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INTERVIEW

Vol.107 TAKURO×TOSHI×川村ケン『GLAY TAKURO Solo Project 4th Tour “Journey without a map 2023”』インタビュー

12月8日(金)のBillboad LIVE東京公演を皮切りに、『GLAY TAKURO Solo Project 4th Tour “Journey without a map 2023”』がいよいよスタートする。2016年、ギタリストとしての武者修行という表題を掲げ、インストゥルメンタル中心の曲づくりに取り組んだ“Journey”プロジェクトは、1stアルバム『Journey without a map』(2016年12月)、『Journey without a mapⅡ』(2019年2月)という2作のオリジナル音源を生み出し、3度のツアーを開催。ジャズ、ブルースの道へとTAKUROは果敢に、同時に極めて楽しそうに分け入っていき、4度目となる今回のツアーに向けたデモ曲からは、更に自由にジャンルレスな音楽活動を満喫している様子が窺える。“Journey”プロジェクト始動時からライヴと音源制作の両面において欠かせないメンバーとなっているTOSHI(永井利光/Dr)、川村ケン(Pf)を招きTAKUROとの鼎談を実施。“Journey”プロジェクトの意義とは何なのか? GLAYの活動では見られないTAKUROの顔、ジャズメンとしての魅力とは? ロングインタビューで迫っていく。

2023.12.4

2016年に“Journey”プロジェクトが始動した際、TAKUROさんは「ギタリストとしての武者修行」だとコメントされていた記憶があります。4回目のツアー開催を控える今、その意義に何か変化はありますか?
TAKURO

いや、一緒ですよ。基本的にはギターのスキルを磨くということなんでしょうけども、それに加えて、(川村)ケンさんや永井さんと一緒にやっているといろいろと教えてくれるので、音楽の深い意味、その広さ、面白さを知ることができるんです。1個知ると100使える豊かなアイデアを今、すごく楽しめるようになっております。どの芸の道も進めば進むほどより奥深くて、知識の箱を開けるとその先にまた箱があって、楽しみながら勉強している感じかな。背景や論を知っていくと音楽の聴き方も変わってくるし、「勉強ってこんなに楽しいんだ」という、10代の頃にはない感覚を味わっています。

TOSHIさんは言わずと知れたGLAYに不可欠なサポートドラマーですが、どのような経緯で“Journey”プロジェクトに参加されたのですか?
TOSHI

TAKUROくんが「ギターをもっと上手くなりたい」と言っていて、「ジャズが面白いよ」と勧めたのを覚えていて。それからTAKUROくんは自分の誕生会にお客さんを呼んで、発表会のようなジャズライヴをするようになったのが基本にあって、そこからだんだんと形になっていきましたね。松本(孝弘/B'z)さんのプロデュースで1stアルバムをつくって、そこからツアーをするという自然な流れだったんですけども。ギター1本でインストをやるというのは最初、意外でしたね。GLAYの場合はメンバーがいる中だけど、自分のギターをフィーチャリングして挑戦する、勝負に臨んだのはすごく面白いなって。

1stアルバム、2ndアルバムと経ていく中で、“Journey”バンドはどんな変化を遂げてきたとTOSHIさんはお感じですか?
TOSHI

最初はそういう形で始まったんだけど、インスト・ジャズに捉われない感じに、1回目のツアーから既になっていた気がします。TAKUROくんの意図もあったのかもしれませんけど、サポートする側としては、「ジャズっぽくなったほうがいいのかな?」とか、後ろ側から見ていたんですけど。そういうことに捉われず、TAKUROくんは自分の音楽を「もっと違う形で表現するとしたら?」みたいな考えに変わって来ていて。ロックであってもいいし、ファンクでもいいと思うし、もちろんどジャズになってもいいと思うし。すごく自由な感じに広がって、“Journey”をやってきていい方向に流れているとは思います。

ケンさんは最初、このプロジェクトへの参加を乞われた時はどう思われましたか?
川村

遡ってお話すると、『Eternally』というシングル曲でピアノを弾かせてもらったのがGLAYさんとは最初の出会いだったんですけど、さいたまスーパーアリーナのライヴに行かせていただいて。ライヴが終わった後、TAKUROさんがわざわざ挨拶に来てくださって音楽やよもやま話が始まって、「最近ちょっとジャズが好きなんですよね」という話をされていたんですね。ちょうど僕も歳を重ねて音楽を勉強し直していた時期で、「ジャズ理論でいろいろなことの説明がつくんだな」「謎を紐解くことができるんだな」ということを改めて考えていた時期だったので、「僕も実は好きなんですよね」とお話ししたら、「じゃあ、何か一緒にやりませんか?」と誘われまして。北海道で、だったかしら? TAKUROさんと一緒にライヴをさせてもらったんですよね。暖炉というか、大きな石油ストーブのあるライヴハウスで。

