INTERVIEW
Vol.124 TAKURO WEBインタビュー
GLAYが18枚目となるアルバム『旅する理由を待ちながら』を10月21日にリリースした。2024年5月25日にデビュー30周年を迎え、2025年6月8日京セラドーム大阪公演まで、約1年半に渡って30周年イヤーを駆け抜けたGLAY。そして、次なるGLAYを考えたとき、TAKUROは思い悩んだ。そんな悩みを打破してくれたのは、ほかでもない、メンバーが作った楽曲だった。
華々しい30周年イヤーを終えたときの正直な気持ち、メンバーが持ってきた楽曲を聴いたときのこと、アルバム制作について、そしてこれからのGLAYはどこへ向かうのか——。TAKUROの心情の変化と貫き通す信念、GLAYと音楽に対する情熱など、現在の胸のうちを赤裸々に、大いに語ってもらった。
2026.10.21
- 18枚目のアルバム『旅する理由を待ちながら』が完成しましたが、『HIGHCOMMUNICATIONS TOUR 2026 "GLAY-complete BEST"』の東京ガーデンシアター公演で、デビュー30周年イヤーが終了し「次の一手をどうするか、悩む日々が続いていました」と語っていたTAKUROさんの言葉が印象に残っています。
- TAKURO
コロナ禍くらいからいろいろ準備を始めてきた、30周年記念の行事が滞りなく終了しまして。やっぱり20周年のときより重みが違うというか、バンドの寿命みたいなものを考えれば、30周年というのはとてつもなく長寿なわけです。そういった30周年に対する、ある種の自分としての責任みたいなものを、人より過剰に、かつ勝手に感じていたんでしょうね。30周年に東京ドームや久々の京セラドームでやるという、その目標に向かって何年も前から仕込んでいったわけです。お客さんが入ればいい、お金を出せばできるところではないので、そういった素晴らしい場所でやらせてもらうことの光栄さを感じながら。これまで周年とかを特に考えずにまっすぐ歩いてきちゃったんで、今思えば達成感、満足感がすごくあったんじゃないかと。有り体に言うなら燃え尽き症候群に近かったんじゃないかなと。
- 楽曲制作においてもそうだったのでしょうか?
- TAKURO
音楽的な行き詰まりは今も昔も感じたことはないんです。ただ、バンドとしての美しい物語みたいなものがGLAYの原動力であり、支持される理由だとすれば、ひとつの物語を終えた感覚と言いましょうか。例えば1999年の「GLAY EXPO」で、30代を目前にした自分たちが青春時代の終わりみたいなものを感じたり。それと似た感触の心持ちではありましたね。
- ひとつの大きな区切りであると。
- TAKURO
ええ。そこからまた次の一歩を踏み出すにあたって、バンドの原点に戻るじゃないけど、そういう気持ちになりました。これまで音楽業界で当たり前とされることは充分やってきましたから。新曲リリースにあたり、ラジオで何日何時解禁、テレビで初披露とか、そういったいわゆる業界の当たり前の流れみたいなもの、そこからちょっと距離をとりたい自分がいました。この 30年、音楽業界にがっつり身を置いて、激変していく時流の中で、GLAYや自分自身をもっと大切にしなきゃと思ったとき、当たり前だと思っていたことを1回疑おうという気持ちですね。
- それもあって、新曲を中心としたセットリストの『HIGHCOMMUNICATIONS TOUR』だったわけですか。
- TAKURO
逆に、バンドとして当たり前だったことをちゃんとありがたく思うのだと。簡単に言うと、いい曲作って、バンドとわいわいアレンジして、スタジオでセッションする。それをライブで演奏していく。だから新曲だらけのライブをやることに驚かれることで、やっぱりみんなの中でもそういったことがこびりついているんだなっていうのは実感しました。
