間愛とは違った、より身近なシチュエーションでの“愛”なだけに、より多くのリスナーが呼応し、なおかっこの夏をより実り深いものにするきっかけにしてくれることだろう。
さて、TERU久々の作詞作であるカップリング2曲も見逃せない。
作曲も手掛けた『BACK UP』は、インダストリアルなサウンドと、サイケデリックなアレンジが融合したユニークな曲。こちらでも“All You Need Is Love/LOVE All You Need”という、かのビートルズも唱えたフレーズで、愛の強さを歌い上けているのである。
一方の『Super Ball 425』(こちらはTAKURO作曲)は、『STAY TUNED』以上にアッパーなR&Rで、ひたすらポジティブかつアグレッシブに突き進む今のGLAYのスタンスがモロに現れた歌詞が、曲の勢いをさらにアップさせている。
夏というキーワード、ライブ映えするアッパーなサウンド、そしてライブそのものを連想させるギミックーそう、まさに今回のシングルは、この夏再び敢行される「GLAY EXPO 2001“GLOBAL COMMUNICATION”の布石ともいえる作品なのだ。
今回は北海道、東京、九州の3か所で敢行されるので、より多くのファンがこのライブに集えるようになっている。もしかしたらそこで“出会い”があるかもしれない。そのためにもこのアッパーな3曲で体を十分に慣らし、積極的かつ前向きな意志を蓄えておくべきなのだ!
(CD HITS!) -
五月天『人生海海』にTERU & TAKUROが参加
2001.07.07
-
GLAYPHONE発売
2001.07.20
KDDIとのコラボレーション・アイテム「GLAYPHONE」の発売がスタート。INFORMATION
<プレスリリースより>
「GLAY PHONE」はGLAYがプロデュースし、オリジナルカラー、オリジナルロゴ、日本初の機能を搭載する最新モデルという。この携帯電話の特長として、GLAY最新情報などのコンテンツを無料(通信料は別途)で楽しむことができる。このコンテンツは、「GLAY PHONE」以外の通常のau携帯電話からは閲覧ができないものとなる。
コンテンツ内容
・GLAY最新情報
・待受画面・着メロダウンロードサービス
・TODAY IN HISTORY(毎日更新)
・バースデーメール
・EXPO連動コンテンツ(期間限定コンテンツ)
・チケット購入方法などのツアー情報
・GLAYの最新情報などが届くメールボックス
ベースとなるのはC413S。GLAY独自の濃いグレーのカラーリングが施してある。裏面には「G」の文字が刻まれる。
オリジナルのC413Sと最大の違い点は、GLAYのオフィシャルコンテンツが見られること。このコンテンツは、ふつうのC413Sはもとより、ほかのEZweb対応の携帯電話でもみることができない。REVIEW
CM撮影はNew Yorkで実施。以下、HAPPY SWING vol.20に掲載された撮影リポート
4/5
au「GLAY PHONE」CF撮影
本日の撮影一番手のTERUは、なんと6時45分にスタジオ入り。「QUEENが聴きたくなりました。N.Y.には合いますね」と朝っぱらから大音量でCDをかけ、朝食に目玉焼きとクロワッサン、そしてやっぱりUFO焼きそばを食べる(笑)。その後、メイクルームでDVD観賞をしていたTERUだったが、HISASHI&JIROがスタジオ入りしたため、メイクルームを追い出されることに…(笑)。10時15分、セッティングにかなり時間がかかり、1時間30分押しでTERUの撮影を開始。現地スタッフが半分以上なので、英語が飛び交う中、アップ、GLAY PHONEを持って演技をするシーンなど4パターン撮って終了。その間にTAKUROが到着するが、出番まではかなりの時間があるため、控え室のソファーの上でお昼寝。そして、13時にはJIRO、その後すぐにHISASHIの撮影が始まり、スタジオ入りしてから4時間30分後、ようやくTAKUROがスタート。そんな待ち時間中、別のスタジオではバドミントンやキャッチボールをして汗を流すHISASHIとスタッフの姿が…と、そうこうしているうちに17時。最後に4人のカットを撮り、約12時間にも及ぶ撮影は終わったのだった。 -
『GLAY EXPO 2001 AX BOMBER』SHIBUYA-AXにてライブ
2001.07.23
7/23 東京・渋谷 SHIBUYA AX open 18:00/start 19:00
GLAY・DISK GARAGE・LAWSONの3つのオフィシャルホームページで告知され、チケット購入者のみに場所が知らされた。INFORMATION
1.FATSOUNDS
2.Super Ball 425
《MC》
3.STAY TUNED
4.グロリアス
《MC》
5.SOUL LOVE
6.BACK-UP
7.VIVA VIVA
8.ROCK ICON
《MC》
9.とまどい
10.SPECIAL THANKS
11.WET DREAM
12.MERMAID
13.誘惑
14.GLOBAL COMMUNICATION
[ENCORE]
1.ひとひらの自由REVIEW
“GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION”初日となった東京スタジアムでのライブ5日前、SHIBUYA-AXにて“GLAY EXPO 2001 AX BOMBER”と題したライブが急遽行なわれた。すでにお気付きの方もいると思うが、このタイトルはHISASHIが好きなプロレスラーであるハルク・ホーガンの必殺技“AX BOMBER”と、ライブ会場の“AX”をかけたもので(笑)、タイトルに合わせてSEまでもが「イノキ・ボンバイエ! イノキ・ボンバイエ!」のかけ声で始まるアントニオ猪木のテーマソング『炎のファイター~イノキ・ボンバイエ』という、まさにプロレスの試合会場のような熱~い熱気に包まれたライブとなった。
リハーサルが終わると、いつものように楽屋で準備をしながら開演までの時間を過ごすメンバー。久し振りのライブで緊張しているのかと思いきや、「全然緊張しない」(HISASHI)、「緊張しないねー」(SHIGE)という会話が聞こえてくる。5分前になると、それぞれが準備運動を始め、「勢いつけていきましょう」とステージ袖で気合いを入れる。今日はみんなラフな格好だ。そして、例のSEがかかると「きた!」と嬉しそうなメンバー…なのだが、客電がついたままだったのと普段とは違うSEだったために、少し遅れて観客が沸く。しかし、メンバーがステージに登場するとますます歓声は大きくなり、1曲目の『FATSOUNDS』からライブはスタート。全15曲という短いライブだったが、この後の“GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION”に続くにふさわしいライブとなったことは言うまでもない。
HAPPY SWING会報Vol.21 -
JIRO単行本「キャラメルブックス2 CARAMEL PAVILION」発売
2001.07.25
出版社名:ソニー・マガジンズ
発行年月:2001年7月
ページ数/版型:167ページ/20×20
価格2,100円(税込)
現在絶版・重版未定INFORMATION
