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Vol.90 TERU WEBインタビュー

10月31日(土)に生配信された『GLAY app Presents PREMIUM HALLOWEEN LIVE Vol.05 LIVE at HOME』。6月8日(月)、TERUが自身の誕生日に弾き語りで単身スタートした配信ライヴイベントシリーズ「LIVE at HOME」は、これを以って2020年内は最終回。毎回趣向を凝らし、積み重ねて来た数々の挑戦・実験が結実した、シリーズ集大成にふさわしい充実したエンターテインメント作品となった。このインタビューは、興奮冷めやらぬ本番2日後に実施。制作秘話や手応え、シリーズの総括、Vol.5を終えて芽生えた新たな展望などを尋ねると、TERUは疲れを感じさせず、エネルギーに満ちた言葉の数々を聴かせてくれた。

2020.11.11

Vol.5は、ハロウィンらしい楽しさはもちろんありながら、つくり込まれた世界観に引き込まれる配信ライヴでした。終えてみてのご感想はいかがですか?

TERU
2020年を締め括るライヴとしては、Vol.5にして「LIVE at HOME」史上最高のものになったと思います。ダンサーを入れるのは「LIVE at HOME」初の試みになるんですけども、「双子のかわいいダンサーを入れたい」という元々のイメージ通り、バッチリはまったライヴになりました。

TERUさんも一緒に踊っていらっしゃいましたよね?

TERU
リハーサルで、ANKANのふたりが振り付けをしているのを鏡越しに観ていたら、すごくかわいらしいダンスだったので、合わせて踊ってみたんですよ。そうしたらふたりがニコッとしてくれたので、「あ、これはアリなんだな」と(笑)。

いえいえ、アリどころか素敵でした(笑)。ダンスなど演出面については後ほど詳しくまた伺いたいのですが、まず音楽面についてお尋ねします。ハロウィンムードを前提としつつ、全編ダンスミュージック・アレンジが施されていましたね。

TERU
DJ Mass(MAD Izm*)くんには、″’80年代のディスコミュージック″というオファーをしてあって、ステージ上の美術装飾などもそのイメージでつくってもらっていたんですね。なぜ’80年代のディスコにしたかったか?というと、ハロウィン仕様でおどろおどろしくするのもアリだけど、もう少し音楽的にもちゃんとしたことをやってみたいな、と思ったからなんです。元々2016年にリリースした『Welcome To The Halloween Town』(ハロウィンアレンジアルバム)のために、MASSくんが20曲ぐらいつくっていたハロウィンアレンジがあって、それを聴き返したり、長居スタジアム(2012年7月の『HOTEL GLAY』)の時にもMASSくんにつくってもらったオープニングのアレンジを聴き直していくうちに、″’80年代のディスコミュージック″の匂いをキーワードとして感じて。MASSくんとその方面で今回はガッチリやってみたいな、というのがそもそもの発想だったんです。MASSくんにそうオファーしたらすごくよく理解してくれて。なので、ハロウィンミックスといえど、’80年代のディスコミュージック、ダンスミュージックが背景にあるので、すごく聴きやすくてノリやすい12曲になったんじゃないかな?と思います。

セットリストはこれまでのように、ゲストであるHISASHIさんの意見も取り入れながらTERUさんが決められる形だったのですか?

TERU
今回は僕の独断でした。ハロウィンアレンジ曲を全部聴き直した中で、コンセプトであるダンスミュージック、’80年代のディスコというテーマに合いそうな楽曲を予め20曲ぐらい自分でピックアップして、15曲ぐらい用意したんですけども、HISASHIに「多い。これひとりでやるの?!」と言われて(笑)。そこから削ってあの形になりました。

他のギタリストの方に声を掛ける説もあったそうですね?

TERU
そうなんですよ。元々HISASHIはゲストミュージシャンとしての参加だったので。2017年のハロウィンライヴ(TERU主催の『HALLOWEENDELICS』/ZeppDiverCity)にHISASHIは恵比寿最速(仮)というバンドとして登場してくれていて、そのイメージもあって「たぶん5、6曲だろう」と思っていたらしく(笑)。12曲もあるなら他にギターも入れなきゃな……と僕も思っていろいろ探したんですけども、なかなか声を掛けづらいというか(笑)。なので、HISASHIに全部お願いしました。ギターのフレーズを考えるのが大変だっただろうなと思うし、後奏をゲームの音楽にしたり、いろいろなところに遊び心がいっぱいあったので、相当考えてくれたんだなと思いますね。

「HEAVY GAUGE」ではTERUさんもエレキギターを弾かれるとは、新鮮で驚きました。

TERU
HISASHIひとりで全曲のギターフレーズを考えてくれていたんですけども、さすがに「HEAVY GAUGE」に関しては、イントロで印象的なTAKUROのギターサウンドが鳴っている上に、HISASHIのいろいろなエレクトリックな音が入っているので、「TAKUROのフレーズは弾いてほしい」とリクエストされて、ギターを持ってみました。「デストピア」の時にエレキギターを全編弾きながら歌ったこともあったので、弾くこと自体には抵抗はなかったんですけども、持つ位置の高さって言うんですかね? 最初に持った時HISASHIから「それは高過ぎる。もっと下げたほうがいい」というアドバイスをもらいました。

低い位置で持つのはカッコいいですが、「弾きづらい」とアフターパーティーでおっしゃっていましたね。

TERU
低くなれば低くなるほど手首を反らなければいけなくて、結構負担が掛かるので、皆そういう大変さと闘いながら見た目のカッコ良さも追及して頑張ってるんだなぁというのは実感しました。それがロックの象徴、みたいなのがあるんですね。参加してくれたベースのCHIYUも、普段だったらもっと低い位置で弾くみたいなんですけど、今回だけは「ミスタッチしたくないから」ということで、高い位置に上げて演奏したと言っていました。

今お名前が出ましたCHIYUさんは、TERUさんを尊敬していると公言されている後輩アーティスト。2017年の『HALLOWEENDELICS』ではGREMLINSとして対バンされましたが、今回の参加はそれともまた違った気合を感じるプレイ、コーラスでした。

TERU
CHIYUはもともとSuGというバンドをやっていたんですけども、解散して、今はソロで頑張っているんですね。ベースを弾くだけではなく歌も歌っているんですけども、アルバムが完成した時にすぐデータを送ってくれて、それを聴いて感想を伝えるなどのやり取りをしていて。ご飯に誘っていろいろと音楽の話をしている時、このVol.5の構想があったので、「もしタイミングが合えば、声を掛けるかもしれない」という話をしたらすごく喜んでくれて。ディスコミュージックというところでは、ベースレスのほうが音楽的にはひょっとしたら正しいのかもしれないんです。でも、コロナ禍で大変な想いをしているファンの子たちへメッセージを届けていたりする、CHIYUの気持ちがすごく滲み出ていたのを感じて……ここでCHIYUにも参加してもらって、CHIYUのファンの子たちにもライヴしてる姿を見せることで、皆頑張ってくれるんじゃないかな?という想いもあって、オファーしました。

さすがTERUさん! CHIYUさんのファンの方たちのことまで思いやっていらっしゃるなんて……CHIYUさんは完コピして綿密な準備して臨まれたそうで、強い愛とリスペクトを感じました。

TERU
やはりベースということで、JIROのプレイがすごく参考になったと言っていましたね。JIROはシンプルに弾いているようであっても、意外と難しいフレーズをたくさん弾いているんです。CHIYUはそれをコピーして吸収して、更に自分のフィルターを通して弾く時に、その難しさと、「シンプルに弾いているように見えて、ベースラインが本当に考えられているんだな」と学んだようで、すごくいい勉強になったと言っていました。

前回のオフィシャルインタビューを振り返ると、ANKANのおふたりについて、オープニングの映像以外には本編でどういう形で絡んでもらうか「まだ決まっていない」とお話されていましたが、ふたを開けてみると大フィーチャーされていましたね。

TERU
そうですね。元々はオープニングの映像と、あとはアンコールに出てもらえたらいいかな?と思っていたんですけども、オープニング映像の構想を考えていくうちにどんどん夢が広がって。そこで、演出家の方やキャスティングの方に相談して、踊らなくてもいいからなるべくステージにずっといてもらって、立っているだけでも存在感のあるような感じで参加してもらうのってアリですか?という相談をしたところ、本編中でも何曲か躍ってくださるという話に発展していきました。後半はTOKI(C4)さんが登場するので、あまり(画面内が)ゴチャゴチャとし過ぎでも良くないからバランスを考えて、TOKIさんのところはTOKIさんに任せつつ、自分の中での「ここからここまではいてほしい」というのをお伝えして。考えてきていただいたダンスをリハーサルで見せてもらったところ、キレッキレで曲の雰囲気にバッチリ合ったので、そこからまたイメージが膨らみ、追加で「電気イルカ奇妙ナ嗜好」で赤い傘を持ってもらったりもしました。

「電気イルカ奇妙ナ嗜好」は、赤い傘がインパクト大で、ダークなメリーポピンズみたいな雰囲気がハロウィン感を高めていましたね。

TERU
リハーサルをやっている時に、頭の中ですぐそういうイメージができて。「真っ赤な傘を持って立っていてもらっていいですか?」という話から、ああいうフリを付けてくれたんです。ANKANのふたりが躍っているのを見ていろんな演出をイメージすることができたし、そのダンスを見て僕も一緒に踊ったりするのも決まっていきました。新しい世界の人たちとの出会いによってエンターテインメントって膨らんでいくなぁというのを今回はすごく学べました。

素朴な疑問としてお尋ねするのですが、至近距離にダンサーの方がいるというのは、ヴォーカリストとしてやりづらさはないのでしょうか?

TERU
これは自分のヴォーカルスタイルだと思うんですけど、周りに何があるからということでやりづらい、ということがあまりなくて、意外としっくり来たんですよ。過去には南流石さんとご一緒して大人数の方々に踊ってもらったこともあるし、拒絶反応もなくすんなり一緒にステージに立てました。僕の中では「あ、こういう感覚なんだな」と気付けたし、やっぱり実際にライヴをすると新たな可能性が見えてくるんですよね。ダンスにもジャンルがたくさんあるので、いろいろな人たちとコラボレーションするともっともっと可能性を広げてくれるんじゃないかな?とも思いましたね。

「ALL STANDARD IS YOU」は2019年のドリームフェスティバルの1曲目で披露されたのが、久しぶりの披露だったんですよね。今回はまた全く違ったアレンジに生まれ変わっていて。魂の絶唱のような、狂気すら感じさせるTERUさんのシャウトは迫力に満ちていました。

TERU
HISASHIがドリームフェスティバルの時、「この曲でアカペラで登場してほしい」というアイディアを出してきた時、僕としては恥ずかしさのあまり「ちょっとどうかな?」という拒絶反応が出たんですけども(笑)、実際にやってみたらすごくインパクトのある演出で。ヴォーカルがひとりで歌うアカペラ始まりというのは、どんな花火よりも大きな特効になりうるんだなと学んだんですね。「ALL STANDARD IS YOU」の新しい見せ方、聴かせ方をその時に経験できたので、今回はそれともまた違った形に挑戦することができました。コード感もまるで変ってしまって、ハロウィンだからこそのアレンジだったので、メロディーを合わせるのも実はすごく難しかったんです。でも、大サビの<あなたの幸せ願わない日はない>と連呼するところ、あそこも最初はおどろおどろしいコード感だったんですけど、そこだけは原曲通りに戻してもらいました。「その部分だけは救いがあってほしい」と思ったので、MASSくんに相談して。

大切にしたい特別な想いがあったのですね。

TERU
歌詞もそうなんですけども、聴いてくれている人たちが気持ちを込められる瞬間だと思って。MASSくんも本当に懐の広い人で、そういう相談にもすぐ対応してくれるんです。今回は、アレンジ力もそうですけど、MASSくんのそういった対応力に助けられました。InstagramでMASSくんを「匠なサウンドメイクとバンドマスター的な存在感」と書いたら、MASSくんのおじいちゃんが大工さんだったそうで、「匠という言葉が自分にとって一番の褒め言葉です」とすごく喜んでくれて。大工さんが木にかんなを掛けるようにMASSくんも本当に細かい作業をしてくれたし、「ちょっと釘が曲がったから、もう1回抜くわ」みたいな(笑)、本当に細部まで気を使った丁寧なサウンドだからこそ、皆に気に入ってもらえてるんじゃないかな?と思います。

職人さんのような緻密なお仕事ぶりですね。そして、ゲストのTOKIさん。アフターパーティーではお誕生日祝いの場面もありました。TOKIさんはカッコ良くもあり、お人柄が面白くもあり(笑)、イベントの盛り上げ役となっていましたね。30年来の長いお付き合いで、これまでも共演はしてこられましたが、今回はいかがでしたか?

TERU
こうしてしっかりと4曲も一緒に歌うのは初めてでしたし、ふたりで並んで歌う姿をお見せすることもなかったので、ファンの子たちにとっても新鮮だったみたいですね。氷室京介さんと吉川晃司さんみたいな(笑)。そんな感じで楽しめたんじゃないかな?と思います。’80年代、’90年代の日本のロックに憧れて音楽をしてこられた人で、その堂々としたパフォーマンスがカッコいいんですよ。だんだん皆がTOKIさんに目を奪われていき、TOKIさんが映っていないとなんだか寂しくなってしまうという(笑)。

たしかに、ついつい探してしまっていました(笑)。

TERU
そうそう(笑)。「LIVE at HOME」において、2020年の最高の締めになったなと思うし、TOKIさんも久々にパフォーマンスできたことをすごく喜んでくださったので、本当に良かったなと思います。

「UNITE」はC4の曲ですが、どういった選曲理由があったのですか?

TERU
TOKIさんが選んだんですけども、元々HISASHIがメインでギターを弾いている曲だというのもあって。実際に歌ってみたらすごく軽快で、MASSくんのアレンジがまたいいんですよ。’80年代の疾走感あるダンスビートみたいな感じで、すごくカッコよくて。’80年代のあの時代を蘇らせたようなサウンドになりましたね。

そして「BURST」。GLAYのライヴでは近年あまりセットリストに入らないので、レアに感じました。

TERU
「BURST」をなぜやらなくなったか?というと、元々はあんなに短い曲なのに、<Let me BURST>というくだりだけで下手したら30分ぐらいになってしまうので(笑)。「30分あれば6曲できるよ」という話から『「BURST」はコスパが悪いな』となりまして(笑)。逆手にとってではないですけども、久々に、しかもTOKIさんも交えて一緒にやったらファンの子たちも喜ぶだろうなと思って、僕が選曲しましたね。

なるほど。今回のライヴにおいて、TOKIさんとの歌い分けは何を基準に決められたのですか?

TERU
低いところはTOKIさんも歌えるだろうし、という音程的なところと、あとはカメラに映った時の見栄えというか、僕が歌ってTOKIさんが歌ってという″代わる代わる感″があるとコラボ感があっていいな、と。そういうことをポイントに考えました。「TILL KINGDOM COME」のBメロは僕がメインで歌うところだったんですけども、「このキーだったらTOKIさんも歌えるかな?」と思って、リハーサルの時に急遽TOKIさんにお願いしました。元々自分が考えていたところからの変更点としては、その部分ぐらいかな? 「TILL KINGDOM COME」といえば、TAKUROのコーラスパートをTOKIさんとCHIYUも歌ってくれて、一緒に歌っていてオリジナリティを感じましたね。GLAYの楽曲ではあるんですけども、ステージに立っている皆でつくりあげた、GLAYという枠から切り離したものとして観られたんじゃないかな?と思います。

TOKIさんは、リハーサルで垣間見たTERUさんの真剣さ、この「LIVE at HOME」に向き合う姿勢に触れて意識が変わった、とアフターパーティーで話されていましたね。「ちょっと弾いてみようかな」と軽く考えていたギターを厳かに置いた、と(笑)。

TERU
あはは! ギターを弾こうとしていたのは必死に止めましたね(笑)。たしかに、実際これまでGLAYのライヴにTOKIさんに登場してもらった場面というは、ほんの1、2曲だったし、お祭り的な感じだったんですよ。でも「LIVE at HOME」に関しては自分の中で、今後のエンターテインメントの基盤ができればいいな、という想いで取り組んでいるから、意識が違うんですよね。配信というものに関して、今後のライヴスタイル、エンターテインメントの形としては重要だと思っているし、「じゃあ、配信するにあたってどういう見せ方が一番いいんだろうか?」ということを真剣にいろいろと考えていて。会場選び一つ取っても、客席がある場所だと″お客さんがいない″ということをパフォーマンスする側は意識し過ぎてしまうので、「むしろ、客席の無い場所から配信をしていこう」と発想を変えたり。そうやって考えることがたくさんあるから、中途半端なところが一つでも出てくるとスタッフの人たちの気持ちを惑わせてしまう、というか。「TERUさんはどっちなんだろう? 真剣にやりたいのかな?」と思わせてしまったら、スタッフの人たちの意識にも関わってくるし。だから、「まぁ、これはこんなぐらいでいいか」ではなくて、″究極のエンターテインメント″をつくっていこうという想いで一つ一つ取り組んできているんです。そういう真剣さが、一番身近にいたTOKIさんにも伝わって良かったな、と思いましたね。

おっしゃる通り、Vol.5を拝見していても、ハロウィンのお祭り騒ぎ感というよりは、すごく引き込まれたんですよね。集中して観たくなるような、毎回そうなのですが、しっかりとつくりこまれたエンターテインメントだと感じました。

TERU
メンバー全員ひとりひとりが本当に高い意識の中でライヴをやっていたと思うので、観てくれたファンの子たちも「引き込まれる」と言ってくれたり、「ハロウィンというのを忘れてしまいました」というコメントもあったりして、″ライヴ″という感覚で観てくれていると感じました。こういう真剣と真剣のぶつかり合いというか、ライヴに元々あったそういうヒリヒリした感覚を今後、画面を通してですけれども、伝えていけるようなライヴをつくっていきたいですね。

Vol.2、3に続き今回で3度目、「LIVE at HOME」最多出演となるREOさんのキーボードも効いていて、存在感が光っていました。

TERU
そうでしたよね。元々はクラシックの方で、音色的にも今回はピアノだけではなくチェンバロとか、曲に合わせたサウンドでやってくれていて、フレーズも練り込まれていて。本人に話を聞いたら「今回はむちゃくちゃ練習しました」と言っていました。「TERUさんの脚を引っ張りたくない」と皆が思ってくれてたようで(笑)。当然、僕も僕なりに真剣にやっていたので、そういう想いはちゃんと伝わっていっているんだな、とうれしかったですね。

19時の開演から1時間、無観客のフロアでDJをなさったユニットOWNCEAN(UNA+MATCHA)も、ライヴの世界観をつくりだす重要な役割を担っていましたね。

TERU
オープニングでもまた違った空気を入れたい、新鮮さを感じたいなというのもあって、MASSくんに「今イケてる、オシャレなDJの子がもしいたら探してほしい」とお願いして、出演してもらったのがOWNCEANのふたりだったんです。決まった後で資料を見たらアソビシステム所属で、しかもマネージャーがあのAzumi(「氷の翼 feat. Azumi(Wyolica)」で共演)ちゃんと一緒なんですよ。しかもそのマネージャーさんもGLAYを大好きだそうで。後々聞いたら、OWNCEANのふたりはファッションの分野にも繋がりがあるので、10代の時からCandy Stripperの(板橋)よしえちゃんと仲がいいみたいで、いろいろなところで繋がっていたのも面白くて。沖縄出身のふたりが穏やかな空気を漂わせながら、’80年代のディスコサウンドというテーマもちゃんと分かってくれて、全体的には洒落たムードの中、当時の懐かしい曲も今風にアレンジして流してくれて。「ゴーストバスターズ」の主題歌が出て来た時には皆で「うわぉ~!」って盛り上がりましたからね(笑)。

’80年代が一瞬で蘇りますよね。

TERU
’84年とかの曲ですからね~。あと、ふたりは幼馴染みだというところにも、僕とTAKUROみたいな関係性のようで共感もしたし。そういうあったかさって自ずと音にも出ていくだろうし、このコロナ禍の中で今、最も必要とされているものなんじゃないかな?って。本当にいろいろな人たちに助けられてこのイベントは成り立っているんだなと思ったのが、OWNCEANのふたりが参加すると決定した時、M.A.Cのアーティスティックコスメを担当している方が協力してくださることになって、オープニングのふたりのメイクを担当してくださったんです。その方も毎日GLAYを聴いてくださっているみたいで、わざわざお手紙をいただいたりもして。そういう繋がりの中で醸し出されるあったかみが、画面を通してですけども、少しでも伝わってくれたらな、と思いました。

様々なご縁を感じるライヴだったのですね。また、ユニカヴィジョンでライヴの一部が生中継されたのも「LIVE at HOME」史上初の試みでした。どんな経緯で決まったのですか?

TERU
デモ音源をつくっている段階でもう完成度の高いライヴになることが見えて来ていたので、マネージャーに「これってユニカヴィジョンで流したりできるのかな?」と相談したところ、ちょっと聞いてみます、と。そうしたらご快諾をいただきまして。短い時間ではありますけども、カップルなんかが街でその音楽に触れて少しでも楽しんでもらえたらな、という想いで話をさせてもらい、実現しました。何人かが街を歩いている時に偶然見掛けて、「観ましたよ」というメッセージをくれたりもして。今は外出自粛期間ではないですけれども、三密を避けたりソーシャルディスタンスを保ったりするために、街に出てもあまり騒ぎ過ぎないように気を付ける、そういう寂しいハロウィンではあったので。映像で少しだけでも盛り上げて、ワクワクしてもらえたらなという想いで配信をしたんですけどね。観てもらえてよかったなと思います。

改めてセットリストの楽曲群の歌詞を読み返してみると、全体を貫くメッセージがあるように思いました。醒めない悪夢のようなコロナ禍の日々を過ごしながらも、楽しみを見つけたり、幸せになろうとする気持ちを大切にする、と言いますか……選曲にあたり、それを意識された部分もありますか?

TERU
「HEROES」に関しては意識していました。この時代だからこそ、自分が思うヒーローのように頑張ってほしいな、という想いもあったし。「百花繚乱」のようなYAVAI!世情なので(笑)。ちょっとしたキーワードとなるものに関しては、今回のみならずVol.1から、今のこのコロナ禍に引っ張られた選曲にはなっていると思います。

「週末のBaby talk」は、選曲のポイントは何だったんですか?

TERU
MASSくんのハロウィンミックスを聴き直していった時に、「週末のBaby talk」がすごく軽快で、楽しく感じたんですよ。最近そういえばこういう楽しいサウンドの音楽ってなかなかやってなかったなぁと思って。アコースティックで表現したり、ストリングスでより高尚な空間を提供したりしてきた流れがあったけど、ハロウィンを軽快に楽しく過ごしたいという想いもあって、オープニングに抜擢しました。<晴れた週末に また会おうよ>というところを、<晴れたハロウィンに また会おうよ>と変えて歌おうと思ったんですけど、間違えたら嫌だからできなかったんです(笑)。もう少しリハーサル期間が長ければね~。そういうアイディアはリハーサルを何日も積み重ねていくからできるのであって、突然思い浮かんだからってすぐできるようなものでもなくて。なので、恐れをなしてできませんでしたけども(笑)。なぜ選んだかというと、こういう時じゃないとYUKIちゃんの声を出せないから、というのもあります。流しちゃおう!と思って(笑)。

ここぞとばかりに、だったんですね(笑)。アフターパーティーは残念ながらGLAY appでの生配信は中止となってしまいましたが、新鮮な試みでしたね。

TERU
ライヴ直後にアフターパーティーとして配信するのは初めてだったので、すごく楽しみにしていたんですけどね。配信システムのトラブルで生配信はできなくなりましたけど、急遽『HISASHI TV』でYouTube配信をしたり、最後は僕のインスタライヴでも中継して締めたり。トラブルは本当はあってはならないことなんですけれども、そうなったらなったで仕方がないということで、あまり考え過ぎず、応用力を発揮してやれることはやっていこうと。そういう火事場の馬鹿力は、過去25年間、僕たちが培った経験値があるからこそ湧いてくるんじゃないかな?と思いました。逆にファンの子たちは、収録してちゃんと編集された番組も後日観られるということで、「二度おいしい」「楽しみにしてます」とは言ってくれましたけどね。申し訳なかったですし、残念ではありましたけども。

ご本人としては悔しさはあったと思いますが、臨機応変なご対応も含め、さすがでした。Vo.1からTERUさんが毎回手塩に掛けてつくりあげ、大きな進化を遂げてきた「LIVE at HOME」シリーズ。ここまでをどう総括なさいますか?