- 既成概念を覆していくようなところでもありますね。
- TAKURO
その辺の業界的な動きが嫌になったわけでもないんですけど、30周年を超えたのもあるし、50歳という年齢を超えて、自分の頭を締めなくはなりましたね。言うなれば、何枚売れるかどうかというより、もっと現実的な、「これくらいの動きをGLAYがしたいんだったら、これくらいのお金はいるよね」、そういう数字だけじゃないところで計算できるようになった。それは高校時代のGLAYに近づいたというか。今GLAYがやっていることは運営と規模が変わっただけで、自分が高校時代にやってたこととほぼ変わらないんですよ、気持ちとしては。30周年で本当に感謝しかないご褒美のような行事をたくさん終えたあと、さっき言った燃え尽き症候群……この言葉が合ってるかどうか今でもわかんないんですけど、とにかく自分の心の中で何かがストンと抜けたんです。これからの50歳以降の人生も含めての部分ですよね。「(ローリング・)ストーンズは80歳で〜」とは言うけれども、それがそのままGLAYに当てはまるとは思えないし。自分の体調のこともあるし、うっすらとバンドの終わり、自分の人生の終わりみたいなものも、好む好まざるに関わらず意識するようになってきた。そうなったときに、GLAYの活動をもう一回見直したいなと思いました。
- 私はここ数年、定期的にライブレポートを雑誌などで書かせてもらっておりますが、ライブを拝見して感じるのが、「今が一番ロックバンドしている」ことなんです。毎回そこを更新してくる。それを形式として体現したのがまさに新曲を中心とした『HIGHCOMMUNICATIONS TOUR』だったなと。TAKUROさんの悩みを打破したのは、他でもなくメンバーのHISASHIさんとJIROさんの曲だったわけですよね。
- TAKURO
先ほどお話した自分の心象風景とは別に、HISASHIが「汚れた英雄」を書いてきて、僕は「やられた」というか、「そうそう、俺らってこんな感じよね」と思ったんです。この曲に対して、たぶんGLAYの中でも俺が一番理解してるんじゃないかなって思ったんですよね。HISASHIって、いろんな言葉を使って煙に巻くじゃないですか(笑)。だけど、あくまでも人を惑わせているだけで、コアはきちんと足下にある。それをあの曲から感じられたのがとっても嬉しくて。だからそういう意味で、自分が迷っていた部分もありましたが、やっぱりそれを正してくれるのはいつもメンバーなんだなと感じました。30周年を終えて次に出てきた曲が「これかよ」っていうのがすべて(笑)。この感覚はなかなか言葉にしづらいんですよ。「お前、また人を煙に巻いて面白がってるな」っていう。もちろんサウンドを含めて本気の部分もあると思うんですけど、「今までのGLAYにちょっと飽きて、なんかぶっ壊したくなったんでしょ?」みたいな感じです。元ネタが俺たちの高校時代から今に至るまで、雑談の中で出てくるようなキーワードがたくさん曲に詰まっていて、痛快でしたね。これから聴く人たちがどれくらいあの曲を理解してくれるか、それが楽しみです。その「汚れた英雄」と対極にあるのが、JIROが持ってきてくれた今回アルバムタイトルにもなっている「旅する理由を待ちながら」。こんなに未来を感じられる曲が手元にあるなら、「GLAY、全然大丈夫じゃん」と思ったんです。それはとっても嬉しい驚きでしたよ。
- GLAYは「解散しません」と宣言していますし、「待ってるからいつでも戻ってきて」とTERUさんもライブでよく言ってらっしゃいますけど、この先のGLAYの進む道、未来がJIROさんの曲を通じてTAKUROさん個人として見えたのでしょうか?
