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Vol.60 Toshi & 川村ケン WEBインタビュー

TAKURO初のソロアルバム『Journey without a map』(※1)を携え、2月2日(木)からいよいよ全国ツアーがスタートする。GLAYのサポートドラム・Toshi Nagai(※2)、ピアノ・川村ケン(※3)、20代の若き新メンバーであるベース・岩永真奈(※4)、サックス・前田サラ(※5)という布陣で9か所15公演を巡る、地図なき旅。アルバム制作に先立つデモ音源制作に携わり、2016年に開催されたソロツアーのメンバーでもあったToshi、川村の両氏に今回のツアーの見どころを尋ねた。

2017.2.2

お2人は、『Journey without a map』のデモ制作の段階から深く関わっていらっしゃって、2016年のソロツアーメンバーでもありました。デモ制作のお話から今回のツアーに至るまで、経緯やお気持ちを伺いたいと思っております。

川村
ロスでのアルバム・レコーディング前にあった初期アレンジの段階から、Toshiさんにたくさんアイディアを出していただいて、コード面は僕がTAKUROさんと「こんなのどうかな?」といろいろ相談をしながら、デモ音源はつくっていきました。今回のアルバムにも入っている「Autumn Rain」※6などは前回のソロツアー中にできた曲ですし。
Toshi
「Lullaby」(※6)も東京公演のステージ上でつくったよね。
川村
そうそう。アンコールで「ちょっと曲つくりたいから」と言ってつくり始めて。「ケンさんコードやって。じゃあ永井さん、リズムつけて」とTAKUROさんがおっしゃって、ワンコーラスできてすぐ、15分後ぐらいにはお客さんの前で演奏しましたもんね。それがジャズやブルースのフォーマットでやることの面白さでもあります。その場のフィーリングで他のミュージシャンのアイディアを「あ、それいい!」とパッ!と受け取るのは反射神経が要ることなんですが、TAKUROさんはその判断が速く、すごく能力が高い人です。

ToshiさんはGLAYで長くご一緒されていますが、今回の現場でTAKUROさんの判断の速さを特に感じられますか?

Toshi
そうですね。ちょうど1年前、ジャズとかブルースとか、そういうインストの音楽をやると聴いた時に、「どんな感じになるのかな?」と思っていたんです。歌モノなら、ポップス、パンク、ファンクとかジャンルがあるので、ある程度分かるじゃないですか? でも、インストというのはやっぱり、限りなく何でもアリだし、ジャズは特にそうなので。だから、どういうふうになっていくのか、最初僕は分からなくて。TAKUROくんの世界をより引き出すために世界観をつくっていこうとしていろいろと提示して、それをTAKUROくんが一つずつ選びながら、ジャッジしてできあがった、と思いますね。そうやってできたデモをロスに持って行って、松本孝弘(B’z)さん(※7)のプロデュースですごく洗練されて帰って来たので、前回のライヴと今回とは、また違う感じはしますね。

どういう違いがありそうですか?

Toshi
前回は、インストライヴを初めてTAKUROくんがやるということで、オリジナルとなる楽曲はあったものの、やっぱりセッションモードのほうが高くて。ゲストの方がたくさん入れ代わり立ち代わり来られたというのもあったし。でも今回はちゃんとしたアルバムという作品があった上でのライヴになるので、それに忠実に……というわけではないですけど、崩し過ぎず良さをちゃんと再現しないと、アルバムのツアーにならないので。そのあたりは前回とはちょっとモードは違うかもしれない。もちろん、いい意味でね。
川村
とはいえ、やっぱりアドリブ・パートとか、メンバー皆の遊びもいっぱいありますよね。
Toshi
それはもちろん、そうですね。
川村
いわゆるポップスの、CDを再現するような「同じ歌詞を同じように毎回歌ってほしい」というものとはちょっと違うので、ギターのメロディーだけでも毎回、溜め方やニュアンスなど、弾き方がきっと違うでしょうし。もちろん「ここはこうする」というポイントはありつつ、僕らのプレイもその場のノリを大切にしながら、「あ、永井さんがそこ来るんだったら、こうかな?」とか、「TAKUROさん、そこにフレーズ入れて来たか。じゃあこうしよう」となるでしょうし。その反応は永井さんもすごく速いですし、僕も気を付けて他のプレイヤーの音を聴いているので、そのミュージシャン同士の“インタープレイ”(※8)を聴いてほしいですね。インタープレイというのは、実はジャズの中でも実はそんなに古くからはなくて、1940年代以降、ジャズ中期にできたスタイルなんです。
Toshi
盛んになったのはモダンになってからですね。
川村
そうですね。ビル・エヴァンス(※9)という人が出て来て初めて、皆で“おしゃべり”し合うみたいなジャズになったんです。それ以前は、管楽器がメロディーを弾き、ピアノ、ドラム、ベース、ギターはリズムセクションと呼ばれていて、基本的に大人しくバッキングに徹するものだった。でも、それじゃ面白くないからみんなでもっともっとおしゃべりしようぜ!ということで、火花を散らすようになっていったんです。
Toshi
だから、去年のライヴはすごくモダン・ジャズ的でしたね(笑)。
川村
そうでした(笑)。もう、おしゃべりしまくり、というね。
Toshi
オリジナルにしてもカバーにしても、このメンバーで、とにかくTAKUROくんはギター1本で、ヴォーカリストのいない状態で、ジャズという遊び道具を使って曲を模索して、「こうしたらどうなるんだろう?」というのを、前回はすごく実験的にやった感じがするんですよね。お手本とするCDがないので0点でも120点でも良かったんだけど、今回はオリジナルアルバムを出した後なので、その作品が絶対にアベレージとしてある、と思うんですよね。かつ、それ以上のところで遊ぶ。そういうことやろうと思っていて。
川村
うん。
Toshi
そこが前回と違う。自分たちをより高めていかなければいけないし、この楽曲をCDではなく生で聴いた時ならではの面白さを出していかないといけないのでね。
川村
でも、TAKUROさんと録ったデモをロスに持って行って、あちらのミュージシャンと松本さんとで練っていただいて帰って来た作品を聴くと、アレンジやコード進行なんかは僕らがつくった元から、アイディアを振り掛けしていただき更にプレイが素晴らしくなっていて。
Toshi
うん、クオリティーがすごく上がった形になって。
川村
だから、僕らのアイディアを松本さんもすごく尊重してくださっているんですよ。松本さんのOKラインをちゃんとクリアしてたんだな、と思うとうれしいです。実は今回、すごくドキドキしながらアルバムを聴いたんですよ。自分の関わった曲はやはり子どものようなものですから、「どれだけ“別人”のようになって帰ってくるのかしら?」と思ったら、そのままで、かつ綺麗になっていて。
Toshi
松本さんのソロ(の音楽性)は全く違うものなので、その方向性には寄せたものにはなっていなかったですしね。そこはきっと、TAKUROくんのソロについて、そしてアーティストとしてのTAKUROくんについての理解の仕方が、松本さんと僕とケンさんとで一致していたんじゃないかな?と思うんですよ。「こういうのがTAKUROくんなんだ」という像が。
川村
思い起こせば、僕は「Eternally」(※10)というCDで初めてGLAYの作品に参加させていただいて、その後さいたまスーパーアリーナにライヴを観に行かせていただいたんですね。その後TAKUROさんに面会をしたら、「最近ちょっとジャズを勉強してるんですよね」なんてTAKUROさんがおっしゃって。「それはなぜにです?」と聞いたら、「GLAYの曲をもっと余裕を持ってプレイをしたいと思うんですよ」と。「ジャズって、一小節にコードが4つとか変わって、すごく忙しいじゃないですか? あれがパッパッパッとできるようになったら、きっとGLAYにおける僕のプレイがもっと良くなると思うんですよね」とおっしゃった。僕もちょうどジャズを勉強していたので、「いつか機会があったら、練習がてらジャズでもやりましょうか?」なんて、楽屋で話していたのを覚えてるんです。その次に、TAKUROさんの“MOBILE MEETING”(※11)で、TOKIさん(※12)を迎えて函館でアコースティック・ライヴをする時に僕も呼んでいただいたんですけど、そこで2~3曲ジャズをやりませんか?というアイディアが出て来て。そこには「Round Midnight」(セロニアス・モンク)(※13)とかも入っていて、僕は大好きなんですが、かなりの難曲なんですね。リハを2人だけでドキドキしながらもやり、ステージではいい白熱具合になったんです。終わった後にTAKUROさんがぼそっと、「なんか、いいな。ケンさんとブレイクする時の感じとか、僕すごい合うと思うんですよね」と言ってくださって。だけど、こちらはまだ大スターTAKUROさんとセッションさせていただいたことにドキドキしていて……(笑)。でも、後で録音を聴いてみたら、そこにはたしかにいいグルーヴがあったので、TAKUROさんにメールして「すごく良いので、例えば“TAKUROアコースティック・バンド”とかをつくって、それはそれでやられたらいいんじゃないですか?」と伝えたんです。そうしたら、パタッと返信がなくなったんですよ(笑)。
Toshi
ははは!
川村
その半年後に「ケンさん、来年(2016年)GLAYのツアーと並行してちゃんとソロをやりたいんで、協力してくれませんか?」というメールが来て。今度はちゃんとToshiさんと一緒に、リズムを入れてやりたい、という話があったんですよ。
Toshi
なるほどね。
川村
だから、今このメンバーが集まってる理由は、3年前のあのやり取りがきっかけになってるのかな?なんて思うところがあります。

ToshiさんはToshiさんで、TAKUROさんと時折ジャズセッションをなさっていましたよね?

Toshi
うん、結構前からやってますね。最初は、まだ人様にお金をいただくようなものではないということで、誕生日パーティーとかの機会に人を呼んだ時、おもてなしプラス演奏する、という形で、4、5年前ぐらいからやってたんじゃないですかね?
 
川村
じゃあ、それがちょうどTAKUROさんが「ジャズを勉強してるんだ」なんておっしゃっていた頃だったんですね。
Toshi
TAKUROくんはGLAYのツアー中も楽屋でジャズの練習をしていましたから。「やるなら本物のジャズメンとやったほうがいい」と僕は言って、メンバーを紹介しました。その後どうなるんだろうな?と思っていたら、ジャズをやるっていうよりもソロプロジェクトをやる、というほうに行ったのは、僕としてはすごく面白いな、と思ったんです。もろジャズというのでもなく、ソロの音楽には、やっぱりTAKUROくんの持っている世界観がGLAYと同じように出ている感じがして。そういう意味では、このソロのプロジェクトの世界は、GLAYの裏面というか、もう一つの違った形、みたいな感じがするんですよ。GLAYにはもちろん4人の世界があるんですけど、そこで中心になって曲を書いて来たTAKUROくんの世界が反映されてると思うので、例えば「函館日和」(※6)のメロディーなんかは特にそうだけど、今回のアルバムの曲も、GLAYファンの人たちには自然にメロディーが身体に入ってくると思いますね。

ヴォーカルはないものの、TAKUROさんらしいエモーショナルな“歌”を感じるメロディーではありますもんね。

Toshi
そうですよね。速弾きとかではなく、メロウで、メロディーラインがしっかりしていますね。なおかつ、GLAYではない今回のメンバーで、インストとかジャズという括りの中で、先ほど話に出たインタープレイもあって、楽しく音で遊んでいる。聴く側の方たちも、TAKUROくんの心地よいメロディーと、「それがアレンジでこういう音楽になっていくんだ」というプロセスをライヴでは垣間見られるんじゃないかな?と思います。
川村
僕は最初、TAKUROさんが「ロスに持って行ってこれを録るんですよ」とおっしゃった時に、きっとビッグバンド風にもっといっぱい管楽器などを入れて、そのうえでギターソロを弾くんだろうな、というイメージを持っていたんです。それが、TAKUROさんに聞いたら「いや、全然そんなことしないです」と。ギターソロのバッキングとして別のギターは入っていないし、ピアノとドラムと、ホーンとサックス1本ぐらいだけの少ない音数で、「むき身でやる」という言い方をされて。それは誤魔化しも何もない“勝負”なんですよね。自分の力が強くないと、ちょっとでもズレたら全体がズレちゃう。ものすごいチャレンジ精神だな、と思いました。「いきなりそこまで行くんだ!」と驚いたんです。
Toshi
ははは。
川村
もっとラクしようと思えばいくらでもできるはずなのに。ブライアン・セッツァーオーケストラのように30人ぐらいのゴージャスな編成にして、ところどころ皆に任せて、あとはバッキングをして、というのでお客さんも充分満足すると思うんです。でもそういう形じゃなくて、TAKUROさんは常に一番前に立ってずっとギターに責任を持って、最後まで自分が頑張る、という。そのスピリットがすごいですよね。

それでいて、とっても楽しそうに弾いていらっしゃるように感じます。

川村
そうそう、だから懐が深いんですよね。
Toshi
初日のリハからTAKUROくんは「楽しい!」と言っていましたね。
川村
(前回のツアーでも)いつも「楽し~、楽し~!」とおっしゃっていましたもんね(笑)。僕らも、TAKUROさんのつくるムードや言葉によって、「そう言ってくれるなら、もっとやっちゃおうかな?」という気持ちになるんです。人をノセるのがすごく上手いですよね。

今回のツアーに向けたリハーサルは、3日目にして通しリハーサルが可能なほど仕上がりが早かったそうですね。レコメンドの岩永真奈さん(Ba)、前田サラさん(Sax)が新メンバーとして加わっていますが、早くも呼吸ピッタリ、ということでしょうか?

Toshi
新しいメンバーの2人がちゃんと前もって曲を聴いていて、曲の理解度がすごく高いので、最初から完璧にできたんですよね。「じゃあ、流れを見ようか?」ということですぐ通しリハーサルに行けたんです。
川村
リハがスタートする4、5日前に皆でご飯を食べに行った時、岩永真奈ちゃんが、「もう私、全部覚えたので譜面台要りませんから」と言ったのを聞いて、こっちが「マジか!?」と焦る、みたいな(笑)。「えっ、本当に?」と言ったら、TAKUROさんがそんな僕を見て「ケンさん、覚えてないんですか?」と(笑)。「いやいや、僕は譜面で宝探しをしてるんだ」とお答えしましたけれども。僕らの譜面には、音符はなくてコードしか書いてないんですね。その和音をどう分解するか?というのがジャズなので、譜面を自分で解釈するんです。目の前に譜面を置いておくと、そこから「あ、じゃあこのコードだったらこうしよう」と、いろんな迷路や出口が見えて来るので好きなんですけど。真奈ちゃんの男気溢れる「私、譜面台要りませんから」という言葉は、カッコいいな、と思いました。
Toshi
ツアー中にまたどんどん変わっていくと思うんですけど、世代も違うし性別も違うし、新メンバー2人ともすごい音楽性を持っているので、面白いですね。GLAYのTAKUROくんがソロを出して、それがインストで、こういう感じの曲で……というのが社会にどう見えていくんだろう?ということを、僕は去年ツアーを回っている時にもずっと考えていたんです。今回、新メンバーの2人のような若い世代の子たちと一緒にやることで、GLAYのファンではない人たちにもすごく伝わっていくものがあるんじゃないかな?という想いが一つ、ありました。あとは、あの2人はジャズとかインストの曲をバンバンやっている若い世代の代表的な存在なので、その子たちがこのGLAYという、もうレジェンドの域にあるバンドのTAKUROくんのソロに参加するということも、日本のこの音楽状況の中ですごく面白い現象を巻き起こすんじゃないかな?って。

そこで世代やジャンルを超えて混ざり合うのは、とても有意義ですよね。

Toshi
そうそう。あの子たちの周りにはGLAYを知らない子たちもいるかもしれないですし、僕らは逆にあちらの世界を知らないので、そこが入り乱れて、新たな核になると面白いな、と思って。2人とも見どころ、聴きどころがたくさんある子たちので、楽しみに来てもらえるといいな、と思います。
川村
彼女たちはこれまであまりロック畑の人と密にやってないから、それもきっとおもしろいですし、「インスト・ツアーとしては日本最大級じゃないでしょうか?」とサラちゃんが言っていました。ジャズ畑からするとZEPP TOKYO規模での公演は、今の日本ではあまりないんですよ。
Toshi
そういう意味でも、GLAYがあるから……という言い方は変ですけど、テレビ番組での宣伝があったり、タイアップもあったりするのはいいことだと思う。インストのジャズが売れている時代もかつてはあったんですけど、今は特になくなって来ているので。その土壌を盛り上げるためにも、TAKUROくんのような人が率先してやるのはすごくいいことだと思うんですよね。インストで日本武道館公演だとか、松本さんはやっていますけど、ああいうのを日本でガンガンやれたら素晴らしいですよね。TAKUROくんはできると思うし。そうしたら真奈ちゃん、サラちゃんの世代が夢を見られるじゃないですか? ソロでも、インストでも行ける!みたいな。そういう部分でも、TAKUROくんはこのアルバムで日本の音楽業界に対して投げ掛けているものがあると思いますね。
川村
最近『ヒットの崩壊』(※14)という面白い本を読んで、そこにも書かれていたんですけど、今コンピューターや動画サイトで音源はコピーできてしまう中、「体験はコピーできない」というのが肝なんですよね。動画サイトでは365日同じ音って聴けてしまうし、それはそれで悪くないんですけど、ライヴは違う。つまりライヴ体験はコピーできないわけですよ。ということは、今回の1本1本のライヴは、そこにいた人しか味わえない。TAKUROさんも僕たちも今日と明日で違うプレイをするし、絶対に同じ質感ではないんですよね。

再現不可能なんですね。

川村
そうです。僕らにとっても、「じゃあ同じことやってみ?」って言われても、絶対できないわけですよ。
Toshi
こういう音楽は特にそうですね。
川村
そう、シーケンス(※15)も回ってないし、完全に生身ですから。
Toshi
だから、全公演観に来ても、飽きない(笑)。
川村
絶対、本当にその体験はコピーできないので。
Toshi
それが楽しいんですよねぇ。
川村
その文化は絶対つくっていかないといけないな、と思います。元来は、ライヴで育てた楽曲をレコーディングする、という流れだったはずが今の時代は違ってきていますが、今回のアルバムは完全にそうですもんね。
Toshi
去年つくった曲をライヴでいろいろと試行錯誤してまとめて、デモを録ってレコーディング、という流れですもんね。
川村
これが昔ながらというか、正しい流れだったんだと思います。やっぱり無理がないですよね。

TAKUROさんがヴィンテージのレスポール(※16)3本をライヴでも弾かれるそうで、そちらにも期待が高まります。

Toshi
すごいですよね。ギターマニアの方は、その音を聴きに来るだけでもいいんじゃないですか? 見れるだけでもすごい。
川村
レスポールを崇めに(笑)。値段を聞いて僕はビックリしたわけですよ。それをTAKUROさんは「持ってくる」とおっしゃるので、「いやいや、そんな……」と言ったら、「だって、ギターですもん。使わなきゃかわいそうでしょ? 弾いてあげなきゃ。ギターだって鳴りたがってますからね」って。
Toshi
そこも聴きどころ、見どころですよ。
川村
やっぱり、音がいい! 単なるブランドじゃないんですよ。柔らかく弾いても脳天に突き刺さるような、聴いたことのない音がします。TAKUROさんが今回のリハで、パッと弾いてみて、「うーん、これ違うな。55年のやつ持ってきて」と指示をされていて。完全にワインを飲んでいるセレブにしか見えませんでした(笑)。
Toshi
「この曲には○年のギターがいい」とかアドバイスするギターソムリエを呼んでこないと(笑)。
川村
(笑)。贅沢だけどカッコいいですよね。ギタリストというのはそうやって、自分の求める、聞こえて来てるサウンドがあるんでしょうね。弾きながら、「違うなぁ」とか、ギターを変えたら「あ、これこれ。きたきた!」とか。そうやってニヤりとするTAKUROさんの顔も見に来ていただきたいですね。

川村さんは、リハでは最初はデジタルピアノを使われて、最後は本番同様のグランドピアノで仕上げるそうですね。

川村
はい、やっぱりグランドに慣れておかないといけないので。グランドというのは、1秒ごとに音が変わっていくんです。ギターとかと違ってライヴ中に調律するのは基本的に不可能な楽器ですので、冒頭と終わりでは音が違う。1曲ごと、もっと言えば1秒ごとに必ずどんどん音が変わっていくのもまた味わいであり、それもまた音楽なんですよ。そもそも僕たちだって1秒ごとに老けてるわけじゃないですか?

細胞が入れ替わっていますからね。

川村
ライヴ始まった瞬間と終わりだと、僕は2時間老けてるし、TAKUROさんも2時間老けてるわけですよ。
Toshi
ヴィンテージギターも、もっとヴィンテージになってる。
川村
そうそう(笑)。全員で2時間の老けを楽しみましょう!
Toshi
お客さんも含めて? ははは。
川村
全員でちょっとずつ熟成されてヴィンテージ化していく自分たちを楽しもうじゃないですか!
Toshi
(笑)。でもその逆の話で、グランドピアノやドラムなどの生音、ギターは電気を通しているけどハコ(ボディー)そのものが鳴っているわけじゃないですか? そういう生音の波動は肌にいいらしいですよ。アンチエイジング効果がある(笑)。普通のスピーカーで鳴らすと聞こえない音域なんですけど、波動として生で体で浴びると、森林浴しているみたいな効果があって。葉っぱの擦れる高音域を聴くように、それだけで脳が活性化するらしいんです。
川村
なるほど。(CMのキャッチコピーを読み上げるような口調で)「美容と健康にいいJourney without a map」(笑)。例えば「函館日和」は、TAKUROさんが故郷・函館をイメージして、函館の景色が見えるような……という感じで弾くわけじゃないですか? 「Autumn Rain」にしても去年のツアー中に京都でつくられたものですけど、京都の街並みや和の雰囲気が浮かんで来るような曲になっている。音楽で景色を見せている、というか、そういったネイチャーなものに近付けようとしてる部分は、むしろあるかもしれないですね。
Toshi
癒し効果が強いかもね。音を浴びて体感して、景色を思い浮かべる……すごいライヴですね(笑)。

今回のアルバムを聴いていると、密室から広い場所に連れ出されたような心地がする音楽だと感じます。同時に、そこで味わう気持ち良さや懐かしさ、といった感情が、歌も歌詞もないのに伝わってくるんです。