TERU
今ちょうどVol.1を自分で編集して、ライヴ部分だけを切り取った40分ぐらいの映像をつくったところなんです。振り返ってみると、スタートラインでは機材も揃っていなかったし、サウンドの調節もスタッフがいないから自分でやっていたので、ちょっとマイクの音が割れていたり、息の吹き掛かる音が気になったり、いろいろと問題はあるんですけども。でもそれはそれで「コロナ禍の自粛期間中、不自由な生活を強いられている中でやれることをやったんだな、良くやったな」と。自分で自分を褒めてあげたいぐらい頑張ってるなぁというのが見られたんですね。そこからスタートして、次のVol.2でTAKUROの協力を得て函館でライヴをした時も、″函館で開催する意味″を考えながら高校時代の音楽を選曲したり、TAKUROが楽曲提供して今は活動休止している女性ミュージシャンの曲をカヴァーしたりとか、″その時にしかできないこと″をできたのが良かったし。8月に開催したVol.3に関しては、普通に使用されているヨットハーバーを会場としてお借りしたことで、吹っ切れたというか。ライヴをできるかどうか分からないような場所ではあったけど、実際にやってみるとすごく雰囲気も良くて。Vol.3の前、7月31日の「GLAYの日」に函館・恵山で、コロナ禍の中ではあるけどスケールの大きなことをやろう、映像的に″観て気持ちいい・楽しい″ものを提供しようということで配信ライヴをした時、「こうやって普段なかなか見られない場所、行けない場所で演奏することによって、今までにない感覚になれるんだな」と気付いたんですよね。『あ、これが「LIVE at HOME」の原点なのかな?』と思って。

「LIVE at HOME」の定義が変化し、どんどん自由に広がっていってきていますよね。

TERU
Vol.4に関しても、スタッフや演出の方と話をしていく中で、「じゃあ、大学でやるのはどうでしょう?」というご意見をいただいて、会場候補の中にあった工学院大学の校舎を観た時に、「これはすごいね」と。大学生の皆さんはまだまだ自粛生活を強いられていて学校に通えず、オンラインで授業を受けていた時期でもあったので、すごくハードルが高いスタートラインではあったんです。でも、学長さんと理事長さんのご協力の下、理解をいただいて開催することができて。文化祭が2年連続で中止になっていたことも知らずにコラボをさせてもらったんですが、当日、大学生の皆さんの想いも受け取って、それも乗せてしっかりと届けようという気持ちにもなったし。「こうしていろんな人たちと関わりを持ってやっていくのも「LIVE at HOME」のいいところなんだな」と学べる大きな経験とさせてもらうことができました。そして今回のVol.5に関しては、会場はアニヴェルセル東京ベイという結婚式場だったんですけども、コロナの影響などで年内に締めてしまうかもしれない、というお話を伺って。スタッフの方々もいたたまれない気持ちでこの会場を後にするんだろうなぁ……と想像すると、GLAYと関わることによって一つでもいい思い出ができてほしいな、とも思いました。総支配人の方が来てくださって少しお話させてもらったところ、GLAYとコラボできることがうれしいとおっしゃってくださって。GLAYが25年間すごく真面目に、真剣に音楽に向き合ってきたからこそ、こうしてたくさんの方たちが協力してくれてるんだな、と。そう考えるとやっぱりGLAYに感謝というか。いろいろなことを経験できたのも全てGLAYという名前が僕らを支えてくれているからだな、とすごく感じましたね。

このシリーズ5回を通じてTERUさんが得られた、一番大きなものは何ですか?

TERU
得たのは、いろいろな人たちの協力の下で僕たちは活動できているんだなぁということを改めて感じた、ということですね。ひとりだとできないことも、たくさんの人たちに協力してもらうことによって、どんどん実現していくんですよね。Vol.1とVol.5のスケールの違いを観てもらえば分かる通り、大きなことをやるにはそれだけ関わる人も増えていくし、そうやってプロの方たちと一緒に仕事をするというのはすごいことなんだ、というのを実感しています。今後いろいろな大きなライヴをやる時に、リハーサルの仕方とかが変わってくるかな、とも思っていて。今までは2、3週間ずっとリハーサルを続けてきましたけども、「LIVE at HOME」で学んだやり方を提案しようかな?と。家で各自がしっかりと予習復習する期間というのはすごく大事なんじゃないかな?と思うようになってきたんです。スタジオで集まって皆で音を出すのは楽しいし、もちろんすごく大事なことではあるんですけども、もっと細かいところを各自が集中して見つめ直す時間も必要だなぁと。「LIVE at HOME」でデモをつくることによって、それはすごく学びましたね。今後そういったところでも、無駄な時間はあまり過ごさないような形でやっていけたらな、と思います。

「LIVE at HOME」によって、より密度の高い時間の使い方をするヒントを得た、ということですかね?

TERU
そうですね。短期間にまとめることによって集中力も高まるし、「やればできるんだな」という気付きはありました。Vol.5も1回しかリハーサルはできていないんですけども、事前の準備がしっかりできていれば1日で12曲できる。ということは、(通常のGLAYのライヴ用のリハーサルでも)3日でもできるということですからね。ただ、演出面に関しては、1日しかリハができないというのは不安ですし、もちろん大変な作業ではあると思うんですけども。でも、今後コロナの影響で会場にお客さんを半分しか入れられない状況が続くようであれば、そういうところでも予算の削減をしなければいけないと思うしね。いろいろと先を見据えて、考えていかないとなって思っています。

前回のインタビューで「LIVE at HOME」の展望を伺いましたら、たんぽぽのように(笑)、GLAYの活動が落ち着いた時に頭角を現すプロジェクトとして続けていきたい、とお話しされていました。5回目まで終えられた今、想いが変わられた部分はありますか?

TERU
展望としては、いろいろな人たちとやってみたいな、と思い始めていて。Vol.4まではGLAY内でできることだったんですけども、今回CHIYUとやってみて、OWNCEANやANKANにも手伝ってもらった時、『あ、こういう″GLAYじゃできないこと″をするのがひょっとしたら「LIVE at HOME」なのかな?』と気付き始めているんです。GLAYだからできることもあるし、GLAYじゃなくてもできることもあって、自分の中でその垣根をつくって分けて考えていきたいなと。「LIVE at HOME」は「LIVE at HOME」、GLAYの活動はGLAYの活動という棲み分けをしていきたいな、と思っています。なので、GLAYの活動の間を縫うのは変わらずですけども、今後はいろいろなミュージシャンとやってみたいな、という想いがあります。ひょっとしたらピアノ1本とゲストヴォーカルと僕の3人だったり、ヴォーカル2人だけだったりの回もアリだなと思うし。仲のいいミュージシャンからゲストヴォーカルを何人か呼んで歌唱力の勝負ができる、そういうヒリヒリした場所になってもいいだろうし。そういう部分では、GLAYとは真逆の活動もやっていけたらな、と思います。

音楽家としてだけではなく、アートディレクションにも長けていらっしゃり、シアトリカルな見せ方もできるTERUさんの強みが活かされるシリーズだと改めて思います。ソロ活動をしてこられなかったTERUさんにとって、ソロプロジェクト的な位置付けにもなりうる、と言いますか。

TERU
そう、それが見え始めてきているんです。だからいろんな人とやってみたいな、と思い出して。そういうところではいろんな実験はしながらやっていきたいな、と。

今後どうなるのか、すごく楽しみです。

TERU
楽しみにしていてください。ヘタするとミュージカルとかやってるかもね(笑)。

俳優さんたちとのコラボレーションでロックオペラとか、良さそうです。

TERU
それも面白いですよね。学芸会みたいになったらどうしよう(笑)?!

いえいえ(笑)。あとは、リモートの利点を活かし、海外アーティストとのコラボレーションも可能かもしれないですよね。

TERU
そうなんですよね。今後Maydayが協力してくれたら、一緒にできたらいいですよね。リモートだからできることだし、5Gが普及したらそういうのも楽しめるかなと思います。いろいろな考え方ができますよね。

「LIVE at HOME」が終わったばかりですが、GLAYのさいたまスーパーアリーナ2DAYSに向けての準備が本格化しそうですね。

TERU
11月の半ばからリハーサルが始まります。「LIVE at HOME」を続けてきたからこそテンションがずっと保たれている感があるし、そのまま突入できるので自分的にはすごく良かったな、と。「LIVE at HOME」の5本を経験してきた中で、歌を歌い続けるというのが自分のテーマでもあり、スキルアップもテーマにしていました。GLAYという名前に支えられてこのシリーズはいろいろな方からの協力を得ることができ、進化もしてきました。Vol.5が終わって、今度はGLAYに還す時だな、と。さいたまスーパーアリーナでの歌に関しては、『「LIVE at HOME」を続けてきたからこそ、これだけの熱がこもった歌が歌えるんだ』というのを知らしめたいな、と思います!

文・大前多恵

Vol.89 TERU WEBインタビュー

TERU企画立案の配信ライヴイベントシリーズ第五弾、『GLAY app Presents PREMIUM ACOUSTIC LIVE Vol.05 LIVE at HOME』が10 月31日(土)、ハロウィン当日に開催される。ロックな楽曲群をクラシカルアレンジで編み上げ、秋を感じさせる美しい演出と共に披露して大成功に終わったVol.4の振り返りに始まり、Vol.5への意気込みと構想中のプラン、更には「LIVE at HOME」シリーズの今後の展望、エンターテインメントの役割への想いについて、TERUにじっくりと語ってもらった。

2020.10.27

札幌ドーム公演が惜しくも中止となり、さいたまスーパーアリーナに会場を変えて12月19日(土)・20日(日)の2DAYS公演として開催される、とつい先日発表されました。それを受けて、今のTERUさんのお気持ちをまずはお聞かせいただけますか?

TERU
「年内は難しいかもしれない」と覚悟はしていたんです。というのも、他のアーティストの皆さんの動き、一番大きかったのはLDHの「年内の公演はすべて中止」という潔さであったり、ジャニーズもそうですけど、より多くのファンを持つ方々の判断力を目の当たりにしていて……待ってくれているファンの子たちは残念に思ったかもしれないけども、ギリギリまで決断を引き延ばして「結局できなかった」となれば、一番つらい思いをするのもやっぱり、ファンの子たちなので。そういう状況にならないためにも、早目の決断をすることで誠意は示すことができたんじゃないかな?とは思っています。

どんな苦しい発表でも、GLAYの皆さんの誠意はいつもひしひしと伝わってきます。そんな中、TERUさん企画立案による配信ライヴシリーズ「LIVE at HOME」は着々と回を重ね、10月3日(土)にはVol.4を開催、10月31日(土)にはVol.5が控えています。まずVol.4を振り返っていきたいのですが、前回のオフィシャルインタビューで詳しく伺っていたにも関わらず、想像を上回る素晴らしいセットリストと演出で。通常のコンサートと何ら変わらないゴージャス感もありました。配信を終えて今、どのようなお気持ちですか?

TERU
率直に言うと、事前準備をすればするほど関わる人数も増えてくるし、ゲネプロという本番通りの練習を前日にしたんですが、それに掛かる予算を今回リアルに感じてしまって。ツアーとして複数公演する時のゲネプロには必要性を感じるんですけれども、単発での「LIVE at HOME」に関しては、「ちょっと現実的ではないな」という反省点が一つ、見えました。

なるほど、そういうシビアな面も見えて来た回だったのですね。

TERU
これがもし、有料ストリーミングサービスの会社の方たちと手を組んで、より裾野を広げた活動として行うのであれば、ちゃんと見合う結果になると思うんです。でもやっぱり、GLAY appという限られた範囲内で、GLAYのファンの子たちに対してのアプローチとしてだけ考えると、厳しいかな、と。逆に、GLAY本体で配信ライヴをする時は、GLAY appだけではなく、もっといろんな人たちにも届く方法を取っていかなきゃいけないな、という将来的な改善点も見えてきたと思います。

音楽的な面についてはどうでしたか? ″クラシカル″というテーマの下、ロックとクラシックのハイブリッドなアレンジが施されていて、驚きの連続でした。

TERU
元々あった″激しい曲をクラシカルに″というコンセプトをどういう形で表現すればいいのか、村山☆潤(pf)くんに相談しながらデモづくりを進めていったんです。以前から、僕の企画の大半は潤くんにピアノを弾いてもらって一緒にデモをつくっていた、という積み重ねがあったので、「この人だったらどんな激しい曲であってもクラシカルなアレンジを織り成すことができるだろうな」と。だからまずは潤くんに、「この曲たちをとにかくクラシックな雰囲気にしてほしい」「テンポを変えてもいいし、曲のコード感を変えてもいいので」というオーダーの仕方をして、全曲アレンジをしてもらい、結果ああいった形になりました。今回、改めて潤くんのすごさを体感しましたね。

「the other end of the globe」もガラリとイメージが変わっていて、曲の秘められた魅力が引き出されたアレンジになっていましたね。

TERU
あれは元々自分の中でアレンジのイメージがあって、「ピアノ1本を伴奏に、歌から始まりたい」とオーダーしてあった曲なんですよ。潤くんと何回かやり取りをして、「本当に、何も音は要らない。ピアノだけでいい」という方向性で。僕がアレンジを指定したのはあの曲だけですね。なので、ガラリとイメージが変わったのは、僕も僕なりにイメージをガラッと変えたいという想いがあったからだと思います。

ストリングス・カルテットの方々とのコラボレーションも素晴らしかったです。

TERU
クラシカルなロックチューンというイメージの土台にあったのが、最初にヴェネツィアのサンマルコ広場へ僕が一人で行ってライヴをした時に、現地のストリングスの方々に手伝ってもらった時のアレンジだったんですね。その時、「ストリングスの音とGLAYの楽曲が合わさると、意外と世界に通じるかも!」みたいな手応えが僕にはあって、その瞬間自分の中でいろいろとイメージが広がったんです。サンマルコ広場での第2回、TAKUROと一緒にやった時にも全く同じスタイルで弦の方々に入ってもらい、JIROと一緒に行った第3回 も同じスタイルでライヴをした時、「あ、これはGLAYの新しいアプローチの仕方かもしれない」と閃いて、それがずっと自分の中にあったんですね。なので、Vol.4でカルテットの方々と演奏してみたかったのは、「ヴェネツィアでのライヴのスタイルをそのまま日本に持ってくる」ということで、それが自分の中での″クラシカルとロック″というコンセプトに繋がりました。今回ご一緒したカルテットの内3人の方々には、ヴェネツィアでのライヴに向けたリハーサルに付き合ってもらったこともあり、自分のやりたいことを理解してくれているという信頼がありました。実際のステージでは、そのノリで楽しくできたな、という印象がありますね。

ゲストのJIROさんが、TERUさんからのお誕生日プレゼントだった椅子に座ってプレイされ、MCでそのことを笑顔で語っていらっしゃる様子からは、画面越しのファンの方への愛情を感じました。JIROさんの選曲についてはどう思われましたか? また、今回ステージに一緒に立ってみて、通常のGLAY本体のライヴとは違った感慨もあったのでしょうか? 

TERU
まず選曲に関しては、JIROと僕のつくった曲から各自選んだんですが、「JIROの曲にも、ちょっと激しい曲も入れておいて」というオーダーをしていました。それで返ってきた楽曲を見た時、「lifetime」が入っていたので、「想いは一緒だな」と感じましたね。選曲はJIROにもお願いしたとはいえセットリストは僕が考えているので、最後に「lifetime」を持ってきたのは、今コロナで不自由な想いをしている人たちに対して「また必ずステージで会えるからね」という約束の言葉を届けたいな、という想いを込めてのことでしたし、それはJIROと一緒だったんだな、と感じています。他の曲に関しても、「Ruby's Blanket」に関しては、「どうなるんだろう?」と最初は仕上がりがイメージできなかったんですけど、あの速いテンポの曲をムラジュン(村上☆潤)がアレンジしたらあんなにも壮大な曲に仕上がるのか!とビックリさせられたし。「DOPE」は新曲で、まだGLAYでもそんなにやってないのに「大丈夫かな? JIROブッ込んできたな」と思ったけど(笑)。でも、シングル『G4・2020』のプロモーションも兼ねて、というのはHISASHIとのVol.3の時にも言っていたことなので、「DOPE」ができたのは自分としてもすごく楽しかったです。ああいう楽曲でもクラシックアレンジで、ギターの代わりにヴァイオリンの方たちがあのラインを弾いてくれることによって、ガラッと世界が変わるんだなぁって。新たな発見がありましたし、いい勉強にもなりました。メンバーの中でもJIROは一番几帳面なので、今回はJIROが練習できる期間をちゃんとつくろうと考えて、デモを仕上げるタイミングをいつもより倍早くしました(笑)。結構バタバタしましたし、Vol.3と同時進行で準備を進めていたので、結構俺はキツかったんですが(笑)。

TERUさんの負担が大きかった、と(笑)。

TERU
そうですね(笑)。でも、JIROとはずっと一緒にいて性格をよく分かっているので、そういうところにストレスを感じてほしくないなぁと思ったので、そのためのスケジューリングを組めるようにムラジュンにも「もっと早めにあげてくれ」と影でコッソリお願いしたりして(笑)。そのテンポ感が功を奏したようで、幸いにもJIROにはすごく楽しんでもらえたみたいで、良かったですね。

TERUさんの思いやり、ホスピタリティーがそういったスケジュール管理面にも反映されていたのですね。

TERU
ですよね? 「わりとちゃんとしてるな、俺」と思いました、自分で(笑)。そういうことを先頭切ってやることはあまりなかったんです。サッカーとか野球とか、音楽活動以外のスポーツに関してはキャプテンみたいな立場になることは多いんですけど、バンドでリーダー的な役割をすることがないので。「意外とできるんだな」と思いましたね(笑)。

そういった気付きは、今後GLAY本体の活動でもプラスに働いていきそうですか?

TERU
でも、GLAYの場合だとちょっと違うのかな?と。各々の役割分担がちゃんとしていて、僕はGLAYにいる時は歌だけに集中させてもえる環境になっているからこそ、長いツアーに出ても精神的にも安定しているし、ストレスもそれほど感じずにいられるんじゃないかな?と思うんですよね。「LIVE at HOME」のツアーをもし20本ぐらいやったら僕、きっと禿げてますね(笑)。

(笑)。

TERU
考えることが多過ぎて(笑)。そのぐらい大変ですね。だから、ソロの人とかすごいなと思いますよ。

全部一人でこなすわけですもんね。夏らしさのあったVol.3とは打って変わって、Vol.4は演出・映像面で色合いが秋らしく統一されていて、やはり季節感が伝わってきました。

TERU
僕の一言一言が演出家の方、クリエイターの方々にちゃんと届いてるんだなぁと実感しました。Vol.4に関しては″紅葉″という一つのキーワードを提案したんですね。会場を貸してくださる工学院大学・新宿キャンパスの学生さんたちもコラボレーションして手伝ってくださると伺ったので、ネット上で紅葉したもみじの樹を探して、ステージにそれを貼り付けた映像を自分でつくって「こういう雰囲気がいいです」と予めお伝えして。そこから皆さんの中でいろいろなイメージが膨らんでいったんでしょうね。紅葉はキーワードになっていましたけども、そこから派生して赤と臙脂の長い布が垂れているなど、すごく幻想的で良かったです。お互いのインスピレーションが噛み合った結果ですよね。映像に関しても、元々自分でCMをつくりたいという想いがあって、ティザー映像はいつも自分でつくるんですけども。イベント内で上映する映像制作に関しても、予め自分で「こういう雰囲気」というのを、1分半ぐらいの短い映像を自分でつくってお伝えしています。SEもつくって映像に付けて、それを皆と共有するようにしていますね。その結果Vol.4ではああいった水の滴るオープニング映像ができましたし、後々の全体的な雰囲気、世界観になっていったんですね。

コンセプトデザイナーというか、映像面のイメージ管理から何から、TERUさんが中心になりつつ、本当に隅々まで関わっていらっしゃるんですね。

TERU
それが面白くて「LIVE at HOME」を始めたんじゃないかな?というぐらい、クリエイティヴなことに関してもすごく興味があってやりたかったし、自分で映像をつくるのが好きだったりするんですよ。「Into the Wild」のDJ mixも自分でつくって、映像を2種類つくったりもしましたし、そういうことが僕は大好きで。その派生したものが「LIVE at HOME」の映像なんでしょうね。Vol.1に関しても、本当は自分一人で映像もすべてやろうとしてたぐらいなんですけど、Bjorkの映像で、大地をずっと空撮しているすごく好きな映像があって、それを参考資料に「こういう映像表現をしたい」とVJの方にお伝えしたりとか。頭の中にある世界をまずは自分で形にしてイメージを届けたくて、コラボレーションする方にはそこから各自広げてもらう、という作業をいつもしていますね。

工学院大学の新宿キャンパスの学生さんたちは、コロナ禍で学園祭が中止になってしまったという悔しさ、悲しさをプラスのパワーに変えてコラボレーションされていたんですよね。ステージに最後に登場、挨拶されたのは感動的な場面でした。

TERU
学園祭が去年は台風で、今年はコロナで二度目の中止になったという話はあのMCを聞いて僕も初めて知ったんです。学長さんと理事長さんと初めてお会いした時、2階の階段部分から会場を見下ろしながら、「震災などがあった時はここに学生が集まって1日過ごしたりするんです。避難した時に毎回″ここから希望が届けられるのかな?″という想いで、ずっとやってきて。コロナでより一層″希望を届けたい″という想いが強くなっていた中、今回のコラボというお話になったので、希望が届けられるということで、すごく楽しみにしてます」とお話をされていて、お2人の想いがひしひしと伝わってきたんですよね。ライヴの準備をしている段階では、学生さんたちもまだ(コロナのため)登校できずにいて。ステージの後ろでキューブが動いていたんですけども、それも3月に終わったリフォームでできたばかりで、まだ見ることのできていない学生さんがいる、と。本来であればもう東京に来て楽しい大学生活を送っていたであろう学生さんたちも、今すごく悔しい思いをしながら待っているんだろうなぁって。そういう想いをしっかりと受け止めて、その場所からまた希望を届けられるようなステージにしたいな、と思いましたね。学生さんたちの想い、学長さんたち、先生方の想い……そういったものをひしひしと感じたライヴでした。

配信後日の『TERU ME NIGHT GLAY』では、TERUさんの中で「責任感が芽生えた」ともお話されていましたよね。

TERU
キャンパスというのは、未来ある学生さんたちの学び舎なので、「生半可な気持ちではお借りできないな」という気持ちもあったんです。少し前にYouTuberが大学内で追い掛けっこをして大炎上というニュースを観て、「やっぱりそうだよな」と思ったんですよ。なかなか学校に行けなくて我慢している子たちがたくさんいるのに……その学校という場でエンターテインメントをするというのはどういうことなのか? 自分の中ですごく考えさせられた時期でもあって。なので、ライヴに関してはもちろんちゃんといい音楽を届けたいですし、想いを持ってその場所に立たないと誤解を招く危険性もあるな、と感じていました。責任ということに関しては、すごく重いものを感じていましたね。

我慢の時を過ごしている学生さんたちにとって、思い出深い特別な体験となったのではないでしょうか? 

