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Vol.63 TAKURO WEBインタビュー

いよいよその姿を現そうとしているニュー・アルバム『SUMMERDELICS』(※1)。その前段階として、今回はTAKUROにバンドの現在についてインタビューした(取材日は6月中旬)。
今年の彼は序盤にソロ作『Journey without a map』(※2)のツアーがあり、そのあとにGLAYの『GLAY HIGHCOMMUNICATIONS TOUR 2017 –Never Ending Supernova-』(※3)があり、そしてGLAYのアルバム制作~完成と、息継ぐ間もなかったように思える。
しかもGLAYのホール・ツアーではJIROの体調不良のために4月25日の金沢公演が延期される事態も起きた。
ただ、5月に組まれたその振替公演とは別に、当初の公演日にもJIRO抜きでライヴを敢行したことはGLAYのファン以外にも大きな話題となった。
ここではそうしたGLAYの近況全般について話してくれたTAKUROだが、その発言にはバンドや自分自身の現在と過去、そして未来を見据えたものが多く、随所に深みが感じられる内容になったと思う。

2017.6.26

今、忙しい最中ですよね?

TAKURO
いや、そうでもないですよ。ツアーが終わって、ようやくひと段落できてる最中ですね。取材も週に2日ぐらいしか入ってないんで、精神的には大丈夫です(笑)。

そうですか。ただ、こちらからしてみると、まずTAKUROさんはソロ・プロジェクトが続いてたじゃないですか。

TAKURO
旅はしてましたね。2月からずっと……GLAYのツアーが終わる5月まで。

そのGLAYのツアーが始まるまではソロ・モードだったんでしょうか?

TAKURO
ソロ・モードね……でも思い返すと、2月のソロ・ツアーの前には10月から11月に(GLAYでの)被災地ツアーもあったし。だから、ほぼ両輪でもうグルグル回ってる感じでしたね。ソロ・ツアー中にGLAYのレコーディングもあったし、そのツアーの最後のZepp(Tokyo)の翌々日ぐらいからGLAYのツアーのリハーサルの準備に入ってたんで。だからずっと並行してる状態で、スイッチ切り替えたという感覚は、あんまりないです(笑)。でも……俺よく言いますけど、「カウント鳴ったらギターを弾くんです」というところでは、あまり変わらないですね。ただ、当たり前ですけど、GLAYに戻ったら責任が4分の1になって、気持ち的には相当楽になりました。やっぱりソロでは自分でメロを弾いて、そのあとのギター・ソロも自分で弾いて、ってやってたし。一番の違いは、ソロはインプロ(※4)が主だったので、その日どういうような曲になるか、まったく読めないままステージに立つけど。GLAYはカウントが始まれば必ず形があるから、(それを演奏するうちに)終わるじゃないですか。あれがすっごく楽でした!

(笑)そういうふうに感じてたんですね。

TAKURO
もう、自分が昔作ったフレーズに今の気持ちを乗っけて、丁寧に弾くという、それはとっても楽でした(笑)。インプロやる時は、その場その場で作曲しなきゃいけないようなしんどさもあったんで。だからGLAYの「歌舞伎で言うところの型みたいなものを大切にしながら次(の展開)につなげればいい」という演奏は、苦しくもあるんですけど、ソロに比べれば非常に楽しいものでしたね。

その意味では、やはりソロは修業の場であったわけですか?

TAKURO
修業であり、ほんとにその日のライヴがどうなるか、予想もつかないものでしたね。もちろん「いいものに」「質の高いものに」とは思ってるんだけど。それがGLAYの場合はもっとそうじゃないところで勝負してるからね。落語にたとえるなら「きっちりとできた昔からの話をいかに今日また新鮮な気持ちでお客さんに届けるか」っていう。その難しさは毎回変わらないんですけど、そういった歌舞伎とか落語とか、古典芸能に近いなぁと思いながらやってましたね。この間のツアーは。

そこで再確認したことってあります? 「GLAYってこうだな」「自分ってこうなんだな」と何か思ったことというか。

TAKURO
思いましたね。とくにギターのアンサンブルに関しては、ソロの時も「ギターに唄わせる」っていうこと。あと、これはあちこちのインタビューで言いましたけど、「一小節に情報量を詰めすぎない」ということをテーマにやってきて。で、そこからGLAYに帰ってきた時に、かつての自分が弾いてたフレーズの行儀の悪さみたいなものをあちこち見つけたんですよ。たとえば誰かが話してるのに、そこにかぶせるようなね。だからGLAYのツアーでは、誰かがおいしいコードを弾いてる時は……究極言えば弾かない、とか。おいしい音域を弾いてる時は邪魔にならない音域でサポートする、とか。そういうことに気づけるようになりました。

ええ、実はそれに近いことをこの前のGLAYのツアーを観て、感じたんです。今まではギターでどう火花を散らすかというところも大きかったと思うんですけど、今回のツアーでは「受け」や「引き」の感覚がありましたよね? で、突っ込む時は思い切り突っ込む!みたいな。

TAKURO
そうです。そのメリハリは……今回のアルバムの中に、去年のツアーや一昨年のライヴの音源とか、いろいろ入ってるんですけど。やっぱり一番近々のGLAYのツアーと比べると、自分にとっても、いつもと印象が違いますね。

そうでしょうね。あと、ツアーのギター・プレイでもうひとつ、セオリー通りの絡みをあまりしていませんでしたよね? 「エイトビートならこう弾いたら気持ちいいよな」というフレーズをそのまんま弾いてない気がしたんですよ。

TAKURO
弾いてない。そうですね。

ちょっと外してましたよね。そこはHISASHIさんのトリッキーさとはまた違った、イレギュラーな感覚をあえて盛ってるなと思ったんです。

TAKURO
それは……自分では出すまいと思っていた、ソロの時のジャズの影響かもしれないですね。もともと好きでジャズやブルースを聴いてたし、弾いてたしね。で、これはソロをやった理由でもあるんだけど……もし今後、たとえばHISASHIが「時間を長らくとって、また新たなスタイルを追求したい」ということになった時に、バンドが止まらないように、プランB、C、D、Eが必要だなと思ったんです。だから自分はソロを始めたんですね。ギター・バンドとしてのクオリティやアイデンティティを失わないように、という意味で。

ええ。ソロ活動自体がGLAYのためのものだと言ってましたもんね。

TAKURO
そう。で……今のところ俺は心配してないし、昔からGLAYのイントロのシグネチャー・ギターは絶対HISASHIのトーンだと思ってるし、今後もそうしてほしいんだけども。もし彼が今後「時間をとって考えたいんだ」っていうことになったら、「あ、じゃあこういったアプローチもあるよ」というのを出そうと、俺は思ってたんです。GLAYの中でも(演奏を)やりすぎて、ちょっとたるみそうな曲の時に「この音をぶつけてみようかな」とか「アプローチを変えてみようかな」ってやってみると、その曲の表情がガラッと変わったりするし。まあギターと音楽を突き詰めていくと、こっちの思い一発ですべてのNOがYESになることもあるからね。音楽用語で言うならアボイドノート(※5)みたいなもので……音楽的理論で言うとダメとされているけども、あえてそれを当てていくのも自分の今の思いなんだ、と。そこに自信さえあれば、原則的に考えれば、外れた音というのはなくなってしまうからね。そうしてやってみる中で、「あ、俺はもしかしたらこの曲のこと、何も知らなかったのかもしれない」「こんな表情もあるんだ!」という発見は、この短いツアーの……追加もあったから13本くらいに増えたのかな? その間にそういった発見は、たくさんありました。

ふむふむ、そうですか。だからギター・プレイについては、ある程度は意識しながらチャレンジをしてるなと思ったんですよ。

TAKURO
そうですね。でもほんとに2月のソロ・ツアーは、自分の人生の中であれほど濃密にギターと向き合えた日々はなかったので。もう……今回GLAYに帰ってきた時、一番は仲間がいる安心感があったんだけど、その仲間たちもいろいろとトライしているから、自分も思いっきりGLAYの中でトライしようと。で、それが許される雰囲気、土壌を「これはかけがえないものだな」と思いながら、やってましたね。

そうだったんですね。ではツアー全体としてはどうでした? 短い間にいろいろあったツアーだったと思いますけど。

TAKURO
今回は……よく謝ったし、よく謝られた旅でしたね(笑)。今までやった全ツアーの中でも、このツアーはなかなか忘れられないだろうな。とくにその金沢のライヴですよね。でもこれは自分がGLAYのリーダーをやっていて、前々から思ってたことなんだけど……「もしメンバーの体調が悪くなって、ステージに立てなかったらどうしよう?」ということは、どのバンドにとっても大きな課題なんですね。で、そこで俺は……「もうJIROがいなければGLAYじゃないよ、ありえない!」っていうファンの子がいるのも重々承知だけども。でもたとえば、たまたま誰かに連れられて来ていたとか、「気分転換でたまにはロックのコンサートでも行こうか」と思ったとか、あるいはお子さんがいる人だったら何とかやりくりして実家に預けて来たとか、アルバイトのシフトをやりくりしたとか……「そうやって来てくれた人たちの楽しみを奪うのも、またGLAYらしくないな」って思ったんです。

ああー。そこまで考えたんですね。

TAKURO
もちろん振替公演はやる。これは当然、責任の取り方としてやるんだけども。不完全ながら、その日GLAYはそこにいるわけだし。で、「GLAYのメンバーはTERUぐらいしか知らないよ」という人たちがいることも、スタッフと共有してる事実だからね。「<HOWEVER>(※6)さえ聴ければ俺は満足なのに、何でキャンセルなんだよ?」っていう声があるとしたら、それもまた真実だなぁって。これは俺がどのバンドにも、いつも感じてることだけどね。だから「これはやるべきだ」っていうふうに……判断したんですけど。まあ一番の理由は「自分のせいでGLAYのライヴそのものがなくなる」っていうことを、たぶんJIROが……というか、メンバーが望まないですよね。なるべくだったらなんとかして、フォローしたい。俺がケガをして、病気になっても、たぶんほかの3人はそうしてくれると思うんで。