川村
広いところに連れていかれた、というのはまさに、Journey without a map、地図がない旅に出た感覚ですよね。道が決まってない。歌モノのロックやポップスと違って、今回のライヴは始まった瞬間、演者の僕らですら、広場にパッと出たようにどこへ行くか確実には分かっていないんです。でも、分からなくていいじゃないですか? 北海道の大草原へ行って「あそこへ行って帰って来る」なんていう“直線”の旅をしたって面白くないですからね。行ってみて好きに遊ぼうよ、ここでゆっくりしようよ、寝ちゃったら寝ちゃったでいいじゃない?という旅を、お客さんと一緒になってするんです。TAKUROさんが優しく手を引っ張ってくれますし、僕らもそっと手を添えますので、どこへ行くか分からないんだな、ということを楽しんでいただきたいですね。
Toshi
それぞれでいいですからね。歌詞という指定がないわけだから。小さい頃の思い出はそれぞれ違うわけですし、それぞれの自分の世界にスパッと入って行ける、というのがいい。
川村
そう。懐かしいおばあちゃんを思い出したっていいですしね。あと、ジャズは元々酒場で生まれた音楽だというのもあって、各人のソロがあった時などに、そのプレイが良ければその瞬間、たとえ曲中でもワーッ!と拍手が起きたり指笛を鳴らしたりたりするんですよ。日本のロックやポップスのライヴではあまりないと思うんですけど。
Toshi
逆に、プレイする側もそれでまた燃えるんですよね。
川村
そうそう。だからお客さんは自由に音に反応して、むしろ一緒になってつくってほしいですね。皆でつくるライヴですので。
Toshi
自由に声を出してね。お客さんもそっちのほうが絶対楽しいはずです。
川村
うん、もちろん良くなかったらブーブー!と言っていただいてもいいんですけど(笑)。良ければ「Yeah!」と大きな声を出してもらって、曲によっては手拍子だって大歓迎ですし。ご自由に楽しんでください!
※1:「Journey without a map」
2016年12月14日(水)に発売となったTAKUROソロ1stインストアルバム。
B'zの松本孝弘氏をプロデューサーに迎え入れ、ロサンゼルス在住のTOPミュージシャンとレコーディングを敢行した意欲作。
TAKURO所有の3台のビンテージレスポールを使用した深みのあるギターサウンドに、ジャズ、ブルースを基調とした音作りで、1音1音こだわり抜いて制作された。GLAYとは一線を画す、ギタリストTAKUROとしての魅力が詰まった珠玉の1枚
※2:Toshi Nagai
1964年6月7日生 宮崎県出身
6歳の頃、兄の影響でドラムに興味を持ち、叩き始める。高校卒業後18歳で上京、1983年 武田鉄矢のバックドラマーとして19歳でプロデビュー。
主にGLAYや氷室京介のサポートドラマーとして活動。その他に、音楽スクール等でドラムクリニックを行っている。
過去氷室京介、GLAYの他にちわきまゆみ、CHAGE and ASKA、少年隊、東京少年、西城秀樹、笹野みちる、GAO、永井真理子、高橋ひろ、BREAKERZ、EXILE TAKAHIROのサポートなども努めた。特技はマジック。好きなものはスヌーピー。
※3:川村ケン
1968年11月25日生 東京都出身
182㎝、67kg AB型。ピアニスト、キーボーディスト、コンポーザー、アレンジャー。23歳でSHADY DOLLSでデビュー。
以降、安全地帯、玉置浩二、安室奈美恵、絢香、GLAY、ゆず、KEIKO(globe)、清木場俊介(exEXILE)、KinKiKids、椎名へきる、宇都宮隆、ZIGGY、ダイヤモンド☆ユカイ、高橋克典、他多数のアーティストのツアー、レコーディングに参加。東京音楽大学ソングライティングコース客員教授(2017年4月より)、洗足学園音楽大学非常勤講師兼アカデミックアドバイザー、日本工学院八王子専門学校ミュージックカレッジ非常勤講師。
著書「思いどおりに作曲ができる本(リットーミュージック)」はベストセラー理論書となり現在七刷。プライベートレッスン「緑ちゃん倶楽部」主催
※4:岩永真奈
1989年12月23日生まれ。
清竜人、清竜人25、ももいろクローバーZ、FIRE HORNS、楠田亜衣奈、40mP、杏子、Aice5、Sword Of The Far East、サムライロックオーケストラ、ミュージカルバイオハザードなどのライブ、ミュージカル、レコーディングに多数参加。
ベースマガジンにて随時連載や特集を担当。教則DVD「ゼッタイ弾ける!ベースラインフレーズ集」を出版。
宮藤官九郎監督「Too Young To Die!?若くして死ぬ?」にてベース邪子への指導、演奏にて参加。
※5:前田サラ
ゴスペルをルーツに持つサックス奏者。
2015年にビクターからデビューソロアルバム「From My Soul」をリリース。
自身率いる前田サラBANDの他、the day<仲井戸麗市 ,中村達也 ,KenKen ,蔦谷好位置>、ドラマー山口美代子率いる女性インストファンクバンドBimBamBoom、ギタリスト竹内朋康主催のMagic Numberなど、幅広く活動中。
※6:「Autumn Rain」「Lullaby」「函館日和」
「Journey without a map」の収録曲。
※7:松本孝弘(B’z)
B’zのギタリスト。また数々のアーティストのプロデュースを手掛ける音楽プロヂューサーとしても活動。
B’zとしてはデビュー以降多数のヒット作を輩出し、シングル連続初登場首位獲得数やアーティスト・トータル・セールスを始めとする日本音楽界における数多くの記録を樹立している。
※8:インタープレイ
相手の音に反応し合い、それによって個々を高めあい、全体を活性化させる音楽的会話。
※9:ビル・エヴァンス
アメリカのジャズ・ピアニスト。
モダン・ジャズを代表するピアニストとして多くのピアニストたちに多大な影響を与える。
※10:「Eternally」
G2013年5月8日より配信開始となったデジタルシングル。
「GLAY Special Live 2013 in HAKODATE GLORIOUS MILLION DOLLAR NIGHT Vol.1」のテーマソング。
※11:MOBILE MEETING
GLAY MOBILEにて毎週日曜 23:50より配信しているTAKUROのWEB RADIO。
放送日/毎週日曜 23:50~毎週月曜 11:00・リピート放送 毎週月曜 18:00~24:00
※12:TOKI
1992年Kill=slayd結成。1997年にメジャーデビューするも、翌98年に解散。
2002年9月、TAKURO(GLAY) が作曲を担当した「灼熱」でデビューしたSTEALTH として復帰するが、その活動はごく短期間で終了。
2007年には再びC4を率いて1000名を超えるオーディエンスの前でミュージックシーンに復帰。
圧倒的な存在感を放ち、言っている事とやっている事を歌詩とリンクさせる事を信条としている独自の深みのあるリアルな歌詩はC4、STEALTHでも多くの支持を得ている。
※13:「Round Midnight」(セロニアス・モンク)
1944年に発表されたピアニストのセロニアス・モンクの楽曲。
※14:『ヒットの崩壊』
2016/11/16に講談社より発売された柴 那典 氏の著書。
※15:シーケンス
同形のまま反復されるプログラミングされたフレーズ。
※16:レスポール
ギブソン社より発売されているエレクトリックギター。

インタビュー:大前多恵

Vol.59 JIRO WEBインタビュー

X JAPAN(※1)のYOSHIKIが旗振り役となり、伝説の『Extasy Summit』(※2)を蘇らせたヴィジュアル・ロックの祭典、『VISUAL JAPAN SUMMIT 2016』(※3)。幕張メッセで3日間にわたり開催されたうち、GLAYは初日と2日目でライヴを披露、“無敵バンド”(※4)としては全日出演を果たした。翌週には『テレビ朝日ドリームフェスティバル2016』(※5)にも参加。いずれも特別な祝祭感に満ちた場で“魅せる”ステージをGLAYは届けた。2つのフェスを終えての想い、現在のモード、10月31日からスタートする東北・九州ツアー『GLAY HIGHCOMMUNICATIONS TOUR 2016 "Supernova" reprise』(※6)への意気込みをJIROに尋ねた。

2016.10.24

『VISUAL JAPAN SUMMIT』(以下、『VJS』)が終わってみて、今どのような手応えがありますか?

JIRO
正直に言うと、僕はヴィジュアル系というものをよく知らなくて。高校の3年間はヴィジュアル系にどっぷりハマッてはいたんだけど、それ以降はあまり自分の中で接点がないジャンルだったんですよね。僕たちがデビューしたのはYOSHIKIさんのお蔭というのもあったし、その頃からSUGIZOさんはGLAYのライヴを観に来てくれたり、いろんな場所でお会いする機会があって、すごく温かい言葉を掛けてくれたりして僕らを気にしてくれていて…という繋がりはあったんですけども。でも今回、「(『VJS』という形で再び)『Extasy Summit』をやるぞ!」ということで集まって、再確認できたことがあって。

それはどういったことですか?

JIRO
まずは、自分の気持ち的なところとは別に、GLAYはヴィジュアル系の畑出身だってことをすごく強く感じることができたこと。X JAPANやLUNA SEA(※7)がヴィジュアル系のシーンを引っ張って来ていて、一旦解散(や終幕)はしたかもしれないけど、再結成して今もすごいパワーを持っている先輩たちとして君臨していて。僕らの後輩にあたる人たちもいっぱいいて、その中での自分たちの立ち位置を考えたりもしたし、“自分たちらしさ”というのはあるな、というのを再確認できたんですよね。カッコつけること…というか、ファッションを未だに音楽の一部として取り入れてるのは、やっぱりヴィジュアル系出身だからこそだし、その美学というのはあるな、と思った。僕は90年代に髪を立てることを辞めたけど、やっぱり音楽とファッションが一緒にある、その繋がり方は、学生時代の頃から持っていたロックとファッションの関係なんですよね。何でもいいから目立つことをする、みたいな部分とか。それはやっぱりヴィジュアル系出身だからこそ未だに持ってることなんだな、と感じ取れたのはすごく良かったと思います。

先輩・後輩バンドが一堂に会するという意味では、2015年6月に開催されたLUNA SEA主宰フェス『LUNATIC FEST.』の時も同じだったかと思うのですが、それ以上に『VJS』はヴィジュアル・ロックに特化したラインナップでしたよね。

JIRO
うん、LUNA SEAのフェスの時は、凛として時雨(※8)とか[Alexandros](※9)とかも出ていたし、ヴィジュアル系じゃない人たちも巻き込んでいたけど、今回はヴィジュアル系に特化した人たちばっかりでしたからね。僕らはWOWOWのオンデマンド映像を楽屋で観るぐらいしかできなかったんだけど、やっぱり20代の若いバンドの子たちは、すごく気合入ってる子たちもいっぱいいるな、と思いながら観ていました。

GLAYは10月14日と15日の2ステージありましたが、セットリストが異なっていました。それは、LUNA SEAが両日変える、という事前情報に刺激を受けたからだそうですね?

JIRO
そうですね。元々は、リハーサルに掛けられる時間の問題もあり、今僕たちがベストなコンディションでできる内容というのをすごくいろいろと考えていて、二転三転したんですよ。『VJS』2日間と、(10月22日の)『(テレビ朝日)ドリームフェスティバル(2016)』を同じセットリストにしたほうがベスト・パフォーマンスをできる、とは思ったんですよね。HISASHIもACE OF SPADES(※10)で忙しくしていたし――まぁ、それについて本人はどう言うか分からないけど、そういう件も考慮して。でも、幕張(メッセ/7月30・31日に開催された『HAPPY SWING 20th Anniversary SPECIAL LIVE~We♡Happy Swing~Vol.2』)でやった曲、やり慣れている曲、今GLAYとしてどうしても外せない曲をピックアップして個人的に練習を始めてみたら、「意外とまだまだ余裕あるかもな」と思えて来たんです。だから、『ドリームフェス』と『VJS』でセットリストをちょっと変えようかな?という余裕が出て来て、「こんなのどうですか?」と(メンバーに)プレゼンしてはいたんだけど。そうしたらTAKUROが、「LUAN SEAヤバいぞ! 『VJS』で2日間、曲全く変えて来るらしいぞ!」と言って来て(笑)。だったら俺たちもちょっと変えたいということで、若干変えることにしたんです。

なるほど。DIEさん(※11)がゲスト出演された場面は感動的で、「HOWEVER」(※12)がまたいつもとは違って聞こえました。

JIRO
最初は「ACID HEAD」(※13)でお祭り的な感じで参加してもらうのはどうだろう?と話してたんですけどね。でも、LUNA SEAがセットリストを変えて来ると聞いたことで、当初は「BELOVED」(※14) を2日間共に入れていたんだけど、「だったら『HOWEVER』にしようか?」ということになったんです。最近の「HOWEVER」はSEIさんのピアノがないからアコースティック・ギターで始まるヴァージョンでやっていたので、今回もそれかな?と思ってたんだけど、「いや待てよ」と。DIEさんに「HOWEVER」を 弾いてもらおうか?ということになって。「生きてく強さ」(※15)も流れで既に選曲されていたから、「じゃあ、その2曲にしようか?」って。だから、当初のお祭り騒ぎから、シフトは真逆にしたんですよ。

なるほど。思わず涙が出てしまうような、非常に印象深いセッションとなっていました。DIEさんとのリハーサルはできたんですか?

JIRO
いや、DIEさんとはぶっつけ本番だったんだけど、全然年月を感じさせなかったですね。結果的に、やっぱり「ACID HEAD」じゃなくてよかったな、と思いますね。

そして、10月16日の最終日には無敵バンドとしてのみGLAYは急きょ出演。直前に決まったことだったのですか?

JIRO
決まったのはたしか3、4日ぐらい前じゃないかな? SUGIZOさんからTAKUROに連絡があって。やっぱり最後だから皆でワーッと終わりたいから、「出てくれないか?」とSUGIZOさんから言われてる、という話がTAKUROからあったんですよ。逆に言うと僕は1日目、無敵バンドでは演奏がなかったし、翌日もGLAYのステージがあるということで早く帰ってしまったんだけど、ちゃんと出ておけばよかったな、と思って。僕以外のメンバーは全員出ていたし。だから、そのへんの気持ちも、すごく変わりましたね。たくさんのバンドがいる中で、流れ的にはGLAYは3番目ぐらいの枠にいたと思うんですよ。3日間終わってみて、X JAPAN、LUNA SEA、GLAYという3バンドは肝になっていたと思うから。そのぐらい、終わってみたら俺たちもあのイベントの中では重要なバンドだったんだと感じたし、X JAPANもLUNA SEAも、GLAYのことを大事にしてくれていた、という気持ちがすごく伝わって来たので。

3バンドが揃い踏みするというのは、イベント開催の第一弾発表時から、かなり肝になっていましたからね。

JIRO
うん、ありがたいことに。あと、無敵バンドに関しては、演奏そのものは適当でもよかったんだな、というのも後になってみるとあったんですよね(笑)。

(笑)。ゴチャゴチャとひしめくように、出演者全員がステージにいることが大事っていうのはありますよね。

JIRO
そうそう。1週間前にTAKUROから電話が来て、「今SUGIZOさんと一緒なんだけど、『2日目の無敵バンドではJIROにベースを弾いて欲しい』って」と言われて。たくさんの出演者がいるから、もちろん揃ってのリハもないと予測してたので、ある程度自分で覚えていく作業だな、とは思ってたんだけど。演奏した(SEX)PISTOLS(※16)の曲は、もちろん知ってはいてもそんなに聴き込んだことはなかったし、似た展開の繰り返しなんだけど覚えるには複雑で、案の定、本番では間違えてしまって。でも、バンド全体も構成自体を間違えて終わってたりするぐらいだったから(笑)。たとえ演奏はメチャクチャでも、観ている人たちの目の前にある画が面白い、というかね。見た目がもう、インパクトがあり過ぎて(笑)。「ああ、こういうのってアリだな」と思いましたね。

盛大なお祭りでしたが、その後すぐ『テレビ朝日ドリームフェスティバル』に出演され、高橋優(※17)さんとのコラボレーションも話題となりました。

JIRO
『VJS』が、お祭り感も含めて破壊力がすごくて、そこで燃え尽きた感が僕はちょっとあって(笑)。でもその分、『ドリームフェスティバル』ではすごく気持ち的にリラックスして弾けたんですよ。フェスの前に、優くんと優くんの事務所のスタッフさんたちとGLAYのメンバーとで一緒に食事をしたんですけど、優くんが「SOUL LOVE」(※18)で初めてステージに立った、と言ってくれていたので、「だったら出ない? 俺たち演奏予定にないけど、やるよ?」という感じになり(笑)。でも、そういう流れになったのも、『VJS』で無敵バンドをやって楽しかったから、という経験も影響してると思うんですよね。何もなくパッと終わってしまうより、俺たちにとっても優くんにとっても、ファンの人たちにとってもサプライズがあったほうが絶対楽しいだろうから。リハーサルは充分にできなかったけど、それで演奏がどうこうということよりも、そういったコラボレーションをすることのほうが大事だと思えた。もちろん、"Supernova"ツアーの時のように、今は演奏面重視でライヴをやってはいるんだけど、例えば「誘惑」(※19)の途中で、「ここは煽るところだな」と思ったら、本当は弾かなきゃいけないところをワーっ!と(手をベースから放して高く挙げて)煽ってみたり。「あ、なんかこれ、昔よくやってたな」って。後から聴き返せばそこだけベースの音が抜けてヘンな感じになってはいるんだろうけど、でも、その場では超盛り上がってたからいいかなって。「ライヴってこんな感じだな」と改めて思えたんですよね。

余韻に浸る間もなく、10月31日からは東北・九州の全7か所を巡る『GLAY HIGHCOMMUNICATIONS TOUR 2016 "Supernova" reprise』が始まります。リハの状態は今、どんな仕上がり具合ですか?

JIRO
ほぼ、大丈夫じゃないですかね? 東北のほうは、初めて行く土地が結構多いので、楽しみですね。

ツアーに向けて、何かいつもと違う心構えをなさっている部分はありますか?

JIRO
実は今、ちょっとお酒を飲まない実験をしていて。昨日はお祝いごとがあったので久しぶりに少しだけ飲んだんだけど、2週間ぶりだったんですよ。次のツアーはお酒を飲まないで廻ってみよう、と思っているんです。僕はあまり二日酔いにならないんだけど、ここ2週間ほど飲まないでいると、やたらよく眠れたり、朝起きた時いつも以上に体調が優れていたりするので、ツアーでそれをやるとコンディションはどうなるのかな?と。お酒を飲まずに打ち上げは楽しいものなのかどうなのか? 翌朝の体調はどうなのか? お酒を飲まないことでどういった時間の有効的な使い方をできるのか? とか。そういったことがすごく楽しみ(笑)。退屈で暇で、お酒がないと打ち上げもつまんないな~と思ったらたぶん、飲むと思うんだけど。

そもそも、どうしてお酒を2週間も断っていたのですか?

JIRO
僕の誕生パーティーをメンバーとスタッフとでやってくれた時に、夕方からワインを飲んでいたから、早い段階で寝てしまったんです(笑)。それで結局、僕のために用意してくれたケーキが出されないまま次の日になってしまって、その間に永井(利光)さんが来てくれていたのにも気が付かず、朝まで寝てたっていう…。

それはちょっと残念ですね!

JIRO
そう。飲むと飲みすぎちゃうな、というのがあって。もし健康診断で引っ掛かったらお酒の量を減らそうとは思っていたんだけど、もう10年ぐらい何も引っ掛かってなくて。だから、まだ大丈夫かな?と思ってたんだけどね。さすがに…まぁ、そんなにひどい迷惑を掛けたわけではないとは思うんだけども。でも、これをきっかけに辞めてみたらどうなのかな?と言ってるうちに2週間経っていました。ここのところ断捨離だのなんだのやっていて、自分に本当に必要なもの・そうじゃないものを分けているうちに、自分自身についてもそうなって来てる、という感じです(笑)。

ツアーが終わるとすぐに年末ですが、何かプランはありますか?

JIRO
とりあえず12月に入って中旬ぐらいまではレコーディングの残りの作業があって、それ以降何もなくなるから、そこからどうしようかな?と思っているところです。夏は1週間ぐらい休んだんだけど、それ以外はずっとベースをいじってたんですよ。ライヴに向けての練習だったり、フレーズをつくったりとかで、なんだかんだでずっと弾いていたから、本当に目的がないオフは久々なんだけども。それだけ長い休みになると僕はたいてい煮詰まるから、「何かしようかな?」とは思っています。

来年の目標は見えていますか?

JIRO
特にはないかな。でも、1、2月は美術館へ行ったり映画を観たり、ライヴを観に行ったり、そういった時間にするんじゃないですかね? 今のところまだ何も考えてないですけどね。
※1:X JAPAN
YOSHIKI(Drum・Piano)、Toshl(Vocal)、PATA(Guitar)、HEATH(Bass)、SUGIZO(Guitar・Violin)、HIDE(Guitar・故)、TAIJI(Bass・故)からなるヴィジュアル系ロックバンド。
1989年にXとしてメジャーデビューし、1992年にX JAPANに改名。1997年9月22日に解散を発表し、同年12月31日にラストステージで活動を終了。2007年10月22日に再結成。
※2:『Extasy Summit』
YOSHIKIによって1986年に設立されたレコード会社およびインディーズレーベル「エクスタシーレコード」所属のバンドが一堂に会して行っていたライブイベント。
※3:『VISUAL JAPAN SUMMIT 2016』
2016年10月14日(金)、15日(土)、16(日)に開催された、X JAPAN、LUNA SEA、GLAYをはじめとする世界で活躍するヴィジュアル系バンドが一堂に会した、10万人規模の大型音楽フェス。
※4:無敵バンド
2008年に開催されたhideの追悼ライブ『hide memorial summit』でX JAPANやLUNA SEAなど出演者によって結成されたバンド。
※5:『ドリームフェスティバル』
2011年より開催されているテレビ朝日主催の音楽ライブイベント
※6:『GLAY HIGHCOMMUNICATIONS TOUR 2016 "Supernova" reprise』
今年1月から4月にかけて全国30公演にわたって開催されたGLAYの全国ツアー「GLAY HIGHCOMMUNICATIONS TOUR 2016 "Supernova"」の追加公演。
「東北と九州にGLAYが元気を届ける」という目的のもと、メンバーが発案。
今年10月から11月に東北および九州で行われる。
※7:LUNA SEA
RYUICHI(Vocal)、SUGIZO(Guitar・Violin)、INORAN(Guitar)、J(Bass)、真矢(Drum・Percussion)からなるヴィジュアル系ロックバンド。
1989年に現メンバーで結成し、1992年メジャーデビュー。2000年に終幕を宣言し活動を休止したが、2010年に活動を再開。
※8:凛として時雨
TK(Vocal・Guitar)、345(Bass・Vocal)、ピエール中野(Drum)からなる男女ツインボーカルの日本の3ピースロックバンド。
2008年12月に「moment A rhythm」でメジャーデビュー。
※9:[Alexandros]
川上洋平 (Vocal & Guitar)、磯部寛之 (Bass & Chorus)、白井眞輝 (Guitar)、庄村聡泰 (Drum)からなる4人組ロックバンド。
※10:ACE OF SPADES
HISASHI(Guitar)TAKAHIRO(Vocal)TOKIE(Bass)宮上元克(Drum)からなる4ピースバンド。
※11:DIE
ミュージシャン、キーボーディスト、スタジオミュージシャン。
hide(X JAPAN)のソロ活動の初期からのサポートメンバーであり、後に「hide with Spread Beaver」のメンバー。
1994年から1998年までGLAYのサポートメンバーとしても活動。
※12:「HOWEVER」
1997年12月に発売されたGLAYの12枚目のシングル。
シングルではGLAY初のミリオンセラーとなった楽曲。
※13:「ACID HEAD」
1995年5月に発売されたGLAY5枚目のシングル「ずっと2人で…/GONE WITH THE WIND」のカップリング曲。
※14:「BELOVED」
1996年8月に発売されたGLAYの9枚目のシングル。
同年の第29回全日本有線放送大賞ゴールド・リクエスト賞を受賞。
※15:「生きてく強さ」
1995年11月に発売されたGLAYの7枚目のシングル。
HISASHIによる初作曲作品。
※16:(SEX)PISTOLS
ジョニー・ロットン(Vocal) 、スティーヴ・ジョーンズ(Guitar)、ポール・クック(Drum)、グレン・マトロック(Bass)からなるイングランド出身のパンク・ロックバンド。
1970年代後半にロンドンで勃興した、パンク/ニューウェーブ・ムーヴメントを代表するバンド。
※17:高橋優
シンガーソングライター。
「素晴らしき日常」でメジャーデビュー。
※18:SOUL LOVE
1998年4月に発売されたGLAYの14作目のシングル。
「誘惑」との同時発売で、両シングルで2週連続で1位2位を独占した。
※19:「誘惑」
1998年4月に発売されたGLAYの13枚目のシングル。
1998年度のオリコン年間シングルランキング1位を獲得した楽曲。

インタビュー:大前多恵

Vol.58 TERU WEBインタビュー

いよいよ今週末の7月30日(土)・31日(日)に開催が迫った『HAPPY SWING 20th Anniversary SPECIAL LIVE~We♡Happy Swing~Vol.2』(※1)。メンバーに課せられたのは、1人30分の持ち時間を、自身による作詞・作曲楽曲ONLYでセットリストを組む、というミッション。どんな選曲になるのか? 会場に足を運ぶファンクラブ会員に向けて伝えたいことは? リハーサル真っ只中のTERUを直撃した。

2016.7.13

今回はメンバー各自、ご自身の作詞・作曲楽曲だけで30分のセットリストを組む、という試み。TERUさんブロックの選曲は、どんなことをポイントにされましたか?

TERU
まずは、久々にやる曲、あとは、盛り上がれる曲をミックスしてセットリストを組んでいきました。それと、『TERU ME NIGHT GLAY』(※2)でリクエストが多かった曲や、過去に「久々にライブで聴きたいです」というレスポンスがあった曲たちをピックアップしましたね。

ということは、ファンの方たちの予想を裏切るというよりは、期待に沿っていく感じでしょうか?

TERU
うん、裏切る曲はそんなにないかな? 最初は、「夏をテーマにしてやろうかな?」とも思ったんですけど、夏をテーマにしつつも、それだけじゃない、"ファンクラブだからこそ"の選曲がいいな、と思って。一般の方もたくさん来るようなライブだったらまた違ったと思うんですけど、ファンクラブ発足20周年記念(※3)ということもあって、「多少マニアックでも分かってくれるかな?」と思いながら選曲していますね。

メンバーの皆さんの選曲に対しては、どんな印象を持たれましたか?

TERU
最初に見た時は、バランス的にあまり良くないかな?と思ったんですよ。普段のGLAYのライブの進行的には、オープニングがあって、次に激し目の曲が来て、中盤で聴かせて後半でまた盛り上げて終わる…というようなスタイルが多かったんです。でも今回、4人の4パートを30分ずつで考えた時、TAKUROもHISASHIもけっこう偏った選曲をしていて。HISASHIコーナーとTAKUROコーナーを連続でやってみたら、体力が持たなかった(笑)。

TAKUROさんはバラードを余り選んでいない、という情報も耳にしました。

TERU
1曲もないですよ(笑)。でも、TERUコーナー、JIROコーナーはちゃんと聴かせどころもあります。JIROは今までGLAYのセットリストを考えて来た人なので、その流れを汲んだ、30分間という限られた中にもちゃんと起承転結があるようなセットリストをつくってきていて。でもHISASHIとTAKUROはお構いなしに「盛り上がればいい!」みたいな感じで組んでましたから(笑)。

リハーサル中に、「やっぱりこの曲、辞めた」とか、逆に追加したとか、変化はありましたか?

TERU
HISASHIのセットリストでは、あった(笑)。やってみて「なんか激しい曲ばっかりだなぁ。似たような曲ばっかりだから、これやらない!」と言って、1曲削りましたね。僕は、決めたらもうほとんどイジらずに。JIROは、リハーサルに入る2か月前ぐらいからセットリストを決めていたんですけども、その後、マネージャーの結婚式があったんですね。ある曲と共に過去からの写真が映し出される、というイカした演出があり、それを聴いて、「あ、この曲やりたいな。すげぇいい曲だった」ということで、今回も登場させていますね。

TERUさんが今回、個人的にどうしても入れたかった、という曲はありますか?