1999年発売の「キャラメルブックス」の続編。
What's IN?連載「キャラメルボックス」の22回から47回までを掲載。
その他、2001年EXPO館と連動した撮り下ろし写真、エッセイ、函館~札幌ドライブガイド、餅好きなJIROが全国の名物餅を紹介する「モチモチ館」など。
GLAY EXPO 2001北海道会場よりTVシャツ付きの限定版も販売 -
GLAY EXPO 2001 "GLOBAL COMMUNICATION"TOKYO公演
2001.07.28
GLAY EXPO 2001 "GLOBAL COMMUNICATION"を
東京スタジアム(現味の素スタジアム)にて開催INFORMATION
■データ
会場:東京スタジアム
日時:2001年7月28日、29日
開場:14時00分 開演:16時30分 終演:20時30分
入場者数:10万人(5万人×2公演)
総制作費:15億円
ステージ規模:全長80m、高さ25m
照明:1,200台
音響:15t
大型ビジョン:700インチ1台(ステージ上に配置)、350インチ2台
機材総重量:1,100t(11t車100台)
総スタッフ数:2,000人(警備・アルバイトを含む)
救護施設:2カ所(医師:1人、看護師:5人)
ツアーバス:60台REVIEW
GLAYがまた新たな伝説を作った
7月28日&29日の東京スタジアムから“GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION”をスタート。8月4日の北海道石狩市青葉公園特設ステージ、8月11日の福岡県北九州市マリナクロス新門司特設ステージと全国3ケ所4公演で33万人を動員した。けれども、そんな数字は問題ではない。東京スタジアムでのコンサートとしてのこけら落しをはじめ、会場ごとに掲げた異なったテーマを実現したこの“GLAY EXPO”は、今年の音楽シーンを語るうえで欠かせないイベントとして記憶されるだろう。
7月29日、東京スタジアムは、軽快なビートに乗った最新ヒット「STAY TUNED」で本編がスタートした。続<ナンバーは初期の大ヒット「グロリアス」どうやら、この日はおなじみのナンバーを新旧取り混ぜて楽しませてくれそうだ。「このハードなナンバーでみんなにぶつかって行きたいと思います」というTERUのMCとともに、「More than love」のビートがハジけ、ボルテージはさらに上がっていく。早弾きソロを決めるHISASHI、それを受け継いでメロディアスなソロを聴かせるTAKUROと2人のギターワークの妙はGLAYならでは。
中盤には新曲をいち早く披露「ひとひらの自由」は、昨年の“HEAVY GAUGE”ツアー終盤にも演奏していたレゲエのテイストを取り入れたミディアムナンバーだ。大きく包み込むようなメッセージを歌うTERUのボーカルが、夏の空にこだまする。野外ライブならではの開放感が心地よい。
本編終盤は再びハードで疾走感あふれるナンバーで駆け抜けていく。ベースソロに続いて「SHUTTER SPEEDSのテーマ」。この曲では、JIROが大活躍だ。パンキッシュなボーカルを聴かせ、モニターをジャンプで飛び越したり、と大暴れ。間髪入れず「誘惑」と息つ<間もない波状攻撃で本編終了。
アンコールでは「生きてく強さ」も披露し、最後は「I'm in Love」の5万人の観客との大合唱で締めくくった。そして、TERUの「もう一度やらしてくれ」とのひと言で、この日2度目となる「HOWEVER」を演奏。
マイクスタンドを両手で嘩リしめ、万感の想いを込めるようにTERUのボーカルがメロディーを紡いでいく。GLAYの音楽を通じてステージの4人と観客席が、そしてこの日集まった5万人どうしか一体感を味わった感動に満ちた夜だった。MEMBER'S COMMENT
夏空を見上げ強い海風を全身に受けて集った99年7月31日の“GLAY EXPO 99 SURVIVAL”から2年。2回目となるGLAY EXPO 2001“GLOBAL COMMUNICATION”は東京、北海道、福岡の3会場での開催へと進化してセットされた。“これから先の時代の肯定”と“さざめく思い出の抱擁”を成し遂けようとするGLAY EXPO 2001に向けた胸中を、すでに寸暇を惜しんで準備にいそしんでいる4人に聞いた。
--今年の、GLAY EXPO 2001なんですけど、この案が出てきたのは、幕張でやってから次の年、去年ですか?
TAKURO(以下TA)▼発案はねえ、もちろん去年の中頃、「MERMAID」あたりですけとね。なんかこう、スゴい途方もないこととか、できるはずのないことが無性にしたくなったというか。だから、最初のEXPOをやったあととかは全然やりたくなかったんですよね。もう、大変で大変で、99年の終わった時点ではね。でもやっぱり、その大変な体験があったからこそ、バンド的にはすごい体力が付いてるから、普通のツアー……もちろん“HEAVY GAUGE TOUR”も過酷だったけれども、それでもやっぱり、まだまだ絶対に飛び越えられないであろうハードルみたいなものへの欲求があるんですよ。その辺がたぶん。“またやりたい!”と思うきっかけなんじやないですかね。
--最初の発案者はTAKUROさんなんですか?
TA▼最初って…どうだったんだっけ?
JIRO(以下J)▼なんか、バンドの中に空気があったんじやないかな。99年のEXPOが終わって、とりあえずそういうでっかいことっていうよりも、まず自分たちのマインドのほうで何か結果を出したいなっていうのがあって“HEAVY GAUGE”っていう、ある意味でファンのことよりも自分たちのほうに比重があるっていうか……あと“HEAVY GAUGE TOUR”もスタートした頃はそうだったから。で、長いツアーの前半戦か終わったあたりで“なんかやっぱ違和感があるな”って……。“自分が追い求めてたものはこんなもんなのかな?”って-俺個人の発想なんだけと、結構“こんなもんだっかのかな-”って思って。
TA▼札幌のライブは良かったんだよね。
J▼それで前半戦ファイナルの札幌のライブが良かったっていうのは、そこでの最初の頃の葛藤かあって出した結果なのかも知れないけど、過去のライブの良いときとそんなに変わんないというか。だから、結果、“目指してるものはこうなのかな?”っていう、やっぱり“お客さんとの一体感っていうものは気持ちいいな”っていうのが現実としてあった。自分の“この音かクるよな-”っていう感じももちろんあるんだけども、“ライブっていうのはやっぱこういうもんだよなあ”というとこでひとつ結果を出せたんじやないかなと思うんです、札幌が。それからじやないかな、またちょっと大っきい夢、見たいよねっていう感じになったのは。たから、発案は誰からともなく……っていう感じだったと思う。
TERU(以下TE)▼きっとね、“夏の時期にもう一度野外でやりたい”っていうところからなんとなく始まってると思うんですけどね。去年ツアーの前半戦を終了して、札幌でみんなでバーベキュー・パーティなんかやったりして、外の気持ちよさを肌で感じたわけじやないですか。そこからまた“来年あたりは野外やりたいね”から始まって“じゃぁやるんだったら”っていう方向でEXPOのほうに流れていったと思うんですけど。
--“大きいところの野外”っていうのはイメージとしては?
