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Vol.79 TAKURO WEBインタビュー

スティーヴ・ルカサー(TOTO)×TAKURO対談

2019.6.21


スティーヴ・ルカサー
1957年10月12日生まれ、米カルフォルニア州出身のミュージシャンでありギタリスト。
1978年にロックバンド「TOTO」でデビュー。1982年に発売された、4thアルバム『TOTO IV〜聖なる剣〜』では、同年のグラミー賞で6部門を受賞し、大きな注目を集めた。
またギタリストとしても、マイケル・ジャクソンなど数々の有名アーティストのセッションに参加するカリスマ的存在である。

今回はあくまで“対談”ですので、基本的にはお2人でご自由に話を進めてください。僕はあくまで交通整理役というか、ときどき口を挟ませていただくことになると思います。

LUKE
ああ、どうぞ。好きなようにやってくれ。どんな話題を振ってもらっても大丈夫だ。何でも訊いてくれ。ただ、俺の回答には気を付けてくれよ。期待していることは言わないかもしれないからね(笑)。俺はちょっとクレイジーだからな。なにしろツアー生活を43年も続けているから。まあ、昔ほどクレイジーではなくなっているけど。

TAKUROさんもまた、この生活を20数年にわたり続けてきているわけです。

TAKURO
ええ、25年になります。まず今、スティーヴさんに言いたいのは、僕の拙い英語をご容赦ください、ということで。

LUKE
いや、問題ないよ。それにキミは、着ているものがとても素敵だ。見るからにロックスターのようじゃないか!

TAKURO
恐縮です(笑)。実はTak Matsumotoから、よろしくと伝言を預かっています。彼は、僕の親しい友人のひとりなんです。

LUKE
そうなの? 彼はブリリアントなミュージシャンだ。Takのことはよく知っているし、大ファンだ。俺にとっても最も親切な人間のひとりだといえる。あれは5~6週間前のことになるのかな、TOTOで武道館でプレイした時、彼は会いに来てくれた。すごく奇妙だったのは、彼がずっと同じ部屋にいたのに気付かずにいたこと。俺は他のやつらとのお喋りに花が咲いて、彼がそこにいることに気付かなかったんだよ。そこで誰かが、「LUKE、あそこにTakがいるぞ!」と声を掛けてくれて、「おい、何をやってるんだよ!」ということになった(笑)。俺、老化が進んでるんだ。何も覚えられないんだよ(笑)。

TAKURO
彼は僕に言っていましたよ。とにかくあなたは紳士ですごく良い人だ、と。

LUKE
僕からもよろしく伝えておいて欲しいな。また会うのを楽しみしている、とね。実は彼にディナーを奢らないとならないんだ。本当だよ。(笑)というのも前回は彼が奢ってくれたから、今度は俺が奢る番なんだ。

TAKURO
ええ、彼から聞きましたよ。一緒にレストランに行かれたとか。

LUKE
素晴らしいレストランに連れて行ってくれた。すごく楽しかった。実のところ、数年前の彼の英語は、やっとそれなりになりつつある、という感じだったけども、今はかなり上達している。だけどおかしいのは俺たちがお互いに同じようなことを言い合っている、ということ。「俺の英語は……」「いや、俺こそ日本語ができないし」みたいにね。そこで2人のギタリストが、ほとんど身振り手振りと感覚だけで会話をして楽しんだ、ということなんだ。時には言葉以上にそれがモノをいう。だから俺には理解できたんだよ、彼の言うことが。俺が彼に対して話せる以上に。そのことからも、言語よりもヴァイブのほう重要だということがわかる。俺は彼が英語を喋らなかったとしても好きだ。そして、俺は日本語を喋らない。2人ともほとんど同じだよ。

今回、TAKUROさんはTakさんのお世話になっているんですよね?

TAKURO
ええ。彼は僕のソロ・アルバムのプロデューサーなんです。1枚目も2枚目も、彼がプロデュースしてくださって。

LUKE
ああ、(彼がプロデューサを務めているということは)やっぱりキミはロックスターなんだな。どうりでそれっぽく見えると思ったよ。実際にそうなんだな。許してくれ(笑)。

TAKURO
いやいや(笑)。7年ほど前から、僕はジャズやブルーズもプレイするようになりました。もちろん最初はロックンロールからプレイし始めたわけなんですけど。

LUKE
俺もだよ。すべてはBEATLESから始まった。そして今、俺はBEATLESのメンバーのひとりと一緒にここにいる(=リンゴ・スターのツアーに同行)。

TAKURO
最高です! 実は僕、BEATLESのファンクラブの会員なんです! 今なおシネ・クラブとかに入っているんです。

LUKE
面白い話がある。誰かからのもらいものを、俺はリンゴにあげたんだが、それは小さなピン・バッジでね。1964年か63年の、オリジナルのBEATLESの小さなピンなんだよ。 

TAKURO
それはすごい!

LUKE
リンゴは「これは100年前以来、見たことがない」と言っていたよ。彼のためのプレゼントを買うのは難しいんだ。なにしろ彼は何でも持っているから(笑)。

TAKURO
そうですよね。あなたが十代の時にいちばん好きだったアーティストはBEATLESだったんですか?

LUKE
ああ。7歳か8歳の時にテレビの『エド・サリヴァン・ショー』でBEATLESを見たんだ。そこからは、お決まりのコースだよ。俺の年齢で音楽をやっているやつは全員がそうだったように、あれで俺の人生のスイッチが入った。モノクロだった人生がカラーに変わった。ジョージ・ハリスンを見て、俺もああなると決めたんだ。俺の奥深くにある何かに触れるものがあったんだよ。言葉ではうまく説明できないけども、とにかく「ああ!」と思った。その瞬間からすべてが始まり、俺は9歳で最初のバンドを組んで、11歳の頃にはもうバンドで稼いでいた。かなり奇異なことではあったよ。ロック・バンドでプレイしている11歳のやつなんて、他にいなかったからね。1968年のことだ。初めてプレイした時から、クラブに集まった女の子たちは、まるでBEATLESに対して叫んでいるように大騒ぎしてくれていた。実際には下手くそな物真似だったかもしれないけれど、俺はちょっとざわつく感覚をおぼえて、「おお、これだ!」と思ったよ。両親は俺が医者か弁護士になることを夢見ていたようだけども(笑)。

TAKURO
ははは! 僕の両親もそうでしたよ(笑)。

LUKE
ああ、そういうもんだよな(笑)。

TAKURO
そうですよね。僕のBEATLES初体験は……

LUKE
キミはまだそんなに歳は取ってないだろ? 俺のほうが断然年上だ。

TAKURO
最初の出会いは、学校の音楽の教科書でしたね。そこに“Yesterday”とかが載っていて……

LUKE
日本の人たちはBEATLESにすごく思い入れがあるんだろ? 俺は知ってるよ。ミスターUDOが1966年にBEATLESを日本に招聘したのを俺は知っている。彼らはこのホテルに泊まったんだ。昔のキャピトル東急だよ。俺自身が日本に来た時のことも憶えてる。最初は1980年だった。何よりもすごいことのひとつは、彼らの音楽は世代やスタイル、トレンドを超越しているということだよ。何もかも、彼らがスタートさせたんだ。彼らがいなかったら、俺たちの誰もここにはいなかっただろう。まさに俺にとって、俺たちにとってのクラシック音楽だよ、BEATLESというのは。

TAKURO
日本の人たちにとっても同じだと思います。BEATLESはとても深くて、とても大きくて、僕の精神的な教師とでもいうべき存在ですね。

LUKE
わかるわかる。俺にとってのBEATLESは、熱狂的すぎる幻想、という感じかな。

TAKURO
ここで難しい質問をさせてください。あなたがいちばん気に入っているBEATLESのアルバムはどれですか?

LUKE
わあ、厄介だな。それは自分の4人の子供のうちどの子がいちばん好きかと訊かれるようなものだ。クレイジーだ。不可能だよ、それに答えるのは。

TAKURO
やっぱりそうですよね(笑)。

LUKE
だけど、やっぱり最初に響いたものというのは大きいと思う。俺の場合、「MEET THE BEATLES」が最初だった。あるギター・ソロに心惹かれ、それが傑出していたから、何度も何度もかけたんだ。親を苛立たせることになったよ(笑)。だけど、そこから始まって、俺はBEATLESの4人のうち3人と一緒に仕事ができるという栄誉を得るまでになった。まずポールで、次にジョージ、そしてリンゴだ。リンゴの最新アルバムでは、俺はリンゴと一緒に1曲書き、その曲ではポールがベースを弾いている。俺がいて、ポールの音がそこに一緒に重なっているんだ。実現可能だとは思ってもみなかった幻想が現実になった、ということだよ。俺にはそういう素晴らしい名誉に浴しているんだと自覚があった。それこそがおそらく、リンゴが俺にプレゼントしてくれた最高に素晴らしい贈り物だったと言えるだろう。俺は実際、泣いたよ。彼からその話を聞いた時にね。ものすごく感動した。「こんな素晴らしい栄誉を与えられる資格があるようなことを、果たして俺はやったんだろうか?」と思うほどだった。

TAKURO
今、僕はこの場でそれと同じような感覚をおぼえています。なにしろあなたは僕のヒーローですから。

LUKE
うわあ、ありがとう。なんて親切なやつなんだ!

TAKURO
ははは! いや、これは本当の話ですから。

LUKE
素晴らしいギター・プレイヤーがこんなにも大勢いるというのに? まずエリック・クラプトンがいるよ。彼は俺のヒーローだ。俺は今も音楽ファンなんだよ。くたびれた年寄りじゃないんだ。素晴らしい誰かに会うと、俺は今でも幼い子供のようになるんだ。「わあ、彼は最高だ! 俺にすごく親切にしてくれた!」とね。

TAKURO
実際、僕は今47歳なんですが、十代を80年代に過ごしてきたんですね。だから誰もが……。当時の僕はよくラジオを聴いていて、あなたの曲、あなたのプレイからすごく刺激を受けて……

LUKE
ああ、ああ。俺の他のメンバーたちもセッション・ミュージシャンだったからな。あの時代の俺は、どんなレコードでもプレイしていたもんだよ。すごく楽しかった。最高の時代だった。

当時、すごい作品のクレジットには常にスティーヴの名前があったものです。

TAKURO
ええ、クレジットをチェックして、「わあ、スティーヴ・ルカサーだ! あっ、このアルバムでも弾いてるの?」とか思っていたものです。どのアルバムにもあなたの名前がありましたからね。

LUKE
クラブ(=選ばれし者たちの域)に入ろうとするようなものだったよ。

TAKURO
ラリー・カールトンとのセッションも印象に残っています。

LUKE
彼は俺にとってのセンセイ(=先生)だね。

TAKURO
実に素晴らしいです。テレビで観たんです。WOWOWか何かだったのかな。あなたとラリーさんのインタビューを。僕にとってはあなたこそ先生というか師匠のようです。

LUKE
俺は18歳の時に、ジェフ・ポーカロを通じラリーと出会うことができた。幸いなことにロサンゼルスに住んでいて、ハイスクールでやっていたバンドがそのままTOTOになったんだよ。

TAKURO
確かあなたが17歳ぐらいの時の話ですよね?

LUKE
ああ。その頃にはすでにみんなと出会っていた。なにしろジェフと知り合ったのは俺が15歳の時だった。スティーヴ・ポーカロを介してね。そしてスティーヴ・ポーカロからデヴィッド・ぺイチを介して……という具合にね。ジェフ・ポーカロはハイスクールに在学当時からすでにSTEELY DANにいたんだよ。だから、これが俺たちが進んでいくべき方向だと理解したんだ。そうやってTOTOは始まった。

TAKURO
まさしくロックの黄金時代ですね。

LUKE
しかもロサンゼルスに住んでいた恩恵で、ジェフ・バーリン、リー・リトナー、ロベン・フォードといった人たちがクラブでプレイするのを観に行くことができたんだ。飲酒できる年齢になるまでは外にいたけどね(笑)。友人のマイケル・ランドウと一緒にね。あいつとは12歳の時から一緒に育った仲なんだ。

TAKURO
あなたとマイケル・ランドウが一緒に学校に?

LUKE
ああ、12歳の時からだよ。俺たちはよく一緒にライヴを観に行ったものだ。大昔のことだがね(笑)。マイケルは俺の大好きなギター・プレイヤーの1人であり、それ以前に大好きな人間だ。当時の俺はそういった近所のやつらと一緒にプレイしていたわけだけど、結果的にはそこにいた全員がこの世界で成功している。みんな、ハイスクールのバンドで一緒にプレイした仲だ。

TAKURO
僕は今、実はロサンゼルスに住んでいるんです、家族とともに。
そして僕は毎朝、子供たちを学校に送っていく時にラジオを聴くんですが……。

LUKE
…ところでshitって日本語で何と言うんだい?(笑) ラジオでかかるのが全部shitというわけじゃないよ(笑)。ただ、俺はもう年寄りだからな。キッズの音楽は好きにはならないことになってる。言いたいことはわかるだろ?

TAKURO
聴こえてくるのはギターが入っていない音楽ばかりで……なんだかちょっと悲しくなってしまいます。

LUKE
いや、戻って来つつあるよ、そういう音楽も。俺の息子のトレヴとマイク・ポーカロの息子のサム、そしてONE DIRECTIONのバンドのドラマーがZFGというバンドをやっているんだ。素晴らしいシンガーと一緒にね。えっと、名前はジュールス(Jules Galli)だったかな。彼らはレコードを出したばかりで、ビルボードなんかのチャートでもトップ30に喰い込んだよ。音楽的には、ハード・ロック・バンドを従えたEARTH, WIND & FIREとでもいう感じかな。

TAKURO
それは良いニュースですね。でも、本当にときどき悲しくなるんですよ。

LUKE
戻ってくるよ。振り子って知ってるだろ? あれと同じで、揺れてまた戻ってくるものなんだ。

TAKURO
なるほど、そういうものですか。

LUKE
特定のサブ・ジャンルというのがある。EDMだったり、ポップ・ミュージックだったり、ラップ・ミュージックといったものが常にね。メタルもそのひとつだ。で、それが何だろうと、人々はギターが聴こえないのを寂しく思っているよ。その証拠に、俺のバンド、TOTOのライヴには、一時よりもずっと若い聴衆が来るようになっているんだ。みんな、観に来たいんだよ。「わあ、あの年寄りたちを見てみろよ、本物の楽器を演奏してるぜ!」という感じで興奮していてね。たとえばこの前、12月と1月にオーストラリアでフェスティヴァルに出たんだ。客層は18歳から24歳までのキッズが中心で、俺たちの前に登場したやつらは、揃いも揃ってラッパーやらEDMやら機械的な音楽ばかりで、ただボタンを押すだけの演奏をしていた。プロトゥールズに前もってレコーディングされているからだ。そんななかで俺たちが出ていって演奏したら、オーディエンスは熱狂していたよ。彼らは俺たちがやるような本物のライヴ演奏を観たことがなかったからだ。逆に俺たちも圧倒されたよ。なにしろ「ギャーッ!」と叫ばれるんだからね、若いオーディエンスに。「こいつら、俺たちに対して熱狂してるのか? こっちは年寄りの集まりだぞ!」という感じだった(笑)。あの経験はすごく励みになったよ。要するに今の若い世代は慣れていないんだよ。彼らがこれまで受け取めてきた音楽は全部フェイクだったわけでね。俺たちは実際にステージの上で演奏して、正真正銘のジャムをしていて、毎回同じことを繰り返すわけでもない。即興演奏もするし、時にはアクシデントも起こる。だけど俺たちは、きわめて高いミュージシャンシップのおかげで、どこにでも進んでいけるんだ。

TAKURO
ええ、ええ。

LUKE
つまり俺たちは今でも、いわゆるロックンロール・バンドなんだよ。実際にショウに来れば、それ以上のものがあるんだよ。

TAKUROさんは、本物の楽器の音がラジオからあまり聴かれなくて寂しいと思ったかもしれませんが、LUKEさんの言葉を聞いて、勇気づけられたのではないでしょうか。 

LUKE
正直に言わざるを得ないが、今の人たちのほとんどはSpotifyとかストリーミングを使って、誰でも好きなものを聴いているんだよ。そういうことがちょっと手軽になっているんだ。そこで音楽の作り手側も、誰かの支配下にあるわけじゃないし、時代の先端を見きわめようとする批評家たちに好印象を与えようとする必要はないんだ。俺たちはそういったことをくぐり抜けて生き残っている。ああいった連中は1978年には俺たちを抹殺しようとしたけども、俺たちは今もここにいる。ただ、そうして生き残ってきたというのに、いまだに俺たちは連中から叩かれるんだ。すごく滑稽だよな、今でも俺たちを批判しようとするやつらがいるなんて。

TOTOのやつらには何の意味もないとか、音楽に何の貢献もしていないとか言うんだ。本当にそう思っているのなら、俺たち全員のディスコグラフィを見てみればいい。俺と同じバンドにいたことがある全員の、最初から今現在に至るまでの全員がこれまでに出してきたアルバムを集めたら5,000万枚ぐらいにはなるはずだ。なかには史上最もビッグなアルバムだってある。(マイケル・ジャクソンの)「THRILLER」だってそうだ。歴代の売上げトップ10のレコードを見てみたら、ほぼすべて俺たちが関わっているよ。そんな作品が山ほどあるのに、無意味だとけなされる。スタートから43年経った今でもここにいる俺たちのことを、どうして何の意味もないとか言えるのか? ああいうのにはいつも……何故なんだよ、勘弁してくれよ、と思わされてしまう。俺たちにも多少は尊敬されるべき値打ちがあるはずだ。ほんの少しでいい。ただ、おだててもらいたいわけじゃないんだよ。

尊敬している人もたくさんいますし、TAKUROさんもその1人ですよ。

LUKE
おだてて欲しいわけじゃない。だが、多少は敬意を払ってもらう値打ちは俺たちにもあると思う。良い時も悪い時も、ずっと頑張ってきたんだから。そして今は、復活を楽しんでいる。“Africa”という曲がひとり歩きを始めるというクレイジーな現象が起こって、俺たちは単純に、えらく愉快だと思って見ているけれど、ビジネス上はそれも好都合だ。良いビジネスに繋がっている。

口を挟んでもいいでしょうか?(笑)LUKEさんは日本に何回もいらしていますし、日本のミュージシャンとも付き合いがあるはずです。そんななか、長年にわたって日本のシーンに対して疑問に思っていることなど何かありませんか?

LUKE
正直な話、俺は今ここで何が起こっているのか、何に人気があるのかといったことをよく知らないんだよ。もちろんTakのバンドは知っている。Charという素晴らしいギター・プレイヤーがいるのも知っている。彼とは80年代に仕事をしたよ。ブリリアントなギター・プレイヤーだし、本当にスウィートな人物だ。確かにこれまで、日本のアーティストとは何度も一緒に仕事をしてきたよ。YAZAWAとも昔、仕事をした。70年代と80年代の初頭以降には、よく彼と仕事をした。俺たち、楽しい時間を過ごしたよ。いつも楽しく仕事をしてきた。そして、俺は日本をホームのように感じているんだよ。1980年に俺が初めて来た当時、まだこの国はさほど西洋化されていなかったんだよ。まったくだ。マジカルな場所だった。わかってくれるかい? 俺自身もまだ22~23歳でね。子供が「わー!」とはしゃいでいるような感じだった(笑)。そして……何もかもUDOさんやソニー・レコーズのお陰だよ。彼らが俺たちの面倒を見てくれた。俺たちみたいなガキの集まりに、信じられないくらい素晴らしい時間を過ごさせてくれた。日本の聴衆もファンタスティックでね。なにしろ鉄道の駅で女の子たちが叫んでいるんだぜ(笑)。俺は40年以上、少なくとも年に1回はこの国に戻って来ているよ。俺を遠ざけることはできない(笑)。今回なんか、6週間のうちに2回来ているんだからね。また来て楽しむぞ(笑)。

TAKURO
前回はTOTOとしての来日、今回はリンゴとの来日ですよね。今回、あなた方が仙台や郊外のほうも巡演してきたと聞いて、僕は嬉しいんです。東京、大阪、名古屋のような大都市ばかりではなく。

LUKE
俺たち自身も気に入っているんだよ、こういったツアーを。

TAKURO
各地のみんなも、とても喜んでいますよ。あなた方のショウを、あなた方のプレイを実際に観ることができて。

LUKE
それは素晴らしいプロモーターの功績だよ。UDOアーティスツを運営しているすべての人たち、昔から馴染みの人たちのお陰だ。素晴らしい関係を築くことができているし、しかもそれが長きにわたって続いている。しかも日本のファンはとても協力的にサポートし続けてくれているし、次の世代にまでそれが広がっている。もしかしたら、さらにそのまた次の世代にまで広がっているのかもしれない。そういう人たちが俺たちの音楽を聴いてくれているんだよ。そんなこと、子供の頃は夢に見ることすらできなかったよ。俺たちのことをロック評論家たちや時代の先端を行くプレスの連中が何と言おうと、俺たちは世代交代を経ながら続いているんだ。

TAKURO
いやあ、素晴らしく紳士的ですね! いろいろな地方で幅広い層の人たちに素晴らしいプレイを実際に味わってもらうこと。それによって素晴らしい音楽が受け継がれていくことになるんじゃないか、という気がします。

LUKE
うん。彼らは興味津々なんだよ。「こいつら、何をやっているんだ?」ってね。まず、“Africa”という曲が改めて注目されているからね。何故、どういう経緯でそういうことになったのかは誰にもわからないが、無数ともいえるほどたくさんのカヴァーが登場していて、それによってあの曲が若い世代にも届き、「俺はこの人たちに興味があるぞ」ということになったんだろうな。で、それを機に別の曲を聞いてみたら、「あれっ? これはママの家でラジオで流れてたのを聴いたことがあるぞ。同じ人たちなのか?」みたいなことが起きたりするわけだ。

TAKURO
僕のバンドも同じような状況にありますよ。若い子たちが「GLAYって何だ?」と思ったら、実はお母さんがGLAYが好きだったとか。

LUKE
日本の人たちは忠誠心が強いんだよ。TOTOの場合で言うとヨーロッパのファンもそうなんだけど、一度好きになったら、ずっと好きでいてくれるんだ。

TAKURO
忠誠心がある。ええ、それはすごくわかります。

LUKE
いつも言っているんだ。世界の他の場所でどんなことが起こっていようと、俺たちは日本に行けるし、そこに行けば人々もみんな観に来てくれる、とね。その時期に、ヒット曲があろうとなかろうと。毎回そうだからこそ、戻ってくる価値があるんだ。それに比べるとアメリカは気まぐれだ。好きだと言っていたかと思うと、何かの拍子に大嫌いだと言い始めたりする。好きになったり嫌いになったりの繰り返しなんだ(笑)。

TAKURO
本当ですか? アメリカではそんな感じなんですか?(笑)

LUKE
けなされて、また支援されて。そんなことを取り返しているよ。だけど今では俺たちも、自分たちのキャリアをふたたび自分たちの手で管理できるようになったからね。マネージメントも自分たちでやっているんだ。俺たち全員がチームとして話をするんだ。ビジネスは変化しているし、それと共に変わっていかなくてはならない。上手くやるためには自分たちが自分たち自身にとってのボスにならないといけない。

TAKURO
ご自身で、マネージメント会社も運営しているんですよね?