TERU
曲名を挙げるとネタバレになるのでやめておきますけども、以前、某野外ライブで少し披露して、「あ、これは今のGLAYがやったらカッコよくなるかな?」と思った曲があるんですよ。そのライブで披露した時はアコギを持っていなかったけれども、今回はアコギも弾く予定です。

楽しみです! 現在リハーサル期間中(※インタビューは7月中旬)ですが、一旦、個別練習の期間を挟んだそうですね?

TERU
そうなんです。"BEAT out!"ツアー(※4)や"BELOVED"ツアー(※5)でよくやっていた曲がたくさんあったので、意外と記憶に残っているというか、体が覚えてるな、という曲も多かったんですよね。リハーサルを最初の3日間やった時点で感触が良すぎたので、「じゃあ、1回期間を置いて、個人練習をやってまた集まったほうがお互いいいんじゃないかな?」ということになって。HISASHIがACE OF SPADES(※6)で忙しいので、体力的なことも配慮しながらやって欲しいな、という想いもありましたし。個人練習の期間はいい機会になりましたよ。譜割りが間違っていた曲を発見して、「あぁ、ここはこうだったか!」と気付いたりもしたし(笑)。家でもセットリスト通り曲を聴きながらジョギングしたり、本当にずっと生活のBGMとしていたので、ちゃんとリハーサルできてると思ったんだけど、意外と勝手に解釈してやってる曲もあったんだな、と。そこは微調整できましたね。

今回は「ブルーのアイテムを身に付けて参加しましょう」という告知がされていて、ファンの皆さんも参加感を味わえるイベントになりそうですね。

TERU
そうですね。JIROが、皆で統一したことをやってみたら面白いかも、という話をしたのがきっかけなんです。もともとは、皆真っ白とか真っ黒というコンセプトでも面白いね、という話をしていたんですけど、ファンクラブ発足20周年ということもあるので、HAPPY SWINGのイメージカラーと言えばシアン(緑がかった青色)だね、という話になって。会報が届くと、ファンの子たちが皆「幸せの青い封筒が届いた!」という言い方をしているのも知っていたので、じゃあそのイメージで統一してやってみたいね、ということになりました。まずLiB CAFEのキャラクターに青い衣装を着させてみて、その衣装に近いものを実際の僕らが着て行こう、という逆の発想をして。そこから始まって、じゃあ、ファンの子たちにも何か青いものを身に付けて来てもらおうか?と。何でもいいんですけどね。

当日は幕張近辺で他にもいろいろなアーティストのライブ、イベントが開催されるんですよね。

TERU
そうみたいですね、関ジャニ∞とかね。

安田章大さんのメンバーカラーが青で、青色アイテムを身に付けて来場されるファンの方もいらっしゃるので、「幕張エリアが青く染まるんじゃないか?」とSNSで話題になっているのを見掛けました。

TERU
へぇ~それ、いいね! 面白そう(笑)。GLAYファンの皆が青いアイテムをいっぱい身に付けて来てくれるといいよね。Tシャツもブルーだから、買ってすぐ着替えたらもう、全身ブルーになっちゃうので(笑)。統一感があるとやっぱりお祭りっぽくて盛り上がりますよね。

今回は、2011年のVol.1開催の時とは違って、ゲストの方はいらっしゃいませんね?

TERU
そう、ゲストは特にいなくて、ステージ上は5人だけですね。観に来てくれるのがファンクラブの皆だから、結局何が一番うれしいか?というと、やっぱり過去の楽曲を聴けることだと思うので。ミーティングを重ねながら、「オープニングどうしようか?」「派手にしようか?」とか、メンバー4人でもいろいろと考えたけど、そこにお金を掛けるぐらいだったら違うところに掛けていこう、と思ったんですよね。マニアックな選曲にはなるけども、今までにない試みとして、歌詞(の字幕)を全曲に付けてみたり。やっぱり三世代のファンの人たちがいるし、ファンクラブの子たちには優しいライブを、という想いもあったので。普段のライブだと、歌詞を付けるのは嫌う人もいるでしょうけどね。あとは、Vol.1の時にグルッと回るセンターステージだったので、それは"We ♡ Happy Swing"のスタイルとして今回もやってみよう、ということで採用しています。

前回を振り返ってみて、TERUさんとして一番思い出に残っているのはどんなことですか?

TERU
東日本大震災があった年なので、余震にもすごく気を遣いましたね。やるかやらないかについても、何度もミーティングをしていたので……。その当日、朝7時ぐらいだったかな? 朝地震があったので、電車が止まっていて。どうなるんだろう?という状況の中で、「ファンの子たちは大丈夫かな?」と心配したり、開催を決定した時のスタッフの複雑な心境を想ったり……実際にイベント中に揺れたらどう対処すればいいんだろう?という予備知識も、自分なりに頭に入れて臨みました。楽しいのは楽しかったんですけども、やっぱり震災の影響があったイベントではあったな、と。

今年も熊本・九州の地震、つい先月には函館でも大きな地震がありましたし、全国からいらっしゃる皆さんの移動も心配ではあります。

TERU
そうですね…。今日も、九州50年ぶりの大豪雨があったし、天災が多くはなりましたけども。今回は何事もなく進んでほしいな、と。それにプラスして、夏なのでやっぱり熱中症には気を付けてほしいな、と思います。

前回は、嵐の「Love so sweet」をカバーして盛り上がる場面もありました。

TERU
そうでしたね。それも、『TERU ME~』の中でいろんな投げ掛けをしていたら、「嵐の曲をカバーしてほしい」という声が大きかったので、やってみたんです。千葉で開催するということで、何かしら(千葉を拠点とするbayfmの)『TERU ME~』とはいろいろ関係性を持ちながらやりたいな、というのもあって。『TERU ME~』のスタッフの皆も幕張に来て、いろいろとイベントをやったりしてくれているのでね。後のことはあまり何も考えずにあの曲を提案してやってはみたものの、映像化する際の権利関係は心配だったんですけどね。でも、ジャニーズ事務所さんが「GLAYさんだったら大丈夫です」と、快諾してくださって。そういうところでも、GLAYが音楽と真摯に向き合ってきた歩みがあったからこそ信頼してもらえたのかな?と感じられましたね。あとは、ファンの子たちがデザインしてくれた衣装を着てみたり、提案してもらってグッズをつくってみたり。ファンクラブの会員の子たちとコラボレーションして一緒につくっていこう、という文化祭的な感覚は大きかったと思います。でも今回は20周年ということで、完全にGLAY発信のイベントになりますね。

今回は、アフターパーティー(※7)も開催されますね。

TERU
土日で夏となると、開演が5時とか、すごく早い時間になってしまうので、7時半とか8時ぐらいには終わってしまうんですよね。遠方から来てくれてる子たちもいるし、幕張に泊まってる子たちも多いだろうし、せっかくならそういう子たちが安全に楽しめる場所を提供しましょう、ということで、今回アフターパーティーを開催することにしました。DJ Massくん(※8)を筆頭としたDJの方々に、夏の楽しい想い出をつくっていただきたいな、と。FM802(※9)のDJの方々も協力してくれて、ありがたいですね。

DJの方々の人選や、LiB CAFE(※10)やアフターパーティーの企画には、メンバーの皆さんも関与なさっているのですか?

TERU
内容はだいたいスタッフの皆に考えてもらっていますね。人選に関してはHISASHIが中心となってDJの方々に声を掛けたり。それぞれがそれぞれの得意分野でアイディアを出しています。

TERUさんが今回、最もご自身のパワーを発揮なさったのは…?

TERU
絵ですよ! ポスターを頑張って描きました。

完成までの過程もSNSで見せてくださっていましたね。

TERU
そうそう。描いているプロセスを見せないと、「本当に描いたのかな?」って思われがちなので(笑)。「ちゃんとやってますよ?」という。ファンの子たちから「塗り絵が欲しい!」という意見があったので、ペンを入れて色を塗る前に一旦スタッフに絵を渡して、それをスキャンしたものをA4サイズにしてもらい、塗り絵をつくりました。クリアファイルを買ってくれた方(※HAPPY SWING会員限定)に、千葉パルコで配布しようかな?と思っているので、ぜひとも千葉パルコでLiB CAFEを楽しんでいただきたいですね。そのイベントの一環として塗り絵コーナーがあるんですけど、皆が塗った作品を回収して僕らで見させてもらって、審査もすることになりました。特別賞はTAKUROから函館旅行が贈られますので、是非、北海道新幹線で足を運んでいただければ、と(笑)。金賞は未だ内容が決まってないんですけど、俺賞で、銀賞はJIROにお願いしていて、銅賞はHISASHIから、何かをもらえます(笑)。

では最後に、当日幕張にいらっしゃるファンの方々に向けて、事前にお伝えしておきたいメッセージがあればお願いいたします。

TERU
今回はファンクラブ発足20周年ということで、皆さんにも協力してもらって、皆で同じ色のものを身に付けてライブをしましょう、という初の試みをします。僕らも普段は衣装を揃えることはしないバンドですけど、今回はファンクラブという一つの括りの中で、「そういう楽しみ方も面白いよね」ということでやってみよう、と。皆さんにも、少しでも"参加型のライブ"を楽しんでもらえたらなと思います。あと、今回は激しい曲も多いので、その場その場で手振りだとか面白いことをやってみたいな、と考えていて。なので、皆さんには体力を付けて来ていただければ、と思います。そうは言ってももう直前なので、なかなか難しいかもしれませんけども(笑)。もちろん、熱中症にはくれぐれも気を付けて楽しんでほしいですし、北海道フェアとして"G級グルメ"と銘打った美味しいものもたくさん用意していて、メンバー・プロデュースのドリンクもたくさんあります。夏を楽しむ、というテーマでライブを楽しんで、ファンの子たち同士の繋がりも楽しんでいただけたらな、と。是非とも"ハイコミ"してほしいですね!
※1:We♡Happy Swing~Vol.2
GLAYオフィシャルFan Club「HAPPY SWING」の発足20周年を記念した会員限定ライブ。
2016年7月30日(土)、31(日)幕張メッセにて開催予定。
※2:TERU ME NIGHT GLAY
bayfmにてTERUがDJと務めているラジオ番組。毎週水曜23:00~23:50に放送。
※3:ファンクラブ発足20周年
1996年に発足したGLAYオフィシャルFan Club「HAPPY SWING」。
2016年5月で発足20周年を迎えた。
※4:"BEAT out!"ツアー
1996年1月~3月に全9公演開催した『BEAT out! '96』と、8月~9月に全11公演開催した『BEAT out! reprise』ツアー。
※5:"BELOVED"ツアー
1996年~1997年にかけて全33公演開催した『BELOVED YOU』ツアー。
※6:ACE OF SPADES
HISASHI(Guitar)TAKAHIRO(Vocal)TOKIE(Bass)宮上元克(Drum)からなる4ピースバンド。
※7:アフターパーティー
7月30日(土)・31日(日)に幕張メッセで行なわれるファンクラブ会員限定スペシャルライブ「HAPPY SWING 20th Anniversary SPECIAL LIVE ~We♡Happy Swing~ Vol.2」の終演後に、豪華DJ陣によるAFTER PARTYが開催される。
※8:DJ Mass
SOUL'd OUTのサポートDJであり、音楽業界において様々なレコーディングやライブに参加。
beatmaniaIIDXに楽曲提供をしているコンポーザーとしても知られている。
※9:FM802
1局2波体制のFM放送局であり、大阪の音楽ラジオ番組。
※10:LiB CAFE
お台場ヴィーナスフォートや函館G4 Spaceなどで開催されるGLAY恒例のイベント。

インタビュー:大前多恵

Vol.57 HISASHI WEBインタビュー

GLAYの54thシングル「[DEATHTOPIA]」(※1)は、2曲の新曲と6曲のライブ音源で構成された1枚だ。いずれもHISASHIが作詞・作曲を担当した楽曲。このHISASHI色に染められたシングルは、今のGLAYにおいて何を意味するものだろう。また、新曲はどちらもTVアニメ『クロムクロ』のOPテーマとなっており、GLAYがこの作品とどう向き合って制作に臨んだのかも、気になるポイントだ。今回は、HISASHIにソロインタビューを実施。これらの疑問をぶつけてみた。

2016.6.23

54枚目のシングルとなる「[DEATHTOPIA]」ですが、今回は新曲の「デストピア」と「超音速デスティニー」(※2)が共に現在放送中のTVアニメ『クロムクロ』のOPテーマということで、まずはこのアニメ作品について、感想を伺ってもよろしいですか?

HISASHI
まず『クロムクロ』(※3)というタイトルからして謎めいていて、放送を重ねるごとに秘密が紐解かれていく構成に惹きつけられますよね。僕も作品に携わっている立場としてだけでなく、いち視聴者としても楽しんでいますし、この2曲がドラマを盛り上げるような歌になっていけばいいなと思っています。

今回のこの2曲ですが、アニメ作品サイドとはどんな話し合いがあって、制作が始まったのでしょうか?

HISASHI
制作陣が一堂に会する打ち合わせがあって、脚本だったり絵コンテを見せてもらって、そこからBPMや曲の鋭さや緊張感を考えていった感じですね。ストーリーが持つ色とか温度とか、そういうのが必要なんですよ、僕は。

アニメ作品に寄せていくことを意識したのでしょうか?

HISASHI
いや、むしろGLAYの得意なもの。8ビートでマイナーメロディで、TERUのいちばん好きなキーでやろうと思っていました。あんまり無理をせずということですかね。それにロボットアニメといえば“立ち上がれ!”的なヒーロー像が自分の中には埋め込まれていて、Bメロで転調してサビでメジャーキーになるというような、自分の中のプログラムも働いていましたし。

そんなに意識しなくとも、ロボットアニメらしい楽曲が作れる確信があった?

HISASHI
ロボットアニメには時代に左右されない普遍的なものがあって、自分はそれに当然のように影響されているので。なかなかアニメ業界も競争が激化していますけども、1クール目2クール目ともに印象に残ってくれたらいいなと思っていますね。

ちなみにHISASHIさんは、『クロムクロ』という作品の全容を知って、どんな部分に着目したのでしょうか?

HISASHI
……恋愛における怨念って、こんなにも強いのかな。時を超えてここまで想いが伝わるなんて、人間ってそうなのかなと。

気持ちが時を超える?

HISASHI
今は結構、音楽にせよファッションにせよ食べ物にせよ、回転がすごく早いと思うんですよ。そういうなかでこういう強い気持ちが時を超えて残るというテーマは、なかなか考えさせられるものがありますね。人間は過去に学ぶ生き物のはずなのに、間違いを繰り返してしまう。人にはすごくアナログなところがあって、そういう部分を近代的な今の世界と比較すると非常に滑稽ですよね。まあ、ストーリーに関してはオチまで聞かされましたけども、(そのとおりに制作されるかは)まだわからないですからね。これはあくまで最初の打ち合わせのときに聞いた説明に対する印象ということで。

その観点は、歌詞にも反映されているのでしょうか?

HISASHI
『デストピア』はアタックの強い言葉が並んでいるけどポジティブなメッセージが込められていて、黒く塗った先には何があるのかとか、古き良きロックンロールとは違って今を冷静に達観しているところがありますね。GLAYも長くやってきて、10代や20代の頃とは歌うメッセージも変わってきているからこそ、冷静に自分たちを見つめ直して、熱くはないんだけど地に足がついた希望を持ってみるのもいいのかなと思って。『超音速デスティニー』のほうはより内面というか、直接的な表現よりも比喩みたいな表現が多くなりましたね。

希望が比較的わかりやすく描かれた「デストピア」と較べて、「超音速デスティニー」はもっとシリアスな雰囲気になっていますよね。サウンドもよりマイナーで妖艶になっていて、後半のストーリー展開と何かが関連しているのかなと。

HISASHI
そこまで深読みしなくてもいいんじゃないかな。むしろ、2クール目のOPテーマのほうが謎めいているというのは、僕の好みのようなものなので。今回、監督も『互いにぜんぜん目を合わさずに作ったほうがクールなものが出来上がるんじゃないか』とおっしゃっていたので、アニメ作品サイドはおろかメンバーの意見も聞かずに自由にやらせてもらった感はあります。

アニメタイアップのカタチとして、非常に興味深いお話ですね。

HISASHI
オープニング映像に合わせて何分何秒にアタックを入れてとか、バキバキにアニメに合わせて作るやり方もあったと思うけど、監督は『オープニングの絵と曲がぴったりハマったときほどつまらないものはない』という方だったので。するとやっぱり、GLAYといえば8ビートでマイナーメロディだよなと、最も自分らしい色を出そうということになりますよね。例えば今放送しているTVアニメ『キズナイーバー』のBOOM BOOM SATELLITES (※4)とか、古くはOVA『フリクリ』のthe pillows (※5)とかも、すごく自分たちの色を出しているじゃないですか。

そのうえでアニメの雰囲気ともマッチして、非常に素晴らしい映像作品になっていますよね。互いに個性を殺しあわない作り方といいますか。

HISASHI
バンドは長年の経験と音でカラーが出るんだとわかりましたね。なのでそんなに無理をしないのがいい。ただアニメ『マクロス』シリーズ(※6)やTVアニメ『ラブライブ!』(※7)のような、最初からストーリーと音楽が関連しているような作品で曲を書くのも面白そうですけどね。

それにしても、GLAYとしてHISASHIさんがアニメ主題歌を書くのが初めてだったということが意外でした。

HISASHI
ポニーキャニオンと仕事をするようになって、わりと僕のスタイルだったりキャラクターを汲み上げてくれるスタッフと出会えたんですよね。メンバーそれぞれにいろんな得意なジャンルがあると思うんですけど、そういう一面を切り取ってくれたというのはうれしいですね。ギターよりも以前から、アニメといった日本の文化が好きだったんですけども、そういうのがようやく自分のテンポと合ってきて、仕事的にも個人的にもすごく楽しめるような活動ができている印象がありますね。

今回、「[DEATHTOPIA]」は新曲以外にもHISASHI楽曲のライブ音源が6曲も収録されますが、ここまで個人の色を前に出した一枚というもの珍しいのではないでしょうか?

HISASHI
以前、アルバムで僕の曲を集めたものがいちどありましたけど(ベストアルバム『rare collectives vol.2』DISC2)(※8)、シングルでは初めてですね。元々予定はなかったんですけど、そろそろまとめてリリースするのもアリなんじゃないかとスタッフから提案があって。

最近のGLAYからは、こうした新しい試みをどんどん進めていく印象がありまして。それこそ「デストピア」でTERUさんが初めてエレキギターをレコーディングで担当したり、52thシングル収録の「微熱Ⓐgirlサマー」(※9)では初めて女性ドラマー(澤村小夜子/ねごと)(※10)とコラボしたり。

HISASHI
ここ最近はプロデューサーに亀田誠治さんを迎えるようになって、その亀田さんのフィルターを通した今のGLAY像というのが面白くて。今までは僕にも保守的なところがあって、何かを変えることでGLAYとしての見え方が違ってくるんじゃないかとか、そういうことを思ってましたけど、最近はあらたなエッセンスというか、GLAYの幅を広げるきっかけになるという前向きな気持で、いろんなセッションを楽しめるようになりましたね。音楽制作だけでなく、ヘアメイクを変えてみるとか、そういうことも含めて。

どうして今のGLAYにはそれができるのでしょうか?

HISASHI
変わってはいけない部分というのを知ってるから、それ以外のところを変えていくことによる化学変化を楽めているんじゃないかな。それに出会いと別れというのは、すごく人を成長させてくれるんだなと毎回思うんですよね。

こうして自分の楽曲を8曲並べてみて、改めて気づいたことはありますか?

HISASHI
すごい、ポップなものが好きなんだなと(笑)。無理せずやった結果がこれですから、僕の中にはキャッチーなフレーズが大好きな自分がずっといるんでしょうね。このシングルは、すごくアーティストグッズに近いんじゃないかなと思いますね。音楽の届け方が自由になって、CDの在り方も多様化しているこの時代ですから、こんなリリースの仕方もあるんだなと楽しんでもらいたいです。
※1:[DEATHTOPIA]
2016年8月3日発売、GLAY通算54枚目のシングル。
「デストピア」「超音速デスティニー」を表題曲に、HISASHI作曲のライブ音源6曲の、計8曲を収録。
詳しくはコチラ
※2:「デストピア」「超音速デスティニー」
TVアニメ『クロムクロ』の第1クールOPテーマに「デストピア」、第2クールOPテーマに「超音速デスティニー」が起用されている。
※3:『クロムクロ』
2016年4月よりTOKYO MX,サンテレビ,KBS京都,チューリップテレビほかにて放送中のTVアニメ。監督は数多くのヒットアニメに携わった岡村天斎氏。アニメーション制作会社P.A.WORKSの15周年を記念して制作。P.A.WORKS初のロボット作品となっている。
※4:TVアニメ『キズナイーバー』のBOOM BOOM SATELLITES
2016年4月よりTOKYO MX,ABC朝日放送,BS11ほかにて放送中のTVアニメ。
OPテーマ「LAY YOUR HANDS ON ME」をロックユニット、BOOM BOOM SATELLITSが手掛けている。
※5:『フリクリ』のthe pillows
2000年から2001年にかけて全6巻のOVAとしてリリースされた日本のアニメ作品。
主題歌「Ride on shooting star」を3人組ロックバンド、the pillowsが手掛けた。
※6:アニメ『マクロス』シリーズ
1982年放送の『超時空要塞マクロス』から派生したSF/ロボットアニメシリーズ。
音楽や歌といったものがテーマの1つとしてシリーズ内で共通して描かれている。
※7:TVアニメ『ラブライブ』
メディアミックスプロジェクト「ラブライブ!」の派生作品の1つ。2013年1~3月、2014年4月~6月の2期に渡って放送されたTVアニメ。キャラクターソングや、その声を演じる声優たちによる実在の声優ユニット「μ's」などの楽曲が大きな話題となった。
※8:『rare collectives vol.2』
GLAYが2003年3月5日に発売したコンピレーションアルバム。DISC2はHISASHIが作詞作曲を手掛けた楽曲が集められたものになっている。
詳しくはコチラ
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※9:微熱Ⓐgirlサマー
2015年5月25日発売のシングル「HEROES/微熱Ⓐgirlサマー/つづれ織り~so far and yet so close~」収録曲。
HISASHIが作詞作曲を手掛け、コンタクトのアイシティ夏のキャンペーンCMソングにも起用された。
詳しくはコチラ
※10:澤村小夜子/ねごと
2010年メジャーデビューの女性4人組バンド「ねごと」のドラマー

インタビュー:西原史顕

Vol.56 TAKURO WEBインタビュー

4月の日本武道館3デイズ公演にて大団円を迎えた“GLAY HIGHCOMMUNICATIONS TOUR 2016 "Supernova"”。バンド・リーダー、TAKUROに全国19都市を廻ったこのツアーの総括をしてもらうと共に、本ツアーと並行した自身のソロツアーについて、また今後のGLAYの活動についても語ってもらいました。

2016.5.20

今回の“GLAY HIGHCOMMUNICATIONS TOUR 2016 "Supernova"”(※1)。何と言っても鍵盤なし、5人だけでの演奏が最大のポイントでした。

TAKURO
そもそものきっかけは、昨年の“LUNATIC FEST.”(※2)とチャットモンチーとのライブで。あの時、共にSEIさんがスケジュールの都合で来られないということで、「じゃあ5人でやりましょう」ということになって、(今回のツアーでも)あのヒリヒリとしたロックサウンドを…という。今までキーボードが入ることによって、音楽的にも整合性の取れた、GLAYのポップな面を強調したサウンドがずっと続いてきたんだけど、20周年を経て、自分たちでも“その次”みたいなものを模索していたところがあったんじゃないですかね?

はっきりと意識しないまでも、20周年以降の何かを探していたという?

TAKURO
そう。劇的に何かを変えるわけではなくGLAYは歩みを進め、20周年での大エンタテインメント──東京ドーム公演もそうだし、リリースがシングル中心だったことや、アルバム『MUSIC LIFE』(※3)でも手応えを感じていたけれども、「次へ進むんだとしたら、あのヒリヒリとしたロックサウンド、バンドサウンドをもう一度突き詰めてみようかな?」と。誰が言ったかわからないけれども、そういう話になった時に皆、同じ気持ちでしたよ。「“LUNATIC FEST.”の時の感触よかったよね?」「チャットモンチーとやった時のシンプルさよかったよね?」って。だから、キーボードがいない分、いろんなアプローチでもってライブを構成していくというのは……自然な流れと言えば自然な流れでしたね。

元々、永井さんのスケジュールが埋まっていて、今回のツアーは参加できないことになり、それならば5人で…ということだったんですか?