- TAKURO
はっきりと明確になったことがひとつあって。自分自身が生きる上での疑問がいくつかあるわけですけど、自分と向き合って曲を書くことで、進める部分があるということ。さっき言ったビジネス的な部分が見えなくなったと同時に、より見えるようにもなったんですね。今まで当たり前にやってきたことをもう一度見直すと言いましたけど。それと同時に、ただ単純に自分が明日に向かうため、もう一歩踏み出すため、新しいことをやる。音楽だけにとどまらず、前へ進むために曲を作っていることを自覚したんです。『FREEDOM ONLY』(2021年)から『Back To The Pops』(2024年)まで、俺はジョン・レノンが受けたプライマル・スクリームの心理療法みたいな感覚でした。自分の幼かった頃からの良かったこと、悪かったことと向き合って曲を書いていくと、漠然としたイメージの自分の生き方みたいなもの、最終的なゴールに近づくんです。自分の目指した山の頂上に向かっている実感がこの3作でものすごく持てたということですね。
- それはTAKUROさんの生き様がGLAYに投影されている、ということでもありますね。もうジャンル云々ではないところ。
- TAKURO
GLAYは黒でもなく白でもないと言っていて、ロックもポップスもやるなんて言ってたんですけど、それがより自分の中で今となってクリアになってきました。デビュー当時はヴィジュアル系だったし、その限られた世界の中でめちゃめちゃいい時間を持てたけど、あるときやっぱりGLAYはどこにも当てはまらないなと思ったんです。それはそうですよね。本作でいうと「汚れた英雄」と「Contact Sheet」を一緒にやるバンドは、俺の中ではもう世界中探してもいないわけですよ。ビートルズくらいかな。俺たちはJ-POP、J-ROCKという商業的な中で、いつもどこか居心地の悪さを感じていた、それが本音なんです。でも続けていくうちに少しずつ市民権を得ることができた。今のファンの人たちからすれば、「汚れた英雄」や「黒く塗れ!」も、「旅する理由〜」やド直球バラードにしたって、たぶん何をやっても驚かないと思うんですね。そこまで一緒に歩いてこられたことへの感謝も感じながら。ここからはより自分の原体験も含めた、そういった自分の心の在り方に素直になろうって思ったのが、この3作なんです。
- 色々やってきたからこそ、原点回帰のように「自分たちはこれだよな」と思うことができたと。
- TAKURO
今回の「INAZUMA」にせよ、「EXOFIRE」にせよ、もうセッション中に「俺たち本当に怒られるんじゃないか」っていうくらい、札幌インディーズの影響をもろ出したりとかね(笑)。だけど、先人たちの影響がものすごく頭の中で可視化され、整理されていった結果、GLAYにものすごく可能性を感じたっていうのも、また今回のセッションで得たものなんです。本作におけるテーマがひとつあるとしたら、今頭の中で蠢いているモチーフたちの尻尾をとにかく捕まえることから始まって、具体化していくこと。それが昨年の夏なんですけど、その作業はある種リハビリ的なものでもありましたね。自分の中で。「次に何をやっていいかわからない」ことに対するもの。でもあれは曲のことじゃなかったんだと思う。今GLAYが置かれている状況の中で、「次に何をすればメンバーたちが楽しんでくれるだろう?」という質問に対する答えがまだ持ててなかったというのが、多分昨年の京セラドーム直後の自分の気持ちだったんでしょうね、きっと。今ならそう思います。
- そこからの動きが早い。30周年が終わって、少しお休み期間があってもいいと思ったんですが、すぐに動いたので驚きました。
- TAKURO
他のバンドの皆さんとGLAYの時間の流れが違うというか、俺は充分休ませてもらったと感じているし。そのオフの中で自分を一番癒したものは、自分と向き合うことだったり、心の風景を言葉にしたためる、メロディに置き換えるとか、ギターのリフにするとか、それは何にも奪われない自分だけの自由なんです。子供の頃から欲しかったミュージシャンという職業の中で、最高のご褒美なんですよ。
- ものすごくミュージシャンらしいですけど、ものすごくストイックですね。