はい。GLAYなら、そう思うでしょうね。みんなが。

TAKURO
うん。これはやっぱり、バンドの……責任、という以前に、それぞれが人との関係の中で築いた、自分たちなりのひとつの生き方なんですよね。

そうですね。生き方ですね、これは。

TAKURO
うん。まあ実際、なかなか楽しい夜になりましたよ(笑)。俺たち、ほんとピンチになればなるほど盛り上がるんで。しまいには「楽しそうだね」なんて言われましたもんね(笑)。JIROの立て看板作って、ツアー初日にたまたまチェック用に録ってたJIROのベースを聴いて、「ああ、これだったら目つぶればJIROいないこと、わかんないんじゃないか?」「2階の後ろの席だったら、ね?」とか考えながら(笑)。その一連の過程の中で、今後のリスクヘッジじゃないですけど、そういうものもたくさん見えてきたし。で……まあ、お客さんに対しての誠意の表し方はバンドそれぞれあるだろうけども。GLAYの生き方の雛形みたいなものはちょっとできたかな、っていう。

わかります。で、世間からは「GLAY、神対応!」みたいにも言われてましたけど。

TAKURO
そうですね……そう言ってくれるのはありがたいけれど。まあ、ほかの人も同じようにできるわけではないし、また次に俺たちが同じことをできるかと言ったら、これは疑問なんです。たまたまほんとに(ベースラインの)データがあったとか、JIROからのSOSが2日前ぐらいからあったから考える時間もあって、いろんな……振替公演も含めた調整もできたわけだったりもするから。ね? あんまり期待値上げられても(笑)。

そうですか。今回はこうできた、というところなんですね。

TAKURO
いや、というか、やっぱ4人いたほうがいいですよ(笑)。気づかなかったですけど、俺、すごく楽しくやるみたいで。で、お客さんも俺たちの気持ちを汲んでくれて、すごく応援してくれる。そんなライヴだったんですけど……終わったら、全員がもうグッタリ疲れちゃって。つまり4人で受け止めてるから今まで耐えられたんですね。もし3人で受け止めるのが2回3回続いたら、俺らが倒れるわ!っていう。そのぐらい、人の「気」みたいなのをものすごいスピードで毎秒ごとにやり取りしてるんだっていうのがわかりました。これは4人だからいいバランスでできてるけど、その4人分を3人で受け止めるとしんどいっていう(笑)。

そこまでのものだったとわかったんですね。で、JIROくんはその後のライヴで「GLAYがバンドとしてあることが決して当たり前なことではないと思うようになった」ということをステージで言ってましたよね。

TAKURO
言ってたね。うん。

それはきっとメンバーみんなが思ったことじゃないかと思うんです。TERUさんも「このツアーは、この4人が集まる奇跡を感じながらやってきました」と言ってました。

TAKURO
そうですね。まあ……俺、いま戦国ブームなんですけど、戦国時代なら一生は50年ですからね(笑)。そういう意味では、あとどれぐらいバンドができるか、わからないけども。やっぱり誰かがそう願うように、美しいエンディングというものに対しては、あの一件以来、もう日々考えていなければならないことのひとつとして、そこにある問題として感じるようになりましたね。

ああ、そこまで感じたんですか?

TAKURO
TERUがいつまでも一番高いトップノートを出せるとは限らないし。それこそギタリストやベーシストは、いわゆる普通の暮らしの中では到底しない動きを2時間の間ずーっとしてるわけだから、そういったコンディションのこととかも考えないとな、と思ったんですよ。あと俺、ここ5年ぐらい(ローリング・)ストーンズ(※7)の再発ものが活発だから、そのたびに買ってて。こないだ『ハバナ』(=映画『ハバナ・ムーン:ストーンズ・ライヴ・イン・キューバ2016』)(※8)も観たし、「70過ぎても、やっぱりいいなあストーンズ!」と思ったんですけど。90年の東京ドームのライヴ(映像作品『フロム・ザ・ヴォルト・エキストラ~ライヴ・イン・ジャパン - トーキョー・ドーム 1990.2.24』(※9))観て、そのキレッキレぶりに、「なんか今(のストーンズは)、ヘタだなあ」って……(笑)。

(笑)それはわかります。

TAKURO
「これは味じゃねえだろう? 老化ってあるんだな」っていう。まあ、それはそうですよ。30代40代のパフォーマンスがいかにキレキレかっていうのは、70代という比べるものがあるからこそのことで。今を生きてる俺たちには、今の状態というのは、わかんないですもんね。どこが山のてっぺんで、どこからが下り坂なのかは、わからないけども……。でも少しずつ下り坂になりつつあるということを、メンバーみんなが意識したのかもしれないですね。

あ、今回の一件によってですか?

TAKURO
それがほんとであるか、ほんとでないかは、もう20年後の俺たちと比べてみないと、わかんないことだけども……だから今度は、その時々のGLAYをどううまくコントロールしていくか。俺たちが今回の『SUMMERDELICS』を作って一番感じたことは、美しいメロディだの、よくできた詞だのっていうことは、ロック・バンドにおいてはさほど重要ではないな、と。一番はロック・バンドを始めた時のあの衝動が今も同じだけあるかどうか? これがもう、ここからの勝負のすべてだな、と。

今、そういうふうに感じてるんですね。

TAKURO
だって考えてみたら、作詞作曲して間もない19、20歳の連中の曲が1000年も聴かれる名曲になりうるわけじゃないですか? だけどバンドを長くやっていくと、「15枚目のアルバムのあの曲が1000年も聴かれるか?」というと、ちょっと疑問だもんね。キャリアはあるはずなのに。経験も積んで、曲作りやいろんなことがどんどんうまくなるのに、それでもデビュー・アルバムがやっぱり最高だなという……その秘密は何だろう?と。そう思うと、(若い頃は)未来に対する希望と絶望があったり、そのバンドを始めてまだ時間が経ってなかったり、あと人間としてもエネルギーに満ちていてね。それがすべて詰まってたのがニルヴァーナの1枚目だと思うんですよね。まあ、もうカート(・コバーン)(※10)はいないけど……ジョン・レノン(※11)もあれ以降いないから、今も生きてたらどうなってるのか、わからないけども。(ビートルズの)「ツイスト&シャウト」のあのシャウトが、50の時に同じ熱量でできるかどうかがロックンロールのほんとにすべてなんじゃないか?って今は思うようになりましたね。

はい、はい。若い時の刹那の感覚だけではなくて、大人になっても。

TAKURO
そうですね。まだファンもそんなにいなくて、小さなライヴハウスで、自分たちの将来はどんなものかもわからない時の……見えない未来に向かってシャウトしてる、あの感じと。たとえばGLAYだったら10年後の話をステージでするTERUがいるわけだから、少なくとも10年間は何かしら続けてなきゃいけないという……それはロックの持ってる破壊性とか衝動みたいなものとは真逆の約束事ですよね。そこでいかにしてちゃんと情熱を絶やすことなく、かつ、約束を守るか、っていうことなんです。

約束ね。GLAYは約束をたくさんしてきましたよね。今でももちろん。

TAKURO
だから今までのバンドになかった、相反するものを抱きしめながら、ガソリンをかぶって火事場に行く、みたいなところはありますよね。でも「それがGLAYのGLAYたるゆえんなんだろうな」って思ってるんですよ。ただ、そこで俺が一番メンバーに確認したかったのは、仕事ということを抜きにしても、どれだけの情熱でもって曲を書けるか? スタジオに来てプレイができるか?っていうことなんです。たとえば俺がクライアントに「BELOVED」(※12)とか「HOWEVER」みたいな曲を求められて、相手がきっちりと納得するような形で書いて出してきていたら、もうメンバーには愛想尽かされてるでしょうね、きっと。たぶん彼らはそこに情熱を見出さないと思う。

なるほど……。今回のツアーを観てても、過去のGLAYを回想するような場面もあったけど、大切なのはそれを未来に向かってどう生かしていくのか?というところにポイントがあった気がしました。

TAKURO
うん。だって朝が来たら、ラッキーなことに目が覚めちゃうじゃないですか? ポックリ死ぬわけじゃないし。で、自分たちが過去にやってきたことがあって、そしてそれを頼りにしながら生きてる人たちがいる。今は「その人たちの思いを汲んでやろう」というぐらい、人間の器としては広がりが出ましたよね。もう40代も半ばになって。だからバンド内では「やりたいからやる! やりたくないからやんない!」というレベルでの会話はもうしてないと思う。だけど、じゃあ過去にやったその曲を思い出再生装置のごとくお客さんの目の前で披露するというのは、たぶんGLAYにとっては違うんでしょうね。そこに今の……2017年らしい何かをきっちりと乗せて、お客さんに向ける。それが正しく曲を成長させることなんだろうな、と。JIROなんかとよく話しますけど、ヒット曲、有名曲みたいなライヴをやると、いっときパーッと「懐かしい!」とかで盛り上がるんだけども……やっぱそれを2回も続けるのは違うと思うし。そうすると新しい曲や埋もれていた曲にチャンスを与える機会がなくなってしまうからね。だから「そういうのは何周年とかのデッカいライヴ以外はやめない?」っていうのがメンバー全員一致の見解としてあるんです。今は「25歳のあの頃に表現できなかったあの曲、今だったらできる!」みたいな再発見の仕方をたくさん持ってるんですよ。「俺はあの時、人間的な器もテクニックもなかったから、この曲にはボロしか着せてあげられなかったけど、ほんとはもっと違うタイム感でやるべきだったな」とか。「GLAYの一番の魅力はTERUのあの一小節伸びるシャウトなんだから、そこでちょこんと弾くのはやめよう」とか。そういう人間としての成熟が、曲にとてもいい作用を及ぼしてるのは感じますから。だから毎回ツアーやってて、楽しいんですね。

はい。だからツアーでは、そうした昔作った曲やアルバムの中の曲もやってましたよね。「May Fair」(※13)とか「WORLD’S END」(※14)とか。

TAKURO
そうですね、現代の解釈としてね。それは一度も停滞せず、解散もせず活動をしてきたバンドの矜持というか……やっぱり地続きであるということに対しての重みというものを感じてますね。それはファンの人たちに対しての緊張感もそうだと思うし。

わかりました。で、あと訊きたいのは、今度のアルバムの豪華BOX SET版についてなんです。これには『SUMMERDELICS』に加えてライヴ音源やドキュメンタリー映像もたくさん入っていて、この数年のGLAYがどう音楽に向かってきたかがわかるものになってるようですね。

TAKURO
はい。あのー……この話は最終的にBOX SETのことにつながるんですけど。俺は今みたいに音楽が無料になるということ自体、ずいぶん前から感じていたし、YouTube最強説を唱えてからも久しいんですけど。