TAKURO
いや、そういうことでもないんです。(SEIさんは)いつものようにGLAYのことを最優先で考えてくれていたんですが、そこをお断りしてでも、ちょっと掴みかけた自分たちの新しいサウンドを突き詰めようと。まぁ、ミュージシャンとしては当然の欲求で、それはすごく理解できるから、「それならば5人だけやってみましょうか?」と。やりたいことが明確であるならば、それはやるでしょう。

チャレンジ優先だったということですね。

TAKURO
まぁ、その辺は誤解されがちだけど(苦笑)、目に見えるメンバーチェンジがあると寂しがるファンの人たちもいるし、その変化に戸惑う人もいるけど、皆の知らないところですごくたくさんの人たちが係わっていて、出会いと別れは山のようにあって。そのひとつひとつがGLAYの成長につながったと思うし、正直言ってこの20年間、「(サポートメンバーは)絶対にこの人でなければばらない」というバンドにはなるまいと思いながらやってきたしね。だって、世界中に才能がある人たちがいるわけだから。永井トシさんはそこを一番理解してくれていて、「GLAYはもっといろんなドラマーとやった方がいいよ」ってよく言うんだけど、当たり前だよね? 永井さんはGLAYにとって最高のドラマーだけど、その永井さんが尊敬しているドラマーとのGLAYサウンドも聴いてみたいとも言ってくれているし。

まぁ、実際に『MUSIC LIFE』でも『JUSTICE』(※4)でも、TOSHIさん以外のドラマーとやっていますしね。

TAKURO
そうですね。人が変わるということも、人を減らすということも、そのひとつひとつがバンドにとって勉強にもなる。(今回のツアーでキーボードがなかったのは)そういう経緯です。

はい。で、当たり前のことでしょうが、鍵盤がないことの違和感はまったくと言っていいほどなかったです。予めそういうサウンドだったかのような聴き応えでした。

TAKURO
ある時、TERUがおもしろいことを言っていて。『100万回のKISS』(※5)は俺とHISASHIのアコギから始まるんだけど、ちょっとエキサイトしていると強く握り過ぎて微妙にチューニングがズレることがあって。本来ならそこにピアノが入っていて、ピアノの音階は間違いないわけで、“歌いやすい/歌いにくい”で言えばギター2本の時の方が不安定ではある。 でも、ある時の打ち上げで(公演の録音を聴いて)「チューニングおかしかったよね?」「3弦がおかしいよ」「ごめん、ごめん」なんてやってる時にTERUが一言、「まぁ、(それが)バンドだからね」と。(TERUの)その着地のさせ方は他のメンバーにとってはありがたいことだし、それがGLAYのGLAYたる所以なんだろうと思ったよね。(今回のツアーでは)和音がギター2人しかいなかったわけだから、そこで音を取るのはとても難しい場面もあったと思う。ちゃんと歌いたければメンバーを増やして、安定したピアノの中で気持ちよく歌えばいい──GLAYは20年選手なんだから、サポートを増やす事は容易にできることなんだけど、(そうではなく)俺たちが感じたヒリヒリとしたサウンドの緊張感につながっていると思えば、決して歌いやすいことだけを彼は望んだわけではないんだよね。

不安定さを含んだバンド感を選んだと言いましょうか。

TAKURO
うん。その不安定さを自分の歌声でカバーすることもそうだし、昨日とは違ったフレーズを弾くことでバンドに新しい刺激を…という楽器陣の思いもそうだし。同期ものが鳴っていたりするとどうしてもそっちに引っ張られるし、というか、そっち(=同期)はこっちに合わせてくれないし、(あるフレーズを)やってもやらなくても(それが同期に)埋もれてしまうこともある。あと、6人で全員が発言するとひとりの発言の重みが薄れてしまうところがあるけれども、5人では和音が(ギターの)2人、ベースにドラム、そしてボーカルだから、ある小節では「ここで楽はできないな」という場面もあるからね。そういったことではとにかく、毎回々々発見と修正、後悔と再構築だったよね。

その点で言うと、『Believe in fate』(※6)のようなダイナミズム溢れる楽曲だけでなく、先ほど挙げた『100万回のKISS』や『カナリヤ』(※7)、あるいは『SORRY LOVE』(※8)や『航海』(※9)といったミディアムナンバーを今回のセットリストにチョイスしたこともまたチャレンジだったのではないでしょうか?

TAKURO
まぁ、それもそうだけど、シングル曲、ヒット曲が(セットリストにほとんど)ないというのが何より(のチャレンジ)だったよね(苦笑)。自分たちの成長の度合いによって楽曲をちゃんと自分たちの意思で選べるというのは悪くはないけどね。……でもなぁ、もし俺が山本譲二さんのコンサートへ行って『みちのくひとり旅』が聴けなかったらちょっとがっかりだろうし(笑)、その辺で思うところはあるよ。ブライアン・アダムスがいきなりベースを持った時もそうだったし(笑)。そういうところはあるけれども、そこでバンドの成長を見守ろうとしてくれたファンの人たちとその声援、協力に感謝ですよ。

まぁ、ある意味でそれこそが“HIGHCOMMUNICATIONS TOUR”の意義でもあるでしょうしね。

TAKURO
もちろんもちろん。2003年の(“HIGHCOMMUNICATIONS TOUR”)(※10)スタートからそうですけど、アルバムツアーは当然その収録曲が中心になっていくし、単発のクリスマスライブみたいなものもあるけれど、大体のライブはアルバム発売ツアーみたいなものだよね。で、やっぱり30本くらいライブをやらないと見えて来ない風景がたくさんある中で、そうしたコンセプトに縛られない──逆に言えば、シングル曲だけのツアーでもいいし、シングル曲がなくてもいいんだけど、とにかくバンドが成長するにあたって、その必要な時間を与えたいというのが、90年代を終えた俺たちにとっての大きな課題だったから。……まぁ、よかったよね、このアイディアに対して皆が積極的で。

大きく分けると、所謂レコ発のツアーがあり、“GLAY EXPO”(※11)や“HOTEL GLAY”(※12)などの大規模イベントがあり、そしてコンセプトに縛られない“HIGHCOMMUNICATIONS TOUR”がある。そういうGLAYのライブ活動の流れのようなものは、ここ10年間で確立されたようにも思えます。

TAKURO
うん。定番化するつもりでスタートしたしね。デビューして8、9年目、自分たちがどういった形でこの世界でやっていくかと考えた時、一番はバンドの飽くなき探求心みたいなものをちゃんと表現できる場所を確保することであって。さっき言ったように(ライブが)アルバム中心になると、馴染みのない楽曲をお披露目的な意味で初演することも多いだろうし、(それを繰り返していくと)その中でライブでやる曲とやらない曲が出て来るでしょう? 残りの枠は何かと言うと、定番曲、ヒット曲ということになるんだろうけど、(GLAYの楽曲は)それだけではないし、それだけをやっていくと緩やかな下り坂が待っているということを当時、理解していたからね。

早くから、しっかりとそこを認識されていたんですね?

TAKURO
してた、してた。これは今でも思うことなんだけど、CD屋さんへ行って好きなバンドのライブDVDを手に取ってパッケージの裏にある曲目を見ると、(そのバンドが)よくやる曲が必ず5、6曲ある。どれを見てもそうだから、それは正しいセオリーなんだと思う。だけど、「GLAYというバンドはそれだけではいけないなぁ」ということは感じていたので、ひとつのコンセプトを立てて、その時ばかりは何をするかわからないというライブを、特にコアなファンの人たちは求めて来るだろうなと。10周年という区切りを前にしてそう感じたんだよね。

なるほど。コアなファンが求めるものを…と考えて、しばらくライブでやっていなかった楽曲を披露するというのは納得ですし、“HIGHCOMMUNICATIONS TOUR”はいい企画ですね、やはり。

TAKURO
とってもいいことだよね。

例えば、『Will be king』(※13)や『航海』。発表された当時は身の丈に合わなかった…とまでは言わないまでも、ポップなGLAYとは明らかに別ベクトルな楽曲だったと思います。それが時を経て熟成されてきたと言いますか、すごくいい感じだったことが個人的には今回の“HIGHCOMMUNICATIONS TOUR”では印象に残っています。

TAKURO
……まぁ、これも音楽の奥深さなんだろうけど、今『BEAT out! Anthology』の作業をやっていて──(アンソロジー(※14)は)自分にとって1年に1度の季節の風物詩になっているんだけど、マネージャーやスタッフと一緒に聴いていると(『BEAT out!』(※15)は)『SPEED POP』(※16)とはまた全然違うんだよね。いきなりメジャー感が出たというか。『Yes, Summerdays』(※17)なんか聴いていて思うのは、アレは俺の歌じゃないものね。俺個人の歌じゃなくて、カメリアダイアモンドのためであり、世の中に対しての歌だよね。『月に祈る』(※18)もそうだし……『BEAT out!』の中で自分を等身大に出したのは『軌跡の果て』くらいなもので。で、『BELOVED』(※19)『pure soul』(※20)になってくるともっとパーソナルになってくるから、(『BEAT out!』収録曲の)所謂佐野元春さん的な街のスケッチ感というのはおもしろいなと思っているんだけど──今回のツアーを俺が何でこんなにおもしろいと思ったかと言うと、そのスケッチ感の多い楽曲がいっぱいあったからなんだよね。『Believe in fate』もそうだし、『千ノナイフガ胸ヲ刺ス』(※21)も『汚れなきSEASON』(※22)もそうで、(スケッチ感のある楽曲というのは)必ずしもシングルで出たわけでも、(アルバムの)テーマ曲になったわけでもないし、書いたのは俺だけど、当時の俺は自分のことを書いたつもりはなかったと思うのね。街のどこかで出会った誰かの一コマをスケッチ的に書いたという。そうした曲作りの違いを今回すごく感じましたね。

それもまた、あまり披露してこなかった楽曲を演奏する“HIGHCOMMUNICATIONS TOUR”ならでは…といったところでしょうね。

TAKURO
そうだね。『Will be king』『航海』で言えば、逆にね、もうあの頃の気持ちではないわけで。『Will be king』を書いた時の、爆発的なブレイクの後に残った苦みのようなものを十分に体験して、それを乗り越えて今があるわけで、あんな焦りもなければ、もっと世の中がよく見えているからね。だから、距離がいいもんね。(いずれにしても)その距離感の絶妙さを今回は感じたな。わかってもらえるかな?

作られた当時のキリキリとした感じがないと言ったらいいでしょうかね? こちらとしてもメロディーとアンサンブルを純粋に楽しめたという感じがします。

TAKURO
(当時は)曲の評価よりも、まずバンド全体の評価に対してピリピリ、キリキリしていたと思うし、自分たちも早く自分たちのスタイルを確立しなきゃいけないというところで、HISASHIの髪がどんなに青かろうが、JIROの髪がどんなに立っていようが『HOWEVER』(※23)はやっていたわけで、そういったところでは今は全体のバランスがいいんじゃない? 「そんなビジュアル系みたいな恰好をして、何で優しい歌をやっているの? そうじゃないでしょ?」ってアマチュアの頃にライブハウスの親父に言われたけど、俺たちにしてみれば「何だっていいじゃねぇか!? 好きなことを全部やってるんだ!」ということで──でも、今だから思うよ、もうちょっと整理できなかったかなって(苦笑)。何を整理するかと言えば、自分の心の整理。「お前の心の整理が出来てないから(周りに)ちぐはぐな印象を与えてるんだ」って今は思うよ。例えば、葬式にアロハシャツを着ていくとしよう。「こいつは生前、俺のアロハが大好きで、この姿が一番好きだと言ってくれたのでこれを着てきました」と言っても、それもわかるんだけど、「その前に心の整理をして来い!」って感じじゃない(笑)?

今は送り手として、いい意味で客観的になれているということですね。

TAKURO
そうそう。当時、第三者の生活風景をスケッチした曲でも、それは傍観者としてスケッチしただけだけど、今はその人の生き方が少しわかる。当時はわかんなかったけどね。佐野さんが(『ガラスのジェネレーション』で)♪この街のクレイジー・ミッドナイト・カンガルー♪と言ったけれども、彼が当時、(その歌詞の意味を)どこまでわかっていたかは疑問だよね? ただ、見たことを書いただけかもしれない。だけど、(今の自分は)そんな風に街でいろんな生き方をしている人にもとてもシンパシーを感じるんだよね。ライブでお客さんの姿を見ていても、“ファン”という括りはできない。ひとりの人として見るよね。「あの人は仕事帰りなのかな?」とか「この人は親子三代で来ているのかもしれない」とか「部活帰りの子もいる」とか、ひとりひとりの人生が見えて来た時、『Believe in fate』の歌詞がどうであれ、あの頃の俺たちがどう伝えたかったのかがすごくよくわかる気がする。

あと、個人的には、今回のセットリストは各アルバムから比較的まんべんなくセレクトされていたのもよかったです。「ああ、いろんな会場でGLAYのライブを見たなぁ」と感慨深く聴かせてもらいました。

TAKURO
そうだね。(アルバムリリース)ツアー以来やってない曲はその前後にはやってないということだから。

それもそうだし、回顧的なものだけでなく、一昨年からやっている『百花繚乱』(※24)『TILL KINGDOM COME』(※25)などもありました。今回は様々な時代のGLAYを各地のファンも元へ届けるツアーだったとも思います。

TAKURO
まさしくそうですね。特に『航海』辺りは『UNITY ROOTS & FAMILY,AWAY』(※26)のツアーもなかったし、何かしら特別な場所で披露したことはあったにせよ、これらの楽曲を持って全国を縦断したことはなかったですからね。……あと、ギター2本で、極々初期の、ライブハウスでやっている頃のGLAYを彷彿とさせるようなアンサンブルだったわけですが、生々しいギターサウンドが前に出て、それを永井さんとJIROがボトムを支え、JIROに至っては立ち位置をほぼ動かさずという──その彼の決意も覚悟もすごいと思うけど、そこで見えたの「やっぱりバンドっていいよね」感ですよね。20周年でやったGLAYというのはとにかく感謝で、皆さんのGLAYであろうとしたんだけど、今回に関しては、皆さんのGLAYをちょっとだけ4人に戻してもらって、4人が伝えたいことに対して誠実であろうとしたと思うし、そのバランス感覚も絶妙だったと思う。もちろん、今回もセットリストを考えたのはJIROなんだけど、彼に意向は十分に理解できたしね。さすがに最初は「こんなにサービス精神のない感じでいいのかな?」とも思ったけど、楽曲にサービス精神がないと感じたなら音で見せ場を作ろう、フレーズで見せ場を作ろうと思ったし、TERUが言った「不安定なアンサンブルな中でも自分が引っ張ることでライブが締まる」であったり、そういった何かを不便にすることによって、それぞれが逆に成長するというか、がんばるというか。どこかの大学で研究したら何かしらの研究結果が出るような(笑)。

今回、ステージ演出も少なめだったじゃないですか? JIROさんも立ち位置を動かなかったけれども、実はTERUさんもセンターからそう動いていなかったと思います。そうなると、こちらもじっくりと演奏を見ますし、今回は今まで以上に集中して聴いたライブだったのではないでしょうか。

TAKURO
よくメンバーと話すのは、俺たちが長くやっている理由のひとつに、ファンの人たちが自分が好きだったGLAYの変わらぬ姿を見て安心するということがあるんだろうけど、もしかすると俺たちはそこにはいないのかもしれない。いや、今までもそうだったのかもしれないな。お客さんを喜ばせることは自分たちも好きだし、喜ばせてあげたい気持ちもあるんだけど、また新しい目標を見つけてそこへ行く時、外部のことを考えているかと言ったらそうでもないんだよね。やっぱり4人でバンドが楽しくて、ワチャワチャしている中で、そこから出て来た原石みたいなものを磨いて磨いて、それは後々、楽曲になるとは限らなくて、例えば“GLAY EXPO”や“HOTEL GLAY”というコンセプトだったりするんだけど、それはたくさんの誤解の中から自分たちの信念を貫いて最後に残ったものだったりするから、今回もそういうところがあったと思う。「JIROちゃん、もっと動いてください」みたいなファンレターやメッセージもたくさんあったはずだよ。それを見て複雑な顔をしている彼を見ると、「ほほう…」と思う。このツアーを終えた後の彼は何かを掴んで、あらゆる意味で懐の深いミュージシャンになると思うし、それを見守っていくのも、いくつかあるバンドの試練のひとつだろうね。ヒット曲も有名曲もやらないから、昔の思い出装置としてのGLAYではないかもしれないけど、それでも貫きたい意思を感じたよね。

わかりました。では、もしかすると今語っていただいたことと関連するのかもしれませんが、今回“HIGHCOMMUNICATIONS TOUR”と並行して、TAKUROさんはソロツアーである“GLAY MOBILE Presents "Journey without a map 2016"”(※28)を開催しましたよね? ジャジーで、ブルージーで、フリーキーな、GLAYのポップさとは異なる音楽性を持ったステージでしたが、このソロツアーの経緯を教えてください。

TAKURO
独立して自分たちでバンドをマネジメントするようになってから俺は作詞作曲と政治の世界にいたわけだけど、その両方がようやく落ち着いて、HISASHIは今やメインでソングライティングするようになったし、TERUに至っては『ダイヤのA』の三部作(=『疾走れ!ミライ』『HEROES』『空が青空であるために』(※27))がすごく評判がよくて、そういった彼らのチャレンジを見ていると、それならば前々からイメージとしてあった自分の今後のギタリストとしての生き方をそろそろスタートさせないとな…と。俺ももう45歳だからね。簡単に言うと、俺の理想の生き方がレス・ポールさん(※29)なわけですよ。毎週月曜日にニューヨークの小さなクラブで2回ステージを90歳近くまで続けるという。そういった生き方にも憧れているので、そうなるように生きていこうと思ったんです。

それをようやく実行に移せるタイミングがやって来たと?

TAKURO
松本(孝弘)さんの後押しもあったんです。「遠い話にしないで、今すぐにやった方がいいよ。おもしろいよ、インストの世界は。」って。そうした励ましもあったし、じゃあ…というね。(今までは)「GLAYのツアーが終わったら」とか「GLAYが落ち着いたら」とか、そんなことばっかり言ってたから、ツアーの最中で落ち着かないけどやろうと。……やればやったで得るものも大きくて、何がおもしろいって、GLAYのステージでは決められた型をどれだけ気持ちを込めて弾くかということで、それは『Scoop』(※30)にしても『千ノナイフガ胸ヲ刺ス』にしても、何にしてもそうですよね。でも、(GLAYのライブの)次の日はその型がない。何を弾いても正解じゃないし、何を弾いても失敗じゃない。自分の気持ちを32小節弾いても42小節弾いてもいいし、8小節で終わったっていい。その型のなさというもののおもしろさ、型があることのおもしろさを交互に体験していくというのは、とっても勉強になりましたよ。

素人考えですが、バンドとソロを同時進行できたというのはすごいと思います。

TAKURO
できるできる(笑)そんなことを言うのなら、永井さんなんて随分前からツアーの最中、ライブの後で皆が打ち上げをやっている最中にスティック持ってジャズバーへ行ってちょっと叩いたりしていたからね。そんな姿を見ていて俺もやりたかったのね。結局そういうことです。

ギタリストとして自分がやりたいことをやる場所を作りたいと?

TAKURO
そうですね。GLAYのリーダーとしての曲作りは、自分の熱量だったりクライアントの意向もあれば、バンドメンバーのやりたいことを考えながらGLAYが一番輝けるものを…と考えるけれども、(ソロは)そんな型すらない“Journey without a map”だったので。

まさしくマップのない状態だったわけですね。

TAKURO
もうまさに。

私は新潟・ジョイア・ミーア公演を拝見しましたが、凝った照明もない少ないキャパでのカフェライブもいいものですよね。ああいうスタイルの音楽もあるということですね。

TAKURO
あるね。しかも、自分の中の大きな部分の一部ですからね。決してない引き出しをひっくり返したわけじゃなくて、やりたいことを集めたらあんな形になったというのは自分でも意外ではあって。「あ、こんな形の曲が出るんだ?」とも思ったし。

そうですか。とすると、今後の活動にも連鎖していく可能性は大きいと?

TAKURO
もちろん、もちろん。(ソロライブは)続けていきたいし、6月にロスでレコーディングしようかと思ってるんで、それがまとまればリリースやツアーもやりたいと思ってるしね。

GLAYとはまた別にソロも活性化させていくということですね?

TAKURO
いや、GLAYと別に…ではないんだよね。俺、いつも子供の学校で校長先生と一緒にバンドをやるんだけど──。

そんなこと、やるんですか(笑)?

TAKURO
やる。サザンの桑田さんもやってたじゃない(笑)? あれは桑田さんのソロ活動とは言わないし、子供の学校の校長先生とやるのも自分のソロではないから、GLAYの別活動ではないよね。

そうですか。しかし、こうしてお話を聞いていると、20周年を終えて、TAKUROさん自身の魂はどんどん解放されているようですねぇ。

TAKURO
それもあるだろうし、これは俺だけの生き方かもしれないけれど、そんなに時間があるとも思えないしね。だから、50歳になったらやろうと思っていたことを、親友から「そんなことを言ってるんなら今やりなよ?」って言われて、「ああ、なるほどなぁ」って。明日また必ずギターが弾けるという保証なんて誰にもないわけで、それを「○○になったらやろう」と言うのは今の年齢から考えたらナンセンスかもって──これは正直に言って、ものすごく感じてる。

わかりました。では、最後にこれからのスケジュールについて話せる範囲で教えてください。まず、7月にファンクラブ限定ライブがあります。

TAKURO
うん、まずはそれだね。で、ありがたいことにいろんな話をいただいていて、特に自分以外のメンバー3人への楽曲のオファーが多くて、それを個人でやることもGLAYでやることもあって、今はそれをずーっとやってます。休まないよなぁ、俺ら(苦笑)。

ホントですよね(笑)。

TAKURO
20周年が終わったら楽になると思ってたんだけど(笑)。

実際、あの時はそう言ってました。

TAKURO
まぁ、“Journey without a map”もあったしね。あと、今HISASHIの才能がアチコチで爆発しているじゃないですか?

はい、まったくその通りだと思います。

TAKURO
そうした友人のがんばりを力いっぱい応援したいという3人もいるし、「未だ無限の伸びしろのある才能なら今伸ばさないでどうする!」という気持ちもあるし。

GLAY本体に動きがあるのは少なくとももう少し先という感じでしょうか?

TAKURO
うん。……あと、これだけは言っておかなければいけないんだけど、熊本地震の件ね。すでにいろんな形で支援させて貰っているけど、自分たちが現地へ行ったり、そこで音楽をやることが自分たちの得意分野での支援だと思うので、それは今すぐにでも、とは思っているよ。まだ余震が続いている状況だから色々大変だと思うけど、ただ、準備だけはしておこうと。

しかし、今回のツアーで九州を廻った後、東京へ戻った直後に、熊本・大分で地震でしたから驚いたでしょう?

TAKURO
まさに。間違いなく、地震が起こった日の10日前に熊本城にいたもん。桜が咲いていてね。映画『ちはやふる』を熊本市内で見て、(GLAYで)ライブをやって、次の日にはジャズやって──4日間くらい滞在していたのかな? 

そんなところが被災するというのは何とも──。

TAKURO
ねぇ……2011年3月に妻の実家が熊本なので2週間くらい熊本にいたんですよ。(東日本大震災の時は)九州には物も豊富で、関東近郊のコンビニやスーパーには何もない状態で、タクシーの運転手さんが「(東日本は)大変ですよね?」なんて話していたんだけど、そこから5年後に今度は熊本が…というね。「日本はこれからどうなってしまうんだ?」って思うよ。

思えば、中越地震の時もGLAYはツアー中でしたよね。上越新幹線が止まってしまって、会場には空席が目立っていたことを思い出します。不思議とGLAYは地震と関わり合いがありますねぇ。

TAKURO
地震大国で暮らしていることをまざまざと感じさせるし、こんなことをインタビューで言うのも変だけど、日頃からの備えを改めて考え直す必要があると思うよね。

はい。現地が落ち着いてから、熊本に向けてGLAYとして何かしら支援活動を起こすということですね?