- TAKURO
だからファンの人たちからよく言われますよね、「休まないよね」って(笑)。逆に言うと休ませてくれないんですよ、創作というものに。一生のうち、1人のミュージシャンがどれくらいの曲を作るかわからないんだけども。例えば大滝詠一さんのようにイーチタイムで一つ区切りをつける人もいれば、未だに新作を作り続ける B'z のお2人もいる。おそらくGLAYは、GLAYのペースというものがあって、それはGLAY独自の時間の感覚で動いているのかなと。だから特にメンバーから文句も出なかったし。ただ、ツアーとレコーディングが重なったときは、さすがに死んだ目をしてましたけど(笑)。でもそれも終わってみれば、いい思い出ですもんね。よく付き合ってくれたというか、よくぞまあ、ゴールまで行ったなという気もしますけど。
- TAKUROさんの迷いから次への指針を導いてくれた「汚れた英雄」はシングルにもなり、アルバムのリードという立ち位置でもありますが、 GLAYの初期衝動みたいなところを打ち出す狙いがあったのでしょうか。
- TAKURO
それに関しては、全メンバー、全スタッフに謝りたいんだけど、そんなことは何も考えなくて(笑)。これがラジオで流れたらびっくりするだろうなと思ったんですよ。とにかく、初めて俺が聴いたあのびっくりをみんなにも味わせたいと思っただけです。変だと言われたら、「まぁ、HISASHIの曲だし」ってことで(笑)。それくらい自分にとっては、本当にいい曲だったんですよね。自分だったら絶対手出さないようなエリアから、たやすく飛んでくるHISASHIのボールというかメッセージ。それを嫌な顔一つせず、粛々と歌い上げるTERUさんという。これが面白いなって。自分だったらどうだろう? 「自分のスタイルじゃない」とか言うかもな……なんて考えながら。デモテープが上がってきたときは、「やっぱいいな、このバンド」と思いましたよ。
- お互いの信頼関係あってこそ、でもありますね。
- TAKURO
普通はもうちょっと落ち着きたいとか、こんなのやりたくないとか、ああでもないこうでもないという議論もあるんだろうけど、GLAYはその辺の曲作りは昔から変わってないですね。新機軸に対して「なんかHISASHIがやりたそうだから、じゃあみんなで頑張るか」みたいな。だからベースもギターも全部大喜利ですよ。大喜利の議題がぶっ飛んでるから、さらにぶっ飛んだギターやベースやリズムや歌で返すのがマナーだろうと(笑)。今回のアルバム、いろんな曲が入っていますけど、そんなことはもうどうでもいいと。「とにかくこれを聴け、今の俺たちはこれです!」と選びました。シングルにしたいと提案したとき、みんなすんなり受け入れてくれたことは、本当にとっても嬉しいことでしたね。
- 今回のアルバム収録曲は何曲くらい集まって、選んだのでしょうか?
- TAKURO
17、8曲録って、その中から選んだ15曲です。「悲願」は入れないつもりだったんですけど、ちょっとつんのめっちゃって。1度心を落ち着かせてくれる曲がなかったんで、バランス考えて再登場してもらいました。京セラドームでやった「NEVER ENDING LOVE(仮)」はアレンジのアイデアがうまくまとまらなくて、持ち越しになっちゃいましたね。だからバラード群は今回のセッションでは出なくて。
- 選曲はみなさんで?
- TAKURO
さっき言った、その自分の心の中で縦横無尽に飛んでいる曲のモチーフの尻尾をとにかく捕まえて、それをひとつひとつ形にして。LAにいたんですけども、それをHISASHI、JIRO、亀田(誠治)さんに送って。返事を待ちながら。今は便利ですね。そういうスタジオに入る前までの下ごしらえの段階でかなり詰められるんで。 自分の気持ちとしては、前2枚よりも自由な、より深く潜った詞と曲を選びましたね。『Back To The Pops』は自分の持っている80年代、90年代のモチーフみたいなところに踏み込んだけど、今回はもっと深く、意識のもっと下まで深く潜って詞を書いたり、曲を書いたり。それは意識したかな。
- 「悲願」のお話も出ましたが、小田和正さんと一緒にやられていかがでした?