ええ。今の音楽全般に言える、親しまれ方についての話ですね。

TAKURO
その中でこの10年、俺が一番力を注いできたことは「音楽は絶対に人生を超えてはいけないんだ」ということなんです。やっぱり人生の主役は人間であって、その中に音楽があって、いろんな悩みや喜びみたいなものが繰り返していく。で、このBOX SETでやらなきゃいけなかったことは、何でこの曲がこうできたのか? 何で『SUMMERDELICS』の曲たちができたのか?ということをファンの人たちにきっちり知ってもらうためなんですよ。そうじゃないと、流行歌として……2017年に出たロックのアルバムの1枚として、「今」は絶えず消え去ってしまうから。今ほど曲(の存在)が軽くなってしまう時代はないと思うんです。そのぶん、あらゆる曲にはふるさとがあり、産みの親があり、そしてその産みの親にはいろんな歴史があって、出会いがあって、曲が生み出されたんだ……っていうことをちゃんと共有しないといけないんですね。今の時代は、音楽をタダで聴ける。20年前なんかよりもよっぽどたやすく、どこぞのレア盤も、撮影もOKだったりするから地球の裏側のロック・バンドのライヴのあの曲もたやすく手に入るけども。俺がひとつ確認したかったのは、汗水垂らして働いて手にしたお金でね……「身銭を切る」って言葉があるけども、その痛みを伴った音楽は聴こえ方がちょっと違うんじゃないか?というのがあって。

それはリスナーがお金を払っただけの思いを持って作品に向かうから、ですよね。

TAKURO
俺はこのBOX SETに関しての企画が出てきた時に、OKだと思ったの。このBOX SETでほんとに今必要なプロセスを踏めるな、と。90年代のGLAYの印象が強い人はTAKUROメロディ以外はGLAYとして認めない傾向にあるんだけども、何で「デストピア」(※15)が、何で「HEROES」(※16)が生まれたか? それはタイアップが決まったからではないんだ、長いことGLAYをやってきて、いろんなストーリーがあった上でできたんだ、って。そういうことをこのBOX SETによって感じてもらえれば、俺たちはまだまだやれると思うんですね。

なるほど。そこには背景と過程があると。

TAKURO
背景と過程があるんです。「音楽なんて、聴いて良ければいいだろ」って人がいるけど、「いや、俺はその意見とは違うな」と。やっぱり、どんな物語があって最後にその結末に行き着いたのかなんですよ。映画でも「犯人は彼です」「殺したのは彼です」じゃ物語がないですよね。たとえば「誰なんだろう?」っていう推理小説ならではのワクワクがあって、その中に犯罪を犯してしまうまでのプロセスがあって。それに共鳴できる人はできる、共感できない人はできない。そういうのがあってこそのアートだとするならば、俺は『SUMMERDELICS』に至るまでの過程をこのBOX SETで、少なくとも「そのGLAYの考えに一票!」って言ってくれる人たちには誠実に示したいなと。それからこのアルバムに行き着いてほしいというね。それが俺たちが今、この手軽な音楽全盛の中でここまで手をかけてやるということの意味みたいなものです。

このアルバムに至った理由があるということですね。で、この中には、先ほどのJIROくん抜きでやった金沢のライヴのドキュメンタリーも入ってるんですよね。

TAKURO
はい。あとベネチアでのTERUの<ひとり『情熱大陸』>も入ります(笑)。

(笑)そうした、いろいろな表情のGLAYが楽しめると。

TAKURO
そうそうそう! それがあって『SUMMERDELICS』になったっていう。まあ「音楽だけでいいんだ」って人は、それはそれでいろんな聴き方があると思うけど。GLAYというバンドそのものに興味がある人は、ぜひ手にとっていただきたい逸品でございます(笑)。

でも最近はこのアルバム制作と、それにソロから今回のツアーもあったことで、GLAYというバンドの捉え直しができてるような気がしますね。TAKUROさんの中で。

TAKURO
そうですね。だから……みんな、それぞれにずーっと優秀なミュージシャンであったことは間違いないんだけども。とくに3人はね。だけど俺としては、彼らのありあまる才能みたいなものをこうして世の中にきっちりと伝わるような形で出せる状況をずっと待ってたところがあります。それまでは、その力が当人にはあっても、たとえば事務所としての機能がまだ至ってなかったとか、「その早すぎるアイディアを翻訳しないで今の世の中に問うても、たぶんポカーンとされるだけだ」っていう状態だったから。だから『G4』(※17)を始めたんだけど、その<IV>を作った時に「あ、これはもう、いよいよ前夜だぞ」っていう気がしたんです。とくにHISASHIに関しては、世の中のネット環境も整い、人々が手軽にいろんな情報を手に入れられるようになった時、彼の才能は爆発するんじゃないかと思ってた。で、今まではサブカルだとか、いわゆるギークなところで「GLAYにそういう人、ひとりいるよね」と認識されてたんだけど、そこからきっちりとHISASHIという名前を持ってして、作品の評価として世の中とちゃんと戦える状況になった。「そういう時代をマネージメントが作んなきゃな」というのがこの5年の課題でしたけど、それは(時代状況との)歯車が合うとかどうとかっていうレベルじゃないんですね。もう仕事の熱量としては。GLAYが90年代を駆け抜けたんだとしたら、そこには時代の後押しがあった。今はそういったものがもっと多様化して、自分たちの立ち位置を見失いがちになるけども。少なくともこの10年は、GLAYという個性豊かな人間たちの集まりというものを、もう1回世の中に再解釈してほしかった。そこが俺の一番の興味でしたね。詞を書くよりも、曲を書くよりも。

なるほど……そういうふうに考えてたんですね。この時代の中でのGLAYのあり方について。

TAKURO
それがようやく『G4』からこの『SUMMERDELICS』の何年間かで結びついたというか、入り口に立ったという気がします。だって昨日俺、『関ジャム』(※18)観て感動したもんね! HISASHI、大したもんだなあ!って思った。言葉が足りないところもなく、言いすぎてるところもなく。きっちりと自分のやりたいままに、求められるがままにいい仕事をして、黙って帰る。侍のようだ!と思ったもん。それはMIYAVI(※19)くんもそうだし、佐橋(佳幸)(※20)さんは言うに及ばずだけど、HISASHIは素晴らしい仕事をしたなって思いました。

そうでしたね(笑)。で、さっき「入り口に立った気がする」と言われましたけど、これからまた新しいGLAYが出てくるだろうということですね?

TAKURO
そうですね、もちろん。俺も3人に負けてられないんで、頑張んなきゃいけないです。

はい、それを楽しみにしています。今回はこんなところで……どうもありがとうございました。

TAKURO
はい! 楽しかったです。話の切り口がちょっと違ってて。ありがとうございました!
※1:『SUMMERDELICS』
前作より2年8ヶ月ぶりとなるGLAYにとって14枚目のオリジナルアルバム。2017年7月12日(水)発売。メンバー全員が作詞・作曲を手掛けタイアップ曲も多数。CD Only盤(¥3000+税)、CD+2DVD盤(¥5000+税)、5CD+3Blue-ray+グッズ盤(初回生産限定・豪華BOX仕様のG-DIRECT限定Special Edition ¥22,963+税)の3つのバージョンが発売される。
※2:『Journey without a map』
GLAYのギタリストであり、メインコンポーザーを務め、リーダーでもあるTAKUROによる1stソロアルバム。B'z松本孝弘氏をプロデューサーに迎え、ブルースやジャズを基調としながらTAKUROの繊細かつ叙情的なギターサウンドで奏でられたインストゥルメンタル・アルバム。
※3:『GLAY HIGHCOMMUNICATIONS TOUR 2017 –Never Ending Supernova-』
2017年4月14日(金)島根県芸術文化センター「グラントワ」から5月25日(木)石川・金沢歌劇座で行われた追加公演まで、全10都市14公演(振替公演も含む)で開催されたホールツアー。4月25日(火)の金沢公演をJIROが体調不良によるドクターストップで欠席となった。TAKUROは「ボーカルのTERUやギターのHISASHI、そしてコンサート制作スタッフと何度も協議を重ねた結果、中止という選択はとらず、楽しみにしていてくれたファンの皆様へできる限りのことをしたいと思いステージに立つ所存であります。ご迷惑をおかけしますが、これからもよろしくお願いいたします」とコメントを発表。さらに、5月24日(水)に同会場での振替公演の開催と、振替公演に来られないファンへの払い戻しを発表した。
※4:インプロ
インプロビゼーションの略。即興による演奏。
※5:アボイドノート
響きが悪くなってしまうので音楽理論上、原則的には避けるべきとされている音の組み合わせ。
※6:<HOWEVER>
1997年8月にリリースされたGLAY 12枚目のシングル。GLAY初のミリオンセラーを記録した代表曲。
※7:(ローリング・)ストーンズ
ロックの代名詞とも言える世界的バンド。1962年にイギリス・ロンドンで結成され、以来、半世紀以上にわたって、一度も解散することなく活動を続ける。
※8:『ハバナ』(=映画『ハバナ・ムーン:ストーンズ・ライヴ・イン・キューバ2016』)
2016年にキューバの首都ハバナで開催されたローリング・ストーンズのフリーコンサートの模様を収録したドキュメンタリー映画。
※9:『フロム・ザ・ヴォルト・エキストラ~ライヴ・イン・ジャパン - トーキョー・ドーム 1990.2.24』
1990年2月24日に東京ドームで開催されたローリング・ストーンズのライブ映像を収録したDVD/Blue-ray。2017年3月31日に日本限定で発売された。1990年2月14日から27日にかけて東京ドームで全10公演が行われたうちの8公演目を収録している。
※10:カート(・コバーン)
バンド「ニルヴァーナ」のボーカル・ギター。1989年に1stアルバム「ブリーチ」を発表。1991年の2ndアルバム「ネヴァー・マインド」が大ヒットを記録し、グランジ・ミュージックが世界的なムーブメントとなる。かねてから患っていたうつ病と薬物過剰摂取が引き金となり1994年に自ら命を断った。享年27歳。
※11:ジョン・レノン
世界で最も有名なロックバンド・ビートルズのメンバーであり、主にボーカル・ギターを担当。ソロでも数々の名曲を遺した。1980年12月8日、ファンを名乗る男性に射殺された。享年40歳。
※12:「BELOVED」
1996年8月発売、GLAY9枚目のシングル。TAKUROが作詞・作曲したGLAYを代表するラブソング。
※13:「May Fair」
1998年5月発売の4thアルバム「pure love」に収録された楽曲。シングルカットはされていないが非常に人気が高い。
※14:「WORLD’S END」
2007年1月発売の9thアルバム「LOVE IS BEAUTIFUL」に収録された楽曲。作詞・作曲はHISASHI。
※15:「デストピア」
「SUMMERDELICS」の7曲目に収録。作詞・作曲はHISASHI。TVアニメ「クロムクロ」第1クールオープニングテーマ。ダークな世界観の歌詞ロックンロールナンバー。
※16:「HEROES」
「SUMMERDELICS」の8曲目に収録。作詞・作曲はTERU。テレビ東京系アニメ『ダイヤのA -SECOND SEASON-』オープニングテーマ、テレビ神奈川 第97回全国高等学校野球選手権神奈川大会中継テーマソング。爽やかな歌詞と疾走感あふれる演奏で、アッパーな仕上がりとなっている。
※17:『G4』
2006年7月発売GLAY33枚目のシングル。TAKURO作詞・作曲「ROCK'N'ROLL SWINDLE」「誰かの為に生きる」「恋」「LAYLA」収録。2011年10月発売の『G4・II -THE RED MOON-』以降はメンバー全員が1曲ずつ作詞・作曲を担当している。現在は『G4・IV』まで発売されている。
※18:『関ジャム』
『関ジャム 完全燃SHOW』は関ジャニ∞と古田新太が毎回様々なアーティストをゲストに迎え、一夜限りのジャムセッションやトークを繰り広げる音楽バラエティー番組。テレビ朝日で放送中。2017年6月11日放送回には、佐橋佳幸、MIYAVIとともにHISASHIが出演してギタートークを繰り広げた。
※19:MIYAVI
日本のロックミュージシャン。バンド活動を経てソロデビュー。独特なスラップ奏法で世界的な人気を誇り、「サムライギタリスト」の異名を持つ。ワールドツアーで海外進出も積極的に行なう他、アンジェリーナ・ジョリー監督作品『不屈の男 アンブロークン』で映画にも出演。
※20:佐橋(佳幸)さん
ギタリスト・音楽プロデューサー。1983年にバンド「UGUISS」のメンバーとしてデビュー。解散後はセッションギタリストとして活動。作詞・作曲・プロデュースも行ない、さまざまなミュージシャンとも活動を行っている。