LUKE
ああ、そういうことだ。

GLAYも自らのマネージメントを立ち上げてから久しいですよね。TAKUROさんご自身が、自ら会社を始めようと考えた切っ掛けは何だったんですか?

TAKURO
まず最初に、僕は自分のマネージメント会社を作ったんです。

LUKE
俺たちもそうだったよ。

TAKURO
十代の頃、僕はバンドの仲間たちに「よし、東京に行こう」と声をかけたんです。夢を掴もう、夢を実現させに行こう、と。それから東京に移り、最初の10年ほどはレコード会社とマネージメント会社に所属していたんです。

LUKE
うん、当然そういうことになるよな。

TAKURO
でも……なんか“ザ・ビジネス”という感じになってきてしまい……。

LUKE
稼ぎたかったら自分たちでやらないといけない。現実の話をすると、俺たちは当初、あくまで趣味として音楽活動を始めて、楽しんでいた。ただ、それがそのうちビジネスになってくると、そこにさまざまな問題が伴うようになってくる。なにしろビジネスというのは、利益が上がるレベルで維持していかなくては成り立たないものだからね。

TAKURO
まったくそのとおりですね。

LUKE
そこで俺には、むしろラップの連中から学ぶべきことがあったように思う。というのも、彼らが最初にやり始めたからね。彼らは自分たちでレコード会社をスタートさせて作品をリリースして、マネージメントも自らやった。オールドスクールな形でレコード契約をしている俺たちにはほんのわずかなパーセンテージでしか実入りがないのに、あいつらは何十億ドルも手にしていた。そこで「これは一体どういうことなんだ?」ということになったわけだよ。

TAKURO
はははは! 当然そういう疑問を抱くことになりますよね。今ではコンサートを行い、レコードを売って、その報酬を自分たちで管理することができています。昔の僕たちは、それをやっていませんでしたけどね。今では完全にコントロールできるようになっていて。予算面とかについても。

LUKE
なんか、俺たちが経験してきたことってよく似てるんだな(笑)。

バンドをコントロールする、ということ。もちろん最重要なのはクリエイティヴな部分であるはずですけど、それを全うするだけでは駄目だということなんですか?

LUKE
ああ。

TAKURO
あなたはどうやって切り抜けてきたんですか。ロックンロール・バンドというのは、とても複雑なものでもあるじゃないですか。

LUKE
複雑なもの? 質問の意味がよくわからないな。

TAKURO
ロックンロール・バンドとして転がり続けていくだけでも複雑なのに、さらにあなたはすべてセルフ・マネージメントしているわけですよね? どうやってバランスを取っているんですか?

LUKE
確かに大変ではあるよ。とても大変なことではある。ただ、今では俺も早く寝るし、早起きするしね(笑)。クレイジーな日々は遙か昔のことになった。喫煙も飲酒もクレイジーなことも、今は何ひとつやらない。それは若者のやること、若いうちにやることさ。もちろん楽しかったこともあるし、後悔していることもある。いろいろとクレイジーにやり過ぎていたことは認めるよ。

TAKURO
はははは!

LUKE
あまり良くなかった時代もあったし、今にして思えば恥ずかしいと思わざるを得ないことも多々ある。しかもそうした忘れ去られていた記憶が、YouTubeという奇跡のお陰で蘇っていたりもするわけでね(笑)。

TAKURO
ええ、ありがた迷惑なことに(笑)。

早寝早起きの習慣は、ご家族のためでもあるんでしょうか?

LUKE
うん。俺には二世代の子供がいるんだ。子供は全部で4人いて、そのうち2人は成人していて、1人は11歳、もう1人は8歳になる。だから今でも俺は、朝起きたら父親として車で子供たちを学校に送っていく。家にいる時の俺は、ごく普通の人間だ。そういうのも俺の人生における最高の喜びだよ。

TAKURO
ちなみに、お子さんたちの前でギターを弾くことはありますか?

LUKE
イエス。いや、イエスでありノーでもある。家に仕事部屋があるんだ。アンプに繋いで練習する時は、そこで……。一番下の息子は芸術的な子でね。非常に敏感なんだ。見た目では判らないけれどね。とても可愛らしい子供なんだけど、えらく聴覚が敏感なんだ。俺が仕事部屋で座ってあれこれやっていると、その息子が俺の後ろにこっそり来てギターのヴォリュームを上げるんだ。

TAKURO
はははは!

LUKE
仰天させられる。俺は、コンピューターの前に座ってビジネスのことをやっている時も、ギターはいつもスタンドに立ててあって、いつでもどんな時でもすぐに手に取って弾けるようにしてあるんだけど、そこに息子は入ってきて、低音を最大限にして大音量で弾いて、俺を死ぬほど驚かせたりする(笑)。下の子供はクラシック音楽が大好きなんだ。ピアノに興味津々という感じだね。1年以内には彼をじっくりピアノの前に座らせて……もしかしたら受けさせることになるかもね。今はようやく単語が読めるようになりつつあるところだけど、それが読めるようになったら、譜面も読めるようになるだろう。基本からやらせたいんだ。天才になるんじゃないかと期待してる(笑)。ちなみにいちばん上の息子は、すごくいいギター・プレイヤーでね。だけども娘たちまったく興味がなさそうなんだ。

TAKURO
なんと、そうなんですか(笑)。

LUKE
我が家の女性たちは、あくまで女性たちなんだ。ロックンロールはまだやってない。

TAKURO
なるほど。実は僕自身、長いこと自分のギター・スタイルについて悩んでいるんです。自分のシグネチャー・トーンとはどんなものだろう? 自分のスタイルは何だろう? そんなことを考えてしまう。あなたはいつそれを見つけましたか?

LUKE
育った環境とか育ち方に違いがあるから単純に比べることはできないよね。思うに君が育った少年期と俺の子供の頃にも違いがある。俺がガキの頃は、何をどうすればいいのか調べるためにインターネットを使うことなんてできなかった。

TAKURO
そうですね。僕の場合もそれは同じです。

LUKE
俺がガキの頃は、まずレコード・プレイヤーがあって、針を何度も何度も落として、BEATLESのソロ、エリック・クラプトンのソロ、ジミ・ヘンドリックス、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジのフレーズを覚えようと苦闘したものだよ。彼らが俺にとっての最初のヒーローだったんだ。もちろんROLLING STONESもそうだ。そして、ラジオからはポップ・ソング、ロック・ソングが流れていた。だから、演奏の仕方を学ぶだけじゃないんだ。耳の訓練でもあったんだよ。時には間違ったまま覚えることもあるよ。でもそうやって間違いながら解明していくんだ。苦労を惜しまずにね。そして誰かを見つけることもある。近所にちゃんと正しく弾ける誰かがいると耳にすれば、そいつを探して話を聞いてみる。そこで「うわぁ、そうやってるのか!」と知ることになるんだ。俺たちはいつもそうやって、正しいやり方をわかってる目上の人たちを見つけて、そこから吸収してきた。それを習得すると、また別の誰かを訪ねて同じことをしていた。そうやって労力を惜しまずにいろいろな音楽に触れて、そして自分だけのものを開拓してきたんだ。それこそヴィブラートというのは弾き手それぞれの指紋みたいなものだ。まったく同じヴィブラートなんてふたつとない。だけど、今はどうだ? 誰もがインターネットで学ぼうとするんだ。このリックはこう弾くのか、とかそういうことをね。

TAKURO
ええ、確かに。

LUKE
俺が最初に覚えたのはコードの弾き方だったよ。曲のコードを弾く。まるでキャンプファイアを囲む時のように音楽みたいに輪になって座ってね。俺がBEATLESのこの曲の弾き方を知ってると言うと、みんなが「わあ、この子供はBEATLESの曲の弾き方を知ってるぞ!」と言ってくれたもんだ。だけどのちには、誰もが最初に習うのはエディ・ヴァン・ヘイレンの“Eruption”になった。

TAKURO
ええ、そうですよね。

LUKE
そこで、基本は素通りしてしまっている。Aから順に学んでZまで向かうべきなのに、途中を飛ばしてAからいきなりZに行こうとするんだ。その間にあるものが重要なんだよ。テンポに合わせて弾くとか、フィールを込めて弾くとかね。自分だけのスタイルを開拓して発展させるには、長い時間がかかるものなんだ。自分のスタイルというのは、自分で学んだこと、自分で聴いて楽しんだもの、それらのすべてから生まれるものなんだ。そして、何年も弾き続けることで発展していく。どれだけ速く弾けるようになるかの問題じゃないんだよ。それはスタイルじゃなく、テクニックだ。そのふたつは違うものだ。大きく違う。スタイルというのは自分のなかから出てくるものだし、いわばその人にとっての魂なんだ。

TAKURO
ソウル、そうですね。

LUKE
たとえばジミ・ヘンドリックスの曲について、俺が同じ音を弾いたからって、彼が弾いたのと同じように聴こえるわけじゃない。そうだろ? 同じトーンになるように目盛りを調節したとしても、やはり違う。そこに何か無形のものが欠けているんだよ。それは他の誰にもやることができないものなんだ。それが、あるスタイルを生み出した人のユニークさというものであり、その人にとっての指紋なんだ。そしてユニークさというのは、1人ひとりが持ち合わせているはずのものなんだ。

TAKURO
ええ、確かに。

LUKE
ただ、俺にはその教え方までは判らない。時にはそれを生まれ持っている場合もある。俺のお袋が19歳で妊娠した時、うちの祖母はかなり時代の先を行っていた。彼女はニューエイジのサイキックの影響をいくぶん受けていた。妊娠したお袋の腹に手を当てて、男の子だと言い当て、「この子はミュージシャンかな……。世界中で有名になる」と言ったんだそうだ。1957年のことだ。お袋は「私をからかってるの?」と言って、あまり喜んでいなかったそうだよ。しかも祖母は「この子が7歳の時に何かが起こる。それがこの子の人生を変える」と言ったんだ。俺はその年齢の時にBEATLESと出会っているんだ。

TAKURO
なるほど。

LUKE
そういったものは信じないと言うやつらもいるだろうが、実際にあったことなんだ。かなり幸運なまぐれ当たりだったのかもしれないし、本当に関係があったのかもしれない。わからないけどね。

TAKURO
奇跡的ですね。

LUKE
俺にはわからない。だが、そのとおりになったことを俺は嬉しく思っているよ。親父は、俺が9歳か10歳の時に初めてバンドでプレイした時、「息子よ、大人になったら何になるつもりだ?」と訊いてきた。俺は、ミュージシャンになりたいと答えたよ。BEATLESのようになりたい、ロック・バンドに入ってあちこちでプレイしたい、とね。親父はすでにテレビや映画の世界にいた。大勢の有名人との付き合いがあった。その親父が俺の頭をぽんぽんと叩いて、「成功する可能性はほとんどないぞ」と言った。そう言われて、息を吸う暇もないくらい即座に「それを成功を手に入れるのが俺だ」と言い返したんだ。だから、上手いだけじゃ駄目なんだよ。やる気がないと駄目なんだ。「ノー」という答えは受け付けない。君が両親にミュージシャンになると言った時、彼らは何と言った? 誰も成功なんかしない、クレイジーだと言ったんじゃないかい?

TAKURO
そうですね。

LUKE
そんなことをやって生活なんかしていけない、と言っただろ? だが、やれると信じなければ、絶対にやれないよ。だから俺の子供たちに対しては、どんな夢だろうと追い駆けろ、と全員に言ってある。惨めな気分で朝起きて、あれをやるべきだった、あれを試してみるべきだった、自分らしい生き方ができなかった、などと思うようにはなるな、とね。上手く行かなければ、別のやり方を見つければいいんだ。だが挑戦せずにいたら、子供の時に夢見ていたことを試さずにいたら、今の人生を無駄にしたことになる。それが俺の考え方だよ。とんでもなく馬鹿な考え方なのかもしれない。きっとそう思っているやつらが大勢いる。だが、とにかくそういうことなんだ。

TAKURO
パーフェクト! あまりにも完璧な答えでしたね。

TAKUROさんもバンド活動の他にソロの音楽活動を始めているんですが……

LUKE
そうなのか。俺たち、類似点がたくさんあるな。すごくいいことだと思う。クールだ。

TAKURO
あなたの言葉に励ましていただきました。ありがとうございます。

今日は興味深いお話しを目の前で聞かせていただき光栄でした。学ぶべきところもあれば、極上のコメディを観ているようでもありました。この後、ロサンゼルスに戻られたらお2人で是非、今回の話の続きを……。


TAKURO
いいですね。それが叶ったらとても嬉しいです。

LUKE
俺も楽しみにしているよ。

TAKURO
その時はTak Matsumotoも呼びましょう。

LUKE
いいね。Takにも、近いうちに会おうと伝えておいてくれ。

TAKURO
もちろん。今日はありがとうございました。

Vol.78 JIRO WEBインタビュー

セットリストの考案に始まり、演出やグッズ制作にも関わるなど、今やGLAYのライブ制作に欠かせないJIRO。5月12日にキックオフする「GLAY LIVE TOUR 2019 -SURVIVAL- 令和最初のGLAYとHEAVY GAUGE(※1)」に向けて、今回はJIROにGLAYのライブ制作にまつわる「いろは」をインタビュー。セットリストの決め方や演出に対するスタンス、温めているグッズのアイデア、さらには今回のホールツアーの見どころ(一部ネタバレを含みます)まで、JIROのライブ観を改めて紐解いた。

2019.04.18

初歩的な質問から始めますが、JIROさんがセットリストを考案するようになったのは、いつ頃からですか?

JIRO
GLAYって、グラフィックデザイナーにしてもフォトグラファーにしても、その道のプロがいたら基本その方に委ねて、自分たちに変化をもたらしてくれることを望んでいるんです。コンサートに於いても、たくさんの人の力を借りたいと思っているし、元々そういうスタンスでやってたんですね。ただ、2006年に以前の事務所から独立したとき、当時のステージプロデューサーたちとお別れすることになって。今の舞台監督(※2)の南谷(成功)さんとはそのときからの付き合いなんですが、「どんな感じでやっていったらいいですか?」って最初に話をしたとき、「私たちはメンバーのみなさんがやりたいことに100%応えていきます」「だから、どうぞご自由に考えて下さい」みたいな感じだったんです。

自分たちからアイデアを出すよう促された。

JIRO
2006年といったら、外から見れば実績のあるバンドだと思われていたでしょうし、「そうか、俺たちが方向性を示さなきゃいけないんだ」と。そのときに他のメンバーが相変わらず「なんでもいいよ」っていうスタンスだったので(笑)、だったらそこは俺の役割なのかなと思ってやり出したことから始まったんです。元々セットリストとかを考えるのは嫌いじゃなかったから。

現在、JIROさんはどのような形でライブ制作に関わっているんですか?

JIRO
俺はあくまでもセットリストのみですね。演出に関しては、ある程度セットリストを決めたところで、メンバーやスタッフに「これにハマる演出方法とかがあればプレゼンしてください」っていう進め方です。たとえばTERUが「もうちょっとここでこういう演出が欲しいな」と言うと、じゃあ、そのアイデアをもとにセットリストをこう変えようとか。側(がわ)というよりも、演奏している僕らが光を放つことが第一だと思うので、演出に関しては「予算の許す限り、消防法の許す限りで、あとはお願いします」みたいな漠然としたことしか言わないんです。

セットリストを決めるときは、どこから考え始めるんですか?

JIRO
今回のホールツアーに関しては「HEAVY GAUGE」を中心に考えて、そこに新曲を加えていくと、もうボリュームMAXみたいな感じなのであまり迷ってないですけど、アルバム単位じゃないツアーのときは、まずメンバー3人に「何かやりたい曲ある?」って聞くんです。あとは過去の幾つかのツアーからファンの人たちの人気曲をリサーチして、そこから考え始めることが多いかな。

そうやって集まった曲をパズルのように組み立てていくという作り方?

JIRO
そうですね。

そのパズルを組み立てていく際に心掛けていることは?

JIRO
まずは自分たちが新鮮であること。人気があるからといって毎回やってたら、ありがたみがなくなるというか、ファンの人たちもそうだと思うんです。だから、敢えてこの曲はやらないというルールを設けていたりします。

他にも意識していることはありますか?

JIRO
2年前に体調不良でライブを休んでしまったことで、今闘病中で行けないとか、なかなか日程が合わないとか、自分の街まで来てくれないとか、GLAYのライブに来られない人たちがいるんだということを以前より強く意識するようになりました。熱心に毎回チケットを獲って来てくれる人は「またこの曲やってる」と思う気がするんです。だからか、ライブ後のアンケートの「やって欲しい曲」を見ると、鉄板の人気曲か、もしくはなかなかやらない曲を「やってくれ」と言わんばかりに書いてある。以前は、そういうマニアックな曲も意識してセットリストに入れていたんですけど、病気以来、人にはそれぞれのタイミングがあるんだなと思うようになって。それこそ子育てしていて、やっとライブに来れましたっていう人もいるかもしれないし。

キャリアを考えると、10年ぶりに来ました、20年ぶりに来ましたっていう人もいるでしょうし。

JIRO
そうなんです。そういう人たちにマニアックな曲を聞かせてもなぁということも考えるようになってきて。その辺はバランスよく作っていきたいなと思ってます。

ライブ作りに関してターニングポイントになった自分たちのライブはありますか?

JIRO
2004年にUSJで「GLAY EXPO」(※3)をやったときに、エンタテインメントですごいものを見せようというのは、俺たちのスタイルとちょっと違うんじゃないかなと思うようになりました。すごいことをやりたいと思ってるんですけど、それが最優先にならなくてもいいかなというふうに俺はどこかで思ってます。

アミューズメントパークのような大掛かりなライブばかりじゃなくてもいいと。

JIRO
そうです。GLAYのお客さんってもっと違うところを見てるんじゃないかと思って。メンバー同士の楽しそうな掛け合いとか、純粋に楽曲とか演奏とか、あとはファンのみなさんに「自分たちのことを思ってくれてる」と伝えることとか、そっちの方が大事なんじゃないかと思ってるんです。なので、今もライブの打ち合わせをしているときによく言うんです。「技術的にセットの照明のココがこう動いたことが最新なんです」ってプレゼンされても、ライティングの角度が何度変わったからと言って、そもそもそこをわかる人がそれほどいなかったら意味がないと思うから「俺たちに合った、もうちょっと違うやり方をしなきゃいけないんじゃないですか」って。技術者としては最先端のことを試してみたいだろうけど、そこに莫大な予算をかけても違うと思うし。

ライブに向けて準備をしていく際、いちばんの悩みどころは何ですか?

JIRO
新曲ですね。今回もそうなんですけど、セットリストが決まったあとに、「リリースがこの日に決まりました」って新曲が出てくる(笑)。今回の新曲で軸になるのは「愁いのPrisoner」と「YOUR SONG」(※4)だと思っていたので、その2曲をベースに考えていたんです。だけど、TERUの新曲や、TAKUROが書いた「元号」も入ってきますとなって、「それ、ツアーでやらなきゃいけないよなぁ」と思って。メンバーへの一斉送信メールで「新曲やるよね?」って送ったら「そうですね……」みたいな感じで返ってきて。そうなると新曲扱いが4曲になってきて、セットリストのバランスが変わってくるなぁって。

新曲をアンコールの1曲目でやればいいっていうものでもないでしょうし。

JIRO
アンコールの1発目の和やかな空気のときに「新曲できたんで聞いてもらっていいですか?」っていうのはやりやすいんです。でも、GLAYあるあるで、やると決まったあとに、そのライブ演奏を撮影して次のシングルの特典に入れます、っていうのが出てくるんです。そうすると「あれ!? 俺たち、物販のTシャツ着て出ていていいんですか?」「……あ!」っていうのがよくあって(笑)。

しかも、新曲が複数になってくると、なおさら演奏順に悩むことになる。

JIRO
そうなんです。どれか1曲やらないっていうのも変だし、どれかやるなら全部やらないとっていう。これは本当GLAYあるあるです。

JIROさんはグッズ製作にも関わっていますが、プロデュースしたグッズで特に思い出深いモノは?