TE▼うん、僕としてはべつにまあスタジアムでもどこでも良かったんだけども。ただ“外でやりたいなあ”とは思ったし。定期的っていうよりも、2年、3年っていうタームの中でいいから、やっていけたらなあと思っただけですけど。そこで今回は、EXPOってことで……もう一度やりたかったし、“じゃあ、やってみましょう”って話になって、それで出てきた案が一か所一回きりじゃなくて。その“全国でやってみたい”と。
J▼北海道って言つたのはTAKUROくんだ。TAKUROくんがひとりで札幌キャンペーンに行ったときに、“北海道ではできないことをやりたい”っていうふうにイベンターさんと話したんですよね。
TA▼そうだ。最近北海道でのイベントもやってるけどもで俺たちは俺たちなりの、北海道の大地を生かしたイベントがあるんじゃないかっていう。ホントにその、思い入れも含めて、最初の案としてはその“北海道”っていうのと、あとでアジアのバンドっていう2つのキーワードは“EXPOやろうか”ってなったときからもうすでにあったな。
--キーワードは立ち上がってて。
TA▼うん。いわゆるその、2001年っていう、21世紀をこれから生きていくうえで、なんとなく……世の中もそういう方向を見ているような気もしたし。
HISASHI(以下H)▼だから、やるべくしてやることっていう感じである種決まってたんじやないかなあ。というのも、2000年に入ったとき、みんな“2000年だあ”とか大騒ぎしてたんだけど、98年とか99年とかとそう大差もなく、で、21世紀に入ってもそんなに変わらなかったりして、“実際僕らの求めているものって何なんだろう?”と思って テクノロジーに対してじゃなくて、もしかしたら俺らが表現していかなけれは変わらないものなのかもしれないのかな、とも思ったんですよね、2000年に。で、2001年という数字とEXPOっていうのは、たぶん99年にEXPOやったときからなんとなぁ~くボンヤリと見えてる“定め”というかね(笑)。で、日本3ヵ所のサーキットっていうのはすげぇカッコいいんじゃないかなって。99年は……大成功のウラの失敗ってそんなに見えづらかったりするんだけども、実際あったし。あのとき、終わった瞬間“すげぇ!みんなに助けられて大成功だった!”って思ったんだけと、細かいところで、ブースが見れなかったとか……いろんな一人ひとりの野望というのはまだまだ高いところにあるってことに後々気づいて。だったら雪辱戦的なものをやれるんじゃないか。絶対次はよりいいものっていうのをみんな見たいと思ってるだろうし、自分にもそれはあるから。
--逆に99年は、数的なことばかりがクローズアップされましたが、数は置いておいて、先程JIROさんが少し言いましたけども、“人との繋がり”的な部分の、数じゃない部分の快感あるいは充足っていうのはHISASHIさんはどうでした?
H▼ん-、そうだなあ、やっぱりみんなが“どれどれ、どんなものを見せてくれるんだ?”っていうんじゃなくて、楽しみに来ているっていうところが大事だと思う。今インターネットとかやると、情報収集以外では幻滅する場面がすごい多いんですよね。でも“実際人と会ってみたらそんなこと全然なかったりするんだろうなあ”と思いながらコンピュータの世界にいると思うんだけど、99年のEXPOのときは、それがすごくリアルに感じたんですよね。だから、GLAYを観に来るだけじゃなくて、別に観なくても、そこで友達と待ち合わせて“最近こうだよね”っていう話をする、コミュニケーションの場としても大成功だったと思うんですよ。それを知っているだけに、なんか、“人と会って直に話をすることはすごいいいことだよ”っていうのがきれい事じゃなく感じられてきたんですよね、俺は。だからその場所を多くするっていうのが今すごく必要だと思うし、そういう顔も見たいっていうのもあるし。必要な場所ってことだと思う。
TA▼なるほど-いやぁ、いいこと言うなあ-(笑)
--今年のEXPOは、東京と北海道と九州のこの3つの会場なんですけどライブの内容はやっぱり違うと思うんですよね、環境的にも。
H▼内容から全部違うんじゃないかなあ。オープニングももちろん違うし、曲も違うんじゃないかなあ。まぁでも、そこは“GLAY EXPO”っていうので貫いてるから、ライブで聴きたい曲をやって楽しくいろんな曲をやるとは思うんですが、でも、それでも内容は違うと言える。北海道で言えば“EXPO館”も含めて、北海道の大地っていうものとEXPOの関わり方がすごい密接だから、やっぱりそこにいちばんふさわしいような内容になるだろうし、九州であれば、福岡県自体かアジアの玄関□であるっていう事実がある以上、俺たちからもいろんなハンドに声をかけたりして、佐久間(正英)さんたちのThe d.e.p.も出ることになったしね。で、アジアの国のホントに頑張ってる連中も理解してくれて来てくれてるし。そうなったらやっぱり、GLAYのやってる曲は同じだけれども、聴き方も違えば表現も違うというか。すごく表面的なことを言ってしまえば、3会場でスタート時間とか終わる時間が違うじゃないですか。その時間帯によってコンサートの内容が違ってくるだろうなっていうことは考えられるんですけども。だから、東京スタジアムでやるのがいちはん通常のコンサートに近いのかなとか。
H▼東京ではスマートなGLAYがご覧いただけますよ。
--そうすると、オーブンが11時でスタート16時という、北海道でのGLAYは?
TA▼いいお父っつぁんぷりなGLAY(笑)。訛ったお父っつぁんという、そういうGLAYが見れるのでは?(笑)九州はオールナイトですからね、たぶんGLAY史上……『いちばん長いライフになりそう(苦笑)「BURST」が長いです(笑)。
TE▼長いの?(笑)だんだんジャンブ力がなくなってきたりして(笑)。
H▼いや、もう最初から動かない。
J▼(笑)“この曲さっきやった”っていうのもあったりして(笑)で“2回目かよぉ”って。
H▼“あれぇ?気のせい?”って(笑)。
TA▼EXPOに関してみんなが夢を見てるのね。すごい青臭い夢を。それはやっぱりうれしくもあり、かなえてあけたくなるんですよね。
EPISODE -
NEVERMIND「I love N.M.+ 3」リリース
2001.07.28
NEVERMINDのファーストアルバム「I love N.M.」が初CD化。
CD化に際し3曲追加された。それに伴いタイトルも「I love N.M.+ 3」に変更。
収録曲
01.RADIO NEVER MIND
02.What's goin'on~極悪トニー~
03.LOVE SURVIVOR
04.END TRAP
05.POWER NEVER MIND
06.ごらん、世界は苦しみに満ちているよ。
07.オアフ島 カメハメハ
08.Pretty Park
09.BIG☆STAR!!