TAKURO

あれは函館でしたね。

川村

それがすごく楽しくて、面白くて。そうしたらTAKUROさんが「一緒に旅に出ましょうよ」と誘ってくださって、第1回のツアーがあったんですね。まだアルバムを出される前でしたが、それもすごく楽しくて。僕も子どもの時からジャズは環境の中で耳にはしていたんですけど、難しい音楽だと思っていたし、当時はロックのほうが好きだったこともあって、「40歳ぐらいになったらジャズの一曲でも弾けるようになりたいな」ぐらいの気持ちでいたんです。20歳、30歳を超えてもまだそっちには行かずに、ずっとジャズやフュージョンの畑にいる人を見ても「上手いな、すごいな」と、テレビとかで観る分には好きだったんですけど、自分が足を踏み入れる勇気は全然なかったものですから。でも勉強し出したら、この同じ十二音の鍵盤で「なぜ僕にはできなくて、チック・コリアとかビル・エヴァンスとか、すごいピアニストたちにはできるんだろう? 彼らが何をやっているのか知りたいな」と思うようになり、本を何十冊も読んだりして。自分も若い世代に音楽を教えるようになっていく中で、一緒になって研究していた頃、タイミングよくTAKUROさんともそういう話ができたし、誘っていただいて。たぶん身体の半分以上ロックで埋まってしまっていて抜けないので、ジャズ100パーセントにはどうしてもならないんですよ。でも、逆にそれが面白くて、そんな人間がジャズに手を伸ばしたら何が見つかるんだろう?ということに僕自身はすごく興味があるんです。できるだけ何か掴めないか?と思いながら、これはロックか? ファンクか?とかやっているのがここ10数年の僕個人の考え方でもあるので、TAKUROさんが“Journey”でやっていらっしゃることがストン!と腑に落ちて、「ぜひ一緒にやらせていただきたい」と思った次第でございます。

ケンさんは、継続的に関わってこられる中で“Journey”バンドにどのような変化を感じられますか?
川村

やはり1本でも多くライヴをすれば絆が強くなりますし、 具体的にはタイム感とか、お互いから出てくるいろいろなフレーズの読みとか、そういうのが高まってくると思うんですね。1本よりも2本、2本よりも3本、1本でも多いほうが分かり合えるのは家族と同じじゃないですかね? 長く一緒にいれば、阿吽の呼吸で「はい、これね」って出てくるような感じに一歩一歩近付いていくんだと思うんですよ。もちろんまだ、この“Journey”はその途中だと思うんですけど、1日でも多く活動するほうが、そこに近付けるような気はしています。

TAKUROさん、御二方のお話を聴かれてどう感じられましたか?
TAKURO

俺、40歳の時にギタリストとして「このままじゃちょっと」と思ったんですよね。GLAYの中でギターを弾いていて、まぁ不安だったわけですよ。「これでいいのかな? こんな解釈でいいのかな?」って。「絶対にこれじゃなきゃいけない」というものを見つけなきゃいけない、と当時は思っていたから。だけど「待てよ」と。音楽における自由さというか、ジャズなんてフリーだとか言うけど、聴けば聴くほどジャズの世界も堅苦しいらしいとか、“ねばならない”が多いらしいとか。どこの世界も抱えている悩みは同じなのかな?と思った時、さっきケンさんがおっしゃったように、ロックな人が違う世界に入っていった時に感じるものが何かあるはずだ、と。もし音楽が自由だと言うならば、「こうじゃなきゃいけない」というものはないはずなんだけれども、やっぱりそこにはいろいろなルールがあったりもして。理解できるルールもあれば、釈然としないルールもあるけど、それを自分の中に取り込んで世界を広げていくのが“Journey”の活動なんですね。でも、永井さんが出してくれるリズムってジャズやブルースだけではなくてラテンとか、ボサノヴァとかもあるから。「音楽って自由なんだ」というのを大人になってくると失くしてしまうので、「GLAYはこうじゃなきゃいけない」とか、やっぱりこう大人になるにつれて囚われてしまう。そういうのを何年かに1回引っぺがさないと。