TAKURO
もちろん。リリースとアルバムのツアーは如何にも仕事という感じなんだけど、さっき言った校長先生とバンドをやるのもそうだし、例えば「東北六県を廻ろう」ということにしてもそうで、(それらを)仕事にカウントしていないもんね。「(スケジュールが)空いている時にやっちゃう? やったら喜んでくれるんじゃない?」という感じでやっているから、むしろ時間がある時(そこで)やれたらいいよね。……まぁ、次のアルバムに関して言うと、俺たち、『MUSIC LIFE』の時に失敗したんだよね。『BLEEZE』(※31)の♪真夏の愛を抱きしめて♪で始めるアルバムにもかかわらず、リリースは11月だったことを非常に後悔していて(苦笑)。「アルバムの内容と発売される季節を合わせようぜ」という話にはなっているので、次のアルバム用の曲が集まったら、その季節感を見て(リリースを)そこに合わせるよ(笑)。
※1:GLAY HIGHCOMMUNICATIONS TOUR 2016 "Supernova"
2016年1月より開催した全国19ヶ所30公演のツアー。4月21・23・24日の日本武道館3DAYSにてツアーファイナルを迎えた
※2:LUNATIC FEST.
LUNA SEAが主宰するロックフェス。2015年6月27日(土),28日(日) 幕張メッセにて開催。GLAYは2日目に出演。
※3:MUSIC LIFE
2014年11月5日発売
20年間の歩みが凝縮!進化し続けるバンドサウンドが結実した13枚目のオリジナルアルバム
詳しくはコチラ
※4:JUSTICE
2013年1月23日発売。初のセルフプロデュース作品として『JUSTICE [FROM]GUILTY』『運命論』を含む全10曲を収録。デビュー20周年にあたる2014年までの主な活動を発表し未来を約束したGLAYの新たなサウンドが凝縮した11枚目のオリジナルアルバム
詳しくはコチラ
※5:100万回のKISS
2007年1月17日に発売した通算35作目のシングル。CDのみの通常盤の他に4種類のDVD付きの限定版も同時発売
作詞/作曲 TAKURO
詳しくはコチラ
※6:Believe in fate
1996年1月17日に発売した8枚目のシングル「グロリアス」に収録された楽曲
作詞/作曲 TAKURO
詳しくはコチラ
※7:カナリヤ
1996年11月18日発売の3rd ALBUM「BELOVED」収録曲
作詞 TAKURO/作曲 JIRO
詳しくはコチラ
※8:SORRY LOVE
37枚目のシングル「Ashes.EP」収録曲。2007年10月31日発売
作詞/作曲 TAKURO
詳しくはコチラ
※9:航海
2002年9月19日発売の7th album「UNITY ROOTS & FAMILY, AWAY」収録曲
作詞/作曲 TAKURO
詳しくはコチラ
※10:2003年の(“HIGHCOMMUNICATIONS TOUR”)
2003年2月27日・日本武道館公演を皮切りに全国14ヶ所34公演を行ったアリーナツアー
※11:GLAY EXPO
GLAY主催による大規模ライブイベント
今までに「GLAY EXPO '99 SURVIVAL」「GLAY EXPO 2001 “GLOBAL COMMUNICATION”」「GLAY EXPO 2004 in UNIVERSAL STUDIOS JAPAN™ “THE FRUSTRATED”」「GLAY EXPO 2014 TOHOKU 20th Anniversary」を開催。観客総動員数は約63万5000人を誇る
※12:HOTEL GLAY
「来てくれた人全員が満足して帰ってくれる」ライブを目指し、ステージセットもホテルに見立てた「HOTEL」と「GLAY」のコラボレーションライブ
※13:Will be king
1999年10月20日発売の5th ALBUM「HEAVY GAUGE」収録曲
作詞/作曲 TAKURO
詳しくはコチラ
※14:アンソロジー
かつてのアルバムにもう一度スポットライトを与えるというコンセプトのもと、今までに2011年7月30日発売の「GLAY Anthology」、2014年5月25日発売のIndies Albumスペシャル・エディション「灰とダイヤモンドAnthology」、2015年10月28日発売の「SPEED POP Anthology」が発売されている
※15:BEAT out!
1996年2月7日発売の2nd ALBUM
詳しくはコチラ
※16:SPEED POP
1995年3月1日発売の1st ALBUM
詳しくはコチラ
※17:Yes, Summerdays
1995年8月9日に発売された6枚目のシングル
カメリアダイヤモンドのCM曲として使用される
作詞/作曲 TAKURO
詳しくはコチラ
※18:月に祈る
1996年2月7日発売の2nd ALBUM「BEAT out!」収録曲
作詞/作曲 TAKURO
詳しくはコチラ
※19:BELOVED
GLAY9枚目のシングル曲であり、3rd ALBUMのタイトルにもなっている
作詞/作曲 TAKURO
詳しくはコチラ
※20:pure soul
1998年7月29日に発売された4th album「pure soul」のタイトル曲
作詞/作曲 TAKURO
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※21:千ノナイフガ胸ヲ刺ス
1994年5月25日に発売されたIndies ALBUM「灰とダイヤモンド」収録曲
作詞/作曲 TAKURO
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※22:汚れなきSEASON
2010年10月13日発売した10th album「GLAY」収録曲
作詞/作曲 TAKURO
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※23:HOWEVER
1997年8月6日発売の12th Single
作詞/作曲 TAKURO
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※24:百花繚乱
20th Anniversary Year第2弾シングルとして発売
「百花繚乱/疾走れ!ミライ」ダブルAサイドシングル。「疾走れ!ミライ」とは正反対な、現代社会に対する風刺など革新的な内容を題材にしたストレートで“ヤバい”歌詞になっており、ヘビィなロックサウンドが印象的な楽曲
作詞/作曲 TAKURO
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※25:TILL KINGDOM COME
2014年11月5日発売した13th album「MUSIC LIFE」収録曲
ドラムに中村達也を起用した、グルーヴ感満載のロックンロールナンバー
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※26:UNITY ROOTS & FAMILY,AWAY
2002年9月19日発売の7th album
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※27:『疾走れ!ミライ』『HEROES』『空が青空であるために』
寺嶋裕二による日本の漫画作品「ダイヤのA」のTVアニメ主題歌の三部作
疾走れ!ミライ…2014年10月15日発売・51st Single「百花繚乱/疾走れ!ミライ」に収録
HEROES…2015年5月25日発売52nd Single「HEROES/微熱Ⓐgirlサマー/つづれ織り~so far and yet so close~」に収録
空が青空であるために…2016年1月27日発売・53rd single「G4・IV」に収録
作詞・作曲はすべてTERUが手掛けている
※28:“GLAY MOBILE Presents "Journey without a map 2016”
2月19日(金)仙台公演を皮切りに全国7か所にて開催されたTAKUROのインストツアー。
ライブあり、トークありの公開録音を各会場で行い、その模様はGLAY MOBILE「TAKURO MOBILE MEETING」にて配信された
※29:レス・ポール
2009年8月13日逝去、没年94歳。アメリカのギタリストであり、ソリッドボディーのエレクトリック・ギター、「ギブソン・レスポール」の生みの親
※30:Scoop
53rd single「G4・IV」に収録
作詞 TAKURO/作曲 JIRO
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※31:BLEEZE
GLAY 20th Anniversary 50th SINGLEと銘打たれた記念シングル「BLEEZE ~G4・III~」収録曲
2014年7月9日発売
作詞/作曲 TERU
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インタビュー:帆苅智之

Vol.55 HISASHI WEBインタビュー

HISASHI最新インタビュー。「G4・IV(※1)」からHISASHI作詞作曲の「彼女はゾンビ(※2)」についてのほか、“恵比寿最速(仮(※3))”や“HSMS(※4)”での活動、他アーティストへの楽曲提供・プロデュース…2015年を振り返ります。

2015.12.08

まずは、2016年1月27日リリースのシングル「G4・IV」のHISASHIさん作詞作曲「彼女はゾンビ」について。メッセージを込めた曲ではなく“超フィクションの世界”にしようと思って作られたそうですが、その発想のきっかけは? 全体のバランスを考えて、ということもあったのでしょうか?

HISASHI
タイトルが既に説明するまでも語るに落ちていますよね、というのも全ての因果を通り越して「だって彼女はゾンビ」というフレーズが生まれたからにはその恋愛の顛末を書かずにはいられませんでした。結果的には純粋な愛の歌に仕上がったと自負しておりますが、“G4”という一連の作品は個々の個性をより伸ばそう!というコンセプトなので、ミニチュアアルバムのような感覚で作れます。むしろタイアップ曲という盾が2曲あるのでそんな装備で大丈夫か?と聞かれたら「大丈夫だ問題ない」としか言えない状況のもとぶっ放したゾンビソングがリーダーの提案によりまさか1曲目になるとは・・全員「!( 3ω3 )エッ?」ってなりましたからね(笑)。亀田誠治プロデューサーの「そういうのも、アリ!」みたいな変なカメダンスで落ち着きましたけどね。

HISASHIさん独特の遊び心があふれていますね。“恋人がゾンビ”というテーマをひらめいて曲を作っていったのでしょうか、それとも曲に導かれて歌詞を…という感じでしょうか?

HISASHI
もはやゾンビなんて人間の創り出した負の象徴みたいな感じになってますからね、描ききれない人間の醜悪の擬人化とも言える作品化された彼らには心底同情します。なら金をくれって? もちろん!多額のゾンビ寄付は作品を通じてしてますよ、特殊メイクや人件費には多額の予算が必要だと思いますからね。 ゾンビといえば昨今のハロウィン馬鹿。あれはなんなんですかね? ネタ難民のキャンプなの?ってくらい汚いですよね、SNSの繋がりだけでリア充という下らない価値を大事にする寂しい人のお祭りなんですかね? 僕は大好きですがw

歌詞には、言葉遊びのように色々な作品名がちりばめられていたり、顔文字やZIN-SAY!など、聴いただけでは気付かない箇所もあって興味深いです。歌詞はスラスラと浮かんだのですか? 苦労した点やこだわった点は?

HISASHI
前回の「黒く塗れ!(※5)」ぐらい沢山のアイデアからどれを削ろうか悩んだ歌詞です。基本的にヘッドフォンしてます。すーぱーそに子(※6)の影響か?ってくらいデフォルト装備な感じで。というのも耳が良いせいか職業柄音を探しに行くのかとにかく関係のない音が耳障りでしょうがない、音楽を聴いていても外を走っているエキゾーストノートが気になったり、ホテルに居ても上下左右の足音物音が気になって全く集中出来ません!うるさいバイクとか成り上がりマセラティとかホント頭にきますね。誰もあなたの存在否定していないのでどうか離れた場所で排気サウンドのテストやって下さいって。あれ? 質問なんでしたっけ?

では、次の質問を。今回、ACE OF SPADES(※7)メンバーでもある宮上元克さんがドラムを担当されていますが、HISASHIさんからのリクエストだったのですか?

HISASHI
ACE OF SPADES(以下エースペ)のレコーディングも今夏、表面下で行っていたのでエースペ(以下ベースケ)のレコーディング乗りのまま録りました。ベースケ(以下猿人バーゴン)もドラマ「HiGH & LOW」内で挿入歌「SIN」が流れてますからね。猿人バーゴン(以下ゴン中山)も来年動きがあると期待しても良いですよ! なぜならゴン中山(以下ACE OF SPADES)今、超良い感じで乗ってますからね(・ω<)

「彼女はゾンビ」はもちろん、「G4・IV」においての、HISASHIさんのギターの聴きどころを教えてください。

HISASHI
やーよ♪

2015年も精力的な活動を続けてこられたGLAYですが、HISASHIさん個人の活動もかなり活発でしたよね。“HSMS”や“恵比寿最速(仮)”など、それぞれの楽しさ、魅力を教えてください。

HISASHI
車がガソリンで動く時代から電力に変わりはじめています。音楽もネットを介し配信され本も電子書籍になったりと変化が激しい昨今、未だ何も変わらないものがある!それは酒で動くHISASHIだ! 酒があったらなんでもしますしおすし。むしろ酒のない現場のオレの渇き方ったら、ねー…オサケちょーだい。

“最速”は、各メンバーが影響を受けたバンドの楽曲をカバーするということですが、メンバーの綾小路翔さん(Vo)、higo-viciousさん(B)、NAOさん(Dr)とのミーティングやリハーサルはどういう風に?

HISASHI
こう見えてみんな真面目なんですよ。リズム隊は初日から仕上がってるので、ギターがグダグダでもなんとかなります。問題は翔ヤンがリハに来るかどうかですね…来なくて当然来たらラッキーな感じです。まぁ彼の目の前にはスーパーコンピュータシステムの「歌詞君」というモニター? テレビ? 詳しく無いんですが凄いのがあるので、どんなに複雑な歌でもサラリと歌えてしまうのです。毎回やっぱりプロは違うな?と思ってギターを弾いています。ギタリストにも「譜面君」っていうスーパーコンピュータシステムがあるんだけどおっと誰か来たようだまた違う機会に話します!

4人の役割分担は? HISASHIさんから見た4人のバランスを教えてください。

HISASHI
やーよ♪

DJ Mass MAD Izm*さんとの“HSMS”は9月のロックフェスティバル“夏の魔物(※8)”に続いて、11月には初の東京でのイベント出演(“Ray-Van”)もありましたね。手応えや感想を教えてください。

HISASHI
成田くんに共感せざる得ない!と思いました。青森出身の自分でも行ったことのない僻地でのイベント、なかなか難しいと思いますが、続ける事の意味や大事さを皆感じて参加していると思います。今年色々とやってきた事をまた来年に昇華させたいですね。“ニコニコ超会議(※9)”も“夏の魔物”も“もしもしにっぽん(※11)”もとにかく楽しかったですね、なぜって? そー!酒っ酒(しゅ)。

昨年は遠藤ゆりかさん、日笠陽子さん、今年は藍井エイルさん、そして来年リリースのFLOW(※10)と、楽曲提供やプロデュースも続いていますね。楽曲提供の際、意識されるのはどのようなことですか?

HISASHI
ブレない事ですね♪あれ?歌詞ってオレ書くの?あれ?演奏しなくて良いの?あれ?締め切り今日まで?とかもう普通です♪僕にはメイザフォースがあるから何も怖くないよ!

最後に、2016年に向けての意気込みをお願いします。

HISASHI
2016年?強いよねえ。序盤、中盤、終盤、隙がないと思うよ。だけど…俺は、負けないよ。駒達が躍動する俺の将棋を皆さんに見せたいね!
※1:G4・IV
2016年1月27日Release
詳しくはコチラ
※2:彼女はゾンビ
「G4・IV」収録曲。作詞作曲HISASHI。従来のGLAYサウンドに新たな息吹をもたらすデジタルロックナンバーでHISASHI独特のコミカルな歌詞のフレーズが散りばめられた痛快な楽曲
※3:恵比寿最速(仮)
アクセサリーブランド「PUERTA DEL SOL」の創業20周年を記念して開催されたイベント「PUERTA DEL SOL THE KNIGHT 20th Anniversary」に出演したバンド。 メンバーは、綾小路翔(Vo)、HISASHI(G)、higo-vicious(B / ANIPUNK)、NAO(Dr / FOOD、ex. BY-SEXUAL)
※4:HSMS
HISASHIとDJ Mass MAD Izm*によるユニット。
※5:黒く塗れ!
2014年7月9日発売50th Single『BLEEZE ~G4・III~』収録曲。作詞作曲HISASHI。
※6:すーぱーそに子
ニトロプラスのライブイベント『NITRO SUPER SONIC(NSS)』のマスコットキャラクターで、ガールズバンド『第一宇宙速度』のボーカル&ギタリスト。HISASHIをフィーチャリングしたGUITAR MAGAZINE SPECIAL ARTIST SERIESでの対談や、HISASHI作曲の「GIANT STRONG FAUST SUPER STAR」をカバーしている。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm24961099
※7:ACE OF SPADES
HISASHI(Guitar)TAKAHIRO(Vocal)TOKIE(Bass)宮上元克(Drum)からなる4ピースバンド。
※8:夏の魔物
青森県で開催されているロック・フェスティバル。 正式イベントタイトルは、「AOMORI ROCK FESTIVAL -夏の魔物-」。通称「夏の魔物」と呼ばれている。主催はAOMORI ROCK FESTIVAL実行委員会。また、同名のバンドのデビュー曲「恋愛至上主義サマーエブリデイ」にゲストギタリストとしてHISASHIが参加。
※9:ニコニコ超会議
株式会社ドワンゴが主催するニコニコ動画の「会議」(オフラインミーティング)を自称した参加型複合催事。 今年行われたステージでは、超RX-72 ~ HISASHI(GLAY) VS 茂木淳一 ~の公開生放送を実施した。また、HISASHIがソロで『もってけ!セーラー服』を含む複数曲の演奏を行った。
※10:FLOW
1998年に結成された日本のロックバンド。2016年2月3日リリースされる10枚目のオリジナルアルバム「#10」収録の「Oblivion」にHISASHIが楽曲アレンジで参加。
※11:もしもしにっぽん
日本のポップカルチャーを世界に向けて発信する“もしもしにっぽんプロジェクト”が仕掛ける、日本ポップカルチャーの祭典「MOSHI MOSHI NIPPON FESTIVAL 2015 in TOKYO」。HISASHIは11/8に『HSMS』として出演。

インタビュー:草野美穂子

Vol.54 WEBインタビュー

2015年5月30日・31日に開催された、GLAYにとって10年ぶりの東京ドーム公演。その模様を完全収録したDVD&Blu-ray『20th Anniversary Final GLAY in TOKYO DOME 2015 Miracle Music Hunt Forever』が11月11日にいよいよリリースされる。PREMIUM BOXとSPECIAL BOXには、2月8日に行われた横浜アリーナ公演も収録。ライブ3公演の監督を務めた映像界の異才・森田空海氏と、GLAYのマネジメント戦略を束ねる熊谷祐一の2人が語る、撮影秘話、作品の見どころとは?

■森田空海(もりた・くうかい)/演出業ほか。
1965年、大阪府出身。TV番組制作会社でキャリアをスタートし、1991年、スペースシャワーTVの開局2年目に移籍・上京。現在はフリーランス。ドラマや舞台、MV・ライブ映像・音楽番組などの演出を多数手掛ける。
ライブ作品の代表作に、『STARDUST REVUE オールキャストで大謝恩会』(DVD)、『由紀さおり & Pink Martini Japan Tour2012』(WOWOW)、『KYOSUKE HIMURO 25th Anniversary TOUR GREATEST ANTHOROGY -NAKED-FINAL DESTINATION DAY-01 & DAY-2』(DVD)などがある。
※公式HP
http://rehab1105start.wix.com/kookai-morita#!home/mainPage

2015.11.11

最初に、森田空海さんに監督をお願いすることになった経緯から教えていただけますか?

KUMAGAE
『GLAY EXPO 2014 TOHOKU 20th Anniversary(※7)』の際、WOWOWさんで生中継をすることが決まり、局のプロデューサーさんと話をしている時に、空海さんのお名前が挙がったのがきっかけです。その時に資料として観せていただいた作品がものすごく良くて、「是非ご一緒したい」と思ったのですが、EXPOはもう監督が決まっていたので、「次回のGLAYの作品で」となりました。当時は横浜アリーナ公演(※8)を単体の映像作品としてリリースする想定をしていまして、まずはそちらを撮っていただこう、と。それに先立ち、アリーナツアーを何公演も観に来ていただくことになったんです。

森田さんの映像のどんな部分に惹かれたのでしょうか?

KUMAGAE
言葉で説明するのは難しいのですが、荒々しさというか、ミュージシャンを撮るにあたってのスピード感のようなものが抜群でした。すごくカッコよく切り取ってくださる方だな、という印象がありました。
MORITA
ご一緒するのは今回が初めてですけど、僕の人生もGLAYが過ごして来た時代と共にありましたから。縁を感じて、お引き受けすることにしました。
KUMAGAE
本当に「はじめまして」からのスタートでした。
MORITA
はい。だから、「横浜アリーナ公演が試験みたいなもんや」と思っていたんです(笑)。
KUMAGAE
いえいえ(笑)。

実際にGLAYというバンドに向き合われて、どんな印象を受けられましたか?

MORITA
とにかく、めちゃくちゃ仲がいいですよね。それと、「解散しません」宣言をしたぐらいですから、根っから、本気の塊でずっと20年間続けてきたんだろうし、だからこそスタッフがたくさん付いてるし。横浜アリーナ公演を撮る前に、大阪や徳島、福井でのライブも観たんですが、どの会場も満席。立ち見で(お客さんが)ビッシリなんですよ。「これはすごいな!」と。こういう日本のバンドがきちんと存在しているんだな、と感じたし、これはますますヘタなことはできんぞ、とも思いました。

撮り方、コンセプトはどのように決められたのですか?

MORITA
先ほど熊谷さんからもお話があったように、当初、横浜アリーナ公演を単体の作品として出す計画もあったので、たくさんのカメラ台数の撮影プランをまずは一度プレゼンしたんですけれども、その後減らした、という経緯があるんですね。減った状況の中でどうするか?と考えた時、横浜アリーナ公演をいかにも「横浜アリーナです!」という(大会場らしい)撮り方をするのではなくて、ライブハウスのような感じで撮りたいな、と思ったんです。台数が少ない分、手持ちカメラにして、振り回して。そのため、想いのほか乱暴な映像になったので、最初は「そこまでやるか!」と、かなりビックリされたと思うんですけど(笑)。
KUMAGAE
(笑)。空海さんの作品を最初に観た時、その荒々しさが良かったので、「ハンディーカメラをたくさん入れる」と聞いた時も、「いいじゃないですか?」と思ったんです。でも、最終的に図面を見た時に、「あれ? ここまで極端に入れ替える…?」と驚きました(笑)。でも、ファンの方はご存知のごとく、僕らはこれまで既にたくさんのライブ映像作品をつくってきていて、同じことやるのはまったく面白くないので、懸けてみよう、チャレンジしよう、と。結果的に、東京ドーム公演の映像との差別化ができましたし、良かったです。
MORITA
そうですね、たしかに。

東京ドーム公演は、GLAYにとってもファンの方々にとっても特別な意味のある公演でしたが、そういったライブを撮られるにあたり、いちばん心掛けたことは何ですか?

MORITA
撮らせていただいたのは本当に光栄なことですが、“GLAYの20周年”という部分に自分が沿い過ぎてしまって、のめり込んでしまうとダメだ、とも思っていたんです。これはどのライブでもそうなんですが、僕は基本的にあまりアーティストの“ファン”にならないようにしています。俯瞰で客観的に観て、ファンの方はもちろん、それ以外のより多くの方も観られる作品にしなければいけない、と思っているので、その姿勢はどのライブでも崩したくない。その中で、20周年という華々しい、いわば目的地点をどう押さえていくのか?ということですね。それと僕は、ライブは“ありのまま”が一番だと思ってるんですよ。でも、ありのままをそのまま見せたいんだったら、今は解像度のいいカメラがいくらでもあるので、1台でいいじゃないですか?
しかし、そういうありのままではなくて、例えば、ギターを弾く手元だったり、顔のアップだったり、そういったアングルなどを駆使して、会場では観られない映像を組み立て直し、本当のありのままにどれだけ近付けて行けるか。そこがライブ映像の演出の醍醐味だと思っているので、ブレないように心掛けて。編集している時はのめり込みますが、何度も何度も“上から”、ドーンと構えて冷静に観る自分に戻るようにしています。その感覚を編集中ずっとキープするのが僕の仕事。でも、今回は3つのライブで全70曲以上、とアイテム数がものすごく多かったので(笑)、それが一番大変でした。

メンバーから、撮影に対するリクエストはあったのですか?

KUMAGAE
毎回違う撮影を試みる中で撮影済みの映像を観て「この撮り方は、効果的では無いので次回からは辞めましょう」といった意見などありました。例えば今回、東京ドームで初めてフライングモンタ(空中特殊撮影機材。サッカーのワールドカップや映画などで活用されている)を導入したんですね。4点吊りでケーブルを引っ張って操作し、変幻自在に動けるカメラでして、ステージに向かってスーッと近づいていくようなダイナミックな撮影が可能になりました。観ていて「気持ちいい!」と感じていただけると思うので、ご覧になった方には是非その箇所を見つけていただきたいな、と思います。
MORITA
初日の「浮気なKISS ME GIRL(※6)」で、2つのデベソ(アリーナにせり出した花道)にメンバーが出て来たところをカメラが真上でグルッと回って撮っているんですが、そこが一番(フライングモンタの映像を)長く使っているカットです。あんなの、普通のカメラでは撮れないですからね。
KUMAGAE
そうですよね。今回、台数を減らした横浜アリーナ公演でもカメラ30台、東京ドームは何台入れたんでしたっけ…?
MORITA
ええと、ザクッと数えても50台ずつです。通常のドーム公演の台数を考えると、多いと思います。編集はやはり、そのために時間が掛かりましたね。横浜のライブの最初のバージョンの編集がだいたい1週間から10日でできたんですけど、東京ドームはそれぞれ2週間越えで、15、16日ぐらいずつ掛かりました。
KUMAGAE
カメラ素材から、空海さんの思うベストの方向に引っ張っていくわけですからね。 編集はすごく長い道のりですね。
MORITA
横浜、ドームのDAY1、DAY2で、同じ曲をやっていても同じように見えるのは僕の職業倫理上絶対にダメなので、全部違うものにしたい、というのはまずありましたしね。それと、できるだけ何回も観てほしいし、飽きの来ないものにしたかった。50カメもあると、方法論は100億通りほどあると思うんですよ。アングルだけではなく、使う秒数が違っても変わってきますし。でも、正しい答えは5つぐらいや、と僕は思うんです。早い段階で1つに絞り込まないほうが良くて。そして、さらにひとつを目指すのではなく、3つに入るぐらいを目指して、徐々に突き詰めていく。それが今回もできたし、僕らの正しい仕事なのかな?と思います。
KUMAGAE
東京ドームほどの大きさになると、メンバー全員がずっとアクションをしているので、(カメラで)追うのも大変も大変とは思うんです。例えば、ここでHISASHIが手を挙げていたけど、同じ場面ではJIROもジャンプしてるなど。ですので僕らも現場で起きたことを必死で思い出しつつやるんですが、「でも、この場面を切り取ってないということは、空海さん、こっちを推したんだ」というのも推し量って。そういう組み立ては本当に難しいな、と痛感しました。
MORITA
同時進行でいろんなことが起きりますからね。だから、いくらここでTERUがカッコよくても、あえてTERUに行かず、TAKUROに行く。その心は、その何秒後か、あるいは数十分後かに、もっとカッコいいTERUが出て来るから。そのためにここではあえてTERUを見せない。そういうやり方があるんですよね。編集って、切ったものを「素材を捨てる」と言うじゃないですか? でも捨ててはいないんですよ。僕の場合は「含む」という考え方なんです。後々、切った映像よりもカッコいいTERUを見せる、という組み立て方ですよね。

今回、森田さんがいちばん苦労された曲というと何でしょうか?

MORITA
曲としてはやっぱり「BLACK MONEY(※1)」。一番時間が掛かったんですよねぇ…。いわゆるパンクな曲じゃないですか? でも、JIROとHISASHIがけっこう接近するので、(2人の間にカメラが割って入れないため)非常に撮りにくい、という技術的な問題がまず一つ。それに、最初は激しく始まるんだけどもすぐに歌い出して、それ以降は人物的にはさほど動かない。歌詞の文言やサウンドは過激なんですけれどもね。かつ、あの曲の空気感とビートを出すために、1回ある編集プランを提案したら、「もっと激しくお願いします」と。だから、「いいんですか?」ということで本当に無茶苦茶やったら、「ちょっとやりすぎです」と返って来まして(笑)。
KUMAGAE
ははは!
MORITA
その駆け引きを繰り返す中で、気が付けばものすごく時間が経っていて。すごく短い曲やのに(笑)。結局、30時間ぐらい掛かりましたよね?
KUMAGAE
ご尽力、有難うございます。
MORITA
僕、「好きにやってください」と言われると、リミッターが外れるタイプなので(笑)。
KUMAGAE
横浜アリーナ公演でお仕事をご一緒した時に、それは分かりました(笑)。でも、最終的にはめちゃくちゃカッコよく仕上ったので、「BLACK MONEY(※1)」には是非注目していただきたいです。

では、森田さんにとって一番グッと来た、涙腺が決壊するポイントはどこでしたか?