- TAKURO
子供の頃、小学生の頃から小田さんの音楽には触れていて。音楽人としての自分の中には脈々と小田さんの音楽、ひいてはオフコースのバンドサウンドも含めてありました。血脈として自分たちもその末裔にいる自覚があったので、自分たちの音楽と合わないわけがないと。パッと見のGLAYのイメージとか、そういうものを考えると一見合わなそうだけれども。過去のコラボを見て、氷室(京介)さんはわかりやすいですよね。BOØWYの流れからという。だけど、もっと深く掘り下げて小学生くらいまで戻ると、ロックバンドというものを意識する以前の自分の音楽体験の人なんです。だからGLAYが終わる前に絶対に成し遂げたい仕事ではありました。
- ロックバンドと小田さんが絡むことはあまり想像つかないけど、GLAYだからできたことだと思います。
- TAKURO
昔、俺らが言われたのは“音のでかいフォークバンド”っていうね(笑)。いや、全然わかるよって、90年代は自嘲気味にそんなことを言ってましたけども。だけどヴィジュアル系と言われたら、それも全然理解できるし。2000年代頭くらいまでは、いわゆるスタイルとして、マナーとしてのロックバンド、そこを突き詰めたい気持ちがあったんです。ギターリフはこうあるべきとか、千ノナイフは胸に刺してみようとかね。そういった先人たちが作った日本のロックのマナーみたいなところを丁寧にトレースしていましたね。で、あるときからその J-ROCKハイスクールを卒業してしまいまして。いわゆるロックミュージックから学ぶことはもう何もないなって思ったんです。もうそこから飛び出して、自分の人生で自分を学んでいかないといけないなって。そうなってから長いですね。
- バンドとして、もう達観の域ですね。
- TAKURO
「本当に幸せな人って、なんだろう?」と考えたことがあるんですね。それは自分がやりたいことがわかっている人なんじゃないかって。何が幸せで、どうなったら幸せかがわかっている人が本当に幸せだとするなら、GLAYというか、TAKURO個人としてはとっても幸せだなと。バンドを作った頃のような気持ちがまだここにあって。そこに売れる、売れないは関係ないんですよ。なぜならば、家族と食べていける分というか、そういったお金の稼ぎ方なら、もう大人のマナーとしてそれは知っている。そうではなく、この4人と、そしてTOSHI(NAGAI)とむらじゅん(村山☆潤)、あとスタッフのみんな、ライブスタッフのみんな、この人たちと一緒に音を出すことが、自分にとっての幸せだというのが明確になってから、自分の音楽がどんどん研ぎ澄まされていくのが感じられたんです。自分が歩むべき道の先にきっちり幸せのゴールがあることが見えたときから、音楽を作るのがものすごく楽しいんです。やっぱこれだよなって。まあ、それを幸せと呼ぶんでしょうね。それ以外何もいらないとさえ思えるくらい、そういう時期に入って結構経つんですよ。だからもう自分を探さない。自分探しなんてとうに終わった。自分が何者か、何をやるべきか、天からどんな使命を与えられたかなんて、もうとっくに理解したんです。その上で作る音楽がこれなんです。いち個人のTAKUROとしても、本当にここ5年くらいの自分の心模様は自慢したいくらいですね、みんなが探しているものはもう見つけた。最初にお宝見つけたぞみたいな、そんな気持ちです。
- 素晴らしいです。では、いちギタリストとしてのご自分はどうでしょうか?