積み重ねてきたものを、あえて取り払う、と。
TAKURO

例えば、自分の好きなコード進行があるんだけども、“Journey”の場合、不思議なことにメロディーからつくっちゃうので、後からケンさんにコードを付けてもらうと、自分だったら付けないようなコード進行だったり、全く知らないコードが出て来たりして、面白いんですね。ケンさんに「もっと何か違うカッコいいやつで」とか「もっと緊張感のあるやつで」とお願いすると、そういうことが起きるんです。「俺が今まで感じてきた自由なんて、本当に狭い自由で、組むパートナーに恵まれるとこんなにも自分の中の音楽ってやっぱり広がるんだな」って。それに尽きるんじゃないかな、と。あと、1つのアンチテーゼとしては、もはやJ-POPは音の洪水に埋め尽くされていて。

TOSHI

あはは!

TAKURO

フレーズも速ければたった一小節の沈黙ですら許さない。永井さんともよく話すけど、8小節♪キュイ~ンだけでもいいじゃない?と。そのフレーズが香ばしければ、瑞々しければね。皆で“Journey”をやる前までは、考えに考え抜いたフレーズで「埋めなきゃいけない」と思っていたんだけど、“Journey”を始めてからは「これが俺だしなぁ」っていう。そういった呪縛からどんどん逃れられるし、もちろんもうジャズじゃないしね。まぁGLAYがロックだと思ったこともないけど。俺であり、自分たちでしかないじゃない? 結局は一介のミュージシャンが音楽の世界の片隅でちょっと大きな声を出すぐらいなもので。だったらもっと謙虚に、いろいろなものを勉強した時に広がる世界を一生楽しんでいたいなぁ、なんていう心境の変化はあったし、今もそうですね。

TAKUROさんにとってより自由に、自己受容をしていけるプロジェクトが“Journey”なわけですね。
TAKURO

ケンさんとか永井さんにいろいろと教えてもらうにつけ、今まで自分が「この音が外れてる。変かな?」と思っていたものも、「いや、それは♭なんとかだよ」「絶妙なテンションの良いコードだよ」と言ってもらえて、「アリなんだ」と思えるんですよね。「それは理論的にはこういうことなんだよ」と教えてくれると、同じ音なのにそれが面白く聴こえてくるのが面白い。「あぁ、これもある世界においては正義なのか。じゃあ今度からもっと冒険してもいいんだ」というのを“Journey” で学んでいるんですよ。

先ほどTAKUROさんから、TOSHIさんの出されるリズムがジャズに限らずボサノヴァっぽいなど、ジャンル横断的だというお話が出ました。TOSHIさんとしても、GLAYの楽曲の時よりも自由なアプローチをしよう、という意識もあるのですか?
TOSHI

それはもちろんあって、自由な部分をもっと広げていって、僕も初めてやるようなリズムが出てくることもあります。「このメロディーだったらこれかな?」とか、TAKUROくんのメロディーが呼ぶリズムをつくっていくと、自然とそれが初めて叩くようなものだったりするし。それぐらいの自由さでやってるところはあるかもしれないです。

ツアー用のデモ音源を聴かせていただいたのですが、とある曲のギターソロのバックにボサノヴァ調のリズムが出てくるのは、TOSHIさんの提案なのでしょうか?
TOSHI

そうだったと思います。GLAYの曲でも一緒なんだけど、TAKUROくんのつくるメロディーが“呼んでいる”リズムって、もう“分かる”んです。それを分かった上で、GLAY以上に制限がないので、“Journey” の場合はよりメロディーに忠実に、例えばドラムを叩かないという選択もありながら「こういうリズムはどうかな?」とか。あの流れでギターソロに行くんだったらリズムが変わったほうがお客さんもワクワクするし、ノるんじゃないかな?っていうことで出てきた、自然なものでしたね。ケンさんが「ロックに浸かってる」と言ったけど、俺もどちらかと言うとそうなので、頭を覚醒して向かわないとロックの通常のアプローチに留まってしまいそうなところもあって。常に覚醒しているのはすごく気持ちいいし楽しいし、自分の挑戦でもあって、広がっていく感じが自分でも大好きだから。そうありたいなというアプローチで臨んでいますね。