取材・文/青木 優

Vol.62 WEBインタビュー

『SUMMERDELICS』をGLAYのメンバーと共に作り上げたプロデューサー・亀田誠治氏は、「ロックの新しい扉を開けた一枚」と、同アルバムをGLAYにとってもロックシーンにとっても非常に重要な位置づけになると絶賛した。そんな亀田氏に、アルバム完成までの、4人との濃密な時間を振り返ってもらい、作品について、改めてGLAYというバンド、そしてメンバー一人ひとりについて語ってもらった。

2017.5.22

亀田さん(※1)とGLAYのタッグがスタートしたのは2013年のシングル曲「DARK RIVER(※2)」からですよね。

亀田
そうです。TAKURO君から電話があって。それまでGLAYには佐久間正英さん(※3)という素晴らしいプロデューサーがついていらっしゃって、僕も一音楽ファンとして、GLAYのことをずっと注目していました。僕は1988年頃から音楽の仕事を始めて、GLAYが94年にデビューして、90年代後半に大ヒットを飛ばして、このバンドは一体……と僕の中でバンドの概念を破ってくれました。バンドなのにしっかりとしたメロディと歌詞がきちんと存在して、そしてメンバー全員にカリスマ性があって。ボーカルのTERU君とソングライターのTAKURO君は、例えていうならビートルズのジョン・レノン&ポール・マッカートニー(※4)、U2のボノとエッジ(※5)、BOØWYの氷室さんと布袋さん(※6)、それくらいの強い2TOP感があって、何十年かに1組出てくる超大型アーティストというイメージでした。

いつかは一緒にやりたいなとずっと思っていました?

亀田
またえげつないこと聞きますね(笑)。いつか一緒にできるといいなと思っていましたね。

クリエイティブ魂がそそられるというか、煽られるとういうか、そういう感じですか?

亀田
いつか一緒にやりたいと思う気持ちって、やっぱり僕らの仕事にはすごく必要で、ここから相思相愛が始まるんですね。僕は下は10代、上は60代くらいまで色々なジャンルの色々なアーティストを手掛けていますが、やっぱり基本にあるのは相思相愛の関係なんです。それは飲みに行って仲良くなったからとか、そういう事ではなく、お互いの作品やパフォーマンスを見て、純粋に音楽から共有できるリスペクト、相思相愛の気持ちから始まっているというのがポイントです。なので、この人と仕事がしたいと思った時は、営業をかけるのではなく、まずは念力をかける。いつか一緒にやりたいなって。そういう強い思いを持っていると、僕の場合は必ずつながります。

TAKUROさんから初めて連絡を貰った時のことは覚えていますか?

亀田
覚えています。その2年くらい前の「ap bank fes(※7)」でご一緒して。その時にホテルで、ミスチルのJEN(※8)の部屋でみんなで飲みました。みんなむちゃくちゃ酔っ払っていて、その時にTAKURO君かTERU君どちらかが「亀田さんもいつかGLAYのプロデュースしてくださいよ」と言ってくれて。その時に僕が返した言葉というのは……

伝説になっている「いい曲書いてきたらやってやるよ」って言ったという話ですよね(笑)。

亀田
そう。僕はそんなことはひと言も言ってなくて(笑)、一緒にできる曲があったら、是非やりましょう、という感じで全然上からではなくて。僕とGLAYのバイブスが合う曲があったら、きっといつかはそういうチャンスが来ると思うって言ったのに「まずはいい曲持って来いよ」って僕が言ったという話が広がって(笑)。そんな事絶対言ってないのに(笑)。

亀田さんはそういう事を言いそうにないです(笑)。

亀田
僕本当にそういう人じゃないですから(笑)。その後しばらくしてTAKURO君から電話をいただいたという感じです。なので初対面というわけでもなかったし、とにかく僕はGLAYの活躍をずっとリスペクトしていたし、GLAYのメンバーも僕のプロデュースワークを外から見ていてくれていました。

まずはシングル「DARK RIVER」で一緒にやって、その後オリジナルアルバム『MUSIC LIFE(※9)』(2014年)で再びガップリ四つに組んで制作しました。

亀田
実際に一緒に現場に入って、まずは人に惚れました。人に惚れるというのは、普通僕らは何枚か一緒に作って時間を重ねていく中で、惚れていくものですが、GLAYの場合はもうメンバーとの顔合わせの時に、それぞれの人柄と、4人の絆に感動しました。こんなに人と人がお互い尊重し合って、しかもなあなあではなくて、そんなバンド他にいないと僕は色々な人によく言っています。これが90年代、2000年代の日本の音楽シーンを支えて牽引してきたトップバンドの素顔なんだなと改めて感動して、4人のためなら自分が持ってるもの、全ての経験、スキル、ネットワークを使って、彼らの音楽を次の世代、時代に残していきたいと「DARK RIVER」の時に思いました。曲の素晴らしさはもちろん、僕がアーティストと接していく中での出会いの時のスパークの大きさといったら、もうこんな出会いはなかなかないという手応えでした。人柄もそうですが、4人から出ているエネルギー、熱量がすごいと思う。普通バンドが、全員エネルギーを発し合うと、それがぶつかり合っておかしなことになったりするのに、GLAYの場合はそれがちゃんとひとつの方向に走り出して、本当に4つの車輪で、それが綺麗に回っていて。

『MUSIC LIFE』の発売イベントで、亀田さんとメンバーが登壇して「最高傑作ができました」とおっしゃっていました。今回の『SUMMERDELICS(※10)』を聴くと、“最高”をまた更新したような仕上がりです。

亀田
もちろん最高傑作が完成しました。僕らは前の作品を超えるために音楽を作っています。その超えるという事がGLAYの場合は、自分たちの基準を超えるということなんです。人からの評価、数字だけでなく、その前にまず自分たちがこれは面白い、これはすごい、これは良い曲、新しいGLAYになれているのか、懐かしいGLAYをちゃんと見つめているのか、色々な基準があると思いますが、その自分たち超えという感覚を、メンバーと僕、スタッフのみなさんと共有できているということが、すごく大きいと思います。僕も自分超えをしたということだと思います。

外からの評価基準よりも、ある意味遥かに厳しい自分達の基準を、毎回超えているからこそ、20年以上トップランナーとして走り続ける事ができているんですね。

亀田
一人一人の自分超えということでいうと、もちろん曲や歌詞を書く事で自分を超えるという事も大切ですが、4人はミュージシャンとして本当に一人一人が自分に厳しい基準で音楽に向かっていると思います。例えばベースのJIRO君は、必ずプリプロまでに自分のベースラインを固めてきますし、ギターのHISASHI君はみんなで音を出すときは、サラッと弾く感じなのに、2,3日経った頃、家でカッチリ作り込んだ音のデータを送ってきてくれたり。「俺は究極のニートギタリストだ」とか言いながら、きちんと送ってきて(笑)。TERU君は、今回のアルバムから本歌を歌う前に、家のスタジオで自分の歌を一回シュミレートしてくるようになって。で、「亀田さんこういう歌い方でいいかな?」とか相談してきてくれて。TAKURO君も前回はこうしたから、今回はこうしたいとハッキリとした意見を言ってくれて。TAKURO君は並行して自分のソロプロジェクトをやっていたので、そこで掴んだ何かがあると、「あの曲のギターソロだけもう一回やりたい」と、自分のジャズプロジェクトをやっていく中で面白いことをやってみたい、実験したいという思いが出てきたみたいで。メンバーそれぞれが定点にとどまっていないというか。それぞれが次の自分を目指しているので、だからGLAYは年を取らないんですよ。逆に若返っています。本当に真摯に音楽に向き合っていて、かといってただの音楽バカではなく、ちゃんと自分の時間も大切にしています。人生が注ぎ込まれてスケールアップしていく、そこがGLAYの知られざる魅力だと思います。

亀田さんはありとあらゆるアーティストを手がけていらっしゃいますが、プロデュースするうえで、一番大切にしている事はなんですか?