10.THE GREAT ESCAPE
11.ETHNIC NEVER MIND
12.なになにナ
13.TAI∞ZAN
14.I LOVE N.Y
15.tapのLONLEY BLUES
16.テルビスのテーマ (追加曲)
17.ヤンバルクイナ(イノキのリズムで) (追加曲)
18.極悪トニー望郷編 (追加曲) -
GLAY EXPO 2001 "GLOBAL COMMUNICATION"TOKYO2日目
2001.07.29
GLAY EXPO 2001 "GLOBAL COMMUNICATION"を東京スタジアム(現味の素スタジアム)にて開催REVIEW
ライブ・パフォーマンスはもちろん、さまざまな趣向を凝らして全国のファンを楽しませてくれた“GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION”(以下“EXPO”)。ボーカリストとしてステージのフロントに立ちファンとのコミュニケーションを司るTERUにとって、この“EXPO”はどんな意味を持つイベントになったのだろう。
「今回は、北海道の話からスタートして、東京や九州でも開催できることになったんです。“日本中を巻き込める”とうれしく思いました。でも、どの会場もみんなの思い出に残るようなライブにするのは大変だし、だからこそやりがいもある。21世紀のの正式なライブ-発目に、そんな挑戦をできるなんてね。これを乗り越えたら何でもできる、どんなことにも心lち向かえる強さを持つことができるって。」
東京スタジアムを使った音楽コンサートのこけら落し、九州会場でのアジアのバンドを招いてのオールナイト・コンサート、北海道会場での大展示…。さまざまな挑戦をクリアしていくと同時に、各会場では開催前に宣言していた公約を実行したり、遊び心を忘れないのもGLAYらしい。「EXPOや万博ってお
祭りですよね。だから、みんなで楽しめることも盛り込みたかったんです。僕たち自身も楽しんでグッズを作ったり。なんだか、白分たちのやりたいことや夢をかなえる場所にもなりましたね(笑)」
“EXPO”とは、オーディエンスとGLAYの4人の夢がかなう場所だったのかもしれない。
そんな“EXPO”会場にひときわ感動的に響いた曲が「ひとひらの自由」。9月19日にリリースされるこの曲は、レゲエ・テイストを取り入れたミディアム・ナンバーだ。
「レゲエっぽい曲調なんで“屋根のない空間で、思いっきり空に向かって響かせたい”と思ってたんです。今回の“EXPO”は、どの会場も野外だったんでぴったりでした(笑)。今回は『VIVA VIVA』という新曲も披露してて、これを聴いたら゛おや!?″と思ってくれるんじやないかな。きっとGLAYの新しい面を感じてもらえると思います。」
曲調については、あえて触れずにおこう。この曲は東京会場でも演奏されているので、ぜひオンエアを確かめられたし。ところで、新曲が完成しているということは、待望のニューアルバムのレコーディングも順調に?
「はい。かなりの段階まで。歌入れはまだ8割ぐらい残ってますけど“EXPO”で得たものか反映してくるんじゃないかなと自分でも期待しながら歌入れすることになりそうです。」MEMBER'S COMMENT
EPISODE
■スカイパーフェクTVのペイチャンネルにて放送。
【番組コピー】
これからのGLAYの方向を知る上でも“EXPO”は重要な意味を持つライブイベントとなった、といえそうだ。最後に、オンエアされる東京公演の見どころは?
HISASHI「GLAYにとって21世紀になって初の正式なライブ。かなりベスト的選曲です。しかもGLAYのいまやりたいロック像がストレートに出ましたね」
■2004年11月3日 DVD発売。
GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION LIVE IN TOKYO STADIUM -
『GLAY EXPO 2001 in 石狩シンポジウム 幕張を想い出します…』 石狩市青葉公園内野球場にてライブ
2001.07.31
2001.7.31(Tue) 北海道石狩市青葉公園内野球場にて開催
Air-Gにて入場者を募集。INFORMATION
1. カナリア
《MC》
2. LOVE SLAVE
3. summer FM
《MC》
4. May Fair
5. HOWEVER
6. STAY TUNED
《MC》
7. ひとひらの自由REVIEW
石狩流星海の方々による北海道名物“よさこいソーラン節”で幕を開けたこの日。予想を遥かに越えた迫力ある踊りに続き、“DOCUMENT OF GLOBAL COMMUNICATION”と題したビデオ上映が始まると、真剣な表情で大きなモニターを見つめる1万2千人のお客さん。レコーディングやミーティングの風景、アジアプロモーションなどなど、“GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION”に至るまでの映像が次々と映し出される。そして、約45分のビデオ上映後には、いよいよGLAYの登場!となったのだが…客席の様子がいつもとちょっと違う。そう、今回はライブではなく、あくまでもシンポジウムなので立見は禁止。全員地面に座って観るのだ。またメンバーがステージに現われると、歓声ではなく拍手が起こり、さらにTERUの「今日は話ながら、和気あいあいと、のんびりまったりいきましょう」という言葉通り、曲と曲の間にはかなり長~いトークが! トークは3部構成になっていて、1部は“なぜ2001年にEXPOをやったのか”。2部の質問コーナーでは、「北海道の裏情報を教えて下さい」「GLAYはどこまでいくんですか?」といった質問をお客さんから受けるメンバー。と、ここで北海道のイベンター、ウエスの西木氏が登場。TAKUROにステージへと突然呼ばれ、少し戸惑いながらも8月4日のライブの諸注意を伝える西木氏。そして3部では、レコーディングの状況や近況報告。アルバムについても少し触れ、この時点ではまだ9割も歌詞を書いていないと衝撃の告白(?)をするなど、曲3割、トーク7割(笑)といったカンジで進行。いつもとはまた一味違ったGLAYを観ることができたシンポジウム。最後の曲『ひとひらの自由』が終わり、メンバーがステージから去ると花火が打ち上げられ、たまにはこういうのもいい~と思わせる一時となった。 -
GLAY EXPO 2001 "GLOBAL COMMUNICATION"北海道公演
2001.08.04
2001.8.4 北海道石狩市青葉公園特設ステージにて開催INFORMATION
■データ
会場:北海道石狩市青葉公園特設ステージ
日時:2001年8月4日
開場:11時00分 開演:16時00分 終演:19時30分
入場者数:10万人
総制作費:22億円
会場総面積:20ha
ステージ規模:全長123m、高さ31m
照明:10,000台
音響:30t
大型ビジョン:600インチ1台(ステージ上に配置)、400インチ4台、200インチ4台
機材総重量:330t(11t車30台)
総スタッフ数:5,000人(警備・アルバイト含む)
救護施設:4カ所(医師:4人、看護師:4人)
ツアーバス:1,100台MEMBER'S COMMENT
--リーダーとして、メイン・ソングライターとしてGLAYの司令塔とでもいうべき存在のTAKURO。彼のなかにに“EXPO”の構想が生まれたのはいつぐらいからだっだのか。
「去年の夏ぐらいからですご来年は北海道で野外ライブをやりたいね″ってみんなで話して。最初は、そんな単純な理由だったんです(笑)。でも今回は゛楽しいばかりじゃなくて社会的な意義みたいなものもあっていいんじゃないか″と。」
--たとえば?