ケンさんは、TAKUROさんのメロディーにアプローチする際、どのようなことを意識されていますか?
川村

TAKUROさんは、世界でTAKUROさんしかつくらないメロディーをつくられるので、誰にも似ていないし。メロディーってたった一音そこでこの音が出てくるだけで、全く違う世界を表現することができる、というぐらいすごく面白いし、だからこんなに音楽って魅力的なものなんだけども。TAKUROさんメロディーに僕がコードを付けるとなった時に、直感的に「あ、呼んでるのはこれかしら?」と思って付けることもあるんですけど、すごく考えて、「もう一歩進んで、こういうふうにもできますよ?」みたいのを付けていくのがものすごく楽しくて。今お聴きいただいているデモは今度ライヴでやるかもしれない曲たちなんですけど、まだ家でそれを毎晩のように見ては「このメロディー、こっちも行けるじゃん? リハの時に言ってみよう」とかいうアイデアが湧くし、日々発見があって自分にとってすごく刺激的で。TAKUROさんのメロディーとTOSHIさんのリズムと、「僕はこう考えてた」ということと、「あ、このハマり方、発見!」というのを毎晩のようにやっていて、その冒険が本当に面白いんです。ずっとジャズだけ30年、40年やってきたらなかなかできないだろうし、こういう感覚ではないんだろうなとも思うし。TAKUROさんの新しいメロディーに出会うたびに、初めて見るドアを1個1個開けるたび、いつもすごく楽しいです。

TAKUROさんが全曲ピアノによる作曲に挑戦された、ソロアルバム第三弾『The Sound of Life』が2022年にリリースされました。それを経ての今回のメロディーづくりに、ケンさんは何か変化をお感じですか? 鍵盤奏者としてのTAKUROさんに対する想いも伺いたいです。
TAKURO

そんなこと訊かないでくれよ~(笑)!

川村

(笑)。『The Sound of Life』はちょうど今日も車の中で、癒されながら聴いてきたんですけど、 僕は本当に羨ましいんですね。ピアノをメインにされて来なかった方がピアノでつくられる曲、あるいはヴォーカリストが弾き語りで弾くピアノって、僕らには弾けないんですよ。TAKUROさんがピアノでつくられたメロディーも、「あ、こう来るか!」というのがいっぱいあって。すごくピュアな発想だしピュアなメロディーラインだし、たぶん僕らがいじってしまうと壊してしまいがちなところを、ピュアなまま弾かれている。それってすごく大切なことで。難しくすればいいってものじゃないんですよね。音楽ってシンプルに、例えばドミソと弾くだけでグッとくれば実はそれがベストで、その後のシは要らないんだよっていう。そういうすごく純粋なところから、「でもこれをつくっているのは、あのGLAYのソングライターであるTAKUROさんだ」ということに、またすごい意味を感じるし。“Journey” はメロディーラインとしては、少しブルース寄りだったり、よりジャジーだったり、半音があったり。メロディーからつくられるとおっしゃったので、TAKUROさん本来のメロディーがいっぱいそこには詰まっていると思うんです。ピアノだとそこにきっと制限が出て来て、『The Sound of Life』ではそれを楽しんでいらっしゃると思うんですけど。だから、『The Sound of Life』と“Journey”では質感がちょっと違うかな?と思いながらも、聴かせていただいていて、コッソリ僕が『The Sound of Life』のテイストをカバーして、今度の12月のJourney の中でパッと弾いてみたらTAKUROさん、どういう反応されるのかな?と今朝思ったりして。あ、ネタバレしちゃった(笑)。

TAKURO

本当にもうおっしゃる通りで、俺、黒鍵をあまり使えないんですよ。そうするとキーがFとかCとかAマイナー、Eマイナーとかばかりになるから、『The Sound of Life』のパートナーであるジョン・ギルティンに「毎回お前、キーが一緒じゃねぇかよ!」とよく言われなかったな、と(笑)。

川村

あはは!