TERU
当日、楽屋に入った瞬間「GLAYさんへ。楽しみにしてます!」とか「一緒にやらせてもらって、ありがとうございます」とか、学園祭に招かれた時のような寄せ書きがあって、学生さんたちの想いがいっぱい伝わってきたんです。3年、4年という長いようで短い学生生活の中で、学園祭は一番のメインになる楽しいことのはずですよね。それを2年連続で開催できなかったことで、実行委員会の子たちもすごく落ち込んでいたようなんです。そんな中でも「LIVE at HOME」を一緒につくれるということで前向きになってくれただろうし、学園祭でやりたかったことをこのGLAYのライヴでやるんだ!という意気込みを感じたので、こういうコラボって本当にいいなぁと思いました。「LIVE at HOME」に限らず、GLAYとしてもいつか、学園祭をしたいけども何らかの理由でできない学校があったらそこでGLAYがライヴをしたりとか、できたらいいですよね。昔は奈良女子大学の学園祭に出たこともあった(※2000年)ので、今後もし要望があればそういうこともやってみたいな、と思うし。Vol.4では学生さんたちと約束したので、来年学園祭がもし開かれたとしたら、「是非ともあそこでやりたいから助けてくれ、協力してくれ!」とメンバー全員に僕が頭を下げて(笑)、お願いするかもしれないですね。

TOSHI NAGAIさんがライヴに参加されるのも久しぶりでしたね。WOWOWの無観客ライヴ特番にも残念ながら不参加でしたので、1月の横浜アリーナ公演以来でしょうか。

TERU
TOSHIさんには今回、すごく我慢してもらったのが、電子ドラムだったということですね。MCでも言いましたが、本来ならば生ドラムで、今までのストレスを発散するかのごとくバンバン叩いてほしかったんですけども。学校の中ということもありましたし、音響のバランスを取るのが難しいという理由もあって。音が響いてしまうとストリングスの方々にも影響を及ぼすということで、電子ドラムにしてもらったんです。それでもやっぱり永井(TOSHI NAGAI)さんは「楽しかった!」と言ってくれて。昔だったら普通にできたのに今はできなくなってしまっているからというのもあると思うんですけども、久々にこうしてGLAYで集まってワイワイして、後ろの2人、JIROと永井さんに支えられながら歌うことができたので、僕も本当に楽しかったです。

素晴らしいVol.4でした。Vol.5の開催が近付いていますが、テーマはハロウィン。出演者も多数で、賑やかな内容になりそうですね。

TERU
まずは、自分勝手な言い分として「40代最後のハロウィン、何もしなくていいのか!? 50を過ぎたらもうなかなかできないぞ?」という個人的な想いもあって(笑)。40代最後にしっかりハロウィンをやっておきたいなと思い、いろいろ構想を練っているところです。

ティザー映像を拝見すると、ダークでゴシックなムードが漂いますが、何かキーワードはあるのでしょうか?

TERU
『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(ティム・バートン原案・原作によるアニメーション映画)の、あのいかにもナイトメアーな感じは頭にパンッ!とインスピレーションとして広がっていました。ハロウィンではなくクリスマスの映画ですけども、「ああいう世界観にしたいなぁ」と思っています。

今回はサウンド的にはバンド編成ですね?

TERU
当初は、パーティーをしている中で皆で大合唱する、みたいな形でもいいのかな?と思ったんですけども、「Welcome to the Halloween Town」というコンセプトができた瞬間、「そういえばあの曲、LiB CAFÉ以来やってないな」と気付いて。HISASHIとDJ MASSくんに(Vol.3に続いて)またお願いしたら快諾いただいたので、バンド形式で久々にこれを演奏したいな、と。もう一人ギターを入れようかとHISASHIとも話し合ったんですが、それよりはベースかな?と思って。偶然にも、ハロウィンの構想も全くできあがってない時に、CHIYUと普通にご飯を食べながら「今度Vol.5には出てよ」みたいな話をしていたんですよ。そういう経緯もあって、「あ、じゃあベースはCHIYUにお願いしよう」と。一緒にステージに立つのが彼にとっての夢と言ってくれていて、前回ハロウィンのイベントライヴを開催した時には違うバンドとして出てもらいましたけども、すごく気合が入っているみたいです。僕らがこういうイベントをすることによって、次なる世代の人たちが自由に開催しやすくなってほしいなという願いも込めて、次世代のベーシストを迎え入れてのライヴになります。

Vol.5ではダンサーさんも参加されるようですね。 

TERU
そうなんです。イメージがどんどん膨らんでいって「ダンサーが欲しい」となりまして。普通のカッコいいダンスというよりは、僕の中では「タンスにゴンゴン」のCMに出てくる双子の姉妹のイメージがあったんですね。女の子が腕を複雑に動かしてダンスするのが、僕の思い描くハロウィンのイメージにピッタリで。いろいろと話している中でキャスティング担当のコウさんに「双子のダンサー、いますよ」と教えてもらって、「是非この方々で」とANRI&KANNAさんに即決しました。今回も頭の中に映像のイメージが既にあるので、それを元に自分でサンプルをつくってSEもつくって付けて、オープニングの映像をつくり、それを観てもらって……という形でどんどんイメージが膨らんでいっています。本編ではダンサーさんたちがどういう形で絡んでくれるのか? もう2週間前ですが、まだ決まってないんですけども(笑)。どうなるか楽しみにしていますね。

UNA&MATCHAさんはクリエイティヴユニットとのことですが……? 

TERU
その方たちはオープニングのアクトを務めてくれるDJさんですね。GLAYの曲というよりは自由な選曲で、ハロウィンを盛り上げてくれるようなDJタイムとして19時から回してもらいます。

そしてTOKI(C4)さんも参加されて、お誕生パーティーも兼ねているのだとか。ハロウィンのコンセプトイベントの中にお誕生コーナーも含まれている、というイメージですか?

TERU
いや、本当は本編でやろうと思ったんですけど、その後に打ち上げを配信することが決まったので、そこでお誕生コーナーをやります(笑)。

打ち上げというのは、BOOさんと共に本編を振り返るアフターパーティーですね!

TERU
そうなんです。実は毎年我が家で30人ぐらい集まってハロウィンパーティーを開いていて、TOKIさんの誕生日も必ずそこで祝っていたんですけども、今年はコロナの影響もあってなかなか集まりづらいですし、声も掛けられないな、と。今回は、TOKIさんにはライヴでパフォーマンスしてもらって、アフターパーティーで誕生日を祝えたらな、と思っています。

アフターパーティーを開催されるのも、「LIVE at HOME」シリーズにおいて初めてですよね? どんな想いがあったのですか?

TERU
そう、初めてですね。最近の若い世代のバンドの子たちを見ていると、(終演後の)ライヴをファンの子たちと一緒に観て振り返る配信をしている人たちがいて、「こういうのも新しい世代の人たちの感覚なんだなぁ」と。打ち上げすらもエンターテインメントにするっていうね。それを1回僕も試しにやってみたいな、というのが一つと。あとは、GLAYとしても5月31日(日)にGLAY appで配信番組をつくった時、メンバー4人でお酒を飲みながら進行させてもらいましたけども、そういうちょっと気が抜けた瞬間というのもまた楽しくていいなぁという実感もあって。終演後に落ち着いて皆でハロウィンパーティーしましょうよ、というコンセプトのアフターパーティーなので、ちょっと別物と考えていただければと。いわばトークショーですね。

ハロウィンというと、仮装して人々が集いお互いの姿を見る、というのも大きな楽しみの一つだと思うのですが、そういった面の楽しさをどう配信というフォーマットでどう表現なさるのか、想像がつかず楽しみです。

TERU
元々はお菓子をもらいに歩く子どもたちのイベントではあるんですけども、最近では人が集まって仮装して、それを見て思い出に残す、というのがハロウィンの楽しみになっていますよね。それをどうリモートで表現するか? どう伝わるか?というのも自分の中でも楽しみですね。ただ仮装して歌を歌ってというよりも、一つのイベントの形として来年、再来年も開催できるようなスタイルに持って行けるのかどうか? 自分の中ではその点も考えながらやってみたいと思います。″こういう形でできる″というケースになれば、それを今後ブラッシュアップしていけるので。

まずはその1回目の実験的な試み、ということですね。

TERU
そうですね。年々自分たちも歳を重ねていくので、どういうスタイルがピッタリとハマるのか、考えながらやっていきたいですね。GLAYはこれからも10年、20年と活動を続けていく決意を表明しているので、ファンの子たちにしても「どういう楽しみ方を私たちに提供してくれるの?」という期待があると思うんです。ちゃんと自分でその時々に合った形を考えながらやっていけたらな、と思います。

今はもうデモづくりは完了しているのですか? 作業プロセスとしてはどんなステージなのでしょうか?

TERU
一応もうすべて完了して、12曲になりました。アレンジもそうですけども、歌い分けもしっかりと考えて。TOKIさんは4曲参加になりましたね。普通だったらゲストは1、2曲歌ってお疲れ様でした!になりますけども、最後の4曲をしっかり締めてもらおう、と。10月25日(日)に″テルキャス(TERU CASTING/GLAY MOBILE内コンテンツ)で演奏曲目を発表して全貌を明らかにする、という新たな試みもしますので、是非チェックしていただきたいですね。

Vol.5が「LIVE at HOME」シリーズとしては年内最後になるとのこと。来年以降のヴィジョンは今、TERUさんの中でどう描いていらっしゃるのですか?

TERU
準備がすごく大変なイベントですし、普通にCD通りのことをしたくなくて、必ずどこかしらアレンジを加えたいですし、GLAYの楽曲のまた違った魅力を皆に届けたいというコンセプトもあるので、どう考えても1か月ぐらいの準備期間が必要なんですね。本当はGLAYのツアーの合間を縫って、TAKUROがソロのジャズライヴを各地で開催したみたいな形で、という構想もあったんですけども、実際に立ち上げてみたらなかなかそれも難しそうで。だから、GLAY本体のツアーが終わって、ライヴがしばらくない時にひょっこりまた顔を出す、みたいな。「LIVE at HOME」は、たんぽぽのような存在になればいいかな、と(笑)。GLAYの活動に穴が開いた瞬間に「よっしゃ!」と頭角を現すイベントにしたいですね(笑)。

隙を見てアスファルトから顔を出すんですね(笑)。では、定期的にいつ・どのぐらいのペースで開催するとカッチリ決めるというよりは、GLAY本体の活動を中心にしつつ、緩やかに並走していく、という感じでしょうか?

TERU
そうですね。GLAYの今後の活動の仕方も、やっぱりコロナの影響で変わってくると思うんです。ライヴを開催できても、お客さんを半分しか入れられないとか騒げないとかいう状況はしばらく続きそうな気もするので。じゃあ、来年例えばホールツアーをやりたいねという計画を立てたとして、同時にそれを配信することも考えながらやっていくと思うんですよ、今後のことを考えて。配信の技術をとにかくGLAY appで開発したくてやり始めた、ということも自分の中では「LIVE at HOME」の一つのコンセプトとしてあったりして。GLAY appの充実を図るためには、来年もしっかりと「LIVE at HOME」の活動をしていきたいし、拡大もしていきたいと思っています。今はだいたい1万人ぐらいの方たちが観てくれたり参加してくれたりしているんですけど、それを2万人に増やして、いつかは「気軽に観られるような配信ではなくて″ちゃんとGLAYのライヴ配信を観るんだ″という気持ちで観られるような媒体・コンテンツにしていきたい」という想いがあるんですね。2年、3年掛けて、いつかは5万人ぐらいが観てくれるようなものにしたいと考えています。かつ、チケット価格が決まっているイベントではなくて。今はまだ初期投資段階で、諸々の準備もあるし、スタッフの皆にも損をしてほしくないし、そのバランスを取ってのチケットの価格設定をしていて。でも、観てくれる方が5万人になったらもっと安くてもいいんじゃないか? 5万人だったら1人500円でもいいんじゃないか?という考えでいるんです。そういった、今までの常識からするとちょっと逸脱した、型破りなものにしていきたいんですよね。「気楽に観られない」とさっき言いましたけども、「その日のために僕らは頑張ってつくって、観てくれる人もその日のために準備して、いざ観る」という、そういうイベントにしていきたいなぁとは思っています。自分の中では構想5年ぐらいと見ていて、準備期間にどんどんスキルアップしていき、GLAY app自体もどんどん開発を進めてもらって。5年後ということはGLAY30周年ですよね。その時には、「あの「LIVE at HOME」があったから、今こんなことをできているんだな」と振り返るような、そんな存在になれるように頑張りたいな、と思いますね。

TERUさんがその礎をつくっておられるわけですね。

TERU
そうですね、一段一段(笑)。

料金設定についてもお訊きしようと思っていたんですけど、アプリの有料会員になる必要はあるとは言え、1000円台~高くても2080円と、チケットはお手頃価格ですよね。ゆくゆく5万人観てくれたら500円にしてもいいとは、ビックリしております。価格設定に対して以前からそういったポリシーをお持ちなのですか?

TERU
僕のポリシーとしては、いいライヴはいいライヴで、それだけちゃんとエンターテインメントとして料金を支払われるような設定が必要だとは思うんですけども、″時価″のような発想も一つあるのかな?と。ずっと200円で売られていた野菜がいきなり高騰して500円になることもあるだろうし、半値ぐらいで買える時もあるだろうし。農家の方々もそうでしょうけど、(つくる側の)手間は一緒じゃないですか? その状況に合わせて価格の変化があってもいいんじゃないかな?という考え方を持っているんです。以前、GLAYのチケットの価格を話し合う中でも出ていたこととして、学生さんは半額でいいんじゃないか?とか。海外の映画館だと学生さんはすごく安く入れたりするし、という話をしていたことがあるんですが、その発想に似ていて。「より多くの人たちに観てもらうにはどうすればいいんだろう?」という感覚なのかもしれませんね。

配信であれば、物理的なキャパシティが決まっていない分、無限にたくさんチケットを売れるからその分稼げる、という発想も当然ありますよね。でも、そうではない哲学をお持ちの上での設定なんだな、と腑に落ちました。

TERU
そこには、チケット価格を高くすればするほど(つくる際に)お金を掛けたくなる、というのもあるかもしれないですね。「これだけ多くの人たちが観てくれているし、5000円ものチケット料金をもらうんだったら、ちょっと広いところでやろうよ」と言っても、「LIVE at HOME」の場合はそれほど広い場所が必要なわけでもないですし。そういう意味では、エンターテインメントに対しての金額というよりも、トータルで考えた時の皆の幸せ度、というか(笑)。それを探ることのほうが、僕は今後のエンターテインメントの形のような気がしてならないんです。

頭が下がります。エンターテインメントということで言いますと、TERUさんが10月13日(火)にツイートされていた言葉が強く印象に残っていまして。エンターテインメントの役割について、つらいとか、大変な日があっても、先に楽しみがあると乗り越えられるんじゃないか?と。どういう想いの下で投稿されたのですか?

TERU
その日はまさに、札幌ドーム中止が決まった日で。さいたまスーパーアリーナは一応押さえてありましたけども、どうしましょう?という、その決断の日だったんです。その時、形は違えどその先に目標があったり、札幌ドームからさいたまスーパーアリーナに変わっても、また目標ができてそこへ向かっていける、そういうものが一つあるとすごく前向きになれるなぁというのが自分の正直な感想だったんですよね。「場所が変わっても、やれるからいいじゃん!」っていう。今後まだまだ大変な時期もあるだろうし、いろいろな方々が、好きなミュージシャンのライヴがこぞって中止や延期になったりして悲しんでいる、その姿を見て「でも、それが来年であっても″またライヴしてくれる″という約束があれば、きっと頑張って生きていけるよ」って。そういう想いがあの言葉を発するきっかけになっていました。

私自身、励まされる言葉でした。「LIVE at HOME」は、家から配信するという意味でスタートしたのが、いつしか、観る側が家にいながらにして観られる、という意味に発展してきています。

TERU
配信というものに対して当初はネガティヴな印象しかなかったんですが、前回のインタビューでもお話したように、乙武(洋匡)くんの一言をきっかけにポジティヴに考えられるようになったんですね。なかなか外に出られない人もいて、そういう方たちに向けて配信する意義はあるし、今だからこそ届けられるものを配信という形で届けることも絶対、間違いではない。そういう答えが自分の中で出たんですね。それが「LIVE at HOME」という形になってVol.4まで続いてきて。元々は「ライヴ当日しか観られない。見逃し配信もないし、アーカイヴも残さない」という形にしていたんですけども、ファンの皆の想いを感じていくうちに、「当日その時間に観るのは難しくても、少しでも日常を忘れられる時間があるのはいいんだな」という想いに変わってきて、どんどんアーカイヴ期間も長くなり、Vol.4なんて10日間ぐらいありましたよね(笑)。

都合のつかないこともありますし、とてもありがたい措置です!

TERU
それだけ長く残すなら一生残せばいいんじゃないの?という声もありつつ(笑)、やっぱり最初の頃は頑張って都合を付けてくれていた方たちに対する誠意を示すためにも、「LIVE at HOME」に関しては、最長でも10日間という形で今後もたぶんやっていくと思います。そのアーカイヴ期間を過ぎても、すぐ次の月には(さいたまスーパーアリーナでの)ライヴがあるので、それでまた一つ目標ができていきますし。さっきのエンターテインメントの役割という、その言葉通りの活動をこれからもしていきたいな、とは思っています。12月19日(土)・20日(日)のライヴが終わったら次はどんな予定があるのか? 今のところはGLAYのマネージャーのみぞ知る、ではありますけど(笑)。でも、そんなにお待たせしないで次をつくっていきたいな、と。「LIVE at HOME」は変幻自在なイベントなので、自由自在にどんどん形を変えていって、いつか誰かヴォーカリスト1人をゲストに、2ヴォーカリストで伴奏はピアノ1本で開催するのもアリだな、と。エンターテインメントを止めずにやっていきたいな、と思っていますね。

本当に楽しみですし、まずは10月31日(土)のVol.5を楽しみに待っております。

TERU
はい、楽しみにしていてください!

文・大前多恵

Vol.88 大好評となった『GLAY app Presents PREMIUM ACOUSTIC LIVE Vol.04 LIVE at HOME』ライブレポート(見逃し配信は10月10日まで)

2020.10.08

10月3日、工学院大学新宿キャンバスにて『GLAY app Presents PREMIUM ACOUSTIC LIVE Vol.04 LIVE at HOME』が開催された。

GLAYのTERUがたった一人で自宅から最初の弾き語りライブ配信を行なったのが、まだ非常事態宣言中だった6月8日。5月に予定されていたナゴヤドームと東京ドームの公演が中止となり、先が見えない状況で手探り状態から、無観客の配信ライブを自宅からお届けするというコンセプトでスタートしたのがこの配信ライブだった。

規制の緩和とともに場所やメンバーを変えつつ、7月はTAKUROと故郷・函館のスタジオ、8月はHISASHI&DJ Massと湘南のヨットハーバーと回を重ねるごとにアレンジや演出にもこだわり、ライブとしての完成度を高めていった『LIVE at HOME』。

Vol.4ではGLAYのベース・JIRO、サポートメンバーのドラム・TOSHI、ピアニスト・村山☆潤(FLOWER FLOWER)、さらにストリングスのカルテット(1stヴァイオリン・島田光理、2ndヴァイオリン・青柳萌、ヴィオラ・金子由衣、チェロ・大浦萌)というLIVE at HOME過去最多のゲストミュージシャンとともに、一夜限りの豪華な配信ライブを行なった。

オープニングアクトは、ストリングスのカルテットによるGLAYのヒット曲カバー。「HOWEVER」「BELOVED」「グロリアス」「口唇」「ずっと2人で…」など、GLAYの代表曲を弦楽アンサンブルでカバーするという豪華な内容で、途中からは村山☆潤もピアノで参加、約45分間にわたる演奏で盛り上げた。

SEとともにメンバー紹介映像が流れるとメンバーはすでにステージに登場しており本編がスタート! 今回のライブのためにクラシカルにアレンジされたGLAYの名曲の数々を、フォーマルな衣装のメンバーたちがクラシカルに演奏した。冒頭からTERU作詞・作曲の「MAD BREAKER」「傷だらけの太陽」に続いて、JIRO作曲の「Scoop」とハードなナンバーが続く。

GLAYのライブでも見られない貴重なアレンジは、TERUと村山☆潤が今回の配信ライブの2ヶ月前からデモ音源を作成して準備を進めてきたもの。前日にもゲネプロを行ない演奏面も演出面も入念に作り込んだ。

演出面もTERUとスタッフがアイデアを出し合いながら、こだわり抜いて作り上げている。会場の可変式の壁が巨大なスクリーンとなり美しい映像を映し出す一方、秋の紅葉をイメージした飾り付けや手で動かしている照明は手作り感が満載でTERUのイメージする世界観が凝縮された空間となっていた。

「配信ライブを4回やってきて、本当に仲間に恵まれているなと思いました。今回も素敵な仲間たちが集まってくれました」とTERUがあらためてメンバー紹介すると、JIROは「リーダー(=TAKURO)! HISASHI! 見てる~!?」とカメラに向けて手を振り、なごやかな雰囲気に包まれる。

続いて演奏されたのはこの日のゲストJIROが作詞・作曲した「TIME」。約20年前、伝説の20万人ライブの後にJIROやGLAYが抱えていたストレスや閉塞感を昇華させた作品で、ファンはもとよりメンバーにとっても思い入れの深い曲だ。ウィルスの感染拡大で行動を制限され、不安な時間を過ごす人々に寄り添う美しい曲調で、TERUも「辛い時こそこの歌を届けたい」と思いを込めて歌い上げた。

「Ruby's Blanket」「the other end of the globe」「リズム」と壮大な楽曲がストリングス&ピアノの旋律と共鳴しあい、美しい時間を紡ぎあげていく。通常のGLAYの楽曲はTAKUROとHISASHIのツインギターが推進力となっているのだが、そのギターのリフを大胆にストリングス・アレンジした「Lock on you」「DOPE」。この狙いが見事に奏功、楽曲の持つダイナミックさはそのままに、ストリングスの音色でフォーキーな手触りが加わり、クラシックロックのような熟成された深みを増した大人の音楽として生まれ変わった。この2曲をやりきった直後、TERUは笑顔でシャウト!