亀田
音楽第一主義、アーティスト第一主義という事はずっと貫いていますが、一番大切にしているのはアーティストが100人いたら100通りのやり方でやらないと、いい作品はできないという事です。僕は例えばバンドものだとGLAYと並行してスピッツもやっていますが、スピッツでうまくいったことをGLAYでやろうとしても、絶対うまくいきません。その逆も然りで、それはバンドといっても人の集まり、個の集合体だから。それぞれの人の集合体に対して、僕はさらに1対1の関係で作っていかなければ、いいものはでき上がってこないと思っているので、そこだけは肝に銘じています。

TAKUROさんが「亀田さんが心地よく仕事をさせてくれるので、毎日早くスタジオに行きたかった」と言っていました。

亀田
真剣にやる必要はありますが、煮詰まる必要はないですからね。険悪になる必要もないし。ひとつひとつを認めてあげたいし、認めた上でここがダメ、うまくいかないねということで納得すれば次に進めるという事を、瞬間瞬間を判断していくのが僕の仕事だと思っていて。それには厳しい口調になる必要もないですし、和気あいあいとした中でも進められることなんです。

今回の『SUMMERDELICS』も、メンバーが作った曲を全部亀田さんに渡して、亀田さんにチョイスしてもらったとおっしゃっていましたが、『MUSIC LIFE』の時と今回のレコーディングとでは、2枚目という事で、雰囲気は大分違っていましたか?

亀田
レコーディングの雰囲気は最高でした。『MUSIC LIFE』を作って、「GLAY EXPO 2014 TOHOKU 20th Anniversary(※11)」も観に行かせてもらって、飲み交わした酒の量もありますし(笑)、そういった意味では僕とメンバーと、エンジニアの工藤(雅史)さんも含めて共同制作者という感じでやっていますが、みんなの距離感がいい意味で近づいていると思います。でもそれは決してなあなあになったという事ではなく、距離が近づいた部分だけ、より厳しくなった部分もありますし、コミュニケーションスピードが上がって、雰囲気はどんどんよくなっています。

制作期間はどれくらいかかったのでしょうか?

亀田
去年の6~7月くらいに、全員の曲が集まって、それをいただいて、夏頃からちょくちょく作業をやり始めました。なので制作期間でいうと約1年ですが、その間にシングルもあったので、それを入れると2年くらいかかった事になります。

『SUMMERDELICS』はメンバー全員が作品を手がけ、それぞれの個性が溢れ出ていますが、それぞれの作品に対する亀田さんの評価を聞かせていただけますでしょうか。まず今回はなんといっても「シン・ゾンビ」他、HISASHIさんの曲に注目が集まっていますが。

亀田
HISASHI君は自分の事を「ニートギタリスト」と言っていますが、やっぱりロックミュージックを非常にグラマラスな形でデジタルに変換するんですよね。

HISASHIさん、ネットシーンでもヒーローです。

亀田
それは音楽上だけでやっていないというのがHISASHI君の強みだと思います。メディアの使い方も関わってくるので、なんと言えばいいんですかね、このカテゴリーを。オタクでもないし……。

ハイパーメディアアーティスト?とかですかね。でもそう名乗っている人、他にいましたよね(笑)。

亀田
確かにハイパーメディアの領域に入ってきていますね。ネットから発信されたボカロ的なものや、ダンスミュージック的ものにHISASHI君は、そのグラマラスなロックのスパイスをかけて全部をひとつにしました。そこをさらにグラマラスにというか、ロックで体現できるのがTERU君というボーカリストです。だからHISASHI君は筆が進むのだと思います、このGLAYの現場では。普通だったらここはアニソン的な女性ボーカルやボカロ的な声が乗ってきたほうが親和性が高いところに、うちにはTERUという看板ボーカルがいて、彼を躍らせることができるというのを、確信犯で作っていると思います。だから「微熱Ⓐgirlサマー」のような遊びもできるし、「シン・ゾンビ」なんて、CDショップの試聴機で聴いた人は、誰もGLAYだと思わないと思う。

それはTAKUROさんもおっしゃっていました。

亀田
今までのGLAYを知っている人はびっくりするかもしれませんが、今回のアルバムを作るにあたってTAKURO君が言っていたのは、GLAYはキャリア20年を超えて、僕らももう45歳で、でも自分達が本気で楽しんでいる姿をみんなに見てもらいたい、というところから今回は始まっています。もちろんメンバーとTAKURO君はじっくり話をしていると思いますが、僕とTAKURO君でもこの話はよくしていて。HISASHI楽曲を次のシングルにしたいとか、そういう話もどんどん出てきていて、大人、45歳の俺たちが本気で楽しめるのは何かということを追求したいと。例えば「「XYZ」は俺達の得意な感じの曲ですぐできちゃう。でもね亀田さん「シン・ゾンビ」は演るの大変だよ。でも俺たちはこの曲をテレビで歌いたい」とTAKURO君は言っていて。この覚悟は並々ならぬものだと思います。例えば欧米のバンドも転換期ではそういう思い切ったことをやっていて、GLAYは常に挑戦しているバンドですが、今回のアルバムは本当に次へ飛ぶために、全速力で滑走路を走り、空を飛ぶ立つ瞬間のものだと思います。言ってみればこのために『MUSIC LIFE』もあったし、それ以前に本当に素晴らしい音楽を残してきていますが、僕と作った『MUSIC LIFE』は、エンジンを回して、滑走路を走り始めた段階のもので、今回の作品ではまさに飛ぶ瞬間のもので、この先にあるものを見てくれという意志表示の作品、これが『SUMMERDELICS』だと思います。

オープニングナンバーがHISASHIさんの新曲という、ものすごいインパクトです。

亀田
インパクトどころじゃない気がします(笑)。大変なことだと思います(笑)。

TERUさんも「手こずった」と言っていました。

亀田
大変だけど、やっていて楽しい挑戦をやりたいという事は強調していました。

覚悟が違うんでしょうね。

亀田
僕はプロデュースする時に必ずメンバーと一緒にプリプロをするか、一緒にスタジオに入るか、もしくはみんなとスタジオに入る前に、僕がこういうアレンジはどう?というデモテープを作るんです。TAKURO君がある日「亀田さんのアレンジは最高です。本当にロックしているしキャッチ―だし、大好きだけど、この頃メンバーが亀田さんのアレンジを『MUSIC LIFE』を経て、ちょっとなぞり始めている」と言ってきて。「なぞることは悪くないけれど、僕はそのムードを一回取り払いたいので、一緒にゼロからスタジオで作ってみたい」と言ってきてくれて、彼は正真正銘のリーダーですよね。逆にいうと「シン・ゾンビ」のようなアプローチは、あの元になっている「彼女はゾンビ」という曲には僕もかなり関わっていますが、HISASHI君がキャンバスに塗り替えたというか、設計図を書き替えた、構築し直した作品で、そういう一人一人のクリエイティビティを尊重して、TAKURO君は滑走路を飛び立つための準備というか、オイルの補給みたいなことを、今回やっていたと思います。

素晴らしいリーダーであり、プロデューサーですよね。

亀田
本当にプロデューサーです。僕とTAKURO君は基本的にはface to faceのコミュニケーションが好きなので、たいてい会って話すか、電話ですが、LINEも駆使して、その会話の量、時間たるや相当なものですよ。

HISASHIさんの新曲、「微熱Ⓐgirlサマー」だけでなく、「デストピア」「超音速デスティニー」(※12)と本当に色々な表情の曲を書いています。

亀田
陰と陽の使い分けも上手ですよね。サウンドの中にいわゆるデスメタルのような暗黒の要素も入れてくるし、能天気な要素も入れてくるし、やっぱりHISASHI君はパソコンと向き合うことによって、本当にたくさんのカードを手に入れて、持っている状態だと思います。多分、今自分でやっている活動が楽しくて仕方ないんだと思います。

ギタリストとして、プレイヤーとしてのHISASHIさんの亀田さん評を教えて下さい。

亀田
天才です。フレーズの方向、なんでこんなアプローチができるのだろうと感心しています。そして基礎的なプレイはもちろんうまいのですが、それに対してコンピュータを使った現代の音作りに対して非常にオープンなので、聴いた事もないようなフレーズや音が飛び出してくる。普通こんな音にいかないだろうというフレーズが出てくる。今回はどの曲もそうです。一方でGLAYの中での伝統的なHISASHIサウンドのようなものがあったり、いわゆるヘビーメタル、ビジュアル系のツボも押さえたギターなので、ギタリストが憧れてしまうようなプレイもできるという。

二人の全く色が違うギターの存在がGLAYの武器でもありますよね。

亀田
HISASHI君とTAKURO君のアプローチが全く違って、その曲のレコーディングで、どっちが先に弾くかによって勝敗が決まるようなところがあって(笑)。TAKURO君が「HISASHIこうきちゃいましたよ。俺はどう弾けばいいでしょうね」とか、よくスタジオで話しています。2人がお互いの音を聴きながら、GLAYのサウンドってコードネームでは表せないような、耳から判断していくものなので、ギターとギターのコラボを聴いていると、面白いサウンドになっています。

ソロツアーを経てのTAKUROさんのプレイはいかがでしたか?

亀田
ソロツアーが始まる前にTAKURO君とB’zの松本(孝弘)さんと3人で食事をする機会があって、その時に松本さんという大先輩から色々アドバイスというか、優しい訓示というか、甘いダメだしみたいなのをTAKURO君はもらって(笑)。TAKURO君と松本さんの間には師弟関係のようなものが見えて、影響も受けていると思います。例えばHISASHI君がデジタル大歓迎というプレイヤーだとしたら、TAKURO君は本当に59年型レスポールの音や、マーシャルのヘッドアンプにこだわったり、楽器の生音、タッチ、そしてひずみの香ばしさとか、そういうプレーンなスタイル、自分の体、指とギターとで出す音にこだわったプレイで勝負してくる。しかも今回は全部が生音の楽器、シンクとかない環境の中でレコーディングをし、ジャズスタイルのライブツアーをやって、それを経て、より“音は人なり”という部分を大事にしている感じが強くなってきたと思います。そういう意味で僕が言うのもおこがましいのですが、表現力という意味でTAKURO君のギターが上手くなってきていて、元々うまいのに表現力の幅がとにかく広がってきてます。本人もそこを大事にしようとしていて、ロックは勢いとかパワーとか、そういったものを超越したところに今きている気がします。

Mr.GLAY、TAKUROさんが手がけた今回の作品の中で、亀田さん的に注目している作品はどれですか?