MORITA
「軌跡の果て(※5)」と、最終日の「MUSIC LIFE(※2)」かな。特に「軌跡の果て」は、初日と2日目を観比べていただきたいですね。連続で観ていただくと、より感動が深まると思います。それと、冒頭でメンバーが出て来てファンの方たちが狂喜する場面。ああいうのを観ても、僕、やられてしまうんですよね。
KUMAGAE
歓声がものすごく大きかったですしね。

待っていた皆さんの熱がひしひしと伝わってくる、大変エモーショナルなオープニングでした。

MORITA
ライブ編集は、オープニングから最初のMCが入るまでが肝なんですよ。「よし、続けて最後まで観よう」とか、「もう一回、巻き戻して観よう」とかいう気にさせる、いわゆる掴みですよね。そこを外してしまうとダメなので、そのセクションをガッチリ固めるまでに、かなり時間を掛けました。最終的に、泣いたり感動したり、「カッコいい!」とか「会場にいるみたい」と思わせたいわけなので、そこに対して“正しい入り口”になってるかどうか?ということですね。だから、すごいカメラワークを小出しにして見せたり、僕の編集の味を出したり。例えば、横浜アリーナ公演の冒頭には、(カメラを)振り回しているカットをちょっと入れたりして、「今回はこれで行きますよ」と示す、ということですね。

冒頭でスタイルを“宣誓”して惹き込む、ということでしょうか?

MORITA
そうですね。それが僕の狙いですし、そうあるべきだと思ってます。

2日目、デビュー曲「RAIN(※3)」でYOSHIKIさんが登場される場面はハイライトでしたが、どんなことに気を配られましたか?

MORITA
GLAYにとっての原点で、思い入れが一番ある曲でしょうから、神妙に撮っていましたね。メンバーもずっと、感極まっていましたから。実際、現地でのリハーサルは1回ありましたが、ほぼ一発本番みたいな気持ちでカメラマン、スタッフは撮っていました。

恩人であるYOSHIKIさんとGLAYの歩みについては、事前に資料をご覧になってから撮影に臨まれたのですか?

MORITA
それはないですね。僕も、全然接点はなかったですど、GLAY、X JAPANとは同じ時代を生き、ずっと走って来ていますから。そういう時代感、空気感だけですよね。そこさえあれば、あとは自ずと…と思っています。僕がもしそういう資料をガッツリ読み込んでいたら、撮り方が変わっていたと思いますね。

そこはあえて“沿い過ぎない”、というスタンスですね。さて、2日目の公演はWOWOWでの生放送がありました。OA済みのライブを再構築する際は、そうでない場合と比べて、心構えが違うものなのでしょうか?

MORITA
放送されているのを観ないのが一番いいんですよ。再放送用にスイッチングを直すため、僕は1回観てしまっているんですけれども、それを「抜け!」と(自分に)暗示を掛けて、とにかく冷静に俯瞰で見るのが大事でした。生放送は、僕も何度も仕事したことのある、野藁さんという方がスイッチャー(※9)をされていて。動物的にカメラを切り替えることのできる、すごく優秀な人なんです。でも、見落としている部分もいっぱいあるわけですからね。この作品がライブ映像のコンプリート版だ、と僕は思っています。
KUMAGAE
50カメ分というと、時間にすると何百時間もあるわけですよね。それをすべて吟味した上での再編集なので、生放送とはまったく違うものになっていると思います。
MORITA
再構成にあたり、「メンバーそれぞれがグッと来ている部分をどこで・どう出すか?」というのは、けっこう考えたポイントですね。ネタばれになるので「どの曲で」とは言いませんが、TAKUROさんが涙声でコーラスしているところとか、JIROさんの絶叫とか。そういった部分が“活きる”ために、じゃあそこまでどうやって(感情が)向かってきたのかな?と、時間を遡って考えて、編集をやり直したりもしました。「今この瞬間にグッと来ているから」と言って、その都度顔を映していては、肝心な場面が効かなくなってしまうので、かなり気を付けましたね。俯瞰で、客観的にとは言っても、それぞれのメンバーがグッと来ている場面に僕ももらい泣きしながら編集していましたよ(笑)。「いやあ、頑張って来たなぁ~!」とか言いながら(笑)。

(笑)。2日間の編集方針には、何か具体的な違いはあったのでしょうか?

MORITA
1日目よりは、2日目にお客さん(のカット)を多く入れた、というのはありますね。両日同じ曲があるので、「違いを出したいな」と思っていたのもあるし、2日目はやはり「やっとやりきれるぞ!」というような、メンバーから出て来る想いのようなものがあるじゃないですか? それは受け止めるお客さんの側にも、当然あるので。もちろん初日には初日ならではの感動があるし、どちらもいいんですけれども、2日目にお客さんのカットを少し多めに入れることで、トータルで観た時、2日間のよさがより伝わるんじゃないかな?と思いますね。
KUMAGAE
横浜アリーナ公演から、モビーカム(※10)というカメラを導入しているんですが。カメラマンがステージに登ってメンバーの近場で撮る、という臨場感を出そうとずっと試みていまして。

函館アリーナのこけら落とし公演時に、水兵さん姿のカメラマンさんが操っていたものですか?

KUMAGAE
あのカメラです。モビーカムがステージに登る曲は、1ステージにつき3、4曲ぐらいに絞っているんです。あまり多いと観ている方の気が散るので(笑)。横浜ではこの曲で登ったから、ドーム初日はこの曲、2日目はこの曲、と変化も付けているので、結果的に、映像の見え方も全然違うと思います。
MORITA
それは、優秀なテクニカル・ディレクターである角井さんのアイディアでもあったんですよ。彼がずっと“出し映像”(ライブ本番中、ステージ左右のスクリーンに映し出されている会場用の映像)を担当していて、GLAYのスタッフと一緒にチームでやっていたからこそ実現できた。僕がいきなり言ってできるものではないですから。
KUMAGAE
角井さんが撮影監督で、空海さんが監督、という体制でしたね。カメラの共有はもちろん、角井さんはツアークルーでもあるので、「ここで(メンバーが)こういうことをする」という情報を持っている。それを全部空海さんと共有してもらいつつ、「さらに、DVDになるからこういうふうに撮ってほしい」という意向も伝えて。ツアーを廻っているチームはやはり、客席遠方からでも見えやすいように、分かりやすく、顔を中心に撮るんですよね。でも、作品用の映像としては、全体の空気感を伝えないといけない。そこで、空海さんと連携してもらって、いろいろと揉んだ上で撮ってもらっていました。

これまで様々なアーティストの作品に携わってこられた森田さんですが、このたびライブ撮影・編集を終えられて、GLAYというバンドに対して一番強く思うのはどんなことでしょうか?

MORITA
ロックをやるっていうことに対して、突き詰めて本当に真っ直ぐなんだな、と思いましたね。それが一番美しい。亀田誠治さんが、「GLAYはもう既に日本のビートルズだ」というようなコメントをなさっていたのを読んだ記憶があるんですけど、まさにそう。日本のスタンダードであるべき存在だし、かつ、冒険心を忘れていないので、常に何かチャレンジしようとしている。その過程で、だいたいバンドというのは、メンバー同士の意見が衝突するもので…もちろん、GLAYにも衝突はあるはずだと思うんですが、その中できちんと、正しい方向に皆で持って行っている様子が、観ていて伝わってきますよね。そうでないと、本当に“仲がいい”あの空気は出ないと思うんです。すごいですね、本当に。

では最後に、今後のGLAYに期待することをお聞かせください。

MORITA
撮影に入る前に1回だけ、リハーサルスタジオで挨拶させてもらったんですけど、ノーメイクの彼らがものすごくカッコよかったんですよ。だから、いつかどこかで、ノーメイクでのライブをするとしたら、それもまた楽しみですね。年を重ねると、いつかそういう時が来ると思うので。あとは、健康かな。僕は今50歳なんですけど、あっという間に彼らも50になっていくだろうし、そうすると、いろんなガタが出てくると思うんですよ(笑)。そこをきっちりと乗り越えてほしいですよね。「解散しない」と言っているけど、一人病気してしまうと、やはり大変なことになってしまうわけだから。健康診断を欠かさずに、しっかりと栄養を摂ってほしいな、と思いますね(笑)。
※1:BLACK MONEY
JIROとHISASHIのツインボーカルによる未発表曲。「GLAY EXPO 2014 TOHOKU 20th Anniversary」にて初披露された。
※2:MUSIC LIFE
2014年11月5日発売
好評発売中
詳しくはコチラ
※3:RAIN
YOSHIKIがプロデュースした1994年5月25日リリースのデビューシングル表題曲。
※4:X JAPAN
日本のヴィジュアル系ロックバンド。1989年にX(エックス)としてメジャーデビューし、1992年にX JAPAN(※4)に改名。1997年9月22日に解散を発表し、同年12月31日に解散。2007年10月22日に再結成。
※5:軌跡の果て
1996年2月7日発売2ndアルバム『BEAT out!』収録曲。
※6:浮気なKISS ME GIRL
2014年11月5日発売13thアルバム『MUSIC LIFE』収録曲。
※7:GLAY EXPO 2014 TOHOKU 20th Anniversary
※8:横浜アリーナ公演
GLAY ARENA TOUR 2014-2015 Miracle Music Hunt 2/8 横浜アリーナ
※9:スイッチャー
映像制作現場において、画面の切り換え操作を担当する人。
※10:モビーカム
ハイビジョン撮影が可能な小型・軽量ビデオカメラでグリップを持ちブレないよう撮影ができる機材。

インタビュー:大前多恵

Vol.53 TAKURO WEB INTERVIEW ABOUT 『SPEED POP Anthology』

『SPEED POP Anthology』発売直前! TAKUROが語る“Anthologyシリーズ”の意義と、メジャーデビューアルバム『SPEED POP』への想い。そして、今まで語られることがなかったデビュー秘話も。

2015.10.27

INTERVIEW「『SPEED POP Anthology』とはどういう作品であるか?」に関しては、webサイトでの紹介文と、何と言っても同梱のDVDに収録されているTAKUROさんの解説が素晴らしく、正直言って、こうして取材するよりも、そちらをご覧いただくのが最良ではないかと思います(笑)。

TAKURO
だったら、ここで昔話のひとつでもして、それで(『SPEED POP Anthology』の)コンプリートということにしますか(笑)?

(笑)いや、それは忍びないので、まず、改めて、このアンソロジー・シリーズの意味合いをうかがってみたいと思います。

TAKURO
これは今の時代、高額商品と言えますよね? 丁寧に作るものはそれだけお金もかかるし、どうしても金額は上がってしまうけれども、自分たちのアルバムの楽曲ひとつひとつを今後も大切にしていきたいと思うとき、やっぱり今の時代の音楽の聴かれ方に対する反発心、反抗心、ないしは──これはまったく別の言い方になってしまうけれども、「音楽を聴くということの未来を占うような仕事をしたいなあ」と思うところがあって。もちろん、例えばGLAYとはまったく別のセッションで「今度こういう曲をやるから」って言われたら、俺はそれをYouTubeで聴いて譜面に起こしたり、iTunesその1曲だけを買ったりもする──そういうことはミュージシャンである俺でも日常的なわけです。『ダイヤのA -SECOND SEASON -(※1)』の(主題歌である)『空が青空であるために(※2)』も、パッケージの発売は全然先だけど、いち早く配信するように、俺たちはそうした今の音楽の在り方に対しても実に寛容に受け入れている。でも、その反面、自分たちがやってきたことのひとつひとつに対して──これはジョン・レノン的な言い方になってしまうけれども、それらにチャンスを与えたいとも思うんですよ。20年もやっていれば、例えば、初めて聴いたGLAYのシングルは『I LOVE YOUをさがしてる(※3)』で「Mステで見て感激しました」という人もいるだろうし、そういう人たちに対しても昔のアルバムを聴いてほしいし、今レコード売り場でどうなっているのかも、中古屋さんで取り扱っているかどうかもわからない俺たちのかつてのアルバムに20年の時を経てもう一回チャンスを与えたいということです。

再びスポットライトを当てたいということですね、よりしっかりと?

TAKURO
アルバム『GLAY(※4)』で「これはGLAYサウンドとしてなかなかいい位置まで行った傑作なんじゃないか!」と思ったとき、「その楽曲ひとつひとつのメンバーとのやり取りをファンの人たちと共有してみたらおもしろいんじゃないかな?」って『GLAY Anthology』を作った──簡単に言えば、「知らない人の結婚式に迷い込んだとしても、そこでの子供の頃からのスライドを見たり、父親への手紙を聞けば涙が出るだろう?」ということなんですけど(笑)、そういったふたつの聴き方をすることで初めてフェアな気もするんですよ。それは自分のなかでの戒めみたいなものでもあるんですけど、「この新曲、よくないよね?」って聴き飛ばされてしまうような音楽が世の中にはたくさんあって、ファンですらそういうところに陥ることも少なくないなかで、どのミュージシャンもそうだろうけど、気合を入れて作ったものに関しては「改めて今聴いてみてどうですか?」と評価を問いたいし、「この子にはこういう違う面もあった」とか「生まれたときはこんな感じだった」ということも知らせたいんですよね。そこには先生みたいな佐久間さん(※5)や、マイケル(※6)のような職人たちもいたけれども、バンドとして狭いスタジオに集まった赤の他人たちは、決して最初から仕事をきっちりとして5時になったら「さよなら」というプロ中のプロではなかったわけですし。「作り手の想いなんて関係ない。その作品が良ければそれが全てなんだ」という考え方と、「このアルバムに関しては、こういうエピソードがあって、こういった物語のなかから生み出されたんだ」という考え方があるとすると、このプロジェクトは「音楽により物語性を与えたい」というのが今の偽らざる気持ちですね。

20年前の音源をよりふくよかなものにしたいということですね。実際、リミックス&リマスタリングされたDISC1ですが、これ、やっぱり20年前のオリジナル音源と聴き応えが違いますよね?

TAKURO
違うよね。まあ、当たり前だけど、20年前には20年前の解釈があって、今は今の解釈があるわけでね。今回は「こういう聴き方もあるよ?」というか、「こういう隠れた音もあったよ?」という感じで、俺自身も発見が多かったですよ。

個人的には「明らかにここが違うよね」という派手な差異ではなく、20年前の音源に比べて奥行きを増したような、不思議な印象があります。

TAKURO
それはマイケルと佐久間さんとのチームプレイが素晴らしかったことは言うまでもないんですけれども、佐久間さんが亡くなられて、意見も訊けず、お話しできなくなってしまった今、随所々々で「佐久間さんは何と俺らの未来に繋がるような確かな仕事をしてくれていたんだろう」と思ったよね。もちろんサポートしていただいたドラマーの方は一流どころばかりだったし、ドラムは何も問題がないんだけど、あの当時は俺たちバンドだけだったら間が持たなかったもんね。俺たちがどうしていいかわからずにフレーズが止まる瞬間に、スッと次に展開を予感させるような音がチョコチョコと入っていて──それが、(『SPEED POP』自体)あんなに聴いていたはずなんだけど、今回解体するまで気付かない場所もいっぱいあったよ。

当時、佐久間正英さんにプロデュースされていた、とあるアーティストから「翌日、スタジオに行くと、ちゃんと佐久間さんが音源を仕上げてくれていてびっくりした」なんてエピソードをうかがったことがあります。どこかマジシャンのようなプロデューサーだったそうですね。

TAKURO
そうそう。当時の俺たちはそれに気付いていなくて、「自分たちが今日できることは目一杯やった。頑張ったね」で終わっていて、その後の佐久間さんの苦労を労っていなかったのかもしれない。

アーティストの死後に発見されたとか言って発売されるような音源が洋楽でたまにありますし、それこそ海賊版であったり、正式な手続きを経ないでリリースされる音源って昔からあるじゃないですか? アンソロジー・シリーズにはそういったものに対するアンチテーゼでもあるのかなとも思ったりしたんですが、その辺はいかがでしょうか?

TAKURO
正解です。俺、メンバーの意思が反映されないアンソロジーとか、生きている人たちに対するトリビュートがあんまり好きじゃなくて、hideさんのトリビュートも相当拒んだんだよね。

あ、実はそうでしたか。

TAKURO
まあ、トリビュートも、ひとつの音楽として、例えば、“ビートルズのボサノヴァ・バージョン”みたいなものは、それはそれでいいと思うんですよ。カフェで流れてる牧歌的なものは…ね。でも、ロック・ミュージックを目指して「これからこれを育んでいくんだ!」って熱い魂のやり取りをするときの自分のアティチュードとはちょっと違うよね。まあ、ファンの人たちは俺たちがどういう人間か知っていると思うけど、俺たちは休みのときにメンバー全員でピクニックに行っちゃうくらいのバンドだけれども(笑)、こと他者に対するリスペクトや、自分の音楽に対する想い を考えたとき、あんまりオリジナルをいじって…という風にはならない。少なくとも俺は…ね。音楽に対する遊びを楽しもうというメンバーもいて、以前、洋楽の好きな曲を集めてコピーをしたこともある。カバーじゃなくてコピー。俺たちはアマチュア時代が長かったからコピーバンドの楽しさも十分知っているから。だけど、アンソロジーに「どの楽曲を入れるか? どの写真を入れるか?」というのはメンバーが健在のときに皆に訊いて、「この写真は恥ずかしいから止めてくれよ」という意見も含めて作っていきたいよね。

作り手の体温が感じられるものであってほしいということですね?

TAKURO
もし明日、俺たちが全員消え去ったとしたら、スタッフが「TAKUROはどんなアンソロジーが作りたかったんだろう?」と言っても、それに答える術がないからね。天国の俺たちが「それを使うのだけは勘弁してくれよ」という写真が使われていてもどうしようもない(笑)。だったら…ということだよね。あと、これは俺の個人的な想いだけれども、GLAYはもう曲がり角に来ただろうと。それは人生と同じ。40歳を過ぎて、そこからその3倍を生きる人間は稀なわけで…ね。そんな思いのなかで、自分たちが今までやってきたことをひとつひとつ検証することで、とにかくすごい発見があるから、それを今生きていること、明日の活動に続けたいということです。引退してから、おじいちゃんになってから昔を懐かしむんじゃなくて、走り続けながらその合間々々に今までやってきたことを掘り起こしてパッケージ化しておき、それを、それこそ60歳を過ぎてから「いいものを作ったな」と懐かしく思えるように…という。そこで「さてと…」と腰を上げるんじゃなくてね。

自らのなかでの温故知新みたいなものでもあるという?

TAKURO
『灰とダイヤモンド Anthology(※7)』のときもそうだったけれども、(アンソロジー・シリーズは)本当に発見が多くて。当時の関係者にインタビューすることで自分たちが今どういう場所に居るかわかるし、俺はそれによって過去と未来をつないで縦軸と横軸を作っているようなところがあって。過去を振り返るのが嫌いだという人もいるし、10年先の未来を描かない人もいっぱいいるなかで、俺、GLAYとしてより良い活動をするために縦軸と横軸は常に意識していて、「今、登山の何合目なのか?」ということは強烈に意識しているんですよ。それは当時からね。その標のひとつとなるようなものは、移ろいやすい人間ではなく、過去に作ってしまって手の加えようがない作品群だったりするから、そういった作品に教えられることはいっぱいあるよ。

しかし、ホントGLAYはお蔵入りも出し惜しみもしませんね? 『THE GREAT VACATION(※8)』(2009年)の頃から、今あるものは全部出すくらいのスタンスです。

TAKURO
それは、ファンの人たちのことを信頼していて、感謝しているからじゃないかな? 2005年に自分たちの事務所を立ち上げたときから一番頼りにしていて、それこそ間接的にしろ、直接的にしろ、一番相談に乗ってもらったのはファンの人たちだと思うんです。そこで「この人たちは本当に信頼できる人たちだな」と思ったら、俺が普段感じているGLAYの楽しみみたいなものをシェアできたらいいのに…と思ったんだよね。ギター1本で歌っているときのTERUの声の素晴らしさや、自分1人できっちりとデモを上げるHISASHIのスキルの高さといったものは、その後にGLAYのメンバーが解体してしまうわけだから大抵ファンの人たちは聴くことができないわけだけど、20年経てば作り手の方にも、写真にせよ何にせよ、(それを発表するのに)恥ずかしさはなくなって、「GLAYの歴史的資料として出してもいいよ」というOKラインが下がったということもありますよね。

何よりもしっかり受け止めてくれる顧客がいてくれたことが大きいわけですね。

TAKURO
そう。だから、本チャンよりもいいデモがあれば「これを聴かせてあげたいな」と思うわけですよ。

今回『SPEED POP Anthology』のDISC2に『HAPPY SWING(※9)』『ずっと2人で…(※10)』『REGRET(※11)』のアコギと歌のみのデモ音源が収録されていますが、メロディーは恐ろしいほど変わってないし、さすがに声は若いものの、TERUさんの美声は変わっていないことを確認できます。これを聴けるというのは確かに幸せなことですよ。

TAKURO
佐久間さんが当時、「TERUくんの魂の歌声を一番最初に聴けるのはプロデューサー冥利に尽きる」と仰っていたけれども、疑似的ではあるものの、そういったことを皆にも体験してもらえれば…ということですよね。

お蔵出しは『心に雨が(※17)』と『MOON GOLD(※18)』という未発表曲ですね。

TAKURO
(未発表曲は)アルバムが出る度にあるわけですよ。(何故未発表だったかと言うと)そのときの気分によるところも大きいんだろうけど、アンソロジーでは皆が知っている曲の幼少時代を見せるだけじゃなくて、「本来だったら輝かしいステージに立つはずだった曲たちがあってこそ、このアルバムがあるんだ」という風に拡大解釈をしたら、「あ、そうか。俺はもっとおもしろいものを作れるかもしれないな」と思うわけですよ。

なるほど。それは素敵な解釈ですね。

TAKURO
(アルバムから)漏れたからといって、それはその楽曲のクオリティの問題ではないんですよ。

実際、『心に雨が』と『MOON GOLD』とは何ら問題のない曲ですよね?

TAKURO
うん。何で入れなかったかというジャッジも今となっては記憶が曖昧なくらい。だからこそ今回(DISC2に)入れることができたところもあるね。

『MOON GOLD』に関して言えば、『ずっと2人で…』があったから、バラードが被るのを避けたのだろうなという想像は付きます。

TAKURO
(『MOON GOLD』は)多分あの世界観からすると、『灰とダイヤモンド』のときに収録することを考えたんだけどダメで、『SPEED POP』のときにも考えたけどダメで…ということだったんじゃないかな? で、その次の『BEAT out!』から俺たちは音楽性が変わって──これは同梱のDVDのなかでも言っていることだけど、マイケルから言われて胸に突き刺さった、「この(=『SPEED POP』の)後からお前らはコマーシャルになるよな?」という一言があって(苦笑)。「コマーシャルになったから今があるんだぞ、この野郎!」とも思うけど(笑)、マイケルは当時から「いつまでもビートルズばっかり追っかけてないで、いろんな音楽を取り入れた方がいい」ってずっと言っていたし、その意味がようやくわかるときが来たよね。

まあ、どの位置に入るかにもよるでしょうが、『心に雨が』や『MOON GOLD』が収録されていたら、アルバムの印象は間違いなく今とは違ったものになっていたでしょうし、未発表曲からは“あり得たかもしれない別の未来”を垣間見ることができますよね?

TAKURO
そういう想像をして楽しんでもらえれば…と思いますよね。

個人的には、『MOON GOLD』が、このデモに近いハードロックなままのバンドアンサンブルで収録されていたとしたら、バンドのイメージはもっと固いものになっていたかもしれない…なんて思ったところではあります。

TAKURO
そうですね、『SPEED POP』収録曲の多くは佐久間さんのアレンジからスタートしていたから、佐久間さんがどういうような解釈をしたかによっても変わったでしょうし。

私、今回久々に『SPEED POP』を拝聴して、発表された当時は巧く言葉にできなかったけれども、今になってようやくわかったGLAYの特徴があります。それは「ポジティブパンクとハードロックの香りのしないバンド」ということです。ポジティブパンクとハードロック──具体的に言うと、DEAD ENDと44MAGNUMですが、当時の所謂ビジュアル系と呼ばれるバンドは多かれ少なかれ、これらのバンドの香りがしたものでしたが、GLAYにはそれがなかった。それは当時のシーンでは結構稀なことだったと思います。

TAKURO
ああ……それはそうかもしれない。もちろんDEAD ENDはJIROが大ファンだったりするし、44MAGNUMはHISASHIが「カバーをしたい」と言ったくらいなので、(GLAYにもその両バンドの影響は)あったんだけれども、俺とTERUにその要素がなかったことが大きいと思う。『灰とダイヤモンド』以前にはいろいろとやってみたんだけど、ああいったもの──特にハードロック的な要素というのはボーカルの資質によるところが大きいんじゃないかな? TERUの場合、どう考えても“お日様” だもんね、その名の通り(笑)。お日様は天高く登るものであって、地下室にはないよね。

なるほど(笑)。影に居るものではないと?