- TAKURO
B'zの松本さんとよくギターの話をするんですけど、あのレベルの人が「もっと上手くなりたいな」って言うんですよね……なるほど、と。「じゃあ、“上手くなる”って何だろうね?」なんて話をするんですけど、松本さん曰く、どうやら俺はこのままでいいらしくて(笑)。ギターという楽器は、個人的に本当に仕事でなくても大好きなんで、毎日触りますし、時々は作曲の道具だし、時々は遊びの相手だし。だけども、やっぱりGLAYの中で弾くギターは、今こうやって話している自分そのものでありたいと思ってるんです。こうやってお話しさせてもらってるこの感じがそのままギターに出ればいいなと。それがたぶん松本さんや俺たちが目指している“いいギター”なんでしょうね。アンサンブルの邪魔をするでもなく、それぞれの楽器、メロディ、ハーモニー、あらゆるものに寄り添えるような。それはこの十何年心がけてるかな。何せGLAYには天才がいるんでね、HISASHIという。天才って、やっぱりギターが上手いとか下手とか、そういうレベルじゃないですもんね。だから相方が天才っていう、そのつらさも享受しつつ受け入れつつ、だったら「HISASHIのギターが美しく素敵に聴こえるギターって何だろう?」とGLAYを組んだときから考えてます。90年代は若すぎて度々邪魔もしていたけれども、ここしばらくは、いい相方になれてるんじゃないかなとは思うんですけどね。
- スタイルが違うからこその面白さもありますよね。
- TAKURO
スタイルはね、やっぱり違う。できることだったらああいうギター弾きたいですよ、俺も。でも最初の発想からしても追いつけてないので。1000あるギタープレイの方向の中から2つくらいを見つけて、その2つを自分なりに磨こうって思ったとき、俄然ギターが楽しくなって、面白くなって、より好きになりました。
- TAKUROさんのギター、ライブでもめちゃめちゃいい音しています。
- TAKURO
いやぁ、そう言われるのは本当に嬉しいですよ。大したこと弾いてないんだけど。でも確かに“いい音”っていうのは、プレイとはまた別の箱に入ってるから。だからどんどんエフェクターも、レコーディングも含めて減っちゃってるしね。代わりにHISASHIが、もはやギターという域を超え、縦横無尽に駆け抜けている。それを横目にいつも素晴らしいなと思いながら見ています。
- ジャケットの写真は、メンバーみなさんで持ち寄ったものなんですよね。
- TAKURO
ええ。きっかけはJIROの一言なんですよ。今年の夏にやった幕張での、ファンクラブの30周年ライブのときに「メンバーの写真を持ってきてくれ」と映像チームに言われまして。それを幕張の大画面に出すんだけど。まあ言ってもJIRO以外、写真は素人ですからね。下手っぴなわけですよ。だったら「JIROの写真で構成したほうがいいんじゃないの?」と言ったときにJIROが、「意図してない素人だからこその味わいってあるよね」みたいな、そんなニュアンスで言ったんですよ。なるほどな、と。俺、このジャケット写真のひとつひとつがまさにGLAYが愛される理由だなとも思います。「GLAY、好きだな」という大部分はこのジャケットが語ってるというか。例えば自分の部屋にインテリアを飾るとして、誰かセンスのいいコーディネーターにお願いしたら多分めちゃめちゃカッコいいんでしょうね、きっと。だけど俺はそのカッコいい写真や絵よりも、メンバーが撮ったメンバーの笑顔とか、メンバーの好きなもの、大事にしているものが飾ってあったほうがいいなと思ったんです。世の中的にはオシャレではないかもしれないけど、ひとつひとつの写真でメンバーが語れることのほうが、今の時代に対してのメッセージになるんじゃないかと。親指一つで素晴らしいアートが作れちゃうこの時代だからこそ、メンバーのスマホなりで撮った何気ないものが、今のGLAYを的確に表せるんじゃないかなと思ったんです。まさかHISASHIが真矢さんとの写真を持ってくるとは思わなかったけど。でも本当に俺が今語った言葉の全ての象徴がそれにあるような気もするし。
- タイトルも相まって、ノスタルジックな雰囲気が出ていますね。
- TAKURO
そうですね。確かに収録されている曲、全てが昨日今日できたものじゃないんで、10年前、20年前のメロディも当たり前に収穫が今だってこと。これはいつものことですけどね、GLAYは。長い間ずっと地中深く眠っていたものが突然 2026年に現れるという。
- それがGLAYの持つ普遍性に繋がっていると思います。
- TAKURO
まあ、たかだか10年、20年、30年、40年の普遍性でしょうけど、それもまた、それもまたGLAYらしいというか。100年後はどうなるかわかんないですけど、生きている間くらいはもしかしたら輝き続けるかもしれません。
- タイトル曲「旅する理由持ちながら」に「僕らに意味を探さないで 旅する理由もいらない」という一節があります。今の自分たちを表しているところでもある部分ですか? 普遍につながるところだと感じました。