亀田
例えば「聖者のいない町」には、僕とTAKURO君の共通言語がたくさん入っています。ある意味ビートルズの組曲的なアプローチで、そういう古き良きロックをこの2017年に変換していったらどうなるんだろうというアプローチです。ウイングスの「007死ぬのは奴らだ(※13)」(1973年)のようなオーケストレーションで、これまでには考えられないような迫力にしてほしいとTAKURO君からリクエストがありました。

曲頭がシンプルなので、迫力をより感じますし、メリハリがすごくカッコいいですよね。

亀田
「ジョージ・マーティンならぬ、亀田マーティンになって」と、わかりやすい指示がTAKURO君からあって(笑)。「SUMMERDELICS」は、1970年にカナダで行われた、ジャニス・ジョプリンやグレイトフル・デッドらが、列車に乗ってカナダ各地でライヴをやる「フェスティバル・エクスプレス」というフェスがあって、そのドキュメント映画があるのでそれ観て欲しいとTAKURO君に言われて。列車の中でミュージシャンは酒やドラッグに浸りながら音楽をとことん楽しむという内容で、そういう音楽旅団的なストーリーの曲にしたいよねと。今回のアルバムは遊び心、40代になった彼らが持つ遊び心という意味では、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(1967年)のようなストーリー性があってもいいよねという話をしました。「ロングラン」は典型的なTAKUROメロディで、言葉数が多くて、最初はTERU君がブルーになっていました(笑)。この曲は、ある程度素材はあったのですが、面白い作り方をしました。みんなが帰った後、TAKURO君だけが残って、僕も残って、TAKURO君がギターをつま弾きながら、鼻歌でサビを作ったりするので僕も一緒に聴いていて、ここはこうしたほうがいいねという話をしながら、一曲デモを作ったりして。そうやってできあがったのが「ロングラン」です。「XYZ」も音を流しながらみんなでメロディを作っていったり。やっぱりTAKURO君の許容力の広さはすごいです。こういうメロディでも気持ちよければいいじゃん、という感じでした。

スタジオ中でのメンバーの役割分担のようなものがあるとお聞きしたのですが、メンバーはJIROさんの意見にはみんな一目置いているとおっしゃっていました。

亀田
JIRO君はやっぱりベーシストというか、客観的なんですよね。客観的かつピュアなミュージシャン目線で、TAKURO君はどこか総合プロデューサー的目線。TERU君は何でも直観で言ってしまうタイプ。スーパー感覚派です。でもそこがいいところなんです。JIRO君は、ここはこういう音のほうが気持ちいいんじゃないかということとかを、しっかり言葉にして説明してくれたり、2番のここではパターンを変えたほうがいいんじゃないかとか、具体的かつ的確なんです。全体を見渡せている感じです。JIRO君もスタジオ入る前に必ず、自分はこういうベースラインにしたいというスケッチを送ってくれます。もしこれがOKなら、プリプロの時OKテイクを出しますと、そういう気迫で臨んできてくれました。だからGLAYのレコーディングがオンタイムで進むのは、本当にJIRO君のベースが一番最初に仕上がっているからだと思います。あのベースがあるからこそ、TAKURO君もHISASHI君も自由に泳げるし、ドラムとベースが先に完成してるので、先が見通せるんです。後からここは差し替えたいとも言わないし、本当に潔ぎいいプレイヤーです。

ソングライターとしてのJIROさんは、ご自身でコード3つくらいで曲を作っているとおっしゃっていましたが、メロディが豊かですよね。

亀田
シンプルだけど豊かで、どこかUKっぽい。いい意味で、日照時間が短い感じ。僕は大好きなんですよ、カリフォルニアの日差しとは真逆のあの感じが。僕もアレンジというか、サウンドメイキングしている時に燃えるし、どこまででも深い世界を表現していけたり、逆に典型的なUKのロックや、いわゆるロッククラシックから何かを引用してきても親和性があるというか。素晴らしいソングライターです。シンプルな分だけ、いい意味で歌謡性がなくて、洋楽のメロディに近い。歌謡メロはTERU君、TAKURO君、HISASHI君も書けるので、本当にJIRO君の曲はいいスパイスになります。JIRO君の曲が並ぶと本当に威力があります。一曲だけポンッと入るとスパイスという感じになりますが、2曲並ぶとそのアルバムのカラーを決定づけるような、それくらい曲に発言力があるというか。

プレイヤーとしてのJIROさんはいかがですか?

亀田
本当にうまい。多分いい意味で僕と対決しにきてくれているというか。アイディアを提供しますが、僕もJIRO君のプレイに感化されるところがあるし。とにかく考えて作るベースです。ベースだからルートがいいというわけではなくて、ルートがいいという場合はルートしか弾かないし、歌ったほうがいい時はとことん歌うベースです。

今回はどの曲も本当にベースの音が気持ちいいですよね。

亀田
ピッキングが佐久間さん仕込みで、上手で。ピッキング教えてとJIRO君に言っていて。JIRO君が弾くと、音がすごくきれいに粒が揃っていい感じになって、どうやって弾いてるのか教えてといつも言っていました。JIRO君が薄いピックを使っていると聞いて、僕も厚さ変えました。JIRO君からかなり影響を受けています。

直観力が豊かなTERUさんのソングライターとして、そして改めてボーカリストとしての魅力を教えて下さい。

亀田
ソングライティングという部分では、TERU君曰く「BLEEZE」(2014年)(※14)」が書けたことで何か掴めたと。自分の役割がわかったというようなことを言っていました。TERU君の書くメロディはすごく特徴あります。

風景が見えてきますよね。

亀田
そうなんです。TAKURO君が書くメロディも日本の原風景が見えてきて、TERU君の曲もそう。

どこか“情緒”を感じます。

亀田
そうなんですよ。「空が青空であるために」もそうだけど、明るいメロディにも関わらず、何か侘びさびが見えてくるというか。それと、やっぱりボーカリストが作る曲は、自分の声の使いどころをよくわかっています。しかもTERU君は本当にファルセット、ミックス、ミドル、色々な声を使い分けることができていて、最高のスキルを持ったボーカリストです。その自分のボーカルの声のトーンを使いながら、メロディをどう表現すればいいのかというのを、他の人の曲でもそれは応用してやっていますが、自分の曲の場合は、曲を作る時からそれができていると思います。そういった意味でTERU君はある意味シンガー・ソングライター的な存在で、TAKURO君はやっぱり真のソングライターなんですよね。TERU君の場合は、そこに自分の素晴らしいボーカルという発信源が見えているので、そこを踏まえて書かれているメロディは、一筆書きでいける良さがある。それは自分の意志で作っているから。

直観というところと繋がってきます。

亀田
繋がりますね。一筆書きのメロディですね。

今回はいつにも増して色々なタイプの曲を、TERUさんはまさに“歌い切っている”という感じです。

亀田
ボーカルに対しては非常に真面目で、レコーディングも6~7テイクで、絶対に1時間であげてくれます。1時に始まって、コーラスまで入れて6時には必ず終わります。例えばHISASHI君の曲を歌う時は、言葉のはまり方で手こずったりして、6時半ころまでかかってしまう事もありましたが、そうすると「あー今日は残業しちゃった。HISASHI、残業代」って言っていました(笑)。僕はTERU君と一緒にいて、話をしているだけで幸せな気持ちになるし、歌入れが楽しいです。彼の歌を録っていると、自分が浄化されるのがわかります。決して癒し系のソフトな歌ではないのですが、でも彼の歌と向き合うことによって、僕自身が浄化されます。素晴らしいボーカリストはそういうものです。そのかわり、例えばTERU君の歌を1日1時間で1曲歌えるからといって、2曲録れと言われたら無理です。浄化されますが、僕もエネルギーを相当使っているので。

エネルギーとエネルギーの果し合いのような感じですね。

亀田
本当にそうです。歌のセレクトも全部任せてくれますし、もちろん自分で聴いて、ここはほかのテイクがないかという場合もありますが、完全に信頼してくれていますので、非常にやりやすいです。

全曲通して聴いてみて、非常に新鮮で、GLAYの底力を見せつけられましたが、このアルバムをひと言で表すとしたら、どんなアルバムだと言えますか?

亀田
次の時代の扉を開くアルバムじゃないですかね。レコーディングテクニック的にも最新の技術が注ぎ込まれています。次の扉というのはGLAYのという意味だけではなくて。あえていうなら、ロックの新しい扉といいたい。そうか、ロックの扉を開くのかって聴いてみるといきなり「♪ゾンビの達人」(「シン・ゾンビ」)って始まりますけどね(笑)。そこがGLAYなんです。GLAYのLがRじゃないところです。その精神を感じながら、いつも僕はやっています。「SUMMERDELICS」という名のGLAYジェットが今、飛び立ちます。
※1:亀田さん
ベーシスト・アレンジャー・音楽プロデューサーの亀田誠治。1964年6月3日、ニューヨーク生まれ。 椎名林檎・スピッツ・平井堅など、数多くのプロデュース・アレンジで知られる。
※2:DARK RIVER
2013年7月24日発売48thシングル「DARK RIVER/Eternally/時計」表題曲
※3:佐久間正英
ロックバンド、四人囃子の元メンバーで、プロデューサーとしてBOØWYやザ・ブルーハーツ、GLAY、JUDY AND MARYらを手がけた。
※4:ビートルズのジョン・レノン&ポール・マッカートニー
ジョン・レノン、ポール・マッカートニーがメンバーのザ・ビートルズ (The Beatles) はイギリス・リヴァプール出身のロックバンド。
※5:U2のボノとエッジ
U2とは、アイルランド・ダブリンで結成された4人組ロック・バンド。ボノ(Bono)はボーカル、ジ・エッジ(The Edge)は主にギターを担当する。
※6:BOØWYの氷室さんと布袋
BOØWY(ボウイ)は、日本のロックバンド。1980年代に活躍。1981年結成、1988年解散。氷室京介:ボーカル、布袋寅泰:ギター・コーラス
※7:ap bank fes
静岡県掛川市のつま恋多目的広場で開催された野外フェスティバル。GLAYはap bank fes '08に出演
※8:ミスチルのJEN
日本のバンド・Mr.Childrenのドラマー鈴木 英哉の愛称
※9:MUSIC LIFE
2014年11月5日に発売された13thアルバムのタイトル
※10:SUMMERDELICS
発売予定の14thアルバムのタイトル
※11:GLAY EXPO 2014 TOHOKU 20th Anniversary
東北史上最多となる55000人を動員し10年振りに開催されたGLAY EXPO 2014 TOHOKU。
※12:「デストピア」「超音速デスティニー」
2016年8月3日発売54thシングル「DEATHTOPIA」収録楽曲
※13:ウイングスの「007死ぬのは奴らだ」(1973年)
元ビートルズのポール・マッカートニーを中心に構成されたロックバンド。ウイングスが発表した楽曲。映画『007 死ぬのは奴らだ』の主題歌
※14:「BLEEZE」(2014年)
2014年7月9日発売GLAY 20th Anniversary 50thシングル「BLEEZE」表題曲