JIRO
眼鏡やサングラスです。いざ作るとなって打ち合わせを始めたら、「ここのパーツはどうしましょう?」とかすごく細かくて。ツルの部分のサンプルが最初にできあがってきたんですけど、紙とかPC上で見ていたものが立体になるとこうなるんだっていうギャップもあって、かなり時間をかけたんです。完成までに1年くらいかかったし、こだわりも強かったぶん、実際にモノがあがってきたときは嬉しかったですね。

今、グッズに関して温めているアイデアはありますか?

JIRO
復刻ものですね。90年代のツアーで作っていたTシャツなんですが、僕のラジオ番組に「生地がヨレヨレで着たくても着られないから、そろそろこれの新しいのを作って下さい」っていうメッセージをもらったんです。そのときに「なるほど、そっか」と。そのTシャツは色違いのヴァージョンを過去に出したことはあったんですけど、純粋な復刻はこれまでしたことがないんですよ。だから、そのTシャツ以外でも、人気が高かったアイテムはタイミングを見て復刻しようかなと考えてます。

JIROさんが観たライブの中で、GLAYのライブに影響を受けたライブやライブ映像作品はありますか?

JIRO
いちばんブッ飛んでいて影響されて、それを反映させたいと思ったライブ映像はコールドプレイ(※5)がサンパウロでやったライブですね。野外でやってるんですけど、1曲目から全部出しみたいな。紙吹雪、花火、レーザー、風船……とにかくすごくて。「ここにいる人たちはとんでもなく幸せなんだろうな」「なるほど。エンタテインメントってそういうものなんだよな」と思って。なので、8月のメットライフドームに関しては、ブッ飛んだモノをやりたいと思ってます。

エンタテインメント性の方を重視したライブをめざそうと。

JIRO
でも、コールドプレイと同じことをしようというんじゃないですから。ファンの人たちがその空間にいて、とんでもなく幸せだなあって思ってもらえることが重要。夏のメットライフドームは暑くて虫がすごいっていう噂を聞きますけど、それを吹き飛ばすような「来て良かったな」って思ってもらえる2日間にしたいんです。

コールドプレイは、LEDで光る「ザイロバンド」(※6)をライブで初めて採用したことでも知られていますが、GLAYも採り入れたことがありますよね。

JIRO
俺たちは90年代の頃から、サイリウムやペンライトは嫌だって言ってたんですよ。そこにこだわってずっとやってなかったんですけど、2014年の「GLAY EXPO」(※7)で初めてやって。あのときはそのライブでプロデューサーをお願いしてた方から「やってみようよ」と言われたんですが、最後まで反対したんですよ。今までやってきてないからファンの人たちが戸惑うんじゃないか、ファンの人たちを裏切ることになるんじゃないかって。でも結局、熱意に押されてやったんです。そしたらすげえ綺麗で(笑)。「GLAYも光り物やるんだ」ってあのとき思った人たちも、周りを見て「うわ、きれい」と思ったんじゃないかな(笑)。

ザイロバンドはコンピュータで光をコントロールするので一体感があってきれいなんですよね。

JIRO
そう。そのあとに台湾や香港でライブをやらせてもらったときも、サイリウムがすごくて、やっぱりそれも綺麗なんですよね(笑)。だから、2014年に採り入れてから、意識はかなり変わったと思います。でも、やっぱり光り物は、照明演出の妨げになるので今もNGにしてるんです。

改めて、5月から始まるホールツアーのコンセプトを教えてください。

JIRO
過去の「HEAVY GAUGE」(※8)というアルバムを振り返ることがコンセプトなので、「HEAVY GAUGE」に関しては全曲やろうと思ってます。

アルバム再現ライブという感じになるんでしょうか。

JIRO
そこは見てのお楽しみですね。ただ、今もよく演奏している「Winter, again」(※9)とか、アルバムの中の1曲という趣向で演奏されると、いつもと違うように聞こえてくるんじゃないかなと。当時のことを思い出す方もいるかもしれないですね。寝ながらでも弾ける「Winter, again」ですけど、それを今回演奏したときにどういう気持ちになるのか、自分でも楽しみにしてます。あとは、さっきも言ったように新曲がいっぱい入ってくるので、それがどうちりばめられてるのかっていうところを楽しみにしてもらえたら。

最後の質問です。ずばり、JIROさんにとって「ライブ」とは?

JIRO
難問ですね。なんとなく漠然とした思いはあるんですけど、それをどう言葉にしていいかわからない。ただ、俺はライブをやってないとすごく不安になるんです。本当にGLAYのメンバーなのか?と思っちゃうくらい自信がなくなっちゃうし。

ライブをしてないとGLAYでいられなくなる、みたいな。

JIRO
そう。だから怖くなるんです。前回のツアーから3ヶ月くらいしか経ってないですけど、その間にTERUはレコーディングをやってるし、HISASHIはACE OF SPADES(※10)で動いてるし、TAKUROもソロアルバムを出してて。そんな姿を見てると俺だけ何もしてなくて、ちょっとヤバイなと思って。だから早くライブがやりたいです。早くやってみんなにチヤホヤされたい(笑)。そしたらすぐ、みなさんの知ってるJIROに戻ります。

文・猪又 孝
※1:GLAY LIVE TOUR 2019 -SURVIVAL- 令和最初のGLAYとHEAVY GAUGE
20年の時を超え、GLAYを代表するアルバム「HEAVY GAUGE」の名を冠した、新元号初の全国ホールツアー。5/12(日)静岡市民文化会館大ホールを皮切りに、全国12都市・20公演開催される。
※2:舞台監督
コンサート・イベント・演劇などで、演出家の意向を汲み、その意図を舞台に実現するためにスタッフをまとめて進行管理をする責任者。
※3:USJで「GLAY EXPO」
2004年7月31日に、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)内の特設ステージで行われたライブ。 GLAY EXPOは1999年、2001年、2014年にも開催された大規模なライブとなっており、この2004年はメジャーデビュー10周年を迎えたGLAYとのオープン3周年のUSJがコラボレートして開催された。
※4:「愁いのPrisoner」と「YOUR SONG」
2018年11月14日に56thシングル「愁いのPrisoner/YOUR SONG」としてリリースされた楽曲。「愁いのPrisoner」はセブン-イレブンのタイアップ曲、「YOUR SONG」はスペシャルオリンピックス日本公式応援ソングに起用された。
※5:コールドプレイ
1997年ロンドンで結成された、4人組ロックバンド。2015年12月にリリースされたアルバム『A HEAD FULL OF DREAMS』のライブツアー「A HEAD FULL OF DREAMS TOUR」は、世界中で550万人以上のファンを動員する大規模なライブとなった。
※6:「ザイロバンド」
通信で遠隔操作を行うことにより、光る色を操作でき、曲に合わせた演出を行うことができるリストバンド型のペンライト。2012年にコールドプレイが初めてコンサートに導入し、日本でも多くのアーティストがライブに導入している。
※7:2014年の「GLAY EXPO」
2014年9月20日(土)に「東北の皆さんを笑顔にしたい!」というメンバーの想いから、ひとめぼれスタジアム宮城にて開催された。2004年以来10年ぶり、4回目のGLAY EXPOとなったこのライブは、東北史上最多となる55000人を動員した。
※8:「HEAVY GAUGE」
1999年10月20日に発売された5thアルバム。20年の時を経て、2019年5月8日には「HEAVY GAUGE Anthology」が発売される。
※9:「Winter, again」
1999年2月3日に発売された16thシングル。オリコン・チャ-ト初登場1位獲得し、JR東日本「SKI SKI」キャンペーンソングにも起用されたGLAYの代表曲。
※10:ACE OF SPADES
TAKAHIRO(Vocal),HISASHI(Guitar),TOKIE(Bass),MOTOKATSU MIYAGAMI(Drum)からなる4人組バンド。2012年に結成し6年の歳月を経た今年、待望の1stアルバム「4REAL」が発売され、2月26日からは初の全国ツアーACE OF SPADES 1st. TOUR 2019 “4REAL”が全国5都市7公演で開催された。

Vol.77 HISASHI WEBインタビュー

突然に訪れたACE OF SPADES(※1)の再始動。2012年のデビュー以来、6年の時を経て、遂にACE OF SPADESがファーストアルバム「4REAL」(※2)を完成させた。MOTOKATSU、TOKIE、TAKAHIRO、HISASHIという4人のスーパープレイヤーが鳴らす音は、ときに重厚に、ときにポップに、立体的なキラメキを放つ。再始動のキッカケから始まり、アルバム制作の舞台裏や3月に控えたツアーの見どころ、さらにはGLAYとACE OF SPADESの違いまで、HISASHIにたっぷりと語ってもらった。

2019.02.22

今回の再始動のキッカケから教えてください。

HISASHI
去年、「LUNATIC FEST. 2018」(※3)に出させてもらったときにステージ上の4人がすごく自然だったんです。ステージに立ってみたら、すごくしっくりきた。なので、その勢いをそのまま作品に注ごうという気持ちがありました。

「LUNATIC FEST. 2018」が、「HiGH & LOW THE LIVE」(※4)以来、2年ぶりのパフォーマンスでした。その間もお互いに顔は合わせていたんですか?

HISASHI
お互いのライブを観に行ったりしていました。でも、それぞれの活動があったので、なかなか大きな流れを作ることができなかったんですよね。

元々は期間限定という触れ込みで始まったACE OF SPADESですが、当初からHISASHIさんの中ではアルバムを作る構想があったんですか?

HISASHI
一番にあったのはツアーです。TAKAHIROくんが「ツアーをやりたい、やりたい」って話していて。でも順番があると思うんで、まずフルアルバムを作ってからっていう。そういう流れで今回のアルバムに至ったところもあります。

「LUNATIC FEST. 2018」に出演後、新曲の楽曲制作に向けたミーティングなどは行ったんですか?

HISASHI
そういうのはなくて、プリプロのときに久々に会ってレコーディングに入ったんです。みんなプロフェッショナルだなと思うんですけど、会って音を出したらACE OF SPADESの音になるんですよね。僕はすごくキャッチーな曲を持って行ったんだけど、このリズム隊だとすごくワイルドなサウンドになったり、バラードを録ってもロックテイストが残る作品になったり。エンジニアもスタッフもみんな一緒だったりするので、すごくリラックスした状態でやれたし、ずっと一緒にいるバンドみたいな感じで自然にレコーディングができました。

レコーディングに臨むにあたり、HISASHIさんが考えていたことは?

HISASHI
僕から1人最低1曲は作ろうという話をしました。そしたらTOKIEさんから送られて来たのはわりとダークな曲が多くて、TAKAHIROくんからはメロウな曲が送られてきて。じゃあ、僕は今までやらなかったとびきりポップな曲にしようと思ったんです。

MOTOKATSUさんは?

HISASHI
書かなかったんですよ(笑)。じゃあ、MOTOKATSUさんとはスタジオで作ろう、みたいな案もあったんですけど、意外と時間がなくて。「次回、絶対ですよ」みたいな話になりました。

それぞれの曲を持ち寄ろうと考えた理由は?

HISASHI
今回のアルバムには、今までの作品も全部入れることを決めていたから、その段階でベースは仕上がってるんですよね。だから、他の曲は、乱暴な言い方をすると何でもいいというか、どんな曲があってもいい。むしろ、そういう曲が入っていた方が面白いだろうなと思ったんです。

個々のカラーを自由に出してもらった方がバラエティーに富んだ仕上がりになるんじゃないかと。

HISASHI
そうです。それぞれが書く曲を聞いてみたいっていう思いもありましたし。

リード曲の「Vampire」(※5)は、どのようなイメージで作ったんでしょうか?

HISASHI
フォーマットは自分の曲で言うと「彼女はゾンビ」とか「シン・ゾンビ」と同じ手法です。シンセの印象的なリフがあって、メロディーもキャッチーで、すぐにサビにいく、みたいな。TAKAHIROくんのキャッチーな部分を聞きたくて、軽快な曲を作りたいと思ったんです。だから、曲のメッセージも、軽やかな身のこなしというか、「スマートに生きよう」みたいな内容になっているんです。

「Vampire」はTOKIEさんの歌声もキーポイントだと思います。TOKIEさんの歌唱は誰からのアイデアだったんですか?

HISASHI
完全に僕です。曲を作っているときから、ここはTOKIEさんが歌いますって決めてたんですよね。Dメロだけ雰囲気が違うなと思っていて、俺でもないし、これはTOKIEさんじゃないかなって。勝手に自分の中でライブを想像しながら作ったんです。

それをTOKIEさんに話したときのリアクションは?

HISASHI
「えーっ」と言いながらイヤイヤ歌ってました(笑)。でもミュージックビデオでは結構ノリノリだったと思うんですけどね(笑)。

「Vampire」のイントロやサビに入っているピアノのような音は何の楽器ですか? あの音がこの曲の清涼感やポップさを増幅させていると思うんです。

HISASHI
あれはソフトシンセです。最近流行りのヤツ。時代の音をちょっと採り入れてみようと思って今回購入して、さっそく試してみました。

「Vampire」のミュージックビデオはどのようなコンセプトで撮ったんでしょうか?

HISASHI
わりとポップな曲だからゴスに寄せようと思って。打ち合わせしたときは「シャイニング」(※6)みたいな感じって話していて。いちばんわかりやすい例として「The Damned(放題:地獄に落ちた勇者ども)」(※7)とかの写真をコラージュして監督に送ったんです。タイトルは「Vampire」だし、ゴスな感じで、このポップさを整えたいと思ったんですよね。

要所要所に登場する女性パフォーマーがキモカワな感じで印象的でした。

HISASHI
THE軟体(笑)。ドッペルゲンガー(※8)みたいな効果とか、スパイダーウォークみたいなものとかは、俺が「シャイニング」って言った瞬間、監督が「あー!」と言ってたから、方向性をわかってたと思うんです。出したかったのは、サスペンス感かな。背筋がひやりとするような感じになればいいなと思ったんです。

アルバムのラストを飾る「ALL TIME BEST」(※9)は、陽気な曲調で異色でした。これはどんな発想で作ったんですか?

HISASHI
今いる、こういう小さい部屋でも「ワン、ツー、スリー、フォー」でジャカジャカやれるような曲をやりたかったんです。ドラムはスネアだけでギターもアコギで、みたいな。音楽への感謝とかステージに立てる喜びみたいな歌詞のメッセージも含めて、バンド感というか、“4人の音”っていう感じを3コードで作りたいなって思ったんです。GLAYでもこういう曲を書いたことがあるんですけど、TAKAHIROくんに少しでもバンドの楽しさを感じて欲しいなと思って。

「ALL TIME BEST」には、本編と全然カラーの違うアウトロがついています。あのアウトロはどのような意図でつくられたんでしょうか。

HISASHI
本当は別のアイデアがあったんだけれども、最後の最後の段階でやめたんです。

本当はアルバムとして別のアウトロ曲を考えていた?

HISASHI
むしろ、アウトロの部分がメインだったんです。実はカバーしようと思っていた曲の許可が下りなかったんですよ。なので、前回のEPで「誓い」のアウトロについていたものを、今度は曲中から取って最後に持って来たんです。実はあのアウトロにはまだ続きがあるんです。それはたぶん3月のツアーで理解していただけると思います。

あのアウトロが何を意味しているのかツアーで明かされると。

HISASHI
はい。ライブでやるのはいいよ、っていうことだったんで。そこは楽しみにしておいてください。

ACE OF SPADESは結成から7年になりますが、メンバー3人の印象はどのように変わっていますか?

HISASHI
THE MAD CUPSULE MARKETS(※10)とRIZE(※11)ですからね。イメージは変わらないんですよ。憧れている人と一緒にやれてるっていう。今も昔も変わらずの強烈なリズム隊。TAKAHIROくんは相当馴染んだというか、ステージ慣れをしてきたなって思います。

アルバムを一枚仕上げてみて、メンバー3人がACE OF SPADESで果たした役割はどのようなものだと思っていますか? この人がいたからACE OF SPADESの音はこうなってる、みたいな。

HISASHI
MOTOKATSUさんは俺とすごく縦のグルーヴが合うんです。MOTOKATSUさんもYMOとかが好きで、そんなMOTOKATSUさんの音楽を聞いて僕は音楽をやっていたので趣向が合うというか。キッチリしたリズム、かっちりしたドラム。「Vampire」に非常に表れてると思うんですけど、そこが僕とMOTOKATSUさんがすごく合うところ。そこにTOKIEさんのあの攻撃のようなベースプレイがくるっていう。

TOKIEさんの、ソリッドなスラップベース(※12)もACE OF SPADESのポイントですよね。

HISASHI
そうですね。TOKIEさんは本当パワフルで辛口。ACE OF SPADESにスパイスを利かせてくれるベーシスト。だから、楽器隊は僕を入れた3人で成り立ってしまうし、ギターのアプローチはGLAYと比べるとメチャクチャシンプルなんです。それくらいTOKIEさんが広いレンジをカバーしてくれる。それがすごいなと思います。

TAKAHIROさんについては?

HISASHI
僕とMOTOKATSUさんの縦のラインに合わせたらどういう歌になるんだろうと思って、僕がずっと聞いてきた8ビートの曲……GLAYでやってるような曲を敢えて歌ってもらったところはありますね。

16ビートと8ビートの違いを出そうということですか?

HISASHI
そうです。これぞ日本語のビートロックっていうようなものが自分には染みついているから自然とそういう曲になってくるし、前回の「WILD TRIBE」(※13)はあまりビート系ではなかったんで。今回の俺のテーマはそこだったかも。

TERUさんとTAKAHIROさんには、ボーカリストとしてどんな違いがあると感じていますか?

HISASHI
2人には近い部分もあるんだけど、TAKAHIROくんは高音のキラッとしたところが魅力で、TERUは中音の図太いところが魅力だなと思います。だからGLAYの場合は、歌のレンジがわりと俺のギターと近いんですよ。どうやってこのボーカルのラインから逃げようかなって思うこともあるくらい、ギターのアプローチを考える。でも、ACE OF SPADESはデモの段階で弾いたバッキングだけで成り立つというか。TAKAHIROくんの歌があってTOKIEさんの攻撃的なベースがあって、MOTOKATSUさんのヘヴィーなドラムがある。それで成り立つんですよね。

GLAYとACE OF SPADESでは、曲を書くにあたってどのような意識の違いがありますか?

HISASHI
GLAYは、アルバムを作るとなると、どうしてもきれいに仕上げたくなってしまうんですけど、僕はそこにちょっとヒビを入れたいっていう。これは20年くらい前からずっと言ってることなんだけれども、それはプレイに関しても、アルバムの曲作りに関してもそうなんです。でも、ACE OF SPADESだと、楽曲数で言えばまだ生まれたてのバンドだから、いろんな可能性を試してみたいっていう意識がありますね。

いろいろと試したいことがあったときに、ACE OF SPADESの場合は、バンドとしての調和を第一に考えるというところもありますか?

HISASHI
それはありますね。演奏はACE OF SPADESの方がロックバンド的。GLAYの方が作り込むかも。音作りに関わる人数も違うからプレイでの色付け方が変わってくる。GLAYは僕がいなくても完成されているような曲に対して、僕がいろんな筆でペイントしていく感じ。でもACE OF SPADESはバンドとしての説得力を考えるっていう。本当はACE OF SPADESでやりたい、すごくGLAYっぽいギターのフレーズとかあったんだけど、それをやると4人編成のバンドだから圧が足りなくなっちゃうなぁと思って。すごく考え方がシンプルになっていくんですよ。そこが一番の違いかも。

3月に控えたZepp Tourはどのようなものにしたいと考えていますか?

HISASHI
楽器隊の音は間違いないと思うので、そこにTAKAHIROくんの魅力が混ざったらどんなライブになるんだろうなと自分でも楽しみです。このアルバム通り、わりとキラキラした仕上がりになるんじゃないかなと思ってます。あと曲が足りないです、このままだと(笑)。

ということは、何かアルバム曲以外のお楽しみもある?

HISASHI
あります。すごくあります。期待しておいてもらえれば。ただ、どっちかというとルーキー感が漂うタイトなライブになるんじゃないかと思います。走り抜ける感じのライブになるというか(笑)。

ACE OF SPADESの今後の活動については、どう考えていますか?

HISASHI
最初は企画で始まったんだけど、冒頭に話したようにスタジオに集まった雰囲気や、ステージに立った佇まいがすごく自然になってきたんで。いつまでにっていうことじゃないですけど、武道館とかはやってみたいなと思うんですよね。あと夏フェスに出たいなとか。

今回のリリースにあたり、HISASHIさんは『「え」の入力で予測変換一発目をめざします』とコメントしています。ということは、この先も活動が続いていくと期待していいですか?