「経済的に元気がない北海道を北海道出身の僕らが、微力でも何か手助けできないか、とか。アジアのバンドを呼ぶことで音楽を迎えてアジアにもっと目を向けてほしい、とか。」
--ライブをやって観客と一緒に楽しむ、というバンド本来のあり方をベースにしながら、視線はさらにもう一つ先を見ている。これは、かなり大きな意識の変化なのでは。
「去年あたりから、自分の内面でGLAYというバンドを俯瞰的に見られるようになったんです。“バンドって楽しい”“いい曲を作ってみんなに聴いてもらいたい”…。その先に何かできるだろうって。まあ、そういうたいそうな意義とは別に、文化祭のノリでいろんなことをやらしてもらってますけどね(笑)」
--北海道会場での展示やグッズ制作、公約など自分たちて堰堤や工場の大だちと打ち合せしながら進めていった。思いつきを自分たちも楽しみ、来てくれた人とも一緒に楽しむ。
文化祭みたい、といったら失礼か…。
「いやいや。まさに文化祭ですよ(笑)。公約なんて、リーダーとしてどこで止めたらいいのかと(笑)。今回は、楽しい祭りの後の一抹の寂しさのなかに、それぞれ今後の課題みたいなものが残っていれば成功だと思うんです。」
--そして気になるのが大規模なこの゛EXPO"を成功させた後のGLAYの動向。一昨年の゛EXPO″後には「達成感と同時に虚脱感があった」と、語っていたTAKUROだが…。
「あのころは人間の器が小さかったから(笑)。20万人ライブの後“さて次に何をすればいいのか”と。今回は、'99年のときのような弱っちい虚脱感はないですね。もし、課題か残ったとすれば“自分が音楽家として何をできるか”を追求していけばいいんだと思うし。」
--その今後が見えてくるのが、現在レコーディング中のアルバムになるはずだ。 -
GLAY EXPO 2001 "GLOBAL COMMUNICATION"九州公演
2001.08.11
2001.8.11 北九州市マリナクロス新門司特設ステージにて実施INFORMATION
■データ
会場:福岡県北九州市マリナクロス新門司特設ステージ
日時:2001年8月11日
開場:15時00分 開演:21時00分 終演:8月12日 5時00分
入場者数:8万人
総制作費:15億円
ステージ規模:全長150m、高さ30m
照明:2,000台
音響:スピーカータワー14カ所、スピーカー200セット
大型ビジョン:600インチ1台(ステージ上に配置)、400インチ2台
機材総重量:1,320t(11t車120台)
総スタッフ数:6,000人(警備、アルバイト含む)
救護施設:6カ所(医師:6人、看護師30人)
ツアーバス:1,500台
■参加アーティスト(出演順)
五月天(台湾)、DOME(タイ)、紫雨林(韓国)、ニコラス・ツェー(香港)、The d.e.p (ビビアン・スー、佐久間正英、土屋昌巳、ミック・カーン、屋敷豪太による日台英混合バンド)REVIEW
全3会場4公演、計30万人。
この夏もまた、とてつもない動員記録を打ち立ててしまったGLAY。ハッキリ言ってこれはもう、いわゆる音楽イベントの常識を遥かに超越した数字である。国民的行事とまで言ったらサスガに大ゲサだろうが、GLAY EXPOというイベントが限りなくそれに近い次元にあることは、もう誰にも否定できないはずだ。
なにしろ都心のみならいざ知らず、絶対に地元のファンだけでは埋まりきらない前提の北海道や九州の会場にまで、全国各地から「地球規模のコミュニケーション」を求める者たちを集めてしまったのだ。
開催発表の段階から、彼らがファンのなかにある“冒険よく”を刺激していたのは確かだが、果たして結果、どれだけの人間がGLAYを動機に“旅”したことか。それを考えたなら「GLAYの一挙手一役足が日本経済に少なからず影響を与え得る」なんてことも間違いなく言えるはず。しかし、TAKUROがここのところ機会あるごとに口にしている「いい曲を作ることの先にあること」というのには、そんな、経済や政治にすらも影響を与え得るべきポップ・ミュージックの説得力と有効性といったものも、含まれている気がする。TAKUROの□にすることやGLAYのやることなすことが気になるのは、彼らがカリスマ、あるいは今後の社会を背負って立つ世代の代弁者としての自身の影響力じゃなく、何より音楽そのものの力を信じて動いている、と思えるからだ。
要は彼らが、音楽を「きっかけになり得るもの」と解釈し、その有効さを最大限に活用しようとしている、ということだ。たとえば実際、「ひとひらの自由」は、すでにGLAYファンの間で特別な存在となっているはず。もちろん、どんなにTERUが「Don't worry」と繰り返してくれたところで、明日からみんなの心配ごとがなくなるわけじゃない。だけどそれが受け手側にとって、何かと向き合うきっかけになるのなら、それだけで無限大の価値があるとは言えないだろうか。
「GLOBAL COMMUNICATION」を命題に掲げた『GLAY EXPO 2001』には、GLAYにとって間違いなくある種の集大成、総括であると同時に、だから
こそ新たな起点でもあった。事実、TERUは九州でのステージ最終幕で「ここがスタートライン」と明言した。実際、これから彼らが何を起こそうとしているのか、また、どんなことを起こし得るのかはわからない。が、ボッブ・ミュージックの持つ無限大のカを頑ななまでに信じながら、どこまでも走ることをやめようとしない彼らみたいなバンドに牽引される日本という国の音楽シーンも、まだまだ捨てたもんじゃないと思わずにいられない。
なにしろ「“いい曲を作ること”の先にあること」を探そうとする彼らにとって、まず「世の中に“いい曲”を提示すること」は、朝起きたら歯を磨くのと同じくらいアタリマエのこととして前提にあるのだから。そんな“いい曲”を媒介として、彼らが何かしらの“きっかけ”を与え続けてくれる限り、僕らは僕らで、何かを考え、感じ、発信すべきなのだろう。それがきっと、本当の“夜明け”に繋がるんじゃないだろうか。
2001年8月12日、朝。4+30万人の、今世紀最初の夏が終わった。太陽は見えなかったけれど、とても素敵な夜明けを見た。MEMBER'S COMMENT
HISASHIインタビュー
--ステージではMCを取ることもなく、寡黙で孤高とすら呼びたくなるようなオーラを漂わせているHISASHI。けれども、彼の鮮やかなギター・ワークはGLAYのサウンドを語る上で欠かせない存在だ。今回の“EXPO”でも、ソロにバッキングにと、切れのあるプレイを堪能させてくれた。優れたギタリストを2人擁しているGLAYのなかで、互いのパート分担はどのようになっているのだろう。
「不思議なことに前もって話し合ったりした記憶がないんです(笑)。レコーディングだと、たとえば前の日にTAKUROくんが入れたのを聴いて“こうきたんだ。じゃあ、俺はこう行こう”とか。“ここでソロ入れなかったんだ。じゃあ、俺がソロを入れよう”とか。お互いのソロやバッキングを聴き合いながら、10何年やってきたからでしょうね。ライブでもあんまりぶつかり合わないし、“音での会話を楽しむ”みたいなところがあるんです。」
--そうしたギター・ワークの妙は今回の“EXPO”でも、存分に楽しませてくれた。サウンド面で重要な役割を果たす一方で、“EXPO”ならではの遊びにも大きくひと役買った。それが“公約大臣”。そもそも、なぜ公約を?