MCでJIROは「生演奏はすごく緊張感があっていいよね。めちゃくちゃ練習しました。それでも間違えましたけど、ライブはいいよね。間違えといてこんなこと言うのもなんだけど」と充実した表情。さらに「なんで間違えたかというとTERUさんにちょっと早めの誕生日プレゼントにこの椅子をもらったんですけど、めっちゃケツが痛いんだよね。そのせいじゃないかな」とニヤリ。さながら観客ありのライブ時のMCのような掛け合いに、TERUの表情からも自然と笑みがこぼれた。

JIROが作詞や作曲で携わったGLAYの楽曲は、明るい曲調の中にも弱さや切なさをはらんだものが多い。そんな中でもこの日の最後に演奏したJIRO作詞・作曲の「lifetime」は、ライブで会える日を楽しみに日常を過ごそうというポジティブなメッセージを込めたファンに愛される隠れた名曲だ。

「12月(19日)の札幌ドームも無事にできる。必ずまたみんなと同じ時間、同じ空間で過ごせる時間は来るよ! という願いを込めて最後にこの曲を届けたい」と語ったTERU。

♪退屈な毎日でも ため息ばかりついてても
♪苦しいときにほら流れるこのMUSIC
♪次にまた会えることを願って

アコースティックギターをかき鳴らしながらTERUのシャウトが響き渡り、約1時間のライブは終了した。

終演後、「このキャンパスでステージを一緒に作ってくれ工学院大学新宿キャンパスの皆さん!」と紹介され、学生の制作スタッフがステージへ登壇。会場となったホールを貸し出してくれた工学院大学は、コロナウィルスの感染拡大により、登校できずにオンラインで授業を受けている学生も多いという。

そんな状況にTERUも「少しでも早くみんながこのキャンバスで勉強できる日が来るように願いを込めて演奏させていただきました」と挨拶。ライブ制作をサポートしてくれた学園祭実行員の学生たちは、「昨年度は台風で中止になり、今年度はコロナの影響で中止になり、2年連続で苦渋の決断をしました。このような状況で実行委員全員が関わることはできなかったんですが、今日来れなかったみんなの思いも背負って準備してまいりました。一つのかたちとして、ライブに携われたことを光栄だと思っています」と感謝の言葉を口にした。

「音楽は変わらず届けていきたい。今回のライブのサブタイトルになっていますが『FROM THE NEW WORLD』。新しい世界を作っていければと思います」と真摯に語るTERUの目はずっと未来を見据えている。

次回『GLAY app Presents PREMIUM ACOUSTIC LIVE Vol.05 LIVE at HOME』は、ハロウィン当日の10月31日(土)に開催される。

ライブの視聴方法や配信チケットの購入など詳細はGLAY公式アプリ「GLAY app」にて。
https://app-glay.jp/

Vol.87 TERU WEBインタビュー

10月3日(土)、TERUが企画立案する配信ライヴイベントシリーズの第四弾、『GLAY app Presents PREMIUM ACOUSTIC LIVE Vol.04 LIVE at HOME』が開催される。この企画の立ち上げに至るまでの心の動き、回を重ねるごとに変化した気持ち、そしてコロナ禍においてアーティストとして思うこととは? TERUの想いに迫るロングインタビュー!

2020.9.30

2月26日(水)、ライヴやイベント等の自粛要請が政府から出され、GLAYの皆さんが5月開催予定だった名古屋ドーム、東京ドーム公演2DAYSの中止を発表なさったのが4月3日(金)。配信ライヴイベント「LIVE at HOME」の企画を立案され、6月8日(月)のVol.01開催に至るまで、TERUさんの心の中ではどういったお気持ちの流れがあったのでしょうか?

TERU
新型コロナウイルスの影響を直接受けたのが2月24日(月)、ヴェネツィアのサンマルコ広場でライヴをするため現地に着いた瞬間のことでした。土田(康彦/ヴェネツィアンガラスデザイナー)さんから連絡があって、「お祭りが途中で中止になりました」と。世界的な状況としてコロナが蔓延し始めていた時期でしたし、ヴェネツィア市からの通達だということで、世界中から集まってくれていたファンの皆には申し訳なかったんですが、止む無く僕らのライヴも中止ということに……。そこで「どうしようか?」と考えていた時、HISASHIのほうから、「せっかく機材も持ってきてるし、配信しようよ」という案が出まして。その2日後には、ヴェネツィアにある土田さんの工場をお借りして、配信という形で演奏を届けさせてもらいました。初の無観客ライヴですよね。その時に自分の中で「あ、こういうやり方もアリだな」と感じていたんです。

その段階で、早くも配信ライヴの手応えを得ておられたのですね。

TERU
それで、東京に戻ってきてからメンバー間で「5月のドームどうしよう?」という話し合いをしていく中で、やっぱりファンの子たちの安全を第一に考えて中止にしよう、と。せめて2か月前に発表すれば、ファンの子たちが予約しているホテルや移動手段のキャンセル料が発生しないようにもできますし、早目に対応していこう、と決めて。だからもう『ミュージックステーション』の生放送(4月3日)の当日楽屋での打合せの時に決断を下し、『Mステ』のオンエア前にTAKUROがYouTubeを通して発表する、という形にしました。その流れの中で、僕としては「どういう状況になろうとも、歌うことはやめちゃいけないな」と思ったんですね。自分の性格は自分が一番良く知っているので、2か月、3か月休みになったらダラけた生活になってしまうんだろうな、と危機感を抱いて(笑)。それに歌というのは、1か月休んでしまうと本当に声が出なくなってしまうものなのです。アスリートと同じで、日々の訓練や努力が実を結ぶパートなので。そこで、「じゃあ、49歳の誕生日を迎える6月8日に何かしよう」と。40代最後の誕生日なのに何もしないで終わるのは嫌だなとも思いまして、そこで初めてライヴ配信を具体的に考えて、まずはマネージャーに相談した、という流れだったんです。

配信の場としては、元々はライブラリ機能に特化していたGLAY app(※2018年2月1日にリリースした公式アプリ)という自前のプラットフォームを有効活用なさっています。

TERU
当初GLAY appには配信のコンテンツがなかったので、是非ともつくってほしい、とお願いして一から開発をしてもらいました。そう思い立ったのは、やっぱりGLAYの体質ですかね。これまでにいろいろなことを経験してきて、独立した時に"全て自分たちでやる"という形が意外とGLAYには合っている、と気付いたんですね。G-DIRECT(※通販システム)もGLAY MOBILE(※オリジナルコンテンツ満載のモバイルサイト)もそうなんですけども、"自分たちのものは自分たちで管理する"というか。なので、ライヴ配信の媒体はたくさんあるんですが、そこと組むというよりは、「じゃあ、全部自分でやっちゃおう」と。そのほうが自分のやりたいタイミングで自由にできるし、気も遣わなくて済むし。それに、リスクヘッジの意味合いもあって、もし問題が起きた時には、自分たちの会社のコンテンツだったらキャンセルもしやすいな、みたいな(笑)。

こういう先が見えない状況下、そういった柔軟性も重要ですし、無視できませんよね(笑)。

TERU
それでまずは第1回目に向けて、ノープランの状態から自分の中で一から計画していきました。最初は「弾き語りをすればいいかな」と思っていたんですけども……自粛期間中、3月、4月の2か月ぐらいの間、いろいろな人たちがインスタライヴで配信していましたよね? "歌を繋げよう"というリレーだとか、いろいろとやっているのを僕も観ていて、不安に思っている人たちの心を少し和らげるような、そういった気軽に音楽を届ける活動も楽しいし、すごく素晴らしいな、とは思ったんですけども……でも、やっぱり自分の中には、プロ意識があって。25年間活動し続けてきた自分たちが培ったものを、もっともっとちゃんとクオリティーの高いものとして届けないといけないんじゃないか?と。ここで自らクオリティーを下げてしまったら、それがずっと尾を引くような気がしたんです。「あ、これでいいんだ」と思ってしまったらダメだな、と。だから、とにかくクオリティーの高い映像と演出で音楽を届けたい、という想いを抱えながら「じゃあ、どうしたらいいのか?」といろいろと悩んでいた時に、『Mステ』を観ていたら[Alexandros]が出ていたんですね。メンバー一人一人がプロジェクターを使い、その映像を上手く取り入れて演奏しているのを観て、ヴォーカルの(川上)洋平くんにすぐ連絡して、「あれはどうやってつくったの?」と訊いて相談し、彼らの演出チームを紹介してもらったんです。ご協力を快諾いただきまして、よりクオリティーの高い映像演出が可能になり、「LIVE at HOME」の第一回目配信に漕ぎつけることができました。

「LIVE at HOME」を、しっかりとつくり込んだプロフェッショナルな作品として発信なさったところが素晴らしいと思いますし、それはバンド単体ではなく音楽業界全体の未来を見据えてのプランだったとも感じます。Vol.1から順に詳しく伺っていきたいのですが、拝見していて、当時多かったラフな自宅弾き語り映像とは一線を画すクオリティーだな、と衝撃を受けまして。音楽の世界観と映像・照明が美しくシンクロし、画面内の見え方がキッチリと計算されていてさすがだな、という印象だったんですよね。演出チームとTERUさんは具体的にはどうコラボレーションしていかれたのでしょうか?

TERU
曲をどういった感じで演奏するか?が先決だな、と思っていたので、まずは弾き語りで演奏する7曲のデモをつくり、それを聴いてもらうところから始めました。1曲1曲に対する映像のイメージが僕の中にあったので、それをお伝えして。全体的にネイチャー系というか、自然を舞台に、例えば海の中で歌っているとか、そういったイメージがあったんですが、あとはデモに合わせて自由に映像をつくってもらった、という形です。

Vol.1~3すべてですが、通常のライヴさながらに、オープニング、エンディング映像も凝っていて見応えがあります。特にエンドロールは感動的ですよね。

TERU
「LIVE at HOME」はシリーズ化していけたらいいな、と先を見据えていたので、エンドロールは必ず凝りたいと思っていたんです。だから、ライヴに向けて仕込んでいる間の映像を撮っておいてほしい、と前もって伝えておきました。それに合わせて流している「はじまりのうた」は、函館のスタジオをつくって一からまた音楽人として歩き出す、という僕にとっての決意表明的な音楽としてつくった曲。「LIVE at HOME」も自分にとって新しい第一歩だなと思うので、必ず流すことにしたんです。また、仕込みの時の映像は、「ソーシャルディスタンスを保ちながら、三密回避を守ってちゃんとやっていますよ」という証明にもなると思ったし。観てくれているファンの子たちにとっても安心できるような、無理のないやり方でライヴアットホームを開催していこう、というのが、自分の中で決めたルールでもありました。それもあって、スタッフが最初は全員で7人かな? Vol.3までに少しずつ増えてはいきましたけど、主要メンバー7人は変わらずずっといてもらって、そのお手伝いという感じで他の方にも加わってもらい、今は10人ぐらいでやっています。音響に関しては、ライヴ、ツアーを回る時の音響のスタッフチームに手伝ってもらっていて、そのセクションに関しては4人とか、ちょっと多くはあるんですけども。でも、普通のコンサートになると、アリーナツアーとかだと100人ぐらいになるし、ホールツアーでも30人ぐらいにはなってしまうので、そういう規模感とは全く違います。そのように、「LIVE at HOME」としてミニマムに活動はするんだけども、届けるのはもっと広い範囲で、世界中に向けて発信できるようなコンテンツをつくっていきたいな、とは最初から思っていましたね。

セットリストにも深い意味を感じました。1曲目が「月の夜に」で、<当たり前な事が特別に思える>という歌詞が今の状況にリンクして響きましたし、2曲目の「逢いたい気持ち」にも共鳴しました。歌詞のメッセージ、セットリスト全体を通しての物語性は、やはり意識されたのでしょうか?

TERU
そうですね。なかなか外に出られない自粛期間中の配信ということで、詞の内容も皆に届けられるメッセージになりますし、内容、そしてドラマ、ストーリーをちゃんと考えながら組み立てていきました。エンドロールでは、1曲ごとに選曲した理由も文章にして観てもらっているんですけども、その一言一言が全て、コロナで不安に感じている人たちに対してのメッセージでもあると思っています。

お話を伺いながら改めて感じますが、もう、本当に丁寧なお仕事ですよね!

TERU
結構時間が掛かっていて、見えないところにいろんな努力があるっていうね(笑)。

それほど隅々まで配慮を行き届かせてつくり込んでいかれるのは、なぜなんでしょうか?

TERU
何ていうか……観てくれている人たちの立場をすごく考えるようになりまして。というのも、乙武(洋匡)くんが、「コロナの影響で外に出るのも怖くて、家でずっとじっと一人で過ごしてる人たちは、きっと今、障害を持つ人たちの気持ちをやっと分かってくれているんじゃないか? 僕らはコロナに関係なく、こういう生活をずっと送っています」といった内容のことを言っていて。「エンターテイメントのコンテンツは今後もこうやって家にいる人たちに届けられるようなアプローチのものでもあってほしいし、コロナが収束した後も忘れないでください」と。その言葉がすごく胸に響いたんですね。自分たちが思っているような、「コロナが収束したら万歳!」ではなくて、収束してからも、家から出られずにいる方たちにも届けられるコンテンツであるべきなんだろうな、と思ったんです。だからこそ、一つ一つ丁寧につくっていこう、という気持ちにもなりましたね。

Vol.1は、アーカイヴを残さない、とアナウンスしてスタートされましたが、そこにはどんな想いがあったのでしょうか?

TERU
アーカイヴを残さないようにしたのは、ライヴに行く楽しさや緊張感、その日のために仕事を休むなどして、その時間に合わせて観ることも大事だな、と思っていたからなんですね。家の中にずっといてなかなか外に出られない人たちにとっても、「これが特別な夜になるんだ」という想いを味わってほしかったし。「アーカイヴがあるからいつでも観られるや」ではなくて、「この瞬間しか観られないんだ」という、その時間を大切に思う気持ちになってくれればいいな、という考えがあってのことでした。ただ、電波の状況というのは観てくださる方の環境によってまちまちなので、「せっかくお金を払って時間をつくったのに観られなかった」という人たちがいることも、だんだん分かってきて……。Vol.3はアーカイヴを丸1日残したところ、ファンの子たちはすごく喜んでくれました。「その時間を大切にする」という意識はきっとVol.1で皆さんに伝わったと思うので、Vol.4に関してはアーカイヴをもう少し長い期間残そうかなと考えていますし、「その時間は家にいるようにします」と言ってくれる人もいれば、仕事の都合などで観られない人は、「アーカイヴを残してくれてありがとうございます」と喜んでもくれています。日々どんどん状況が変わっていきますし、毎回改善点を見つけてアップデートしていきながら、観てくれている人たちのことを思いながらやっていけたら、と思っています。

Vol.2はお家から飛び出して、7月25日(土)、函館のTERUさんのスタジオでTAKUROさんをゲストにアコースティックライヴをされました。幼馴染であるお2人の長い歴史をしみじみと感じつつ、まるでホームパーティーに招き入れられたようなリラックスムードの中、GLAY黎明期の超レア曲を聴くこともできて、非常に貴重な時間でした。Vol.1の配信中に「次はTAKUROを呼びます」とご発言されていましたが、企画はトントン拍子で進んだのですか?

TERU
いや、Vol.2は函館で、というプランはありましたけども、その時点ではまだTAKUROに参加してもらうことは考えていなくて。Vol.1で演奏していくうちに、「あ、これはギターしんどいな。誰かもう一人必要だな」みたいな感じになって(笑)。それでライヴ中に、「次はTAKUROも参加してもらいます」みたいなことを言ったんですけども、「TAKUROは観てくれてるだろうな」と思っていたのに、観てなかったというオチもあり(笑)。でも、ヴェネツィアのライヴもそうですけども、まずは僕が自分一人で経験してみて、やってみて楽しかったらそれをちゃんと伝えてメンバーを誘うという流れは、自分のスタイルなのかな?とは思っています。TAKUROに「2回目に参加してよ」と言った時、もう既にイメージが膨らんでいたみたいで、「やりたい曲いっぱいあるんだよね」と言っていて。リハーサルに入る前に「デモをつくろう」ということで、選曲するにあたってTAKUROから「高校時代の曲をやりたいんだけど」という案が出てきたんです。あとは、「Mijuの『サマーシェイクス』もやってみたいんだけど、いいかな?」と相談されて、僕も「もちろん、もちろん!」と答えて話を進めていきました。

MijuはTAKUROさんがプロデュースされた女性シンガーで、‘98年の2ndシングルを最後に、事実上の活動休止状態となっていますね。

TERU
そうなんです。リハーサルでTAKUROが、「いやぁ~、『サマーシェイクス』をまさか今できるとは思わなかったよ」とうれしそうに話していたのが印象に残っていますね。エンドロールで流す"選曲した理由"コメントをTAKUROからもらって、それも読んだんですけども、やっぱり、シンガーが活動していないと当時の音楽をもう二度と聴けなくなってしまうんですよね。「こういう機会がなければできなかったから、本当に感謝するよ」という一言から、TAKUROの想いもすごく伝わってきて……。ライヴの最中にも言っていましたけど、「LIVE at HOME」に関しては、GLAYの普段のライヴではなかなかできない曲だったり、「サマーシェイクス」のように、もう聴けないと思っていた曲を再び演奏できたりする、そういう機会を設けられる場所なのかな?って。TAKUROとも「またやりたいな」という話をしていて、お蔵入りした曲や未発表曲もまだまだたくさんあるし、次なる機会にはそういうのをやっていきたいね!と。このVol.2があったからこそ、3回目、4回目、ひょっとしたら10回目、20回目という未来が具体的に見えてきた感はあります。そういう意味でも、Vol.2の存在はすごく大きかったですね。あと、場所を変えた理由は、Vol.1を家の地下スタジオでやったら歌声が2区画先まで聞こえてた、というのもあって……(笑)。

さすがの声量ですね(笑)。

TERU
いやいや(笑)。それを言われて、「もうここじゃできないな」ということで函館に移動したんですけども、函館へ行ったら行ったで問題がありまして。バラシ(撤収)作業が夜10時半ぐらいまで掛かってしまうんですが、函館のスタジオの近隣の方たちはもう8時半とか9時には寝てしまうので(笑)、「ガチャガチャうるさかった」という苦情が来てしまって……。じゃあ次はどこで?ということで、Vol.3の場所探しが始まっていくんですけども。やっぱり、家でやるのはなかなか大変ですよ~。

Vol.2の時に思ったんですけど、GLAYの皆さんが揃った4人のライヴが完成形だとして、そこから"2人足りないライヴ"ではなく、"この場所で、この2人だからできること"という特別なコンテンツになっているのが魅力的です。

TERU
特別感というか、「LIVE at HOME」じゃないとなかなかできないだろうな、という企画を目指したいな、とは思っていて。GLAY以外の曲でもいいんですけども、GLAYの楽曲自体、"アコースティックギター1本でも歌える曲"というテーマが昔からありますし、それを今改めてたしかめる、というか。本当にそういう想いでつくっているんだなぁと僕自身再確認するライヴにもなっています。Vol.4に関しては今、JIROとリハーサルに入ろうとしているところで、デモをつくっているんですけど、やっぱりアコギ1本でも本当にいい曲が多いなと感じているんです。2人でアコースティックギターで弾き語りしたVol.2の経験は、今後に大きく影響していくな、と思っています。

Vol.3は湘南のヨットハーバーを舞台に、HISASHIさんを迎えての企画でした。1、2回ともまた全く違った趣でしたが、HISASHIさんと相談しながらつくり上げて行かれたんですか?

TERU
元々はHISASHIにオファーする前に、(DJ) MASSくんと一緒にやろうかな?と思っていたんです。MASSくんといろいろとイメージを膨らませていく中で、「やっぱりギターが欲しいな」と。HISASHIとMASSくんはHSMSというユニットを一緒にやっていますし、「HSMSがゲストという形もアリだな」と思ったんですけども、欲をかいて「全曲弾いて」とHISASHIにオファーしました(笑)。

「Little Lovebirds」をTERUさん自らダンスミュージックとして再構築なさり、MASSさんが仕上げられたヴァージョンですとか、新鮮なアレンジが盛りだくさんでした。Vol.3の選曲やデモづくりに関してはいかがでしたか?

TERU
「LIVE at HOME」は自分のスキルアップをテーマに掲げているので、冒頭で言ったように"歌を休ませない"というところで、なかなか普段お披露目できない曲であり、かつ、「MASSくんアレンジでやってみたら絶対面白いだろうな」と思うような選曲をしていきました。これは毎回どのメンバーに対してもそうなんですが、HISASHIにもセットリストの半分、「5曲ぐらいは選曲してほしい」と伝えたら、Billie Eilishの「bad guy」を「やりたい!」という希望が出て、カバーしたんですけども。HISASHIは「ベースを弾きたい!」とも言い出して、それもまた面白かったですね。「LIVE at HOME」に関しては本当に自由自在で、一緒にやるメンバー同士が話し合いながら面白く、自分たちでも楽しめるようなイベントにしていけたらな、と思っています。あと、恵山でのライヴ配信もありましたけども、自分の中ではシングルのお披露目としてちゃんと生で歌いたいな、という想いがあって、Vol.3では「流星のHowl」と「ROCK ACADEMIA」を選曲しました。まぁ、プロモーションも兼ねて、ということですけども(笑)。

それもすごく大事なことですよね! コロナ禍で夏らしい思い出をつくれないまま季節が変わりそうだった方々にも、リモートではあっても湘南の空気感が伝わり、良い夜になったのではないでしょうか?

TERU
そうなんです。"夏を満喫したいな"という想いは強くあったので、4か所ぐらい会場の候補があった中、海が近いという理由で湘南のヨットハーバーを僕が選んでオファーしてもらい、快諾いただきました。ただ、夜10時には完全撤収ということが後で分かって、「どうする?!」という話になったんですけども(笑)。金曜日の夜だったので、やっぱり遅めの時間のほうが、ファンの子たちは仕事が終わってからでも間に合うだろうな、ということで元々は9時スタートでアナウンスしていて。それが後で「8時スタートになりました」と訂正させてもらうことになって、申し訳なかったんですが……。会場の方々が本当に協力的で、無事にライヴができて良かったです。ヨットハーバーの売店のお母さん、お姉さんたちも、僕がTシャツをファンクラブ用に買いにいったら、「GLAYが来てくれた!」という感じで、すごく喜んでくださっているのが伝わってきたんですね。僕はそういう繋がりが好きなので、ライヴ自体も楽しかったけども、関わってくれた方々とのやり取りという面でもすごくいい関係を築くことができ、本当にいいイベントになりました。

そういえば、演出面ではミラーボールの存在感もすごかったですよね。

TERU
ミラーボールね~。あれは、Vol.2ではスタッフさんが手で持っていたんですけど、やっと少しずつグレードアップして(笑)。

手作り感に溢れたエピソードですね(笑)。

TERU
本当に手作りですよ! 少ない人数で、手作業でやってくれて……本来だったら什器を入れて上に吊るしたり、いろいろと方法があると思うんですけども。ムービングライトも自動じゃなくて外に照明のスタッフさんが立って全部ムービングしてたっていうね(笑)。

人力だったんですか!?

TERU
はい、全部人力でした(笑)。Vol.3をやってみて、「『LIVE at HOME』ってこういうことなんだ」と初めて気付いたことがあって。それは、自分の"家から"発信するのが「LIVE at HOME」のスタートだったんですけども、ファンの子たちが"家で"観るライヴが「LIVE at HOME」なのかな?ということなんです。皆が家などで寛ぎながら、お酒を飲んだりお菓子を食べたりしながら観られるライヴですよね。Vol.3以降、"at HOME"の意味合いが僕の中で少し変わってきたのを感じます。

そして、進化していく「LIVE at HOME」は10月3日(土)、Vol.4を迎えます。JIROさんが参加、更に、TOSHIさんのドラミング姿を久しぶりに拝見できるのも楽しみです。

TERU
TOSHIさん、久しぶりで張り切り過ぎてるかも(笑)。

今ごろ武者震いされているのではないでしょうか(笑)。そしてムラジュンこと村山☆潤(FLOWER FLOWER)さん、ストリングスカルテットの皆さんも加わる豪華布陣です。人選や内容はどのように考案されたのでしょうか?

TERU
元々のコンセプトとしてはクラシックをやりたくて、ムラジュンにすぐ連絡して、「この時間、空いてるかな?」と個人的に訊くところからスタートしました。ムラジュンは「LIVE at HOME」を観て知ってくれていて、すぐに話がまとまって、かつストリングスカルテットにも加わってもらいたいということを伝えて。それプラス、この順番で行くとメンバーはJIROしかいないだろう、ということでJIROを呼んで。そうなった時、JIROはすごくリズムを気にする人でもあり、僕とJIROだけだとやっぱり不安だろうなぁと思ったので、永井(TOSHI NAGAI)さんにも声を掛けたんです。TAKUROやHISASHIの時もそうでしたが、そうやってメンバーごとの性格もちゃんと把握した上で、一つ一つのコンセプトを変えていっています。「LIVE at HOME」というイベントは、そうやって出演する人によってコンセプトも変わるし、元々自分が「これやりたい」と思っていることに対して賛同してくれるようなメンバーを選ぶというのもあるし、柔軟なスタンスでやっていけたらな、と思っています。ここ3か月ぐらいずっとGLAYでリモートレコーディングをしていたんですけども、その中でもJIROはすごく楽しみながらやっている印象があったんですね。「LIVE at HOME」のデモづくりに関しても、「こういうリモートの形でやっているんだよ」という話をしたら、「じゃあ、俺もやるよ!」と言ってくれて。データのやり取りを1か月間ぐらいずっとしながらデモをつくり上げてきました。

具体的には、どのようにやり取りされているのですか?