TAKURO

鍵盤奏者ならもっと頭良さげな感じで、E♭とか、なんか他にあると思うんです、きっと。“Journey” の目指すところは、すごく入り組んだ音楽理論の世界に飛び込んで、1個ずつ知識を、樹からリンゴをもぐみたいな感じで。取っては齧って、取っては齧っての繰り返しなんだけど、『The Sound of Life』はもう、ハッキリ言ってパンクの世界なので、「ルートと5度。以上! 間のテンションは分かりません」みたいなね。癒しのアルバムとしてつくったから、「この癒されたい気持ちに緊張感はいらないです」っていう。♭ファイブとか13thとかいう、緊張感のあるノートがあると安らげないじゃん?と思うんですよ。今度ケンさんに訊こうと思ってたんだけど、海、山、風……そういう大自然の中に身体一つを置いた時、そういう“4つ目のコード”ってあるんでしょうか?と。やっぱりドミソしかないんじゃないか?って。想像の世界の大自然においても、『The Sound of Life』では、そこは安らぎの世界であってほしかったから、音数も少なくて争いもないし、緊張感のある半音的なものは、やっぱりなかなか出てこない。でも“Journey” は、すごく緻密な音楽理論の中で「そっちがそう来るならこっちはこうだ」という“凄腕たちのバトル”みたいな面もあるし、誰が1番面白い不思議な林檎、面白いミカンを取ってくるか?みたいな。

川村

前にTAKUROさんにプレゼントした、キース・ジャレットの『ケルト・コンサート』というアルバムは、家で流れているのを小学生の頃から聴いていたんですけど、本当に大好きで。大人になって聴くとすごく深遠な世界があって、と思いきや、実はレコードの最初の数分間は白い鍵盤しか使っていないんです。

TAKURO

へ~!

川村

それを知った時に、「白い鍵盤だけでこんなにすごいイマジナリーな世界が開けるんだ!」という驚きがあったんです。何とも言えないすごい音楽で、しかもそれを人々はジャズと認識し、世界でも最も売れたジャズ・アルバムの1、2位を争うようなアルバムになっていて。

TAKURO

最近、キース・ジャレットが奥さんに送ったというアルバムをよく聴いているんですけど……。

川村

『メロディ・アット・ナイト、ウィズ・ユー』ですか? 

TAKURO

そうそう!

川村

黒いジャケットのアルバムね。あれはいいですよね! 彼がいわゆる筋弛緩病のような病で2年間ピアノが弾けなくなって、でも奥さんが献身的に介護してようやく復活して。自分の家のピアノで奥さんへの感謝を弾くんですけど、自分が子どもの時好きだったジャズの名曲と映画音楽とかのスタンダードを、本当に優しい音で弾くアルバムなんです。その中の『Be My Love』という曲は、勝手に僕が自分のお葬式の時には「それだけを流してくれればいいです」と言っているぐらい、大好きな曲だったりしますね。それもキーはやっぱりCです。

TAKURO

こういう会話が、まぁ勉強になるわけです。理論だけじゃなくて、音楽家としてのあるべき佇まいみたいなものを、永井さんとケンさんとわいのわいの話している中から学んでいて、それが本当に楽しくて。確かな技術があるすごい人たちなんだけど、そこだけじゃなく、難しいことはちゃんと誰にでも分かりやすく教えてくれるし。“Journey”関連の様々なことを通して、つくづく音楽は人がつくってるんだなぁと思うんです。

TAKUROさんのジャズ・ミュージシャンとしての魅力を御二方に質問しようと思っていたのですが、ジャズに限らず、TAKUROさんはより自由に音楽と向き合うようになってらっしゃるのですね。
TAKURO

2人に訊きたいんだけど、ジャズって何(笑)?

TOSHI・川村

(笑)。

TAKURO

例えば安全地帯が出てきた時、とんでもないメロディーと声と歌詞で、じゃああれは歌謡曲だったのか? いや、でも根はハードロックだしなっていう。もう、人にレッテルを貼るとかカテゴリーに当てはめるって、あまり良くないんじゃないかな?と思うんだよね。やればやるほど、「久保琢郎という人が一生懸命何かをやっている」というだけであって、それはジャズなのかどうか?は問う必要もないというか。未だにGLAYのことを「ロックだ」とカテゴライズして「うん」と言う人って、何人いるか分からないもんね。

“ロック警察”がやってきて、「これはロックだ」「これはロックじゃない」とかジャッジするんでしょうかね。
TAKURO

齢60、70ぐらいの評論家の人たちに言わせれば、GLAYはロックではないかもしれないけど、“Journey”も含めて、この30年やってきて音楽でめちゃめちゃ人を幸せにしてきた、という自負もあるわけです。高1と高3は違うかもしれないけど、50過ぎたらもう60も70も一緒、みたいなところないですか?! もう「人」で良くない?っていう。そう思った時、人の生き方にどうこう言うもんじゃないな、とは最近思ってる。永井さんは絶対、ジャズ・ミュージシャンと「ジャズとは何か?」の話をしたことあるでしょ?