「文化祭も準備期問が楽しい、みたいなところがあるじゃないですか。“EXPO”のプロモーションで、全国各地のFM局をまわったとき、DJの方たちと“こんなのやったら面白いんじゃない?”みたいに盛り上がったんです。“よし、じゃあそれをやりましょう”みたいに宣言したのが公約。僕は、大臣みたい
に最終的に“よし”とハンコを押すみたいな役まわりをしたんで“公約大臣”と(笑)。」
--しかし、大規模なライブをやるだけでも大変なはず。その上で、そんな遊びも取り入れていくなんて! しかも人マジメに…。
「GLAYのいいところってそこだと思うんです(笑)。音楽を真剣にやるかたわらで、真剣に遊びもやる。そこが通常のライブやツアーと今回の“EXPO”の違いでもあるし。しかもGLAYってツアーなどて触れ合った人たちから、いろんなものを吸収して音楽に取り入れてきたバンドなんです。今回も、これだけいろんなことをやったことが次のアルバムに反映されてくるんじゃないかな。」 -
五月天の徴兵入隊前LIVE(台北)にTERUとJIROが参加
2001.08.18
8.18 五月天の徴兵入隊前LIVE(台北)にTERUとJIROが参加 開演前に陳水篇総統と記念撮影 -
LIFE CARDより「GLAY LIFE MasterCard」登場に伴いキャンペーンCFがO.A.され、メンバーも出演
2001.09.01
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GLAY BEST VIDEO CLIPS 1994-1998発売
2001.09.05
【収録曲】
GLAY
BEST VIDEO CUPS
1994-1998
VIDEO 1/DISC 1
01.RAIN
02.真夏の扉
03.彼女の“Modern…”
04.INNOCENCE
05.Freeze My Love
06.ずっと2人で・・・
07.Yes,Summerdays
08.生きてく強さ
09.グロリアス
10.BELOVED
11.a Boy~ずっと忘れない~
12.SHUTTER SPEEDSのテーマ(from“無限のdeja vu”
13.口唇
14.HOWEVIR
15.誘惑
16.SOUL LOVE【DVDはマルチアングル対応】
CF SELECTION
01.Freeze My Love
02.グロリアス
03.BELOVED
04.口唇
05.HOWEVER version 1
06.HOWEVER version 2
07.誘惑
08.SOUL LOVE
09.VIDEO GLAY 2
10.無限のdeja vu
11.無限のdeja vu 海賊盤
12.VIDEO GLAY 6
VIDEO 2/DISC 2
無限のdeja vu DOCUMENT of “BEAT OUT”TOURS
収録曲(全6曲)
01.オープニング
02.月に析る
03.Cynical
O4.千ノナイフガ胸ヲ刺ス
QS.KISSIN' INOISE
06、彼女の“Modern…”
07.ACID HEADINFORMATION
【宣伝コピー】
デビューから1998年までのプラチナムレーベル時代のプロモーションビデオを網羅したGLAY初期ベストビデオクリッブ集の完全決定版!
幻のライブビデオ「無限のdeja vu 海賊盤」を合わせた2本組仕様
ビデオでは初映像化となる当時のTVスポットを取録し「無限のdeja vu 海賊盤」に封入されていた特典ステージパス、ブックレットも完全復刻!EPISODE
当時のGLAYの事務所がミュージックビデオの原盤をもっていなかったため、オフィシャル商品でありながらGLAYの許諾は得ておらず、公式ディスコグラフィーにも掲載されていない。
このDVDに収録されている映像は、現在他のDVDで全て見ることができる。 -
24th SINGLE「ひとひらの自由」リリース
2001.09.19
収録曲
01. ひとひらの自由
02. ひとひらの自由
~GLAY EXPO 2001“GLOBAL COMMUNICATION”IN KYUSHU LIVE VERSION~
300,000枚限定 -
TOKYO FM レギュラー番組「GLAY RADIO COMMUNICATION」開始
2001.10.07
10.7 公開トークイベント(TOKYO FM)
同日 TOKYO FM レギュラー番組「GLAY RADIO COMMUNICATION」開始(~2003.9.28)REVIEW
10月7日、GLAYは、東京・半蔵門のTOKYO FMホールに姿を見せた。
この日から始まるFMラジオの新番組「GLAY RADIO COMMUNICATION」のキックオフ・パーティ。1万通の応募の中から当せんした200名を前に、最初にあいさつを求められたTERUはこの時を待っていたという表情でこう切りだした。
-こんばんは、新しいアルバム『ONE LOVE』が、今日、完成しました。
長いレコーディング期開だったことがわかる。
新しい音の可能性を求めてニューヨークに向かったのは、去年の11月だ。それから年末にかけてと、3月の終わりから4月にかけてのセッション。さらに、帰国してからのスタジオ作業。夏のEXPOをはさんで再びスタジオにこもる日々が続き、この日、最後のマスタリングを終えた。
TERUに続いてマイクを握ったTAKUROは、こう言った。
-忙しいところ来てくれてありがとう。こんなふうにみんなに会うのはEXPO以来ですが、(フンの前に)帰って来られてうれしいです。しかもラジオは4人でできるので僕自身楽しみです。
EXPO以来初めての、公の場でのやりとり。会場はもとより、4人の表情にも、なにかを達成した時の解放感のような明るさに満ちていた。司会のラジオ・パーソナリティ、やまだひさしは、そうやって、久々に姿を見せた彼らに、今感じているEXPOの想いを聞いた。考えてみれば、そんな話をすることもなく、スタジオにこもっていたことになる。
「2001年の夏のニッポンを思いだすようなイベントとして、(心に)残ってくれればと思います。みんなで作り上けたものだと思ってほしい」と言ったのはHISASHIだ。TERUは「2年前と比べると、いろんな人たちの“愛”が作ったイベントだったと実感してます」と神妙だった。
「俺は、EXPOの裏話をするね」と、切りだしたのはTAKUROだ。各国からのゲストで、ステージ裏の食堂が、多国籍な雰囲気になっていたこと。そして、それぞれが自分の国の調味料を持参していたこと。あるスタッフが、それを集めていたこと。そんなエピソ-ドを紹介し、「ラジオでは、そんな話をしていきたい」と締めた。
JIROは「一番印象的だったのは、石狩のEXPOでやまだひさしが最前列で踊っていたこと」と笑わせた。そんなくつろいだト―クは、すでにラジオ・モードだった。
アルバムは、どういう内容なのだろうか。僕らの関心も、その一点に隼中していた。
会場の参加者から、メンバーヘの質問というコーナーを終え、話は当然、アルバムに及んでいく。
当初は、まず、アルバムタイトルの発表が予定されていた。でも、今日の最初の登場あいさつでいきなりTERUが口にしてしまったため、TAKUROは「さっきTERUが言っちやったよ」と苦笑いした。
-ビッグ・ニュースがある。
TAKUROは、笑いながら、そう言って「HISASHIの曲が2曲入る」ともらした。
会場から拍手がわき、その盛り上がりに「そんなにわくのか。14曲も書いた俺の立場はどうなる」と応じ、客席はさらにわいた。そして「JIROの曲も2曲入る」と付け加えた。