- TAKURO
歌詞に関しては、必ずしもTAKURO自身の考えとは同じではなかったりもします。そこに本当にこの仕事の面白さを感じるんですけどね。探したってないものがある。これは別の人格のTAKUROですけど、「探してもないんじゃないの?」っていう。よく「そんな人だと思わなかった」というセリフがありますけど、その人のそんなところを見てなかっただけ、とも言えますよね。元々そうだったんだけど、その人にとっては都合が悪くて見たくないものだったから見てなかったけど、ある種ある時それが顔を出した時、自分の期待が裏切られた、信じてたのに、と思ってしまう。ちょっと冷たい言い方になるけれども、分かり合いたいけど分かり合えないわびしさみたいなものは、いつも曲に入れるようにはしています。明けない夜もあるし、やまない雨もある。「負けないで」と言われても負けることもあるし。大した努力もしないで勝っちゃうこともある。この先にあるものが自分にとって都合のいいものばかりとは限らない。僕はいわゆる音楽からそういうものを教わったんで、それは自分の中のひとつの真理として、僕ができるメッセージの一部として、それは入れるようにはしています。
- GLAYの歌詞、TAKUROさんの歌詞は文学的ですよね。「うつりにけりな」という言葉は小野小町の和歌ですが、普通のロックバンドからは出てこない言葉選びです。
- TAKURO
出てこないでしょうね。そんなんばっかりですね(笑)。でも今振り返ると、少しずつ輪を広げていったんです。「生きてく強さ」(1995年)という曲を書いたときもそうですけど、少しずつGLAYの眠っていた可能性を広げていく、気の遠くなるような作業だったような気もします。30年ずっと本人たちが気づいてない、GLAYの可能性みたいなものをゆっくり広げていく。それが自分の一番の仕事だったようにも思うので、そこは意識して丁寧にやってきたつもりです。
- それがまた可能性として、今ここで感じられているのもすごいことですよね。
- TAKURO
人の一生の短さ、時間の流れの速さにも驚きますけれども。ビートルズが7年でやっちゃったようなことを、俺たちは30年経ってもまだ半分もたどり着いてないような気もするので。だけどGLAYらしさ、GLAYサウンドの確立という意味では、だいぶいいところまで今回のアルバムで来たんじゃないかなと思うんですけどね。誰にもできない、自分たちのバンドとしてのひとつのジャンルの構築ということに随分と心がけてきたけれど、ここ2枚くらいのアルバムから、人々の反応も含めて、よりそれを感じられるようになりました。
- リスナー側の音楽の聴き方がいろいろ変わっていっている時代で、本作は15曲という、昨今の音楽情勢を見れば長めのアルバムだと思うんです。そういうところをどう感じてらっしゃいます?
- TAKURO
その質問を聞いて、パッと浮かんだのは様子見というか。移ろいゆく音楽のあり方を対岸から眺めている感じですかね。アルバムという聴かれ方自体が正しいのか、正しくないのかという議論がもしあるとするならば、参加したい議題ではないです。自分の頭の中にある、美しい人生の道しるべみたいなものがアルバムだとしたら、それをただひたすらに追い求めていくだけ。もうゴールは見えているから、追いかけた結果がこれです、というね。だから「曲間を意識するリスナーが今どれくらいいるか?」と訊かれたら、その質問の答えは考えないです。曲順の美しさについては自分の中で答えが出ているので。15曲が長いか、短いか。1曲5分超えると長いのか? いや、生まれてきた子がこうなのだから、親としてはどう成長しようとも、それはもう受け入れるしかない。イントロからエンディングまでこうなった。そこから意図的に短いから伸ばそうとか、長いから切ろうというのはまだ完成じゃない。それは自分のエゴのような気もしていて。自分の中での完璧に近いもの、それは完璧じゃないんです。というか完璧なんかありえないので。いろんな次の課題を残しながらアルバムを作っていく中で、それが世の中の今のトレンドと合うか合わないかということだけは考えないようにしています。
- 制作者として正しいです。自分もアルバムの流れや曲間が大好きなので。
- TAKURO
だからアルバムというもの自体、これからもどんどん形は変わっていくだろうけれども、やっぱり7曲入りだったらミニアルバムだし、30曲あったら二枚組だろうし。その自分が信じられるフォーマット、その枠の中で伸び伸びと生き続けてほしいとは願っています。それを守るためだったら、親と生みの親としては全力を尽くすよ、守るよっていう。そんな心持ちですかね。
- 時代に流されない、軸がしっかりありますね。
- TAKURO
そうですね。なんだかんだで毎日24時間、GLAYのこと考えてますから。
- そして11月から『GLAY ARENA TOUR 2026-2027 “EXOFIRE”』が始まります。どんなツアーになりそうでしょう?