TOSHI

あるある。ジャズを始めたばかりの頃、サックスの超有名なレジェンドの人に、「ジャズやってもロックになってしまう。ジャズができないんですよね」って、飲みながら相談したら、「お前が叩いたのがジャズだったらジャズだし、ジャズじゃなかったらジャズじゃないんだから、それでいいんだよ。お前が叩いたものは“お前の音楽”で、ジャズをやろうと思った時点でジャズじゃないんだよ」って言われたのはすごく衝撃的で。「物真似してたんだな」と思って、目が覚めて。「ジャズをやろう」とか思った時点で、元々何かが違うんじゃないかな?と気付かされましたね。

TAKURO

それで言うと、ある時から俺も思ったんですよね。プロとアマの違いというか、超えられない一線があるとしたら、永井さんが言った通り、自分が出した音を「はい、これが俺」って言えるのが一流れあり、プロ。「これってジャズかな?」とか「これってロックだろう?」なんて考えながらやっている人は、憧れから脱することができていないから、人がお金を出して聴きたくなるような価値をあまり生めない、というか。だって、本人がまだ迷いの中にいるってことだもんね。いきってるけど、自分の中で問い掛けているような段階は“まだまだ”なんだなと思う。TERUを見ていると、もうアーもスーもないじゃない? もちろん彼も「今日より明日、明日より明後日、もっと良くなりたい」と思ってやっているだろうけど、“誰みたいに”とか、「俺は〇〇だぜ!」みたいなものを感じないもんね。HISASHIもそうだし、JIROなんて早くから「俺はロックをやりたいし、パンクなんて上手くなりすぎたら良くないから、『SHUTTER SPEEDSのテーマ』はあまり練習したくない」とか以前言っていて。

TOSHI

あはは!

TAKURO

「練習はしたほうがいいじゃん?」と思っていた時期もあったけど、今になると分かる。本当はそういうことなんだよね。

川村

難しいですね。世界中で「ジャズとは何か?」とかずっと議論されていて、「どっちがいいか?」なんて話はできないし、宗教みたいなものかもしれないですね。

TAKURO

どの神様も偉いのにね。永井さんの先輩がおっしゃる通り、その人がやったことが大事。そこにはただ無常の風が吹いていて、そこにいいとか悪いとか、ジャズか? ロックか?じゃなくて、「永井さんが叩いたドラムは永井さんが叩いたドラム」であって。あとは、人を幸せにするかどうかの話だけだよね。“Journey”をやっていて、最初はジャズと言っていたんだけど、どんどん違ったリズムもメロディーもやりたくなって、そうなってくると、自分から出発して自分に返ってくるみたいなね。そうすると気が楽になるんですよ、本当に。“Journey”をやっていていちばん良かったなと思うのは、永井さん、ケンさんと一緒にやっていることは、精神の安定剤になるってこと。こんな俺でもやっぱりプレッシャーがいっぱいあるんだけど、永井さんやケンさん、そして集めてきてくれたメンバーと一緒にやっていると「あぁ、俺も楽しんでいいんだ。恥ずかしがらずに飛び込んでいいんだ」と思えたんだよね。俺の選択を、皆で正解にしてくれているような幸せを感じて、「あぁ、東京へ出てきて良かったな」にまで遡るような、「生きてて良かったな。自分の生き方は間違ってないな」と思えるほどの体験なわけです。ちょっとずつ知識も得て頭は良くなっていくしね。だから言ったんですよ、「バンドメンバーに二人は女の子を入れてくれ」と。おじさんばっかりでツアーをしたくない、と。

TOSHI・川村

(笑)。

川村

TAKUROさんとの最初の頃のツアーで、「あ、ミュージシャンってすごくいい仕事だな」って、ステージでピアノを前にしてTAKUROさんを見て思ったんですよ。その時に人生で初めてそう思ったぐらい、僕は悩んでいて。「これでいいのかな?」とか、ミュージシャンの仕事は安定しないしいろいろ大変だぞとか、プレッシャーも感じていたし。でも、「ミュージシャンになるって素晴らしいことだ」と、これで人に自信を持って言えるな、と思っていたのを覚えていて。心からそう思えたのは、TAKUROさんのステージがきっかけだったんです。GLAYというバンドをここまで引っ張ってきて、更にTAKUROさんはこういう姿でまた音楽を再循環させて、もっとフリーにやっているということがとっても魅力的で。何にも縛られずに思ったことをやって、そこに僕も音を重ねることができて、顔を見合わせてニンマリとできるっていうのは、本当に楽しいこと。それでお客さんもニコッとしてくれたら、こんなに素晴らしいことはないじゃないですか? だから、TAKUROさんには、このプロジェクトには感謝しているんですよ。