HISASHI
今後のことはツアーをやってみて考えようと思ってます。ただ、今回のアルバム制作もテンションが高いまま終わったし、時間を捻出すれば意外とできるなっていうことを発見したので。ヴァンパイアという新たなテーマもやってみたら面白かったし、やりたいことのレンジもすごく広がったので、可能性としては、次もまた面白い楽曲ができるんじゃないかと思っています。

文・猪又 孝
※1:ACE OF SPADES
TAKAHIRO(Vocal),HISASHI(Guitar),TOKIE(Bass),MOTOKATSU MIYAGAMI(Drum)からなる4人組バンド。2012年に結成し6年の歳月を経た今年、待望の1stアルバム「4REAL」の発売や、2月26日より初の全国ツアーACE OF SPADES 1st. TOUR 2019 “4REAL”が全国5都市7公演で開催されることから、大きな注目が集まっている。
※2:「4REAL」
2月20日に発売されるACE OF SPADESの1stアルバム。デビューシングル「WILD TRIBE」、映画「HiGH & LOW THE RED RAIN」主題歌の超豪華コラボレーション曲であるACE OF SPADES×PKCZ® feat. 登坂広臣「TIME FLIES」などに、新曲6曲を加えた計13曲を収録。1stアルバムにしてACE OF SPADESの6年分の軌跡を集約したベストアルバム的な内容になっている。
※3:「LUNATIC FEST. 2018」
日本のロックバンド、LUNA SEAが2018年6月23日(土)、24日(日)に幕張メッセで開催したロック・フェスティバル。GLAY、ACE OF SPADESともに23日(土)の公演に出演した。
※4:「HiGH & LOW THE LIVE」
EXILE TRIBEの総合エンタテインメントプロジェクト「HIGH & LOW」で行われたライブ。4大ドーム18公演で開催し、ライブビューイングも含め約100万人以上を動員した。
※5:「Vampire」
2月20日(水)発売のACE OF SPADES 1stアルバム「4REAL」に収録される楽曲で、作詞・作曲をHISASHIが担当した。ミュージックビデオも公開されており、教会でのバンドの演奏シーンやパフォーマンスしている空間はゴシックな世界観を表現している。
※6:「シャイニング」
1980年に公開されたホラー映画。スティーブン・キングの同名小説をスタンリー・キューブリック監督が映画化した作品。
※7:「The Damned(放題:地獄に落ちた勇者ども)」
1969年に公開された映画。ナチス勢力が台頭しはじめたドイツで、製鉄財閥エッセンベック男爵一族で起きた権力をめぐる骨肉の争いを描いている。退廃的な世界観を、高い映像美により滅びの美学として表現している作品。
※8:ドッペルゲンガー
自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種のこと。また、自分とそっくりの姿をした人がもうひとり存在していること。
※9:「ALL TIME BEST」
2月20日(水)に発売のACE OF SPADESの1stアルバム「4REAL」に収録される楽曲。
※10:THE MAD CUPSULE MARKETS
1991年にデビューしたKYONO(Vocal),TAKESHI(vocal&Bass),ACE OF SPADESのメンバーであるMOTOKATSU MIYAGAMI(Drum),からなる3人組ロックバンド。日本だけでなく海外でも活躍していたが、2006年に活動休止を発表。
※11:RIZE
1997年に結成された、JESSE(Vocal&Guitar),金子ノブアキ(Drum),,KenKen(Bass&Vocal),からなる3人組ロックバンド。メンバーの加入・脱退があり、結成時から2001年まではACE OF SPADESのメンバーであるTOKIEも所属していた。
※12:スラップベース
ベースの奏法の一つ。親指で弦を叩くサムピングという奏法と、人差し指で弦を引っ張るプルという奏法を組み合わせることで演奏することができる。
※12:「WILD TRIBE」
2012年8月22日に発売された、ACE OF SPADESのデビューシングル。発売前にもかかわらず、同年7月2日付のレコチョクデイリーランキング、レコチョク「着うた(R)」デイリーランキングで1位を獲得。オリコン週間ランキングでは3位を獲得し、TOYOTA「WISH」のCMソングにも起用された。

Vol.76 TERU WEBインタビュー

56枚目のシングル「愁いのPrisoner/YOUR SONG」は、ダブルAサイドシングルとして、25周年を前に、TAKUROとTERUがそれぞれ紡いだ、GLAYが“今歌うべき”歌だ。「YOUR SONG」は“スペシャルオリンピックス日本公式応援ソング”として、出場選手を始め、全ての人の背中を押してくれるTERU渾身のメッセージソング。「今のGLAYのTERUが歌って理解してもらえるように」と、心から湧き出た素直な言葉で綴られた歌詞が、ハッピーなリズムと相まって、心に響く。この曲に込めた思いをTERUに聞いた。もちろんTAKUROの言葉とメロディに、改めて「スゲェな~」と思ったという、「愁いのPrisoner」についても、たっぷり聞かせてもらった。

2018.11.16

まずはTERUさんが書かれた「YOUR SONG」(※1)のことからお聞きします。この曲を書くことになったきっかけから教えてください。

TERU
友人がスペシャルオリンピックス(※2)に関わっていて、彼を通じて中田英寿君(※3)と知り合って、そこでスペシャルオリンピックスの話を色々聞かせていただきました。それまで全然知らない世界だったのですが、知的障害のあるアスリート達が、世界で活躍しているという話を聞いて、すごく興味が湧いてきました。中田君もアンバサダーとして頑張っているけど、歴史ある競技なのに日本ではなかなか浸透しないので、協力してほしいという話をいただいて、それでテーマ曲を作ることになりました。最初は頑張っている選手たちに向けて書こうと思いましたが、色々話を聞いていくうちに、応援している家族やサポーターの思いを歌いたいと思い、テーマ曲として「YOUR SONG」を作りました。

実際に大会を観に行かれたとお聞きしました。実際に競技を観て、いかがでしたか?

TERU
7月にアメリカ・シカゴで行われた、ユニファイドサッカー(※4)の世界大会に応援に行かせていただきました。凄い選手がたくさんいて、その迫力に圧倒されました。それから9月22日(土)に名古屋市で行われた、『2018年第7回スペシャルオリンピックス日本夏季ナショナルゲーム・愛知』(※5)の開会式にも参加させていただいて、そこで「YOUR SONG」を歌わせていただきました。その時、みんなが自然と手拍子をしてくれたり、中には踊ってくれる子もいて、更には舞台の方へ駆け寄ってきてくれて、最後はステージに全員が上がって、一緒に歌いました。やっぱり自分の言葉で書いた歌詞だからこそ伝わるし、そういう(良い意味での)ハプニングが起きるんだと思いました。スタッフの方にも、アスリートたちがこんなに感情を露にするのは珍しいと言っていただいて、嬉しかったです。

もうライヴでも披露していますが、ファンの方の反応はいかがですか?

TERU
ラジオで数回オンエアしただけという状況だったので、メンバーから掛け合いを練習した方がいいという提案を受けて、その掛け合いを練習して、楽曲に入っていったんですけど、それがあったことで一体感のある曲に仕上がりました。メッセージが前向きなので、GLAYファンの方の中で、日々の生活の中で、色々とうまくいかないことがある人達からも、元気になりましたというメッセージをいただきました。

スペシャルオリンピックスを見て感じたことが、ベースになっていると思いますが、やはりGLAYの25周年というのも意識しましたか?

TERU
曲を作る時に、どのシーンが合うかというのを考えますね。スタジアムなのかライヴハウスなのか、それともアリーナツアーで、演出を加えての曲なのかを考えます。この曲に関しては、野外でみんなで大合唱というイメージがありましたし、そういうシーンは見えていました。

MUSIC VIDEOはストーリー仕立てで、夢を追いかけている色々な人種の人が出てきて、アップテンポなんですけど、どこかグッとくるというか……TERUさんは楽しそうに、「U.S.A.」(※6)の“いいねダンス”をやっていますが(笑)。

TERU
わかります?(笑)。でも昔からある振り付けで、決してパクリではないですよ(笑)。今回のMVは自分でも熱い思いがあって、ダンサーを夢見ている子たちがオーディションを受けるストーリーを考えました。昔観たショートフィルムのCMがあって、子供がお母さんから叱られている前半の映像があって、それを子供の視点に変えた瞬間に、子供が宇宙を夢見てそういう行動をしていたというのがわかるという内容で、大感動しました。だからMVもメッセージがあるものを作りたかった。夢を追いかける勇気を映像を通して伝えたいと思い、監督に意図を明確にお伝えして作らせて頂きました。

最後の、TERUさんが、ピアノを弾いている後ろ姿で締めるというシーンが印象的でしたが、あれもTERUさんのアイディアですか?

TERU
最初は、監督にピアノの横に立ってほしいと言われたのですが、やってみるとしっくりこなくて。それで、前にレディ・ガガ(※7)のライヴを観に行った時に、それまでド派手なステージを繰り広げていた彼女が、一転してひとりピアノに向かって歌い始めたシーンが印象に残っていて、動から静へ、内に秘めたものが出る瞬間なのかなぁと思って、そういう感じで締めたいと思いました。

「愁いのPrisoner」(※8)も「YOUR SONG」も海外で撮影していますね。TAKUROさんが「メンバーに広い空を見せたかった」とおっしゃっていました。

TERU
そうなんです。空が広くて、色がまるで違うなという印象があります。

「愁いのPrisoner」はTAKUROさんが人生を語っているGLAYの王道、「YOUR SONG」はTERUさんからの全ての人に勇気を与えるメッセージソングで、全く違うテイストですね。

TERU
「愁いのPrisoner」はセブンーイレブンのタイアップで決まっていて、この曲をTAKUROが推していたというのは、MVを観てわかりました。誰もが知る、セブンーイレブンという企業とのタイアップなので、本当はもっと前向きな歌詞でもよかったのかもしれないですけど、MVを観たら、やっぱりTAKUROすげぇ!ってなりました。対して「YOUR SONG」はスペシャルオリンピックス日本の公式応援ソングに決まっています。

あのロケ地の空気感はいいですよね。

TERU
監督が隠し球的なロケ地を提供してくれて、こんなに素晴らしい場所を、よくぞGLAYで出してくれたなって感じです(笑)。

あの街にもGLAYのファンがいたとお聞きしました。

TERU
嬉しいですよね。長年やってると、自分たちが知らないところにまで音楽が届いているんだなぁということを実感しました。

「愁いのPrisoner」を渡された時の第一印象を教えてください。

TERU
最初は、あまり音が重なっていない中、TAKUROの仮歌がのっていたので、完成形がどうなるのか全く想像がつかなくて。自分で初めて歌った時は、彼の言葉の使い方やメロディに対しての言葉の当て方はさすがだなと思いました。彼の長年の経験の凄さを感じながら歌っていましたね。

結成して30年経ってもリスペクトし合える関係って、いいですよね。

TERU
TAKUROから「TERUのボーカリストの孤独を知りたくて、ソロで歌ってみたりしている」と聞いたことがありますが、僕も以前はアルバムの中の一曲を自由に書いていたんですが、4年ほど前からシングル曲を任せてもらうことも多くなって初めてソングライターの苦悩を感じるようになりました。連続してシングル曲を作ることになった時には、「あ、また「空」って言葉使っちゃった」という感じで、同じ言葉を使ってしまったりと、それまでは経験したことのない様々な悩みを感じるようになりました。シングル曲を作るのって、こんなにストレスが溜まるんだと、シングルという重責を背負う苦悩をその時初めて実感しました。今回歌詞を書く時に、きれいにまとめようとか、感動してもらえるような歌詞を書こうと思ったりもしましたが、ファンの人たちは、僕の生き方をずっと見て来てくれているので、今の僕が歌って、みんなが理解してくれるような歌を歌いたいと思い、「YOUR SONG」は普段僕が使っているような言葉を使って、自分が経験したことをわかりやすい表現、普通の言葉でメッセージとして書きました。スペシャルオリンピックスを観たり、被災地を訪れて感じたこと、普段接することができない人たちと接して感じたことを、歌にしたいと思いました。

対照的な二曲だと思います。

TERU
文学的に培ったものがTAKUROの曲だと思います。

「愁いのPrisoner」では、最後かなり高いところにいきますよね?相変わらず高いところまで出ますよね。

TERU
出ますね。もっと突き詰めたいと思いますよね(笑)。

その変わらないハイトーンが、GLAYの代名詞です。

TERU
プレッシャーですよ(笑)。

このシングルのカップリングには、夏の楽しそうな思い出がつまっていますね。

TERU
ネスミス(EXILE NESMITH)君(※9)は、普通にフェスを観にきていただけなのに、ステージに出てもらって「彼女の“Modern…”」(※10)を一緒に歌って(笑)、よく音源化の許可を頂いたなという感じです(笑)。

「YOUR SONG」は、地元・函館での野外ライヴ『GLAY×HOKKAIDO 150 GLORIOS MILLION DOLLAR NIGHT Vol.3』(※11)からの音源も収録されていますが、大きなイベントが終わって、落ち着いた感じはありましたか?

TERU
いえ、個人の仕事が多すぎて、毎週イベントが入っていました(笑)。GLAYの自由度が見えてきてるんだと思います。メンバーそれぞれが、今までだったら一歩引いて見ているところが、楽しいことをやってもいいんじゃない、という感じにどんどんなってきていると思います。

25周年が近づいてきました。

TERU
来年の5月からその活動が始まっていくと思うので、メンバー全員が意識し始めているのは感じています。でも人に言われたりするともう25周年かと実感するんですけど、根本的なものは何も変わっていないし、関係性も変わっていないし、これから25周年を迎えるけどすでに30周年も見えているという感覚はあります。

次に作る曲の歌詞に、どういうメッセージが込められているのか、楽しみにしているファンも多いと思います。

TERU
特にTAKUROは歌詞を練って、練って、仕上げていると思います。僕が作る曲の歌詞も、より自分の生活に密着した言葉を選んでいます。

先ほど「空」という言葉を使いがちとおっしゃってましたが、やはり函館の空がいつも心の中にあるからでしょうか?

TERU
色々な場所で色々なものを見るときに、最初に空を見て、その違いを感じることを大切にしています。空が好きだし、雲が流れていくのを見るのも好きだし。

函館の二日間は、あの空の下でライヴができて、やはり幸せでしたか?

TERU
あの2日間を目指して、5年前から動いていたのでグッときました。曲中に雲が割れて、日差しが出た瞬間は感動したとメンバーと言ってました。晴れて欲しいという思いがあって、様々な感情が曲の世界を盛り上げてくれました。

25周年も色々な企画がスタンバイしていると思いますが、青い空の下でのライヴも期待しています。

TERU
オリンピック前なので、ライヴ会場の減少もあって、なかなか思い通りにことが進みませんが、最善を尽くします。最近の野外ライヴは延期や中止になるものをたくさん見ているので、夏に野外がいいのかどうかは、考えなければいけないですよね。ここ最近は秋にも台風がやってくるので、判断が難しいです。

その前に11月には『GLAY MOBILE Presents 10th Anniv.Tour「平成最後のGLAYとChristmas2018~SURVIVAL~」』(※12)がありますね。

TERU
平成最後ということで、その直前に何を思い、過ごしているかを、お互いにぶつけ合うようならライヴができたらなと思っています。

元号も変わり、25周年を迎え、色々と考えを思い巡らせる時間にもなる年ですね。

TERU
知り合いが言っていたのですが、地球が変わり始めているから、生き抜くためには自分も変わらなきゃいけないよって。これからますます、確固たる自分の気持ちを持って、何事もやっていかなければいけないと思いました。表現をしている人間として、やはり発信する側が、日ごろから色々と気をつけなければいけないですよね。例えば仲の悪いバンドが、愛の歌を歌っても、全く響かないと思うので、この人達が歌う愛の歌が、本当の愛なんだなって思ってもらえるバンドになりたいですね。

文・田中久勝
※1:YOUR SONG
2018年11月14日(水)に発売するGLAYの56thシングルの収録曲。TERUが作詞作曲を担当し、スペシャルオリンピックス日本公式応援ソングとなっている。
※2:スペシャルオリンピックス
知的障害のある方々に、スポーツトレーニングやその成果の発表の場となる競技会を提供する、国際的なスポーツ組織。公式応援ソングとしてGLAYが新曲「YOUR SONG」を書き下ろした。
※3:中田英寿
元サッカー選手。1996年には、アトランタオリンピックに日本代表のチーム最年少で選出され、出場。その後、イタリアセリエAのA.C.ペルージャやA.S.ローマなど海外でも活躍した。現在は、国際サッカー評議会(IFAB)の諮問委員を務めるなど、幅広く活動している。
※4:ユニファイドサッカー
知的障害のある選手(アスリート)と障害のない選手(パートナー)が同じチームでプレーをすることで、お互いの理解を深めることを目的とした競技。
※5:2018年第7回スペシャルオリンピックス日本夏季ナショナルゲーム・愛知
2019年にアラブ首長国連邦のアブダビで開催されるスペシャルオリンピックス世界大会への日本選手団選考を兼ねて、2018年9月22日(土)~24日(月・祝)の3日間、愛知県で開催された。
※6:U.S.A.
7人組男性グループ・DA PUMPの約3年半ぶりのSingle。“ダサかっこいい”と話題を呼び、ミュージックビデオの再生回数が1億回を突破。
※7:レディ・ガガ
アメリカ合衆国出身のシンガーソングライター。2008年、1stアルバム「ザ・フェイム」で、全世界で1500万枚以上のセールスを記録する衝撃的なデビューを飾った。奇抜なファッションやスタイルでも注目を集めている。
※8:愁いのPrisoner
2018年11月14日(水)に発売するGLAYの56thシングル収録曲。TAKUROが作詞作曲を担当し、大手コンビニチェーン「セブン-イレブン」のタイアップ曲になっている。
※9:ネスミス(EXILE NESMITH)
EXILE、EXILE THE SECONDのメンバー。2018年11月14日(水)に発売する「愁いのPrisoner/YOUR SONG」では、カップリングとしてLUNATIC FEST. 2018でコラボした「彼女の“Modern…” feat.EXILE NESMITH (from LUNATIC FEST. 2018)」が収録される。
※10:彼女の“Modern…”
1994年11月16日に発売されたGLAYの3rdシングル。ライブでも定番のGLAYの代表曲で、2011年3月9日に発売されたアルバム「rare collectives vol.4」では再録ver.が収録されている。
※11:GLAY×HOKKAIDO 150 GLORIOS MILLION DOLLAR NIGHT Vol.3
2018年8月25日(土)、26日(日)に、GLAYの地元・函館、緑の島にて5年ぶりに開催された野外ライブ。
※12:GLAY MOBILE Presents 10th Anniv.Tour「平成最後のGLAYとChristmas2018~SURVIVAL~」
2018年11月27日(火)よりスタートする、今年で10周年を迎えたGLAY MOBILEの会員限定ライブ。2013年のGLAY MOBILE会員限定ライブツアーから、5年ぶりの開催となる。

Vol.75 TAKURO WEBインタビュー

56枚目のシングル「愁いのPrisoner/YOUR SONG」(※1)は、ダブルAサイドシングルとして、TAKUROとTERUがそれぞれ紡いだ、今GLAYが伝えたい2つのメッセージがパッケージされている。来るべく25 周年を前に、リーダー・TAKUROの胸をよぎる思いとは? GLAYの現在地と未来は? ロングインタビューで、たっぷりと語ってもらいました。

2018.10.30

約1年ぶりのシングル「愁いのPrisoner/YOUR SONG」はダブルAサイドシングルで、それぞれTAKUROさん、TERUさんが手がけていますが、まずは「愁いのPrisoner」についてお伺いします。この曲はどんな思いで書かれたのでしょうか?

TAKURO
もちろん今自分が一番考えていること、気持ちに従ったもので、それは、戦略とか世の中がどうとかではなく、25年間戦ってきたバンドに対して今自分にできることは、真っすぐな気持ちを書くことだと。ここ何年かは、GLAYの幅を広げる意味で他のメンバーにシングル曲を書いてもらったり、それを武器に戦って、僕もソロをやらせてもらったり、GLAYの中では(作曲で)遊ばせてもらった中で、改めて自分が作りたい曲を考えたときに、素直にこういう曲になりました。

より純度を求めたというか、素直に“今”と向き合った。

TAKURO
そうですね、どうしても時代感とか考えなければいけないけど、シングルを意識したわけではなくてアルバムの一曲として作って、その中でGLAYがGLAYらしくあるために、一番気をつけることはTERUのボーカルがせつなく活きることです。TERUがシンガーだから、HISASHIの曲でも何でも歌えるじゃないですか。でも俺とTERUが組んだ時の、それぞれのパーソナルが消えて、よりGLAYらしくなるというか、4人の共同体としてのGLAYであってほしいという願いが込められています。

駆けあがっていくようなギターの音色で始まって、最後はTERUさんの声が一番高いところにいって終わるという、“幕開け感”に満ちた一曲になっています。

TAKURO
90年代のGLAYの曲は、とにかく最後は上がっとけみたいな感じでした(笑)。 でもそれが、結果的にらしさに繋がったし、後々個性になっていきました。キャリアを重ねると、ガムシャラな感じとは、また違ったところで曲が作れたりするんです。大人になって、父親になったり、夫という肩書きがついたりしてくると、世の中を背負うというか、大人としての嗜みとして、自分に余力があるときは人を応援することができる。そういう側面が、いいところでもあり、悪いところでもあると思うんですよね。人のために動くことと、自分のために動くことの割合が大体同じくらいだと、人としては正しいと思うけど、音楽家としては少し違うと思っていて。勇気を与えるとか、夢をGLAYの音楽に感じて、誰かの力になるということは、とっても尊いことだけど、ちょっと大人の嗜みを外して、10代の頃のような、これがいいんだと信じてやっていたようなガムシャラさが、今こそ必要だなと。それはメンバーとも話をしました。ここ何年かは、自分の気持ち、フィーリングを後回しにしたような、曲の作り方が続いているなと。もちろんいつも120%の力でやってきたし、そういうクリエイティブも自分たちの糧になったし、経験として素晴らしかったけれど、経験云々が関係ない曲を、率先して出していこうと思って。

GLAYとしてGLAYのメンバーとして、そしてメロディメーカー、ソングライターとしての原点に戻るというか、対峙してみようと。

TAKURO
そうですね、音楽以前のことですよね。「愁いのPrisoner」は、誰かと恋に落ちて、素晴らしい日々があるけれど、出会いと別れの繰り返しの中で、少しずつ成長していく、そのことにフォーカスしたいというか。誰も応援していないし、誰のためにもならない曲かもしれないけれど、確かにこういう時代があって、その経験から今の自分が形成されて、別れの後の苦味みたいな、そういう人生を歌いたい。