話は単なる内容紹介には終わらない。こんな会話がテンポ良く続いていく。
「あとね、TAKURO君も歌ってる」(JIRO)
「しかも、アルバムの一番気に入ってる曲の一番気に入ってるところをね」(TAKURO)
「そこはコーラスで理めました」(TERU)
「『俺が、コーラス人れてやる』とかって、メチャメチャあついコーラス入れやがって、俺の声が全然引き立たない](TAKURO)
「そこ、ベース弾きまくりのところで、せっかく、いいベース弾けたなと思ったら歌が入ってきちゃってね」(JIRO)
約1時間にわたるトークセッションは、笑いが絶えなかった。
この日は、ラジオ番組第1回目の生放送があった。短い休憩と準備を終え、夜11時から番組がスタートした。
-みなさん、生みの苦しみというのをご存じでしょうか。
TAKUROは、アルバムの完成を、そんなふうに伝えた。
-今日、『ONE LOVE』、完成しました。長かった。やってもやっても終わらなかった。
デビュー当時以来という4人によるラジオ。番組では、アルバムの収録曲を1曲ずつ、裏話を交えて紹介していくと言う。
この日は、最初“GLAY王道”というタイトルが付いていて、最後までアルバムのタイトル候桶にもなっていたという「Fighting Spirit」と、「THINK ABOUT MY DAUGHTER」が流れた。「THINK ABOUT MY DAUGHTER」はHEAVY GAUGEツアーでは「LONELY」というタイトルで演奏されていた曲だ。
アルバム『ONE LOVE』には、なんと、18曲が入っている。
21世紀最初のアルバムは、期待どおり、こん身の作となった。 -
TAKURO、NYの「Ground Zero」に赴く
2001.10.22
10.22 -
TOWER RECORDS "NO MUSIC NO LIFE"CM(JIRO出演)OA
2001.11.01
TOWER RECORDS "NO MUSIC NO LIFE"キャンペーンにJIROが登場
幼稚園児とのコラボレーションだった。INFORMATION
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AIR'G公開録音(マイカル小樽)石狩市の青葉公園に設置される石碑へのサインを行う
2001.11.02
AIR'G公開録音(マイカル小樽)、石狩市の青葉公園に設置される石碑へのサインを行う -
6th ALBUM「ONE LOVE」リリース
2001.11.28
収録曲
01. ALL STANDARD IS YOU
02. WET DREAM
03. 嫉妬 (KURID/PHANTOM mix)
04. HIGHWAY No.5
05. Fighting Spirit
06. ひとひらの自由(JoHNNY's peace mix)
07. THINK ABOUT MY DAUGHTER
08. VIVA VIVA VIVA
09. Prize
10. MERMAID
11. mister popcorn
12. 電気イルカ奇妙ナ嗜好
13. STAY TUNED
14. 君が見つめた海
15. 夢遊病
16. Christmas Ring
17. GLOBAL COMMUNICATIONINFORMATION
REVIEW
GLAYの音楽性をもう1度見つめ直してみたかった。
優しくて、激しくて、新しくて、変わらないひと言でたとえるなら混沌。テーマに沿った曲が並んているのではなく、それ自体で完結する意志を持った一曲一曲か1つのテーマを構築していくGLAYのニューアルバム『ONE LOVE』は、そんな自由で力強い空気で満たされている。
「昨年ベスト・アルバムをリリースして、ちょうど時代も変わるときだったし、自分たちの中でリセット感みたいなものがあったんですね。そういう状況の中で、自分たちの音楽性をもう一回見つめ直してみようと。年末に新しいエンジニアと、何も決めずにNYのスタジオに入ってセッションしてとにかくやりたかった曲をみんなで持ち寄って、気に入ったらやろう、気に入らなかったらやらないっていう感じてスタートしたんですね。」(TAKURO)
「毎日かある種、GLAYの新しい一面を模索する実験だったというかその実験を繰り返したことで、例えば3分台の短い曲にすることだったりという、今回のアルバムの方向性か見えてきました。」(JIRO)
今までよりポップさがずっと力強くなったなって。
全18曲。あえてテーマを絞らずに、やりたいことをやるという自由な空気の中で見えた、新しいスタイルとサウンド。しかし、その変化はGLAY
というハンドのイメージを大きく覆すものではなく、垣根を1つ取り払った分だけ世界観が広がったというような範暗に留められている。
「実験的な要素は曲の一部で収めようとしているからだと思います。自分たちの“これはいいよね”っていう感じよりも、リスナーが聴いたらキツイだろうなっていうのをまず考えちゃうんで。」(JIRO)
「そういう作業をこなしたことによって、逆に今までよりポップさがすごく力強くなったなってすごく簡単なアレンジなんだけど、それを作品して送り出す勇気というかそういうところの迷いもなく、どんどん力強くなってきた。」(HISASHI)
ポップさとアレンジの妙。そのバランスの揺れ幅を極限まで広げた結果、聴くたびに新しい発見のある奥深い作品が完成した。
人とのつながりや愛や希望に対する期待がGLAYの根本、そんな新作のタイトルを飾る『ONE LOVE』。4/25リリースのシングル「GLOBAL COMMUNICATION」にも登場する言葉だ。
「18曲の世界観は、必ずしも愛に言及しているわけではないですけどね、でも、やっぱりGLAYの根本にあるものは人と人とのつながりだったり、愛や希望に対する期待だったりっていう。オレは、GLAYの歌はそういうふうに広がってほしいなって思ってて。」(TAKURO)
「愛情を向ける方向を示すわけでもないけど、オレたちはこういう気持ちでやってるんだってことを見てもらえればいいんじやないかなってそれに賛同できる人が音楽を聴いて感動してもらったり、考えるきっかけになってくれたりっていうところでそこからどんどん始まってくれたらうれしいなって。」(TERU)
この希望と新しい魅力にあふれた『ONE LOVE』を携えてのドームツアーがまもなくスタートする。
そこでまた、間違いなくたくさんのコミュニケーションが生まれるはず。『ONE LOVE』がいつか目に見える形として現れることを信じて。MEMBER'S COMMENT
GLAY EXPO 2001終了直後のインタビューより
TAKURO
「何かに挑む姿勢がテーマになると思います。いままではしんどいニュースをリアルに歌ったりしてきたけど、悲しい気持ちをいかに前向きにできるような曲になるか、を目指していきたい。」
JIRO
「アルバムは、ぶっとんだアッパー系の曲が多いです。『GLOBAL COMMUNICATION』のマインドのように“チマチマしてるんじゃなくて、パーツと世のなかに飛びち散れ!”みたいな感じ。音の感触としては、「STAY TUNED』のような抜けた感じが近いと思います。」 -
GLAY PHONE PRESENTS GLAY SPECIAL LIVE"ワンゼップ大阪"
2001.12.10
GLAY PHONE PRESENTS GLAY SPECIAL LIVE"ワンゼップ大阪"をZepp Osakaで実施
【開場18:00/開演19:00】