4年ぶりに“Journey” のツアーが12月8日から始まります。これまでのツアーと今回で変えてみたいこと、新たに挑戦したいと思っていらっしゃるのはどんなことですか?
TOSHI

今回は全部新曲で、このツアーで育ててレコーディングするので、もっと自由な感じになりそうです。 スタジオでああだこうだつくり込むのではなくて、ライヴをやりながら、「あ、こういう気持ちになったからこのフレーズ」とか、「このリズム」とか、そこは楽しみですよね。ステージ上のマジックがあるので、それで曲が変わっていったり育っていったりするのは楽しみにしていますね。あまり決めないで無な感じでステージに臨めば、曲が1人でに発展していくような感じがするし、このメンバーで育てられる気がするので。

川村

僕は大まかなところではTOSHIさんと同じで、その場で感じたことを自分がプレイできれば良いし、その時に自信を持って、あるいはビクビクしながらでもその音をちゃんと選べる自分でいたいし。インスピレーションを皆さんとのインタープレーで感じて、自分も少しでも人にフィードバックできれば、と。「あ、ケンさんがそう弾くんだったらこうだね」という皆さんとの“会話”がそこでできるのは本当に楽しみだし。具体的に「これをやろう」と言うのではないんですが、自分はそういうメンタルをキープしながらツアーの日々を楽しめたらいいな、とは思っております。そのためには、「こんなコードを今度試したいな」とか、コソ勉で探しておいて(笑)。それをライヴでできたら本当に楽しいし、自分もきっとすごい発見をしながらツアーの日々を過ごせるんじゃないかな?と思っております。

TAKURO

今回は全部新曲で固めて、これまでよりも更にジャンルに囚われない、“Journey”バンドとしての“今”を見せられればな、と。今回はこう、ねっとりした亜熱帯なイメージがあって。手塚治虫が描くアフリカの感じ、というか。最近、手塚治虫の作品を読み返しているんですけど、あの人の描くセクシャルな表現や土着的な表現と、今回の曲たちが自分の中で勝手に結びついていて、トランス 的なものを生み出せるような感触があって。今までよりもメロディーはシンプルなんだけど、ミニマルミュージックというか。ケンさん、ミニマルってどう説明したらいいですか?

川村

ミニマルミュージックというのは、小さな断片を連続させることによって、それがズレたり、曼荼羅みたいに数分後にパッとまた合ってはズレていく……というのを楽しむ音楽のつくり方で、久石譲さんが研究され続けている手法です。

TAKURO

全然自分は詳しくないんですけれども、何か1つ裏テーマにそういうことがあるような気がしていて。

川村

ミニマルは面白いですよね。皆でやったらどうなるんだろう?っていう。ガムランもそうですけど、いろんなことを皆でやって、それが集まった時に出てくるものを「あ、こんなふうになるんだ?」って。それをただ楽しむみたいなところがありますよね。

TAKURO

そう、そういう感じ。

西洋音楽的の基礎を成す概念から自由になって、よりプリミティブな音楽と言いますか、多旋律的なカオスを味わう、というイメージでしょうか?
TAKURO

ジャズというアメリカ発祥の音楽からもっと時が戻って、もっと人間的な……それがたとえ令和の日本であれ、 150年前のどっかであれ、ちょっと不思議な旅にお連れできるような気がしていて。

より無意識下というか、本能の奥のほうにある、野性に出会うために潜っていくような音楽の旅ですかね?
TAKURO

まぁ目指すところはSUGIZOさんと同じなんだけど、GLAYのメンバーというだけあって、もうちょっとポップになるよね(笑)。

どのデモ曲もジャンルを越境した自由さがあって、カオスな感じが気持ち良かったです。これがツアーでどんどん変わっていくのが楽しみです。
TAKURO

どうなるか、やってみないと分からないですね。挟むMCは冗談めいているのか真面目なのかも特に決まっていないので。クリスマス感や年末感を出したほうがいいのかな?とか。とにかく、武器はいっぱいあるんだけど、実際に皆で音を合わせてみて初めて「こっちだね」というのがたぶんある気がするから。