Vol.61 TAKURO WEBインタビュー

TAKUROが“修行”として自らに課した、ソロツアー『Journey without a map 2017』(※1)が2月28日、Zepp Tokyoにて幕を閉じた。2月2日の品川ステラボール公演を皮切りに、全国9か所15公演を完走。2月3日にはHISASHIが、そしてこのインタヴュー前夜のツアーセミファイナルにはSUGIZO(LUNA SEA、X JAPAN)がサプライズでゲスト参加したほか、各地でゲストを迎え入れつつ、二度とない特別な夜を積み重ねていく旅だった。1stアルバム『Journey without a map』(※2)に収められたジャズやブルースを基調としたインストゥルメンタルの楽曲群をツアーの中で育みながら、TAKUROは何を思っていたのか? ソロプロジェクトを振り返り、得たもの、GLAYに持ち帰るものを探る。

2017.3.06

SUGIZOさんがゲスト出演なさった昨夜(2月27日 Zepp Tokyo)の余韻、未だ冷めやりませんね。

TAKURO
めちゃくちゃ二日酔いだよ(笑)。自分の曲を自分の憧れのギターヒーローが弾くという、ある種の変態プレイ(笑)。野望を叶えたよね。

アンコール2曲へのゲスト参加で時間にすれば短く、SUGIZOさんは一言もお話なさいませんでしたが、お二人の信頼関係は充分に伝わってきました。

TAKURO
それはあるよ。20年以上の付き合いだし、大人になってからの親友と呼べる人だろうね、松本(孝弘/B’z)さん、SUGIZOさんは。昨日もいろいろと話しながら改めて思ったけど、SUGIZOさんは心から世界の平和を願ってるんじゃないかな。それはTERUに通じるものがあるよね。家事すら一切やらなそうなのに、困っている人がいたら(東日本大)震災後には被災地に乗り込んで、一生懸命がれき除去に身を投じる、とか。それは俺にはできなかったことだし、やらなかったことだけども。そういう姿や、あとはX JAPANの引き受け方とかも含め、この20年見て来て「信頼できる男だなぁ」と。その苦悩を近くで見ていると、俺といる時ぐらいは馬鹿話で気を抜いて、気楽に楽しんでほしいという気持ちはあるけれど。

SUGIZOさんを招き入れられる時のMCでTAKUROさんは、「自分のためだけでなく行動する、という姿勢をこの人から学びました」と紹介なさっていましたね。

TAKURO
献身的な男ですよ、地球に対して。いや、宇宙に対してかもしれないね。デヴィッド・ボウイみたいだね(笑)。そういう意味では「Northern Life」(※3)も「Journey witout a map」(※3)も、自分にとって特に思い入れの強い曲だったから、SUGIZOさんと一緒にやるにはピッタリだったんじゃないですかね?

お二人のギタリストとして“色”が拮抗し合っている、と感じました。

TAKURO
ツアーの頭じゃなくて良かったよね。やっぱり、ちゃんとここまでホストとしてお迎えできるのは、1か月のツアーを経てこそだと思う。

アルバム『Journey without a map』制作に先立つ2016年のインストツアーを振り返ると、TAKUROさんがご自身の内面を掘り進め、孤独と向き合うプロジェクトとして立ち上がったという印象でした。それが、2017年のツアーでは、様々なゲスト参加を含め、最終的には“仲間とともに”という空気感になって行って……2月3日の品川ステラボール公演を拝見しましたが、ツアー序盤とファイナルのZepp Tokyoとでも、随分見せ方が変わっていましたよね?

TAKURO
うん、イメージの微調整は日々繰り返しあったから。モバイルミーティングでも言ったんだけど、本来お客さんとは対等だし、淡々といい曲を聴いてもらってステージ上の熱量を感じてもらっておしまい、というのが、理想としてはあるわけ。品川の時は当初の理想を優先させたんじゃない? でもそれが仲間にとってもお客さんにとってもちょっと窮屈そうだな、と気付いたから微調整をして。お客さんにも緊張を強いるし、自分も緊張してるわけだから、それが倍増してライヴというよりは鑑賞会に近いものになってしまったかな、と。他のメンバーがいいプレイをした時に、声を出したくてもその“型”が分からないから、というのもあっただろうし。『Journey~』の曲をそのままやるだけだと、厳格で近付き難いものになりうるじゃない? 「ちょっと距離感つめ過ぎだな、急ぎ過ぎてるな」という気もしたから、じゃあ、あまりにも緊張している会場であれば、例えば(GLAYの)メンバーの話をなるべく多くして親和性を持たせて、少しは温かい空気を入れてみたり。俺にとってもそっちのほうがホームだし、いわゆるGLAY的なほんわかムードなら、いくつかの必殺技みたいなものもあるわけで。MCでどれぐらい砕けるか? 逆に、当初の『Journey~』のコンセプトに対して忠実であるか? ……そのバランスを考えたよね。いずれは、くだけたMCがなくても、誰かがいいプレイをした時にはスタンディングオベーションを含めた熱狂的な声援を引き出せるようになりたいし、そういうチームではありたいな。それは最終的な目標だよね。昨日のSUGIZOさんの来てくれた場面では、SUGIZOさんの佇まいとか、本人がステージで目指すところもよく分かるから、あそこは馬鹿話する場所ではなかったし。HISASHIが出た時はやっぱりGLAY色を出したほうがいいだろう、とか。そういう意味で、『Journey~』のライヴをつくり上げる上ではやっぱり、フロントマンは大変だなぁと思ったよね。その苦悩と孤独。物語を引っ張る“筆力”もいるだろうし、歌わなきゃいけないし、ギターソロの間もボーッとしてるわけにもいかないし。勉強になったね。

TERUさんの大変さを感じられたりも……?。

TAKURO
TERUの大変さとか、ヴォーカルという意味に限った大変さではないんだけども。大勢のオーディエンスに向かって一人で背負おう人たち、全般だよね。

川村ケン(ピアノ)さんが、ツアー前のインタヴューで、「もっと楽なやり方もあるのに、こんなにずっと真ん中でギターを弾くスタイルを引き受けようとしているのはすごい」と、感心なさっていたんです。

TAKURO
だって、自分で「修行したい」と言って始めたのに、楽しちゃダメだよね(笑)。自分の能力で補えるギリギリのところでいつも挑んでいかないと。そうでないと、「この体験をGLAYに持ち帰って、何かに貢献したい」という最終的な目標を達成できないわけだから。音色一つとってもそうだし、ギターのポジション(※4)選びにしても会場ごとに変わって行って、それをどうカバーするか?というのも学べたし。まぁ、インストというある意味“ポップではないもの”で、よくもまぁここまでやりきったな、という想いはあるよ。

インストの世界には馴染みのない方も多いでしょうしね。

TAKURO
そうだね。俺、今回のツアーで思ったことがあって。ファンレターをたくさん読んだんだけれども、「こういう世界に興味があっても、どう接していいか分からなかった」という人たちがこんなにもいるのであれば、俺のソロプロジェクトの目標とはまた別に、「こういう場所をもっとつくりたいな」って。せっかくいい音楽があるのに気付かないのであれば、架け橋になれたらな、と。日々ライヴハウスの数だけセッションが行われていても、“一見さんお断り”の寿司屋みたいなところがあるじゃない?

たしかに、敷居の高さはあるかもしれません。

TAKURO
そういう意味では、インストというのは分かっていても、「TAKUROのライヴなら行ってみよう」という人がいるのであれば、今回のツアーが一つのモデルケースとなっていろいろと可能性を広げられる、という手応えはすごく感じたかな。

バンドメンバーの皆さんとは今回初の組み合わせでしたが、ライヴを重ねるごとにグルーヴがどんどん育っていったようにと思います。改めて、メンバーへの想いを聞かせてください。

TAKURO
永井(利光)さんが「いい」と言って薦めてくれたメンバーだし、心配なんてハナからしてなかったけどね。一回音を出してみて、それぞれの技量・力量を「間違いない」と思ったし。でも俺、実はどっちでも良かったんだよ。プレイがダメでも良くても、性格がひん曲がってても真っ直ぐでも。だって、それがそのまんまドキュメンタリーだから。今回のように奇跡的に気の合うメンバーで、かつプレイが素晴らしければ、「それをどう磨くか?」ということが次の一つの課題になるけれども、そうじゃなかったとしても、それはそれで面白いじゃない? GLAYで起こりうることが起きても面白くないし、起こりえないことこそを求めていたわけで。それが俺にとっての、GLAYに貢献できる一つの研究課題なわけだから。対・人間という意味では、どんな人でも飲み込む自信もあるしね。

「自分がやりやすい人を集めてほしい」というリクエストでは決してなかった、と。

TAKURO
打ち上げがつまんないからオジサンは嫌だ、女の子を!とは言ったけど(笑)。

(笑)。2人も女性メンバーが加わったことには驚きました。前田サラ(Sax)さん(※5)も岩永真奈(Bass)さん(※6)も、若くして海外へ飛び出したりセッション経験が膨大だったり、インディペンデントに活躍されている実力派ですよね。