GLAY PHONEユーザー限定ライブ。
ガレッジセールがゲスト出演。ライブの模様はガレッジセールのレギュラー番組でオンエア。
セットリストなど詳細はこちらINFORMATION
SET LIST
1. ALL STANDARD IS YOU
2. WET DREAM
3. 嫉妬
4. HIGHWAY NO.5
《MC》
5. Fighting Spirit
6. ひとひらの自由
7. THINK ABOUT MY DAUGHTER
《MC》
8. VIVA VIVA VIVA
9. Prize
10. MERMAID
11. mister popcorn
12. 電気イルカ奇妙ナ嗜好
13. STAY TUNED
《MC》
14. 君が見つめた海
15. 夢遊病
16. Christmas Ring
《MC》
17. GLOBAL COMMUNICATION
ENCORE(withガレッジセール)
1. 道産子シーサー
2. ENJOY PLAY 2001 Oltanative remix 賀来千賀子 ver
3. COME ON!!REVIEW
GLAY PHONEユーザーを対象として行なわれた、Zepp Osakaでのツアー前恒例ライブ。この日は、スーツ姿でビシッと決め、♪逢いたくて 逢えなくて~とアカペラで歌う『Way of Difference』のCMが話題のガレッジセールのTV特番『Gallage Vanguard ・』(昨年末に放送)の収録が行なわれるという、スペシャルライブとなった。
12/10 Zepp Osaka
16時45分からリハーサルが始まり、1曲目の『STAY TUNED』が終わると、ステージ後方で見学していたガレッジセールの2人が「おはようございます。今日はよろしくお願いします!」と大声で挨拶。そんな2人に「歌詞覚えましたか?」とTERUが聞くと、「覚えました。踊りもバッチリなんで、演奏の方間違えないで下さい」とゴリさん(笑)。『ALL STANDARD IS YOU』『WET DREAM』『嫉妬』と、ライブの曲順通りにリハーサルが進む中、ガレッジセールの2人も準備運動&踊りの練習を開始。今回はかなり激しい踊りがあるらしく、歌いながらその様子を見ていたTERUも「クルクル回ってすごいね」と感心している。そして『Christmas Ring』が終わり、「ガレッジセールさん、お願いします」と舞台監督の増渕氏から声がかかると、大声で「はい、お願いします」と言って、キビキビとステージまで走ってくる2人。ステージ上で段取りや立ち位置の説明を受け、「いろいろいじって下さい」とのTAKUROの言葉に、「余裕があったら…」と弱気なゴリさん。しかし、そんな緊張している中でも「GLAYさん意識してスーツでキメてきたんですけど、非常にラフな格好で非常にとまどっています。それでは聴いて下さい。『とまどい』」と(笑)、ボケることも忘れないところがさすがだ。その後とりあえず合わせてみることになり、まずはTAKURO作曲、ゴリさん作詞の新曲『道産子シーサー』をやってみるGLAY&ガレッジセールだったが、「フーッ! かっこいい」(TAKURO)、「かっこいい」(JIRO)とメンバーも大絶賛。「一生懸命練習してきました。大丈夫でしたか?」とちょっと心配そうに聞く2人だったが、メンバーから拍手が起こり少しホッとした様子。熱くなりすぎたのか、ゴリさんはマイクに顔をぶつけて口を切ってしまうというハプニングがありつつも、以前にTAKUROとHISASHIが作曲した『Enjoy,play』へ。歌い終わると「気持ちー!」と川ちゃんは一言。「リハーサルで夢が叶いました」という2人はすごく嬉しそうだ。さらに『COME ON!!』にもコーラスで参加することになり、18時22分にリハーサルが終了。かなり押してしまったため、楽屋に戻ると急いで準備を再開する。
そして19時10分、ガレッジセールの2人と一緒に円陣を組み、気合いを入れたメンバーはステージへ。1曲目の『ALL STANDARD IS YOU』の演奏が終わると、会場からは感動のため息と拍手が起こる。「みんなしっかり予習してるね」とのTERUのMC通り、『WET DREAM』『嫉妬』『HIGHWAY NO.5』では全員で大合唱だ。途中、会場のお客さんの具合が悪くなってしまうという緊急事態で一時中断したものの「俺達の目指すところは“GLOBAL COMMUNICATION”だったり“ONE LOVE”だったりするんで、みんなで協力し合って楽しいライブにしましょう」というTERUの言葉でライブは再開し、『GLOBAL COMMUNICATION』で本編は終了。アンコール前には、ネタ合わせに楽屋を訪れるガレッジセールの2人。「一緒に“ENJOY GLAY”(ガレッジセールの代表的なギャグ“ENJOY PLAY”の応用版)をやってほしい」とのこと(笑)。そしてアンコールでは、新バンド“GALAY”Tシャツを着たメンバーがステージに登場し、ガレッジセールの2人を呼び込むTAKURO。その後、GLAY&ガレッジセールの漫才トークが炸裂し、TAKURO作曲、ゴリさん作詞の『道産子シーサー』を披露すると、会場からは大歓声が! さらに、『Enjoy,play』『COME ON!!』と続き、会場にいる誰もが大満足の、まさにスペシャルなライブとなった。
ONE ZEPP大阪REPORTEPISODE
◆アンコールは新バンド“GALAY”で実施。
メンバーはメインボーカル兼リーダーのゴリ・ボンジュール(ゴリさん)、メインボーカル兼副リーダーのヒロキ(川ちゃん)、ボーカルのテルオ(TERU)、ギターの鼻キューピット(TAKURO)&そのまんまヒサシ(HISASHI)、ベースの銀焼酎(JIRO)、ドラムの色メガネ(TOSHI)、キーボード色違い(SHIGE) -
GLAY DOME TOUR 2001-2002 "ONE LOVE"
2001.12.13
12月13日より年をまたいでのドームツアーがスタート。INFORMATION
スケジュール
12月13日大阪ドーム
12月15日大阪ドーム
12月16日大阪ドーム
12月23日福岡ドーム(現ヤフオクドーム)
12月24日福岡ドーム(現ヤフオクドーム)
12月31日札幌ドーム (カウントダウン・ライブ)
2002年
01月05日ナゴヤドーム
01月06日ナゴヤドーム
01月08日ナゴヤドーム
01月11日東京ドーム
01月12日東京ドーム
01月14日東京ドーム
01月15日東京ドームEPISODE
GLAYの広告列車、九州を走る=特急では全国初のラッピング
JR九州は6日、鹿児島線で1編成(7両)全体を人気ロックグループGLAYのラッピング広告にした特急「つぼめ」などの運行を姶めた。特急列車にラッピングするのは全国初めてで、来年1月16日までの期間限定。
GLAYが12月23日、24日の両日、福岡ドームでコンサートを行うことにちなんだもので、JR九州が「明るいニュースが少ない中、夢のある話題を提供したい」と持ち掛けた。GLAYのリーダーTAKUROさんは1番列車を前に「旅にはたくさんの出会いがあり、GLAYの音楽に通じる」あいさつした。(時事通信)
カウントダウンライブでは公演が危ぶまれるアクシデントが発生した
12月30日に札幌入りする予定だったGLAY。
しかし、雪のため青森上空で東京に引き返すこととなった。一時は開催すら危ぶまれたが結局、当日31日に無事札幌入りを果たした。
この時の顛末は、2002年10月10日に発売された「夢の絆」(田家秀樹著)に詳しく掲載されている。