TAKURO
そう。だから、そこでJIROやHISASHIも自分たちが(TERUに)協力できる何かを見つけたんじゃないかな?

今回DISC2に収録されている『MOON GOLD』からはハードロック要素が感じられます。つまり、GLAYにも当時のビジュアル系の要素はありつつも、それを表に出していなかった──そんなことをこの未発表曲から発見しましたね。

TAKURO
それはやっぱりプロデューサーの佐久間さんであったり、当時の事務所であったりが、GLAYとして見せたいもの、推したいものを考えた末のことだったんじゃないかな? 『SPEED POP』には『LOVE SLAVE(※16)』も『JUNK ART』もあるわけだから、(『MOON GOLD』を収録して)マニアックな面を推そうとすることもできたんだろうけど、当時はB’zやZARDといった所謂ビーイングのプロフェッショナル集団に対峙して、Xを筆頭としたライブハウス上がりで、純然たるプロデューサーを持たずに「独自でやるんだ!」というバンドたちがいるという状況があって、(関係者、スタッフは)そこに対するGLAYの打ち出し方を考えていたと思うのね。演奏力、作曲能力から何からビーイングや当時のプロ集団にはできないことが俺たちにはあっただろうし、もちろんその逆もあって──それこそファンと一緒に育てていくようなところもあったんだろうし、それらを考えてこの収録曲になったんじゃないかと思います。

当たり前のことですが、いろんな要素が重なり合って『SPEED POP』というアルバムが出来上がったということですね。

TAKURO
俺、『彼女の“Modern…”』を「何てハードロック的でアンダーグラウンドな曲なんだろう?」って当時は本気で思っていたんだけど、誰も同意してくれなかった(苦笑)。「ポップだね?」って片付けられちゃっていて、「どうしてそう言われるんだろう?」と思っていたもの。俺が思うハードやマニアックに感じる水域って余程高かったのね(笑)。

はい(笑)。さて、先ほど「未発表曲は “あり得たかもしれない別の未来”」と言いましたが、DISC2に収められている数々のライブテイクは“『SPEED POP』発表後の正統な未来”と言えそうですね?

TAKURO
そういうことですよね。

これまた、ごく最近のテイクまで収録していて、本当に出し惜しみしていない感があります。

TAKURO
まあ、今はWOWOWで放送されたものが翌日にはネットにアップされてしまうようなこともあるけれども、やっぱり俺は作者の意図した通りに並んでいるものを聴くことにこだわりたいし、リスナーがチョイスするにしても相当場数を踏んでいないと本当に寄り添うことはできないと思う。さっきも言ったように「作り手の意思なんて関係ないんだ」というのが今の主流だとしたら、「作り手の意思に乗ってみるのもいいもんだよ」っていうことをGLAYとして示したいんだよね。

だから、『RAIN』は、今年5月31日・東京ドーム(※12)での“Miracle Music Hunt Forever Ver.”が収録されているわけですね?

TAKURO
そうです。デビュー曲は(YOSHIKIさんと)せーので録ったわけではなかったのでね。YOSHIKIさんのデモに対して俺たちがギターを入れ、ボーカルを入れ、そして最後に多分YOSHIKIさんが弾き直したんじゃないかな? 同時のセッションはかつてなかったわけです。それが20年の時を経てようやく実現したというか、満を持したというか──。

20年を経て奇しくも実現したものだったかもしれないですしね。あと、『ずっと2人で…』は“GLORIOUS MILLION DOLLAR NIGHT Vol.2 Ver.(※13)”が収録されていますが、オリジナル歌詞版のライブテイクを収めるのであれば、やはり地元・函館で演奏されたものがベストだろうという判断でしょうか?

TAKURO
あれはね、ライブの前日にTERUと一緒にTERUの父ちゃん母ちゃんと飲んでいて、「ウチの娘の結婚式に曲を作ってくれたよね?」なんて話になって、「あのときのビデオはまだあるし、歌詞もまだ取ってある」というから、「それならそれでやってみる?」ってなって、TERUの実家に行って探したらそれがあったので、すぐにスタッフに伝えて、実際にやってみたという(笑)。だから、これをやることが決まったのは24時間前なんですよ。

GLAYのような規模のバンドで普通24時間前に曲変更なんてできませんよ(笑)。

TAKURO
でも、東京ドームの(2日目の)セットリストが決まったのはその日の朝だよ(笑)? JIROから「やっぱり替えたい」って連絡があって。

そうだったんですか!?

TAKURO
本当は初日と同じで曲順が入れ替わるくらいだったんだよね。(JIROから連絡をもらって)「マジか……ギターの持ち替えは大丈夫?」から始まって、「持ち替えなくてもいいから」ってことになって……「ま、何とかなるでしょう」って(苦笑)。JIROがそこまでこだわるということは今乗りこえるべき何かがあるということだろうし、「じゃあ、やってみよう……東京ドームだけどね」って(笑)。失敗したら失敗したで、それはまたそれで…という。

すごいですねぇ。GLAYのすごさのひとつにライブを欠かしてないことが挙げられると思います。例えば、今年6月のLUNATIC FEST.。若手はともかくとして、あのフェスに出ていたバンドでGLAY以上にライブをやっている人たちはいなかったと思いますよ。

TAKURO
まあ、極端に少ないバンドが1組いたしね(笑)。

あの大先輩ですね(笑)?

TAKURO
そうそう、大先輩(笑)。……でも、それ(=GLAYが一番ライブが多いって)ホント?

だと思いますよ。GLAY以外だとBUCK-TICKさんはライブをやっている方だと思いますが。

TAKURO
でも、英さん(※14)、打ち上げで「今日が仕事収めだ」って言ってたな(笑)。「12月にいつものライブがあるかもしれないけど、今はわかんない」って。何て恐ろしい男だと思ったよ(笑)。

(笑)でも、今語ってもらった函館と東京ドームのセットリスト急遽変更の件は、ここまでずっとライブを欠かさずやってきたことで、確実にバンドの体力がアップした証明だと思います。

TAKURO
そうだね。一番変化を嫌うのがJIROなら、一番変化を望むのも彼で、他の3人は20年前から──何なら4人が集まったときから変わってなくて、「JIROに付いていけば何とかなるだろう」じゃないけど(笑)、俺たちは「生きるとは?」や「愛するとは?」ということを胸に、ときに自問自答しながら、ときにファンの人たちと考えながらやっているので、極端なことを言えばそこで演奏される曲は何でもいいんです。演出もね。そういう意味では、JIROは完璧なピースとしてはまって、4つの集合体になっていると思うよね。一番最後にGLAYに入った男だけれども、ここ10年は彼がいなかったらこんなにちゃんとしたペースで活動してないんじゃないですか? 

ローリング・ストーンズは何十枚もアルバムを出してますが、ライブで演奏されたことがない曲はたくさんあるそうで、全曲ライブ演奏されたアルバムって1枚しかなかったと聞いたことがあります。JIROさんはそういうことは絶対に許さない人ですよね?

TAKURO
そう。函館のライブでも「今までやってきていないシングル曲に照準を合わせよう」ということになって、今年の1月から7月まで、行くスタジオは同じなのに毎回やる曲が違うということで、ちょっといっぱいいっぱいにもなりました(苦笑)。で、HISASHIが一度逃げてリハに来ない日があったという(笑)。まあ、でも、TERUに言わせると「こんな曲は聴いたこともない」というようなカップリング曲まで引っ張り出したことで、そこでもかなり体力が付いたところはあって。そういった曲たちと再会できるのも喜びだし、「あの頃はあなたにちゃんとした服を用意してあげられなかったけど、今ならミシンの使い方も覚えたし、時代の空気も取り入れて、ダサい服を脱がして、今の服を着せて上げられるよ」というね。そういうミュージシャンとしての喜びの方が勝つかな?

わかりました。では、最後にひとつ、『SPEED POP』というアルバムタイトルについて訊いておきたいと思うんです。今となっては若さみなぎる印象もあって、内容にジャストフィットしていると思うんですが、当時インタビューさせてもらったとき、どんなタイトルにするか大分悩まれていた様子でして、その結果、「『唇にナイフ』にしようと思っている」と聞いたと記憶しています。それをそのままに原稿を作成したのですが、校正段階でその箇所はカットされまして、その後、送られてきたリリース資料で「あ、『SPEED POP』になったんだ」と知ったんです。

TAKURO
ああ……なるほど。それは言ったような気がする。 ……“SPEED POP”という言葉はね、92年くらいに神楽坂のエクスプロージョンワークスから販売した4曲入りデモテープと同名なんですよ。『RAIN』の原曲である『JULIA(reason for so long)』の切れ端みたいなものも入っていて、そのデモテープが谷口さん(※15)の手に渡り、谷口さんからYOSHIKIさんの手に渡ったんです。あと、これは是非書いてほしいんだけど、「YOSHIKIさんがGLAYのデモテープを聴いて、一緒にプラチナムレコードを立ち上げた」というのが定説になっているけれど、それがこの間、覆されたんです。『灰とダイヤモンド Anthology』のDVDで元気にインタビューに答えてくださっていた谷口さんは今年お亡くなりになったんですが、お葬式に行った知り合いが音楽仲間から「実はGLAYのデビューにはもうひとり貢献者がいた」という話を聞いてきて……それがhideさんだったんです。

ほお、hideさんが?

TAKURO
(谷口氏が)YOSHIKIさんにデモテープを送ったんだけれどもなかなか返事がないと。まあ、忙しい人ですからね。で、(谷口氏が)hideさんにデモテープを渡して「これを聴いてみてほしい」と言ったら、「このバンド、いいじゃん!」ってことになって、hideさんがYOSHIKIさんに「早く聴きなよ!」って推してくれたんだって。それでようやく聴くことになって、(YOSHIKIさんから谷口氏に)「聴いたよ!」って連絡が入ったと。谷口さんの立場からしてみれば「実はYOSHIKIさんは聴いてくれなかった」なんてことは言えないから、この話は音楽仲間にしか話してなかったらしいんだけど、俺たちのデビューには本当にたくさんの人たちが係わっていて、hideさんがプッシュしてくれていなかったら、YOSHIKIさんに聴いてもらえてなかったかもしれないんです。まあ、今となってはその真偽を確かめる術はないんだけれども、そういう話を聞きましたよ。

それは秘話ですね。で、そのデモテープのタイトルが『SPEED POP』と?

TAKURO
そう。4曲入りで、『LOVE SLAVE』も入っていたと思う。(アルバムタイトルは)多分、悩んで悩んで悩み切って、「あのときのデモテープがこうなったわけでしょ?」という俺の気持ちがあったんじゃないかな? 94年の暮れだったと思う。

なるほど。当時のインタビューでは盛んに「このアルバムは大分マニアックになったと思う」と仰ってましたし、ポピュラリティーとマニアックさが入り混じったものとして『SPEED POP』と名付けたんでしょうね? 今もそんな風に理解しております。

TAKURO
あ、それは意識したんじゃないかな? 『灰とダイヤモンド』って「ダメなものなのか? 輝けるものなのか?」という二項対立だけど、“SPEED”と“POP”って対立しているようだけど、上手く同居しそうで、相性が良さそうでもあり、それでいて決して同じことを二度言っているわけではないとうね。あと、やっぱり(『SPEED POP』は)『灰とダイヤモンド』のような内容ではないんだよね。輝き具合とか加速感とかが違うし、世の中に対して訴えかけるポップ感を目指したところがあって。その辺では佐久間さんはかなり苦労してアレンジしたんじゃないかな? ……でもね、アルバムのタイトルは今も悩むし、そこはホント変わってないし、好きじゃない(苦笑)。アルバムタイトルもそうだし、ツアータイトルも曲のタイトルも。

まあ、我が子に名前を付けるようなものでしょうからね。

TAKURO
そうだよね? さすがにそれ(『唇にナイフ』と名付けようとしたこと)は忘れていたけど。

ラッツ&スターに同名のシングル曲があるんです。それでボツになったのかなとか思っていましたが?

TAKURO
どうだったのかなあ? でも、『唇にナイフ』という言葉はラッツ&スターから連想したと思うよ。俺、大瀧詠一フリークだからさ。ほら、大瀧さんってラッツ&スターも手掛けてたじゃない? そんな関係もあって、『唇にナイフ』というタイトルを持ってこようと考えたんじゃないかな。……いやあ、今日はいっぱいいろんなことを思い出させてもらったインタビューでした(笑)。
※1:ダイヤのA -SECOND SEASON -
寺嶋裕二による日本の漫画作品。2015年10月5日より月曜18時~テレビ東京系列にて放送。
※2:空が青空であるために
『ダイヤのA -SECOND SEASON -』のためにTERUが書き下ろした楽曲。
※3:I LOVE YOUをさがしてる
2008年9月10日発売39thシングル『紅と黒のMATADORA/I LOVE YOUをさがしてる』に収録。
※4:アルバム『GLAY』
2011年7月11日発売の10thアルバム。
※5:佐久間さん
佐久間正英、プロデューサー。
※6:マイケル
マイケル・ツィマリング、レコーディング・エンジニア。
※7:灰とダイヤモンド Anthology
1994年5月25日にインディーズ1枚目のアルバムとして発売された『灰とダイヤモンド』が、GLAYデビュー20周年を記念してAnthologyとしてリリース。
※8:THE GREAT VACATION
2009年6月10日に発売されたGLAYのベストアルバム。
※9:HAPPY SWING
1995年3月1日に発売された1stアルバム『SPEED POP』の収録曲。
※10:ずっと2人で…
1995年5月17日発売の5thシングル。
※11:REGRET
1995年1月25日に発売された4thシングル『Freeze My Love』収録曲
※12:今年5月31日・東京ドーム
2015年5月30、31日に行われた『20th Anniversary Final GLAY in TOKYO DOME 2015 Miracle Music Hunt Forever』公演。 2005年3月13日「GLAY 10th Anniversary Year Final GLAY DOME TOUR 2005 "WHITE ROAD」最終公演で、TERUは自らが来ていたジャケットをマイクスタンドにかけ「10年後にこのステージにこのジャケットを絶対取りに来る」と宣言しステージを降りた。このドームライブは20周年イヤーのファイナルであるとともに10年前の約束を果たすライブでもあった。
※13:GLORIOUS MILLION DOLLAR NIGHT Vol.2
2015年7月28、29日に行われた函館アリーナのこけら落とし公演。
※14:英さん
星野英彦、BUCK-TICKのギタリスト。
※15:谷口さん
谷口慎二氏、エクスタシーレコード新人発掘担当。
※16:LOVE SLAVE
1993年7月31日にライブハウス「神楽坂EXPLOSION」で配布されたGLAYのデモテープ。
※17:心に雨が
2015年10月28日発売の『SPEED POP Anthology』のDISC2に収録された未発表曲。
※18:MOON GOLD
2015年10月28日発売の『SPEED POP Anthology』のDISC2に収録された未発表曲。

インタビュー:帆苅智之

Vol.52 JIRO WEBインタビュー

20周年の一連の活動を振り返って。THE PREDATORS(※1)の活動について。

2015.09.07

東京ドーム公演(5月30・31日)を今振り返って、一番印象に残っているのはどんなことでしょうか?

JIRO
印象に残っているのは、やっぱり、10年ぶりに白いジャケット(※2)を取りに行く、というのを皆が楽しみにしてくれていたこと。俺たち自身はそれをちょっと茶化そうとしていたけど(笑)、ラジオに届くメッセージとかから、「白いジャケットを取りに行く姿を目撃できるんだ!」というワクワク感が伝わって来たし。公演が近付けば近付くほど、そういった声がたくさん届いていたので。

2日目公演の朝、JIROさんのアイディアでセットリストの一部を変更されたそうですが、どんな想いからだったんですか?

JIRO
なんか、しっくり来ない部分があったんですよね。初日にすごく盛り上がったんだけど2日目にはやらない曲もあって、でもやっぱり入れた方がいいな、と。俺たちは“2日間のトータル”でいろいろな物事を考えていたんだけど、初日しか観られない人・2日目しか観られない人もいるっ、と考えた時に、初日を終えてみて、2日目のベストを目指す余地がまだあるんじゃないかな?と思ったから。具体的には、「SHUTTER SPEEDSのテーマ(※3)」は初日で爆発的に盛り上がったから、「これは武器としてデカいな」と思ってたから、入れてみたり。最近、自分のモードでは「「SHUTTER~」頼りにしたくない」という気持ちもあったんだけど、たぶんそこを望まれてるんだろうなと感じたし。「自分がやりたいかどうか」よりも、「やったほうがうまく転がるんじゃないかな?」という判断の基、提案してみたんです。あとは、元々オープニングでやるはずだった「HEROES(※4)」を、2日目は「疾走れ!ミライ」に変えてみたり。ドーム公演のような大きな会場になると、オープニングでこちら側の実験精神を試す必要はなくて、しょっぱなから掴みに行かないとその後に引き摺っちゃう可能性がすごく大きい、と思ったから。最後の最後に「HEROES」をやることで、最新の俺たちのメッセージを受け取ってもらうことができるんじゃないかな?と思ったんですよね。

2日目、「RAIN(※5)」でYOSHIKIさんと共演されたアンコールの場面は、JIROさんはどう振り返っていますか?

JIRO
YOSHIKIさんとは、「よろしくお願いします」とご挨拶する会を4月ぐらいに設けたんですけど、俺はそこで久々にお会いして、「夢への大きな一歩が本当に動き出したんだな」という感覚がすごく強かったですね。リハーサルでは、俺の目の前でYOSHIKIさんが生でピアノを弾いていて。ベースの指板を見た(目線の)すぐ先にYOSHIKIさんのピアノ、手元から何から全部が見えるような一番近い位置に俺はいたから、「すげぇ!」と感動して。これはきっと本番で盛り上がって一番のピークを迎えるんだろうな、と思っていたら、実際、本当にすごかったですね。2日間合わせて「全部持って行かれた!」っていう(笑)。

デビュー曲をプロデュースされたYOSHIKIさんとステージに立たれて、20年の歩みが蘇ったりもしましたか?

JIRO
俺は、「RAIN」のレコーディングの時ぐらいにしかお会いしてないから、懐かしい感動の再会という感じではなくて、「20年会わなかったけども、こういった舞台にお互いまだ立てていますね。そして、これからも立てますよね? 頑張って行きましょうよ!」という感じがしたかな。「まだまだ俺たち、やらなきゃいけないこといっぱいあるよね」という確認をした気がする。

未来を感じる、というような?

JIRO
それはすごく感じた。4月の顔合わせの時にも、YOSHIKIさんは「俺たちがまだまだ変えて行けるよね、変えて行かないといけないよね」という話をされていたから。

それは、音楽シーンを変えて行く、ということですか?

JIRO
そう。その言葉を聞いて「すごいな!」と思って。未だにそういった強い野望を持って音楽をつくっていらっしゃるんだな、本当にすごいな、と思ったし、刺激を受けましたね。

20周年の締め括りに相応しい舞台でしたよね。その後も、トピックとなる活動が続きました。まず6月27・28日のLUNATIC FEST.(※6)はいかがでしたか? TAKUROさん曰く、SUGIZOさんの出演依頼の言葉を、JIROさんがまるで遮るような勢いで「出る、出る!」とおっしゃっていたそうですが。

JIRO
誰がどの順番で言ったかは分からないけど(笑)、俺たち全員SUGIZOさんには本当に昔からお世話になっていて。エクスタシーレコード(※7)でやると決まって初めてのライブにも観に来てくれて、「よろしくね。頑張ろうね」と言ってくれていたから。要所要所でGLAYのライブを観に来てくれていて、俺たちの活動を応援してくれているのが話しているとすごく伝わってくるので、「この人の誘いは断れるわけがない!」という想いはありましたね。

通常はJIROさんがセットリストを取りまとめられていますが、LUNATIC FEST ではHISASHIさんが主導権を握られたんですよね?

JIRO
そうですね。「この曲やりたい!」というのがHISASHIの中にあったので。まぁ、最終的に曲を並べたのは俺なんだけど(笑)。途中で「もう、分かんなくなって来た!」とHISASHIが言い出して、「じゃあ俺に任せろ!」と言ったTAKUROも、「うーん、分かんない!」と頭を抱えていたから。そこで俺が、元々は「SHUTTER SPEEDSのテーマ」が入ってたんだけど、「いや、要らないんじゃない?」とか、「微熱Ⓐgirsサマー(※8)」をやめると言っていたのに対して、「いや、それは大事だからやったほうがいいよ」という話をしました。でも、「HEAVY GAUGE(※9)」や(LUNA SEA(※10)の)「SHADE(※11)」をやりたい、と言っていたのはHISASHIで。いわゆるヴィジュアル系の世界のファンの人たちが好きそうな音楽のチョイスとしては、「HEAVY GAUGE」が合ってる、と俺も認識してたし。GLAYのポップサイドと、キッズの頃に持っていた「アンダーグラウンドシーンが好きだ」という部分、その両面をHISASHIはちゃんと出したかったのかな?と思いましたね。

そんな経緯があったんですね。続けて、7月1日にはチャットモンチー(※12)との対バンもありました。特に想い出に残っている場面と言いますと?

JIRO
一番は、打ち上げであっこちゃん(福岡晃子・Ba&Dr)が喜んでくれていたことかな。誘ってもらったのは昨年末ぐらいだと思うんだけど、「無理を承知でお願いしていいですか? 対バンしてほしいです!」と直接連絡をもらって。俺は出る気満々で、その時メンバーとたまたま一緒にいたから、「こんな話が来てるんだけど、どう?」と訊いたら、「出る出る!」と前向きな感じだったので。その時もあっこちゃんはすごく喜んでくれていたんだけど、実際に対バンが終わった後はそれ以上で、「本当に夢のようだった」と言って感動してくれていて、出てよかったな、と思いましたね。

そして、7月25・26日の函館アリーナこけら落とし公演(※13)は、全部シングル曲というコンセプトでした。振り返ってみて、いかがですか?

JIRO
選曲に関してはすごく迷いましたね。俺たちは並行して物事を考えられないところがあるんだけど、東京ドームに向けて自宅練習をしていた時にスケジュールを見たら、ドームが終って1週間も経たないうちに函館に向けたリハーサルが入っていたので、「そろそろ選曲を出さないとまずいな」と気付いて。皆も予習復習で困るし、スタッフも困るだろうし。だから、普段だったら「どんな曲やりたい?」とメンバーに訊くんだけど、これはまずは自分の独断で出してみよう、と。函館に住んでいる一般の人たちもたくさん来るという予想をしつつ、GLAYを本っ当に心から大好きな人は、どんなに大変な想いをしてでも、這ってでも来てくれるんじゃないかな?とも思っていたので、その両方の人たちを満足させるにはどうしたらいいかな?と考え始めたんですよ。そこで、「短期間ですごい数の曲を覚えなければいけないけど、シングルベストをやってみる価値はあるな」と思って。とことんメジャーな曲で、函館の一般層の方たち対してのサービスみたいなものと、熱烈なファンの人には日頃の感謝を込めて、超コアなシングル曲をやろう、と。TERUにとっては新曲のようなものだから、「イヤだ!」と言われそうだな、とは思ったんだけど(笑)。

(笑)。キーの高い曲が多い、ともTERUさんは前夜祭のMCでおっしゃっていましたね。

JIRO
言ってましたね。シングル曲はやっぱり気合を入れてつくるからキーが高いんじゃないか?と言っていて、「あ、なるほど」と俺も思った。TAKUROも、(シングルだと)歌詞が長くなったりすると言ってたし。でも、けっこう皆セットリストには満足してくれたんじゃないかな? これをやったことによって、(前述の)両方の層のファンの人たちのことを意識した選曲が「あ、できたな」という手応えがありましたね。

21周年に突入し、新たなスタートを切っているGLAYの皆さんですが、今後こう変化して行きたい、というのはありますか?

JIRO
俺は5年後、10年後というふうにはあまり考えないから、「今何が楽しみか?」というと、明後日のプリプロ(※14)かな?という感じ。それと、来週のレコーディングですね。

今、どんな曲が生れて来ているんですか?

JIRO
俺の曲は少し前からあった曲なんだけど、どうしてもやってみたかった曲で。でも、かなり実験的だから、ファンの人に人気が出るかは分かんない(笑)。ライブを想定してみると、クールに演奏できそうな気がするカッコいいロックンロールだし、照明のイメージなんかも浮かぶんだけど、果たしてそれが盛り上がるかどうか?と言ったら……(笑)。そんな曲です。でも、他の3人の曲はすごくポップないい曲ですよ。俺がそういう実験的なロックンロールをつくって、他の3人がメジャーな疾走感のある8ビートをつくっている、というのはわりと珍しいかも。

そんな中、THE PREDATORSの活動でもお忙しいですね。アルバム『ROCK’N’ROLL PANDEMIC(※15)』がリリースされましたが、前作『Monster in my head(※16)』に比べてよりストレートでポップなロックアルバムになっている、と感じました。7曲中JIROさん楽曲が5曲と多いですが、手応えはいかがですか?