「Prisoner」という言葉が深いし、色々と想像できる言葉です。

TAKURO
例えばGLAYのメンバーの一員として、メンバーと共に自分の持っている力を出し合って、何かひとつのことを成し遂げるのは素晴らしいことだし、それは家庭においても社会においてもそうで。でもたまに疲れたり、嫌気がさしたりもするんだけど、それも自分の心の持ちようひとつで変わる。恋愛ひとつとっても、人を好きになって自分の思い通りにならない、描いていた感じと違う方向に行ってしまっても、それを自分のこれからにどう活かすかは、自分の心の持ちようで。GLAYとしてもひとりの大人としても、その場所には留まらないし、自分の意思で扉を開けていくしかないんです。GLAYとしては特に25周年を前にしたときに、もう一度自分の気持ちを洗い流して、本来ついてはいけない泥とか垢のようなものを、時々クリーニングしていかないと、重たくて次の一歩が踏み出せないですよね。

その時々のクリーニングが、バンドを楽しく、長くやっていく秘密なのかもしれませんね。

TAKURO
今、エアロスミス(※2)のギタリスト、ジョー・ペリー(※3)の自伝を読んでいて、バンドって大変だなって思う(笑)。でもGLAYは4人共ひたすら純粋にバンドを楽しんでいます。エアロスミスやローリングストーンズ(※4)のように、エゴが理由で活動が止まったりすることもないし、でもやっぱり、自分たちが心の底からやりたいこと、素直に心の中で燃え上がっている炎を、正しく録音することを時々やらないといけないと思うし、もしかしたらそれは普段より少し強い俺のエゴかもしれないですね。いつもはみんなが楽しくやってさえくれれば、それが俺の幸せだと心から感じているけれど、それでもどこかで流されたり、ぬるま湯に浸かりそうなときに、もう一回俺たちってなんだっけって立ち止まる必要はあると思う。ただバンドが好きで、音楽が好きで、それが仕事になって、仕事にまつわるしがらみはあるけれど、やっぱりスタジオの中での音楽創りは、あまりそういうところに捉われないほうがいいんじゃないかなって。メンバーにしてみると、「TAKURO、やたらテンション高いな、別に好きにやってくれていいのに、何でそんなに力説しているんだろう」って思っているかもしれない(笑)。人生を語った内省色が濃い『UNITY ROOTS&FAMILY AWAY』(※5)(2002年)や、自分達が作ったレーベルから初めて出した、バンド名を冠したアルバム『GLAY』(※6)(2010年)の時のような空気感を、メンバーは感じているかもしれない。これからもそうですが、本当に自分たちの音楽が誰かの役に立つとしたら、自分たちが素直にこれがいいんだと信じて、これが自分の人生だとデザインすること、描き切ることなんだと信じて、もう一度、まあ何度でもですよね、新たな気持ちでスタートしたい25周年だなと。

GLAYとしての正論というか、GLAYのど真ん中を、あるタイミングで声高に叫ばなければいけない瞬間を、リーダーとして敏感に感じ取って、これまでやってきたんですよね。

TAKURO
今、話をしていて気づきましたが、この5年間くらいは、メンバーのソングライターとしてのそれぞれの才能を、世の中に対してアピールしていこうってなって、『MUSIC LIFE』(※7)(2014年)や『SUMMERDELICS』(※8)(2018年)を作りましたけど、いまはパーソナルの部分というよりは、よき声、よき歌、よきアンサンブルがより求められている気がする。『SUMMERDELICS』は、今しかできない挑戦という感覚もあったし、それで自分の納得する目標、当てたい的に当たったと思うし、一定の達成感もあって。それもあって、今の自分の気持ちにちゃんと戻ってこれるような、そのとっかかりが「愁いのPrisoner」だったりするんですよね。今は、4人でひとつのメッセージになるような、誰が書いたかわからないけど、でもGLAYらしいという、そのさじ加減が大切。俺は、例えば意識して泥臭い、芋くさい曲を、GLAYにぶつけたとしても、きっちりみんなが水加減とか火加減とか調味料の加減で、ちゃんと臭みを消してくれるんです。でも最初からGLAYらしいものを書いていくと、当たり前だけどみんな得意だから、それなりの感じに仕上がる。やっぱり、難しいもの、やり甲斐があることに取り組んで、「TAKUROは次なる場所に行きたいらしいんだけど、目的地は3人はわからないけど、なんかテンション高いからついていってみるか」みたいな(笑)。ピンチになったら、進む方角がわからなくなったら、地図が読めるJIROが軌道修正してくれるみたいな、そういう感じのときが、俺が一番好きなGLAYなんですよね。

「愁いのPrisoner」のMUSIC VIDEOは、アメリカの青く広い空が印象的です。今、お話を聞いて、TAKUROさんがMVの中で街を歩くシーンがあって、色々思いにふけりながら、考えながら歩いている感じに見えました。

TAKURO
この写真(紙資料の、スタジオで撮影した、前作時のアーティスト写真)が、ある意味きっかけなんですけど、メンバーを、もっと広い空の下に連れて行きたいと思いました。CGとか便利なものだらけの世の中だけど、俺たちはいまだにバンドで、スタジオに入ってああでもない、こうでもないってやる、その自由さが大切。GLAYはメンバー4人のテンションや絆がすごく音に左右するし、影響するから、ジャケ写に関しては、とにかく広いところに行こうよと。室内から飛び出して、遮るものがない場所に行ったときに交わす会話が、音にものすごく影響するんですよね。今だったら写真だって別々に撮って合成もできるけど、でも25年間厳しい世界でやってきたご褒美じゃないけれど、撮影がてら、広い空を求めて旅に出ようよと。その合間合間に、しょうもない話をして、盛り上がるっていうことの方が、いい洋服を着せてもらって、カッコいいメイクをしてもらって、いい写真家に撮ってもらい、いいデザイナーに仕上げてもらうことよりも大切だと思い、ロスにMVとジャケ写を撮りに行きました。弾丸でしたけど(笑)。

強行スケジュールでも、今あの空の下に行くべきだと。

TAKURO
みんな4泊6日くらいで、何千キロと移動して撮ったけど、ずっと楽しそうだし、それはPrisonerという、囲われたところからの脱出じゃないけれど、俺たちだってそんな景気がいいわけじゃないけれど(笑)、だからといって節約ばかりして心まで貧しくなったら、ミュージシャンお終いじゃないのと。ミュージシャンとしてデカいことをやって、アホなことにお金使って、バカみたいに叫んでっていう方が、魅力的に感じるから、あまりズル賢くなっても嫌だなって。やっぱり大自然の前に佇んだとき、自分のちっぽけさとか、小さな悩みが「ま、いっか」ってなるし、みんなが楽しそうだからいいかってなるし。やっぱり「愁いのPrisoner」の歌詞にあるような、ああいった思いから成長して、また一歩を踏み出すために旅って必要だと思いました。

ゴールドフィールド(※9)は、昔ゴールドラッシュに沸いた街で、でもイメージとしては取り残された街という感じで、絶対に作りものでは出せない雰囲気、空気を感じます。

TAKURO
MVの大喜多監督が、いつかここで撮りたいと温めていた場所だとお聞きしました。今回初めて一緒にお仕事をさせていただいたのですが、GLAYの音楽や、佇まいに感じるものがあったのか、ここを提案してくれました。ゴールドフィールドは見捨てられた街なんですけど、正しく廃れていって、どこか人の一生に似ているなって思いました。でもそこに住んでいる人達は、みなさんポジティブで元気だし、逆に大切なものをたくさんもらいました。パワフルで街のテンションも高いし、そういう意味でもGLAYに似ているのかも。長くやってきて、新しい素晴らしいアーティストもいて、世の中の主役はどんどん変わっていって、氷室京介(※10)さんも安室奈美恵(※11)さんもひと段落して、俺たちはさて、どうしようかと。まだ世の中に、お前らはいらないって言われていないのなら、自分たちが信じたことを突きつめて、日本や世界の音楽業界へ貢献しながら、自分たちをアピールし続けていこうよという、4人で新たな決意をするには、充分な旅でした。

MVでは広い空と共に、地面に車やバスが突き刺さっている、カーフォレストの画もインパクトがありました。

TAKURO
その言葉が欲しいからっていうのに尽きる、そこに理由をつけるのは難しくて、今言った理由が主だけれど、それでいいんじゃないかな。そんなに難しく25周年だからとか考えすぎないで、GLAYの本来のよさってそういうものだと思う。なんかわからないけどいいなとか、楽しそうとか、涙が出るとか。大人になって知恵とかついてしまうと、そういった感動にいちいち名前を付けたくなりますけど、そうじゃない。車が地面に刺さっているのに、意味なんか求めなくていいと思う。そんな自由さを、ファンの人にもバンドにも感じてほしい。

同じくロスでMVを撮影した、TERUさん作のスペシャルオリンピックス日本(※12)公式ソングになっている「YOUR SONG」についてもお聞きします。ダブルAサイドシングルのこの曲、TAKUROさんはどうのように捉えていますか?

TAKURO
この曲はイコールTERUでありGLAYなんだけど、歌として世の中に伝えたいという側面の方が大きいです。メッセージありきというか、個人としての。TERUが言っていた、夢に向かって頑張っている人を応援する応援ソングという、アーティストとしてひとつ正しい部分で。もう一方の「愁いのPrisoner」は、もうひとつの真実である自分の魂に従うという部分で、それはとてもいいコンビだと思うし、陰と陽とまでは言わないけど、間逆なベクトルが、同じパワーで引かれあっているから、バランスを保っている。

「YOUR SONG」のMVは、みなさんというか、特にTERUさんが弾けていました(笑)。

TAKURO
いきなり「U.S.A.」(※13)のあのダンスを踊り出す、そういうところが本当にスゲエなと思うんですよね(笑)。彼は生まれながらの表現者で、自分と誰かを比べないし、過去とも未来とも比べないから「YOUR SONG」のような曲ができるのだと思う。底抜けに明るい、人の中に眠っている勇気や元気を100倍にする、アンパンマンのような人(笑)。俺にはその要素がないんですよね(笑)。人の勇気を100倍にしたいとか思わないもん(笑)。

撮影地のゴールドフィールドに、現地のGLAYファンがいて、CDを持って撮影を観に来ていたとお聞きしました。GLAYの音楽がきちんと世界に届いていることがわかりますね。

TAKURO
撮影しているときに、訪ねてきてくれたらしいんですよね。でも食事を作ってくれていた現地のおばちゃんたちが、彼らは仕事中だからって、追い返したらしくて(笑)。それで夜、撮影後お酒を飲んでいたとき、女の子が覗いているから誰かお客さんかなって、そしたら店のおばさんが、「あの子だよ。あの子GLAYのファンで、はるばる隣町から来たんだよ」って言うから、一緒にご飯食べようよって招き入れて。そうしたら『HEAVY GAUGE』(※14)(1999年)のCDを2枚持ってきてくれていて、しかも5年前に買ったって言っていました。彼女27歳で、高校時代の友達が日本、アジアの音楽が好きで、その影響でGLAYを好きになって、アメリカから当時のCDはなかなか手に入らないものだから、5~6年前にようやく手に入れて、それを本当にボロボロになるまで聴いてくれていて。やっぱりいくつになっても、何年やっていても嬉しいですね、ファンの人たちにそうやって言われるのは。

彼女のGLAYの音楽に対する想いを聞くことはできたんですか?

TAKURO
いっぱいあるけれど震えて話せないって言っていました。さっき出てきた同じような理由で、好きだって言ってくれればそれでいいです。俺たちのどこが好きだとか、分析めいたことは野暮かなと思うんですね。だって言葉がわからないのに、なんで俺たちの音楽が好きなのっていうのは、子供の頃に俺たちが洋楽聴いていたのと同じですよね。ビートルズ(※15)の「Yesterday」(※16)のよさに理由をつけるのが難しいのと同じです。なので、俺たちができることは、彼女に酒をつぐことだけだと(笑)。でも彼女飲めないって(笑)、じゃあ食べてけと(笑)。

表題曲の他に、「LUNATIC FEST.2018」(※17)と「GLAY×HOKKAIDO 150 GLORIOUS MILLION DOLLAR NIGHT Vol.3」(※18)の時のライヴ音源が収録されていますね。これもファンは嬉しいですよね。

TAKURO
他のみんながなんて言うかわからないけれど、「ルナフェス」を隅から隅まで楽しんだのは、俺たちですからねきっと(笑)。2回目だと吹っ切れて、あと、厚かましくなって(笑)。怒られたら謝ればいっか、みたいな(笑)

GLAYに憧れている若手ミュージシャンも多いので、色々コラボとか楽しめますよね。

TAKURO
でも俺が強く言えるのは、ネス(EXILE NESMITH)(※19)くらいですけどね(笑)。シド(※20)の明希(※21)とのコラボも楽しかった。俺なりのフェスの解釈じゃないですけど、対バンの客を取るぞとか、そういうところでない、キャリアがある人たちならではのフェスでの表現ってないのかなと。こんなにフェスが多くて、みんなそれぞれ持ち時間の中でベストを尽くしているけれど、もう一歩先って何だろうということは、いつも人のフェスを観ながら考えますね。でも答えが出ていないから、フェスにはあまり出ないですね。俺が消極的なんですけど、カタログ的なGLAYだったら「HOWEVER」(※22)、 それの先ってないのかな、お客さんを取るとか存在感を示すとか、そういうレベルでない何かないものかっていうのは、いつも考えています。その結果「ルナフェス」、「VISUAL JAPAN SUMMIT」(※23)、チャリティものはテーマが違うので、参加させていただいていますが。

11月27日からは『GLAY MOBILE Presents 10th Anniv.Tour「平成最後のGLAYとChristmas2018~SURVIVAL~」』(※24)と題したZeppツアーを予定しています。“平成最後の”という言葉が使われていますが、やはり時代の変わり目という部分には、触発されている部分も大きいですか?

TAKURO
俺たちとしては平成にデビューして、自分の人生のほとんどを捧げてきた時代に対して、何かしら記念碑を建てたいというか。気にしない人もいますよね、催事毎を気にしない、墓もいらないという人も増えているけど、ある時は俺たちもそうだったんですよ。でもある時は、ちょっとそこに拘ることで、それぞれのスタンスが見えて、それが音楽づくりにすごく反映されることがあるから。例えばJIROは過去を全く気にしないし、これからのことにしか興味がない。それもいい。俺もクリスマスくらいは浮かれるけど、その他のイベント事に興味があるわけじゃないけれど。激動の平成が終わる時代に、表現する仕事についているもののひとりとしては、何か作品作りはしたいという欲求にはかられます。来年、くしくも25周年を迎える1か月前に、平成が終わってしまいます。そういった世の中の大きなうねりの中で、自分たちがどう舵を取るかいう、流されるままも悪くないけれど、そこを楽しんでもいいんじゃないか、振り返ったときにあの時の俺たちこうだったよねって明確にわかるもの、ランドマークなものを立ててもいいのかもって思いました。

それがオリジナルアルバム、ということですよね。

TAKURO
そうです。自分自身を歌うのではなく、自分の魂を歌う感じのもの、それをTERU、HISASHI、JIROと作っていくっていう『BEAT out!』(※25)(1996年)とか、7月にアンソロジー盤を出した『pure soul』(1998年)のときの、制作姿勢に近い気がする。心の中の掘り下げ方が違うというか。さっきの話でいうと、平成から新しい元号を迎える激動の変化の時代に、自分たちのメッセージをどう書くか、実際に「元号」という仮タイトルの曲もあって。全く無関係ではないと思うけれど、この平成が終わるときに色々と自分にとっても世の中にとっても、すごく様々な変化があって、俺はもっと大きな視点で小さく歌を作るというか、グローバルな視点で、小さな心の襞を切り取るような感覚を求めている。その感覚を、ようやく言葉にできるようになって、それは間違いなく90年代の曲作りに近いというか。

聴き手はTAKUROさんのソングライターとしての心の移り変わりが気になるというか、歌が鏡になっていると思いますが、25周年の次、30周年に向けてまたどういう作品を提示してくれるのかが、早くも楽しみです。

TAKURO
この前、ポルノグラフィティ(※26)の新藤晴一(※27)君と作詞家トークになったときに、例えば日本の音楽マーケットの中心はいまだに10代、20代だとしても、どこに向けて音楽を描くのかを、いつも悩みながら作詞家たちは日々作品を生み出していると。でもやっぱり俺は、自分の心に正直であって、バンドのメンバーの力を借りながら、誰かの人生の役に立つような品質のいいものを発信したい。申し訳ないけれど、10代とか20代の人の悩みを歌った歌に、感動はできない。それは自分たちもそうだったし、自分たちも悩みながら答えを見つけたんだと。今10代、20代の人たちの歌を理解できない、そこに共感を覚えないとしても、共感はできないけれど、自分がかつて歩いた道として見守ることもできるし、子供たちの成長を見守るような形で、それに参戦するもよしですよね。でも俺は、時間の流れは同じだと感じているので、やっぱり老いというものに対しての自分なりの解釈と定義は、きっちり作品の中で表現していきたいし、20年後、30年後もその時の自分の佇まいを、ちゃんと俯瞰で見て描きたいなと。それはイコール楽しみでもあり、常に瑞々しい歌を作り続けるということにつながると思う。自分の心に忠実に、それが古いと言われようが、新しいと言われようが、時代遅れと言われても、何と言われても、自分は自分の信じた道を進みたい。今、自分と同じ年齢、もしくは年上の男性と、何かを共通し合うことにすごく興味があって。同世代の人たちとこれからをどう生きていくか意見交換して、何をどう後世に残していくかとか、さっき言ったように俺たちは20代の曲を聴いてどうこう言うように、俺たちは先人が通った道をまた通るときに、どう感じて、先人たちはどう思っていたのかということには、とっても興味がある。それがイコール日本の音楽業界が広がるキッカケになるんじゃないかなと。青臭い歌を歌ったって構わないし、弱さ満載の曲を歌ったっていいし、そこは自由だけれど、そこにその人の人生の何の嘘もないもの、そういう音とか詞とか曲に興味があります。

文・田中久勝
※1:「愁いのPrisoner/YOUR SONG」
2018年11月14日(水)に発売するGLAYの56thシングル。「愁いのPrisoner」はTAKURO、「YOUR SONG」はTERUが作詞作曲をした作品。
※2:エアロスミス
1970年代初めに結成された、スティーヴン・タイラー(Vocal)ジョー・ペリー(Guitar)ブラッド・ウィットフォード(Guitar)トム・ハミルソン(Bass)ジョーイ・クレイマー(Drum)からなるアメリカ合衆国出身のロックバンド。グラミー賞を4回受賞するなど、数多くの実績を残している。
※3:ジョー・ペリー
エアロスミスのメンバーで、ギターを担当。2018年9月17日(月・祝)に大阪、18日(火)に東京で、初のソロ来日公演を行った。
※4:ローリングストーンズ
ロックの代名詞とも言える世界的バンド。1962年にイギリス・ロンドンで結成され、以来、半世紀以上にわたって、一度も解散することなく活動を続ける。
※5:『UNITY ROOTS&FAMILY AWAY』
2002年9月19日にリリースされたGLAYの7thアルバム。「またここであいましょう」(日本航空「JAL NEW CHINA」CMソング)、「Way of Difference」(フジテレビ系「あいのり」主題歌)などを含む全13曲を収録。
※6:『GLAY』
2010年10月13日にリリースされたGLAYの10thアルバム。自主レーベルから発売した初めてのアルバムで、押井守監督短編アニメーション映画「Je t'aime」の挿入曲「Satellite of love」などが収録されている。
※7:『MUSIC LIFE』
2014年11月5日リリースの13thアルバム。デビュー20周年となるGLAYの歩みを象徴するタイトルがつけられた。「DARK RIVER」(NHKドラマ10「激流」主題歌)、「BLEEZE」(コンタクトのアイシティーCMタイアップ曲)、「百花繚乱」(テレビ東京系番組「ヨソで言わんとい亭」エンディングテーマ)、「疾走れ!ミライ」(テレビ東京系アニメ「ダイヤのA」オープニングテーマ)などバラエティに富んだ楽曲を収録。
※8:『SUMMERDELICS』
前作より2年8ヶ月ぶりとなるGLAYにとって14枚目のオリジナルアルバム。2017年7月12日(水)リリース。7月24日付けオリコン週間CDアルバムランキングで1位を獲得した。
※9:ゴールドフィールド
アメリカ合衆国のネバダ州にある街。ゴールドラッシュの時期に栄え、現在はゴーストタウン化しているが、古い鉱山の歴史や建物があり観光客も訪れる。
※10:氷室京介
1982年にBOØWYのヴォーカリストとしてデビュー。1987年に解散し、同年にソロデビュー。2016年のドームツアー後、ライブ活動を無期限休止。
※11:安室奈美恵
沖縄県出身の日本のトップアーティスト。90年代には、彼女の服装やメイクを真似する女子「アムラー」が溢れ、社会現象になった。2018年9月16日に、芸能界を引退。
※12:スペシャルオリンピックス日本
知的障害のある方々に、スポーツトレーニングやその成果の発表の場のなる競技会を提供する、国際的なスポーツ組織。公式応援ソングとしてGLAYが新曲「YOUR SONG」を書き下ろした。
※13:「U.S.A.」
7人組男性グループ・DA PUMPの約3年半ぶりのSingle。“ダサかっこいい”と話題を呼び、ミュージックビデオの再生回数が1億回を突破。
※14:『HEAVY GAUGE』
1999年10月20日にリリースされたGLAYの5thアルバム。収録曲すべてをTAKUROが作詞作曲。
※15:ビートルズ
1962年にデビューした、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターからなるイギリス・リヴァプール出身のロックバンド。「LET IT BE」や「Hey Jude」など数多くのヒット曲を残す。ソロ活動が多くなった影響もあり、1970年に解散。
※16:「Yesterday」
ビートルズによる楽曲。「世界で最も多くカヴァーされた曲」として、ギネス・ワールド・レコーズに認定されている。
※17:「LUNATIC FEST.2018」
日本のロックバンド、LUNA SEAが2018年6月23日(土)、24日(日)に幕張メッセで開催したロック・フェスティバル。GLAYは、23日(土)の公演に出演。
※18:「GLAY×HOKKAIDO 150 GLORIOUS MILLION DOLLAR NIGHT Vol.3」
2018年8月25日(土)、26日(日)に、GLAYの地元・函館、緑の島にて開催された5年ぶり5万人を動員した野外ライブ。
※19:ネス(EXILE NESMITH)
EXILE、EXILE THE SECONDのメンバー。2018年11月14日(水)に発売する「愁いのPrisoner/YOUR SONG」では、カップリングとしてLUNATIC FEST. 2018でコラボした「彼女の“Modern…” feat.EXILE NESMITH (from LUNATIC FEST. 2018)」が収録される。
※20:シド
マオ(vocal)Shinji(Guitar)明希(Bass)ゆうや(Drum)からなる、4人組ヴィジュアル系ロックバンド。
※21:明希
シドのメンバーで、ベースを担当。2016年には、ソロ名義「Aki」としてソロシングル「STORY」をリリース。
※22:「HOWEVER」
1997年8月6日リリース、12thシングルにしてGLAYにとっては初のミリオンセラーとなった代表曲。
※23:「VISUAL JAPAN SUMMIT」
2016年10月14日(金)、15(土)、16(日)の3日間幕張メッセで開催された、10万人規模の日本最大のヴィジュアル系・音楽フェスティバル。
※24:『GLAY MOBILE Presents 10th Anniv.Tour「平成最後のGLAYとChristmas2018~ SURVIVAL~」』
2018年11月27日(火)よりスタートする、今年で10周年を迎えたGLAY MOBILEの会員限定ライブ。2013年のGLAY MOBILE会員限定ライブツアーから、5年ぶりの開催となる。
※25:『BEAT out!』
1996年2月7日にリリースされたGLAYの2ndアルバム。初のオリコン週間CDアルバムランキング1位を獲得し、ブレイクのきっかけとなった作品。
※26:ポルノグラフィティ
1999年にデビューした、岡野昭仁(vocal)新藤晴一(Guitar)からなる2人組ロックバンド。
※27:新藤晴一
ポルノグラフィティのメンバー。2011年には、湘南乃風のSHOCK EYE、アレンジャーの篤志とともに、THE 野党としてもデビューしている。