TERU
僕がアコギ1本で歌ったデモのデータに、ムラジュンがピアノを重ねてくれたり、あとは逆に、ムラジュンがつくってくれたデモにまず僕が歌を入れ、そこにJIROにベースを入れてもらって、最後に永井さんにドラムを入れてもらったり。または、仮のドラムを付けてもらって、それを永井さんに「叩いてください」とお願いしたり。そういった変則的なレコーディングの仕方はすごく新鮮だったし、自分の中では「あ、こういうやり方でもキッチリまとまっていくものなんだなぁ」と、勉強になりました。コロナに影響される・されないに関わらず、今後普通にスタジオでレコーディングできる状況になっても、こういうデモづくりのスタイルは自分なりに続けていきたいな、と。GLAYの本体でも今プリプロをしていますが、仮歌は家でキッチリつくって、それをスタジオに持って行って直しがあれば直す、というスタイルになってきています。今までのレコーディングスタイルにコロナ禍で経験したものを加え、アップデートしていく形で今はレコーディングに挑めているんですよね。この状況もマイナスなことばかりではないんだな、というのはこの半年間で学びました。もちろん、本当に大変な想いをしている方々はたくさんいらっしゃるんですが……その中でも協力し合い、支え合う、ということを色濃く感じたこの2か月、3か月ではあります。

Vol.4のセットリストは、聞くところによりますとJIROさんは、TERUさんからオファーされた2時間後には選曲、すぐにご提案されたのだとか。

TERU
そうなんです。Vol.3の時にはもう既に「次は自分の番が来るだろうな」と思っていたようで、早かったですね(笑)。JIROには実際、2か月ぐらい前にはもうオファーしていました。Vol.1の最中にVol.2の準備をし始めて、2の最中に3の準備をして、3のまだデモをつくっている段階で既に4のデモをつくり始めて、というふうに、同時進行なんですよ。参加してくれるメンバーにも焦らずにゆったりと楽しんでもらおうという想いもありますし、前もってちゃんと準備をしていこう、と。それは自分なりに心掛けていることではあります。JIROにオファーする時、元々僕はある曲をやりたいと思っていたんですよ。JIROの作詞作曲で、クラシカルにアレンジしたらめちゃくちゃいい曲になるだろうな、と思う曲があったので。それでJIROに「俺、『〇〇』 を絶対やりたいんだよね」と伝えて。かつ、「今回はTERUの曲とJIROの曲だけで構成しようよ」という話をしつつ、「JIROの作詞作曲した曲、作曲だけでもいいから、5曲用意して」と伝えたら、「これとこれとこれで!」という返事がすぐに来ました。エンドロールで流れる"選曲した理由"コメントも既に書いてもらっているんだけど、また素晴らしいんですよ、JIROの一言が。皆さんにはそれにも期待して、楽しみにしていてほしいなと思います。

演出面ではプロジェクションマッピングを行うと発表されていますけども、そちらのご準備は今、いかがですか?

TERU
Vol.4は会場が大学のキャンパスで、プロジェクションマッピングだとか、そういう映像系を学べる学校だというのもあって、学生さんたちに演出を手伝ってもらうことにしました。会場の方たちと一緒につくろうという、新しい試みです。ヴェネツィアでライヴする時はヴェネツィアのミュージシャンと一緒にやりたい、ということで、現地のカルテットの方たちや、ピアノの先生に協力していただく、というコラボもしてきたので、そういう流れも少しできつつあるな?と思っていて。ステージの装飾も学生さんがやってくださることになっていたりするので、楽しみにしています。まだどうなるか分かりませんが、「LIVE at HOME」の新しい可能性が何か一つ見出せるんじゃないか?と思うんですよね。上手くいけば、次なる会場は"コラボができる場所"を一つの条件として考えながら選んでいくんじゃないかな?と。例えばもし4つ候補があって、その中にコラボができそうな場所が一つあったら、そこに積極的にオファーしてみる、という方向になりつつあります。

ヴォーカリストとしてだけではない、人と人とを繋ぐお力ですとか、プロデュース力、おもてなし力、そしてメンバーのみなさんの特性を知った上で企画を練り上げていく適材適所の見極め力……TERUさんにしか成し得ない企画になっているな、と改めて思います。

TERU
全員に「無茶振りしすぎだよ!」って言われますけどね(笑)。

(笑)。でも、皆さん楽しんで取り組んでいらっしゃるのではないですか?

TERU
そうですね、楽しんではいるようなので、良かったです(笑)。人と人とを繋げるというのは、まさしく自分の人生のテーマなんですよね。よく行くイタリアンのお店に、もう亡くなってしまったんですけども、看板女将がいたんですよ。その方も人と人とを繋げるのが本当に好きで、そのお陰で常連さんたちの友だちがいっぱいできて、その人たちと僕は今楽しく過ごすことができていて。50歳を迎える直前ですけども、大人になってから友だちが増えるのがすごく楽しくて……そういったことを僕も、自分が中心となってできればいいな、と考えているんです。函館にスタジオをつくってからは、そのスタジオに友だちが集まって、その友だちがまた友だちと交流して、という繋がりができていくのを楽しく感じていますし、そういうふうに繋ぐのがやっぱり好きなんですね。それを音楽の面でもできれば、誰かと誰かが繋がって、きっと何か化学変化が起きてすごいことになるんじゃないかな?と。あとは、ファンの子たちにも"いろんな出会いがあってほしいな"ということで、ハイコミという言葉を前から使っていて、それをテーマに皆さん動いてくれていますし。人と人との繋がりが生まれることによって安心したり、幸せな瞬間が訪れたりする、というのが自分の生きてきた中での経験なので、そういうものをいっぱいつくりたいな、と思いますね。

「LIVE at HOME」はTERUさんの人生哲学そのものの反映であり、ライフワークの一つになりそうですね。最後の質問に移りますが、もう半年以上コロナ禍という前代未聞の状況が続いており、音楽の持つ大きな力が再認識される一方で、ライヴが思うように開催できず、エンターテインメント産業が危機に瀕している実情もあります。そういった両面ある中で、アーティストとしてTERUさんはどんな想いを抱かれていますか?

TERU
コロナの中で、誰もが不安を抱えながら生きていますし、自分の両親ももう高年齢なので、本当に気を付けながら生活している、という意味においては、音楽は人々の心をすごく安らがせてくれるものなんだな、と思います。外に出られない時期だからこそ、家の中で楽しむ音楽の良さが再確認できた時期なんじゃないかな?とも感じますし。音楽をつくるスタイルも変わっていくし、発信の仕方も変わってきてはいるんですけども、根本にある、「人に届けたい」とか、「今の想いをちゃんと伝えたい」という、ミュージシャンとしての根本的な部分は全然変わらないんですよね。アーティストとしての役割に関しては、音楽の力が、それによって皆が前に進むことができるようなものであってほしいな、と本当に思っています。それが新曲であっても、過去の楽曲であっても。だから、(活動を)休まず、動けるということが大切かな?と思っていて、自分なりに「LIVE at HOME」を企画してはいるんですけども。この先まだまだ、もしかすると来年末まで、あと1年以上もコロナが収束しないという噂も聞きます。ワクチンの開発を急いでいる多くの国がありますけども、ワクチンができてこその安心感だとは思うので、それまでは本当に長い期間、油断できない状況ではありますが……その中でも少しずつ状況は良くなってきていて。演劇に関してはもう100%の集客で開催できたりとか、音楽に関しても、定員の半数の人たちを入れられるようになったりとか、少しずつ緩和はされていってはいるので、諦めずに音楽を発信していけたらな、と思います。年末の札幌ドーム公演(12月19日・土)に関しても、諦めずに。先日レコーディングの時にもメンバーと話していたんですが、現状「やろう!」という選択をしています。そう決めるだけで「頑張ろう!」という想いが湧きますし、どんな状況であろうとも、ひょっとしたら無観客になろうとも、「やりたいね」という話をしていて、メンバー同士の結束はしっかりと固いです。夢を見ることだったり、信じられるものだったり……そういうものを今後もGLAYが届けられたらいいな、と思っていますね。

結束と言えば、GLAY appでのリモートトーク企画を拝見した時、皆さんの会話の間合いがピッタリなことに驚いたんです。長年の積み重ねが生んだ4人の呼吸感は、リモートでも崩れないんですね。

TERU
うん、やり方が変わってリモートになっても、変わらないですね。やっぱり、僕たちのやりたいことは、ステージで歌いたい・演奏したいということですし、ファンの子たちにより良いものを届けたいという、その想いだけでやっているようなバンドなので。この4人のチームワークというか結束力、そして絆というものは、コロナ禍の中でまた強くなったんじゃないかな? そして、ファンの子たちもその4人のバランスをすごく楽しみにしていると思うので、また4人で皆に会える日は必ず来る!ということをちゃんとお伝えしたいな、と思います。今後の展開としては、10月31日(土)には「LIVE at HOME」Vol.5の開催が決定していて、こちらはまたHISASHIとDJ MASSくんの参加が決定しています。あと、TOKIさん(C4)も出演してくれて、お誕生日ライヴになります(笑)。ちょうど土曜日ですしハロウィンでもあるので、在宅ハロウィンパーティーですね。皆には仮装しながら観てほしいな、という想いもあります。長渕剛さんとかがされていたような、ZOOMで皆の姿がこちらに見えるようなシステムもできたら面白いな、と思っているので、今いろいろとスタッフと相談していて。相互にコミュニケーションを取れるようなハロウィンライヴをやってみたいな、と。あと、「LIVE at HOME」の1週間前~3日前ぐらいには、"テルキャス"(TERU CASTING)という番組を(GLAY MOBILEで)必ず生配信していて、見どころなどをお伝えしているので、連動して楽しんでもらえたらな、と思います!

文・大前多恵

VOL.86 GLAY「G4・2020」インタビュー

2020.08.13

TERUインタビュー

ステイホーム期間中はどんな毎日を過ごされていましたか?

TERU
主に音楽制作をやっていましたね。これまでLogic Proの機能の1割程度しか使えてなかったのを勉強して、今では7割くらいまで使えるようになりました。今、メンバーとリモートレコーディングの形でGLAYのアルバムを作れたらいいねと話しているんです。この手法でのアルバム制作はGLAYとしては初めての試みになります。あとはライブができないのなら自分でやろうと「GLAYアプリ」でライブ配信ができるようにシステムを変えてもらって。今できる最大限のことをやっていくと、新たな活動方法が見え始めるんですよ。

配信ライブを行う際のポリシーはありますか?

TERU
自分としては、例えばインスタライブなどで音楽を無料で届けるという形に関しては一歩引いて見ていました。そのやり方を続けていたら音楽業界が破綻してしまうという怖さを感じたんです。音源にしてもライブにしても、商品としてちゃんと届けられるようなクオリティを保って、お金を発生させることを意識していますね。もちろんファンの子たちも無料で楽しめるのはうれしいでしょうけど。それよりも演奏や演出のクオリティを上げて、観た人が感動できるようなものを提供していくことがミュージシャンとしての役目なんじゃないかと思うんです。配信ライブは新たなエンタテインメントの形として始まったばかりなので手探りですが、その都度最大限のものを提示していきたいですね。

ステイホームな日々は続きますが、そんな中で「G4」シリーズの最新作「G4・2020」がリリースされます。この中でTERUさんは「ダイヤのA actII」のオープニングテーマでもある「流星のHowl」の作曲をされています。

TERU
「ダイヤのA」とのタイアップはもう5回目で、4作目までは高校野球や夏の甲子園大会をイメージした明るい曲だったんですが、今回はこれまでとは違う曲調にしようと。改めてアニメを見直してBGMを聴き込んでいたら、意外とドロドロとしたマイナー調の音が多くて。考えてみたら「ダイヤのA」は高校球児たちの苦悩の日々を描いているし、ただ明るいだけのストーリーではないんです。それで敗者をテーマに、マイナーかつEDM調の曲でその世界を表現してみようと思いました。スポーツアニメの曲というと明るくてアップテンポなイメージが強いですが、意外に評判がよくて。それとマイナー調のEDMというGLAYっぽくない作風に対してリスナーから「え、これGLAYなの? カッコいい」みたいな反応もあったし、僕としてはしめしめと(笑)。

TERUさんが手がけられたこれまでの「ダイヤのA」のテーマソングとは真逆なタイプですよね。歌詞も今回はTERUさんではなくTAKUROさんが手がけられています。TERUさんの楽曲をTAKUROさんが作詞されるのは珍しいのでは?

TERU
僕が「ダイヤのA」の歌詞を書くと必ず「青空」が出てきちゃうんですよ。「今回は空を出さないぞ」と思っても、歌詞を書いているうちに青空が出てきちゃって(笑)。ポジティブで前向きすぎる自分の性格だと、歌詞とはいえなかなかネガティブなことが書けない。それでTAKUROにお願いしたんです。

そんな事情がありましたか(笑)。ほかの曲についてもお伺いしたいのですが、HISASHIさん作詞作曲の「ROCK ACADEMIA」を聴いたときの感想はいかがでしたか?

TERU
今までのHISASHIの作風だとちょっとピリッとした、時代に釘打つような切り口の曲が多かったところ、すごくストレートで垢抜けているという印象でした。歌詞を読んで、デビュー25周年を迎えた中で、HISASHIがロックを楽しんでいるんだなと感じました。「彼女はゾンビ」以来HISASHIの中で何かが弾けたんでしょうね。「こういう曲をGLAYでやっていいんだ」というのを感じて以来、足かせが取れた感じで自由に曲作りしてる気がします。

わかります。ライブでも盛り上がりそうな1曲ですよね。

TERU
盛り上がるでしょうね! ラストはみんなで大合唱じゃないですか? でも曲が短いんですよ。GLAY史上最短くらいじゃないですか?(笑) でもその短さを感じさせない構成とアレンジになってると思います。

この曲はMVも撮影されたんですよね。

TERU
ひさしぶりに全員集まっての撮影だったので、どう臨めばいいのかわからなくて。演奏シーンに関しては、「とにかく動こう!」と思って感覚でやってましたけど、実際完成したらはしゃいでるおじさんが画面の中にいて……ひさびさにメンバーに会えたテンションが反映されていると思います(笑)。

JIROさんとTAKUROさん共作の「DOPE」はどう聴きました?

TERU
JIROは昔から変わらずメンバーだけで構築できるサウンドが好きなんだなあと。それと一貫して自分が作った曲は、コーラスをあまり入れたくないと言うんです。僕はサビでコーラスを厚くして、ちょっとキラキラした曲に仕上げることが多いので、こういった曲は歌っていて新鮮ですね。

今回のシングルには「Into the Wild」のリミックスが3トラック収録されています。これを受けて先日オフィシャルサイトでステムデータが公開されていました。

TERU
今回のシングルはリミックスも特徴なので、その訴求とみんなを楽しませる企画としてステムデータを公開したらいいんじゃないかという話になったんです。これを機にみんな音楽を作ったり、リミックスをする楽しさを味わってほしいですね。ビリー・アイリッシュみたいに新たな才能が生まれたら面白いですよね。

シングルと同時に「HOTEL GLAY」のライブ映像作品が発売されますが、ご覧になっていかがでしたか?

TERU
改めて周りの方々の協力あってのステージだったんだなと思うし、それこそライブはファンの子たちがいてこそ成り立っていたんだなと。お客さんが目の前にいてこそ発揮できるものもあるし、そこで起きるマジックを楽しみながらステージに立っていたので、またこういうライブができる日がくることを願っています。

Blu-ray、DVDにはオーディオコメンタリーも収録されるんですよね。

TERU
はい。4人でひさしぶりにクロストークができたのがめちゃくちゃ面白くて。お酒も入っていたので打ち上げみたいな感じでした(笑)。

最後にファンの方にメッセージをお願いします。

TERU
コロナの影響は人によっていろいろ違うと思うのですが、不安な日々を過ごす中でがんばろうと思える気持ちや安らげる瞬間を提供できる音楽を作ろうと思って僕らは過ごしてきました。その気持ちが今回のシングルの形になっていると思います。「G4・2020」を通して僕らが届けたいロックや今後のGLAYを感じて元気になってください。

TAKUROインタビュー

今回はリモート取材ですが、こういった形での取材には慣れましたか?

TAKURO
慣れましたね。自粛期間中は仕事も全部リモートですし、飲みもリモートでしたから。Zoom飲みは3回くらいやったんですけど、あるときにキリがないと気付いて断るようにしました。

どうしてですか?

TAKURO
飲みすぎちゃうんですよ。あと、結局盛り上がってくると人が人を呼ぶんですよね。そうすると途中で「じゃあ俺、落ちるね」って去るわけにいかなくて、結局“ひとカオス”あるまで飲み会が終わらないんですよ(笑)。

ステイホーム期間中はどんな思いで過ごされていましたか?

TAKURO
“日常”がある日突然奪われたような感じではありましたね。プライベートでは家族の長として、会社では社長として、近くにいる人たちの安全をずっと気にしてました。あとはニュースを観ながら、安全かつ日々の生活に潤いを与えられるようなエンタテインメントの新しい一手はなんだろうなあと考えて。改めて自分の生き方やGLAYのこれからを考えるいい機会になりました。

その中で気付いたことはありましたか?

TAKURO
結局俺が人生を懸けてやりたいのはライブなんだなと再確認しました。誰も観に来なくても、メンバーとスタジオに入って日々作り上げたものをライブで届けたい。10代のときにGLAYを組んで感じたことって、楽器の音が重なっていくうれしさや、他愛ないメンバー同士の会話の中で人生で大切なものを学んでいる感覚だったんです。早く今作っている曲たちを10人の前であれ、5万人の前であれ直接やりたいという気持ちになりましたね。

今回のシングルリリースは自粛期間前に決まっていたんですか?

TAKURO
はい。ただ、こういった状況になるとは想像してなかったです。一方で今それぞれ大変な状況の中にいる人に向けて新作を届けるのは意味があることだと思っています。タイトルには、例えば10年後の2030年に振り返ったときに、今のことを思い出せるようなものとして象徴的にタイトルに「2020」を付けました。

「G4」シリーズと言えばどれもコンセプトがはっきりしていますが、本作は何か決めて作られたんでしょうか?

TAKURO
デビューから25年経ったGLAYが今ミュージシャンとして充実してるんだ、と高らかに伝えたいということですね。初めてHISASHIの「ROCK ACADEMIA」を聴いたときに、彼なりの25年の活動やGLAYというバンドにおける総決算みたいな歌詞だなと感じたんです。今のシーンをリスペクトしながら、自分たちがやってきたこれまでのことを誇りを持って表現している。俺がHISASHIをGLAYに誘った身ですけど、「そういうふうに思ってくれているんだ」とリーダーとしての密かな喜びはありました。ライブでお客さんと一緒に歌ってる絵も浮かぶような曲だし、少なくとも俺にとっての救済的な存在になってます。これからのGLAYにとってアンセム的な曲になるんじゃないかな。ライブで披露できるその日まではコロナにはかかれないし、GLAYを潰せないし、事務所も潰せないし、がんばるしかないなと思っています。

TAKUROさんは今回のシングルの中では「DOPE」と「流星のHowl」の作詞に携わっていますが、TAKUROさんの作詞の根源はなんでしょうか?

TAKURO
人間に対する興味ですね。例えば、コロナ禍の中で人の心の動きや考えが可視化されますよね。それは“自粛警察”なのかもしれないし、より思いやりを持って日々暮らす人たちかもしれないし……そういった動きを見るとやっぱり人間って面白いなと思います。そこにネガティブな感情はなく、飽くなき人間への興味しかないんです。あと妻であれ子供たちであれ、GLAYのメンバーであれ、長年付き合っていても「俺の49年の経験がまったく通じない」と思う瞬間がありますし、そこがまた面白い。そういった自分の日々を歌詞にスケッチしていけたらと思っています。

もう1つTAKUROさんが携わっている曲と言えば「Into the Wild ~密~」ですが、「密」というサブタイトルの由来は?

TAKURO
ベストアルバム(「REVIEW II -BEST OF GLAY-」)に収録されている「Into the Wild」とはアレンジも違うし、当時と今のGLAYの状況も変わっているから区別をつけるためにサブタイトルを付けることにしたんですが、ただそれを表す言葉となると悩んでしまって。それでHISASHIに「今感じる気持ち、そしてこの令和2年の状況を漢字1文字で表すならなんですか?」と聞いたら、1分後くらいに「“密”です」と返ってきて(笑)。で、確かにそうだなと思ったんですね。「密」という言葉は今回のコロナ騒動でたくさんの解釈が生まれ、耳にしたときにいろんな思いを抱かせる言葉になった。いろんな解釈ができるという意味で、「Into the Wild」で伝えたいメッセージとも重なって。それと将来的に「Into the Wild ~密~」を聴いたとき、大変な時代を生き抜いたんだと確かめられるようなものにしたいなという思いもありました。

シングルには「Into the Wild ~密~」以外に、☆Taku Takahashiさん、80KIDZさん、BUNNYさんのリミックスも収録されていますがいかがでしたか?

TAKURO
スタッフ発信で実現した企画だったんですが、最先端のDJの方に解体される事でこんなに新しいサウンドになるのかと発見があったし、何よりもどのリミックスも気に入ることができましたね。切り取られる部分もそれぞれ違って、「この曲にはこういった一面もあるんだよ!」と自分自身が心から喜べるのがうれしかったです。

今回のリミックス企画でも感じましたが、GLAYは時代に合わせて新しいものを積極的に取り入れてますよね。

TAKURO
そうですね。キャリア25年以上ある日本のバンドで、ここまで新しいことを取り入れたり、変わることを許すプロダクションはないと自分たちでも思ってます。一度ヒットした曲をトレースしながら進化させていくことはあっても、今までのキャリアを売っ払うような「ROCK ACADEMIA」や「彼女はゾンビ」みたいな曲を出すアーティストはあまりいないんじゃないかな(笑)。でも、そういった新しい曲を鳴らしてやろう、売ってやろうという気持ちは常にあります。「こんな曲が世の中に流れてれいばいいのに」という曲を軽々とほかのメンバーが作るのを目の当たりにすると、16歳の頃の自分はなかなか人を見る目があったのではと思いますね。誰も褒めてくれないですけど(笑)。

最後にファンの方にメッセージをお願いします。

TAKURO
1日でも早くコンサート活動を再開したいというのが正直なところで、ファンの皆さんには「みんなが恋しいです!」と伝えたいです。

HISASHIインタビュー

ステイホーム期間中はどんな日々を過ごされていましたか?

HISASHI
自分としてはコロナ禍前とあまり変わらない感じでしたね。自宅にレコーディング環境があるので、未発表のGLAYの楽曲を完成させたり。違いはコンサートができないことかな。東京ドーム公演、名古屋ドーム公演が中止になってしまい25周年の完成形が見せられなかったのは非常に残念です。でも今はお客さんの安全が最優先ですし、その意見はメンバー全員が一致してました。これが絶望的な結果ではないというのはもちろんわかっているし、今はエンタテインメントの可能性とこれからのGLAYをどう動かしていくかを丁寧に考えながら前に進んでいる感じですね。

エンタテインメントの新しい可能性と言えば、配信ライブが増えましたよね。

HISASHI
コロナはすぐには収束しないと思いますし、配信ライブという新しいエンタテインメントの形はもっと広がっていくと思っています。僕はこれをあまり悲観的に考えず、わりとポジティブに捉えている部分はありますね。

自粛期間中、HISASHIさんは「HISASHI TV」の更新も活発にされていて、最近だと3回にわたってレコーディングの過程を公開していました。レコーディングの裏側を披露した理由は?