GLAYのアリーナツアーと並行開催というスケジュールですが、“Journey”の活動をGLAYにどうフィードバックなさりたいですか?
TAKURO

GLAYはめちゃくちゃ身軽なバンドのほうだと思うんですよ。メンバーが「こんなことやりたいんだけど」と言ったら「いいね!」ってなるしね。だけど、やっぱりキャリアを積んで荷物を背負い過ぎている人たちがいっぱいいる中で、「音楽って本来、もっと気軽なものじゃないんですかね? もっと肩の力抜いていいじゃない?」とは思う。もしリハ不足や技術不足でもとにかくやってみる。完璧になるまでリハを積んでから出すんじゃなくて、気軽に楽器を持って演奏した先に、50歳以降の音楽の楽しみ方があるんじゃないかな?って。綿密なプロダクションと計画によって生まれる素晴らしいショーも、もちろんは今GLAYが目指すところではあると思うんだけど。GLAYにフィードバックしたいという意味では、「もっと適当でいいんじゃないの?」っていう部分かな? 100点を取ったとて、次の日には「あそこをこうすれば良かったなぁ」と 30年間思っているわけだから。ということは50点でも100点でも、もう一緒でしょ? 一生懸命やったり、楽しくやったり、仲間たちと忘れられない夜を過ごせるなら、あまり人の目とか評判とかクオリティとか云々を気にし過ぎず、バンドを始めた頃みたいなあの気軽さと身軽さは失くさないようにしたいな、と。失敗してもいいじゃない?って。“Journey”はそれを体現してくれるので。「できるじゃん」っていう。

では、最後の質問です。来場なさるお客様に向けて、どういうことを楽しみに来てほしいか、一言ずつお願いします。
TOSHI

僕らが今しゃべったことを読んだ人たちには、「あ、これだけ自由に音楽をやろうとしてるんだな」と分かってもらえると思うし、ステージ上は楽しもうとしているので、皆さんも、どういう音が飛び出してくるんだろう?とか、ワクワク感を持ってライヴに来てもらえたら楽しめるんじゃないかな?と思いますね。

川村

楽器というのは、声もそうですけど、心の翻訳機だと信じているんですね。出てくる音はその人の心、人となりを感じるもので、そこでコミュニケーションが取れるものなんじゃないかな?と思っていて。僕、“Journey”に関してはグランドピアノしか弾かないんですけど、300年前の楽器で、シンセサイザーとかコンピューターとかデジタルなものは一切使っていないんです。昔ながらの洋琴のみで、「自分はどんな心を翻訳できるのか?」というのを僕もすごく楽しみにしているし、自分にとってもプリミティヴな瞬間なんですね。そこで皆さんに、TAKUROさんの音楽というのを大軸に据えて、そこの枝葉の一つとして、何か僕の気持ちを感じ取っていただける瞬間があるのであれば、それは大変僕にとってもスリリングでもありすごく楽しみでもあり、喜びでもあり。僕もお客さんの皆さんと同じようにワクワクドキドキしながらステージに上がりますので、よろしくお願いします!

TAKURO

“Journey”に関しては、人間幾つになっても勉強、そして勇気を持って飛び込むこと。命ばかりは取られまいってね。

TOSHI・川村

(笑)。

TAKURO

いくつになっても成長できるという姿をお見せすることで、何か躊躇っている人たちに向けて励みになればなぁと。最高の夜もあるし、あんまり上手く行かなかったなという夜もあるでしょうけれども、それもまた両方楽しみで。悔しくて悔しくて「また次頑張ろう」っていくつになっても思える、とかね。「こんなもんでしょ」という夜は絶対に無いだろうから。目の前で、ステージ上の人たちが1歩ずつ成長していく姿が、同じ時代を生きる皆さんに向けて伝えたいメッセージかな?

会場がBillboad LIVEですし、おめかししていったほうが良さそうですかね?
TAKURO

そりゃそうでしょ! クローゼットで1番派手な服を今すぐクリーニングに出すんです。ちゃんとこの2023年の年末にふさわしい、君らが思う 1番いいおべべを着て。東京に住んで30年の俺でもちょっとたじろぐあの東京ミッドタウン、横浜、大阪、名古屋とオシャレな場所にぜひ来てください。

取材・文/大前多恵

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