Vol.74 『pure soul Anthology』を買うべき、いくつかの理由

1998年に発表されたGLAYの4thアルバム『pure soul』のアンソロジー盤。「誘惑」「SOUL LOVE」「HOWEVER」といったGLAYを代表するナンバーが生まれた背景、特大スケールに成長を遂げていったライブの裏側を検証する、新旧いずれのファンにとっても要注目のアイテムだ。

2018.7.21

8月25日・26日、地元である函館・緑の島にて5万人動員の野外ライブ『GLAY ✕ HOKKAIDO 150 GLORIOUS MILLION DOLLAR NIGHT vol.3』(※1)を開催するGLAYが、『pure soul Anthology』(※2)を7月31日にリリースする。これは1998年に発表されたGLAYの4枚目のオリジナルアルバム『pure soul』(※3)の文字通りのアンソロジー盤であり、2011年の『GLAY Anthology』から続く“アンソロジー”シリーズの第6弾。内容は、アルバム『pure soul』収録曲11曲+「HOWEVER」(※4)他4曲のリミックス&リマスタリング音源を収録したDISC1、収録楽曲のデモ音源を収録したDISC2、そしてBlu-rayに1998年8月30日に行なわれた『pure soul in STADIUM "SUMMER of '98" 阪急西宮スタジアム』(※5)公演の全曲収録+当時のドキュメント映像を収録したDISC3という3枚組に、リリース当時の撮り下ろし写真や雑誌&新聞掲載記事を掲載したブックレット付きという豪華仕様である。

GLAYがどういったバンドであるか。『pure soul Anthology』は今それを改めて知ることができる音源と言えるだろう。まず、DISC1がいい。原盤からのリミックス&リマスタリングが完璧に功を奏して、GLAYがツインギターのロックバンドであることが活き活きと伝わる音像に仕上がっている。M1「YOU MAY DREAM」(※6)からして音の良さがはっきりと分かる。とても小気味いい聴き応えと言ったらいいだろうか。各パートのアンサンブルが際立っていて、とりわけ2本のギターの絡みが最高だ。M6「pure soul」、M7「誘惑」(※7)、M12「HOWEVER」辺りもいいが、白眉はM4「SOUL LOVE」(※8)だと思う。楽曲全体に横たわる独特のポップさをギターが支えていることがよく分かり、それがバンドサウンド全体の躍動感を増しているかのようでもある。今ライブで披露されているGLAYのサウンドは20年前に比べてよりシャープに、より厚みを増しているのは間違いなく、新たにミックスとマスタリングを施すのは、20年間ライブ活動を続けてきたからこその必然とも言える。『pure soul』自体は旧作であるものの、DISC1での音圧とバランスとは2018年のGLAYである。しかも、オリジナルアルバムには収録されていなかった「HOWEVER」と、シングルのカップリング曲も収められているのだから、これはもうほぼ準新作と言っていい。ここ数年のGLAYのライブを見ている人には納得の音像だろうし、1998年前後にはGLAYをよく聴いていたけれども最近はご無沙汰で…という人には新鮮であろう。いや、もしかすると、ご無沙汰組の皆さんにとって、その瑞々しいサウンドと躍動感はむしろ20年前を思い起こさせるものかもしれない。それだけでも、『pure soul Anthology』は新旧ファンいずれにも必携のフィジカルと言える。

これは今回の『pure soul Anthology』に限ったことではないが、この“アンソロジー”シリーズの素晴らしさのひとつは、デモ音源の収録にあると個人的には思っている。我々は正規盤に収録された完成版の楽曲を聴くし、アーティスト側もそれを基本にライブをするのだろうから、完成版の楽曲は元々そういうものだと思い込んでしまっているような節があるが、当たり前だが、完成版は最初から完成版だったわけではない。即興演奏をそのままレコーディングしたのでなければ必ず録音前のひな型があるし、ひな型があるからと言ってそれがそのまま完成版に至るわけでもなく、スタジオでアイディアを出し合う内に楽曲の形が変わっていくことも多々あるという。インタビューでそういう話を見聞くことはよくあるのだが、実際、何がどうなったのかを聴ける機会は意外と多くはない。なくはないが、バンドの解散後であったり、アーティストの没後であったりすることがほとんどだと思う。その点、こうしてGLAYがデモ音源を公表するのは音楽シーン全体を見渡しても貴重な機会であろうし、ストレートに彼らの楽曲へのこだわり、愛情の深さを汲み取れるところである。やはり今回も、デモ音源が収録されたDISC2とDISC1との聴き比べが圧倒的に楽しい。リスナーそれぞれに、変化している点、していない点を確かめてほしいので、事前のネタバレは避けたいところではあるが、以下、少しだけ記すと──。

M11「I'm in Love」(※9)は後半の合唱も含めてさまざまな音を重ねていったことがよく分かるし、M1「YOU MAY DREAM」は正規版に至るまでの苦心のあとさえ想像できる。その一方で、アレンジがほとんど変わっていないと言えるM4「SOUL LOVE」やM8「COME ON!!」(※10)があったり、完成版の雰囲気はデモの録音状態に由来していたのではないかと思わせるM10「3年後」(※11)があったりと、それぞれの楽曲にドラマがあったことが分かる。歌詞の変化も聴き逃せない。中でも注目はTERUが英語詞で歌っているいくつかのナンバーで、この辺りではメロディーセンスの確かさを改めて知ることができると思うし、個人的には既存曲の英語詞版で世界戦略を考えてもいいのでは、と思ったりしたほどである。もちろんデモ段階から歌詞が変わっていないフレーズも多々あり、それはコンポーザーのTAKUROが最も大切にした部分であり、ひいてはGLAYというバンドが本当に伝えたい部分、その核心であったのではないかと想像できる。また、DISC2にはまさに20年の時を経て初めて音源化された未発表曲「PEACE OF MIND」(※12)も収録。全国ツアー『BEAT out! '96』(※13)/『BEAT out! reprise』(※14)でのライブ録音のようだが、ライブで披露されたナンバーがどうしてアルバム『pure soul』未収録となったのか、そんなことに思いを巡らせるのもおもしろいのではないかと思う。

そして、これもまた“アンソロジー”シリーズの優れている点なのだが、DISC3に収録された映像がすごい。阪急西宮スタジアム公演2時間超、ドキュメント1時間弱の併せて3時間強。出し惜しみしないにもほどがあるぞといった感じだが、収録時間以上にその中身も充実している。『pure soul in STADIUM "SUMMER of '98"』(※15)は1998年12月にビデオ作品として発売されているものの、この時はポートメッセなごや、阪急西宮スタジアム2公演の“ニコイチ”だったうえ、演奏された楽曲をすべて収めていたわけではなかったのだが、今回は以前、省かれた楽曲をまさに余すところなく収録。具体的に言うと、「原色の空」「Little Lovebirds」「COME ON!!」「SHUTTER SPEEDSのテーマ」「彼女の"Modern…"」「グロリアス」(※16)のライブ映像が初披露され、ライブの流れを把握できるようになっている。アルバム『pure soul』の所謂レコ発ツアーであるので当然その収録曲中心のライブではあったのだが、2ndアルバム『BEAT out!』、3rd『BELOVED』(※17)、さらには当時のアルバム売上日本記録を樹立したベスト盤『REVIEW-BEST OF GLAY』(※18)を経て、GLAYのライブの“型”といったものを創ろうとしていた時期だったと想像できて、なかなか興味深い。演奏、ステージ演出もさることながら、個人的に注目したのはTERUのMCだ。今となってはリラックスした様子でとてもフレンドリーに会場に話しかけるTERUだが、さすがにこの時期は口調も堅い。正直言って、観客と上手く交歓できてないようなところもあるし、それに対して若干イラっとした表情を見せるところもある。若気の至りと言ってしまえばそこまでだが、そうしたシーンも包み隠さず披露する点にはむしろ好感が持てるし、生々しい1998年夏のGLAYの記録だと思う。

ドキュメンタリー映像はさらに内容が赤裸々だ。まず、いきなり現れる伝説のバンド、NEVER MIND(※19)の姿にはコアなファンは歓喜必至だろう。トニーの悪乗りもまた若気の至りとも言えるが、最近で言えば「彼女はゾンビ」や「シン・ゾンビ」(※20)に至る独特の感性の発露、そのビギニングだったのかもしれない(あ、それはトニーがHISASHIと同一人物だったとした場合だが…)。スタッフに大量のビールをかけられて、ライブハウスでもろ肌脱いで歌うTERUもレア映像だろうし、それ以外にも、各会場で客席に降りたり、アリーナを走り回ったり、ダイブしたりと、今ではなかなかお目にかかれないパンクバンドさながらのメンバーの挙動も注目ではあろう。ドームツアーのゲネプロ(=最終リハーサル)風景もかなり貴重だと思う。それを初めて見る我々には“裏側での準備はこんな風になっていたのか!?”といった驚きがあるはずだが、当時、ステージセットや舞台装置を見たメンバーが驚き、喜ぶ様子もしっかりと収められている。セットを見渡したHISASHIの「プロみたいだね、僕らって」というつぶやきは当時は偽りのないものだったのだろうし、ある意味でこの時期のGLAYを象徴する台詞かもしれないと考えると、かなり感慨深いものがある。その他、「シチュードボー」が「サバイバル」(※21)に変わっていく様子もとてもいいが(何を言っているのか分からないだろうが見ると必ず分かる)、何よりも随所々々で映るメンバーとTOSHIやD.I.E.、SHIGEらとのやりとりや、スタッフとの会話からはその信頼関係の深さが感じられるのがとてもいい。あの頃、メンバー、スタッフ、関係者が一丸となって国内音楽シーンの頂点に登り詰めて行ったことが分かって、ブックレットと併せて、史料としても一線級なアイテムと言える。その点でも『pure soul Anthology』は必携であろう。

文/帆苅智之
※1:GLAY ✕ HOKKAIDO 150 GLORIOUS MILLION DOLLAR NIGHT vol.3
2018年8月25日、26日に函館・緑の島で開催される5万人動員の野外ライブ。GLAYにとっての同会場でのライブは5年ぶりとなる。
※2:pure soul Athology
2018年7月31日に発売されるGLAYアンソロジーシリーズ6作目。1998年7月29日にリリースされた「pure soul」に収録された楽曲のリミックス&リマスタリング音源を収録。収録楽曲のデモ音源や「pure soul in STADIUM "SUMMER of '98" 阪急西宮スタジアム」(1998年8月30日)公演などの映像も収録され、当時のメディア掲載記事や写真を掲載したブックレットもつく。
※3:pure soul
1998年7月29日にリリースされたメジャー4作目のアルバム。売上枚数は242万枚を超え、GLAYのオリジナル・アルバムの中では売上枚数が最も多い。
※4:HOWEVER
1997年8月6日リリース、12thシングルにしてGLAYにとっては初のミリオンセラーとなった代表曲。
※5:pure soul in STADIUM "SUMMER of '98" 阪急西宮スタジアム
1998年8月30日に開催されたライブ。「pure soul in STADIUM "SUMMER of '98」はアリーナやスタジアム規模の大会場で全国7都市13公演が開催された大規模ツアー。
※6:YOU MAY DREAM
アルバム「pure soul」収録曲。アルバム冒頭を飾る痛快なロックナンバー。
※7:誘惑
アルバム「pure soul」収録曲。1998年4月に発売されたGLAYの13枚目のシングル。1998年度のオリコン年間シングルランキング1位を獲得した楽曲。
※8:SOUL LOVE
アルバム「pure soul」収録曲。1998年4月に発売されたGLAYの14作目のシングル。「誘惑」との同時発売で、両シングルで2週連続で1位2位を独占した。
※9:I'm in Love
アルバム『pure soul』収録曲。1998年7月リリース。オセロ、長島三奈、鈴木紗理奈、山本シュウ、中山加奈子、富田京子、せがわきりなどがコーラスで参加。ライブでもラストナンバーとして演奏されることが多い。
※10:COME ON!!
アルバム「pure soul」収録曲。プロデューサーの佐久間正英をギターに迎え、一発録音で収録されたロックナンバー。現在もライブでたびたび演奏される。
※11:3年後
アルバム「pure soul」収録曲。重厚なベースサウンドに歪んだギター、ボーカル、ピアノ、ドラムが重なっていく壮大なスケールのスローナンバー。
※12:PEACE OF MIND
96年のツアーで演奏されたTERUによるGLAY未発表曲。
※13:BEAT out! '96
1996年1月~3月に全9公演開催した『BEAT out! '96』ツアー。全国8都市9公演を開催。
※14:BEAT out! reprise
1996年8月~9月に全11公演開催した『BEAT out! reprise』ツアー。全国9都市11公演を開催。
※15:pure soul in STADIUM "SUMMER of '98"
1998年12月9日にVHSとDVDでリリースされた映像作品。「pure soul in STADIUM "SUMMER of '98"」のライブ映像を収録。
※16:「原色の空」「Little Lovebirds」「COME ON!!」「SHUTTER SPEEDSのテーマ」「彼女の"Modern…”」「グロリアス」
「COME ON!!」以外は「pure soul」に収録されていない楽曲。
※17:2ndアルバム『BEAT out!』、3rd『BELOVED』
『BEAT out!』は1996年2月7日リリース、『BELOVED』1996年11月18日リリース。
※18:REVIEW-BEST OF GLAY
1997年10月1日にリリースされたベストアルバム。415万枚の売上を達成し、当時の日本記録を樹立。1999年にはギネスブックに「日本で最も売れたアルバム」として掲載された。
※19:NEVER MIND
GLAYのメンバーとドラム・TOSHIに酷似したメンバーによる覆面バンド。
※20:「彼女はゾンビ」や「シン・ゾンビ」
「彼女はゾンビ」は2016年1月27日リリース『G4・IV』収録。HISASHI作詞・作曲。この楽曲をもとに「シン・ゾンビ」が生まれた。2017年7月12日リリースの『SUMMERDELICS』収録。
※21:サバイバル
1999年5月19日にリリースされたビデオシングル。同年10月20日リリースのアルバム「HEAVY GAUGE」にはリテイクバージョンが収録された。

Vol.73 TAKURO WEBインタビュー

GLAYが2月1日に公式アプリをスタートさせ、約3ヶ月が経った。常に、“ファンファースト”のスタンスで活動を続けてきた、GLAYの“理想”を形にしたものが、このアプリともいえる。音楽オーディオとしての役割を果たし、これまでの音源はもちろんの事、MUSIC VIDEOやライヴ映像、書籍に至るまで、まさにGLAYの全てがストレスなくチェックできる。ファンとの距離をより“近く”するこのアプリに、並々ならぬ思いを持っているのがGLAYのリーダーTAKUROだ。求められる側と求める側の関係を、少しでもよくしたいというバンドの考えを具現化し、ファンの手元に届ける事ができた今、改めてこのアプリに対する思い、ファンへの思い、そして来年の25周年についても語ってもらった。

2018.6.1

自主レーベルで、ここまでのアプリを作るというのは、アーティストとしては、ある意味理想的な形だと思います。

TAKURO
TAKURO 2006年に、GLAYの版権、原盤、映像の権利、そしてファンクラブなどを前事務所から僕の個人会社が全ての権利関係を買収できたという事が、一番大きいです。やっぱりそれまでの業界の形、慣習という人間が作ったシステムを改善、改革していかなければいけないのに、そのスピードの遅さにGLAYは合っていませんでした。テクノロジーの進化に敏感なHISASHIは「メンバーのリクエストに応えられないバンドなんて嫌だ」と当時から言っていて、自分達がいつまでもコンテンツでいてはダメで、コンテンツホルダーないし、今回のアプリのような、プラットホームになるしかないと思っていました。それがメンバーの期待にも応えられて、かつユーザーのためになると思いました。俺は24時間GLAYの事と、自分の人生をどうデザインするかを考えていて、それは第三者にはわからないし、そこまで考えるように求められないし、無理な事で。メンバー同士の関係はメンバー同士にしかわからないし、いくら言葉で説明しても100%理解してもらえない。だから人に任せるのも限界だと思ったし、俺らを取り巻く環境という名の制度も疲弊していたので、自分達で全ての権利を持ち、活動した方が、それが一番ファンの人たちが好きなGLAYの形になると思いました。その思いの最新形がこのアプリです。やっぱりメンバーが一番大切にしているのは、GLAYとファンの人たちが活発に交流できる場だと思うし、それに対して組織やシステムに望むのは、アーティストとしての自由な発想を遮られることなく、それはお金という意味でも、時間という意味でも、好きなだけGLAYというものを謳歌したいという事です。レコード会社の都合に翻弄されないバンドでありたいし、もうそういう時代ではない気もしていて。音楽を取り巻く状況が厳しくなっていく中で、このままではミュージシャンは食えないと悲観しているだけではなくて、顕微鏡で見たときに、道はもっともっと無数にあるんだということを、次の世代の人たちに伝えたい。

色々時代が変わってきて、そこに取り残される事なく、自らが道を切り拓いて進んでいるGLAYの姿は、他のアーティスには眩しく映っていたと思います。

TAKURO
そんなに難しい話ではないと思っていて。このあいだ、TERUが若手バンドから相談に乗ってくれと言われ、俺も一緒に行きましたが、最終的にTERUはベロベロに酔っ払って(笑)、「いい活動がしたければ、いい歌を歌って、お客さんに喜んでもらえて、■▼〇※◎@~以上!」って、最後は何を言っているのかわからなかったのですが(笑)、でも結構真理をついているなと思って。ミュージシャンが本当に迷った時やるべきことは、いい曲を書いて、いい歌を歌って、いいパフォーマンスをすれば何の問題もない。それが世界にひとつしかないものであれば、必ず誰かがそれを手にとって、大切にしてくれる。それをマッチングさせるのは難しい仕事かもしれないけど、この広い世界の中で、諦めなければその出会いは必ずある。この20年間くらいは、色々なところからとにかく不安の声が聞こえてくるけど、俺は一度も不安に思ったことがないです。あの天才的なボーカルと才能あふれるメンバーがいるバンドを預かっていて、これで食えないって言ったら、音楽の神様に怒られます(笑)。だから聴きたい人と、聴かせたい人をくっつければいいんだと。すごくシンプルな事で、このアプリもそうです。例えば昨日ファンになったから、会報の第1号を見たいと言われたら、見せたいだけで、もう廃盤になってしまったアルバムを、ブックオフやメルカリではなく、こっちできちんといい音で提供できるなら、やりますよね。

内容も含め、このアプリの構想は、どれくらい前から練っていたのでしょうか?

TAKURO
話が出たのは2年以上前で、その前からファンの人たちから、昔の作品の再販のリクエストがあって、でも在庫を抱えるリスクを考えると、作る数が読めなかったり、そこで躊躇する部分を、なんとか解消できないかと考えたのが最初でした。だったらいっそのこと、出版社、レコード会社、チケットサイトを一本化することができたら、それが一番の時間の短縮と経費の削減になるし、かつファンの人たちの思いも、このアプリ内でタグ付けできれば、クレーム対応もすぐできるだろうと思いました。

このアプリに関してのミーティングにはメンバーも積極的に参加して…。

TAKURO
ミーティングという感じではなかったです(笑)。メールにわけのわからないURLが貼ってあって、「こんな感じ」みたいな(笑)。そんなメンバーの色々な意見、現実的なところから、途方もないアイディアまで一つずつ吟味していって、落とし込んだら本当にシンプルになりました。巷では、本屋さんやレコード店が大変だという声がある中で、やっぱり今を生きる人たちが、手に取りやすいのは本当にスマホやタブレットなんだという現実を、まざまざと見せつけられ、感じながら作業を進めていきました。今またアナログレコードが人気という話も聞きます。確かにレコードは温かい音がする、でも子供たちの世代がスマホを置いて、レコードに戻るということは多分ないと思う。それをまず認めるところから始めました。

来年は25周年ですが、それまでにこのアプリをリリースしたかったという思いは強かったですか?