HISASHI
たぶん多くのファンの方はレコーディングで僕らが実際に何をしているのかは知らないと思うんです。僕が「関ジャム 完全燃SHOW」に出演して「ギターは楽しいもので、弾くのは難しくないんだよ」と伝えたように、「HISASHI TV」ではレコーディングも難しいことはなくて、遊びながら楽しみながらできることを伝えたくてやってみました。今後もレコーディングやDTMの楽しさを伝えることを目標に続けていこうかと。特にこういった状況の中で楽器やソフトウェアのスキルアップは魅力的なことだと思うんです。あとレコーディングって人間くさくて面白いんですよ。

と言うと?

HISASHI
1つのフレーズに対して長い時間悩んだり、メンバーと意見を交わしたり、試行錯誤した末に最初に録ったテイクに戻ったり……そういう人間くさいところってレコーディングやコンサートのリハーサルとかで出るんですよね。毎回120点みたいな内容じゃなくて、ダメな日はダメだし。配信を60分以内に完結しようとして、途中で言い訳をしたりすることもあるし。「HISASHI TV」ではそういう素の部分を流すのも面白いかなと。

今後「HISASHI TV」でチャレンジしたいことはなんですか?

HISASHI
ゲーム配信とかやってみたいですね。いろんなことに挑戦して幅の広さを見せていきたいです。

さて先日リリースされたニューシングル「G4・2020」についてお聞きしたいのですが、HISASHIさんの作詞作曲された「ROCK ACADEMIA」はポップなサウンドと、歌詞にGLAYの歴史を思わせる言葉が刻まれていたのが印象的でした。

HISASHI
これまでも「1988」や「黒く塗れ!」などで自分のことを歌詞に書いてきたんですが、今回は音楽に対する感謝とかバンドへの感謝、置かれている環境への思いなどを全面に打ち出しました。デビューから四半世紀にわたって活動して来られたことが、この曲を作るうえでの大きなきっかけになりました。

曲の着想は何かあったんですか?

HISASHI
「彼女はゾンビ」のような“超パーティロック”にしようと思って書き始めたんですよ。イメージとしてはアンドリューW.K.のパーティロックというか、Primal Screamの「ROCKS」みたいな。50代を目の前にしてロックをやること、余裕を持ってそれを楽しんでいることを表現しようと思ったんだけど、そこに自分の思いみたいなものもどんどん入っていって。少しだけノスタルジーが入った曲になりました。

TAKUROさんはこの曲をライブで披露できるのが楽しみとおっしゃってました。HISASHIさんはWOWOWで放送された番組のインタビューで、ライブ活動が再開されたら泣くかもと話されていましたね。

HISASHI
実際はどうなんでしょうね?(笑) いつライブが再開できるかはわからないのですが、12月の札幌ドーム公演に向けて準備を進めていきたいと思ってます。その間もいろんな形でパフォーマンスを見せたいという話はメンバー間でしてるんです。TERUはすでにアプリで配信ライブをやってますし、今までとは違う形でパフォーマンスを披露する機会もあると思います。

シングルと同時に「HOTEL GLAY」の映像作品もリリースされますが、総合演出を担当されたHISASHIさんとして改めてツアーを振り返ってどうですか?

HISASHI
「HOTEL GLAY」は25周年のアニバーサリーツアーではあったけど、メンバーそれぞれが分かれて演奏する演出など新たなチャレンジを見せられたなと思っています。周年ツアーなのにハッピーな感じではないし、緊張感があってハラハラしましたね。映像を観直して、デビュー25周年を迎えてもどんどん進化していくバンドでありたいし、その可能性を大事にしながら音楽を作っていきたいと思いました。

ライブ関連でいきますと、6月に放送されたWOWOWの番組で無観客ライブをしてみていかがでしたか?

HISASHI
ライブはお客さんの前でやることが前提だと思うので、楽しかったですが不本意な部分はどうしてもありましたね。6月25日に行われたサザンオールスターズの横浜アリーナ公演の無観客コンサートは観ていて完全にやりきった感じがありましたけど、本来ライブはお客さんと一緒に過ごすことで新たな何かが生まれるものだと思ってるんです。ライブの一番の魅力は、一瞬たりとも同じ時間が訪れることはないことですから。

確かにそうですね。最後にファンの方にメッセージをお願いします。

HISASHI
GLAYのリスナーの皆さんはこういった状況の中でも、エンタテインメントの楽しみ方を知ってる人が多いと感じています。いつ完全復活するかわからないエンタテインメント業界ですけど、GLAYがサブスクが普及し始めた頃に「GLAYアプリ」を始めたように、マイナスな局面をいかにプラスに変えられるかということを考えつつ、コロナ禍の中でも新鮮なエンタテインメントを届けたいです。それと、デビュー25周年はまだ終わってないので引き続きお楽しみに。

JIROインタビュー

ステイホーム期間中はどう過ごされていましたか?

JIRO
最初は家事的なことをやってましたね。それがある程度落ち着いてからは、映像収録をするための準備をして。「GLAY MOBILE」で簡単なベース講座みたいなのをやってるんですが、これまではスタッフ2、3人にセットしてもらって俺はただベースを弾くだけだったんですけど、移動が制限されていたので自力で撮影して、編集して……映像データをスタッフに渡す形に変えたんです。その中でいかに自分が普段どれだけプロフェッショナルな人たちと仕事ができているのか、そのありがたみをすごく感じました。自宅でレコーディングもしていて、本番に近いようなテイクのものとかも録ってるんですけど、家だとなかなか集中できなくて。何より自分が録ったテイクが、いいのか悪いのかという判断がつけづらい。ちゃんとしたスタジオで、メンバーもスタッフもそろってレコーディングできていたのは本当に恵まれていたと感じてます。

なるほど。ご自宅にいる間に新たに始めたことはありますか?

JIRO
普段聴かないようなジャンルの音楽を聴いて勉強してました。主にSpotifyのグローバルチャートのプレイリストですね。それとひたすらAMラジオ聴いてました。テレビのニュースを観るのがしんどくなってしまったときにAMラジオを聴き始めて。AMラジオの番組はトークがメインなんですが、コロナのニュース以外にも都議会の選挙の話、そのほかいろんなエピソードが話題になっていて構成が面白かったんですよね。俺もラジオ番組を持っていて、もう少しGLAYファン以外にもアプローチできるようにしたいと思っていたので参考にしています。あと、テレビの中の遠い人だと思っていた芸能人や著名人の方たちが、ラジオだとリスナーに近い距離感で話されていたのが印象的で。それは自分の番組でも大事にしていかなきゃいけないと改めて思いました。

さてニューシングル「G4・2020」には、JIROさん作曲の「DOPE」が入ってます。この曲はいつ頃から制作を?

JIRO
年明けですね。アリーナツアー中にはTERU作曲の「流星のHowl」ができていて。HISASHIが正月くらいにインフルエンザで寝込んでいたときに「ROCK ACADEMIA」を作って、「めちゃくちゃいい曲ができた!」と言ってきたんですよ。その流れからTAKUROから過去の「G4」シリーズみたいにメンバーそれぞれの曲を入れた作品にしたいから、JIROも何か持ってきてくれない?と言われて作り始めました。

イメージの指定などはありましたか?

JIRO
TAKUROからは「ビリビリクラッシュメン」みたいな曲を、と言われて。ポップなんだけどマイナー調の曲をJIROに作ってもらいたいとリクエストを受けて生まれたのがこの曲です。

ストレートなロックチューンで、JIROさんらしい曲だなと感じました。歌詞はアナーキーな雰囲気かつ社会風刺が効いてますよね。何かモチーフやテーマはあったんですか?

JIRO
Netflixのドキュメンタリー番組「DOPE」ですね。ドラッグ製造をしているコロンビアの田舎の家族が、生活をするために総出でコカインを育てている様子から、それがどんどん悪い人たちの手に渡って、最終的にはドラッグでボロボロになっていく人に迫るというドキュメンタリーなんですけど、それが面白くて。サビはその番組と関連付けて書きました。

サビには「おぞましい欺瞞 秘密のROCK'N'ROLLの宴」とパンチのあるフレーズが書かれていますね。「DOPE」とはサウンドも歌詞も対照的とも言える、HISASHIさん作詞作曲の「ROCK ACADEMIA」のレコーディングはどうでしたか?

JIRO
この曲はHISASHIが細かくプログラミングしてきてくれたので、俺のほうでアレンジする範囲は狭いんですけど、そこでいかに自分らしさを出すか意識しましたね。

その“JIROらしさ”というのはご自身としてどんなものだと認識されていますか?

JIRO
HISASHIの曲における部分になりますが、彼の作る曲はデジタルなアプローチが多いのでカチッとしているんですね。そのカチッとしてる部分に跳ねのグルーヴ感とか出すと、曲がよりよくなるんじゃないかと思ってるんです。それによって、ほかのGLAYの曲とも混じりがよくなるんじゃないかなと。HISASHIの曲では毎回、サウンドにうねりみたいなものを足していければと考えていますね。

6月にWOWOWで放送された番組はひさびさのライブパフォーマンスになりましたが、何か感じるものや発見はありましたか?

JIRO
パフォーマンス中というよりは、オンエアされた映像を観てすごく興奮したんです。収録当日は、「自分たちも元気にやってるんで、ファンのみんなももうちょっと踏ん張ってね」というエールを送る気持ちでライブをしていて。放送当日はごはんを食べてから少しお酒飲んだ後にファンの方と同じようにリアルタイムで番組を観たらめちゃくちゃよくて。GLAYのメンバーLINEでも「すごくいいね」みたいなやり取りがあって、早くみんなの前で演奏したいという気持ちが高まりました。

シングルと同日には「HOTEL GLAY」のライブ映像作品もリリースされますが、“ライブ番長”のJIROさんから観て改めてどんなツアーだったか聞かせていただけますか?

JIRO
オーディオコメンタリーの収録時のことを思い出すと「氷の翼」「Into the Wild」の流れが、あのツアーの肝だった気がしますね。決して派手な曲ではないし、今までのGLAYのようにグッドメロディを聴かせる感じではないんですが、ライブにおける「氷の翼」と「Into the Wild」の2 曲は世界観のできあがり方がハンパじゃなかったんです。映像演出を含めてしっかり曲の世界観を作れたのは、今後のGLAYの強みになるんじゃないかなと思いました。普段はあまり過去の映像を観ないんですけど、今回、オーディオコメンタリーの収録を映像を観ながらやったんですよ。

やってみてどうでしたか?

JIRO
自粛明けで初めてメンバーと会ったのがこの日だったので、映像を観ないで雑談をする感じでしたね(笑)。楽しかったですよ。

改めてお聞きしたいのですが、JIROさんにとってライブというのはどのような存在のものですか?

JIRO
やはり非日常的な空間なので、以前と変わらずファンの人たちには日頃のストレスを発散してもらえる場所になってもらえたらと思っています。自分にとっては仕事の1つではあるんですけど、気持ちとしては仕事としてやりたくないんです。ライブがある日は、その日の中でステージ上の2時間半が自分にとっても最高に楽しいものであってほしい。だから前回のアリーナツアーではあまり打ち上げに参加しなかったんですよね。打ち上げに行ったらTAKUROやHISASHIが面白い話題を持ってるのでめちゃくちゃ盛り上がると思いつつ、「ステージの上が今日一番楽しかった」と思うために。

最後にファンの方にメッセージをお願いします。

JIRO
今度ライブでみんなと会えるのはいつになるのかわからないけど、次に再会したときの感動はとんでもなく大きくて、一緒に過ごす時間の大切さを実感すると思うんです。自分たちは制限ある中でみんなに楽しんでもらえる努力をしていくつもりなので、また会えるその日を楽しみにお互いがんばりましょう。

文:中野明子(音楽ナタリー編集部)

Vol.85 『REVIEW II』 HISASHI DISC Review

ベストアルバムと言いながら所謂ベストアルバムらしくない容姿の『REVIEW II -BEST OF GLAY』だが、その極め付けがこのHISASHIディスクではなかろうか。1曲目のインスト『gestalt』とラストの新曲『BLACK MONEY』を除いてはすべて録り直し。しかも、TERU以外のパートは一発録りという、スタジオライブを収録している。HISASHI命名“STUDIO LIVE inspired by HOTEL GLAY ギター爆盛ミックス!”。ツアーの合間に収録したというから、文字通り最新型のGLAYをほぼ純粋に混じりけのない状態で閉じ込めたと言っていいだろう。既発シングルを並べて“グレイテストヒッツで御座い”とばかりに発表されるベスト盤も少なくない中──というか、ベスト盤はそれでいいわけだが──わざわざ手間をかけて新しい音源を制作するところにHISASHIの熱情と、それに応えたメンバーの心意気が感じられる。所謂ベストらしくないとは言ったものの、収録曲の発表年を見ると、『FATSOUNDS』が唯一の1999年で、残りは2000年代、2010年代。TAKUROディスクがGLAY初期だとすると、HISASHIディスクはGLAY中期以降といった感じで、うまい具合にバランスが取られているのは阿吽の呼吸あってのことだろうか。

2020.1.20

gestalt
11thアルバム『JUSTICE』(2013年)収録。『GLAY ARENA TOUR 2013 “JUSTICE & GUILTY”』でもオープニングSEとして使用されたインストナンバー。映画音楽のようなドラマチックなストリングスにデジタルサウンドとギターが重なる、1980年代サイバーパンクの思想を感じさせる1曲。
ALL STANDARD IS YOU
6thアルバム『ONE LOVE』(2001年)のオープニングナンバー。“reprise”も“〜END ROLL〜”も付かない方。冒頭のTERUの歌(《思いきり人を傷つけてしまいたい~今日のNEWS達》の箇所)のバックにはサウンドが入っておらず、所謂ア・カペラで始まるところがライブらしいアレンジではある。
My name is DATURA
15thアルバム『NO DEMOCRACY』(2019年)収録。アラビアンになったりロシア民謡風になったりと展開が変化していく構成が少し複雑な楽曲だが、所謂一発録りでも原曲と印象が大きく変わらないのは確かな演奏力の証であろう。HISASHIらしいとしか言いようがないメロディも聴きどころ。
黒く塗れ!
2014年7月9日発売の通算50枚目のシングル「BLEEZE 〜G4・III〜」収録曲。ギターはもちろんのこと、ベースもドラムも歌もグイグイとドライブしてくロックチューンだ。《ナードコアでつなぐ日本カルチャー》なんてフレーズが象徴するサブカルを散りばめたリリックが、如何にもHISASHI的である。
Flowers Gone
15thアルバム『NO DEMOCRACY』(2019年)収録。1992年に発売したデモテープに収められていたナンバーだというが、こうしてスタジオライブで再現されると、インディーズ時代のGLAYの勢いと熱さをいかに巧く音源に閉じ込めたのかが分かる。1990年代の日本ロックシーンの残り香を感じる。
VERB
2008年6月11日にリリースされた38thシングル。HISASHIが鳴らすあの印象的なイントロのギターの前にベースが差し込まれているところがライブテイクらしくて良い。『Flowers Gone』と並べて聴くと、TAKUROがGLAYのために作る直情的なナンバーの傾向が何となく分かるような気がする。

everKrack
2011年10月5日発売の43rdシングル「G4・II -THE RED MOON-」収録曲。12thアルバム『GUILTY』(2013年)にも収録されている4つ打ちダンスチューンである。原曲もノイジーなギターが全体を支配しているが、このギターはそれを超えている。“ギター爆盛ミックス!”の名前に相応しい。

逢いたい気持ち
2002年7月31日にリリースされた27thシングル。オリジナルアルバムには収録されておらず、過去ベスト盤、再編集盤だけに収められてきたミッドバラード。鍵盤もストリングスも重ねられていて、当ディスクはここで一旦テンションが落ち着く感じだが、単音弾きのギターは随所で印象的に鳴っている。

LET ME BE
『GLAY 15th Anniversary Special Live 2009 THE GREAT VACATION in NISSAN STADIUM』のTSUTAYA限定先行予約の際に配布されたシングル。2010年には「LET ME BE Live Ver. 2009-2010 at makuhari messe」と併せて配信されており、バンドバージョンではこれが2度目のライブバージョンの音源化となる。

THINK ABOUT MY DAUGHTER
6thアルバム『ONE LOVE』(2001年)収録。エッジーなギターサウンドと、キャッチーでありながらもどこか愁いを秘めたメロディラインとの融合は実にGLAYらしい。初披露から20年近くが経ち、愛娘を思う気持ちが綴られた歌詞を当時とは違った想いで捉えるリスナーも多いのではなかろうか。
笑顔の多い日ばかりじゃない
2004年12月8日 発売の32ndシングル「ホワイトロード」C/W。それ以外では、『rare collectives vol.3』と『MUSIC LIFE』のBALLADE BEST☆MEMORIES(2CD盤G-DIRECT限定商品のみ)にしか収録されていないので、ポピュラリティ高めな楽曲のわりにはレアなナンバーと言えるかもしれない。
FATSOUNDS
5thアルバム『HEAVY GAUGE』(1999年)収録。2019年の25周年記念ライブ『GLAY 25th Anniversary "LIVE DEMOCRACY" Powered by HOTEL GLAY』の2日目“悪いGLAY”において3回連続演奏されたことも思い出される。このテイクは、ボーカルもワイルドで、かなり狂暴に仕上がった印象。
Runaway Runaway
8thアルバム『THE FRUSTRATED』(2004年)収録。イントロ~頭サビ、Aメロ、Bメロ、そして再びサビと、HISASHIのフレーズが変遷していく様子がありありと分かって、ギターキッズにはロックギターの教則本的な楽しみ方もできるだろう。伸びやかで開放的な旋律のギターソロもとても良い。
Bible
2012年5月23日リリースの45thシングルで、12thアルバム『GUILTY』(2013年)にも収録。ポップミュージックに時代を切り取った歌詞を乗せたロックの見本のような1曲。原曲ではピアノだったイントロが、こちらも“ギター爆盛ミックス!”の名の通り、ヘヴィなギターへと変貌している。

BLACK MONEY
『GLAY EXPO 2014 TOHOKU』にて初披露されたHISASHI&JIRO作詞、JIRO作曲のナンバー。その後、ライブでしか披露されていなかったが、2019年11月に配信され、これが初フィジカル化となる。HISASHIとJIROのロックへの敬愛が感じられる“Nirvana meets Bach”なヘヴィチューン。

文:帆苅智之

Vol.84 『REVIEW II』 TAKURO DISC Review

TAKUROディスクは人気曲を網羅。万人が“THE BEST OF GLAY”と認める内容ではあろう。『HOWEVER』『BELOVED』『誘惑』『SOUL LOVE』『サバイバル』『彼女の"Modern…"』etc…「売上枚数を合算したら一体何千万枚になるんだろう!?」と思うようなヒットパレードだ。しかし、これが決して単なるヒットコレクションでないことは強調しておかなければならないだろう。まず、これが初音源化となる新曲2曲、Azumi(Wyolica)氏によるボーカル再録1曲が収録されている点。CMソングとしてオンエアされている『Into the Wild』と、韓国を中心に活躍するグローバルボーイズグループPENTAGONとコラボレートした『I'm loving you』(GLAY×PENTAGON)、そして『氷の翼 feat. Azumi(Wyolica)』がそれである。いずれも最新型のGLAYと呼ぶに相応しい楽曲であり、これらを冒頭3曲に置く辺りに、本作が所謂ベスト盤ではないことをよく示している。さらに、これらの新曲に続く既発曲は、シングルや初出アルバムの再録ではなく、“Anthology”シリーズに収められたリミックスバージョンだ。これらのバージョンを聴いた方ならお分かりだと思うが、各パートのバランスが大分変っており、名エンジニア、Michael Zimmerlingの職人仕事を堪能できること間違いなし。

2020.1.6

Into the Wild
SUBARU『レヴォーグ』のCMとしてオンエアされている新曲。これが初音源化である。ややダークでスリリングなイントロ、アーバンな雰囲気のサビと、これまでのGLAYとは少し異なる感触で、TAKURO曰く「次のアルバムの核になりそうな曲でもあったので、ここに入れたことを後悔してます(苦笑)」とか。
I'm loving you
こちらも新曲の初音源化。韓国のボーイズグループ、PENTAGONとコラボレーション曲。「紅と黒のMATADORA」などラテンサウンドを取り入れた楽曲は過去にもあったが、かつてないほどにスパニッシュが全面に出ている。久々の本格的なコラボ楽曲であることも併せて、聴き応えはかなり新鮮だ。
氷の翼 feat.Azumi(Wyolica)
15thアルバム『NO DEMOCRACY』(2019年)収録曲の再録バージョン。WyolicaのAzumi氏をゲストボーカルに迎えている。アウトロで素晴らしい響きを聴かせるトランペットとブルースフィーリング溢れるギターに、TAKUROのソロワーク『Journey without a map Ⅱ』の成果を感じる。


HOWEVER
1997年8月6日発売の12thシングルで、GLAY初のミリオンセラー作品。これ以降の楽曲はAnthology盤においてリミックスされた音源を収録しているが、この『HOWEVER』はストリングスが抑えられていたり、全体的にベースが前に出ていたりと、よりバンドらしさが強調されている。

BELOVED
1996年8月7日発売の9thシングル。3rdアルバム『BELOVED』(1996年)収録曲で、アルバムに先行してリリースされた。こちらもシングル版に比べて各パートのバランスが微妙に変わっている。TERUのコーラスが大きめに重ねられてサビの聴き応えが随分と異なっている他、間奏のギターも別ものの印象。

誘惑
1998年4月29日発売の13thシングルで、1998年度のオリコン年間シングルランキングでは1位となったナンバー。4thアルバム『pure soul』(1998年)に収録している。サウンド全体がシングル版よりも奥行きを増した感じで、ここ数年GLAYのライブで聴いてきた『誘惑』により近付いた雰囲気のリミックス。

SOUL LOVE
1998年4月29日発売の14thシングルで、4thアルバム『pure soul』(1998年)にも収録。同時発売であった「誘惑」とで2週連続オリコン1位、2位を独占した。ポップさにおいてはGLAYのシングルで1、2を争うナンバーであろう。何度聴いても《通り過ぎる雨の向こうに夏を見てる》のブリッジは秀逸。

春を愛する人
3rdアルバム『BELOVED』(1996年)収録曲で、1997年5月14日発売の11thシングル『口唇』のC/W。初めて発表された時からシングル表題作に負けず劣らずの人気曲であった。音の過不足はないが明らかに聴いた感じが原曲と異なり、これもまたリミックスの妙がよく分かるバージョンだ。
口唇
1997年5月14日発売の11thシングルで、3rdアルバム『BELOVED』(1996年)にも収録。GLAY初のオリコンシングルチャート1位を獲得したナンバーである。疾走感あるリズムセクション、ソリッドなギターサウンド、セクシャルなリリックで、90年代邦楽ロックを代表する1曲。

BE WITH YOU
1998年11月25日発売の15thシングルで、5thアルバム『HEAVY GAUGE』(1999年)にも収録。ピアノとストリングスが控えめな印象のリミックスである。TERUの声で歌われるサビの《あなたに会えた事…》が絶品なのは言うまでもないが、A~Bメロと徐々に昂っていくようなアレンジもいい。

a Boy~ずっと忘れない~
1996年11月11日発売の10thシングルで、こちらも3rdアルバム『BELOVED』(1996年)からの先行シングル曲。郷愁感がありつつ、伸びやかに広がっていくサビメロへの歌詞のハマり具合が尋常じゃない。特に《したたかに産まれ生きてく 子猫の様に》は何度聴いても完璧だと思う。
カーテンコール
3rdアルバム『BELOVED』(1996年)収録。前半はピアノとストリングスで構成され、後半からそこにバンドサウンドが重なっていく。前半と後半ではまったくと言っていいほどサウンドの表情が異なるっているにも関わらず、そこがシームレスに繋がっていくのはメロディの力強さに依るところだろうか。
サバイバル
5thアルバム『HEAVY GAUGE』(1999年)収録曲で、1999年5月19日にはビデオシングルとして発売(本作はオリコンにおける日本でのミュージック・ビデオ作品の歴代売上1位)。Aメロでのややアバンギャルドなアンサンブルが開放的なサビへと続いていく様子が、楽曲のテーマにマッチしている。