TAKURO
そうだね、すごい才能だと思う。彼女たちやケンさん(※7)は、言うなれば映画『セッション』(※8)のような厳しい、でもとんでもなくやりがいもある世界を知っていて、そういう話をツアー中にいろいろと聞いたんだよね。「あぁ、自分はデビューして20何年も、ある偏った世界しか見てなかったんだな」とも思い知らされた。これは俺のライヴを観てセッションに興味を持った人たちにも知ってほしいんだけれども、思っている以上に音楽って身近にあるものなんだよ。特に生演奏はね。ある種の知識と技術がある人たちは、毎晩何も決めずにその世界に飛び込んで、その日しかできないセッションを繰り広げている。そう思うとワクワクするよね。いつか、自分がもしその世界に興味があったら飛び込んでいきたいな、という気もするし。

GLAYのTAKURO”さんとしてだけでなく、一音楽家としての楽しみですよね。90歳前後まで毎週にライヴ活動を続けていたレス・ポール氏(※9)を「羨ましく思った」というお話を1年前にされていたのも思い出します。

TAKURO
そうそう。職業としてその技術をお金に換えるというのは、プレイそのものとはまた別の能力だから。いわゆるショービジネスではない世界の音楽には、その音楽にしかない一瞬の火花みたいなのがあるんだよね。だから今回も、「収録しますか?」と持ち掛けられたけれども、記録として残すことにあまり興味が湧かなかった。だって、実際に1日経ったらもう別に何とも思わないもん。「いいライヴだったな」とは思っても、演奏自体に説明がつかないし、「そういう夜でした」としか言いようがない。そこがだんだん分かってきたかな。絶対に目の前で、生で観ないとつまんないだろうな、とも思うしね。永井さんの延々と続くドラムソロのあの情熱は、きっと画面だけじゃ分からないと思う。ギターのエンディング・ソロを延々と弾くのもそうで、そこに至る空気感みたいなものが伝わらないとね。一番の基準として、「自分自身がもう観ないだろうな」というのがあるし(笑)。それが奇跡の一夜で奇跡のスーパープレイだとしてもね。思い出としては素晴らしくても、準備に準備を重ねた究極の芸術品をつくる、という挑み方とはちょっと違う。今これを読んでいる皆さんに、「料理の写真と花火の動画はやめとけ!」とお伝えしたい(笑)。分かるよね?

名古屋ではヴィンテージギター店主・Nancy岸田さん、広島ではサックス奏者の“あにやん”こと清水末寿さん、札幌ではthe pillowsの真鍋吉明さんがゲストとして登場。どんな想いでお声掛けなさったのですか?

TAKURO
特に理由はないんだけど、俺がセッションしたい人たちを誘った、という感じかな。岸田さんは、ヴィンテージというものの素晴らしさを一から教えてくれた師匠のような存在だし。Peeちゃん(真鍋氏)は、ギタリストとしての佇まいを見ていて、あとは、彼自身のソロアルバムも聴いていて、「いつかギターに特化して何か一緒にやりたいね」という話は、the pillowsのライヴの打ち上げで以前していたので、今回は誘った。あにやんは、「難しそう」とか「入りづらそう」と思われがちなジャズの世界のドアを“優しさ”で以って開けてくれるような人。その人間の大きさで広島のジャズシーンを支えているしね。閃雷の連中も仙台公演に来てくれて、何なら飛び入りしてくれても構わなかったしね。

ハプニングも含め、そこで起きた生のできごとを楽しむ、というスタンスなんですね。

TAKURO
そう。「太鼓持ってたら入って来ればいいのに」「いや、持ってはいたんですけどねぇ~」みたいなやり取りがあって、「じゃあ次ね」という話になったし。『Journey~』の曲たちはあらゆるジャンルを何でも飲み込める気もするからね。もともとあれは“TAKURO”以外の何物でもないし。ジャズ、ブルース、ギターインスト、ポップ、どれに括るのも違う気がするしね。あの空間がもし楽しかったとすれば、バンドが醸し出す雰囲気や俺のMCも全部、その魅力に含まれるだろうから。結局、“TAKUROショー”としか言えないもんね(笑)。

このソロプロジェクトは定期的にして行かれるのでしょうか?

TAKURO
うん、定期的にやりたい。精神的、技術的スキルアップの最たるものだからね。家でも練習するしいろんな研究もするし、ギターに向き合うことはいろいろやっても、やっぱりステージ以上に学べる場所はないからなぁ……。だから、時間があったらそれを繰り返していくことで、10年後に「函館日和」(※3)がどんなフレーズになっているか?というのを見てみたい。もっと『Journey~』の曲たちが自分たちの中でスタンダードになって、リハーサルはライヴの前にちょっとやってすぐステージ、というのが可能になるのが理想だよね。そのライヴのヒリヒリするような掛け合いの中で何か大きなお土産を掴むことができたら、それを持ってGLAYに帰りたい、という気もするし。このチームでようやく乗って来た、というのもあるから、皆のスケジュールが空いてたらまたやりたいよ。

新たな曲も生まれそうですか?

TAKURO
そうだね。2、3年に1回ぐらいはアルバムつくりたいよね。松本さんにも「これ1枚で終わらせずにコンスタントに続けたほうがいい。そこで見えるものがある」と聞いていて、本人がそれを実行しているわけだから。

去年のツアーでは、即興で曲が生まれていましたもんね。

TAKURO
うん。またスケジュールがちゃんと固まったら一気にまとめ上げるんだろうけど、本当に1つ、2つの耳馴染みのいいテーマだけがあって、あとはプレイを、音色そのものを聴かせる、というか。そういう魅力もまた、今回知ってしまったので。8小節ロングトーン(※10)一発の味わい深いギターの音、とかね。それがゆくゆくはスタンダードになりうるような……昔のミュージカル音楽や映画音楽みたいなものになっていけばいいな。でも、あくまでもギターにはこだわりたいけどね。曲をつくってストリングスがなぞる、とかじゃなくて。なぜかというと、繰り返しになるけど、そういった技術的な向上、精神の向上をGLAYに持って帰るのが何よりの目標なので。

GLAYのニュー・アルバムも完成目前だとか。4月14日からは早くもホールツアーも始まります。

TAKURO
すぐだねぇ。リハーサルの前の日まで、俺はたぶん海外だから、向こうで練習するしかない(笑)。明日からの休み1週間で覚えないと。

音色やポジション選びなど細部へのこだわりが深まったことで、これまでのGLAYの楽曲をプレイする際にも変化がありそうですか?

TAKURO
あるだろうね。歪んでいない音でこれだけ一個一個確かめるようにギターを弾いた経験がなかったから。GLAYに戻った時に、「お客さんが盛り上がってればいいじゃん?」というようなモードに果たしてなるのか、それともプレイ1個1個に対してすごくこだわって、パフォーマンス重視でなくなるのか……どうなんだろうね? やってみないと分かんない。でも、パフォーマンスを優先してプレイアビリティーが落ちたら、ちょっと「あーあ……」とは思うかもしれないね。ソロでこれだけ繊細なことをやって来たので。

何かしらの変化は起きそうですね。

TAKURO
うん、きっとね。一音一音に対して、その影響はあると思う。
※1:ソロツアー『Journey without a map 2017』
2017年2月より開催した全国8ヶ所15公演のTAKUROのソロツアー。2月27・28日のZepp Tokyo 2DAYSにてツアーファイナルを迎えた
※2:1stアルバム『Journey without a map』
2016年12月14日(水)に発売となったTAKUROソロ1stインストアルバム。
B'zの松本孝弘氏をプロデューサーに迎え入れ、ロサンゼルス在住のTOPミュージシャンとレコーディングを敢行した意欲作。
TAKURO所有の3台のビンテージレスポールを使用した深みのあるギターサウンドに、ジャズ、ブルースを基調とした音作りで、1音1音こだわり抜いて制作された。GLAYとは一線を画す、ギタリストTAKUROとしての魅力が詰まった珠玉の1枚
※3:「Northern Life」、「Journey witout a map」、「函館日和」
「Journey without a map」の収録曲。
※4:ギターのポジション
ギターの弦を押さえる位置。ギターは異なる弦を異なる位置で押さえても同じ音階を奏でることができる。
※5:前田サラ(Sax)
ゴスペルをルーツに持つサックス奏者。
2015年にビクターからデビューソロアルバム「From My Soul」をリリース。
自身率いる前田サラBANDの他、the day<仲井戸麗市 ,中村達也 ,KenKen ,蔦谷好位置>、ドラマー山口美代子率いる女性インストファンクバンドBimBamBoom、ギタリスト竹内朋康主催のMagic Numberなど、幅広く活動中。
※6:岩永真奈(Bass)
1989年12月23日生まれ。
清竜人、清竜人25、ももいろクローバーZ、FIRE HORNS、楠田亜衣奈、40mP、杏子、Aice5、Sword Of The Far East、サムライロックオーケストラ、ミュージカルバイオハザードなどのライブ、ミュージカル、レコーディングに多数参加。
ベースマガジンにて随時連載や特集を担当。教則DVD「ゼッタイ弾ける!ベースラインフレーズ集」を出版。
宮藤官九郎監督「Too Young To Die!?若くして死ぬ?」にてベース邪子への指導、演奏にて参加。
※7:ケンさん
川村ケン
1968年11月25日生 東京都出身
182㎝、67kg AB型。ピアニスト、キーボーディスト、コンポーザー、アレンジャー。23歳でSHADY DOLLSでデビュー。
以降、安全地帯、玉置浩二、安室奈美恵、絢香、GLAY、ゆず、KEIKO(globe)、清木場俊介(exEXILE)、KinKiKids、椎名へきる、宇都宮隆、ZIGGY、ダイヤモンド☆ユカイ、高橋克典、他多数のアーティストのツアー、レコーディングに参加。東京音楽大学ソングライティングコース客員教授(2017年4月より)、洗足学園音楽大学非常勤講師兼アカデミックアドバイザー、日本工学院八王子専門学校ミュージックカレッジ非常勤講師。
著書「思いどおりに作曲ができる本(リットーミュージック)」はベストセラー理論書となり現在七刷。プライベートレッスン「緑ちゃん倶楽部」主催
※8:映画『セッション』
原題: Whiplash。2014年にアメリカ合衆国で製作されたドラマ映画。
※9:レス・ポール氏
Les Paul、本名はLester William Polsfuss、1915年6月9日 - 2009年8月13日。アメリカのギタリストでかつ発明家。ソリッドボディーのエレクトリック・ギター、「ギブソン・レスポール」の生みの親。
※10:ロングトーン
一つの音をピッキングせずに鳴らす奏法。

取材・文/大前多恵

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