TAKURO
そこにはこだわっていませんでしたが、でも1日も早くという気持ちはありました。ファンの人たちの声に応えられない歯がゆさは、常々感じています。このアプリの中には2つテーマがあって、まずデビューから応援してくれている人にとって楽しいものである、そして新しくファンになってくれた人たちにとっては、最高の入口である事という、一見矛盾しているかのような2つテーマを、ひとつのアプリにどう落とし込めるかという部分が一番難しかった。そして大体のサイトはGLAYのある部分しか欲しがらないけど、でもここに来ると、GLAYの、もしかしたら今まで手軽に見せられなかった部分、例えばアコギ一本で作ったデモ音源が聴けたり、GLAYのより深いところを知りたい人たちにとっては、たまらないものにしたかった。でもライトなファンの人たちにとっても、ここでGLAYの全ての歴史を知る事ができますよという、この二つを一つにするデリケートな作業が大変でした。つまり、昔からファンでいてくれている人達にとっては、音源、映像ともにすでに持っているものです。ライフスタイルが変わっていく中、その便利さはさらに進化して、昔のものをどこからか引っ張り出してきて、開けて、プレイヤーに入れて、という行為はしなくなると思いました。さっきも言いました、その便利さに人は勝てないと思い、映像も音源も全てここに詰め込みました。

一度便利さを経験すると、不便なことは避けたいと思うのが、人ですよね。

TAKURO
だからこのアプリには全部入れないといけないんです。それが命題です。なぜなら、入っていないのであれば「じゃあ聴かなくていいや、観なくていいや」ってなります。でも俺たちにとっては、どの作品もその時々に全力を尽くしたものだから、愛して欲しいんです。その作品たちが聴きたい時、観たい時にそこにないと、「じゃあいいや」という選択をされてしまう事が、作り手にとっては一番怖いことです。その恐怖を克服するには、ここに来たらGLAYの全てがありますという状態にしなければいけません。

いかにストレスを取り除き、快適さを提供できるかが大事ですよね。

TAKURO
プレイボタンさえ押してくれれば、作ったものに関しては自信があるので、そこにたどり着くまでのストレスを、失くし続けるのがテーマですよね。これから色々なものがもっと便利に、手軽になるだろうし、問題も立ちはだかるとは思いますが、ライヴに来てくれれば、聴いてくれれば、好きになってもらえるはずだし、この音楽表現が、あなたの人生にとって、とても豊かなものになるはずなのに、という自信を持ってステージに立っています。だからそこまでの道をいかにスムーズにするかというのが、一番大切です。

スタンプ式電子チケット機能というのも、チケット不正転売の防止につながりますね。

TAKURO
電子チケットという選択肢もあるけど、今ここで新しいメディアと俺たちはケンカはしません。無視もしない、でも競争はしたい、それは自分たちが鍛えられるから。電子チケットももちろんやりますが、でも長年ファンクラブに入っている人たちは、写真入りのチケットが欲しいんです。そこにも応えたいので、チョイスは示します。俺たちは両方ともいいと思っていて、電子チケットと紙のチケットって同一線上に見えるかもしれないけど、俺にとっては、俺はローリングストーンズ(※1)も好きだけど、ラーメンも好きですって言ってるような感覚に近いです。電子でも紙でも、それを使ってライヴ会場に入って、席に着くという行為自体は同じでも、全然別のものだから、両方丁寧にやりましょうと。世の中がどんどん電子チケット化していくからといって、紙のチケットをなくしたりはしません。例えば、チケットを持っている人が、どうしても都合が悪くなったので、友達にチケットを譲りたいという、人として当たり前の行動も無視できません。買った本人しか入れません、というのはあまりにも乱暴すぎる。俺は息子に「久保家の男子たるもの紳士であれ」って教えてるので、それは紳士的じゃない。だから自分が紳士でいなければ、息子にも胸を張って言えないんです(笑)。今は不寛容社会すぎるので、俺は可能性をたくさん示したいと思います。人生の答えはひとつじゃないという事を、ここまで大げさに話すつもりはないけど、アプリも含めてGLAYの活動全般で、それはメッセージとしてあります。あなたのライフスタイルはあなたのものですよっていう。配信で聴くもよし、でも俺たちはCDも丁寧に作ります。歌詞カードを見ながら聴きたいというライフスタイルに、俺達は最大限リスペクトを払いますという、GLAYという生き物の、生き様の一部のようなものです。

メンバーが情熱を傾けたGLAYの音楽、ライヴを、いかに気持ちよくファンに届ける事ができるか、ですよね。

TAKURO
その一点です。このアプリは最小のチームでやっているので、ユーザーからのクレームも含めての声が、すぐにメンバーまで上がってくるので、そこでまた改善のスピード感が90年代とは全然違うのがいいと思います。

そういう部分でも、ファンとGLAYは今までも近かったけど、より近くに感じるという事ですよね。

TAKURO
そうです。すごくビジネス的になっているかもしれませんが、結局GLAYが素晴らしい音楽を作り出せる環境をキープする事と、ファンの人たちの声に最大限耳を傾けて、それに応えていきたいという気持ちと、両方を実現できる究極の形がこのアプリなんです。

スタートして約3か月が経ちました。ファンの方の反応は届いていますか?

TAKURO
届いています。例えば、去年出した曲を聴いて、ファンになりましたという人にとっては、GLAYの過去の曲を聴く事は大変な労力が必要になります。でも聴くシングル、アルバムの順番なんて関係ないんですよね。自分たちが24年というキャリアを積んだおかげで、その体験を新しいファンの人たちにもしてもらえる。今まで一緒に歩んで来たファンの人たちとの感覚とは全く違う表現で、俺たちに俺達の音楽を聴いた感想を伝えてくれます。デビューからファンになってくれた人たちが、結婚や出産、育児などでGLAYの音楽から離れている時期がある。それで少し時間に余裕ができた時、もう一回聴いてみようかなと思っても、押し入れからCDやDVDを引っ張り出してくる必要がない(笑)。ポチッとやるだけで、離れていた時期の映像も音楽も流れるし、場所もとらない。面白いのが、一緒に歩んできたファンの人たちの中には、俺達が20代の時に出した音楽の意味が、その時はいまひとつ理解できなかったけど、40歳を過ぎて本当の意味がわかったし、自分なりの解釈ができました、という声もいただいています。ある意味、とても幸せな音楽体験だけど、今の10代の人たちが、昔の曲の感想を書いて送ってくれたり、このアプリに限らず、YouTubeなどのメディアや新しいテクノロジーによって、逆に俺らの方が、新しいファンに近づかせてもらっているという感覚です。

応援してくれている人との距離が縮まって、新しいファンも増えて、来年の25周年が賑やかになりそうですね。

TAKURO
盛大になりそうなんですよ。メンバーともミーティングを重ねていて、ライヴハウスから大きいハコ(※2)まで、1年半くらいかけて、応援してくれた人たちみんなに届くような、一番ファンの人たちが望んでいるライヴの形を、実現させたいと思っています。それと10年前くらいから取り組んでいる、コンサートの前後も楽しんでもらえる施策をやりたいです。例えば北海道物産展やイベントがあるとか、どこかでGLAY展があったり、カフェがあったり。 GLAYの東京でのライヴに行こうって、地方から来た人たちが、旅自体がGLAYを通じて楽しめるようなものにしたい。考え方はこのアプリと一緒ですよね、ひとつのもので色々と楽しめるという部分では。土、日がライヴなら、金曜日から月曜日までも楽しんでほしい、それでまた気持ちよく日常に戻ってほしい、という事を考えて25周年にやるべき事を 練っています。ひとつ面白い事を考えていて、アルバム『HEAVY GAUGE』が来年発売から20周年なので、その完全再現ツアーをやったらいいんじゃないかという話があって。 他のツアーはちょっと…という人でも、『HEAVY GAUGE』ツアーなら行ってみたいと思ってくれる人も多いのでは、と思いました。

このアプリによって、自主レーベルでのひとつの完成形を提示したGLAYのミュージシャンとしてのスタンスには、これからますます注目が集まりそうですね。

TAKURO
今の「ラバーソウル」とGLAYの関係というのは、あくまでもエージェントとプレイヤーで、事務所と所属バンドではないんです。エージェントとしてラバーソウルが提案する、GLAYの音楽が広がっていくためのアイディアを受け、それに対して100%応えるバントであり、あらゆる表現を受け止め、世に伝えるという事です。この関係は並走状態というか、上下関係では決してない。活動に悩んでいるアーティストは、疑問解消のために自分達から色々な人に聞かないのも悪いし、どこかに所属しているのであれば、そこの人たちが説明しないのも悪い。自分達が作った楽曲なのに、その権利を明確にしないというのは、もう時代遅れだと思う。今はネットを検索すれば法律関係の事も、わかりやすく出ているし、アーティストが自分で勉強できる時代です。昭和の時代とは価値観も変わってきているので、いつまでも旧態依然としたシステムの中で悩んでいる時間がもったいないです。俺達はメンバーと30年近くGLAYというバンドをやってきて、人がやる気になるスイッチって、そんなに多くない事がわかりました。自分のため、誰かのため、あとは世の中のため、これ以外の事に対しては、なかなか頑張れない。誰かのためというのも、よほど信頼をおいてる人や家族のためなら力が出るけど、やっぱり組織のために頑張るミュージシャン、若者は、今はいないと思います。組織が頑張れば、世の中の改善につながると言われたら、頑張ろうと思う若者はいるかもしれない。出世の意味が、昭和の時とは違ってきていると思う。自分の夢の実現のためなら、いくらでも頑張れる、信頼がおける人たちのため、世の中がよくなるなら頑張れる、でもレコード会社のためには頑張れない、事務所のためには無理です、という感じになっているのではないでしょうか。俺達も、これからもどんどん自分達とファンのために色々な事にチャレンジしていきたい。

文・田中久勝
※1:ローリングストーンズ
ロックの代名詞とも言える世界的バンド。1962年にイギリス・ロンドンで結成され、以来、半世紀以上にわたって、一度も解散することなく活動を続ける。
※2:大きいハコ
1万人規模のアリーナから数万人規模のドーム球場やスタジアムまで含むスケール感の会場。
※3:『HEAVY GAUGE』
GLAY、メジャー5作目のアルバム。1999年10月リリース。「GLAY EXPO '99 SURVIVAL」の前後に収録されたこともあり重厚な作風が際立ったアルバム。売上枚数は235万枚でGLAYのアルバムでは歴代2位。

Vol.72 HISASHI WEBインタビュー

昨年リリースしたアルバム『SUMMERDELICS』(※1)についてTAKUROにインタビューした時に、アルバムの大きな柱のひとつとして挙げたのが「HISASHIが持っている非常にニッチな世界や、ダークな世界を、今度はGLAYとしてきちんとフォーカスして世の中に伝えていく」事だった。確かに『SUMMERDELICS』とそれを引っ提げたツアーでは、HISASHIワールド全開で、GLAYが今在るべき姿、次に進むべきステージをファンに提示した。そんなHISASHIはGLAYの活動と並行して、これまで声優アーティストやアニソンシンガーへの楽曲提供やプロデュースを積極的に行ってきた。またネット界隈でも一目置かれる存在でもあり、さらには『関ジャム』(※2)のギタリスト特集に何度も呼ばれたり、先日も『タモリ倶楽部』(※3)の『デアゴスティーニ(※4)特集』に出演したりと、テレビ界でも注目されている。そんなHISASHIという“才能”の頭の中を、改めてのぞいてみたいという衝動に駆られ、インタビューした。

2018.3.16

今日は“HISASHI脳”を明らかにする、解体新書的なインタビューです。まずGLAYの曲を書く時と、他のアーティストに楽曲提供する時は、使う感性は全く違うのでしょうか?

HISASHI
全く違いますね。GLAYの曲を書く時は、自分たちのことだったり、取り巻く環境だったり、流れ行く世相を吐き出せる場所という感覚でやっています。他の方に書く時は、やっぱり俺が作るという事には意味があると思っていて。例えばアニメの主題歌や、ツアーのタイトルソングを書く時は、すでに“側”が決まっているので、そのフィールドの中での制作なので、非常にやりやすいです。逆に「好きに作ってください」と言われると困ります。自分が思っている事や過去のこと、これからのこと、そういうものを言葉にするのは難しいなっていう。相手が決まっている場合は、その人の持つ雰囲気を音にすればいいと考えています。

例えばバンドじゃないもん!の曲を書くとなると、彼女たちのことを想像するとHISASHIさんの頭の中で、何となく曲が響いてくる感じですか?

HISASHI
時代の中での、彼女たちの生き生きとしたキャラクターというか、そういうものは音になりやすいです。それが今度書いた「BORN TO BE IDOL」(※5)(5月9日発売)で、その真逆の感じの曲が「恋する完全犯罪」(※6)です。先日彼女達のコンサートを観に行きました。飽きずに最後まで楽しめるんですよ。どれもリード曲のような感じで、やはり作家陣に恵まれているなと思いました。みんなに観て欲しいコンサートだなって思いました。やっぱりバンドサウンドは気持ちいいですね。

「BORN TO BE IDOL」と「恋する完全犯罪」は両A面シングルですけど、確かに全く雰囲気が違う2曲ですね。

HISASHI
最初に「恋する~」方を書いて、明るく見えるけど、実は秘めた狂気を持っているんじゃないかなとか、無邪気な女の子同士のイタズラが犯罪に繋がっちゃったみたいな、そういうテーマで歌ったら、雰囲気が違っていいんじゃないかと思いました。

「恋する完全犯罪」、名曲だと思います。

HISASHI
やっぱり俺が聴いて育ったポップスとか歌謡曲の影響は、すごく大きいなと再認識しました。

HISASHIさんがはじめて手がけたアニソン、遠藤ゆりかさんの「モノクローム・オーバー・ドライブ」(※7)(2014年)も名曲だなと思いますが、「恋する完全犯罪」もいいですよね。今おっしゃったように歌謡曲、ポップスのフレーバーがふんだんに使われていて、疾走感があってたまらないですよね。海外の人にもウケそうです。

HISASHI
そうですね。ヨーロッパ的なマイナーメロディアスみたいな感じが好きだったんですよね。

アイドルシーンは気になりますか?

HISASHI
アイドルは最近携わることがよくあって、好きなグループもいますし、色々と掘り下げたりしますけど、やっぱりプロデューサーの力が大きいなと思います。「この曲エグいな、誰が作ってるんだろう」って思うと、やっぱりすごいプロデューサーが手がけたりするので、そういうのを紐解いていくと面白いです。アイドルってみんな、その人推しとかがあるじゃないですか。でも俺はそのアイドルが好きだから好きになるのではなくて、曲とか雰囲気とか、完成度の高さに興味があって好きになるので、色々聴いています。

今はアイドルも楽曲の部分で、HISASHIさんを始めとして、色々な作家陣に発注して、他との差別化を図ろうとしていますよね。

HISASHI
そうですね。それこそ秋元康先生(※8)のところは、やっぱり毎回コンペで決まっていると思いますが、常に新しいところにいっているなと、もう感心しかないですね。誰よりも攻めてるんじゃないかなと思いますし、その分賛否もあると思うし、でも日本のエンターテイメントとして、すごく高いところにあるなと思います。

他のアーティストから楽曲提供の依頼が来た時は、そのレコード会社のディレクターやマネージャーと、綿密な打ち合わせをするんですか?

HISASHI
アニメの曲を書く時はしますね。テーマと全く別角度の曲を当てるというのもアリだと思いますが、僕がアニソン世代というか、身近に感じていたので、やっぱりその世界観を壊さない曲を作りたいという気持ちが強いです。

打ち合わせの時は、そこで色々なキーワードが飛び交った方が、想像力が湧きますか?

HISASHI
やりやすいですね。TVアニメ『クロムクロ』(※9)の時は、まさにここ(事務所会議室)で打合わせをしていて、話している間に曲ができあがるというか、テンポと明るさ、言葉のチョイスとか、どれくらい深い世界観かとか、そういうことは話しをしていく中でどんどんできていきます。

依頼された曲と、GLAY曲とでは、曲ができあがる早さには差がありますか?

HISASHI
バラバラなんですよね。「彼女はゾンビ」(※10)はすぐできました。変拍子も必然的に最初からあったし、シリアスをコミカルにというか、そうやってGLAYはやってきたなというのが自分の中にあったので、それを音や言葉にしたのは、久しぶりかもしれないですね。

やっぱりGLAYと並行して、興味があるアーティストへの楽曲提供というのは、これからも積極的にやっていきたいですか?

HISASHI
そうですね。ずっとGLAYばっかり見ていると、同じ影しか残さないというか。違うアーティストに参加すると、光の当たり方が違うんですよね。そうすると自分の影の落ち方も違ってきて、こういう手法や面があるんだって気づかされます。

キャリアが長くなれば長くなるほど、そういう思考は必要だと思いますか?

HISASHI
必要になってくると思います。やっぱり固定概念みたいなものが、邪魔をしていると思います。だから僕やJIRO、TERUがシングル曲を書くのもアリだし、その固定概念が定着してしまう事を、メンバーが一番嫌っています。

成功体験は大切ですが、それにこだわるのも、良し悪しですよね?

HISASHI
でもそこも大事なんですよね。GLAYの魅力というのは、メンバーの仲の良さや雰囲気だと思うし、そういうものを敢えて排除する必要もないし。だからやっぱり僕らの代表曲である「HOWEVER」(※11)とか「BELOVED」(※12)のような曲も、年齢に応じてトライしていきたいという気持ちはあります。あれを超えたいというか、今の年齢でああいうメッセージを歌いたい。GLAYというバンドは、元々ハードな曲とミディアムバラード両方ができるという事は、高校生の頃から変わっていません。90年代は、ミディアムバラードの印象が強くなりましたが、常に尖った手法やメッセージを伝えるということと、この二つが必要な要素なんですよね。

HISASHIさんはあまりテレビに出ないGLAYのメンバーの中でも、テレビで引っ張りだこですが、これも“役割”なんでしょうか?HISASHIさん自身はテレビ出演を楽しんでいるのでしょうか?

HISASHI
プレッシャーですね(笑)。呼んでいただいてありがたいなという気持ち、プラス役にハマっていたかな、求められていることについて、自分の佇まいが正解であったかな、というのは毎回心配です。

地上波で視聴者と対峙するのと、ネット民と向き合うのとは違う感覚ですか?

HISASHI
違いますね。テレビは気がついたらついているという感じの存在なので、プロフェッショナルな世界のイメージです。俺は楽器を持っていないと太刀打ちできないので、色々調べてから臨みます。でもお昼の情報番組とかではないし、トリッキーなテーマで話すことは得意なので、これからも呼ばれたら出たいなと思います。テレビが情報源、テレビ基準という人も多いと思うし、僕らも北海道の片田舎で、情報源といえばテレビでした。大きなメディアなので、そこから少しでもGLAYに興味を持ってくれる方がいる可能性があるのであれば、これからもやっていきたい。

ネット界もざわつかせて、テレビでもざわつかせるHISASHIさんは、やはりGLAYの中では特異な存在ですよね?

HISASHI
好きなことや面白いことをやっているのだけなので、手法が増えただけだと思います。テレビの人が僕を選んだりとか、動画サイトが身近になったり、パソコンの普及も大きかったかもしれません。僕が近づいたというよりは、周りの人が近づいてきてくれたというイメージです(笑)。

『SUMMERDELICS』でHISASHIワールドが炸裂した感はありますが、考えてみるとHISASHIさんが曲を書き始めたのは「Cynical」(※13)(1995年)からで、もうデジタル色を前面に出して、その存在感を残していました。

HISASHI
90年代はメンバーのカラーを出すというよりは、バンドの印象を強く打ち出していたので、僕の曲はカップリングやアルバムで、GLAYにない面を作っていました。僕らはプロデューサーの佐久間正英さん(※14)と一緒にやってきたので、コンピュータベースのレコーディングは、割と早く取り入れた方だと思います。『SUMMERDELICS』のコンサート演出のアイディアも、前半三曲はやらせてもらって、ああいうことも実は初めてやりました。

結構ショッキングな映像が使われていました。

HISASHI
結局バランスなんですよね。これはいいけどこれはダメみたいな、そういう感覚が自分の中でちゃんとあって。だからメンバーも任せてくれたのだと思う。オープニングからホラーやサスペンスを連想させる映像を使って、大きな空間の中で行われるショーなので、そういうスリリングで、意味ありげなオープニングは結構好きですね。

今まで見た事ないGLAYの世界に、一瞬で引き込まれました。

HISASHI
GLAYって昔からU2(※15)みたいだなって思っていて。U2ってアルバムを出す度にテーマが違っていて、コンサートのオープニングで、今回のU2は違うと思っても、最後はいつもの感じのU2になっていて、GLAYもそんな感じなんですよね。『HEAVY GAUGE』(※16)とか結構重厚なアルバムを出しても、最後はみんなで歌おうみたいな感じになったり。僕らはコンサートの最初に、“今のGLAY”はこんな感じです、というのを観てもらうだけでもいいかもしれない。最後までそれを引きずって、無理矢理ホラーで終わるのも全然違うと思うし、最後はいつのようにみんなで『I’m in Love』(※17)を歌って終わるみたいな。

オープニングが遠い過去だった、みたいな。

HISASHI
そうなんですよね。印象って結構最後の方のものが残ると思うので。僕がコンサートで一番好きなのは、オープニングでメンバーが出てくるシーンなんです。一瞬で空気が変わるというか、だから結構オープニングSEも今までたくさん作っていて、作品化されていないのもたくさんあります。

HISASHIさんの中で、自分の世界観を表現するためには、言葉とメロディと、映像も欠かせないものですか?