彼女の"Modern…"
1994年11月16日発売の3rdシングル。メジャーデビューアルバム『SPEED POP』(1995年)に収録。シングル発売時のオリコン順位が芳しくなかったことで、もっと多くの人に聴かせたいと思ったことが『REVIEW-BEST OF GLAY』(1997年)を制作するきっかけになったという。

文:帆苅智之

Vol.83 『REVIEW II』 JIRO DISC Review

シングル表題作がほとんどない上に、過去発表されたベスト盤にも収録されていない楽曲が多く、HISASHIをして「GLAYの光が当たってない面がよく出ている」と言わしめたのが、このJIROディスク。GLAYのライブのセットリストを作成しているのがJIROであることは、これをお読みの皆さんはよくご存知だと思うが、JIRO曰く「初めて見に来た人がいるかもしれないし、十何年ぶりに来た人がいるかもしれないし、いろんな思いを持っている人が来るから、いろんなことを考えなくちゃいけないんですよね」とのことで、逆に言えば、そこではJIRO自身の趣味嗜好はあまり反映されていないことになる。しかし、この『REVIEW -BEST OF GLAY-』では、他のメンバーが選ぶディスクがあることもあって、JIROは自由に選曲。個人的に好きな曲を選んだという。とは言え、勝手気ままなチョイスではないことは、これまたよく分かるリストではあろう。曲調や尺の関係でライブでの置きどころが難しい楽曲をここぞとばかりに拾い上げてきた印象はある。そんなJIROの“GLAY愛”を感じさせると共に、しっかりと起承転結とも言うべき起伏が計られた曲順であることも見逃せない。見事な再編集盤である。

2019.12.20

Scoop
2016年1月27日発売の通算53作目のシングル『G4・IV』と、14thアルバム『SUMMERDELICS』(2017年)に収録。作曲者のJIROは当初THE PREDATORSに持って行こうかと思っていたところ、TAKUROから“それはちょっと困る”と止められたという逸話を持つアップチューン。


SAY YOUR DREAM
2009年3月4日発売の40thシングル。現在までのところ、GLAYのシングル表題曲としては最長尺の12分を超える組曲的なナンバーである。「グロリアス」から脈々と続く過ぎ去った日々への回顧と、「I'm in Love」に代表される家族とのつながりが共に綴られた歌詞が大作に相応しい。

夢遊病
6thアルバム『ONE LOVE』(2001年)収録。歌詞は《人はきっと夢に 犠牲を払って 宝物を見失う》や《激しく揺れた思いの果てに 死ねないでいた》と少しドキリとさせられる内容なのに、メロディとリズムはポップというところが何ともGLAYらしい。埋もれさせるには惜しい秀曲のひとつ。
YOU
2014年7月9日発売の50thシングル『BLEEZE 〜G4・III〜』に収録。Aメロ、Bメロの歌のキーも低めで、派手さこそないが、楽曲全体をグイグイと引っ張っていくベースラインに不思議な高揚感が感じられる。《キミが笑う/それだけでいいよ、多くのことなど望みはしない》との歌詞も力強い。
Apologize
10thアルバム『GLAY』(2010年)収録。単音弾きのギターとシルキーな女性コーラスが象徴する抑制の効いたアンサンブルを中心としなからも、エモーショナルなサウンドが要所々々で決まるアレンジにロックバンドの矜持を見る。語るように祈るように歌うTERUのボーカルも素晴らしい。

ゆるぎない者達
7thアルバム『UNITY ROOTS & FAMILY,AWAY』(2002年)収録。メロディも歌詞もアレンジも申し分のないバラード。原型は2000年頃にあったというから、凡そ20年前にこのクオリティが発揮されていたことに驚かされる。当時のGLAYのポテンシャルを改めて知ることができる好例でもある。
時の雫
2004年1月28日に発売された29thシングルで、8thアルバム『THE FRUSTRATED』(2004年)にも収録。本来TAKUROがとある女性アーティストに提供する予定だった曲を、JIROの一声でGLAYの楽曲としたという経緯がある。伸びやかで、それでいて力強いメロディが印象的だ。

Friend of mine
7thアルバム『UNITY ROOTS & FAMILY,AWAY』(2002年)収録。TAKUROは“この曲はここじゃなかったら居場所がなかった”と今回のベスト盤の意義を象徴するナンバーとして同曲を挙げている。ゴスペル~ソウルというアメリカンな要素を泥臭くなくポップミュージックに昇華している。
卒業まで、あと少し
こちらも7thアルバム『UNITY ROOTS & FAMILY,AWAY』(2002年)収録曲で、2002年2月27日発売の25thシングル『Way of Difference』のC/Wでもある。間奏でのツインギターや、後半でボーカルの主旋律の絡むギターに、ロックバンドとしての意志が感じられるミッドバラード。
TIME
2000年11月15日発売の21stシングル『Missing You』C/W。コアなGLAYファンなら、この楽曲を作った時のJIROがどんな心境であったのかはご存知かと思う。《蜃気楼の中 出口をさまよい求めて》の歌詞は今も切ない響きを持つ。それ故にJIROにもGLAYにも重要なナンバーと言える。
REIWADEMOCRACY
15thアルバム『NO DEMOCRACY』(2019年)収録。オープニングSE的な位置付けとも言える楽曲を、オリジナルと同様、次曲とセットで収録している点にJIROの愛着を感じる。本ディスクでは、『TIME』から『反省ノ色ナシ』以下へのブリッジとして機能していると考えられるのがおもしろい。
反省ノ色ナシ
BPMも決して速くなく、ストリングスやフルートなどバンド以外の音もふんだんに取り込んでいるのだが、それでいてロックバンドらしいダイナミズムを損なうことなく、聴き応えはしっかりポップ。ベテランの域に入ってきたGLAYの貫禄を感じさせるナンバー。流石最新アルバム収録曲だ。
君にあえたら
2011年12月14日発売のミニアルバム『Hope and The Silver Sunrise』、ならびに12thアルバム『GUILTY』(2013年)に収録。東日本大震災後に作られたナンバーで、その影響が色濃いと言われる。『GLAY EXPO 2014 TOHOKU 20th Anniversary』のアンコール1曲目で歌われた。

lifetime
14thアルバム『SUMMERDELICS』(2017年)収録。オリジナル盤同様、ラストに置かれて当ディスクを締め括る。《苦しい時にほら 流れるこの MUSIC/次にまた会えることを願って》との歌詞が、改めてライブバンドとしてのGLAYの本懐を示しているようで、JIROの心意気が伝わってくる。
文:帆苅智之

Vol.82 『REVIEW II』 TERU DISC Review

第41回日本レコード大賞ならびに第32回日本有線大賞受賞曲である『Winter,again』を始め、シングルとして初めてチャートトップ10入りを果たした『グロリアス』、最新アルバム『NO DEMOCRACY』収録曲の中で “GLAYの新たなる名曲”との呼び声も高いTERU作詞作曲の『COLORS』など全14曲を収録。90年代、00年代、10年代それぞれから、比較的バランスよくチョイスされている印象のディスクだ。函館の“G4 Space”を訪れるファンの中には、GLAY公式アプリ“GLAY”でTERUが作成したプレイリストを参考にオリジナルプレイリストを組み立て、それを聴きながら函館の街を散策している人たちも多いそうで、そのことを聞きつけたTERUが「函館で聴いたらもっと函館を感じることができる曲」を選んだという。歌詞を含めてTERUの思い入れが深い曲ばかりと言うことで、本人もこれらのナンバーを聴くと函館を感じるそうである。メロディアスなバラードが多いように見受けられるのはボーカリストならではの選曲と言えるだろうか。また、雪や冬をモチーフにした曲がありながらも、通して聴くと日なたの匂いがするようなところにTERUらしさがあるのかもしれない。

2019.12.09

COLORS
父と子の関係を子の視点から綴ったミディアムバラード。TERUの父親に対する衒いのない想いがメロディからも溢れ出ている、まごうことなき名曲である。2019年7月2日発売のシングル『G4・V-Democracy 2019-』と、15thアルバム『NO DEMOCRACY』(2019年)に収録。

Winter,again
1999年2月3日発売の16thシングル。5thアルバム『HEAVY GAUGE』(1999年)にも収録。GLAYのシングルで最大の売上を記録しており、最も知名度の高いGLAYナンバーかもしれない。TAKUROがイントロのイメージを“雪虫がチラチラしている感じ”とメンバーに伝えたのは有名な話。

ホワイトロード
2005年1月にリリースされた『-Ballad Best Singles- WHITE ROAD』の先行シングルとして、2004年12月8日に発売された32ndシングル。《振り返れば故郷は場所ではなくて あなたでした》という歌詞が示す通り、故郷である函館を思って作られたナンバー。凛としたサビメロがとにかく素晴らしい。

グロリアス
1996年1月17日発売の8thシングル。2ndアルバム『BEAT out!』(1996年)収録。GLAYのブレイクのきっかけとなったと言っても過言ではないナンバーのひとつ。ギターリフやBメロのドラムにグラムロックの匂いが感じられて、発表当時のGLAYのロックバンドとしての意地を感じることができる。

時計
淡々と進むコードに乗ったメロディが、徐々にエモーショナルに展開していく様子が、歌詞の内容とも見事にリンクした逸品。2013年7月24日発売の通算48枚目のシングル『DARK RIVER/Eternally/時計』の他、55thシングル『WINTERDELICS.EP~あなたといきてゆく~』(2017年)にも収録。
ずっと2人で…
メジャー1stアルバム『SPEED POP』(1995年)収録曲で、1995年5月17日に5thシングルとしてリカットされた。結婚するTERUの姉のためにTAKUROが書き下ろした曲であることはファンならばよくご存知だろう。今でも結婚式でよく使われているウェディングソングの定番ミッドバラード。

Life~遠い空の下で~
1994年6月15日発売の2ndシングル『真夏の扉』C/Wで、メジャー1stアルバム『SPEED POP』(1995年)にも収録。最初期のナンバーではあるが、全編を支配しているアルペジオギターのループ、乾いた感じのアコギ、Bメロや間奏で独特の動きを見せるベースなどサウンド面での聴きどころも多い。
HELLO MY LIFE
1999年2月3日発売の16thシングル「Winter,again」のC/W。全体には春を感じさせる明るく軽やかなナンバーではあるものの、《春の訪れを知らせる様な風とイナ光り》や《季節はずれの粉雪が舞う》という歌詞と連動するように、サビ終わりや間奏でやや暗めのサウンドを注入しているのが心憎い。
はじまりのうた
TAKUROをして「俺にはこういう曲は絶対に作れない」と言わしめた100%陽性の応援ソング。ハツラツとしたTERUのボーカルに元気をもらえる。2018年11月14日発売の2019年7月2日発売のシングル『G4・V-Democracy 2019-』と、15thアルバム『NO DEMOCRACY』(2019年)に収録。

Eternally
2013年7月24日発売の通算48枚目のシングル『DARK RIVER/Eternally/時計』に収録。A、B、サビのメロディそれぞれにひと工夫が加えられている印象。加えて、歌詞には徹底して力強く前向きなフレーズが並んでいて、GLAYのバンドとしての貫禄を感じられるラブバラード。傑作!

生きがい
5thアルバム『HEAVY GAUGE』(1999年)収録曲。頭打ちの軽快なリズムで始まるナンバーだが、ロックバンドらしいワイルドさ、ヘヴィさも内包。親しみやすいメロディだけに、《僕は独りだ 祈るべき神も祈る言葉もとうに無いさ》《疲れはてた僕は今死にゆく日を思い》などの歌詞が突き刺さる。
あの夏から一番遠い場所
8thアルバム『THE FRUSTRATED』(2004年)収録曲。派手なナンバーが多い同アルバムの中にあってやや隠れた印象はあったが、改めて聴くと、柔らかいメロディが躍動感を帯びて昇華していく様子が素晴らしく、まさに“隠れた名曲”と呼ぶに相応しい。独特の郷愁感を惹起させる歌詞もいい。
カナリヤ
3rdアルバム『BELOVED』(1996年)収録曲。JIROの作るやわらかいメロディが早くからファンの間で名曲認定されていた楽曲。歌詞にある《レンガを敷いた坂道にある海沿いの店》は残念なことにすでに閉店したそうで、まさしく《めぐる季節はいつか お互いをセピア色に染め》たことになる。
すべて、愛だった(Acoustic Version)
2004年8月4日に発売された31stシングル『Blue Jean』のC/W。『rare collectives vol.3』(2011年)に収録されたバンドバージョンではなく、こちらを選んだということは、ストリングス・アレンジと、歌メロ&ハーモニーをじっくり味わってほしいという気持ちの表れだろう。
文:帆苅智之

Vol.81 TAKURO WEBインタビュー

デビュー25周年のテーマを【GLAY DEMOCRACY(※1)】として、7つの公約を掲げ、それを果たすべく活動を続けるGLAYだが、その公約の中で大きな“核”となるのは、やはりオリジナルアルバム『NO DEMOCRACY(※2)』の存在だろう。ファンと共に作り上げるアニバーサリーイヤーを【GLAY DEMOCRACY】と名付け、アルバムを『NO DEMOCRACY』と名付けたのはなぜだろうか。アルバムのマスタリングを終えたばかりのタイミングでTAKUROに、その真意と、アルバムに込めた思いを聞いた。

2019.10.17

【GLAY DEMOCRACY】の中の『NO DEMOCRACY』。まずは【GLAY DEMOCRACY】の中でのアルバム『NO DEMOCRACY』の意味から教えて下さい。

TAKURO
我々は、どこまでいっても、どこを切っても、4人それぞれが一票の投票権を持つという“民主的な活動”をしてきた自負があります。だからこのタイミングで、音楽業界の中だけのワードで表現するよりも、ちょっと大風呂敷を広げてもいいかなと思い、名付けました。逆にこの言葉を使ったことで、色々見えてきた部分がありました。時代も令和に変 わって、改めて平成という時代を見直して、新しい時代に対してどうやってバンド活動をしていこうか、どんな音楽を作っていこうか、ひいてはどうやって生きていこうかということを考えました。それをアルバムの中に核として入れたいと思い、平成が始まる前の年にGLAYができて 平成の時代を走り抜け、新しい時代になっても活動している、そういったことを感じさせる、“大人の”アルバムになればいいな、と。大人というか、ちゃんと長く活動してきた者たちだけが語れることがあるはずだから、曲集めをしていた時から、“言葉のアルバム”にしたいと思っていたので、メンバーに「皆さんの本音を聞かせてください」と投げかけました。この15年間くらいは、色々なクリエイターとコラボ、タイアップをさせてもらって、アニメや映画はもちろんですが、他の芸術の文化に対して楽曲を提供することが増えていきました。例えばHISASHIが書いたアニメ『クロムクロ(※3)』のテーマソング『デストピア』や、TERUがアニメ『ダイヤのA(※4)』の一連のテーマソングを提供したり、自分のこだわりプラス、ひとりでも多くの人に受け入れてもらえる言葉を紡ぎ、アニメのテーマソングの“マナー”として、彼らがきっちりとやってきました。でもアルバム 『SUMMERDELICS(※5)』の中で、一番“本音”が出ているのは、JIROの『lifetime(※6)』だったと思います。みんなもう一度自分達の言葉に立ち返って、本来バンドが叫びたいこと、伝えたいこと、世の中に言いたいこと、自分たちが言いたい言葉を取り戻しましょう、と言いました。そこから出来上がってきたのが、TERUの『COLORS(※7)』です。

『劇場版 ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん(※8)』の主題歌になっている、父と子の関係性を描いた「新たな名曲誕生!」というファンからの声も多い曲です。

TAKURO
最初この曲を聴いて「これこれ!」という感じでした。俺はTERUとTERUのお父さんの関係を、12歳の頃から見ているけど、やっぱりそういうことなんだって納得しました。中学校くらいから24~5歳まで、ほとんど会話しなかったと聞いて、俺にはとても仲のいい親子に見えたけど、『COLORS』を聴いたとき、“勝ったな”と思いました。『SOUL LOVE(※9)』のイントロをHISASHIが弾いた時もそう思ったけど 『COLORS』の歌詞を読んだ時も、“勝ったな”と。みなさんからの評判がいいのも、「待ってました!」と思ってもらえたからだと思うし、一人の作家が、経験や技術を伴って成長していって、意図してキラーフレーズを作ることができる“職人”になったと思うけど、このサビは、彼の“本音”が剥き出しになっていて、そこがすごくいいいと思う。

シングル『G4・Ⅴ(※10)』は、結果的にTERUさん曲が多かったですよね。GLAYのいわゆる“王道”と呼ばれる曲はTAKUROさん作のものが多いですが、『COLORS』も“王道”という言葉が似合う曲だと思います。

TAKURO
元々彼自身が“王道”じゃないですか、人間が(笑)。ピカチュウ、ドラえもん、 TERUみたいな、ヒーロー的な佇まいでしたよ、昔から。GLAYも決してサブカルのヒーローになりたいという佇まいでもないじゃないですか。どこまでいってもまっすぐで、HISASHIのそういった面をかき消すほどのTERUの明るさというか、そういう幾重にも重なった構造が面白いから、GLAYはその時々によって、色々な表情を出せるというのは、後々発見したことです。新しい時代を迎えて、今まで抱えてきた問題や議題を、後回しにしないでまっすぐ王道を突き進んで、そして何年か経ったら、また新しい音楽に挑戦という方向を見据えて作ったアルバムです。

『SUMMERDELICS』という、バンドとしての裾野をさらに広げて、面白いことをやろうという、強い意志を感じるアルバムの後、どんなオリジナルアルバム、さらに25周年というアニバーサリーの核となる作品になるのか、楽しみにしていました。シングルはもちろんですが、新曲がどの曲も素晴らしかったです。

TAKURO
嬉しいです。作ったものとしては、最終的にはその言葉をいただけることに尽きますよね。振り切ったというか、とりあえず俺を信じてくれじゃないですけど、そこをみんなすごく楽しんでくれたのがよかったです。バンドであるということを改めて実感して、それぞれのメンバーの個性、長所を伸ばしてきて、でも自分たちは東京に何をしたくて出てきたのかなということを、改めて考えました。それはもちろんバンドをやるためで、世の中のトレンドは色々あるけど、やっぱりスタジオの中にいる時だけは、結成当時の衝動に対して誠実であって、いわゆるトレンドのようなものを一番に考えるのはやめようと。なぜなら、25年やってきて、流行というものは3、4年で変わっていく中で、いくつかの本当に変わらないものに接することができて、他のアーティストなら、それに対して、その時の力強さとか頼もしさとかをちゃんと使えたりするんだけど、GLAYというバンドは、どうしても4人でワイワイ楽しみながらやるバンドなので、GLAYをGLAYたらしめるものを意識して、“言葉のアルバム”にしたいと思ったのが、このアルバムを作ろうと思った、最初の動機ですね。

前回、『愁いのPrisoner(※11)』の発売タイミングでTAKUROさんにインタビューした際、流行に合わせるのではなく、今できることをやる、書けることを書いていくと言っていました。まさにこのアルバムにつながっているというか、結実しているということですね。

TAKURO
突き詰めていくと、純度が高いとか、そういうことなのかもしれないですね。亀田(誠治)さん(※12)と共に作り上げた3枚の中でいうと、この作品が一番今の自分たちと言葉の距離が近い感じがします。若さや、いわゆる恋の切なさみたいなものと違う形の切なさを、大人になればなるほど知るけれど、一人で生きていくことは寂しいけれど、多分2人でいても3人でいても、寂しさとか切なさは絶対あって、それは歳を取れば取るほど理解できるというか。10代20代30代では感じられなかった切なさと、切なさの間の感情みたいなものを歌に、音にできないかなっていうのは思いますね。

恋愛だけではない、大きな愛を今のGLAYが語り、歌うと、圧倒的な説得力を纏って飛び込んできます。

TAKURO
ご存知のようにエンターテインメントの幅もどんどん広がり、ユーザーが音楽を聴く環境も大きく変化していって、そんな中で、音楽で生き抜いていくには、究極のことを言うと、GLAYの音を聴きたければ、GLAY のところに行くしかないと聴き手に思ってもらうしかない。替えが利かないものが、これからもっと望まれていくんだろうということは、この10年で特に感じることです。あらゆることがスマホ上でできてしまい、世の中が圧倒的に便利になりました。とてもいいことだと思う。でも俺たちがレコードとかCDの業界の中で謳歌した黄金時代は、違った形で、違った場所にあったはずで。俺らはそういうところを垣間見れただけでも、ラッキーだし、たぶん今のロックスターは、IT社長だと思うんですよね。かつてのロックスターたちの居場所は、今はなかなかないけど、それでも自分たちが惹かれるものがそういった音楽の世界、ロックミュージックだとするならば、改めてGLAYしか作れないものを、本当に真面目に取り組んでみようというのは、テーマとしてありました。『HEAVY GAUGE TOUR(※13)』の時に歌った『Savile Row~サヴィルロウ三番地~(※14)』の歌詞に<今 胸に響くのは甘い歌じゃない>という一節があって、それを聴きながらなんという縁だろうって思って。『HEAVY GAUGE(※15)』から20年経って、当時からもちろん甘いラブソングはみんなが求めていて、そういう歌が溢れていて、でもそうじゃない歌も欲しくて、だから自分達でちょっと苦味が効いた曲を作ったのだと思います。

少し自分に余裕が出てきたら、人の心を思いやったり、人の幸せを祈る曲を書きたいということも、前回のインタビューでは言っていましたが、まさに今がそうですよね。

TAKURO
そうですね。世の中に悲劇がたくさんある中で、自分の周りにだけはとか、自分にだけは起きないということは、絶対考えられないことだし。せめて対峙する悲しみに対して、自分の感情をどう収めるか、それが大人になるということだろうし、それが代々親が望む、次の時代を生きる者たちへの願いだと思う。一人で生きる術を見つけるというか、他者ときっちり向き合って、お互い理解し合うこととか、今本当にそのことしか望んでいないです。自分の思う通りに生きるとか、そんなことはどうでもよくて、俺たち両親がいなくても一人で生きられる術を見つけたその時に初めて、自分の生きてきた意味とか役割とか、そういうものが自分の中でストンと腑に落ちるような気がする。今、自分がいなかったら、子供はどうするんだろうって思った時に、普段から相手のことを思いやれというのは、自分にそれが返ってくるってことだから。最終的に「生きろ」ってことなんですよね。

『NO DEMOCRACY』に収録されている楽曲、特に新曲について、その込めた思いを教えて下さい。まずは1曲目の『反省ノ色ナシ』は、シニカルな言葉が並んでいて<平成がせせら笑ってらぁ>と、GLAYが生きてきた平成時代を、憂いているようです。

TAKURO
“言葉のアルバム”にしたいということで、割と今までの使い方じゃなかったり、今まで正面から見ていたりしたものを、同じ事柄だけど斜め、後ろから見てみようとか、そういう意味では「今なんて言った?」って、引っ掛かってもらえると嬉しいです。むしろ自分が引っ掛かる言葉をたくさん集めた気がします。この歌詞を書いたのは1~2年前で、ちょっと話が逸れるかもしれませんが、平成という時代をもう一回自分の中で整理しようと思って、色々な本を読んで、色々な識者に会って話を聞く中で、「平成はなぜ失敗したのか」ということをテーマにした経済の本に出会いました。不沈艦とさえ呼ばれたある大企業が破綻する原因が、ボスが嘘をついたことがきっかけで、すでに死に体の会社なのにそれを偽って、社会と社員を騙し続けていました。嘘をつくな、挨拶はちゃんとしろという、幼稚園生が習うようなことが、当時の大企業のトップはできなかった。今もそうなのかもしれませんが。本当のことが言えず嘘に嘘を重ねて、国家を揺るがす倒産劇になってしまうという。でもそれは経済だけの話じゃない。会社経営云々ではなく、嘘をつかないことを前提に、全ての事が回っているという大前提が崩れてしまいます。そういうことを含めて、今回のアルバムは、GLAYにおける壮大な平成史でもあるなと。平成という時代とは?という答えを、誰かのエッセイで見つけて。それは、「平成という時代は、平成に生まれた者には多分理解できないし、平成という時代が何であるのがわかるのは、30年後ぐらいだろう。何故ならば、明治時代を作ったのは江戸の人だからだ」というものでした。昭和生まれの、血気盛んな30、40代の方達が、がむしゃらに作った時代が平成だとしたら、これからどういう答えを導き出すのかを、人が理解できるのは30年後ということです。それを読んだ時に、なんで去年の『紅白歌合戦』のトリが、ユーミンとサザン(※16)だったのかが、なんとなく理解できました。あれが平成の締め方なんだって。それはもう紛れもなく、昭和の青春を謳歌した人たちがBGMにしたのはユーミンとサザンだから、彼らが締めくくったんだなって。それはただ大物だからという理由ではなくて、ちゃんと理由があったんです。平成の歌姫じゃダメだったんだ、と思って。平成の歌姫がトリを務めるのは、多分令和が終わる時なんだと思う。そういうことなのかもしれないなと思って、そんなエッセンスが今回のアルバムには、ものすごく入っています。

『反省ノ色ナシ』が1曲目で、ラストに『元号』を置くことで、希望を残したいというか、希望を感じたいっていう意図があるのでしょうか?