JIRO
今までは“NIRVANA(※17)縛り”で、さわおさんも、俺から出て来る曲の中でも“NIRVANAっぽい曲”をチョイスしていたと思うんですよ。その中にたまにポップな曲が入る、というバランスで過去の作品はやってきたんだけど、今回は(山中)さわお(Vo・G)(※18)さんが「ロックンロールのアルバムをつくりたい」と言っていて。「だったらいっぱいあります」ということで俺のストックを集めてみたら、3コードか4つのコードぐらいでできた簡単でポップな曲がたくさんあったんです。でも、テイストが似通っていたから、「どちらか気に入ったほうを採用してもらえばいいかな?」ぐらいの気持ちでドン!と送ったら、「これも歌詞を書けた、これもできた」という感じで(さわおさんが歌詞を付けてくれて)、結局5曲になった、という感じでしたね。

そうだったんですね。リード曲「Nightless City(※19)」は、さわおさん・高橋宏貴(Dr)(※20)のおかげで「デモに比べてメジャー感が出て、スケール感が大きくなってうれしい」とおっしゃっていましたね。

JIRO
それはどの曲も全部そうなんだけどね。その中で、「LAID BACK BOY’S BLUE(※21)」は一番、俺のデモの感じに近いかな。この曲だけは今年新しく出来たもので、珍しくギターリフからつくった、ということもあって。

1、2月ぐらいに、「すごくカッコいい曲ができた」とおっしゃっていたのを覚えています。いつもとは違う引き出しを開けてみよう、という感じだったのですか? 

JIRO
どうなんだろう? 曲づくりをしていたらあのギターリフが生れて、「ここから曲をつくってみよう」と思ったのかな。あと、「Smoky Surf Shop Boogie(※22)」という曲は、実はTERUにも歌ってもらったことがあって。アルバム『MUSIC LIFE(※23)』の(曲出しの)時に亀田さん(※24)に聴いてもらってるんだけど、あの時は「MUSIC LIFE」と「YOU」が採用されたんですよ。この曲はテイストが(『MUSIC LIFE』には)合わなくて。でも俺はすごくカッコいいと思っていて、絶対THE PREDATORSだったら合うな、とも思ったから聴かせたら、案の定、さわおさんも高橋くんもすごく気に入ってくれて。

最初からSurfというキーワードはあったんですか?

JIRO
もともとは違ったんですよ。デモの段階では、カッコつけてるラップ少年のちょっとふざけた歌詞を書いていて。そういう脈絡のない仮歌詞を書くことが元々は多かったんだけど、亀田さんとやるにあたって、「もう少しちゃんとした歌詞を書いて、印象よく聴いてもらおうかな?」と思うようになって、一応辻褄の合うような歌詞にしたんです。そういう書き方をした結果、亀田さんに「YOU(※25)」の歌詞を「いいと思うよ」と言われて採用になったりもしたので。だから、この曲も「Surf Shop」というタイトルにして、サーフショップとかスケーターとか、そういうテーマで書き変えたんです。そうしたら、(さわおさん・高橋さんの)感触も良かったですね。この曲もそうだけど、今回の俺とさわおさん共作の歌詞は、俺の仮歌詞を元に、さわおさんがキーワードを拾って別の話として広げて行った、という感じです。

GLAYの活動で仮歌詞の精度を上げたことが、結果的に、THE PREDATORSの楽曲にも作用したわけですね。そんなTHE PREDATORSも今年10周年。JIROさんの中で位置付けは変わって来ていますか?

JIRO
最近は無理なくできてきてるかな?と感じますね。こっちをやるからにはGLAYの活動に対してより真剣にならないといけないな、という気持ちはずっとあって。今はすごく忙しいんだけど、どちらも真剣にやっていると逆にハイになって来て、「意地でもやってやろう!」みたいなね(笑)。先週も、GLAYのプリプロに向けて、「まぁ、JIROは今THE PREDATORSをやってる時期だしな」とは思われないようなベースのフレーズづくりをしたかったので、4日間ぐらい家から出ずにずっとベースを弾いていたし。でも、絶対それが結果に繋がるはずだから。

お互いの活動にいい影響を与え合っているんですね。

JIRO
あのまま函館アリーナ公演が終わってオフになっていたら、もっとダラダラしていた気もする。20周年が終わってポッカリ穴が開いた状態ではないのが、逆にいいのかもね。

そして、9月23日からはTHE PREDATORSのツアー(※26)が始まります。

JIRO
さわおさんが送ってくれた選曲を見たら、さすがに5枚目のアルバムなので、スーパーベストな感じになっていましたね。皆が「これが聴きたかった!」という曲は全部聴けるんじゃないかな?という、すごいライブになると思う。キャリアのあるバンドを知って自分で掘り下げて行くと、「この曲すごい好きだ!」と思っても、なかなかライブでやってくれなかったりするでしょ? でも、THE PREDATORSは今のうちに観ておけば、好きな曲を全部聴けると思う。あと1、2枚アルバムが出たら、好きな曲をライブで聴けなくなるだろうから、今回のツアーはある意味、最後のチャンスかもしれないですね(笑)。
※1:THE PREDATORS
2005年にthe pillowsの山中さわおとJIROが意気投合し、ドラムにストレイテナーのナカヤマシンペイを迎え結成されたロックバンド。2010年にナカヤマシンペイが脱退、高橋宏貴が加入し、現在に至る。2015年、3年ぶりとなるニューアルバムを発表。
※2:白いジャケット
2005年3月13日「GLAY 10th Anniversary Year Final GLAY DOME TOUR 2005 "WHITE ROAD」最終公演で、TERUは自らが着ていたジャケットをマイクスタンドにかけ「10年後にこのステージにこのジャケットを絶対取りに来る」と宣言しステージを降りた。2015年5月30日、その約束は5万人が見守る中、見事に果たされた。
※3:SHUTTER SPEEDSのテーマ
1996年11月18日発売3rd アルバム『BELOVED』に収録。ベースソロ、歌いだしなどJIROを大きくフィーチャーした曲で、ライブでの人気は絶大。
※4:HEROES

5月25日発売のニューシングル「HEROES/微熱Ⓐgirlサマー/つづれ織り~so far and yet so close~」に収録されているTERU作詞・作曲のナンバー。前シングル「疾走れ!ミライ」につづいてテレビ東京系アニメ「ダイヤのA」(毎週月曜18:00~他)のオープニングテーマとしてオンエア中。
※5:RAIN
YOSHIKIがプロデュースした1994年5月25日リリースのデビューシングル表題曲。
※6:LUNATIC FEST.
LUNA SEAが主宰するロックフェス。2015年6月27日(土),28日(日) 幕張メッセにて開催。GLAYは2日目に出演。
※7:エクスタシーレコード
YOSHIKIによって1986年に設立されたレコード会社およびインディーズレーベルである。日本のロック、特にヴィジュアル系ロックを広く世間に広めた先駆的存在
※8:微熱Ⓐgirsサマー

5月25日発売のニューシングル「HEROES/微熱Ⓐgirlサマー/つづれ織り~so far and yet so close~」に収録。
※9:HEAVY GAUGE
1999年10月20日に発売された5thアルバムのタイトルナンバー。
※10:LUNA SEA
日本のヴィジュアル系ロックバンド。1989年に現メンバーで結成し、1992年メジャーデビュー。2000年に終幕を宣言し活動を休止したが、2010年に活動を再開
※11:SHADE
1989年12月に発売された2ndデモテープのタイトルナンバー。再録バージョンが1stアルバム『LUNA SEA』に収録された。
※12:チャットモンチー
2005年にメジャーデビューした3ピースガールズバンド。ベース、ドラムの福岡晃子はオリジナルメンバーの一人。16thシングル「こころとあたま/いたちごっこ」が2014年10月29日にリリースされた。
※13:函館アリーナこけら落とし公演
老朽化した函館市民体育館に替わる施設として建設された函館アリーナのこけら落とし公演を7月28&29日の両日実施。函館アリーナはその後2015年8月1日に正式オープンした。
※14:プリプロ
プリプロダクションの略。本番のレコーディングのガイドになるよう大まかなアレンジや曲構成を決める作業。
※15:ROCK’N’ROLL PANDEMIC
2015年8月26日に発売された THE PREDATORS 5thアルバム。
※16:Monster in my head
2012年8月1日に発売された THE PREDATORS 4thミニ・アルバム。
※17:NIRVANA
1987年に結成された、アメリカのロックバンド。1994年活動休止。GLAYにも多大な影響を与えており、2ndアルバム『Nevermind』はGLAYの変名バンド名もなっている。
※18:(山中)さわお(Vo・G)
1989年に結成されたthe pillowsのボーカル&ギター。楽曲のほとんどの作詞作曲を手掛けている。2005年にJIRO、ストレイテナーのナカヤマシンペイとでTHE PREDATORSを結成。
※19:Nightless City
2015年8月26日発売 THE PREDATORS 5thミニ・アルバム『ROCK’N’ROLL PANDEMIC』収録曲。
※20:高橋宏貴(Dr)
ELLEGARDEN(1998~2008年、活動休止中)、Scars Borough(2008年~)の ドラムス。2010年よりTHE PREDATORSに参加
※21:LAID BACK BOY’S BLUE
2015年8月26日発売 THE PREDATORS 5thミニ・アルバム『ROCK’N’ROLL PANDEMIC』収録曲。
※22:Smoky Surf Shop Boogie
2015年8月26日発売 THE PREDATORS 5thミニ・アルバム『ROCK’N’ROLL PANDEMIC』収録曲。
※23:MUSIC LIFE

2014年11月5日発売
好評発売中
※24:亀田さん
日本のミュージシャン、音楽プロデューサー、ベーシスト。バンド・東京事変の元メンバー。数多くのミュージシャン/アーティストのプロデュース、編曲、楽曲提供を手がけている。GLAYは2006年の夢人島FESでプロデュースをオファー、2013年7月24日発売の「DARK RIVER」で実現した。最新シングルも亀田氏プロデュースである。
※25:YOU
2014年7月9日発売50thシングル『BLEEZE ~G4・Ⅲ~』収録曲。海外ドラマ「レザレクション-よみがえり」の日本版放送に際し、テーマ曲に2シーズン連続で採用された
※26:THE PREDATORSのツアー
「ROCK'N'ROLL PANDEMIC TOUR」は9月23日スタート。

インタビュー:大前多恵

Vol.51 TAKURO WEBインタビュー

東京ドーム公演を終えた今、20周年を改めて振り返って。

2015.08.03

去る5月30・31日、東京ドーム公演を大成功で終えられました。実際に東京ドームのステージに立たれて、いかがでしたか?

TAKURO
「白いジャケットを取りに来ます。だから、10年後にまた会おう」という、2005年の東京ドームでTERUが口にした言葉が、いつ頃からか"約束"と呼ばれ始めて。なかったことにして流すことも出来たけど、きっと、自分たちにも課したんだと思う。「この約束を守らないとGLAYがGLAYでなくなるな」って。いくつかあるGLAYの良さの中で、そういう"信じられる大人像・人間像"というのは、とても大きいと思うんだよね。「ロックをやるにはいい人過ぎる」「行儀がよすぎる」とは、デビュー当時から本当によく言われて 来たことだけれども、俺にとってはそんなことはどうでもいい話で。この4人がそれぞれの人生を豊かにしていく過程で、第三者を巻き込みながら、その人たちの人生をより鮮やかなものにしていきたいなぁ、と。それがGLAYの音楽であり存在そのものなのだとしたら、信じるに値する行動を常に取っているかどうか? というのは、いいメロディー・いい詞を生むこと以上に、40代のGLAYには大事なんだよね。(ロックバンドの魅力とされる)"危うさ"みたいなものは、本当にお伽噺の話で。この同時代を生きる、俺たちと同い年ぐらいの人たちに送るメッセージとしては、信じるに値する行動を取り続けることは、その"危うさ"よりももっと難しいことのような気がするから。その難しいことに挑んでいる背中は、少なくとも何かを物語るだろう、と思うんだ。だから10年間、とにかくこの約束だけは守ろうとした。子どもが幼稚園の時から教わるようなことを、無邪気に無心に無垢に守り続けることができたら、それはもうヒーローみたいなものじゃない? だって、それは難しいことなんだから。4人それぞれがあちこちでギリギリのやせ我慢をしながらも、ああいった華やかな東京ドームの舞台を用意できたのは、本当によかった。日程も、「20周年のうちに」とは言っていたけれど、1週間ズレての開催だったから、それもギリギリだったし。でも、やっぱり9月開催では何か違っただろうし。それをスタッフの人たちもよく理解してくれて、粘りに粘ってあの舞台があった。GLAYは一段も二段もステップアップしたと思う。それは、バンドの格とかの話ではなく、精神的に。東京ドームを"やり遂げた"ということは、今後の俺にはすごく自信になるだろうなぁ、と。それはただただ、その小さな約束を守った、という1点のみにおいてね。

元々は"約束"ですらなかったかもしれない言葉だったのに……。

TAKURO
だけど、何かにすがって生きていかなきゃ耐えられない時代もあったからさ。その小さな目標に向かって、それを夢とまで呼べるようにするには、壮大なサーガがあったよね。ファンの人たちもそうだろうけど、4人もまたその夢にすがっていたし、その夢があったからこそ、普段出せない力を出せたし、耐えられないことも耐えることができた。だから俺は、やっぱり夢は持っていたほうがいいと思う。自分じゃない自分に出会える、というかね。自分が知っている世界というのはいかに小さかったか。そんなふうに気付かされることばっかりだよ。

最終日のアンコールでは、デビュー曲「RAIN」を、恩人YOSHIKIさんとともに披露なさいました。あの時、TAKUROさんはSUGIZOさんモデルのギターを弾いてらっしゃいましたよね? どんな想いを込められたのでしょうか?

TAKURO
もう半年ぐらい前かな? SUGIZOさんのことが愛し過ぎて、「今日から親友って呼んでいいですか?」と、夜中の4時ぐらいの俺ん家で言ってしまったことがあったんだよね(笑)。彼は非常にスマートな男だから、「何言ってんだよ、ずっと親友じゃない?」と言ってくれて、俺はもう涙が出る程うれしかった。YOSHIKIさんが俺たちを見出してくれて、SUGIZOさんは俺たちにいろんな音楽、音楽家としてのあるべき姿を教えてくれて……だから俺はもちろん彼らの後輩ではあるんだけれども、「YOSHIKIさ~ん! SUGIZOさ~ん!」と慕っていれば済んだ20代の頃とはやっぱり、今は違うと思うんだよね。だって俺、もう44歳でしょ? 皆も50近いわけじゃない? そうなった時に、彼らが生きて来た本当に長い道のりに対して、心からの尊敬を示したいし、あの2人が払った犠牲に対して、音楽的な結果であれプライベートのことであれ報われて欲しいし、とにかく、もっともっと幸せになって、もっともっと羽ばたいて欲しい、と思うんだよね。20年経ってまたGLAYが東京ドームに立てて、そこにYOSHIKIさんを呼ぶことができた。「あなたが拾ってくれたGLAYというバンドは、こんなにも仲間に祝福されてる」という風景を見せたかったし、HIDEさんのこと、TAIJIさんのこと、そしてSUGIZOさんが背負った重荷みたいなものを想うと、あそこにはSUGIZOさんにもいて欲しかった、というか……。

その想いが形となって表れたのが、SUGIZOさんモデルを持つ、という選択だったんですね?

TAKURO
まぁ、「弾いて」とお願いしたらたぶんやってくれただろうけど、それはそれで何かと大変なので(笑)。あの場面でSUGIZOさんモデルを使ったのには、そういう想いがあったんだよね。X JAPANという日本を代表する素晴らしいバンドの内側は、皆が思っている以上にやっぱり大変なものだったし、それを背負っているYOSHIKI・SUGIZOという男が、あまりにも誇らし過ぎて。LUNA SEAが終幕して、また復活して、というのも近くで見ていたから、その大変さもよく分かるし、「SUGIZOさん、よかったね」って本当に思うもん。LUNA SEAが復活して、X JAPANがあって、自分の好きな表現がいっぱいできて、いろんなことを乗り越えて、今は一時よりは元気そうだし。たぶん、ファンの人たちにとっては、20代の頃のGLAY、X JAPAN、LUNA SEAのイメージが強烈なんだろうけれど、皆が思うような関係とは、今はちょっと違うんじゃないかな? いつまで経っても"高3と高1の先輩・後輩の間柄"みたいな感じではなく、今を必死で頑張って生きている男としての何かしらが、あのステージにはあった気がするんだよね。

TAKUROさんからのそういった労いは、お2人にとってもうれしいでしょうね。

TAKURO
たぶん俺がSUGIZOさんに一番言っているセリフは、「あんた、口縫うよ?」なんだけど。口が悪いから(笑)。でも、俺みたいなアホな後輩・友だちが1人ぐらいいてもいいよね。俺は自分が生きている限り、あの2人がくれた恩に対して、ちゃんと返せる準備をいつでもして、何かあったら駆けつけられるような友人でありたいと思うんだ。まぁ、そんな友だちは彼らにはいっぱいいるんだろうけども。2人とも忙しそうだから、たまに会った時ぐらいアホな話をして、「この間HISASHIのこんなバカなことがあって~」みたいな感じで、大爆笑していただければな、と。そんな気持ちの東京ドームでしたけどね、特にアンコールは。

数時間のコンサートという枠に収まらない、長く壮大な人間ドラマを観たような感慨がありました。

TAKURO
……いや、だって、YOSHIKIさんがこれまで経験して来たのは、俺で言うとJIROとHISASHIを死という形で失う、ということでしょ? 耐えられないよね。でも、耐えるしかないもんね。「生きて行くしかないじゃない」ってことだから。そう思うと本当に、YOSHIKIさんの孤独や悲しみは、想像しきれないほどなんだろうけれど……そこでGLAYの存在が、少しでも「アイツらも頑張って続けてるしな」という、心の安らぎの一つになれればな、と思う。

そんなドーム公演の後、LUNATIC FEST.(6月27・28日。GLAYの出演は28日のみ)にも出演なさいました。最強にして"最狂"と謳われていたフェスですが、パンフレットに寄せたTAKUROさんのコメントには、出演者の中で「狂ってないのはGLAYだけです!」と(笑)。

TAKURO
(笑)。いや、だっておかしいでしょ? 「SUGIZOさん、俺たちは狂ってないっすよ?」と言ったら、「充分狂ってるよ(笑)」って。「どこがですか!?」という。狂ってないよ、全然! 「SHADE」(LUNA SEA楽曲のカバー)前のHISASHIのMCを、「随分真面目だったね」と言ったら、「用意した言葉の8割も言えなくて、堅かった。やり直したい!」って。本当はもっと狂ったことを言うつもりだったのに、SLAVEたちを前にして怖気づいたらしい(笑)。

(笑)。全出演バンドの中で、LUNA SEAの曲をカバーなさったのはGLAYだけでしたよね。

TAKURO
これはGLAYらしい間抜け感なんだけど、本家もやってたんでしょ? ライブ・レポみたいなのを読んで、「かぶってるやん!!」って(笑)。

LUNATIC FEST. への出演は、日付的には21年目に突入してはいましたが、20周年イヤーの活動の一環として、どんな位置付けだったのでしょうか?

TAKURO
いやぁ、「すげぇ20周年だな!」と思ったよ。だって、函館で『ロッキンf』(※1)を読んで、「脚が見えないぐらい(速い)2バスの、すげぇバンドがいるらしい」と知って、ソノシート(※2)をHISASHIの家で聴いていたのがX(JAPAN)で。当時JIROとはまだ知り合いではなかったけど、和山少年も同じく、やりきれない爛れた10代にXという存在に希望を見出したわけじゃない? それで東京へ来て、「LUNA SEAというすげぇバンドがいるらしい!」と興奮し、エクスタシーサミットのビデオを観て、「すげぇカッコいい! ヴォーカルそっちのけでこんなに大暴れしていいんだ!」と驚いてね。そんな人たちと一緒にステージに立っているわけだからさ。長嶋に憧れた野球少年が巨人に入ってV9をやるようなもんだよね!……という譬えは、平均年齢22歳の読者の皆さんには全然伝わらないだろうけれども(笑)。とにかく、幸せだった。「こんな贅沢はない! なんというご褒美を俺たちにくれたんだろう?」と思ったし、感謝だよね、本当に。

BUCK-TICK先輩も出てらっしゃいましたしね。

TAKURO
「(艶やかな低音ヴォイスで)TAKUROくん、元気?」と声を掛けられて、「櫻井(敦司)さんじゃないっすか~!!!」っていう。そんなやり取りもあったよ。最後、出演者総出のセッションでは、SUGIZOさんが俺にステージから「飛べ、飛べ!」って。「伝説になるよ」と言われたんだけど、「ヤですよ! 骨折れますよ!!」っていう。ヒドい先輩だよね(笑)! あの後の打ち上げでTERUさんはきっちりとGEORGE(※3)先輩と熱い契りを交わしたらしい。すごい夜だったな。

この記事が掲載される頃には既に終了していますが(※取材は7月中旬)、函館アリーナ公演(7月25・26日)にはどのような意気込みで臨まれますか?

TAKURO
こけら落とし公演だから、主役は函館アリーナの建物。俺たちはもう、刺身で言ったらツマです。たんぽぽの小さいヤツ、ないしは、お寿司を仕切るあの緑のヤツだから。メインは会場。だから、俺たちを観るな! 会場の隅々を見なさい!

(笑)。20周年をずっと走り続けて来られましたが、函館アリーナ公演が終わったら少しはお休みできそうですか?

TAKURO
8月末にレコーディングをするし、まだいろいろあるけれど、この3年間の忙しさ、東京ドームの大変さに比べれば、ラクだよね。函館アリーナは"約束"じゃなくてこけら落としのお祝いだし。ドームの時はやっぱり10年の重みがあったから、精神的にはキツかった。あそこですべて出し切って、ガソリンタンクに黄色いマークが点いたわけだ。でも、俺には予備タンクがあったんだね。それでLUNATIC FEST.は頑張ったし、チャットモンチーさんとの対バン(7月1日)もできたわけだ。でも、今はもう、予備タンクに黄色いマークが点いてるよね。

さすがにもう限界、という?

TAKURO
そう。最近は疲れのあまり、酒を飲むとちょっと荒れるもん。ヒドいことを言っちゃうんだよね。次の日、落ち込むんだよなぁ……。

でも、これほどお忙しければ当然じゃないでしょうか?

TAKURO
来年の7月30・31日に、ファンクラブ会員限定ライブ「HAPPY SWING 20th Anniversary SPECIAL LIVE ~We ♡(ハートマーク) Happy Swing~ Vol.2」が開催される、と発表されましたよね。2011年にも一度やったんだけど、それは俺自身けっこう楽しみにしてるかな。ファンクラブの人たちの「当選した・落選した」という声を聴くたびにいつも心を痛めているけれど、そのライブは来たい人が全員来られるはずなので。それまでは是非、DVD&Blu-ray 『HAPPY SWING 15th Anniversary SPECIAL LIVE ~We ♥ Happy Swing~ in MAKUHARI』(※4)を観て待っていていただきたい。初日だったかな? 俺たちは四方から現れ、かぶっていたマントをバッ!と取る、というオープニングなんだけど、TERUさんがマントを取ったら、衣裳まで脱げてダルーンとしたタンクトップ1枚になってしまい、マントと共に衣装が飛んで行ったという(笑)。なので、冒頭2曲ぐらいの間は、大友○平か加勢○周ばりのタンクトップ姿。あれは是非、観ていただきたいですね。TERUさんはすげぇな……ホント、退屈しねぇわ! 是非もう一回、脱げて欲しい! 
※1:ロッキンf
ヘヴィーメタルを中心とした音楽雑誌。創刊当時は洋楽中心だったが(創刊号の表紙はジミー・ペイジ)徐々にジャパニーズメタル中心の雑誌となり、90年代からはいわゆるビジュアル系のバンドを大きく取り扱うようになる。インディーズバンドのソノシートがおまけに付くようになったのは1987年から。その中でも1988年6月号に付属されていたXの「KURENAI」のソノシートはイントロがYOSHIKIによるピアノ演奏であるレアヴァージョンであるために現在はプレミア価格が付いている(Wikipediaより)。
※2:ソノシート
極薄のレコード盤。音質は劣るものの手軽さと安さで世界的に普及した。ソノシートは朝日ソノラマ社の登録商標で、「音の出る雑誌」という触れ込みで『月刊朝日ソノラマ』という雑誌を発行。また子供向けに特撮番組やアニメなどの主題歌やダイジェストを収録した雑誌も数多く発売された。1970年代から1980年代にかけて、学年誌の付録として配布されていた。上記のXのアイテムのようにコレクターアイテムになっているものも数多い。
※3:GEORGE
1987年にExtasy RecordからデビューしたLADIES ROOMのリーダー・Baaa。LUNATIC FEST.と連動したニコニコ生放送で放送禁止用語を連発。スタジオから強制退去という自由奔放な言動で話題になった。ニコ生の盛り上がりのピークはこの瞬間だったとも言われている。
※4:『HAPPY SWING 15th Anniversary SPECIAL LIVE ~We ♥ Happy Swing~ in MAKUHARI』
2011年7月30日&31日に開催されたファンクラブ会員限定ライブをパッケージしたアイテム(2011年12月14日発売)。 オフィシャルストアG-DIRECTで好評発売中! ご購入はこちらから
■2日間をコンプリート
HAPPY SWING 15th Anniversary SPECIAL LIVE ~We Love Happy Swing~ in MAKUHARI-Complete Edition-
■7月30日公演のみを収録
HAPPY SWING 15th Anniversary SPECIAL LIVE ~We Love Happy Swing~ in MAKUHARI 2011.7.30
■7月30日公演のみを収録
HAPPY SWING 15th Anniversary SPECIAL LIVE ~We Love Happy Swing~ in MAKUHARI 2011.7.31

インタビュー:大前多恵

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