- TAKURO
バンドとしてのアンサンブル、そういったものを重視してやっていきたいなと思っています。自分たちのバンドサウンドのある種の頂点が見えかけているんです。それはやっぱり昨年の暮れからひたすらにアンサンブルを磨いて磨いてレコーディングして、そこでまた新たな発見があって、また磨いて……という積み重ねからですね。今までの誰も知らない新曲をスタジオで作って、完成したからリリース、とは真逆のターン。今出したい音はこのアルバムに詰まってるし、自分たちが目指したGLAYのサウンドをしっかり聴かせる、ステージなので視覚効果も含めてね。よくライブに通ってらっしゃるファンの人たちだったら、もうほぼほぼライブで聴いたことある曲ばっかりのセットリストだと思うんです。ツアーなので他にも曲がたくさんあるけど、その曲たちもこの30周年を経て、よりバンドというところにこだわって、6人で出していく音をじっくり体験できるツアーになると思いますね。みんなが期待する、なんかわちゃわちゃしてて、「TERUくんがボケた! わー!」っていうのとはまた違ったコンサートになるかもしれません。もうその辺はいいでしょ、一回置いておいて。いい大人なんだからね(笑)。
- それこそ「今が一番ロックバンドしている、GLAY」ですね。
- TAKURO
世は移り変われども、GLAYがやりたかったことは、気の合う仲間たちがスタジオに集まって、ワイワイと音を出して。あーでもないこーでもない言いながら、「じゃあリハーサルも終わったんで、飯でも行くか」と、録音したリハーサルのセッションを聴きながら酒を呑む、みたいな。そこから生まれてきたそれぞれの言葉が、また次の曲の詞になったりもするんでね。ここまで継続して歩いてきた物語の、もうある意味佳境でしょうから。これは全然後ろ向きでも何でもなく、それこそ死ぬまでやるぞ、みたいな気持ちです。
- では最後に。30周年を終えたばかりですが、10年後、40周年を迎えたときにどんなバンドでありたいですか?
- TAKURO
例えば、この10年のJIROのプレイの素晴らしさをスタジオでものすごく感じるんです。作品における作詞、作曲、アレンジだとか……それは本当にアーティストとしての部分ですよね。個人的なもの、内なるものを突き詰めていくことがアートだとしたら、いちロックバンドとしてのダイナミズムを極めていきたい。バッとブレイクしたときに、全員の気持ちがひとつになってピタリと綺麗に止まるとか。グルーヴがめっちゃよりよくなるとか。シンプルにバンドが上手くなりたいですよね。自分の楽器もそうだけど、どんな曲やっていても、GLAYらしいグルーヴでお届けできる、そんな素敵なバンドになりたい。自分たち独自のジャンルを掲げながら、自由気ままに40周年を迎えられたらなと。誰1人欠けることなく。20万人ライブやったから、今度は21万人ライブやる、ベスト盤を501万枚売ってやるとかじゃなくて、ちゃんとGLAY4人の顔が見える音楽をやっていく。そこをひたすら磨いていくだけでいいです。
取材・文/冬将軍