HISASHI
そうですね。俺が使う映像はギミックというか、そういう感じのものが多くて。雰囲気ものの、美しい映像も使ったりもしますけど、そうじゃないちょっとエグいものとかそういうのが好きで、割と物議をかもすくらいのものをやりたいなと思っています(笑)。
『微熱Ⓐgirlサマー』(※18)は、青春のラブソングみたいな曲なので、あの頃の甘酸っぱさをちょっとだけエロティックなものに置き換えたら、GLAYのファンの方はどこまで許してくれるのかとか考えたり。あまり許してくれなかったけど(笑)。爬虫類を使ったものとかは評判が良くなったです(笑)。

やっぱり評判は気にするんですか?

HISASHI
でも終わった事ですからね。俺的には今回かなり踏み込んだなという達成感はあります。ファンの方は、もうあるものとして楽しむというか、観る側としてもすごくプロフェッショナルだと思います。本当にみんな楽しんでるなっていうか。

観ている方もプロ、というのはいい関係ですね。

HISASHI
一緒に育っている感じですね。でもそういう甘やかされた環境というのはよくないとも思っていて、アメリカでコンサートをやった時とかは、反応がバラバラだったので、もっともっと頑張らなければという気持ちになりました。

これからますますHISASHIワークスは増えていきそうな感じですね。

HISASHI
そうですね。この前『hide TRIBUTE IMPULSE』(※19)(6月6日発売)の作業が終わったのですが、こういうプロジェクトに単独で参加すると、意外な発見があったりして。これはGLAYに持っていける要素だなって思ったり。

やはり何をやっていても、GLAYに持って帰ったら面白いかも、という感覚があるんですね。

HISASHI
そうですね。バンドの中では、世界の面白いものを紹介するようなキャラクターだと思っているので。例えばダブステップ(※20)みたいな音楽を入れたらカッコいいよ、とか。GLAYに合う合わないはあると思うけど、そういう役割なんだなと思っています。

文・田中久勝
※1:アルバム『SUMMERDELICS』
前作より2年8ヶ月ぶりとなるGLAYにとって14枚目のオリジナルアルバム。2017年7月12日(水)リリース。7月24日付けオリコン週間CDアルバムランキングで1位を獲得した。
※2:『関ジャム』
関ジャニ∞の音楽バラエティ番組。関ジャニ∞が毎回様々なアーティストをゲストに迎え、一夜限りのジャムセッションやトークを繰り広げる音楽バラエティー番組。HISASHIは2017年6月11日、佐橋佳幸、MIYAVIとともに出演。
※3:『タモリ倶楽部』
1982年放送開始の長寿番組。すべてロケで行なわれる「流浪の番組」。さまざまな社会現象をタモリとゲストで掘り下げる。番組内のコーナー『空耳アワー』も人気。HISASHIは2018年4月6日放送回に出演。
※4:デアゴスティーニ
HISASHIは毎週少しずつパーツが届く「週刊バック・トゥ・ザ・フューチャー デロリアン」に取り組んでいることを公言している。『タモリ倶楽部』のディアゴスティーニ特集に出演した。
※5:「BORN TO BE IDOL」
2018年5月9日リリースのバンドじゃないもん!のダブルAサイドシングル。往年の斉藤由貴を彷彿とさせる王道アイドルソング。
※6:「恋する完全犯罪」
2018年5月9日リリースのバンドじゃないもん!のダブルAサイドシングル。HISASHIは「今回の話を頂き数日でサラリと書き上げた」という。
※7:遠藤ゆりかさん・「モノクローム・オーバー・ドライブ」
歌手・声優。2014年リリースの「モノクローム・オーバー・ドライブ」をHISASHIが作詞・作曲・プロデュースを手がけた。テレビ東京系アニメ『Z/X IGNITION(ゼクス・イグニッション)』のエンディングテーマ。
※8:秋元康先生
日本を代表する作詞家。AKB48グループや坂道シリーズのプロデューサーを務める。
※9:TVアニメ『クロムクロ』
2016年4月~9月放送。HISASHI作詞・作曲の楽曲「デストピア」「超音速ディスティニー」が主題歌。
※10:「彼女はゾンビ」
2016年1月27日リリース『G4・IV』収録。HISASHI作詞・作曲。「シン・ゾンビ」のもとになった曲。
※11:「HOWEVER」
1997年8月6日リリース、12thシングルにしてGLAYにとっては初のミリオンセラーとなった代表曲。
※12:「BELOVED」
1996年8月リリース、GLAY9枚目のシングル。TAKUROが作詞・作曲したGLAYを代表するラブソング。
※13:「Cynical」
1995年11月リリース、GLAY7枚目のシングル「生きてく強さ」収録曲。
※14:佐久間正英さん
ロックバンド、四人囃子の元メンバーで、プロデューサーとしてBOØWYやザ・ブルーハーツ、GLAY、JUDY AND MARYらを手がけた。
※15:U2
1980年デビューのアイルランドのロックバンド。売上も観客動員も世界最大規模の成功を収めるロックバンド。グラミー賞の獲得数22作品は“ロック・バンド史上最多”。音楽性を変化させながらメッセージ性の強いコンセプチュアルな作品を発表する一方、スタジアム級の大規模会場で映像や演出を多用したワールドツアーを成功させている。
※16:『HEAVY GAUGE』
GLAY、メジャー5作目のアルバム。1999年10月リリース。「GLAY EXPO '99 SURVIVAL」の前後に収録されたこともあり重厚な作風が際立ったアルバム。売上枚数は235万枚でGLAYのアルバムでは歴代2位。
※17:『I’m in Love』
GLAY、メジャー4作目のアルバム『pure soul』収録曲。1998年7月リリース。オセロ、長島三奈、鈴木紗理奈、山本シュウ、中山加奈子、富田京子、せがわきりなどがコーラスで参加。ライブでもラストナンバーとして演奏されることが多い。
※18:『微熱Ⓐgirlサマー』
2015年5月25日発売のシングル「HEROES/微熱Ⓐgirlサマー/つづれ織り~so far and yet so close~」収録曲。HISASHIが作詞・作曲を手掛け、コンタクトのアイシティ夏のキャンペーンCMソングにも起用された。
※19:『hide TRIBUTE IMPULSE』
X JAPANのギタリスト hideの没後20年のトリビュートアルバム。HISASHI×YOW-ROW「DOUBT」を収録。
※20:ダブステップ
イギリス産のダンスミュージック。レゲエから派生したダブの手法と、90年代に生まれた2ステップ等のダンスミュージックを組み合わせたジャンル。アーティストではスクリレックスが世界的な人気を獲得している。

Vol.71 JIRO WEBインタビュー

台湾、そして香港でのライヴが目前に迫ったGLAY。昨年末からはメンバー個々の活動に移っていたので、2018年のGLAYはこのアジア・ツアーからお目見えという形になる。今回はそれに当たってJIROに単独インタビューを敢行。彼は2月上旬まではTHE PREDATORS(※1)で全国ツアーを廻っており、その楽しそうな姿を見たファンも多いだろう。取材を行ったのはそのアジア公演のためのリハーサル・スタジオのロビー。TAKUROをはじめメンバーが「おはようございまーす」と徐々に集まってくるそばで、今の心境をニュートラルに語ってくれたJIROだった。

2018.3.16

JIROくんは2月にTHE PREDATORSのツアーを終えたわけですが、去年の年末まではGLAYのアリーナ・ツアーがありました。このところ、そうしてライヴと制作が交互に連なっている状態がずっと続いているんですが、それはいかがですか?

JIRO
そうですね。でも、そのペースで気持ち的に落ち着いてるところがあります。今はTHE PREDATORSが終わって、主にアジア・ツアーに向けての個人練習の時間に当てています。で、今回演奏するのが『SUMMERDELICS』のツアー(※2)でやってきた曲が大半なので、「2ヵ月空いてるので忘れてるかな?」と覚悟してたんですけど、意外と覚えてました。それがわかったら一気に気が抜けて、もう何にもしたくなくなって(笑)……今は家で音楽聴いたり映画観たり、のんびりしてますね。

(笑)そういう時間も必要でしょう。で、それだけ曲が身体に入り込んでたわけですね。

JIRO
そうですね。(『SUMMERDELICS』(※3)収録曲の)フレーズは難しかったんですけど、そのぶん集中してやっていたからなのか、けっこう覚えていました。間にTHE PREDATORSのツアーが入ってたから、絶対忘れてるかなと思ってたんですけど、意外と……別腹じゃないですけど(笑)、こっちはこっちで残ってましたね。バンド演奏という、基本的には同じことをやっているとはいえ、(ふたつのバンドでは)ちょっとテイストが違うというか。

そう、そこをあらためて聞いておきたいんですけど。「これからライヴをやります」という段階だとして、GLAYとTHE PREDATORSの感覚は、どのぐらい同じで、どのぐらい違うものなんですか?

JIRO
けっこう違いますね。GLAYの場合は、身体が緊張して指が攣ったりしないように、ライヴ前に時間を作って楽屋でトレーニングをしたりします。そうして軽い筋トレをして、身体の緊張をほぐしてからヘアメイクして本番に臨む、みたいな感じなんですけど。THE PREDATORSの場合は……本番前にはストレッチぐらいですね(笑)。これはいい意味で言うんですけど、ライヴハウスのほうはお客さんが勝手に楽しんでくれるというか。だから「こっちはただ演奏するだけでいいかな」という感じなんですよ。それがGLAYだと……会場がアリーナとかなら、ほんとに後ろのほうのお客さんには「なーんだ、この席だと楽しめるのか、わかんないな」みたいな人たちもいっぱいいると思うんです。でもライヴをやる以上、そういう人たちも納得させないといけない。そのためには(意識として)より遠くに届けようとするので……気持ち的には疲れるんでしょうね。

なるほど。会場がアリーナのように大きな規模だと、演出や仕込みのことを意識しないといけないのもあるんじゃないですか?

JIRO
まあ、そうですね。ただ、演出に任せておけばいいかといえば、そうでもないんです。GLAYに関しては、(自分たちの)後ろで面白い映像が流れてても、俺たちのほうを見てるファンの人たちにアピールしなきゃいけない!という気持ちがあるんですね。セットや映像があるので俺たちはただ黙々と弾きますよ、みたいなバンドじゃないので。だから「一瞬たりとも気を抜けないな」というのはあります。

ああ、演出の段取りとかよりも、やっぱり演奏への集中力のほうが大事だと。そうですね、GLAYの時のJIROくんは、ほんとに魂で弾いてるように見えるんですよ。で、それに対してTHE PREDATORSではもっとこう、気持ち良さのほうが伝わってくるというか。

JIRO
(笑)それは今回、自分でもあらためて思いました。THE PREDATORSは、それこそ遊びなんですよ。だから、とにかく気楽に演奏できるなって。まあお客さんには同じようにチケットを買ってもらって、来てもらってるんですけど……THE PREDATORSは「お金払ってくれてるけど、俺たちの趣味的な遊びを見たいんだよね? だから俺たちは好き勝手やるよ。それでも見たいんなら、どうぞ!」みたいな(笑)。そういうのに近いかもしれないですね。

そうそう。すごくわかります。

JIRO
それが今はより濃くなったなと思います。だからTHE PREDATORSは、やるべきことをやる、それで楽しんでるものを見てもらう、という感じですね。GLAYの時は「こんなのもありますけど、どうですか?」「みなさん、楽しんでる?」という気遣いがあるかもしれないです。

今回、THE PREDATORSはツアーファイナルのZepp DiverCityを見せてもらったんですけど、その「楽しんでやってるな」と思った瞬間のひとつが、アンコールで缶ビールを飲んでる姿を見た時でした。ああいうの、GLAYではやらないですよね?

JIRO
うーんと、昔はやりましたけどね……90年代後半とか、ライヴハウスでやってる頃とかですけど。あれはピロウズが毎回やってるんですよね。アンコールで出てきて、みんなでトークを回しながら飲む。(山中)さわおさん(※4)はそのスタイルをTHE PREDATORSに取り入れたんです。で、ピロウズの場合は、基本的にさわおさんがしゃべって、誰かが面白い話をしたらさわおさんが突っ込んで、みたいな感じなんですけど。俺たちの場合は、ほんとに全員自由で(笑)。高橋(宏貴)くん(※5)も自由だから突然何を言い出すかわからないというのも含めて、面白かったですね。

だってDiverCityの時の2回目のアンコールなんて、出てきてからのMCが15分もあって、そのあとの最後の曲は2分ちょっとでしたからね。

JIRO
そうそう! そうなんですよ(笑)。あのDiverCityの時のMCは相当面白かったですね。俺もあらためてオフライン(=編集の映像)のチェックをするために家で観てて、爆笑しましたから(笑)。

で、THE PREDATORSはそのツアーのDVDが出ることになっていて、楽しいライヴの模様が収録されていると思うのですが。これに収録される特典映像について、高橋くんがブログで「ふたりに騙された」みたいなことを書いてましたよね。

JIRO
(笑)そうなんですよ。まず高橋くんには「ある曲のミュージックビデオを撮ります」という企画を伝えておいたんですけど、ほんとのことは内緒にしといて……その場でいきなり曲を作ってもらったんです。実はツアー中からさわおさんが高橋くんに「お前は今回(のEP)でも1曲採用されてるけど、俺にプレゼンする時に2曲しか作ってこなかったよな? しかも前回初めて作った時は、まさかの1曲しか書いてこなかった。JIROくんを見てみろよ! 毎回4曲も5曲も作って俺にプレゼンしてくるんだぞ? お前はどんだけ偉いんだ!」みたいな話をしていたんですよ。いじりみたいな感じで。で、「今後もまだ作りたいのか?」「はい、もちろんです」みたいな振りがあって、「そんなに曲が作りたいなら今から作ってみろ! 1時間やるから曲作れ!」って。「それで俺が歌詞書いて、バンド・アレンジして、今日すぐレコーディングしよう!」みたいな。それをやったんですよ。だから新曲ができたんです(笑)。

(笑)それはどういう映像になっているのか、楽しみですね。それからTHE PREDATORSは4月にARABAKI ROCK FEST.(※6)に出ることが決まってますね。

JIRO
8年ぶりらしいんですよね。その時は緊張していないようで、けっこう緊張していた記憶があります。僕自身、フェスって特別な空気感だなと感じてるところがあって……気持ちがちょっと浮ついてるんだけど、バシッときめないとな、みたいな。そういうヘンな緊張感があったような気がします。でも今回はツアー明けだし、今の俺だったらあんまり気負わずに、普通に楽しめるんじゃないかな。フェスに来てる人たちも、めったに観れるバンドじゃないし、曲が単純で乗りやすいと思うので、観たい人は来てほしいですね。なので、自分としては前回とはちょっと違う感じでやれそうです。まあ……間違えても何でも、俺たちが楽しけりゃいいや、みたいなところもありますけど。遊びのバンドなので(笑)。

(笑)始まりから、そうでしたからね。そしてGLAYのほうはアジア・ツアーがもうすぐなんですが、今どんな気持ちで向かっていますか?

JIRO
気持ち的には、まだ現実味がないですね。というのも今回はリハーサルが短くて、4日だけなんです。ただ、去年の6月に「金曲奨」(※7)という台湾の音楽祭に行って、実際に僕らがライヴをやる台北アリーナでパフォーマンスさせてもらったんですけど、そこがとんでもなく広いんですよ。日本だと、さいたまスーパーアリーナぐらいかな? すごくぜいたくな造りの会場で、若干ビビってたんです。だけどその後GLAYでアリーナ・ツアーやって、THE PREDATORSでまた「やっぱり音楽って楽しいな」みたいなお気楽ムードもちょっと味わえたので(笑)、今はプレッシャーはあまり感じてないですね。

はい。それこそ、これだけライヴをやってきてますからね。

JIRO
うん。それに最近だんだん開き直ってきてて、「どんなに練習しても、間違える時は間違える」みたいなところもあるんですよ(笑)。これは表現的にはあまり良くないかもしれないけど、(演奏のミスは)交通事故みたいなものだと思ってるんです。「何で今まで弾いてたものが突然スコーンって抜けたりするんだろうな?」って思うんですね。べつに気を抜いてるわけじゃないのに。でも「そういうことって普通に起こりうるな、だからそれに関してはしょうがないな」って。「そこで落ち込むよりは、これ以上の失敗はないだろうから、逆に楽しんでやろう!」と思ったほうがいいかなって思ってます。

JIROくんは、台湾や香港という土地には、どんな思い出や印象を持っています?

JIRO
台湾には2001年のEXPO(※8)の時から仲良くしてる地元のバンドがいて、僕らが台湾に行く時には応援に駆け付けてくれるので、いろいろと思い入れがありますね。香港は前回アリーナをやるまで、俺たちが(香港について)とくに何かを語ったことはなかったけど、でもライヴをやってみたらGLAYを知ってくれてる人たちがすごくいてくれたことに、まずビックリしました。90年代の後半ぐらいに「GLAYが現地ではすごく人気があるよ」って言われてたのを聞いたことがあったんですけど、それから10何年も経っているわけだし、自分たちからは何のアクションも起こしてなかったし、「やってみたところで、もしかしたら閑散としてるのかもしれないな」なんて思ってたんですけど、そんなことはなかったです。それはかなり自信になりましたね。まあ、どちらも楽しんでやれたらと思います。

ライヴをする上で、日本と違う感じってあるんですか?

JIRO
全然違いますね。自分たちと同じような顔つきをしてても、やっぱり外国なので……それこそステージからでも日本語で唄ってくれてる人たちがいっぱい見えるので、それには純粋に感動しますね。それに今、GLAYで日本国内でライヴやってても「香港」とか「台湾」とか書いたプレートを持って遠慮がちにアピールしてくれてる人がいますけど、そういうのを見ると、うれしいですね。

いわば、音楽が国境を超えている瞬間ですものね。

JIRO
そうですね。日本の人たちでも「GLAYのチケット取れない」って言ってるファンがいるのに、海外から僕たちを観るためにお金もかけて手間暇もかけて来てくれてるわけだから……それはうれしいですね。

この2公演のセットリストはどんなものになりますか?

JIRO
『SUMMERDELICS』のツアーからは3分の1くらい変えて、メジャーな曲を入れてます。とはいえ、アルバムのツアーのひとつで行く感じではありますけど。あと、その去年6月の金曲奨でTERUが唄いながら客席を見渡した時に、すごい焦ってたらしいんですよ。「ほんとに入るのかな、これ?」みたいに。で、台湾でライヴをやることが発表になったのが前回のアリーナ・ツアーの最中だったんですけど、TERUが福岡の時に「福岡と台湾、近いんでしょ? みんな来ちゃいなよ!」みたいなことをMCで言ってて(笑)。そのおかげもあって、日本からもたくさん観に来てくれるみたいです。そうなると「何度も演奏してるようなメジャーな曲ばかりじゃ、まずいんじゃないかな?」というのもあるので、うまいこと何曲かレア曲を入れてみたりしようと思います。

ということは、ツアーの特別版みたいな内容になりそうですね。向こうはこちらよりも暖かいでしょうし、いいコンディションでできるといいですね。

JIRO
うん、大丈夫じゃないですかね。メンバーとも話してたんですけど、海外といっても地理的には近いので、国内を移動するような感覚でやれたらいいなと思います。「アジア・ツアーです!」みたいな感じでやるよりは、日本と同じような感覚で行けたらいいなって。

では、その成功を祈ってます。

JIRO
はい! ありがとうございます!
文・青木優
※1:THE PREDATORS
2005年結成。the pillowsの山中さわお、GLAYのJIRO、ストレイテナーのナカヤマシンペイで結成。ナカヤマは2010年3月に脱退。ELLEGARDEN、Scars Boroughの高橋宏貴が加入。いままでにアルバム5枚、DVD3枚をリリース。今年1月に会場販売と通信販売限定シングル「Arabian dance」をリリース。約2年半ぶりの全国ツアー「Arabian Dance Tour」も開催。
※2:『SUMMERDELICS』のツアー
2017年9月23日(土・祝)朱鷺メッセ・新潟コンベンションセンターから12月17日(日)愛知・日本ガイシホールまで23公演で開催されたアリーナツアー。
※3:『SUMMERDELICS』(アルバム)
前作より2年8ヶ月ぶりとなるGLAYにとって14枚目のオリジナルアルバム。2017年7月12日(水)発売。7月24日付けオリコン週間CDアルバムランキングで1位を獲得した。
※4:ピロウズ・さわおさん
1968年12月7日、北海道出身。1989年結成のthe pillowsでVo.&Gを務める。JIROと意気投合してTHE PREDATORSを結成。
※5:高橋(宏貴)くん
ドラマー。1998年にELLEGARDEN 結成を結成。2008年、Scars Borough を結成。2010年にTHE PREDATORSに加入。
※6:ARABAKI ROCK FEST.
2001年から仙台近郊で開催されているロックフェスティバル。THE PREDATORSは今年、2010年以来8年ぶりの出演となる。
※7:「金曲奨」
台湾のグラミー賞とも呼ばれる音楽に関する賞。台湾の3大娯楽賞の一つ。2017年6月24日(土)に開催された第28回金曲奨でGLAYは特別パフォーマンスを行なった。
※8:2001年のEXPO
GLAY EXPO 2001 "GLOBAL COMMUNICATION"、東京スタジアム(現・味の素スタジアム)、北海道・石狩市青葉公園特設ステージ、北九州マリナクロス新門司ステージで開催された。九州公演には紫雨林(韓国)、DOME(タイ)、ニコラス・ツェー(香港)、メイデイ(台湾)、The d.e.p (ビビアン・スー、佐久間正英、土屋昌巳、ミック・カーン、屋敷豪太による日台英混合バンド)が出演した。

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