TAKURO
いくら明るい言葉を並べてメッセージにしたところで、それを前向きなメッセージと捉えるかそうじゃないかは、受け取る側の感性で、むしろそこを信じたいし、そこに委ねて、10年後に改めてその感想を聞きたいというか。デビューして、メディアに出るようになると「いいね」とか「よくない」とか言われて、その中で落ち込んだり喜んだりの繰り返しで。でもある時から、当時評判が悪かった曲、嫌いだって言われていた曲が「私嫌いだったんですけど、今30代後半になって理解できました」とか、「急に好きになりました」という感想が増えてきて。例えば子供の頃嫌いだったものが、大人になって食べられるという、人間の曖昧な基準みたいなものが愛おしくて、だから、ポジティブにいこうぜとか、熱血的な事は一行も書いてこなかったんじゃないかな。例えば、俺達がいなくなって、GLAYの音楽だけが残ったとして、それが何かに迷った時に何かしらのヒントになればどうぞ、という感覚なんです。もっというと、今、俺がこの世から去ったとしても、子供達が人生で迷ったら、GLAYの音楽を聴けば、俺が教えたかったことが全部入っているからそれで大丈夫、という気持ちで、あらゆる歌詞を書いています。だから時々馬鹿野郎って言ったっていいし、やっぱり人を愛するって大切だよねって繰り返し言うし。多くの事はできない俺ができることは、とりあえず半径2~6m にいる人を守って、それでもっと男の器が広がった時に、半径10mまでの人のことを救い、死ぬまでには15mまでに広がっているといいなっていう事なんです。大体の人たちはそういう形で死んでいくと思うから、地球の裏側の恵まれない人たちに思いを寄せることはできても、具体的な行動というのは、いつも迷うものだったりするし、せめて自分が思ったことを徒然に書いて、それが次の世代の人たちが迷った時の、何かしらの道標になればいいなという思いで、音楽と向き合っています。

『反省ノ色ナシ』はJIROさん曲です。

TAKURO
JIROさんから曲を頂いて、好き勝手アレンジさせて頂きました(笑)。彼は「いや、俺の曲じゃない」って言ってました(笑)。原曲はテンポももっと速くて、JIROらしい『SHUTTER SPEEDSのテーマ(※17)』のような速さでした。でもトータルで考えた時に、そういうタイプの曲もあるので「こういうアイデアがあるんだけど」ってことで、スタジオで皆でワイワイやっていたら、こうなったという。

先ほど、地球の裏側の恵まれない人たちに思いを寄せる事はできても、と仰っていましたが、8曲目『戦禍の子』がまさにそうですね。悲しみとでも優しさに満ちた言葉が並んでいて、胸が締め付けられます。

TAKURO
この曲はSUGIZO(LUNA SEA/X JAPAN)さん(※18)が、シリア難民の支援活動に取り組んでいるのを見ていて、色々なお話を聞かせていただいているうちに、日本における子供の貧困っていうのも、実は隠れた数値ではものすごく高いらしくて、そういうことも同一線上にもってきたいと思いました。どれくらい悲劇かっていうのは、当事者にしかわからないので、「難民は不幸せで、日本にいたらとりあえず幸せでしょ?」ということでもないなって。誰かの痛みはその人にしかわかり得ない、そうなってくると、壮大な地球の裏側のことを歌っているようで、実はすごく身近なことを歌ってるような気がしてきて。

<今度生まれてくる時は ちゃんと愛してもらうんだよ><君が大人になったら ちゃんと愛してあげるんだよ>と、上からでも下からでもない、普通の人の目線で描いている言葉が胸に突き刺さります。

TAKURO
そうですね、歌にあるように、生まれ変わったらという考え方があったとしても、そこには今の俺という形ではない、逆に俺がどこかの紛争地の子供に生まれ変わるかもしれないし。そういう意味では、俺は死の向こう側は全くのゼロ、無、って考えているので、来世に期待とかはあまりしていません。それでもそういう環境に置かれている子供達の気持ちはわからないけれど、どんなにひどい親だとしても、子供って許してしまうんでしょうね。その切なさは、恋愛とか仕事とかとは全く別の、自分の子供に関係あるなしに関わらず、きついですよね。最後の一節の、生き抜いた末に大人になったのなら、もし自分がどんなことをされても、ひどいことを他にするような人間になるなということが、もしメッセージになるなら、本望です。

アルバムの中で他とは少し異なる温度感というか、光を放っていますよね。だからこの曲はグッときます。  

TAKURO
歌入れの時も、TERUと二人で少しナーバスになったりして、だからあまりライヴではやらなそうな気がする(笑)。聴く方も演る方もしんどいですもん。

3曲目のHISASHIさん曲『My name is DATURA』は、組曲のような構成が不思議な感覚を感じさせてくれ、厚みを作りだしています。

TAKURO
これはアルバムの中で一番好きかも。メロディと歌詞をもらって、HISASHIに「やりたいことがある」と言って、構成は任せてもらって、真ん中の、激しく展開が変わっていく感じを作り、本当にロックバンドがライヴ映えするような、楽器陣の腕が鳴るようなフレーズがたくさん入っています。この曲のテーマというか、HISASHIが持っている世界って、いわゆるバンドサウンドとすごく親和性が高くて、何をやっても全部うまくまとまってしまうので、だったら最後にダメ押しでストリングスをつけようと思いました。ドイツとかロシアのインディーズ映画のような世界観、ドラマティックにしてみようと。でもHISASHIはこんな大曲になると思っていなかったみたいで、「君のギターが一番生きるのは、こういう時じゃないか」と、俺に無理難題を渡されて、あとはよろしくっていう感じでした(笑)。だから色々な楽器を取り出してきて、頑張っていました(笑)。やっぱりバンドであることのひとつの意義って、歌とかメロディというポップスとしての定石みたいなものは大事だけど、さっき言ったGLAYに求めているものを考えた時に、やっぱり4人のここにしかない個性、ここでしか咲けないもの、ここでしか咲かない花みたいなものが、多分あるんだろうなって。だから昔から、ギターソロが長過ぎるとか言われたり、どんなに間奏が長くても、GLAYはそこで間延びしたり、退屈させたことはないという自負もあって、これをマックスまで挑んだのが、この曲です。

メロディは歌謡曲の匂いが漂ってきますよね。

TAKURO
HISASHIがインスト曲とか書くと、EDMっぽい感じになって、そこに詞と曲が乗ると、すごく昔の感じがするというか(笑)、でもそれはGLAYでやりたいことがそういうものなんですよね。今っぽいやつっていったら、それはそれでできてしまうんだけど、本当にやりたいこととなると、やっぱりこうなると思う。それはGLAYだと許されるし、惰性とかかっこ悪いとか、特に基準がないから。やっぱり他の人との仕事の時は、明確にいわゆる現代というものを、どうしても意識しなければいけないけど、GLAYってタイムレスなところがあるから、5年前のメロディを今のものにくっ付けたって、別にいいじゃんみたいな感覚はあります。

その話の流れでいくと、『Flowers Gone』は、TAKUROさんが詞・曲を手がけていますが、19歳の頃に作った曲だとお聞きしました。それを今の時代に陽の目を当ててやろうとと思った理由を教えて下さい。

TAKURO
そうなんです。僕らがインディーズの頃からあった曲で、歌詞は、一部英語の部分は修正しましたが、ほぼ当時のままです。当時配ってたプロモーション用のカセットに入っていた曲です。これもさっき言ったように、平成と共に活動を始めたバンドなので、今のGLAYって究極をいうと、歌詞とかメロディとかアレンジとか、そういうのを超越して、とにかく4人で奏でれば、なんでもいけるんじゃねえかっていう考え方の元、今回提示しました。あとは、こんなアホな曲はもう書けないというか、強すぎる自意識というか、それが間違った形で歌詞になるような、そういう曲って大人になったら絶対書けないので、かつては自分たちはこうだったということが、バンドにとって刺激になるというか、新鮮なんです。アレンジはHISASHIが今風にしてくれましたが、イントロから最後まで、当時のまんまです。『REVIEW(※19)』というアルバムが、おかげ様ですごく売れて、あれって実は普通のベスト盤ではなくて、「それまでの3年間のシングルだけじゃない、俺たちにはこういった面もあるんだ、ロックバンドじゃないって言われてるけど、俺たちはロックが好きなんだ!」という意志を明確に打ち出した作品でした。それこそ『Flowers Gone』と同じくらいの頃に書いた曲を入れて、「GLAYって『HOWEVER(※20)』とか、そういうのだけじゃないのね」っていう風に認知されるというのが、バンドにとってはとても健康的なので、やっぱり自分たちのこういった面というのは、アルバムの中にこそ存在すると思います。

個人的に『氷の翼』が、するめソングというか、冒頭のストリングスと、TERUさんの高い声、イントロのギターからその世界に引き込まれ、転調でさらに抜けられなくなりました。トランペットも効いています。

TAKURO
これの仮タイトルが「汚れてもなおさら」だったんですけど、映画の主題歌にならなかったら、そのままいってました(笑)。これはソロで『Journey without a map(※21)』というアルバムを2枚作ったから広がった人脈、広がった世界なんじゃないかなと。サビで3回転調するんですけど、TERUは平気で歌っちゃうんですよね。これも割り切れないもの、 それこそ世の中の正しいとされる恋ではないけれど、人間なので、汚れながら生きてるので、汚れないで生きられないよねっという感じです。

『誰もが特別だった頃』は、フィリ―ソウルのような壮大で、キラキラしたイントロが印象的です。

TAKURO
これは俺たちが10代だった頃、邦楽のキラキラ感が飛び交っていた80年代のイメージです。JIROは洋楽が好きで、その頃の邦楽をあまり知らないから、ひとつずつ説明して、最後はなんでもいいから面白がって、新鮮に捉えてくれたみたいですよ(笑)。

「根雪」という言葉は、北海道では普通に使う言葉なんですか?<根雪はまだ停車場に>という歌詞が気になって。

TAKURO
俺たちの中では普通ですけど、東京だと雪が積もってもすぐなくなってしまいますよね。この歌詞は、一枚の写真のような風景で、3月の高校を卒業して、大学なり就職なり、自分の生き方に迷うような、そんな自分たちの小説的な部分がかなり写し出されていると思う。

ところどころに出てくる「」内の、心の中の言葉が印象的です。

TAKURO
あの頃は本当によく哲学的というか、答えのないものに対してよくもあんな飽 きずに追い求めていたと思うし、今は答えがないってわかるけど、当時はわからなかった。

『あゝ、無常』もTAKUROさんの詞・曲で、一人の男の弱い部分にスポットを当てた歌詞が、切ないですね。頭のTERUさんの雄叫びが、“無常観”を感じます。  

TAKURO
これは桑田佳祐さんの『孤独の太陽』(※22)のようなイメージで、アコースティックな感じというか、今だから書ける曲だと思う。弱いところとかって歌にしやすいんですよね。自分の弱い部分とか隠してる部分って、どんどん言葉が出てきます。

焚火やキャンプファイアーで、火を見ながらだと普段言えないことが言えるような……。

TAKURO
実際キャンプファイヤーで、アコギ一本で弾けちゃうようなシンプルな曲なので、それをみんなでワイワイと歌うイメージはあります。『孤独の太陽』に代表される日本のフォークロックというか、これは日本語あってのメロディどうこうではない、歌い手と言葉あっての曲ですね。

最新シングル『JUST FINE』についても聞かせてください。

TAKURO
これはギターロックに対するオマージュというか、とにかく俺達はスタジオ入って演奏してる時が一番楽しいんですけど、その感じが出ていると思います。お客さんの前だと、お互いの思いも伝わるし、お金をもらってる以上楽しませなきゃいけないとか、どうしても仕事としての責任感が出るけど、スタジオで皆で演奏している時が、底抜けに楽しい(笑)。めっちゃ適当で、TERUが急に思いついたことをやってみたりとか、アレンジを途中でめちゃめちゃ変えたりとか、本番までになんとかなるからやってられるんだろうけど、思いつきでどんどんうねっていく感じが、バンドって本当にいいなって思う。やっぱりソロシンガーだと、そこまで自由度はないと思う。でもGLAYの現場って、何を言っても大丈夫なんですよ。それだったらこの曲も、頭からギターが高らかに鳴っている感じでいきたいなと。

長めの間奏のギターは、ずっと聴いていたいと思いました。

TAKURO
あれは俺とHISASHIのギター愛を感じてもらえればOKで(笑)、ああいうキメをやりたくて、バンドをやってるような気がするんですよ。それが高校時代からバンドをやっていて楽しかったことなので、そういうことをやりたいだけの曲です(笑)。しかもこの曲には歌詞に意味がひとつもないっていう(笑)。でもセブン-イレブンのタイアップだったので、最初の4行は俺なりのセブンイレブンのイメージを書きました(笑)。「ちょっとアッパークラスだけどオンリーワンなんじゃない?」っていう。

TERUさんの『はじまりのうた(※23)』(『ダイヤのA』主題歌)は、“名曲”という言葉が似合う曲です。

TAKURO
このシリーズは4作目なので、世界にばっちりハマったんでしょうね。主人公の成長というか、高3で負けたら卒業という時で、そういう他者への配慮を感じられる大人になった主人公が、大人の苦味を知る寸前の儚さみたいなものが描かれていると思います。彼自身も球児だったので、気持ちが良くわかると思うし、サビの声の異常な高さというのは、彼が今後目指すところの発声を、色々試してみての結果だと思います。この期に及んで、自分を追い詰めるようなメロディを自分で作ってくるんだって思いながら、もっと楽に歌える曲でもよかっただろうと思いますけど、ここまでトップの音が続くのを欲しているんだなって。もちろん『COLORS』もそうだと思いますけど、何かを見つけたんだと思います。

後半はシングルが並んでいて、どんどんドラマティックになっていきます。

TAKURO
シングルはメロディとかがキャッチーだからシングルになるんだろうけど、このアルバムに入った時は、それをあまり感じなかったんですよね。結果的にシングルが並ぶ曲順になってはいますが、M8 からの流れはすごくいいなと思っています。このアルバムが、この方向になったのは、やっぱり『あなたといきてゆく』の影響が大きいと思う。久しぶりに自分が本当に歌いたいというか、自分の心の奥底から湧き出るような曲ができたな、と。やっぱりこういう歌を照れずに歌えるバンドでありたいなと思います。

この曲と『COLORS』と、“王道”と呼ぶにふさわしい曲が続いています。

TAKURO
そうですね。それこそ、その2つはビートルズにおける『ストロベリー・フィールズ』と『ペニーレーン』(※24)みたいなものだと思っています。

配信シングルの『元号』は、TERUさんのヴォーカルが、すごく生々しい感じで伝わってきます。

TAKURO
本人もそういう風に仕上げたいと思っていたようです。あまりきれいにしないで、思いがダイレクトに伝わるような感じで、最後のシャウトが、この歌の全てだと思う。新しい元号の下でって思いが、溢れ出ていると思う。

確かにアルバムの最後に、TERUさんの生々しい歌と、シャウトを通して、希望を感じさせてくれるし、これからもGLAYはGLAYのままやっていくんだという心の叫びが、伝わってきます。  

TAKURO
運よくバンドも解散せずに、平成を駆け抜けて新しい時代になって、それでもまだ続けることを選ぶどころか、さらに音楽に対する情熱を感じています。毎回、ツアーに出るにあたっては、高校時代のように小さなスタジオでワイワイやりながら、だんだんみんなの顔付きになっていって、そこで旅に出て新しい曲、今の時代を描いた曲を、今の時代の人たちと一緒にわけ合ってきました。そこで何かしら自分たちの曲の中に秘められた、赤塚不二夫風にいうと「これでいいのだ」という感覚を求めてきました。誰もがみんな不安の中で、音楽を通じて「これでいいんだ」って思うことでしか、生きていけないんじゃないかと。考えてもわからないんだから、俺はこれでいいんだ、それは言葉を変えると覚悟ということかもしれないけど、そういう大人の嗜み的な覚悟が見えるアルバムになればといいなと思います。

文・田中久勝
※1:GLAY DEMOCRACY
25周年に際して掲げられたテーマ。ファンと共に作り上げるアニバーサリーイヤーとして名付けた。「バンドって民主主義だと思う。」と謳い、世界各国から叶えたい公約を募集し、GLAYは7つの公約を発表。その後、公約であるフリーライブを実現した。これからも公約の実現に向けて企画を続けていく。
※2:「NO DEMOCRACY」
2019年10月2日に発売した、オリジナルアルバムとしては前作から約2年ぶり15枚目のアルバム。「言葉にこだわった作品」となっている。
※3:クロムクロ
2016年4月~9月放送のテレビアニメ。HISASHI作詞・作曲の楽曲「デストピア」「超音速ディスティニー」が主題歌。
※4:ダイヤのA
『週刊少年マガジン』にて連載中の寺嶋裕二による高校野球をテーマにしたコミック。2013年10月6日よりテレビ東京系列にてアニメ作品もオンエア。第3期2クール目から「流星のHOWL」がオープニングテーマとしてオンエアされている。(2019.10.15現在放送中)。 アニメ『ダイヤのA』公式サイトはこちら:https://diaace.com/index.html
※5:「SUMMERDELICS」
GLAYにとって14枚目のオリジナルアルバム。2017年7月12日リリース。7月24日付けオリコン週間CDアルバムランキングで1位を獲得した。
※6:「Lifetime」
『SUMMERDELICS』収録。JIRO作詞・作曲による楽曲。
※7:「COLORS」
2019年7月2日発売の、通算57作目のシングル「G4・V」収録曲。2019年10月2日発売のアルバム「NO DEMOCRACY」にも収録されている。TERU作詞・作曲の珠玉のミディアムバラードで、『劇場版ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』の主題歌となっている。
※8:『劇場版ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』
2019年6月12日に公開されたファイナルファンタジーシリーズを題材にした映画。GLAYの「the other end of the globe」が主題歌に抜擢されたドラマの劇場版となっている。
※9:「SOUL LOVE」
アルバム「pure soul」収録曲。1998年4月に発売されたGLAYの14作目のシングル。「誘惑」との同時発売で、両シングルで2週連続で1位2位を独占した。
※10:「G4・Ⅴ」
2019年7月2日に発売の通算57作目のシングル。「JUST FINE」「はじまりのうた」「COLORS」「YOUR SONG」の4曲が収録されている。
※11:「愁いのPrisoner」
2018年11月14日(水)発売のGLAYの56thシングル収録曲。TAKUROが作詞作曲を担当し、大手コンビニチェーン「セブン-イレブン」のタイアップ曲になっている。
※12:亀田(誠治)
日本のミュージシャン、音楽プロデューサー、ベーシスト。バンド・東京事変の元メンバー。数多くのミュージシャン/アーティストのプロデュース、編曲、楽曲提供を手がけている。GLAYは2006年の夢人島FESでプロデュースをオファー、2013年7月24日発売の「DARK RIVER」で実現した。
※13:HEAVY GAUGE TOUR
20年の時を超え、GLAYを代表するアルバム「HEAVY GAUGE」の名を冠した、新元号初の全国ホールツアー。2019年5月12日(日)静岡市民文化会館大ホールを皮切りに、全国12都市・20公演開催された。
※14:「Savile Row~サヴィルロウ三番地~」
1999年10月20日発売のアルバム「HEAVY GAUGE」収録曲。曲名にあるサヴィル ロウ3番地とは、ビートルズが最後のライヴコンサート『ルーフトップ・コンサート』を行った場所の住所である。
※15:「HEAVY GAUGE」
1999年10月20日に発売された5thアルバム。20年の時を経て、2019年5月8日には「HEAVY GAUGE Anthology」が発売された。
※16:ユーミンとサザン
ユーミンは日本のシンガーソングライターである松任谷由実の愛称。サザンは日本のロックバンド・サザンオールスターズの略称。
※17『「SHUTTER SPEEDS」のテーマ』
1996年11月18日発売3rd アルバム『BELOVED』に収録。ベースソロ、歌いだしなどJIROを大きくフィーチャーした曲で、ライブでの人気は絶大。
※18:SUGIZO(LUNA SEA/X JAPAN)
人気ロックバンドLUNA SEAとX JAPANのギタリスト。他に、YOSHIKIとのユニットVioletUKのギターやソロ活動、YouTubeチャンネル運営、音楽以外にもチャリティ活動など幅広く活動している。
※19:「REVIEW」
1997年10月1日にリリースされたベストアルバム「REVIEW-BEST OF GLAY」。415万枚の売上を達成し、当時の日本記録を樹立。1999年にはギネスブックに「日本で最も売れたアルバム」として掲載された。
※20:「HOWEVER」
1997年8月6日リリース、12thシングルにしてGLAYにとっては初のミリオンセラーとなった代表曲。
※21:「Journey without a map」
GLAYのギタリストであり、メインコンポーザーを務め、リーダーでもあるTAKUROによる1stソロアルバム。B'z松本孝弘氏をプロデューサーに迎え、ブルースやジャズを基調としながらTAKUROの繊細かつ叙情的なギターサウンドで奏でられたインストゥルメンタル・アルバム。
※22:桑田佳祐さんの「孤独の太陽」
1994年9月23日に発売した桑田佳祐の2枚目のオリジナルアルバム。同作の10曲目に収録された楽曲のタイトルでもある。2001年6月25日にリマスタリング盤が発売された。
※23:「はじまりのうた」
2019年7月2日発売の、通算57作目のシングル「G4・V」収録曲。2019年10月2日発売のアルバム「NO DEMOCRACY」にも収録されている。TVアニメ「ダイヤのA act Ⅱ」オープニングテーマとなっている。
※24:「ストロベリー・フィールズ」「ペニーレーン」
1967年2月にビートルズが発表した14枚目のオリジナルシングル曲。両A面となっており、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」と「ペニー・レイン」が収録されている。

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